【仮説・モルテ誕生】

『意識は保てるか?』
微かに、微かにだが“それ”は身震いした。
『お前に渡したその“力”は、もう私の力ではどうにもする事ができぬ。
もし“力”に押し潰されそうになれば、すぐさま私に還すのだ』
言葉に呼応し、微かに動いた… と、思い込みたかった。

 読みが外れてしまった。
 存在として成り立ち、魂を司る神としてあれば
 その所業の中にてすぐにでも“己”を創ると思っていた。
 かつての私が、魂途切れる寸前の老婆に呼びかけられ
 その掌を受け、獣の姿を成した様に、
 あれもそうなると確信に近いものを持っていた。

『どうしてなのだ…
既に幾万もの魂を送り、彼らに触れてきた筈であるのに
何故あれは未だ己の姿を成さぬのだ。
存在としてあるだけでは、やがてその身にある神の力により
押し潰されてしまうというのに。
…願わくば、あれが消える前に私に力を還すよう…』

スラフ島 ─
島の中心都市は観光の要として、海沿いは庭として栄えている。
しかし、そのような眩い輝きの中にも“終わり”は等しく訪れる。
大樹の陰、商いに失敗し、失墜のまま自らを吊ったゴブリン
森の中、牙持つ獣に臓腑と肉を食い千切られたつがいの鹿。
湖の畔、何処からとも無く飛ばされて根付き育つも、土が合わず腐り倒れた神精樹。
“それ”は見届ける。
“それ”は事切れたる骸より浮かぶ魂を、その闇の身に潜らせ冥府へと誘う。

魂の通過は、その生を全て受け止め霧散し無の色へと染める。
力だけで見ればちっぽけな生き物であっても
懸命に生き抜いた“生”の証は重い。
故にその所業は神でなければ耐え切れるものではない。
しかし“それ”は神に成りきれていなかった。
だが“それ”は向かう。
次なる魂の座まで。

見たことも無い色。
いや、ずっと前に見たかも知れない色。
満身創痍で傷より零れる血も僅か。
分かる。
この少女は、直に逝く。
獣が集う。
しかし彼らはその血肉を貪るためではなく、
少女の体を支えるために、獣毛を預ける。
やがて少女は真直ぐ天に伸びる枝の無い一本の樹の下に座した。
“それ”が近づくと、樹の周囲に寄って来た獣達が何処かしらへと消えていく。
 見届けるために、誘うために
「…可哀相」
不意に空へと差し出した傷だらけの掌が、もやに埋まる。
「そんなに空っぽで…今にも壊れそうな器で…
…今までの貴方の生は…」
“それ”は引き寄せられる。 血糊が乾いた頬を涙が伝う少女の顔へ。
「願わくば…これから…生…に…幸…ら…ん ──
力を失いもやを掻き分けて下がる腕。
樹を撫でるように下がる少女の身体が地に落ちるよりも早く、もやが全身を包み宙へと掲げた。
何者も聞く事の出来ぬ絶叫が森に響き、影よりも暗い闇が収束していく。
 感じた 何を 今までに無い 何かを 感じた
 歓喜なのか 悲哀なのか 狂喜なのか 絶望なのか
 在りたい この時を 隣り合う この魂と
 全てを注いででも


「…私は…」
「こんばんは」
虚ろに瞼を開けた少女を、同じ顔の少女が覗き込む。
「ねぇ、サミュラは何がしたいの?」
まだ意識のはっきりとしない少女の両手を取り、半ば強引に立たせる。
「教えて、僕に」
深い暗闇での目覚め。 そして微笑み。
「モ…ルテ」
「うん」
それは無邪気な笑顔。
「誰もが幸せの中で生きる国を…」
「創ろう!」
たどたどしくおぼつかない足取りもお構いなしに、飛んで跳ねて先に引っ張る少女は
どんなに少女が困った顔をしても、その握る手を離しはしなかった。


モルテがモルテとして誕生した瞬間を考えて見ました。
あくまで仮説という事で、サミュラの誕生と合わせて
一つの出来事に集約できたらなぁと思います。

  • ニーサンはあと三百年くらい現役続けるべきだったんだよ。でもそうするとモルテ生まれずにゲートも開かなかったか -- (とっしー) 2012-08-29 15:59:55
  • 自分がもう一人欲しかったのか伴侶が欲しかったのかモルテの心情はまだ闇の中なんかな -- (としあき) 2012-09-01 02:08:56
  • モルテが何故どうして神一番の天邪鬼になったのかというのは興味があります。神が次代の神を導くというのも感慨深いものを感じます -- (名無しさん) 2014-12-14 17:27:21
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最終更新:2012年08月29日 11:35