西暦千四百年代ヨーロッパ
文化、宗教、国、何もかもが“力”という裏面に突き動かされる
大儀を信仰を、王や神すらも欲を満たす道具に変えた
「こっち来てはいけませんっ!」
会談より戻ってきた王と王妃を出迎えようと門まで走ってきた妹を制止するも、
小さなその頭は脇をするりと抜けてしまった。
取るに足らない小国ながらも、王と民の境目無く生活を送るその国は、慎ましくも力強く高峰の片隅にあった。
しかし、そんな国にも暴威は押し寄せてくる時代であった。
突如、国境に押し寄せた宗教遠征軍による到底実現不可能な量の補給要請。
それまで、国や教会の命には従っていた王ではあるが、流石に今回は無理難題過ぎると
王と王妃自ら交渉に出向いた。
── その結果
交渉に随伴した巨漢の文官が一人、棺桶を引き摺って戻ってきた。
故意に無数の穴を開けられ、それらからは血が滴り落ちている。
夜半ながらも松明の下で帰りを待っていた老将軍が詰め寄る。
「お前だけなのか? 王と王妃、それと護衛の者達は…」
元々が森の民の出であり、文献に興味を持った彼は門を叩き、
その熱心な勉学の姿勢から文官に採り上げられた。
だが ──
無言のまま大きな口を開ける。
言葉など発せる筈など無かったのだ。
恐らくそれは激痛止まぬ筈なのに、文官は断たれた舌の面を指でなぞり、棺桶に血文字を引いた。
【交渉は決裂
王と王妃はこの中に
直に軍が押し寄せて襲(き)ます】
即座に棺桶を開いた将軍。
言葉にならない悶句を喉で押し潰す。
王は冠を称えた首だけが、その顔皮と肉を削がれ在った。
王妃は白磁と名高い肌を、何度も串刺しにされ血紋に塗れた手足のみが在った。
茫然自失で立ち竦む将軍は、側から王女が棺桶に歩んだのを察知出来なかった。
髑髏と力なく曲がる手足。
王女は気丈にも唇を噛み締め、涙も零さずに立つ。
しかし、その脇を妹が抜けて獄を目の当たりにする。
叫ばず、唯涙を流して気絶し倒れた。
「奴らの狙いは何なのだ!? 物資欲しさにあそこまでやると言うのか?!」
自分が付いて行けば…という自責に押し潰されそうになりながらも、将軍が口火を切る。
「物資なんてこの国にはそんなにないだろう?」
蛮国より流れ着いた放浪の女戦士が客分にも拘らず、あけすけに言ってのける。
「まさかとは思うが…」
確信を持ちながらも言い出せない。
難しい表情で護衛騎士団長の女騎士は固まっている。
「狙いは王女様でありますか?」
肩に小柄な鷹を乗せた従者の少女が躊躇いも無く発言した。
「「「分かっておるわ!」っての!」いるわ!」
地図を広げたこじんまりした円卓を囲む将の顔が一斉に従者へ向く。
そしてすぐさま王女へと向き直る。
「私が出向いても…最悪の結果になるのは変えられないようですね」
小国の王女ながらも、その器量と美しさから周辺諸国からも求婚や縁組の申し出が多々あった。
しかし今度は違う。
かつて何度も戦を潜り抜けた将軍は、国を囲む異様な軍気を感じ取る。
王女の投降を以って容赦の無い侵攻が始まると。
かつて幾度となく境界を越えてきた勢力を迎え撃った戦士は、血まみれの棺桶を思い出す。
あれは一分の譲歩を受ける事ない意思表明だと。
かつて領内に侵入した刺客を全て返り討ちにし、王女を護ってきた騎士は誓う。
何があっても王女は護り抜くと。
「軍本隊は西より攻めて来ます。
民は国外へ避難させずに城の東側へ。
兵は全て城に集めて迎え撃ちます。
包囲に穴が空くまで誘き寄せたら即座に民を国外へ逃がします」
王女の考えは概ね正しいものだった。 しかし相手の軍の多さを踏まえると決め手に欠ける。
「姉様はすぐに隠し通路を通って領外へ逃れて下さい。
本隊の到着を待って姉様が領外に逃れた事を知ってもらい追いかけてもらいます。
その間に民を避難させます」
そう言って円卓の間に入ってきたのは、倒れていた筈の妹姫。
瓜二つと言うには苦しいが、装飾を合わせ背伸びした妹は城外から見れば王女と見間違うだろう。
「攻め入った軍が貴女を許すとは思えません!」
「姉様!
