【クルスベルグの冬仕度】

クルスベルグからグーテンターク

ドイツ新聞Berliner Morgenpost クルスベルグ駐在記者 ヨハン・ゲーレン発

第14回 『クルスベルグの冬仕度』

みなさんこんにちは。
みなさんはその言葉を聴くだけで疲労感が襲っくるような言葉ってありますか?
『あなた、そろそろ冬仕度をするから手伝って』
こう妻に言われると、私は毎年「もうそんな季節か」と思い、同時にまだ何もしていないのに疲れた気分になります。
短い夏が終わりを告げ、さらに短い秋がクルスベルグの山の緑を赤や茶色に色づかせはじめる頃に冬支度は始まります。
クルスベルグでは冬の間は豪雪によって交通網が麻痺して食料品などの流通が滞ることが今でも多く、この季節に冬の間の非常食を準備することが当たり前になっています。
クルスベルグの非常食は多種多様で、焼き締めたパンやビスケットそしてチーズと燻製というのがどこの家庭でも見かける冬の間の自家製非常食の定番だと思います
そういう我が家の冬の非常食は、スモークチーズ・キノコの香味オイル漬け・燻製肉が定番ですね。

毎年、冬仕度となると私は妻と一緒に街へと出向いて市場で買い物をします。
冬支度の時期になると街の市場もガラリと商品が変わり、肉屋の店先にはズラリと豪快に枝肉が吊り下げられ、それが次々と買い物客に売れていきますし、どの商店でも普段はあまり見かけない特大サイズの商品が店先に山積みにされて売られ、そのどれもがよく売れていきます。
中には不精な客向けに既に加工された肉や魚の燻製やチーズが山積みにされ、これもまた次々と売れていくのです。
冬場は流通網の影響でなかなか商品が揃わず、また客足も減る商店にとってはこの冬仕度の時期こそが稼ぎ時なのです。
この時期は市場で購入した遠方の客には自宅まで後日商品を荷車で届けてくれるので、よほど用心深い性格でもなければ気兼ねなく大量の食材を買うことができて便利です。

市場で食材を購入し、その後自宅に食材が配達されてからが本当の冬仕度のはじまりとなります。
私の担当は燻製作りで、市場で買ってきた岩塩の塊をハンマーで砕くことから始める重労働
クルスベルグの男性は一般的にあまり料理をしません、というかさせてもらえないことがほとんどです。
クルスベルグの女性には「台所は女性の聖域」という意識が強くあり、一部の男性料理人など特殊な例を除いてクルスベルグでは男性は簡単な調理程度はできても本格的な料理には疎いという場合が多いです。
そんな中でありながら唯一男性に許された料理というか加工が燻製作りだったりします。
大きな肉を解体したり、女性ではなかなか大変な重労働などが含まれるからとか「不器用な男でも材料を用意しておけば、これくらいはできるから」などとも言われていますが、ルーツは定かではありません。
しかし、妻に言わせれば「煙の様子を見ていればいいだけなんだからチーズ作りに比べれば簡単でしょ?」と言われてしまいます・・・
たしかに朝早くから何時間も山羊の乳を手作業で攪拌する作業は私には真似できないと認めざるを得ないですが、少しは私の仕事も評価してもらいたいと思ってしまいます。
そんなことを思いながら私は市場で買ってきた肉の塊を手ごろな大きさに解体し、サラサラとまではいかないまでも適した細かさに砕いた岩塩と、義理の母が森で摘んできたハーブを満遍なく塗して専用の壷に入れていきます。
そのまま食料庫の涼しい場所で一週間ほど密封して寝かせ、その間の私の仕事は冬が訪れる前に自宅での痛んだ箇所がないかの点検と補修ということになります。
家にいる時間の多い女性陣から家でおかしな場所はないかと聞き取り、自分の目で実際に確かめたりなどして入念に家の状態を確認します。
確認の結果損傷が見つかり、それが自分の手に負えない場合は早めに職人を手配しないといけません
この時期はどこも同じような状況なので最悪不安を抱えたまま冬を越すことになってしまう場合もあるからです。
去年は目立って痛んだ箇所もなく、私の拙い大工仕事で事なきを得ましたが、今年もそうであってほしいと切に願っています。
そんなことで家の補修や自分の本業である執筆活動をしながら一週間が過ぎ、食料庫から塩漬け状態になった肉を取り出します。
冬支度の燻製は塩分濃度の違う3種類を作るのが一般的で、これは食べる時期によって保存性を考えてのこと、長期保存の燻製は塩抜きをせず更にしっかりと燻し、その後風に晒して乾燥させることで一冬しっかり保存できるものが出来上がります。
裕福な家庭には代々受け継がれる精霊が住み着いた氷室や地球から電源インフラごと輸入した冷蔵庫などがあり、そういう家庭では昔ながらの長期保存用の燻製などは作られなくなったとも聞きますが、まだまだ大多数は強烈に塩辛く煙臭い燻製を作るのが毎年の行事になっています。

