実は今、酷く困っている事がある。
ドワーフから恋愛相談を受けてしまったのだ。いや、笑い事ではない。
たしかにあの動く酒樽が恋愛というのもイメージが沸かないかもしれないが、
彼らとて男女が揃っているのだ。恋愛くらいするだろう。
ましてやこの十津那の空気にあてられては、唐変木の権化でも恋の歌のひとつは歌うものだ。
ちなみにこの唐変木という単語は、一部の樹人が不快感を示したので使い所に注意だ。
それにしても、俺に相談しても何か解決になるのだろうか。
まったく自慢にならないが、恋愛経験は豊富という訳ではない。
同じ十津那大学部土木科ということで、声をかけやすかったからだとしか思えない。
まあ、男同士腹を割って話して飲んで、ウサを晴らせばいいかという思いで、
昼間っから酒を飲むつもりで、俺は彼の下宿先の部屋に一升瓶を持って訪ねる途中なのだ。
山之上校にある土木科校舎、通称『石壁<ストーンウォール>』から歩いて15分、
山の中腹あたりに彼の下宿先である巌窟荘がある。
ちなみにこのクソダサい校舎の二つ名だが、他には機械科の『アイアンガーデン』
水産学部海洋学科の『テラス・オブ・ドラゴン』など多数揃っているのだが、
単純に頭文字を集めると『To・T・S・U・Ku・N・I』になるあたり、
多分校舎の建設番号か何かをコードネーム化してただけだったんだろうとか思う。
カツンカツンと靴音を響かせて2階へとあがる。
チャイムを押そうとした瞬間にドアが開いて彼が出迎えてくれた。
「やあ、定刻通りとはチキュウジンも捨てたものではないな。
郷里に帰れば時間に正確なのは
クルスベルグ人しか居ないというのに」
銀髪碧眼、やや縦に潰れている以外は、まあイケメンと言っても問題ないルックス。
ただしハタチそこそこにして立派すぎる髭をたくわえている辺り、さすがはドワーフといった所か。
「さあ、上がってくれ。そして悩みを聞いてはくれまいか」
そうして俺は、山肌をくりぬいて作られた居室へと案内された。
入口こそひんやりとした冷気を感じたが、奥に行けばジワリと暖かい部屋だった。
何でも給排気を工夫することで室温を一定に保つ技術を用いているのだとか。
「クルスベルグ独自の技術だと誇ってみたら、チキュウでも同じような機械があると知り
いささか落胆したものだったが、何より便利が一番だ。
チキュウの技術を持ち帰って、益々クルスベルグを豊かにするのが儂の夢だからな」
目ざとく一升瓶を見つけるやいなや、すぐさまグラスを持ってきながら彼は言った。
それにしても、一人称が儂(わし)なのは翻訳の加護の遊び心が過ぎると思う。
とりあえず銘酒『海葡萄酒 宵の乾杯』をグラスに注ぎ、乾杯をする。
「にしてもドウムリから恋愛相談を受けるだなんて、夢にも思わなかったよ」
とりあえず1杯あけて、俺が言う。
「儂もよもやこのような相談をする事になるとは、夢にも思わなんだ」
とりあえず3杯あけて、彼が言う。
「で、誰に惚れたんだ?ブッチャケ。
アレか?土木科随一の才媛、ゴドニアクか?
それともこないだ土壌改良実習で一緒だった農業科のノーヴェンヒルダ?」
彼が冷蔵庫から出してオーブンで温めた地鶏半身焼きをつまみながら俺が聞いた。
「いずれも異なる。そうではないのだ。
うーむ・・・ちょっとした喩え話だがな。
とあるチキュウジンと、とあるドワーフが居たとする。
ドワーフはそのチキュウジンをひと目見た時から恋焦がれるも、
チキュウジンはそのドワーフの思いを知らぬ故に恋が先に進まぬのだ。
ドワーフはいずれも一途で頑固者。一度決めたら梃子でも動かぬ。
ましてや他に思い人などなく、その者以外に思いを寄せる事など無い。
どうすれば良いのかのう」
ドウムリは冷蔵庫から魚の切り身を取り出し、ミスリル製(!?)のナイフでサクサクと捌き
乱雑な刺身のようにして皿に盛り付け、ドンと床に置いてナイフの先を使って食べ始めた。
「どうすればも何も、思いを伝えないと先に進まないだろう。
それに、今の時代は地球人と亜人のカップルだって珍しくは無いさ」
彼の捌いた刺身を食べながら俺は言った。これ生魚じゃなくて酢漬けだったんだ。
めちゃくちゃ美味ぇな。
「しかしだな。あくまで喩え話だが、ドワーフは己の容姿を卑下しておるのだ。
本来はドワーフの誇りたる頑健な肉体や髭でさえもだ。
チキュウジンはあまり好ましく思ってはいないようだからな」
ドウムリはいつも以上に眉間にシワを寄せながら10杯目の杯を空けた。
やはり髭を剃るという選択肢は無いんだろうな。
髭の生えていないドワーフなんて見たことないし。
ちなみに諸説入り乱れてはいるが、女性のドワーフも髭が生える。
とはいえ男性ドワーフのような剛毛ではなく、なんかこう、ネコみたいなヒゲだ。
