ミズハの大
ゲートの都市から東に位置する都市に来た。
異世界には我々からみると奇妙な風景が多々ある。ここも、その一つ。
この都市は水没しているのだ
水没と言っても災害によって、というわけではない。
最初から街の半分が沈んでおり、沈んだ半分も人の住む生きた街である。
ここは陸生系と水生系の交易する場所として始まった。商人の都市として生まれたのだ。
ここ鱗類の地域以外にも水生種族とを連絡する場所として多くの国に存在する。
蟲人の方にも、甲殻類が治める都市で有名なのがあったはずだ。
そしてたいていの水没都市が港をそなえており、交易の要所として経済的に繁栄していることが多い。
ここも例に漏れず活気にあふれた光景が広がっている。
一歩街に踏み入れる。すると目から耳から、喧騒、喧騒、喧騒!
日本で人ごみには慣れていたつもりだが、この熱気は一味違う。
もう、まいってしま……いそうでもないな。耐えられる。
正直、コミケの方が数段ひどい。
といっても、どこへいったらいいのやら。
まあ、風の向くまま気の向くままが旅の醍醐味かもしれない。特に異世界旅行なんてものは。
そう思って足を進めようとすると、止める手が一つ。また一つ。さらに加えて一つ、二つ。
一体何人いるんだよと振り返ってみれば、そこにはただ一人。
一人のタコ足の少女がいるだけだった。
「やあ、お兄さん、異人さんだね。この街は初めて?。案内はいるかな?」
蛸か…。蛸人なんて予想外。
うねる触手をみていると、なんとも言えない気持ちが湧いてくる。
性欲、食欲、SAN値の低下。あぁ、触手はロマンだ。
「お兄さん?わたしの話聞いてる?……もしかして迷惑?」
「おっと、すみません。そうですね。いくらになりますか?」
「一日で銀二枚だよ」
案内の相場はわからんが惜しい金額でもないか。
「じゃあ、頼みます」
「まいどありだよ」
少女はニカッと笑って銀貨を首に下げた袋に入れた。
「じゃあ案内を始めようか。まずはどこに行きたい?
異人さん向けの土産屋さんもあるよ」
「へぇ。そういうのもあるんですか」
「ここはゲートからそう遠くないからね。行ってみる?
異界のものを売ってから買うのがおすすめになるね。
ふつうより高く買って、ふつうより安く売ってくれるんだ。」
「後で行ってみましょう。まずは宿をとっておきたいもので」
「そう?なら案内するよ。異人さんでも安心して泊まれる宿を知っているんだ。」
「それはありがたいです」
「よし、こっちだから付いてきてね?」
「はい」
「……ところで。明日もこの街にいるんだよね?」
「ええ」
「明日も案内いるかな?」
「今日の案内が終わってから答えることにします」
「ふふ、なら気合を入れて案内しようかな」
そうして少女に先導され宿へと進むのであった。
宿は木造で、あまり大きいものではなかった。
店頭には着流しを羽織った竜人がいる。
銅200を払い、宿をとる。その店主は寡黙であった。
部屋は二階だ。広さは四畳間くらい。
寝床としてか深緑色の畳が一枚敷いてあった。
ふと、腹の音がなる。そういえば朝から何も食べていなかった。
蛸足が目に入る。数瞬見つめる。そうだ、昼飯は海鮮物にしよう。
「ん?お腹すいた?」
「どこか食事処に案内してくれませんか」
「ここにしない?おいしいよ」
「そうしますか」
「注文してくるね。何がいい?」
「何か海のもので」
「わかった!」
少女はうねうねと店主のいる奥へと消えていった。
障子を開けて風を取り入れる。あー、潮風が心地良い。
しばらくして少女が戻ってきた。じっとこちらを見つめる。
「そういえば、ずっと濡れてるね。もう乾いてもいいはずなのに。……んー、しょっぱい。海にでも入った?」
少女は汗をすくって一甜めし、そんなことを言った。
「ずいぶんと暑いですからね」
「んー?暑いから水の精霊を呼んだわけじゃないよね?そんな気配しなかったから…」
また、話がおかしい。
少し考える。そして思い出す。
ああ。そうだそうだ。
暑さに汗をかく生き物はヒトとウマぐらいだと聞いたことがある。
水中に生きる生物だったら、なおさら縁遠いことだろう。
「これは身体の中から出てきたものですよ。暑いとそうなる種族なんです」
「へぇ、便利だね。わたしも陸にいると水を浴びたくなるよ」
少女はうちわで俺を扇ぎ始めた。
暑いと言ったからだろう。ありがたい。
「お祭りも近づいて夏真っ盛りだからね。暑い暑い。」
「お祭り?」
「うん、明日から夏至のお祭り。それが目当てじゃなかったんだ」
「ええ、偶然ですね。運が良かった」
「楽しみにしててね。すっごい華やかなんだから」
明日の予定は祭りの見物にするか。
ドンッ。
「待たせたな」
店主の無愛想な声と共に、皿は卓の上に現れた。
一杯の御飯と蛸の刺身が一皿。海藻のおひたしが添えられている。
刺身にかけられたソースの爽やかな香りが鼻をくすぐった。
なかなか食欲を誘ってくれる。からっぽの胃袋が早く食おうと俺をせかし、涎をにじませた。
食べた。
清涼感が鼻にスーッと効いてくれる。酸味とあいまって美味い。
この酸味は柑橘系の果物だろうか。ほのかな甘味は上品でさっぱりとしている。
御飯とおひたしをパクリ。うん、どれも良くできている。
さて、刺身をもう一口。
いつも食べてる蛸とは違った味だが、蛸の範疇だろう。
ふつうの蛸とサイズが異なるから大味になるかと予測していたのだが、これが大間違い。
