ある男の放浪記:暴れ水を飲んだ
何か理由があるわけではなく、理由がないから放浪しているのだ。
あるいは理由がないという理由で彷徨っているのやもしれない。
気が付けば、ここは
ミズハミシマの南方にある小さめな島。
青い空と青い海、そして豊かな緑があふれる平和な島である。
うららかな日差しと白い雲が流れている穏やかな風景。
そよ風が大地に根差す草木を泳がせ、鮮やな色の波を形作る。
晴れ晴れとした天気が島を包み、遠くに見える森に囲まれた山もはっきり見える。
どうも山頂に一本の木が立っているらしい。
ちょうど良い。当てもないのだから、気晴らしにあの山でも目指そう。
この島の特徴として、至る所でこんこんと湧き出る水がある。
一切の濁りなく透き通り、そして芳醇な香り漂う不思議な水。
時に泉としてそれは溜まり、時に隆起したのであろう岩肌から漏れ出している。
別段不思議なものとも思わず、また手持ちの水も十分にあるため汲むこともなかった。
森を抜け、山を登り、山頂に着いた頃には日も傾き始め、空を赤く染めていた。
遠巻きに見た山頂の木は驚くほど巨大で、屋久島の杉と同等かそれ以上に感じる。
ただし、あれのような壮大さは感じない。むしろ恐ろしさやおぞましさの方を感じる。
階層的に分かれた枝葉が作る葉の層、それを突き抜けるうねった幹が、あたかも龍か何かのように見えるのだ。
木の根元には、足首くらいの深さはある、水たまりと呼ぶには大きい水場があった。
持ってきた水も減ってきている。このまま戻るのは心もとないと思い、湧き出る水を水筒へ汲み上げる。
ついでに水分補給をと思い、手にすくって口に運んだ。
ごくりと飲み込むと、のどが焼けるような感覚と共に、強烈なめまいに襲われた。
思わず猛烈な勢いで咳き込む。
これは酒か? しかもかなりアルコール度数が高いとみた。推定だが軽く40以上は超える。
そう思いながら膝が折れ、水場に片手をつき口を押え咳き込む。
腕で体を支えることも出来ず、半ば気絶するような勢いで水場へと倒れこむ。
曖昧な意識で、このままでは溺れ死ぬと思い、必死の思いで体を起こし地上へと引き戻す。
ずぶ濡れになった体を地面に投げ出し、次第に朦朧としていく意識と引き換えに、心音が鮮明に頭に響いていく。
仰向けに投げ出した体で空を仰ぐ。巨大な龍が、赤い目でこちらを見据えていた。
その状態でどれぐらい時間がたったのか。
大きなひょうたん型の容器を携え、長く立派な白髭を蓄えた亀人がひょっこりと眼前に現れた。
「おやどうした若いの。まさかそこな暴れ水でも飲んだのかえ」
ひどく曖昧な意識しかないが、言っていることはハッキリとわかる。
だが真白な頭では漠然と言葉を発するのが精一杯だった。
「あばれみず……?」
「いんや、まあ、うむ。とりあえずこれを飲みんせい」
亀人は歯切れ悪くそういうと、携えていた容器の蓋をキュポンと音を立てて外した。
体をぐいと起こされ、渡された容器を手におもむろに匂いを嗅ぐと、鼻から風が突き抜けるような感覚がする。
容器を傾け液体を飲み込むと、焼けるように熱かった喉は急速に冷えていく。
意識もまた、波が引くように虚ろから現へと戻ってきた。
「……ありがとうございます」
「気にせんでな。暴れ水を知らなんだら、そうもなりけんね」
「これは水、あるいはお酒ではないのですか?」
亀人は人間と比べて幾分か長い首を横に振った。
「それは暴れ水と言うてな。飲んだが最後、体の中で水が暴れて殺されてしまう。
何故ならばそれは龍神様の喉を潤すものであって、我々には過ぎたるもんじゃてね」
そんなものが至る所でこんこんと湧き出ているとは。
神の食物を人が口にするとどうなるか。神話などでは良くある話だが、まさか実体験するとは。
「神様もひどいことをするものですね」
「元々この島も、海も、我々も全部龍神様のものだからの。
そこに住まわしてもらっとるゆえ、これも自然なことよな」
そんなものだろうか。だがきっと、そんなものなのだろう。
亀人に礼を言うと、思わずくしゃみが出た。
よく考えれば、未だずぶ濡れのままだと気付く。
「ほいほい、もう暗くなるでな。
とりあえずワシの家に来るがよし。適当に暖と飯でも取るでな」
ひょうたんを持った亀人は促すように手招きをする。
ゆっくりと歩く亀人の後を、これまたゆっくりと追う。
ふと山頂の木を振り返った。
そこに龍の姿は無く、生気を失った大木が静かに眠っていた。
- 神様の飲料“暴れ水”… 龍神がそれを飲む際は人に化身して飲んだのか、樹や島ごとごっくん飲み込んでいたのか。 何は無くとも飲んだ人のその後が気になる一本 -- (名無しさん) 2012-07-28 23:32:18
- 南国のようで幻想的な風景が浮かんで島を登っている気分になった。男は人間? -- (としあき) 2012-07-29 12:54:29
- 神秘的な場所にはやはり神秘的なものがあるんでしょうか。 とりあえず体に入れる前に精霊とか探して安全かどうか聞いてみるのがよさそうですね -- (とっしー) 2012-07-31 09:29:05
- 力水という飲料が… 体の中で水が暴れて殺されてしまうというおっかなさと何でそんなものが沸いているんですかーというギャップで吹く -- (名無しさん) 2013-10-17 23:51:47
- 神の息吹は人には過ぎたる劇薬になることが多いのでしょうか。亀お爺さんがいなかったら大変なことになっていたんでしょうけどもこういうサプライズも異世界の旅の醍醐味なのかなとも思いました -- (名無しさん) 2014-10-26 17:32:51
- 多数の島々にはそれぞれに気候や動植物から自然まで独特の色を持っていそうだ -- (名無しさん) 2014-12-08 19:08:11
- 人には優しくない特別なものって異世界には多そうだ。試してえらい目にあって語り継がれる -- (名無しさん) 2016-10-22 21:01:15
最終更新:2012年07月28日 21:44