片平くんは動甲冑である。
いかつい全身鎧(中身は不明)の上から十津那学園高等部の制服と同じ意匠のサーコートを羽織った姿は、異様ながらもどこか式典に赴く騎士のような荘厳さを醸し出している。
街を歩けば多少は目を引くものの、そもそもが異世界人だらけの現代の出島たるポートアイランドであるので、一瞥するだけで大体みんなスルーである。
いや、最近はなぜか子供が寄ってくるので困ってると言ってたっけ。
なんでも今やってる特撮ヒーローの相棒が、片平くんに似た雰囲気の人型ロボットらしいのだ。書店で雑誌記事を確認してみたら、ほんとに似てたので人目もはばからず吹いてしまった。
『やはりこの場合、その相棒とやらの装備(の玩具)を常備してサービスするべきなのでしょうか』
「いっそきぐるみショーのバイトにでも行ったら?」
片平エイグス(「片平」は十津那でついた通名)は、貴族に仕える騎士級の指揮下にて饗宴を戦う従士級のスラヴィアンである。
その彼に、自身の主よりもさらに上役たるレシエ=バーバルディア卿…の執事長セバスから緊急の呼び出しがあったのは、まさに寝耳に水の出来事であった。
<我が主の目下の懸念材料たる「海運侯」のご息女の動向について、是非お前に連絡役となってもらいたい>
拒否する選択はない。セバス公の言葉は時に主の命よりも優先されるものとして「刻まれている」のだから。当然、レシエ卿の命であったればそれは絶対命令に他ならない。
かくして、彼は十津那の学生として送り込まれることとなった。
最初の数週間こそ、「観察対象」アニー・デルタ・クリストファーの一日の行動を詳細に報告していた片平だったが、一ヶ月を過ぎる頃には「災厄乙女」の観察日記をつけることがいかに馬鹿馬鹿しいことか――それはまさしく無為を積み上げるあの
オルニト大図書館の嵐神記録棟に等しい愚行である――を悟った。
以後、彼はアニーの行いのうち想定できる範囲の暴挙は記録から外すことにした結果、多大な余暇を手にすることになった。
さて、暇ができてしまうとそれはそれで困るのがスラヴィアンというモノである。
幸か不幸か勉学にさほど時間を割かなくてもそれなりに出来るだけの才覚を持っていた片平は、しかして学年一位を目指すことで「時間を潰す」という行いに先の観察日記と同程度の価値しか見出すことが出来なかった。
わざわざ翻訳加護を切って地球の言語に自力で精通したり、地球の歴史文化を必要以上に根掘り葉掘り調べることも同様である。
スラヴィアンにとって退屈は「黒い犬を養う行為」に他ならない。
目的を失った片平は、実のところ非常に危険な状態にあったのである。
二人の馴れ初めについては、双方の意見は大きく食い違っている。
相手の女性は「出来心だった」と言い、片平は「運命でした」と言う。ぱっと聞いた分には男女あべこべではないかと勘繰ってしまう発言である。
ともかくその女性、浮田あすなろの存在が、片平の運命を変えたことは事実であった。
勿論、浮田の発言も仕方ない一面はある。用具室の一角で蜘蛛の巣を被っていた「それ」が、まさか教室のフロアが違うせいで接点のなかった同学年の学生であるなどと誰が思おう。
そして浮田はお調子者であり、その「備品」の兜をほんの出来心で被ったことが、まさか死に瀕していた彼を救うことになろうとは。
まったく世界とは時に理不尽の罠をしかけ待ち受けるものである。
とはいえ、この時点では片平は浮田に何の感情も抱いてはいなかった。
片平の兜に生気を吸われふらふらの浮田から慌てて兜を引き剥がし、お礼とお詫びに数日間食事をご馳走したいと提案したのも、そそっかしいが結果として自分の命を救ったナマモノに対する褒美を兼ねた施しにすぎず、それは母国で領民たちに向けていた上から目線そのままであった。
