カメラは真実を写し出す。
真実だけを写す。誰もカメラを騙す事など出来ない。
だから人々はカメラの向こう側を事実だと信じることが出来る。
だがそれは
オークの大ほら話や、
ゴブリンの嘘などを写せないという事だ。
もしもそれが写したい物だったなら、カメラマンは一体どうすればいいのだろうか? 写真の裏にでも書き記すとでもいうのか?
ロベルト・フリードマンはファインダーにオークの不敵な笑みを捉えたまま途方にくれた。シャッターを押しても、このオークの戯言がカメラに収まる事はない。
「俺は海賊王になるんだ」
甲板部員のオーク、クラントオルクはそう言ってブレンテッドウィスキーを喉に放り込む。彼は大ぼらはいつもの事だが、そういえば……。
「この俺様は島を買って世界中の美女を囲い込むぜ」
オーガの船倉部員が受けて立つ。誰もがここでは大口を叩く。海の上はほら話だらけだ。フィッシュストーリーならぬドニーストーリー。ロベルトは彼らの夢語りをそう呼んでいた。
「いいかい、ロベルトのダンナ。これがドニーの仕来りってヤツだ」
「そいつは理解出来るが、カメラに収まるモンを用意してくれよ」
ロベルトはボリボリと後頭部を掻きながら、困ったように首を振った。
「おいおい、この仕来りは湿気たツラでするもんじゃないんだぜ。あんたも望んてもない夢を、さも楽しげに語る。これが
ドニー・ドニーの男たちに伝わる『折旗(せっき)』だ」
「だからカメラに収まらないって」
旗折り。それは、出来もしない、しかも自らが望みもしない夢をさもさも自分の夢の様に語る事。
そして本当の願いを心の底に隠して誰にも悟られず、叶えば意気揚々とやってみせたと喧伝し、叶わなければ海の藻屑させてしまう。
「理解出来るが、納得出来ない。なんで望んでも無いことを言わなきゃならないんだ? 俺なら胸を張って言うぜ。俺は現代のロバート・キャ……」
「ばっかやろう!」
ちょっとピンぼけで有名な写真家の名を言おうとしたロベルトの口を、クラントオルクはその太い腕で慌てて抑えつけた。反動で後頭部をマストにぶつけたロベルトは、『崩れ落ちる兵士』の如く苦悶の表情を浮かべて倒れ、磨かれた甲板の上をのたうち回る。
「き、聞かれたらどうするんでい!」
傲岸不遜が潮風に焼けたようなクラントオルクが、うろたえながら周囲を見回す。
「な、なんでそんなに慌てるんだ?」
大事なカメラを抱え直し、ロベルトは這いつくばって問いかける。
「旗取りの魔女だ……」
クランオルクは顔を青ざめさせて語り始めた。
「俺は迷信なんざ信じちゃいねーが、ドニーじゃゴンドラに片角を突っ込んだ年寄りからゆりかごのガキまでビビる魔女だ。俺は信じちゃいえねーがな。旗を立てる……つまり俺はこういう事をするぞって言うと、その旗と命を奪い取りにくる恐ろしい魔女だ。まあバカバカしい話だがそうなってるから、俺は伝統を尊重して折旗を踏襲しちゃいるが、ちっとも信じてないが一応は厄除けを……」
「さっきの慌て方……もしかして信じてる?」
「な、ななな何を言ってるんだい? キミは僕の事をそう思っていたのかい? ししし、心外だなぁ」
クラントオルクの引きつった笑顔が眩しい。
「信じてるでしょ?」
「信じたらアカンかい!!」
クラントオルクは開き直って、ロベルトの襟を捻り上げた。
「ストップ! 止め! やめてとめてやめてとめて」
ロベルトの要望はなんとか受け入れられ、クラントオルクの太い腕から解放された。
「その昔。夢を語るオーガが船に乗った……」
「昔話はカメラ収まらな……」
「黙って聞けい!」
「はい」
「夢を語るオーガはいつも言っていた。昼も夜もマストの上でも船倉でも『俺、この航海が終わったら恋人と結婚するんだ』……と旗を立てていた」
どうやら旗を立てるとは慣用句らしい。
「だがそれを聞いた海と空の狭間の魔女。帆を張らせ旗をなびかせる魔女は、その旗を奪い取り夢を語るオーガの命すらスルリと体から抜き取っていったという。その旗はとても輝いていて、誰の目にも美しい錦の旗だったという。真の望みとはそれほど美しく、魔女は夢が美しければ美しいほど自分に相応しい旗だと奪いさるのだ。旗の持ち主の命と共にな」
「ああ、そういえば航海の安全を願って綺麗な旗を折って投げ入れる祈願がドニーにあったけど、それも関係するのかい?」
「そうだ。旗取りの魔女のご機嫌を取って、いい風を吹かせて貰うためだ」
ロベルトはなるほどねとフィルムを交換しながら頷いた。
出来る事ならその旗取りの魔女を写真に捉えたかったが、そうするには旗を立てないといけないらしい。これはちょっと勇気がいる。迷信だとしてもここは異世界だ。本当に命を取られても困るし、そんな場面に出会うわけにもいかない。
「今度つれてく酒場のオヤジはいつも言ってた。『俺は世界の海を全て回る』ってな。だが、そいつの夢は似ても似つかない、陸の上の仕事が望みだったのさ。て、わけだい。海の上で軽々しく旗ぁ立てるなよ」
ロベルトはふと母国語で呟く。
「フラグクラッ……」
「そっちも言うなぁ!」
- 映画のワンシーンのような作品。台詞でキャラの性格を押しているので姿や仕草がすんなり浮かんでくる -- (名無しさん) 2013-01-30 04:09:16
- 目的を持たない海の連中はいない!と思わせました。でも何故か貯金という概念がなさそうとふと思ってしまいました -- (名無しさん) 2014-02-02 19:04:23
- それっぽい空気かもし出す言い回しがおもしろ楽しいな -- (名無しさん) 2015-10-06 22:04:50
最終更新:2012年04月01日 19:56