我が家の燻製器は組み立て式で納屋から庭に運び出して組み立てるとかなりの量の燻製を一度に作ることができるすぐれ物です。
なんでも妻の亡くなった義父が知り合いの職人に頼んで作ったものだそうで、何十年と使い込まれたのを物語るようにその表面は分厚く燻されたススと煙でコーティングされて毎年組み立てと解体時は大変(主に私の衣服や顔が)なことになるのは言うまでもありません。

燻製器が組み立ったら中に肉を吊るして燻す作業をはじめます。
熱源には炭を使い直火にならない位置に使えなくなったフライパンを置いてその中におがくずを入れて煙を出します。
保存性だけなら煙が出れば木はなんでもいいそうですが、我が家ではキノコ栽培にもよく使われるクミルの木のおがくずを使います。
妻が言うには「この木で燻すと香りが良いの」とのことですが私にはイマイチ違いがよくわからなかったりします。
煙が出たらあとは熱源が消えないように、また火の勢いが強くならないように加減しながら煙の番をします。
最近ではこの作業は私より次女のほうが熱心で、途中居眠りをしてしまった私を娘が「パパ!煙が消えてるよ!」と起こすことも度々のこととなっていたり。
将来的には娘に燻製の番をさせ、私は楽ができないかと画策しているのですが、妻からは「それより私の手伝いをしてもらわないと困る」と言われてしまって世の無常を嘆いています。

なんにしても冬仕度の男性の仕事は燻製作りが最大の山場であり、その後はチマチマとした女性たちのアレがないコレがないという言葉に答えて市場まで買出しに出向くというくらいしかやることがなくないます。
この時期になると市場で顔を合わせるドワーフノームの知り合いが居たり、市場の近くのパブでタバコとエールで一服している買出し途中だと思われる男衆が居たりするのも、この時期ならではの光景だと思います。
この記事をお読みの読者の皆様で初秋のクルスベルグを旅するご予定の方がいるなら、是非市場を見学することを私はお勧めしたいと思います。
今回は少々長くなってしまいましたがこの辺りにしようと思います。
それでは皆さんまた次回

Berliner Morgenpost ネット配信版 20011年9月27日号より


  • 風景が目に浮かぶ様で面白かったです。次回も楽しみにしています。 -- (名無しさん) 2012-03-31 01:23:20
  • 最初から最後まで口に涎が溢れる文章。燻製を中心に小ネタや厳冬の国の習慣が異世界風に紹介されていて立派なコラムのようでした。家族の団欒や人々の暮らしの見せ方が何ともにくい演出 -- (名無しさん) 2013-05-25 17:06:39
  • しっかり丁寧な冬支度とクルスベルグの暖かい家庭の様子。穴というよりも山の国という印象が強くなった。燻製料理食べたい! -- (名無しさん) 2014-02-13 23:05:27
  • 読んでみるとクルスベルグも時代は違えど地球の町とさほど差がないようにも思えましたがそれも住んでいる者からの視点だからなのでしょうか。機械の暖房器具がない異世界でも暖かそうな家ですね -- (名無しさん) 2014-03-02 17:37:23
  • 典型的な冬ごもり前の風景をとっても異世界の山国風にしたあたたかおいしそうな風景描写 -- (名無しさん) 2014-11-26 18:18:23
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最終更新:2014年04月02日 16:10