【異説:大黒白】

 島国たる大延国の国土最南端にそびえる、かつての延国皇帝が一代で築いたという大城塞、塞王。
 ここは延国内で唯一の戦地にして死地。
 塞王のさらに南より来る「南蛮《オンベスカフ》」の脅威が、その状況を生み出す最大の要因である。
 故に、塞王への派遣を命ぜられる延国武人は皆武技や計略に優れ、帝都防衛に並ぶ誉を得て南へ旅立つことになる。

 だがしかし、南蛮という土地から迫る脅威は、そんな延国でも選りすぐりの武漢のみでは対処出来るものではない。
 時に国内外を問わず折々に腕利きの取り込みを行っており、「国内要衝の警備」というには国際色に富む編成内容となっているのも、特徴のひとつである。

 今日もまた、御触書を見て延国要衝の防衛という誉のため、あるいは名を上げるため、あるいは金のため、様々な理由で塞王には腕自慢が集う。


 風がそよぐ、穏やかなある日の事。
 一定間隔で設けられた増設物見矢倉、そのひとつの屋根に腰を下ろす男に向かって、番兵のひとりが話しかける。
「貴殿は日中いつもそこに腰掛けているが、何を見ているのだ?」
「活きの良いのが来ないもんかね、とな」
「南蛮の者どもや破滅獣《フィ・シャウ》が来るのが、そんなに待ち遠しいか? 物好き・・・と言うより、南蛮の奴らを知らぬのだな。 功名に預かりたいだけでこの地に居座られても困るのだがな・・・」
 番兵の狐人は嘲笑気味に鼻を鳴らし、警戒任務を続ける。
 塞王警備は延国の誉、と先にも述べたが、その実は<向こう側>でいう所の「二階級特進」に扱いは近い。
 それほどまでに南蛮の勢力は脅威なのである。

 徒党を組み迫りくる南蛮人は、概ね二つの系統に分けられる。
 ひとつは犀人や象人、狒狒人や大漢といった暴力行為に優れ身体も頑強な種族。
 もうひとつは電鯰人や電鰻人、蛇人といったような、上記の種族に比べれば身体面では劣るものの(とは言うが平均的な11国家所属の武人と互角以上に渡り合える程度だが)、特殊な身体機能でその不足を補っている種族。
 どちらにも共通して言えることは、一般的な主要11か国内の標準的なヒトより戦闘に特化した身体的成長を果たしている、という点である。

 そんな戦闘民族な南蛮人ですら恐れる存在がいる。 それが破滅獣《フィ・シャウ》である。
 その由来や生態は未だ明かされた部分は少ないが、ひとつだけ確実に言えるのは「小型一匹だけでも充分に恐るべき脅威たりうる」という点である。
 トロルやオーガといった大漢すらも片手の押し潰しで肉と血の塊に変えてしまう巨大な生物も居れば、見かけは<向こう側>でいう蜻蛉に似ているが亜音速で飛行し真空波を巻き起こす小型の蟲、様々な人種と古の竜にも似た生物を掛け合わせた生物など、数え上げれば枚挙に暇は無い。
 塞王任務退役者が見聞きした内容をまとめた、初刊より百科全書級の厚みにして50冊を裕に超える程に歴史を重ねた文献にも記されていない破滅獣が新たに観測されることもある程、破滅獣の生体も容姿も底知れない。
 その破滅獣の中でも塞王近辺での出没頻度が比較的高く、かつ延国大界門《ゲート》と繋がる異界国「中華人民共和国」なる国家の領土に住まう「大熊猫《パンダ》」という生物に偶然にも容姿が酷似した破滅獣「大黒白《ダザオバイ》」は、塞王警護のみならず南蛮人すらも容易く屠り、塞王本体に損壊を与えた回数だけならば他の何れの破滅獣をも越えている可能性がある。
 大きい個体ならば手を振り上げれば塞王の物見矢倉にまで手は届き、頑強な塞王衛士が10人がかりで抑え込むのがやっとの象人を腕の一振りで遥かに跳ね飛ばし肉の塊と為し、豪快なぶちかましは引き手を失った貨車の暴走ですら生ぬるい程の衝撃と破砕を生み、樹木はもとよりヒトをも喰らう。
 その姿は塞王周辺でも頻繁に見かけられる(つまりは襲撃ということなのだが)ため、塞王警護以外で塞王にそれなりの知識を持つ者は自ずと大黒白のことも知ることとなる。
 それ故に、一部の好事家がその毛皮や爪、極端な場合は幼体を求め資金と人脈を頼みに塞王へと私兵を派遣するに至るも、その任が果たされた事は一度たりともない。
 実際のところ、大黒白が塞王近辺に出没した後、「暴れ飽きて」森に帰る前に打倒された記録自体が数度しかない。 その数度というのも、修行と称して来訪した後の剣聖・拳聖や武仙が襲撃に立ち会った折位とされており、塞王周囲への立ち入り自体に厳格な制度が定められた後に至っては、片手で足りる程しか記録は残されていない。
 故に、大黒白は南蛮という名の暴力の象徴でもあり、延国にて武を志す者にとってのひとつの壁として君臨していると言えよう。


