彼のジェイルハルト卿が、『ジェリー・ロットン』を名乗り始めてから幾月が過ぎただろうか。
ジェイルハルト・カラギーナン公爵は慈愛と教養と勇気に満ち、領民からの信頼も厚い偉大な領主である。ただのメイドである私に対しても一人のスラヴィアンとして接してくれる優しいお方なのだ。
勿論、ただ優しいだけではない。饗宴の際には自ら剣を携え先頭に立ち、配下の者たちを鼓舞する姿はまさに一騎当千、古今無双。まさに人の上に立つために生まれてきた(死んできた)ようなお方なのである。
彼の事を心に浮かべるだけで、私の剥き出しの心臓は高鳴り、こぼれ落ちそうになる。
しかし、与えられた愛称は『ジェリー・ロットン(腐れジェリー)』。
その不名誉極まりない愛称は、あの屋敷に招かれた人間の客人が名付けたものだ。なんでも有名な「みゅーじしゃん」にあやかったものらしいが、その意味するところを伝え聞いては「良い呼び名ですね」なんてニコニコ肯定することなど出来よう筈もない。
確かにご主人様は腐っている(文字通りの意味で)。スラヴィアンとしてそれは恥じることでもなんでもないし、むしろ誇るべきことと言えよう。しかし、あんまりにもあんまりな呼び名ではないか。肝心な本人が大層その名を気に入って領民達にもそう呼ぶようにと言っているのだから質が悪い。
そもそも初めからあの人間は好かなかったのだ。ご主人様は偉大な
スラヴィア貴族であるにも関わらず気さくなお方なので気にしないが、あ奴の態度には目に余るものがある。もう少し敬意というものを持つべきだ。
ばっさばっさと箒を振る腕に力が入る。
自分はただのメイドである。しかしあのお方の寵愛を誰よりも受けていたのは自分だったのだ。
それなのにあ奴が来てからは、ご主人様は訳の分からない遊びにばかり耽っている。ああ、なんと嘆かわしい。
「シンシア、シンシアは居るか」
不意に声が聞こえた。ああ、この川のせせらぎのように穏やかな声は。
「こ、ここです!ここに居まふご主人様!」
「おお、そこに居たか」
歓喜のあまり口が回らず噛んでしまったが、ご主人様は気にする様子もない。なんという慈愛に満ちたお方か。
半分ほど抜け落ちた白い長髪。カサカサに乾いた肌。ローブから覗く骨が剥き出しの左腕。右側だけ欠けた、尖った耳。どれを取っても素晴らしい。もはや芸術的と言っても過言ではない。
私を見つめるぽっかりと空いた左の眼窩に吸い込まれそうになる。
「なんの御用でしょうかご主人様」
「ふむ。また面白い遊びを教わってな」
その言葉を聞いて、少しだけ心が曇る。また、あの人間から教わった遊びか。
無論、それを顔に出すことはしない。
「いったいどんな遊びなのですか?」
「なんでもスモーとか言う日本のスポーツらしい。これがまた楽しそうなのだ!」
その日、私は一日中ご主人様とくんずほつれつと言う至福の時を過ごし、少しだけあの人間に感謝した。
- このご主人はスラヴィアンは死んだとか言っちゃうんだろうか -- (名無しさん) 2012-11-29 09:13:46
- 見た目のは不恰好ながらもスラヴィアンになった時の状態のままでい続けるというのは意味があるんだろうなぁと思わせた一本 -- (とっしー) 2012-11-29 21:08:51
- 確かに見てどう思うかと問われれば楽しいと答えそうだSUMO -- (としあき) 2012-12-02 20:52:59
- シンシア噛んじゃって可愛いな -- (名無しさん) 2012-12-06 00:10:24
- ミュージシャン?あの男でしょうか。しかし結果はwinwinでよかったですよね -- (名無しさん) 2015-05-17 17:46:44
- 尊敬と愛は盲目!本人が楽しければそれでイナフだね -- (名無しさん) 2015-08-06 23:49:13
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最終更新:2012年11月29日 09:12