【from 芦原瑠奈 to A and B】

【芦原瑠奈とPC室】

  十津那学園 山之上校 旧式校舎 第四PC室 

 昼下がりの十津那学園。
 一般学生たちは昼食を終え、教室内で学業に勤しんでいる時間帯。放課後の部活動でしか使用されていない第四PC室は、静寂に包まれている。部屋はカーテンが閉め切られていおり、うす暗い。
 そんな中、古びた本を片手にぼそぼそと囁く影がある。
「ホントにこんなとこに悪仙がいるわけ?」
『この気配、どうやら間違いないぞ、瑠奈。君の学友からの情報、感謝すべきかな』
 瑠奈と呼ばれた少女は、薄暗い部屋に相克するような自己主張の激しい金色の髪とアイオライトに似た碧眼を携えている。日本風な名前に反して、エキゾチックな外見だ。
 運命の悪戯によって悪仙封印の任を受けた(というか封印を解いたのも彼女なのだが)少女は今、級友の頼みで、悪仙の魂である躍字を封印するためPC室に忍び込んでいた。
―――「PCの調子が悪いみたいなの。アリスケがお手上げっていうから見てみたら、躍字が挟まっててさ。火乃先生に相談したら、瑠奈に頼めって言われて」とは、瑠奈の学友である紅蜘蛛の言である。
「悪仙って酷いことばっかりする奴らばっかりだと思っていたけど、案外マヌケな奴もいるのね。PCに挟まるだなんて」
『確かに、君が今まで相手にしてきたカラスなどの悪仙に比べれば、こやつは小物だな。生前の分属は≪風の騒々≫。いたずら好きの困ったさんと言ったところか』
「あ、いけない!すっかり忘れていたわ!!」
『急にどうしたのだ。瑠奈』
「自己紹介よ!自己紹介!」



あらすじ
「私の名前は、芦原瑠奈《あしはら るな》!
 黒いブレザーと白いワイシャツを深紅のネクタイでビシッっと締めて、魅惑のミニスカートから覗く絶対領域と白黒ストライプのハイソックスが道行く男子の視線をガッチリ掴んで離さない華の17歳。
 さらさら金髪に美しい碧眼、整った顔立ちは正に人間国宝級。
 最近の悩みは、左目の充血が取れないことかしら?
 でもくよくよなんてしないわ!
 今日もお気に入りの超キュートな紫色のバッグをぶら下げて絶賛サボタージュ中!」
『瑠奈。あらすじというサブタイが見えんのか。だいたい誰に向かって自己紹介をしている』
「そういえばね。人間は、火を使うことによって他の動物との生存競争に打ち勝ったらしいわよ」
『・・・それがどうした』
「生存競争を生き抜いた最強武器が、今やジッポと言う形でお手軽に扱えちゃうなんて、人類って本当にイダーイ」
『以前も言ったがな。瑠奈。未成年がジッポライターなんぞ携帯するものでは―――熱ッ!デジャヴ!』