父様と母様が亡くなられた時より私は戦い抜くと心に誓いました。
別に姉様に楽をしてもらう訳じゃありませんよ? 姉様には皆の避難が終わるまで逃げ続けてもらいますから」
何時もの様にスカートをちょんと持上げ、淑女たる御辞儀をしてみせるも
その頬には涙の跡が残っている。
円卓の間の小棚を文官が押しずらすと階段が現れる。
物言えぬ巨漢は相変わらずの笑顔で王女を誘う。
「王女は任せたぞ」
「ああ、承知している」
「私も付いていくであります!」
まだ後ろ髪引かれる王女を抱き上げ、女騎士とその従者は階段を降りていく。
そして再び文官が棚を引き戻す。
「あー…何だ、もしもだな、もし無事に生き延びれたらの話なんだが~」
「何よ?」
「ワシと一緒にならないか? 性的な意味も含めて」
「アホかっ!」
王女が通路を抜け、領境の渓流に出た頃には
背後に見える城は炎に包まれていた。
「ここから先は…」
暗い森を前にして両手を合わせる王女の前に突風が吹く。
それは王女が幼い頃、森で迷った彼女を城まで運んだ野生の巨馬。
恐るべき膂力から軍馬にと跨った誰をも振り落とした馬は、唯一人王女にだけ懐いたのだ。
「今回ばかりは振り落としてくれるなよ…」
まず王女を乗せ、次いで跨った女騎士が不安そうに訴える。
馬は微動だにせず。
「では私も!」
三人が乗るや否や怒号で土を蹴り飛ばす。 速度は数歩で最大にまで駆け上る。
山脈を抜けるために渓谷を登る。
森の切れ目、断崖に臨んだ所で突如馬が脚を停めた。
「ふん…梃子摺らせおって」
黒馬、黒鎧、黒髪、黒瞳。
一目で理解した。 この者が軍の主だと。
「ほら、私の言った通りでしょう? 王女は必ず此処を通ると」
軍主の背後から、馬に乗り現れたのは笑みを浮かべる痩せた男。
「宰相殿! 貴殿、まさか…!」
王と共に交渉に出て戻らなかった宰相がそこにいたのだ。
「悪く思うなよ騎士様。 私も生きるために必死なのだよ。
王も、王妃も、素直に王女を差し出せとの命に従えば国も命も助かったものを…」
「~っっ!」
柄を握りつつも既に包囲されている中では迂闊に動けない女騎士は、唯唇を噛み締めるのみ。
「私はこれからは主の軍の一部となって生きていく!さらばだ!」
鮮血。 馬ごと斬り伏せられ、崩れ落ちる。
「確かに貴様の言う通りだったな。 ここに至るまでえらく遠回りと寄り道をさせられたが。」
首のずり落ちた馬より落下する宰相。 その手には主に突き立てるため、袖より飛び抜いた短剣が握られていた。
「我は最初から何も信じてはおらんよ。 それに貴様は少々口が回り過ぎる。
尚更信用できぬわ」
「…無念っ! しかしっ」
事切れるより寸早く何かより伸びた紐を引く。
そして爆発。 黒煙と共に飛び散る肉片。
「王女が逃げたぞっ! 追えっ!追えーっ!!」
一人の兵士がいきなり声を張り上げる。
そして大声を張り上げ続け、森を下り燃える国へと向かった。
「我はまだ何も命令しておらぬのだがな… フン、まぁ良いわ」
爆風に紛れ囲みを抜けた女騎士を追う様に剣で指し示す主。
虚を突いたと思っていたが、渓谷の道は兵士で埋まっていた。
飛来する矢、突き出される槍、剣。
巨馬の突進力と騎士の剣技で切り開き進むも、確実に命は削られていく。
「なん…だ、これはっ!?」
断崖沿いの頂上。 これより下る筈の所で
山肌が崩れ、塞いでいるのだ。
そして見計らったように降り注ぐ矢の嵐。
自身と鎧で王女を庇う騎士の頭に落ちんとする矢を、従者の鷹がその身に受ける。
従者もまた、盾で騎士を庇うが ──
「危ない、騎士様っ!」