 その日、塞王に集う武士達に緊張が走る。
 敵襲を告げる銅鑼が塞王に鳴り渡る。 怒号とも咆哮とも言えぬ叫びが森の奥から響く。
 南蛮人の襲来は、いつだって唐突である。 その唐突な襲来の中でもひときわ唐突なのが、「飛来する破滅獣」。 未だその原理は明らかとなっていないが、破滅獣は塞王近辺に突如湧いてくるのだ。
 そして破滅獣は、南蛮人も塞王警護も等しく破滅に導く。 南蛮と延国の間には高い壁と深い溝が横たわるが、破滅獣の前でだけは対等に、「遊具」であり「餌」である。

 戦場が塞王警護・南蛮人・小~中型破滅獣の三つ巴の様相を見せる中、それは最も激しい戦地に、轟音と共に現れた。
「だ・・・大黒白だ・・・!」
 それはどちらの陣営のヒトが発した言葉だったか。
 戦地の只中であることなど意にも解さず、どんと座る大黒白。 右を向き、左を向き、「玩具」がそこかしこにあることを知り、歓喜の唸りと共に「遊び」始める。
 大黒白からすれば「御遊戯」に過ぎないが、座ったままで行われたそれらの行為は、ヒトから見れば「鎮座する厄災」でしかない。
 唯一頭の大黒白の出現により、両軍ともに既に取るべき姿勢を継戦から防戦・撤退戦にシフトせざるを得ない中、
「あれくらいのデカさだったら、いいとこ見繕えそうだな」
 戦地を見据えるように物見矢倉の屋根に座していた男が立ち上がる。
「貴様、そんなところで何をしている! それでも栄えある塞王警護か!」
「塞王警護はお前の仕事だろ番兵。 塞王の頂上なんつー安地でデカい声出してんなよ。 前に会った番兵は糞便塗れになっても防国のために戦ってたんだが・・・ま、いいや」
 物見矢倉から一足飛びに飛び出せば、疾風の如き早駆けで大黒白に迫る。
 向かう先の大黒白は迫りくる新しい「玩具」に手を伸ばして掴みにかかるが、その手は虚しくも激しく「玩具」に振り払われる。
 大黒白の圧殺を片手の一振りで弾き飛ばした猫人は、
「つぇありゃぁっ!」
 烈哮一声飛びかかり、鼻先に着地、繰り出す光刃は大黒白の眼球に吸い込まれ、大黒白はこの世の言語では形容し難い絶叫を上げる。
 絶叫と共に暴れ回る大黒白、その顔面に張り付く猫人一匹という未曾有の事態に、戦場が混迷を極める中、
「脳味噌をブチ撒けろぉ!」
 猫人の咆哮の後、無傷の目玉があるべき場所から、目玉と共に黄桃色の生臭い物体がごぼりと飛出し、べちゃりと嫌な音を立てて地面に落ちる。
 その黄桃色の物体の上に、大黒白は顔面から突っ伏し、動かなくなったのを見て、唖然と光景を見ていた両軍勢は零れ落ちた物体が大黒白の脳髄であることを理解した。

 時は夜半に差し掛かる。 既に南蛮の軍勢は撤退し、南蛮側の塞王前には塞王警護と、脳髄を掻き出され絶命した大黒白と、猫人一匹。
「さて、いっちょやるか!」
 何をだ!? と尋ねたい衝動を堪える塞王警護の眼前で繰り広げられるのは、前代未聞の大黒白の皮剥ぎである。
「俺たちは一体、何を見てるんだ・・・?」
 巨獣の解体は手慣れたもの、とばかりに猫人は大黒白の毛皮を剥ぎ、一部の肉を焼いて食い、「確か<向こう側>ではクマとかいう生物の手が縁起物だったっけ。 コレもクマみたいなもんだし斬って持ってくか」と呟いて手首を切り飛ばし、残った肉と臓物と骨は轟炎で焼き尽くし、そして丸めて玉にした大量の毛皮と両手を縄で縛って頭上に掲げ、
「んじゃそういうことで。 お勤め御苦労!」
 ビシィと敬礼した上で、猫人は塞王を下り、延国へ向かう。 武官の一人がその猫人を急いで呼び止め、
「ま・・・待たれよ! 大黒白を一人で撃退する程の腕ならば、ぜひとも」
「いや俺クウリ老師からもう南蛮渡航証貰ってるから、さすがに2つはいらんよ?」
「否! 渡航証の事ではなく・・・是非ともこの塞王に留まり、防人として力を揮ってはくれぬか?」
「この毛皮持って帰って、着ぐるみ作ってやらんといかんので帰るわ」
「・・・は?」
 唖然とする武官を置き去りに、大黒白の毛皮の塊をかついだ猫人は去って行った。

 その日の事は、塞王日誌にも特に珍妙な一日として書き綴られたという。


  • 話が増えるたびに観光へ行きたくなる塞王。緊張地帯なので一般人の立ち入りは禁止ですか? -- (としあき) 2012-12-02 21:58:57
  • 規格外の防衛力があってもなお攻め続けてくる南蛮の潜在力に奮える -- (とっしー) 2012-12-03 22:46:31
  • パンダきぐるみの材料集め大変だなー。ディエルくんはえらい軽がるとやってのけたけど -- (名無しさん) 2012-12-05 20:53:50
  • この勝利は愛の力でしょうか。それはそうと座して戯れる恐るべき大黒白も愛くるしいですが立って全本能で戦う姿も見てみたいですね -- (名無しさん) 2015-05-24 17:11:55
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最終更新:2012年12月08日 23:36