 瑠奈は、ポケットから取りだしたシッポライターを使い、持っていた本を燃やした。(※とっても危険だから室内での火の取り扱いには注意するのよ?瑠奈との約束ね!)本来ならば火は本に燃え移り、紙を炭へ返すはずだ。
 しかし、そこで不思議なことが起こる。
 本の中から、文字のようなものが次々と現れては火にぶつかり、あっという間に火を鎮火させたのだ。
 それだけでなく、火で燃え尽きたはずの場所では、文字が滲み出ては固まり―――まるで瘡蓋が傷を癒すかのように―――本の修復作業が行われている。
「いつ見ても気持ち悪いわねー。それ」
『気持ち悪いとは心外だな。炎程度で燃え尽きてしまうような書では、悪仙の封印などできんだろう?年季がある一級品を侮らんことだ』
「自分で自分のことを一級品っていう奴に、ロクな奴はいないわよね」
 瑠奈は、ぶつくさと言いながらも、躍字が挟まっているというPCに向かっていく。
―――「PCの解体自体は、アリスケにやっといて貰ったから。瑠奈は挟まってる躍字をどうにかしといて。精密概念記述型の密集魔力回路だったら、私でもどうにかできるんだけど。感性記述のはどうも苦手でさ」とは瑠奈の学友である紅蜘蛛の言である。
 瑠奈は解体されたPC―――といっても、PC本体のカバーを外しただけなのだが―――を覗きこむ。確かに躍字が挟まっていた。躍字は、必死に身体を捻じり、ひねり、PCから抜け出そうとしていたが、瑠奈の赤い左目の視線に気がつくと、動きを止めた。
「一文字か。本当に大したこと無さそうね」
『油断するなよ。瑠奈。一文字とはいえ悪仙であることに違いない。何をしてくるかわからん』
「へいへい。わかってますよーっと」
 封印の書の忠告を右から左に聞き流し、瑠奈はPCに挟まっている躍字に悪仙封印の書を翳して、封印のための言葉を紡いた。瑠奈の声に共鳴し、書物からは様々な躍字が顕現する。その一つ一つが、織りなり、檻となり、PCに挟まっている躍字を取り囲んだ。
「れりーず!」
 瑠奈のひときわ大きな声と同時に、文字の檻は一瞬で収縮し、PCに挟まっていた躍字と共に書の中へと消えた。
「・・・なんちゃって。まー、ギャグかますくらいには余裕だったわね!」
『いやまて、おかしい。書の気配がPCから消えておらん』
「えー、さっさと終わらせておやつのパフェ食べたーい」
 瑠奈にとってはパフェと悪仙の封印では、パフェの方が圧倒的に重要度が高いらしかった。呆れる封印の書を嘲るように、瑠奈の腹の虫がなる。
 ぐぅぅーという音と同時に、PCスピーカーが鳴った。
『にょほほほほほ!引っかかったよーね、封書!』
『瑠奈は器用な腹の虫を飼っているな。笑い声まで鳴らせるとは』
「・・・私じゃないわよ」
 瑠奈と封書は互いに不思議そうな顔を見合す。すると、PCスピーカーからまたも声が発せられた。
『あんたらが封印した躍字はいわば囮ちゃん。魂のデータ化的なことに成功した今の私は、このPCを本体として新たに生を受けた電子生命体みたいなニュアンスの新人類!サイバーパンクなめんじゃねぇ!生き残るためなら世界観ぶち壊しも厭わないぞ!にょほほほほ!』
「アリスケの奴、質の悪い悪戯仕込んできたわね。後で絞める」と言うと、瑠奈は拳を握りしめた。
『否、君の学友に罪はない。この笑い方、≪風の騒々≫シャオフウに違い無い』
「え!?なんで封印できてないのよ!?」
『詳しくは、分からん。しかし弱ったな。あなろぐな私では、でじたる体であるこやつの封印は少し難しいかも知れん』
「どうすんのよ・・・」
 立ち尽くす少女と書をあざ笑うかのように、にょほほという特徴的な声がスピーカーから響いた。


