8月。高体連剣道全国大会。
3年間、地獄のような激しい稽古を重ねたのは、この日のためだ。
地球人の部、亜人の部、総合。試合はこの3つにグループ分けされ、
我が十津那学園剣道部はその全てにエントリーしていた。
総合部門は犬塚勇馬が破竹の勢いで決勝まで進み、北海道解放区にある
ユーパロ十一門学院所属の鬼人、地獄谷氏に圧勝して優勝した。
亜人の部は力及ばず3回戦にて全滅。
そして、地球人の部であるが・・・
俺こと川津天が出場して、とりあえず準決勝までは勝ち上がったけれど、
岩手の龍こと冬樹大和に完敗を喫した。
冬樹は決勝戦で幼少期からのライバルである奈良の西堂宗理と歴史的一戦を交えた末に
優勝を飾るというドラマチックな展開が待っていた事もあり、
「大和と戦って負けたんだから仕方ない」という周囲の評価でもあったのだが、
やはり自分自身で納得の出来るものではない。
そう。気持ちは今でも燻っているのである。
心の中の火が消えてしまったかのような気分だった。
元々俺自身はそれほど何かに熱中するような人間ではない。
唯一熱心に取り組んでいた剣道部を引退した今、自分には何も残ってはいない。
もちろん高校3年生として本来取り組むべき受験に向けての勉強も必要だろう。
けれども、モチベーションが上がらないのだ。
なんかこう、気合が入る何かが欲しい。そんな所だ。
蒸し暑い自室のベッドに寝転がり、何とは無しにゴロゴロと過ごす。
そんな風にして休日を使い潰そうとしていた時だ。
「テ~ンちゃん~ 起きてた?
そろそろ慰めに来る頃だって期待してたんじゃない?」
ドアを開けて顔を出したのは、言うまでも無く蛇神ヤマカだった。
寒いのに極端に弱いが、暑いのもけして得意ではなく、随分と目の毒な薄着をしている。
「うるさいぞヤマカ。俺は慰めなんて期待して・・・ムグ」
俺の言葉が終わるか終わるまいかというタイミングで、ヤマカがのしかかって来た。
そのまま蛇人独特のしなやかさで俺に擦り寄ってくる。
やや低めの体温とヒヤリとしたウロコの感触が、蒸し暑さに辟易していた体に心地よい。
「全国3位で落ち込むってのはゼータクな悩み。
獅子神くんなんて、せっかく全国大会にまでコマを進めたのに1回戦負けしちゃったんだよ。
テンちゃんは頑張って結果出したんだし、それでいいじゃない」
そう言いつつも、ヤマカは徐々に俺の体に絡みついてくる。
胴体の正面に体ごとのしかかり、首にはヤマカが首を伸ばして絡みついてくる。
両手足にも器用に手足で絡みつき、尾は腰からグルリとまわって足に絡みつく。
「ふふふ。ヤマカちゃんのスペシャル絡みつきで身動きできまい~」
本気を出せばいくらでも振りほどけるが、そんな気力も湧かない。
髪の毛の匂いが鼻腔をくすぐる。このリンス、なんだったっけ。
「ホントに元気ないね。悩みがあるんならお姉さんに話してみ」
頭上から心配そうに顔を覗き込んでくる。誰がお姉さんだ。早生まれのくせに。
そもそもどこで元気の有無をはかっているのか。
「何でも無ぇよ」
厨2病の残滓が疼く。自分は素直に生きてはいけない。そんなルール。
ヤマカはちょっとムッとしたような表情を浮かべると、くちを近づけて言葉を放った。
「素直に」
「素直に・・・」
「何でも」
「何でも」
「話すよ」
「話す・・・よ。言霊誘導すんなよ。わかったから、ちゃんと話すから。
何つーかさ、目標が無いんだよ。大会に向けて必死にやってただけに尚更。
受験勉強しようにも、将来の目標なんて無ぇから、どこを受けたもんだか。
だから・・・ムグ」
またも言葉が終わるか終わるまいかというタイミングで、ヤマカにくちを塞がれた。
両手足を拘束された体制でどうやってくちを塞がれたかは、推して知るべし。
30秒ほどくちを塞がれ続けた後に、ちゅるりと水音をたててヤマカは離れた。
「何かと思えば、進路の悩みかね。
勇馬っちと奥山さんがバッチリ決まってるだけに、無駄に焦ったってところ?