大きな転機はそれから約半月後、奢りの縁で浮田の所属する女子剣道部の団体戦を観戦することになった時だった。
ごてごてと過剰な防具で固め、棒切れで打った打たれたを真剣に騒ぐというのは、饗宴どころかその訓練でさえ真剣を使い毎回「損耗」が出て当然の世界に暮らしていた片平にとってはまったく馬鹿げたものだったが、ナマモノは怪我をしたら修繕するというわけにはいかないからこうなるのだろうなと片平はごくぼんやりと理解を示しおとなしく観戦を続けていた。
やがて浮田の出番が来たが、部員たちの中では研鑽を積んだのだろうがわずかに相手選手に及ばず、惜しくも敗退した。
浮田の敗戦が響いたといえば酷になるが、結局女子団体戦は十津那剣道部の惜敗に終わった。
片平は「勝敗は時の運です」などとお定まりの慰めの言葉をかけたが、所詮は棒遊びという意識はなおも残っていた。
が、それに対する浮田の返答が片平の心を揺さぶった。
「私、皆のために勝ちたかった。もっと強くなりたい」
そう言って悔し涙を流す浮田に、片平はナマモノであることや真剣の有無だけで彼女らを侮ったことを恥じた。自軍の勝利のためその身を尽くす姿に、饗宴も剣道も決して違いはないのだ。「勝利のためには生死を問わぬ」はずの己が、「死ぬか死なぬかで戦の軽重をはかる」などという不明に陥ろうとは。
この日を境に片平は浮田を対等の存在と認め、同時にそのあり方に強く惹かれていくようになる。
浮田がかなわぬ恋に身を焦がしていることにはすぐに気づいたが、片平はそれでも構わなかった。
この片思いが成就した時、あるいは破局を迎えた時、もしかしたら自分はまた「黒い犬を養う」ことになるかもしれない。ならばこのまま、叶うかもしれないし叶わないかもしれない綱渡りを続けることで、自分はいつまでも浮田のそばにいられる。
そう願うのは、従士としては臆病なふるまいになるだろうか。
「…というわけで、私はヒロイン枠じゃなくて親友枠だったってつい最近気付いたわけよ」
『そうでしょうか?』
「えっ?」
『浮田さんは、自分がヒロインの物語の序章がまだ終わっていないだけってことはありませんか?』
「はは、そうだとしたら長い序章だよねー…」
『それだけ、あなたの内面への理解を読者が得やすくなっているともいえないでしょうか』
「なある、そういう見方もあるか…慰めてくれてありがとね、片平くん」
『いえ、他ならぬあなたのことですから』
「でもね、やっぱりリビングメイルとは付き合えないよ私」
『それは残念です』
- 現実の考えてリビングメイルと…と考えるとお友達のままでと返事しちゃう。ある意味貴重な普通一般の人な浮田さん -- (としあき) 2012-10-21 15:57:12
- 引っ張るとこまで引っ張ってそれでもくっつかないというのはアリだと思う -- (名無しさん) 2012-10-21 19:50:44
- すれ違いと思い違いと異種族間のミゾはやっぱり深いのかー -- (としあき) 2012-10-30 22:49:32
- 浮田さん、えらいもんを被ってしまったもんやでぇ。 片平君は承知の上で報われない学生生活をおくりそうで涙を誘う -- (名無しさん) 2013-03-20 02:08:51
- この展開ではっきり断るのは珍しい浮田。ある意味正常な反応と性格かも知れないけど新鮮だわ -- (としあき) 2013-03-20 20:31:17
- 鎧が普通に通学し談話する風景というのは交流区ならではでしょうか。鎧だから実直で真面目というだけでない性格付けも面白いですね。浮田さんのはっきりとした性格も合うと思いました -- (名無しさん) 2015-03-15 18:13:23
最終更新:2013年08月05日 01:28