「土の精霊石を使った守護神≪ガーディアン≫か。やはり古代文明、遺失技術≪ロストテクノロジー≫の宝庫だな」
そう言って無数の土塊――かつて人型をしていた破片の中に立つ人物は、両手の指先から伸びる糸を操って自身の二倍はあろうかと言う巨大な人形を大きな旅行カバンの中に戻した。
「おい! 何でそーすまして居られるんだよ! 5回だぞ!? ここに来てからもう5回も死にかけた!!」
「けどまだ生きてるだろう?」
「おかげさんでな!」
ここは
新天地に無数に存在知る遺跡の中の一つ。はるか古代、高度な技術を持った都市が繁栄していたとされる場所である。
今は時の流れにうずもれ、その名を知る者さえ居なくなった砂の街。風化しきった幻の都はかつての栄光を微塵も残していなかった。
そんな場所を二人の旅人が訪れている。
一人は
ノームの女。もう一人は鳥人の男である。二人は共に学者だった。
「豊穣……神……う~ん、やはり読めない。ガルド君、ここ読んでくれ」
「へいへい。読めねーなら最初っから俺呼びゃーいいのに」
「何でも一度は自分で試してからじゃないと納得できない質なんだよ。あたしの場合な」
「へーへー」
そう言ってノームの女性、ユッコユッコ・ユーゲン・ユベルテは古代語学者のガルドに巨だいな石柱に刻まれた古代語を読ませる。
この世界の古代語学者には二通りある。一つは地球と同じように学術的に言語を研究してその意味を解き明かす者。
そしてもう一つは古代遺跡などに行き、古代語を知っている翻訳精霊と契約して読める様になる者だ。もう一人の学者ガルドはこの後者の方だった。
「『豊穣の神ここに眠る。悪魔の封印と共に』だってよ」
「悪魔っ!?」
そう言って目を輝かせたのはユッコの方である。
普通、悪魔の封印などと言う言葉が出てくれば危ない物が眠っていると思い身の危険を感じるものであるが、この女は逆にそれを幸運であるかのように感じているようだ。
実際、トレジャーハンター出身のガルドはこの言葉に嫌な予感しか感じていなかった。いや、経験上100%悪い事が起こると確信していた。
古代語を読める翻訳精霊と契約しているのだってトレジャーハンティングの為必然的に身に付けたものだし、良い悪いの直感も身を守るために自然と身に付いたものだ。
その彼の直感と経験と常識的判断力が諸手を挙げて危険信号を発しているのだ。これより先に進む事は自殺行為と言って差し支えない。差し支えないのに……。
「あっ! ちょ、勝手に進むなって! まだ続きがある!」
「どーせ触れるなとか進むなとかそんなんだろう? 大切な物がある証拠だ。止まれと言われて止まるあたしじゃないよ」
ユッコは目を輝かせたままズンズンと奥に向かって歩き出してしまった。
元トレジャーハンターとしての実力を買われて雇われた彼だが、ユッコの人の言う事聞かなさっぷりには雇い主と言う事も忘れて何度も手が出そうになる程だ。
それでも手が出なかったのは、彼では逆立ちしても敵わないほどユッコが強かったからだろう。
「それでトラップに掛かりまくってんだから、世話無いぜホンットに」
「何か言ったか?」
「いいえ何でもー」
ガルドは仕方ないと諦めユッコについて奥へ進んでいく。
彼は経験からここが元神殿の跡地だと思っていた。神殿――明らかにお宝が眠っていそうなポイントだが、同時に最も危険なポイントでもある。
ここまで数体の守護神やトラップを破ってきたユッコだが、その実力を持ってしてもこの先心配になる要素が十分過ぎるほど揃っていた。
それでも強硬には止めずに付いて行ったのは、自分より強い女だが危険な遺跡に一人置いてはいけない、そんなフェミニストな一面をガルドが持ち合わせていたからだろう。
「おいガルド! ここから地下に入れそうだぞ!」
「うっわー、いかにも化け物が眠ってそうな雰囲気」
そう言ってユッコが指差しているのは何かの像のようなものが置かれていた台座と思しき石である。