むしろ少女らしい繊細さと軽やかさが感じられた。
「ごちそうさま」
食事は終わった。これからの予定をきめよう。
「宿も飯も取りましたし、次はどこに行きましょうか」
「暑いなら水中街の方に行こうか?」
「エラ呼吸ではないんですけど、」
「水精霊に頼めば大丈夫。種族として仲がいいからまかせてね」
「じゃあ安心ですね」
「うん、出発しようか」
「行きましょう」
少女の勧めに従い、荷物と靴を店主に預け草履を借りた。
そして出発する。
少女に案内され大通りに出た。店が並び賑やかである。
しばらく歩いて行くと、潮の匂いが強く波の音が大きくなってきた。
少女曰く、もうすぐ水中街だそうだ。
しばらく進むと開けた場所へ出た。
海の中へと道も街も続いている。ここが境。ここからが水中街だ。
水際へと屈みこみ海の中に目をやる。
水底に街があった。魚人の営みが見えた。
水上へと目を運ぶ。渦が所々で巻いていた。
小舟がいくつか街の上を進んでいる。
数百メートルばかし西へ目をやると大きな船ばかりが見えた。向こうは湾になっているんだと少女が言った。
ぼうっと景色を眺めていると少女から声がかかった。
「今から水で包むね」
同時に海水がザバッと持ち上がり俺の身体を包んだ。
思わず目を閉じ息を止める。
「目を開けても大丈夫。息もできるよ」
恐る恐る目を開ける。外が綺麗に見える。塩水が沁みることもない。
口を少し開け、肺に入らないように吸った。空気だけが取り込まれた。
思い切って息を吸って吐く。呼吸が出来た。
「おお!これはすごい」
声が思いがけず耳に響く。
「ありがと。じゃあ行こうよ」
手をひかれ海中へと進む。
顔が海に浸かったところで再び先ほどと同じようなことをした。
問題なく息ができる。視界も鮮明だ。
さらに足をすすめる。
浮遊感はあるが、それほどでもない。歩くことが出来た。
少女は陸地よりも生き生きとしている。心なしか歩む速度も速い。
大通りには魚人たちが上に下に進んでいた。家屋の上を横断しているのも、ちらほらといる。
家は白を基調としていて、壁には鮮やかな模様が描かれている。
火炎土器の雰囲気に似てるかもしれない。
壁に触ってみると、骨を思わせる感触がした。
「これは何で出来てるんだ?」
「竹。海竹だよ」
こぼれた疑問に少女が答える。
「説明を頼んでもいいですか?」
「うん。海に生えてて白くて。陸の竹と同じようによく伸びるんだよ。一日に数メトルも」
「陸の竹と同じように筒状ではないんですね?」
「そうだね。中はぎっしり詰まってる。型に入れて育てて、板みたいな形にして使うんだ」
「そうなんですか」
竹とは言っているが植物というかんじはしない。多分、珊瑚か何かだ。
未知の世界に目を奪われつつ、歩くこと数十分。
轟音。
白い円柱の滝のような。底の近くで掻き消えている。
ぼこぼこと泡の音が重なって。轟音がそこにあった。
「………おぉ」
小さく浮かんだ感嘆の声に少女が答えた。
「風の滝。この街で一番大きいのだと思う。
いつもあるわけじゃないんだよ。今日みたいな暑い日に作るんだって」
「へぇ…」
そこは大きな円形の広場だった。
大小、色とりどりの魚人が舞い泳いでいる。
それはずいぶんと綺麗なものだった。
- ある旅人の道中や亜人との交流が自然かつコミカルに描かれていて楽しい。 実際の動物と亜人の区別とかどうなっているの?というのがタコの刺身から見えてくる -- (名無しさん) 2012-03-25 21:29:23
- ミズハミシマ入門編ならこの作品。可愛くて楽しい。最初はタ子さんの刺身が出てきたかと思ってドキドキした。 -- (名無しさん) 2012-03-26 22:08:14
- イラスト付きだからイメージしやすい -- (名無しさん) 2012-03-27 03:44:16
- 何よりミズハミシマの町の賑やかさが前面に出てて楽しかったです。蛸が蛸を出してきたという場面で亜人の食物に対する考え方が少し垣間見えた気がしました。挿絵も海中の町の壮大さが表現できてて面白い。画廊項目にある挿絵と微妙に違っているのは初版のものということと判断。 -- (名無しさん) 2012-05-05 19:26:39
- 旅人というくくりの中では異世界の人にしてみれば人間も異種族も大差ないのかも?海の中の町並みや温かさを感じる蛸さんのお持て成しに頬が緩みました -- (ROM) 2013-02-11 18:57:23
- ミズハ観光案内。ニカっと笑うタコ娘可愛いに尽きる -- (名無しさん) 2013-03-09 19:29:01
- 海の中にすーっと入っていけるのは異世界らしくていい雰囲気。海の中の店や建物は地上と違いがあるのかな?とか想像しながら読むのが楽しかった -- (名無しさん) 2013-11-12 20:21:37
- ダイレクトな金銭交渉と為替ではなく売買で金を用意するというのが冒険の匂いを出している。元気な蛸娘に連れられ訪れる海中の風景はまさに異世界 -- (名無しさん) 2016-08-17 16:02:10
- 異世界異種族とくれば自ずと舞台は地上だけではないだろう、と。海の中へはどう入る?というのを精霊要素でなんとかならぁと型を見せた素晴らしいSS。全般で見てイレヴンズゲートの旅や交流には優しさが内包されてますね -- (名無しさん) 2020-04-30 03:47:47
最終更新:2011年08月17日 15:11