旅先で乗った幌馬車で、奇妙な二人連れと乗り合わせた。
蜥蜴人と大柄な動甲冑の二人連れで、
スラヴィアから来たと言っていた。
動甲冑の方はかつてはそれなりに立派なつくりだったのだろうが、素人目にもあちこち
くたびれていて継いだり接いだりした形跡があり、左の横腹など槍に突き通されたらしい
大きな穴が開いたままで空虚な腹の中を晒しているという寒々としたありさまである。
「…死出の旅だなァ」
御者のご老体が二人に聞こえぬようぽつりと呟くのを耳にして、なるほどと得心する。
噂に聞くスラヴィアの“夜の饗宴”にて戦い続けた歴戦の勇士が、その最期のひと時を
思うように過したいと主に申し出て、寛大にも認められたというところであろうか。
次の宿場までの街道を半ばまで進んだある時。馬車に乗り込んでからは置き物のように
動かなかった動甲冑が不意に顔をあげ、流れる景色の中の一点を見つめるようなしぐさを
見せた。
興味を惹かれ視線を追うと、大きな風車の傍らでかいがいしく働く夫婦と、手伝う気か
単に遊びたいのかその周囲を走り回る子供らの姿が見えた。
どうやらここが動甲冑の旅の終点だったのであろう。蜥蜴人の方もその様子に気づくと、
御者に馬車を止めるよう言おうと腰を浮かせた。
が、動甲冑は彼を引き止めた。
いいのか?というように見つめ返す蜥蜴人に、動甲冑はただ一言。
「もう十分だ」
そう重々しく呟き、ふたたび沈黙した。
彼の声を聞いたのはそれが最初で最後だったが、その声はひどくしわがれ、疲れ果てた
男のようにも、死病の床に伏した老婆のようにも聞こえた。
私は宿場で降りたが、馬車はそのまま二人を乗せて街道を進んでいった。
あの最後の一声以来、それまで私と快活に話していた蜥蜴人さえも押し黙ってしまい、
無言の車内に耐え切れなくなっていた私は、その馬車が離れていくのを確認すると大きく
息を吐き出し、こわばっていた背筋をほぐした。
彼は死に、彼の存在に使われていた神力は主のもとに還るのだろう。
或いはもう既に還っているのかもしれない。
ふたたび置き物に戻った彼を、私はもう二度と動きそうに思えなかったのだ。
- 絵描きあきの人から挿絵いただいたので小躍りしてアップロード。ありがとうございました! -- (作者) 2011-09-18 01:42:38
- 考えてみると 永遠 の中に放り込まれると弱い心だと状況の変化についていけずに折れて消滅してしまいそうだ。 永遠の途中で納得し自ら幕を降ろすのも一つの強さなのではないかと思えた -- (名無しさん) 2012-03-25 21:55:30
- スラヴィアンという種族の方向性を決定したSSの一つ。不死者といえども精神まで「永遠」に耐えられる訳ではないのだ。 -- (名無しさん) 2012-03-26 22:52:27
- 設定はいいんじゃない? -- (名無しさん) 2012-03-27 03:50:35
- 特殊なスラヴィア人というものの最後がしみじみと語られていくのに思わず感情が込み上げてきました。動甲冑の過去って?と考えましたが絵のように小さい甲冑がどんどん年月で大きくなっていったら面白いですね -- (ROM) 2013-02-15 18:35:56
- 動甲冑が成長するってのは確かに興味深い。絵の表現によるケレン味だとは思うけれど、スラヴィアンの中には成長する個体もいるのかも? -- (名無しさん) 2013-02-16 18:26:39
- 短いのに非常に印象的な一篇。死出の旅はこのシェアでも好きな設定の一つです -- (名無しさん) 2013-03-09 19:56:44
- 死んでいるのに活き活きしているスラヴィアンが多く出てくる中でスラヴィアンの終わりをはっきり見せたこの作品はもう一つの理と言ってもいいな -- (としあき) 2013-10-31 22:27:50
- 辛気くさいかな?スラヴィアンの最後はこうなるという一つの幕引きみたいなしんみりした哀愁 -- (名無しさん) 2015-08-21 02:40:06
最終更新:2013年08月04日 23:42