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【異邦覚江書之書】

ー1947年初秋ー
秋田北部の旧家である矢部家の土蔵の奥から江戸期中期に書き記されたと思われる古文書が発見される。
「異邦覚江書之書」と記されたその古文書は発見されるまで誰にもその存在を知られることなく土蔵の奥の長持の下にまるで隠されるように眠っていたという。
この古文書の著者は矢部一之助という人物だと推測されるが矢部一之助なる人物についての詳しい資料は残念ながら残っておらず、この旧家に残されていた家系図から辛うじて旧久保田藩に仕えた下級武士であったというところまでは調べることができた。

全三冊245枚にも及ぶこの古文書の内容は極めて特異なものだった。
この矢部一之助なる人物は1718年(享保3年)から1723年(享保8年)の間神隠しに遭いこの世界とはまったく異なる世界に迷い込み、5年の長い帰還の手段を探す旅路の末に生還したその記録を記したというのだ
内容としては神隠しに遭遇するまでの自分がいかなる人生を送って来たか、どのような状況で神隠しに遭遇したか、神隠しによって迷い込んだ世界はいかなるものだったか、いかにして現世に帰還したかと言ったものである。
また文章だけではなく墨絵の挿絵も描かれ、この一之助という人物が絵心もあったことを伺わせる内容となっている。

発見されたばかりのこの古文書は、発見に同席した秋田青年師範学校教諭青山徹氏に託され2年ほど彼によって私的に解読が行われることとなった。
また青山氏は1949年に新設された秋田大学の記念式典に来賓として出席した柳田國男氏にこの古文書についての意見を訊ねているが「想像力豊かな産物だが民俗学的な一考には値しない」と断じたという話がある。
その後この古文書は再び青山氏の手から矢部家へと戻され以後半世紀以上矢部家の人々によって保管されることとなる。
発見からの「異邦覚江書之書」の評価は「極めて特異な偽書」つまり今風に言えば「大昔の中二病患者が書き記した黒歴史ノート」というものであり民俗学の大家である柳田國男の評価もありこれに異を唱える学者もおらずに当然このような評価に落ち着いたわけである。
それから現在に至るまでの間この「異邦覚江書之書」は表舞台に取り上げられることはほとんどなく、一時「東洋のヴォイニッチ手稿」などという触れ込みで1980年代前半のオカルトブームの折に一部の雑誌などで取り上げられたこともあったがすぐに下火となり研究者の間でも再評価や再研究の動きはなく偽書という一貫した見解でほぼ一致していた。
この奇妙な古文書が再び再評価を受けることになるには発見から半世紀近くが経った2000年代まで時を待たねばならない

1991年に突如全世界的に発生した異世界との接合点の出現、後に「ゲート事変」と呼ばれることとなる異変から世間にはオカルト的なものを再評価する気風が出来上がりつつあった。
この出来事と秋田の地で発見された風変わりな古文書の共通点に最初に気がついたのは学者ではなく東京のオカルト系雑誌の出版社であるクマ出版の社長兼主筆である茅野澤雄一郎氏であった。
彼は80年代にこの古文書を取り上げた際、その内容を隅々まで読破した経験から当時各国政府の厚い機密の隙間から断片的に発表される超自然現象の情報とこの古文書に記された内容に奇妙な一致があることに気がつく。
さらには再び「異邦覚江書之書」の内容を精査し矢部一之助が神隠しに遭遇したと考えられる地点と彼が現世に帰還した地域には古代の環状列石遺跡が存在するという新たな符合とさらにその地域周辺では他の地域に比べて神隠し伝承が多く語られているなどという繋がりも発見する。
彼はこれらの仮説を自社の出版物などに度々掲載し、ゲート出現以来再燃しつつあった超自然現象ブームの波に乗り普及しはじめたネットなどを中心に「異邦覚江書之書」の知名度は増していった。
そんな世間で異邦覚江書之書の知名度が増す中悲劇が起きる。
2002年8月矢部家本宅から出火、夜半に上がった火の手は木造家屋を瞬く間に呑みこみ隣接する土蔵にも延焼し明け方に鎮火するまで火の手を上げ続けることとなった。
住民は寸でのところで避難し軽い火傷程度で済んだものの、この火事によって矢部家に保管されていた原書は焼失してしまう。
警察と消防の調べでは火事の火元は台所だということだったが当時の矢部家には火の気がなく放火の線も疑われ、火の手が上がる前後に付近で見なれぬ車と人影を見たという目撃情報もあったが結局は火の不始末というなんとも府に落ちないものとなった。
さらにその二ヶ月後、茅野沢氏の会社が盗難被害に遭うという事件が発生、深夜まで会社で一人編集作業を行っていた茅野澤氏が侵入してきた犯人によって殴打され負傷し入院するという事件が起きる。
犯人は負傷した茅野澤氏に金庫を開けさせ中にあった現金と共になぜか茅野澤氏が以前矢部家に許可をとって手に入れていた「異邦覚江書之書」のコピーを奪い逃走
犯人は未だに逮捕されていない。
これら最近の「異邦覚江書之書」の周辺で起きた不可解な事件には何か大きな影を感じている我々だが今はまだそれについて言及することは避けようと思う。

暴漢から受けた傷も癒えぬまま退院した茅野澤氏はその足で発見当時解読に携わった青山徹氏の家族の下を訪ね、彼の遺品の中から解読作業の際に書き写した異邦覚江書之書の一部を奇跡的に見つけ出し手に入れることが出来たと我々に伝えてくれた。
現在この写しは茅野沢氏が信頼できる人物に託し保管してもらっている
また近いうちに茅野澤氏は新たな発見と全世界に伝わる神隠し伝承などの共通点や彼の解釈をまとめた本を出版すると語っている
我々としては彼がどのような内容の本を出版するかは非常に興味があるところだが今はその出版まで静観しようと思う。

                 月刊アトランティス編集部 2003年12月号より

  • やっぱり異世界はあったんだ!みたいな過去に小ゲートで飛ばされながらも帰還した人の残した文献とか色んな繋がりが想像できてワクワクする -- (名無しさん) 2012-03-25 21:43:19
  • 大ゲート開放時期や月刊アトランティス初登場のほか過去の小ゲートと伝説・伝承との関係も暗示されているさりげに重要作品。 -- (名無しさん) 2012-03-26 22:47:02
  • 読むのきつかった -- (名無しさん) 2012-03-27 03:50:03
  • 冒頭からのくだりや人物から事件などが真に迫っていて作中の世界では本当に起こったことなのだと実感しました。雑誌というよりも専門書籍のような雰囲気です。最後に出てくる犯人がどういう人物なのかも気になりました -- (ROM) 2013-02-15 18:30:28
  • 「異邦覚江書之書」はもっと広げられる設定だと思う。放火犯の裏設定を妄想すると地球・異世界関係の暗部に繋がりそうな気がする -- (名無しさん) 2013-03-09 19:54:31
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最終更新:2013年03月28日 19:43