【とびきりの破壊】

 街が燃える。
 街が燃え上がる。
 海の上で街が燃え尽きて島ごと沈む。

 ロベルトが構えるカメラのファインダーの中で一大スペクタクルが繰り広げられていた。彼が望んでやまなかった異世界が次々とフィルムに収まり、デジタルデータと変化していく。
 ドニー商船が立ち寄ったミズハミシマで行われていた神事は、想像を絶する異例づくしの規模であった。
「アメージング……」
 浮島の上に半年かかって作った街を、文字どおり全て燃やして焼き尽くしてしまう。そのカタストロフィーにロベルトは驚嘆した。
 地球には大小の祭具を造り、祭事が終われば焼いて跡形も無くさせる儀式が多い。これはハレとして火に焼べる行為だけでなく、財の破壊による経済の活性化や技術の継承と発展など色々な意味があるが、ミズハミシマの≪赫島≫は全てを取り込んで余りあって突き抜けていた。

 浮き島は地球の葦に似た植物の茎を幾重にも重ねて作られており、これだけで何十人もの人間が運動できる敷地となる。そこへ陸の街と変わらぬ家を立て実際に数日生活し、祭りを行い、最後は人形を残して火を放ち、浮き島を沖へと流す。
 過去にあった戦乱と水害を語り継ぐ理由もあり、二度とこんな事が起きぬようにと自戒が込められている。またいつ起きるか分からぬ洪水や津波への生贄の意味もあり、この通り街は沈みましたと海の神や有力者への捧げものも成していた。
 また火災の途中で島は大抵沈み、街はそのまま漁礁となって豊かな水産物をもたらしてくれる。まったく無駄が無いが、傍から見たら無駄だかけのお祭りだ。ヨタ話では沈んだ島に喧嘩で追い出された神様が泊り来るなどと言われているが、それは置いておいても地球には類を見ない貴重な神事だ。
 そんな祭りに偶然、巡り合えたロベルトは幸運である。

 ロベルトは小さいとはいえ街がまるまる人の手によって沈められる光景を目の当たりにし、如何に写真を撮るかに心捕らわれていた。
 踊りながら行き交う魚人たちや、その合間を縫うように行き交う蟹人たち。時には亀人の上に乗り上げても構わず踊る海老人など、異世界然とした人々の向こうで赤々と燃え沈む島。
 時も忘れて写真を取り続けるロベルトの背後に、何者かが怪しく立った。
「いいね、破壊。どこの世界にも破壊が溢れている。神様を崇める時ですら必ず破壊が介在する。破壊の無い世界は無い」
 始めは聞き取りにくかったが、段々と理解出来る言葉へと変換されていくその声はスピーカーから発せられているような濁った音だった。
 ロベルトが振り返ると、そこには瓦礫で出来た人形があった。
 浮島の人形が何故ここに? とロベルトは思ったが、その人形は些か風変わりだった。
 まずレンガや石の瓦礫を無理矢理積み上げて出来たような形。そして危険極まりない釘やガラスが隙間から飛び出しており、触れるどころか近寄る事も憚る風貌。さらに針金を曲げて作ったような王冠にも、割れたガラスが宝石代わりに嵌っている。
 一言でいうならば危険物の塊だ。
 それが言葉を発している。

 異世界には変わった人がいるもんだ……。
 まだ異世界人に詳しくないロベルトは、そんな感想を抱きつつカメラを向けた。
「おっと撮影はお断りだ」
 瓦礫の人形は手で制した。ロベルトは彼? の意志を尊重してカメラを下げる。
「……あなたもこのお祭りに?」
「ああ。奈落に落ちてくる壊れた島がどんな形していたのか気になってな」
 奈落? 奈落とはなんのことだろう? ロベルトは首を傾げた。
「おっと、自己紹介が遅れたな。俺様はイーンフィムスだ」
「あ、ロベルトです。よろしく」
 イーンフィムスはガラス片まみれの手を差し伸べた。流石にそれでシェイクハンドは無いだろうとロベルトが躊躇していると、危険なガラス片が瓦礫の隙間を縫いながら上腕部に上り、辛うじて握手できそうなゴツゴツとした手の平へとなった。
 些か戸惑いつつ握手を交わし、ロベルトは再び撮影へと戻った。
「写真か。写真もいいねぇ。破壊される前の姿が残されて。破壊された後と見比べる楽しみが増す」
 イーンフィムスの言う事は一々物騒だ。ロベルトは横目で彼の顔を見上げた。
 爛々とした目の部分にも割れたガラス片がごっそり詰まっており、赤々と思える浮き島が乱反射していくつもの島を映し出していた。
「……今度落ちてくるのはあれかぁ。いいねぇ。奈落で瓦礫の山がまた増えそうだ」
 そう言い残し、イーンフィムスはガラガラと崩れさり、ただの瓦礫となって静かになってしまった。

 ロベルトは呆然と瓦礫を見下ろし、夢でも見ていたのかと頭を振った。
 そんな彼の前で数人の鱗人たちが不安げに相談をしていた。

「今度の島はちゃんと海底に付くかなぁ」
「さあな。聞くところによるとここ数十年はいきなり奈落へ落ちていく事が結構あるそうだ」
「せっかくの捧げものがいきなり奈落に落ちたら乙ひ……龍神様に申し訳がたたねぇな」

 奈落?
 キリスト教徒であり、ラテン語に造詣のあったロベルトの頭に一つの言葉が浮かぶ。
 ロベルトは近くにあった棒を拾い、奈落を現すインフェルノを書き記し、それをラテン語に書き換える。

 inferior.

 頂点の反対語……いや違う。確かこれの……inferiorの最上級系が……。
 ロベルトの書き記した文字は……

 infimus.

「イーンフィムス……」
 なぜ? という顔で、ロベルトは瓦礫にただならぬ畏怖を向けた。




  • カメラマンとか芸術家とか異世界に来る前と後とでは感覚も考え方も変わりそう。 そう思えるほど異世界はファンタスティック -- (名無しさん) 2012-08-05 18:55:41
  • 地球とは一風変わった風景と生活そして謎。もしその謎を知りたいと異邦人が思うとどうなるか? -- (名無しさん) 2014-06-08 17:41:07
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最終更新:2012年07月18日 01:32