仕方ない。ヤマカちゃんが一肌脱いであげよ~じゃない。
要はテンちゃんの人生の目標をアタシが決めてあげれば解決するのよね」
いや、それはどうだろう。
俺が抗議の声を上げる間もなく、矢継ぎ早にヤマカは言葉を重ねた。
「テンちゃんが目指すのは『普通の人生』だよ。
普通に進学して、普通に就職して、普通にアタシと結婚して、普通に普通の家庭を作るの。
子供は3人。みんないい子なの。ウロコまみれの蛇女には、もったいないくらいの。
で、最期はアタシに見守られて御霊の杜へと還るの。これでいい?」
また酷いプランニングをされたものだ。
まったく具体性が無いし、部分的に具体的すぎる。それに。
「ヤマカ、重い」
その一言を聞いて、ヤマカはビクリと身震いして困惑した表情をした。
「少し太ったんじゃないか?」
ヤマカは一瞬だけポカンとして、次の瞬間に憤慨して抗議の声を上げた。
ふふん。ザマをみよ。
シュルリと手足をヤマカがほどいたので、起き上がって肩を寄せる。
「で、慰めに来てくれたんだよな?」
ヤマカは無言でコクリとうなづいた。
カーテンを開け、ガラリと部屋の窓を開放する。
部屋にこもった熱気や臭いが、一気に外に流れ出るような感覚。
外はすっかり日が暮れ、星の瞬く夜空が広がっていた。
「テンちゃん、今日って十津那の花火大会の日なんだよ」
ベッドの上でシーツにくるまったまま、ヤマカがこっちを見てそう言った。
「今年も
ゲート経由で光精霊がたくさん来てるんだってな。
そっか。今日だったんだ。去年は会場で皆で見たんだったっけ」
十津那の花火大会は、そこそこの大規模で行われる。
理由はわからないが、花火は光精霊たちにも心地よく思えるのだろうか。
打ち上げ花火に集結する光精霊の姿もあわせて、十津那の花火大会は幻想的だと評判を呼んでいるのだ。
「今年は見られないね。ザンネンだけど仕方ないか」
心底残念そうな表情をヤマカが浮かべる。
もしかして、本当はそれを誘いに来たんだろうか。
「いや、見られるぜ?」
そう言って俺は窓の外に目を向ける。
ヤマカの下宿部屋からは見られないけれど、俺の部屋からは花火が見えるのだ。
眼下に広がる街並みの奥、宵闇の向こうで一筋の炎が上がり、閃光が広がる。
「キレイ・・・」
いつの間にかヤマカは俺の隣に立ち、二人で並んで打ち上げ花火を見続けた。
いや、余計な事は言うまい。美しさを比べるなど無粋だ。
「テ~ンちゃん」
うう・・・
「ヤマカの方がキレイだ・・・よ」
「フフン。よろしい」
ヤマカの横顔は、心底満足げだった。
- ヤマカさんの将来プランニングのセリフところで何故かちょっと泣けた。泣くようなシーンじゃないのに -- (名無しさん) 2012-08-12 13:18:40
- SSの中から新しい設定や世界が広がっていくのは楽しい。ヤマカさんはずっとキャラが変わらないような気がしてきた -- (とっしー) 2012-08-15 03:14:34
- 普通の人生って結構難しいもんだよね。 しかしとことん厨二が抜けない天ちゃんと脱出不可能なヤマカロックは笑った -- (名無しさん) 2013-06-26 02:54:28
- 川津君は意外と剣道が強かったんですね。日本全国規模に広がった交流と学生たちが浮かんできた全国大会ですね。ヤマカさんはとりあえず将来のために川津君の就職などを後押ししてはどうでしょうか -- (名無しさん) 2014-12-03 17:24:05
最終更新:2014年08月31日 01:48