一時期男性ドワーフのような髭で描かれたり報告があがったりしていたようだが、
それは坑道で暮らす彼ら彼女らの知恵で、マフラー状の粉塵よけをくちにあてて
生活していたのを、髭と勘違いした地球人が居たからだという話だ。
「その地球人の好み次第じゃないのかな。
髭が好きってのもいるだろうし、ガチムチゴリマッチョがいいってのもいるだろう」
するとドウムリは意外そうな声をあげた。
「いや、髭が好きな者はそうはおらんだろう。
それにガチ?うむ。そこまで頑健すぎるという事もないがな。
それでも筋肉質では嫌がられるのではないか」
15杯目を空けながらそう言った。
俺の差し入れはそこでスッカラカンになったので、彼の秘蔵の酒が持ち出された。
クルスベルグ産の蒸留酒で、地球で言うウイスキーだ。
どうやって地球に持ち込んだのかはわからないが、彼曰く「10本しかない」物だそうだ。
有り難くいただきながら、頑なに「喩え話だが」を繰り返す彼の話を聞き続け、
気づいたらもうすっかり夜も更けていた。
「ただいまぁ。お兄ちゃん、お客さん来てるのー?」
玄関先から若い女性の声が聞こえた。
トテトテと廊下を歩く音が響き、居室に高校生くらいの年齢の女性が顔を出した。
ドウムリの妹のマーミヤだ。
銀髪を後ろでおさげにまとめ、ドワーフの身長と体型合わせて改造された高等部制服を着ている。
もっとも、ドワーフの改造なんだからきっと金属繊維も豊富に使ってるんだろうなと思う。
聞いた話だが、クルスベルグで普段着にしている服は、なかなか生糸が入手しにくい土地型と
いう事もあって、軽量な金属繊維を用いて布を編み、衣類にしているのだという。
「ふあぁ!小栗さん!?お久しぶりです。
・・・お兄ちゃん、何で教えてくれなかったのさ」
買い物かごを台所にドサリと乗せ上げながら、マーミヤがドウムリに何か小言を漏らしている。
「せっかくの機会だ。オグリも一緒に晩飯を食おうじゃないか。
それより酒が無くなってしまったな。儂は少し買い物に行ってくるよ。
その間、ゆるりとしていてくれ」
そう言うとドウムリはさっさと買い物に出かけてしまった。
「その、あの、いらっしゃると思ってなかったものですから。
普段通りのパンにソーセージ盛り合わせにサラダしか無いんですけど・・・」
申し訳なさそうにマーミヤが俺に話しかけてくる。
この娘に会ったのもいつ以来だったろうか。
3ヶ月ほど前にドウムリの部屋で3次会と称して潰れるまで酒を飲んで以来だろうか。
「いやぁ、マーミヤちゃんの作るもんなら何でもいただくよ」
「ごめんなさい。地鶏もイワシの酢漬けもまだ残ってると思ってたんですけど」
ああ、それはさっき俺たちが全部食べた。
「そう言えば、今日は何の飲み会なんですか?」
料理を始めながら、マーミヤが尋ねてくる。
「アハハ。聞いてくれよ。ドウムリの奴、恋に悩んでるみたいだぞ。
何でも地球人に恋してしまったんだとさ。
今日はその相談にやってきたってワケだ」
するとマーミヤが怪訝な顔をして尋ね返してきた。
「それはありえませんよ。
だってお兄ちゃん、クルスベルグに可愛いお嫁さんがいるもの。
ダイガクを卒業したら国に帰って挙式をする予定なんですよ?」
はて。どういう事だろう。
ドワーフは一途で頑固な性格だと聞いた。
とすれば、国に嫁のいるドウムリが地球人に恋をするなどあるだろうか。
それとも、恋をしてしまったが故に悩んでいるのだろうか。
それともそれとも、俺は何か肝心な所で思い違いをしたのではないか。
地球人が男で、ドワーフが女だとしたら?
「恋に悩んでるのは私のほうです」
マーミヤはちょっとスネた声でそう言った。
可愛らしいネコヒゲがフルルと震えた。
- 新しい語句や施設はワクワクする。 学園で人間は恋愛の相談役にされやすそうな雰囲気がある -- (名無しさん) 2012-10-30 17:17:40
- >単純に頭文字を集めると『To・T・S・U・Ku・N・I』になるあたり、 ここんとこ素直に上手い!と手を叩いてしまった。よく考えられてるなー -- (としあき) 2012-10-30 22:32:04
- ヒゲや髭のある女の子イイ -- (名無しさん) 2012-11-04 18:24:26
- 学校の施設面白いなぁ。恋愛相談の結論は「もう好きにやったらいいよ」でしょう -- (名無しさん) 2014-07-15 01:13:51
- 山の学園風景はわくわくしますね。ドワーフの悩みと兄の悩みが酒と肴で彩られたほっこりする世間話でした -- (名無しさん) 2015-04-05 17:21:24
最終更新:2014年08月31日 01:53