【入界神査】

甲板に出るとサンサンと照りつける太陽が暑く、吹き抜ける潮風が心地良い。
進行方向には赤く輝く円陣が海上にあった。
日本と異世界を繋ぐゲートだ。
大きさは球場ほどはあるだろうか。
外周には光の線で構成された鳥居が幾重にも並び立っている。

カメラをリュックから取り出し、記念にゲートの写真を何枚か撮った。
その時だ。興奮のためか暑さのためか、汗で手を滑らせカメラを落としてしまった。
床を滑るカメラ。それは一人の老人のもとで止まった。
老人は拾い上げこちらに。
白髪、笑みが重ねられた結果のシワ、背筋は伸びている。
総合して好感がある風体だった。

「カメラ、あなたのですね」
「はい、ありがとうございます」
「一人旅で?」
「ええ、元々は二人旅の予定だったんですが」
「ん、なにか不都合でも?」
「友人が健康検査に引っかかってしまいまして、
 健康体に見えたんですけど腸に病気があったようで、即入院と」
「ははあ、それは残念なことですね」
「まあ、初期で見つかったことはラッキーでしたね」
「不幸中の幸いですな」
「まったくです」
「そういえばゲートの向こうには龍神様がいるそうじゃないですか
 いったいどんなもんかねえ」
「さあ、どんなもんでしょうか?ネットだと反応はバラバラで、
 かわいいのか怖いのか、大きいのか小さいのかすら」
「おっと、そろそろじゃあないかい?」
「おお、本当ですね」

もうすぐ船がゲートに入ろうとするところだった。
船首へと目を向けたその時、うわ、と声を上げてしまった。
鳥居の柱にぶつかろうとしていたからだ。
しかし衝撃はなく、船は柱をすり抜けた。
ホログラムのような物だったのだろうか。触ってみようかと思ったけれど怖くてやめた。
そのまま、船は進みゲート内部へと入っていく。
転移に身構えるこ十数秒。
いきなり転移はしないようなので、内部からの写真を撮ろうとした。

すると突然。足元から赤い光の紋様が。身体、荷物の周りをくるくると伸び上がる。
顔が覆われる前に視界に入ったのは、いくつもの人間大の赤い円柱。
そして、日の光も波の音の潮の香りも掻き消えて、落下したかのような浮遊感に襲われた。


気付いたら何も無い真っ白な空間。
かと思えば、眼前に山のように巨大なものが現れた。
風もないのに吹き飛ばされそうで、光を発しているわけでもないのに目が眩む。
圧倒され直視し続けることが難しい。
身体からは力が抜け、その場にへたりこんでしまった。
悲鳴はない。上げることが出来ない。
呼吸をするのがやっとのことだ。
歯の根が合わずガチガチと不快の音を鳴らし続けている。
見上げれば、天の高くに龍の頭があった。
眼球が気だるげに俺を見下ろす。
何もかもを見透かされているようで、羞恥と恐怖に縮こまった。
ゆっくりと顎が開いていく。
牙は恐ろしく鋭く目にするだけで切り刻まれた心地で、
かすかにうねる舌は溶岩の具象としか言いようがない。

龍の口が開いた瞬間、俺は人生を諦めた。
肉体も逃避の準備を投げ捨てた。
汗も鼓動も通常に戻り、全身の筋肉も弛緩して、心も凪のように落ち着いている。
人生で最もリラックスしている確信がある。
喰われるのか、火の息で焼き尽くされるのか。
もう何でもいい。仕方がない。心地良い諦観に包まれ龍の口をぼんやりと見ていた。

しかし予測は見当はずれ。発されたのは声。
美しく荘厳な鐘の音のような。
明らかに日本語ではないが、意味は確かに届いた。

『没』
「へ?」
『没だ』
「は?」
『もう一度言うぞ。没だ』
「??」
『うむ、お前の鎖骨の湾曲が素晴らしい。数万人に一人の逸材だ』
「はあ」
『よって没』
「へ?」
訳がわからなすぎて笑いしか出ない。
『楽しそうで何より。さらば』


似たような浮遊感を感じて、気がつけば甲板に戻っていた。
話していた老人は消えている。周りを見渡せば他の乗客も消え失せていた。
ゲート内にあったはずの船は、ゲートを背にして進んでいる。
手にはなぜか龍の彫り物が握られていた。
うーん、へた、いや違う、素朴というか、なんというか。
異世界の、人ではない種族の美意識が現れているのかもしれない。
そんな風に、龍神から貰ったものだからと、いろいろと考えてみた。
しかし、自分を誤魔化すことは難しかった。
やはリ何度見ても下手糞なだけとしか思えない。
技工に凝ってるわけでも、偶然の奇跡があるわけでもなく。
普通に無様だった。
できれば捨てたいが、龍神に貰ったものを捨てると祟られそうで怖い。
何故こんなモノが?

船を降りたあと、係員に聞いてみると残念賞だと言われた。
ここ最近、審査に不合格になった人へ稀に送られるらしい。

売店に入って、目に付いたゲート饅頭をなんとなく買った。
これからゲートの影響のデータを取るため健康診断に行かなければならない。
何となく溜息が出た。

しかし、神に会ったことは貴重な体験だ。
人生観がまるっきり変化してしまったようだ。
今なら悟りも開けそうだし、新興宗教を興すのも簡単な気がする。
そうだ。他のゲートに行ってみよう。
日本ゲートが駄目でも他の国のなら大丈夫かもしれない。
次が駄目でも、神に会えるのなら悪くない。
いっそすべてのゲートを巡ろうかと考えた。

  • ゲートの見た目や通過についてはずっと議論されているが話の中に出てくるとぐっと現実味が出てくる。 あとミズハミシマ旅行においてコケシはキーアイテムとなりえるかどうか -- (名無しさん) 2012-03-25 21:31:05
  • おとぎ話のような長閑で不可思議な雰囲気。ところでこの旅人さんは門覇者になったのだろうか。 -- (名無しさん) 2012-03-26 22:16:18
  • 導入としてはアリかな -- (名無しさん) 2012-03-27 03:46:20
  • ゲートがどんなものなのか考えてしまった作品。神秘の光の扉をくぐるとそこには強烈な審査というのも心臓に悪いですね。彫り物は捨てない方が良さそうですね。 -- (名無しさん) 2012-05-05 19:29:49
  • 和風で幻想的なゲート通過から神との邂逅は世界を越えていく感じが出ていました。初見で龍の彫り物がせめてもの残念賞なのかなと思ったりしました -- (ROM) 2013-02-12 19:39:25
  • 鎖骨の湾曲とかまさに異文化、異世界。異質なるものとの邂逅なのに暢気でユーモラスな雰囲気 -- (名無しさん) 2013-03-09 19:32:24
  • ミズハミシマに行くときもミズハミシマから日本へ行くときも妙ちくりんなこけしが強制プレゼントされるんだろうか? -- (名無しさん) 2013-11-12 20:23:13
  • 審査の中で「私は乙姫に会いません」と確約すれば通過させてくれるとか抜け道下さいよー -- (名無しさん) 2014-05-15 01:41:21
  • 地球から異世界へと移動する間の描写がとても分かりやすい。光の回廊とも言える空間の中で行われる裁定基準は正に神のみぞ知るものなのでしょう -- (名無しさん) 2016-08-17 16:08:32
  • 大ゲート開通から今現在に至るまでで各ゲートの審査内容や方法というのは色々変わってそうな気はします。龍神チェックも乙姫様の指摘で緩和されているかも? -- (名無しさん) 2020-05-01 02:57:25
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最終更新:2011年08月17日 15:10