 どうにかシャオフウを封印しようとした瑠奈と書は、PCの電源をつけたり消したり、叩いてみたり、封印のコトノハを再構築するなどしてみたが、全てが徒労に終わった。あれこれと試しているうちに、日は傾き、気がつけば放課後になっている。
「うげ。もう授業も終わってんじゃん」
『こやつにコケにされたまま帰る気ではあるまいな、瑠奈?』
「モチろん!こういうウザったい奴は生理的に無理。意地でも封印してやるわ!」同族嫌悪だろうかと、封印乃書は分析する。
『にょほほほ。無駄ネ。レヴォるーションのネクストなステージに上った私を止められるものなど延国広しを探し回っても存在せぬにょわ!』
 勝ち誇る≪風の騒々≫シャオフウは、己の勝利を確信しつつ、高らかな笑いをPCスピーカーから生じさせる。笑い声は少し音割れしていた。
「アリスケー?もういるのー?」
 ガラガラーッ、とスライド式のドアを開けて入ってきたのは、紅蜘蛛のベニコマチだった。
「あら、瑠奈じゃない。躍字の封印は昼間の内に済ませて、午後は目いっぱいサボタージュじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどさー。封印乃書がポンコツで、結局居残りなのよー」
 といって、瑠奈はこれまでの経緯を掻い摘んでベニコマチに説明した。ポンコツという言葉を聞いた書が少しだけ不機嫌になったが、瑠奈はそれを黙殺した。
 瑠奈が説明をしていくにつれ、ベニコマチの表情が笑顔にゆがむ。変化の乏しい蟲人の顔にもかかわらず、はっきりと愉快の表情なのだと分かる。
「―――というわけなのよ」瑠奈が説明を終えると、ベニコマチはPCの前へと移動した。
「はじめまして。≪風の騒々≫シャオフウさん」
『にょほほほ。礼儀正しい娘ね。私、礼儀正しい子は大好きよ。なにか呪いでも上げましょうか?』
『気を付けるのだ、紅蜘蛛よ。でーた化したとはいえ元悪仙に違いはない。何をしてくるかわからんからな』
「忠告ありがとう、封印の書さん。でも、大丈夫。これくらいの束一された概念魔力回路なら、演算領域を引っ張りだすまでもなさそう」
『?どういうこだ?瑠奈?』
「私に聞かないでよ」
 合点がいかない顔の瑠奈と、事態が把握できていない封印乃書を半ば無視する形で、ベニコマチはPCに蜘蛛の糸をかけていく。そして、
「Ψiez.xdgkl;iζtcdvεbytr.,mxpυ;lwe/.,xlτokπjslk・・・」
 キリキリという音を紡ぐ。耳を澄まし、注意して聞けばそれが言語であると認識できる。瑠奈は、カミキリムシの鳴き声を連想した。
―――圧縮言語。
 蜘蛛が異属の蟲人との会話につかう、伝達効率の高い音声言語である。概念そのものを伝えるテレパシーに近い言葉であり、上位の翻訳精霊を使用しなければ、地球人では聞き取るのが難しい。
「にょほほほ。無駄ネ。そんなことでは、私の仙法にはかなわにゃ・・・あれ?」
 ポンッという音を従えて、PCから煙が上がる。
 その煙が晴れると、中から一文字の躍字が現れた。
『にょほ?三日三晩かけて奇妙な箱を解析して、やっとネクストステージにイノベイドしたのに・・・。一瞬にしてステージダウンさせられるだなんて!逆に笑えるわネ、にょほほほ!』
『今だ!瑠奈』
「分かってる!行くわよポンコツ書物!」
 瑠奈は勢いよく封印乃書を開くと、封印のコトノハを紡ぎ≪風の騒々≫の躍字に向けて書を叩きつける。
『大した悪戯もできずに、また封印されちゃうなんて・・・くちゅじょくの極みだわ!いつかまたアイルビーバック!にょほ!』
 しゅるる。
 風の音が吹き、≪風の騒々≫の躍字は、無事封印の書に封印された。


「ところでさ、さっきベニコマチは何をしてたの?」
 瑠奈は乾いた音を立てながら本を閉じ、目の前の紅色の蜘蛛に問いかける。
『面妖な術式だったな。糸と細密言葉を用いて、でーた体を躍字にまで還元するとは』
「封書さん。それは少し違うわ」
 ベニコマチは瑠奈と向き合うと、少しだけ得意げに―――そして、すこしだけ苦手意識のようなものを持ちながら―――説明を始めた。
「≪風の騒々≫の魂のデータ化っては完全じゃなかったの。仙力の残留が見られたし、私たち蟲人から見たら子供の遊びみたいなものね。魂そのものを概念体まで分解して再構成されたデータ体なら、それは真の情報生命体だけど、≪風の騒々≫のは仙力をつかってPCを強引に躍字に見立てたってだけなの。でも、それって不安定だから、少し手を加えてあげればすぐに安定な躍字に戻るってわけ。坂の上に置いた玉は転がり落ちていくでしょ?あれと似たようなものよ。この世界で言うところの、エントロピーね」ベニコマチは右腕を斜めにして胸の前に掲げると、左手で転がっていく玉のジェスチャーをした。
「封書さんがPCの≪風の騒々≫を封印できなかったのは、あなたが書物だからね、きっと。躍黒液ならともかく、異世界の物質であるPCを魂の記述として書の中に取り込むことができなかったのよ」
「ふーん」瑠奈は、分かった振りをする。
「あらら、やっぱり分かりにくかったかな」
 瑠奈の知ったかぶりは、すぐさま露見した。
「感性記述の方は、どうも苦手なのよね。私って」