まだ止まぬ矢の中、従者が騎士を馬から突き落とす。 王女も騎士に抱え込まれたまま落馬する。
騎士が地より見上げた先で、槍が従者と馬を貫いた。
戦いでは己の身に傷を刻みながらも常に騎士に付き従ってきた従者。
その傷の縫い目だらけの身体を破れた服より曝け出しながら、従者は馬と共に倒れこんだ。
「元より引く気など無くてな、道という道を塞いできたのだよ」
次なる槍を馬上から構えながら、主がゆっくりと迫ってくる。
「おのれぇぇええーーーっっ!!」
瞬間鎧を脱ぎ捨てる。
露になった引き締まった筋肉が更に絞られ跳躍。
剣一本で矢を抜け主に迫る。
直面より容赦なく投げられた剛槍を旋撃で叩き落す。
が、次の瞬間に騎士を襲ったのは上より落ち振り下ろされた黒剣だった。
剣を切り返すよりも早くそれは騎士の頭を割った。
「我を斬り伏せる気概、よく伝わったわ。
だがしかし、我の欲の方が勝っていたようだな」
真赤に沈む騎士に黒い外套を投げ被し、主は遂に王女を視線に捕らえる。
「貴方は、何故、何故ここまでするのですか!」
足に刺さった矢を抜き、引き摺るようにして近づく主から離れようとする。
「欲しいのだ、欲しいのだ!
我は我の持たぬ物、無いものを持つ者の全てが欲しいのだっ!!」
混沌と戦乱の世が一人の男を狂わせた。
いや、一人だけではないだろう。
大義名分を振りかざし、己の欲を満たす。
後はその度合いが酷いかどうかだけだ。
「姿!心!民! 我には何も無い!
お前は全て持っている!何故だ!」
憤怒の形相で剣を地に突き刺し、諸手を掲げ王女を掴まんと迫る。
王女は遂に断崖の淵にまで追い詰められた。
「何も無いと言うのであれば、自ずとその理由も見えてくる筈でしょうに…
どうか貴方とその全軍を以って私をお探し下さいませ」
主が掴んだのは、薄い金色の髪
主が眼に映したのは、暗い谷底へと落ち行く王女
主が欲したのは、今尚微笑むその心
「おぉぉあぁあがぁぅおあぐあぁうああああっっっ!!!」
理性の吹き飛んだ吼え声を上げ、主は王女の後を追い谷へと飛び込んだ。
「…ここは…何処?」
見たことも無い木々に囲まれた暗い森。
落下していた筈の身体は草の上に立っている。
道も、行く先も、最早光ですらも見えなくなった中で
王女は一歩、また一歩進み続ける。
止まらぬ限りは先が開けると、今の自分には進む事しかできないと。
しかし、やがてその身体は思う様に動くことかなわず、
一本の大樹へとその身を預けた。
「世がいつか、皆が手を…取り合い、笑顔の中で…生きていけるこ…と…祈… ──
命の灯火消えんとする王女は、最後に開いた景色の中で
黒く冷たく泣く様に寂しげな何かを
感じた。
先の
モルテ誕生に繋がりが大きいサミュラ誕生の仮説です。
吸血姫と成った後に生み出された最古の貴族などをモチーフにした
キャラなども織り交ぜて、先のサミュラとは別の性質を考えて見ました。
- サミュラ様が幸福の内に死んでモルテに見出されるというのはやっぱないかー -- (とっしー) 2012-09-01 19:06:49
- >ないかー 幸せそうなのに何故か全く想像できないのが辛い -- (名無しさん) 2012-09-01 20:47:03
- スラヴィアの根幹がサミュラの記憶や願った世界の再現であるのでは?と思わせるスラヴィア貴族を連想させる人物とその最後でした。そこにモルテの意図はあるのかどんなものなのかも気になりますね -- (名無しさん) 2015-01-04 20:05:11
最終更新:2012年09月01日 09:44