【祭のはじまり・イストモス編】

「東西歴史博物館の件は認めよう… しかし、あの絵に関しては!」
西方イストモス王城、王室・貴族会議室に声が響く。
ゲート祭を前にしての大会議は誰の予想通りに荒れ模様になる。
 一枚の絵画を展覧するかどうかについて。
「私達、西方の歴史において“あの絵”は欠かすことのできないものなのです。
何の問題がありましょう?」
(東と合同と言うだけでも腹立たしいのに、獣人共との馴れ合いまで…!)

時代が進み融和の流れが進む中でも、西方貴族の中ではまだケンタウロス至上主義は根強く残っている。
減ってはいるものの、まるで奴隷のように狗人をはじめ獣人を扱う者もいるのが現状である。

「…これは“騎士王”としての決です。
既に絵画の所有者からは出展の了承を得ています」
訝しげな表情で納得しかねる諸侯をしっかり見据えて騎士王は続ける。
「我々西イストモスと違い、大きな都も持たず数も少ない東イストモスが対等に渡り合って来れたのは、
彼らが獣人と友や家族として接しているからではないかと、私は思うのです」
東西が拮抗してきたイストモスの歴史。 星神の加護という点では西イストモスが明らかに上なのにも関わらず、
こと戦が始れば戦況は平行線、終われば痛み分け。
「人と人とが互いに協力し生きる事、戦う事。 その強さをまだ理解できないのですか?」
思わず語気強く座より立ち上がった騎士王の近くでブレソール公が咳一つ。
「そう、“強さ”、それは重要ですね。 しかしそれだけで国は富むのでしょうか?」
不協和音一つと無い、割り入りする静かな諭言に騎士王は少し顔を赤らめて我を正し再び座につく。
「…私には生まれた頃より傍に仕える侍女がいます。
昼と夕の間でお腹を鳴らす私に、こっそりと食事を差し出して言います。
 姫様がお腹を空かせていれば私も悲しい気持ちになります。
 ですから、これは私の幸せでもあるのです。
 そして、その幸せを行く行くは国の民にも与えて下さいませ。
いつも彼女が自身の食事を分け与えてくれる時の言葉、私はこの絵画を見て確信しました」
(いつも…!)(今尚続いているのかッ!?)(…食いしん王!)
「貴方方の傍で貴方方を支えてきてくれたのは誰でしょうか?
分っているはずです。 それがイストモスにて続いてきた歴史なのです!」

── 汝の隣には家族、手を取り合うは友
   時に血縁をも越えるそれは信頼と絆 ──

「私にとって、“あの女(ひと)”は掛け替えの無い母です」
両目を閉じ、祈る様に両手を合わせ握るままでそう言ったマリアンヌの姿に、列席した者達は何を見たのだろうか。
その後、何度も頷くブレソール公や豪快な笑顔で親指を立てる老将、こっそり白布で涙を拭う婆騎士大隊長の気迫に圧されてか
“あの絵”の大ゲート祭への出展は賛成多数で決まった。

「えぇい詭弁を弄しおって!」
「西方が統一を成せぬのは王家の失政であろうに… 世迷言を!」
大会議を憤慨と共に去る幾人かの諸侯。 それに足音無く寄り近づく影。
「…金は幾らかかっても構わぬ。 出元が分らぬ様にだけは心得よ」
「今回の件で確信したわ。 あの王のままでは西方は廃れる一方よ!」
影は頷き瞬で消える。

「応、ぬしもこれで拭うか?」
会議室の大扉の陰にて立ち待っていた筆頭侍女に大隊長が白布を差し出す。
狗人の侍女は恭しく一礼をし、その申し出を丁寧に断った。
「時代は変わったわい。
これから先の時代に西方、いやイストモスが栄えるには姫様のような心の持ち主でなくてはのぅ」
拭った先からまた溢れる涙をもう拭おうとはしない大隊長。
「おやおや、大婆様につきましてはそろそろ退却されませんと、
このままでは我が西方騎士団の威厳に関わりますが故」
「応、この若造めが! 此奴を“誠実なる”と呼ぶ者の気が知れんわぃ。
その気障ったらしぃ顔が今より姫様に近づく事があれば… その尻に我が鋼槍が突き立つと思えよ!」
「ははは、これは何とも恐ろしい。 時にポルスレーヌ嬢、この後は如何なされるおつもりでしょう?
もし良ければ私達も動きますが?」
ブレソールの申し出をまた恭しく一礼し丁寧に断る筆頭侍女。
「姫様の御身は必ずお守りいたします。 それに ──
「それに?」
「それに姫様の器のおかげでしょうか、今では私の他にも…」
「応応、これはうかうかしておると姫様の周囲に我らケンタウロスの入る場所が無くなってしまうわぃ!」


「未だ窮状を脱したとは断言できぬ国情ではありますが、イストモスの未来は明るいですよ、姫様」
まだ大会議室にてお腹を鳴らし誰かを探しているマリアンヌを優しく見やり、誠実なるブレソールは深く頷いた。


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折角の大ゲ祭なので神様だけでは勿体無い!と星神様のお膝元であるイストモスを大ゲレポで出てきた話を織り交ぜて作ってみました。
マリアンヌの食いしん坊っぷりと慈愛の心はイストを良き方角へ導くだろうと思っています。

  • テンプレ高慢貴族ってどこにもいそうな気がするのは何故なんだろう。レポに繋がる前日譚できれいにまとまってる -- (名無しさん) 2012-06-30 14:32:09
  • イイ話と食いしん坊オチでわむ。金羅と合わせて使いやすいキャラだね -- (とっしー) 2012-06-30 19:06:07
  • 侍女が母親代わりなら本当の母親はどうなっているんだろ?マリアンヌ -- (名無しさん) 2012-06-30 20:45:09
  • 威厳と誇りが歪に変質してしまうのは心苦しい。一つにまとまってはいない国をどうやって丸くまとめていくのか姫の手腕に期待します -- (名無しさん) 2014-09-07 20:40:08
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最終更新:2012年06月30日 02:47