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【ヤマカさんと寝坊助】

「え?え?何で覚えてないわけ?」
卒業式を終えて、剣道部最後のミーティングも終了し
皆が涙、涙のお別れをしているさなかに、浮田が素っ頓狂な声をあげた。
冬休みの前に犬塚の家に遊びにいった時に話題にしていた
『みんなで旅行に行こうよ計画』を、浮田だけが本気にしていたようなのだ。
いや、他にもきっと準備していた人もいたかもしれないけど、
少なくとも僕はバイトもテキトーだったし、計画もすっかり忘れていた。
「犬塚、お前覚えてた?」
犬塚に話を振ると「当たり前だろう」と冷たい目で見られた。
「フ・・・奥山さんは春休みに実家に帰るから、参加出来ないけどな」
とまあザマミロな展開も待っているのだが。
ていうかフーちゃんって呼べよ。もうみんな知ってるよお前らの関係。
そう言えばヤマカってもうずっと実家に帰ってないよな。
アイツ春休みどうするつもりなんだろう。
「川津!聞ーてるのか!
 あんた、春休みの予定どーなってんのさ?
 あたしもう予約とか入れなきゃなんないんだからさ」
ウゼェなぁ
春休みに合宿とか入らないものだろうか。
まあ、それすらも本音では面倒臭い。
チラリと新部長の亀井戸の方を見たけれど、アイツそういう事しなそうだな。
亀人の事を悪く言うつもりはないけど、みんなノンビリしてそうだし。
イメージ的に。
あとお弁当にワカメご飯とか常食してそうだし。
イメージ的に。
あと修行の時に亀の甲羅とか背負ってそう。
イメージ的に。

「春休みはヤマカの実家に遊びに行くから、僕ぁパスだ」
もう理由とか何でもいいや。
浮田はアホの子だから、この程度の理由でも十分だろう。
「え?何であんたが蛇神さんの実家に行くのさ。
 いくら下宿先が隣だからって馴れ馴れしすぎない?」
ダメか。
「親の仕事の都合だよ」
どんな都合なのか。
というか40歳も過ぎていまだにダーリンハニーなあの2人の都合になど
絶対に合わせる気などない。
ふたりで好き勝手に<11門世界>の謎とやらを解き明かせばいいのだ。
「へぇ・・・ふぅん・・・
 それ、あたしも一緒にいっていいの?」
面倒臭ぇなぁ
つーか最近随分と食い下がられる気がする。
僕に何か恨みでもあるのかこの娘は。

その時、部室の後ろのドアがカラリと開いた。
「あの・・・川津くんはまだいるかしら?」
ヤマカだ。実にいいタイミング!
僕はヤマカに向かって、高レベルでのアイコンタクトを送った。
「あ、丁度良かった!
 蛇神さん、春休みに実家に帰るんでしょ?
 それってあたしも一緒じゃマズい?」
浮田が駆け寄って尋ねた。
ヤマカはキョトンとしていたが、僕のアイコンタクトを理解したようだ。
「私、春休みもずっと<地球側>ですごしますけど・・・
 もしかして川津くんが妙な事でも口走りましたか。
 たまに彼、聞いたことを曲解している時がありますから」
マジか。
そして、とてつもなくイジワルな視線がヤマカから送られてくる。
何だ?僕は何か悪い事でもしたっていうのか。
卒業式の最中に居眠りしてたのがそんなに悪いってのか。
この時々出てくる『ヤマカちゃんのお姉さん的視点による教育的指導』は、本当にキツい。
「かーわーづー!
 ウソじゃないか!何でウソつくのさ!
 さてはあんた、本気で忘れてて面倒臭くなってるだけじゃないのか!」
正解です。浮田さん。
さて、この修羅場と言えば修羅場な状況をどうくぐり抜けようか。
そんな事で僕の脳がフル回転し始めた時、犬塚がくちを開いた。
「まあ、奥山さんが居ないのは残念だけど、残った人で行けばいいじゃないか」
優等生め!面倒な事を!
そんなこんなで大騒ぎしていたら、いつの間にか参加規模が10人を超えた。
女子剣道部員も参加する事になったから男女バランスは悪くないが・・・

帰り道、ヤマカが相変わらずイジワルな視線を僕に向け続けていた。
「テンちゃんさ、朝のアタシの言ってた事、何も覚えてないじゃん」
今朝は寝坊してフラフラの状態で登校してるから、確かに何も覚えてない。
というか、ここ1週間ほど、極めて寝不足でイライラしているのだ。
卒業式の最中も、自覚しつつも居眠りしていた。
無理。なんかもう超眠い。
「春休みは予定が無いからノンビリすごそうねって約束したのにさ」
それは約束なのか。
「ていうかテンちゃんは別の意味でノンビリしすぎ。
 あんまりフラフラしてたら他の人の所に行っちゃうよ、アタシ。
 これでも結構告られたり何だりしてるんだからね」
まあ、そういうのもあるだろう。
ヤマカはやたらとウロコにコンプレックスを抱いているし、
皮膚のウロコや瞳孔や舌先や尻尾の存在は確かに亜人丸出しながらも、
蛇人はそういうものだという視点で言えば、かなりの美人だ。あと首が伸びる。
極めて細身なその体型も、狂信的なおっぱい星人でも無ければウェルカムだろうし、
むしろ女子の理想像と言えるのかもしれない。
今までもバスケ部のナントカから告白されたとか、情報処理部のカントカからも
好かれているという話は耳にしているし、それもそうだろうと思う。
わからないのは、じゃあ何で僕なのかという点だけだ。
「・・・って、テンちゃん聞いてる?
 最近けっこうボーッとしてるよね」
ヤマカが頬を膨らませて抗議してくる。
リアルにほっぺたをプーっと膨らませるヤツなんて実在するのか。
面白かったんで指で突っついてみたら、超怒られた。