「本当は部員以外は立ち入り禁止なんだぜ、ここは」
 普段の放課後通り、第四PC室にアリスケがやってきた。我が物顔で居座るベニコマチに、今日も憎まれ口をたたく。
 躍字の封印を完了した瑠奈は「パフェ!パフェ!」と叫びながら腹の虫を抑えてすぐさま第四PC室を後にしたため、残っていたのはベニコマチだけだ。
「遅かったわねーアリスケ」
「部員でもないやつがどうしてここにいるんだよ、ベニコマチ。部員になる気がないならさっさと帰ってくれ」
「そういえば、PCに詰まってた躍字は、瑠奈が無事処理してくれたわよ」
 部員になる、ならないの挨拶代りの会話をお座なりに、ベニコマチは話題変え、PCを指差す。
「おぉ!そうか!情報処理部って名目なのに、PC使えないってはさすがに問題だったからな」
「最近は、コーヒー飲んで私と駄弁ってるだけだったもんねー」
「うっせ」
 ベニコマチの指先を辿った先で、アリスケが目にしたものは、基盤やらファンやらに蜘蛛の糸がびっしりと巻き付き、もはやPCと呼んで良いのかさえ怪しい、真白の物体だった。
 ギギギ、とアリスケの首がスライドして、ベニコマチに向き直る。アリスケの首の骨は、まるで錆びた鉄でできているような、鈍さだった。
「いやー・・・にょほほほー・・・なんちゃって?」錆びた鉄に、ベニコマチは誤魔化しの笑いを浮かべる。
「『なんちゃって?』じゃねぇよ!どうすんだよこれ・・・。目から汗が出てたぜ・・・」
「大丈夫だって!顧問の先生に謝るときは私もついて行ってあげるから」
「どうみてもお前の仕業じゃねぇーか!ちくしょー」
 アリスケの悲痛の叫びが木霊する。
「ふん。私だって頑張ったのにさー」
 ベニコマチの不満がポツリと漏れる。

 いつも通りの放課後だった。




  深夜 ――― 十津那学園 山之上校 旧式校舎 第四PC室

 誰も使っていないPCが、独りでに起動する。
 起動によって、CPUを冷却するためのファンが回転しだした。静謐な深夜の第四PC室が、ファンによって排気される空気の音で満たされる。
 起動中のPC画面に、緑色の文字が浮かび上がった。
『にょほほほほ。潜入成功!紅蜘蛛の小娘も大したこと無いネ!巧妙な二重トラップを見破れないとはネ!』
 ファンの回転数が上がるにつれて、騒音は人の嗤い声のような喧ましいものへと変わっていく。
『≪風の騒々≫なめんじゃねー!!』
 ファンの回転音は騒々しい風の音にも似ていた。


…To Be Contunued ?




あとがきと言う名の謝罪

芦原瑠奈ちゃんを好き勝手に使わせていただきました。作者さんにお礼の言葉を贈リング。
本当は【十津那連鎖爆発】みたいな群像劇にしたかったんだけど力量と気力が足りずに、こんな形でお茶を濁すことになりしたとさ。

  • 瑠奈の人ですが、キャラを使って頂いて感謝感激です!ありがとうございます! -- (としあき) 2012-10-14 08:56:24
  • ↑続き待ってるよ! -- (名無しさん) 2012-10-14 20:27:25
  • 学校の備品のPCとか妙に古いことってありますよね。DOSだのMACだの。しかし封印される悪仙ってなんで封印されたかわかっちゃうようなキャラばっかりですね -- (tosy) 2012-10-15 13:33:19
  • ネタがなんとも懐かしい!こっそり携帯やスマフォに乗り移ってたりして -- (としあき) 2012-10-21 16:08:03
  • いやー面白かった -- (名無しさん) 2012-12-19 11:49:04
  • 雰囲気は一昔前のラノベだがキャラや進め方のまとまりがよい。躍字やPCの合わせ方や悪仙などの起用も上手い -- (名無しさん) 2013-02-16 18:16:59
  • 人は学園生活で今まで仮想や物語の中の日常に入っていく?学園というフィールドは種族関係なしに学生の心にさせる力がある? -- (名無しさん) 2014-08-08 23:56:36
  • やっぱり異種族が集まる場所は特異点みたいなことになりやすい?ゲートから人知れず流れ着くものとか -- (名無しさん) 2014-12-12 22:12:36
  • 見える状態で挟まる躍字というのが面白いですね。ベニコマチの起点やアナログとデジタルの概念などイレヴンズゲートの面白さが随所にあって楽しい一幕でした。物事の進み方が自然に浮かぶのがいいですね -- (名無しさん) 2015-03-08 17:53:53
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最終更新:2013年04月02日 12:01