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【試練 の 日】


 追い縋る声が聞こえる。
 どれだけ早く走っても。
 どこまで遠く走っても。
 追い縋る声が聞こえる。

「畜生、一体何だってんだ! なんで真昼間の人里に誰も居ないんだ!」
 そう、誰も居ない。
 生気が無いわけではないが、真昼にも拘らず人気が無いのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・いったい何が起こってるってんだ・・・?」
 背中に這い寄る声がしなくなっていた。 ようやく振り切ったか?
 そう思い振り返った、それが総ての誤りであったと気付くまで、瞬く間すら必要とはしなかった。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!」
 人気のない村に、異界の男の絶叫が響いた。



 《こちら側》における、一年の暦の半ばを迎えることとなる陽月。
 それは、天上に輝く陽光を司る11柱神、ラーの威光が特に強まる一か月でもある。
 さらに言えば、この月の中週中日、つまり陽月のちょうと真中に当たる日は、陽光の恩恵が最大級に高まる日として、生きとし生ける者にとって大いなる恵みを受けることが出来る。

 だが、ラーの恩寵に預る国ラ・ムールにあっては、そのような恵みなど二の次の、一年で最も忌むべき日となっている。
 ルァ・プローヴァ。 ラ・ムールの民はその日をこう呼び、窓も門扉も、下界との繋がりの一切を断ち、唯只管に日が没するのを待つ。
 それは何故か。
 この日が安息日だから? 否、安息の日などではない。
 この日に決まって災害が訪れるから? うむ、これは半ば正解かも知れない。 
 この日がこれほどまでに忌避される理由は、太陽神ラーが司るもうひとつの事象を理解することで紐解けるであろう。

 試練。
 何をどうしてこれを司ることとなったのかは神のみぞ知るところではあるが、太陽神は、人に試を与え練り高次の段階へ導く役割を担う、試練の神でもある。
 地上で陽光の恩寵に預るすべての存在へ分け隔てなく様々な試練を与え授ける。
 そして、陽光の輝きが最高潮に達するまさにその日こそ、試練も大いなる段階へと至るのである。

 その日、ラ・ムール国土の他国境界付近や大都市圏を中心に多く分布している「試練」の精霊がの力は常人には抗い様も無い程に高まり、もはや「日の光を浴びる=試練」という段階に達する。
 それ故に、人々は窓を閉め切り門扉を固く閉ざし、試練の精霊そして陽光が室内に入り込まないように、戸締りを厳重にする。 
 ルァ・プローヴァの只中に屋外を歩くのは、この日の持つ意味を知らぬ余所者か、自殺志願者か、試練を以て罪科を贖う法定約定を受けた罪人か。
 あるいは、並の試練ではもはや物足りない段階に達しても尚錬達の極みを目指さんとする者か、陽光の化身すなわち行住坐臥総てが試練となるカー・ラ・ムール位であろう。
 冒頭の者も、こうした事情を知らずにルァ・プローヴァ最中の砂漠に踏み入り、振り切ることすら不可能なほどに力を増した試練の精霊の力に屈さざるを得なかった、被害者の一人である。


 だがしかし、ルァ・プローヴァは苦難の日と言うだけではない。
 日が沈み、夜の帳が降りれば、あらゆる束縛から解放された国民は一気呵成に屋外へ飛び出し、昼間に引きこもらざるを得なかった鬱憤を晴らすかの如くに大騒ぎを始めるのが通例なのだ。
 この一晩だけは、世俗のあらゆるしがらみから開放される。
 例えは労奴として雇われている者が雇い主に直接不満をぶつけるのも、死罪人が待遇改善を陳情するのも、呑んだくれのおっさんがその辺歩いてるカー・ラ・ムールを引っ付構えて飲ませるのも、総てがこの一夜のみならば許されるのだ。
 ただし、冗談で済ますことのできない、罪科に及ぶ行為は普段より重い罰に処せられることになる。 真夏の一夜の夢で済ませられる範疇を超える行為には厳罰を以て処するあたりは、お国柄の一端が垣間見れるのかもしれない。

 なお、この一晩だけは、どういうわけか試練の精霊の姿が見えなくなるのだが、この理由だけはいまだに明らかになっていない。
 日頃の試練強制の成果を報告しあうのだとか、試練を課すことで得た力を神に返すために人知れぬ聖地に集まっているのだとか、もし精霊たちが集う座を見つけられればこの世のものとは思えない壮大壮絶な試練が受けられるのだとか。
 試練の精霊謎の一日失踪には様々な説があるが、そのいずれもが確証のない話である。



 四方八方余す所なく試練の精霊に取り囲まれ、絶望と焦躁の果てに死を覚悟した異界から来訪者。 その前に、猫人の少年が突如現れる。
「やれやれ、またか。 ホレホレ散れ散れ、お客様まで巻き込むな。 シッシッ」
 ぶーぶー言いながらも散り散りに去っていく試練の精霊たちを見送りつつ、来訪者は猫人に問いかける。
「一体何が起こったんだ・・・?」
「あのな〈向こう側〉のおっちゃん、今日はルァ・プローヴァっつって、日の出てる間はみんなで屋内に引きこもって夜になったら騒ごうぜって日なんだわ」
「そ、そうだったのか・・・」
「ま、おっちゃんも早くお宿に帰って部屋締めきって夜まで寝てな。 でないと日暮れまでずっとアレどもに追われるぜ?」
「その宿も締め切られてて入れなかったんだ・・・どうしようかと考えてたらあの変なのの大群に追われて・・・」
 団体旅行ではなく着の身着のまま一人旅の様子を見て取った猫人の少年は、来訪者にひとつ提案を持ちかける。
「そんなら、三国臨界まで連れてってやっから、そっからクルスかモスへ行けばいいさ。 国外ならこの風習も羽虫どもも関係ないから、そっちでゆっくりして夜になったらこっちに来な」
「うむ・・・すまないが、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「こういうのを<向こう側>では『旅は道連れ世は情け』って言うんだっけ?」
「ウチの国の言葉じゃないなぁ・・・でも、言わんとしてることは分かるな」
 そんなこんなで来訪者と猫人は三国臨界へ辿り着く。
「んじゃここまでだな。 夜は楽しいから必ず来いよ~」
「ああ、そうさせてもらうよ。 ところで・・・今日はラ・ムールの人は皆家に引きこもってる日なんだろう? なんで君は表に出ていたんだい?」
「まぁ羽虫共は別に気にならんし、ここ最近手伝い仕事とかで忙しかったから、たまにゃ一人でのんびりしたかったんだ」
「そうか。 まぁ何にせよ助かったよ。 それじゃあまた夜に会えたら」
「おうよ~」
 来訪者を国外まで見送った猫人は、踵を返してラ・ムール国内へ、肩の毛玉をいじりつつ戻るのであった。


  • ラ・ムールならではながらも断食の行のような分かりやすい夜の祭りの日の紹介でした。ディエルのおかげで事なきを得たもののこういう大切なことはゲート通過時に教えて欲しいものですがひょっとして意図的に伝えられていない? -- (名無しさん) 2014-07-27 17:41:09
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最終更新:2014年07月27日 17:29