夢を見ていた。
ここ数日、連夜で見ている嫌な夢だ。
酷く寝苦しい。胸が圧迫される感覚がずっと続く。
御陰で随分と寝不足な日々を堪能させていただいている。
夢の内容は単純で、場面は常に『あのビル』の裏手。
出てくる人も一緒。僕と、ヤマカと、ヤマカを集団でいじめていた連中。
経過も途中まで一緒。その現場を見て、衝動的に、木刀をふるって。
いじめていた連中の目の前を一閃して恫喝して、立ち去るように促して。
そうして僕は次の瞬間、ヤマカに背中から噛み付かれて、その悪意を一身に受けて絶命するのだ。
噛み付かれた瞬間に、見たことも無い文字が空中を舞い踊るのが見える。
黒く染まるもの、怒れるもの、殺意、不安、恐怖、憤怒、嘆き、後悔、正義、天意、剣を振るう者・・・
どう読むかもわからない、イメージだけ抽出すれば、そう読めなくもない。
『躍字』というらしい。
自分の真名を書き記す程度ならともかくとして、『躍字』が顕現して威力を振るうなど、
両親曰く<地球側>では観測されない事象のはずなので、僕が見たのは幻なのだろう。
なにせ、絶命したのに生きているのだ。
生ける屍となった僕は、木刀を血に染めて、周囲の人間を叩き伏せたのだ。
役目を終えた僕は、再びただの屍に戻る。
死んだはずなのだ。
そういう夢だ。


「春休みってのぁ・・・ありがたいねぇ」
目を覚ましたのは午前11時。
目覚まし時計すらその役目を果たさずに、僕は眠り続けていたってワケだ。
その割に目覚めは悪い。まったく睡眠をとれた気がしない。
「とりあえず・・・朝飯・・・準備すんの面倒臭ぇ」
冷蔵庫に何が残っていただろうか。
コンビニでパンを買ってもいいか。
出かけるのも面倒だなぁ
「朝ごはんならもう準備出来てるよ。
 ピザトーストにサラダにスープにコーヒー。
 もう全部冷めてるけど、温めるくらいは自分でやってよね、テンちゃん」
ああ、なんだ。ヤマカがやってくれてるじゃないか。
「何でいるんだよ」
「その前に、おはようくらい言えないのかな。
 その次にはありがとうってのが普通だと思うな」
ベッドから部屋の中央を見ると、ヤマカが座って本を読んでいた。
僕の部屋に創設されたヤマカちゃん文庫から本を取り出したのだろう。
「あ・・・ん、ありがとう」
頭が回らない。
鍵は・・・こいつ合鍵持ってるんだっけ。
「ヤマカ、いつ来たのさ」
ボヤーっとする頭で、どうでもいい事を聞いてみる。
夢と現実の境目がよくわからない。
「深夜の2時くらいかな。
 TV見て寒くて眠れなくて、テンちゃんのベッドに潜り込んで熟睡して、
 7時くらいに起きてご飯の準備して先に食べて、で、今は本を読んでる」
      • ん?
「寝ている間は」
「ずっとテンちゃんに巻きついてたよ。寒いし。
 蛇人に寒冷は大敵だよね」
よりによって巻きついてたのか。
「何時頃から?」
「1週間前くらいからかな。
 今年ってぜんぜん暖かくならないじゃん。
 アタシすっごく体調不良でさー」
つまり。
僕の睡眠不足の原因は。
「ヤマカが巻きついて胸部圧迫するからじゃないか!」
「わっ!何?何で急に大声あげてんの。
 巻きつかれるの、嫌?」
「いいとか悪いとかじゃなくて!
 最近の寝不足、全部お前のせいじゃないか。
 せめて起きてる時にしてくれ」
「あ、起きてる時ならいいんだ」
「いや、それもちょっと・・・」

冷めたピザトーストをほおばりながら、少しだけ真剣に考える。
最近見続けた夢の内容は、ほとんど同じものだったけれど、
僕自身が記憶している事実とは随分と細部が異なる。
『躍字』について、『蛇神の巫女』について、もう少し調べてみようか。
どうせ春休みだし、オヤジとお袋の顔を拝みにでも行こうかね。
さて、<ゲート>を超えるのって手続きどうだったかな。



  • 夢がどう関わってくるのかが気になります。浮田さんが積極的なのとヤマカさんの余裕ある対応が対照的でした -- (名無しさん) 2014-04-27 17:34:17
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最終更新:2014年08月31日 01:43