風化によってヒビ割れ、欠けている四角形の石の根元に穴が開いているのだ。そこからは今や砂漠の只中だと言うのに、薄っすらと霧状のようなモヤが漏れ出している。
もしそのモヤが本当に霧だとすれば、穴の先に続く空間には飽和水蒸気量以上の空気を生み出すだけの水源がある事になる。
自然に考えれば地下水脈か何かだろう。だがガルドがその石造の台座に書かれた擦れかけの文字を見た時、その考えが甘かった事を悟ったのだ。
「よし、開けよう」
「ちょっと待ったー!」
「何だねガルド隊員? 今更怖気づいたのかね」
「ちっげーーーよ! ここ見てみろここ」
「ここ?」
再び旅行カバンから人形を出そうとしていたユッコを、ガルドはとうとう羽交い絞めにして取り押さえにかかった。
女性を大切にするガルドだが、流石に今回はそんな主義かなぐり捨てていきなり力ずくの手段に訴えたのだ。それもその筈、先程の「悪魔の封印」と言う不吉ワードをダメ押しするような事が書かれていたのだから。
「『何人たりとも眠りを妨げる事あたわず』これ絶対やばいって。嫌な予感しかしねー」
「お宝の予感だ!」
「ちっがーーーう! バカ止めろバカ!!」
そこまで言ってもまだ人形を動かそうと大きな羽の中モゴモゴと動くユッコをガルドは渾身の力で押さえつけ、ようやく黙らせたのはそれから10分も経ってからの事だった。
「ったく、頭良ーんだか悪ーんだか。地球の言葉にはこうあるぜ? 『君子危うきに近寄らず』ってよ。悪い事は言わねえ、他を当たろうぜ――っておーい!」
「よいしょ」
やっと大人しくなったユッコを腕、もとい翼の中から開放したガルドだったが、ユッコはその瞬間最小の動きで人形を動かし台座をどけてしまったのだった。
「人の話し聞いてないんか!?」
「おけつに入らずんばこじ開ける、だよガルド君」
「何それ間違えてる上に何か恐い!?」
若い頃地球で勉強していた筈なのに簡単な諺も間違えるユッコさん。何か別の勉強でもしていたのだろうか。
そんな事はさておいて、ドヤ顔のユッコさんと驚愕のガルドくんがショートコントをしている内に、台座をどかされ完全開放された穴からは猛烈な勢いで霧が噴出し始めたのだった。
それはあっと言う間に周囲に広がり、二人の足元から周囲の景色を真っ白に侵食するように溜まりだしたのだ。
「ぶはぁっ!?」
「わっ! なんだ!?」
霧の噴出を受けて転倒した二人が立ち上がった時には、既に周囲半径10メトルは膝まで霧に浸かった状態となっていたのだった。
「何か出てきてんぞ! 閉じろ早く閉じろって!」
「駄目だ、風圧で閉じられない! 何か来るぞ、構えろガルド君!」
慌てて怒鳴りあう二人。
ユッコは先ほど自分でどかした台座を戻そうと人形で動かそうとするが、いかんせん穴から噴出する霧の勢いが強すぎて再び閉じる事が出来ない。
そうこうしているうちに二人の周りはあっと言う間に霧に包まれてしまっていた。
『立ち去れ……立ち去れ……』
「これは……!」
「ぐわっ、頭の中に声が……!? くっそー!」
突然響き渡る低く重い声。それは確かに聞こえるが耳が捉える音ではない。空気ではなく脳を、精神を、心を直接揺さぶり響かせる声なのだ。
こんな事が出来るのは精霊や神霊やイチブノスラヴィアンなど、所謂『精神世界(アストラスサイド)』の住人だけ。
いや、もう一つ居る。それは……。
「抵抗するな! 逆に精神をやられる!」
『愚かな人間……立ち去れ……立ち去れ……』
「人間!? 地球人の事か? 俺達は地球人じゃない!ここ新天地に住むハーピーとノームだ!」
「奴と話すな! 取り込もうとする罠だ!」
声の主はまだ何もしていない。それでもガルドとユッコは脳内に響く声に当てられ動けないでいた。
そう、その存在が”ただ話しただけ”で普通の生物には精神へのダメージになってしまうのだ。
『新天地……侵略者め……神の怒り……知るがいい……』
そう、神が人に喋りかける事を、人は時として精神攻撃とも呼ぶ。脆弱な精神を持つ人にとって神とはそれほど圧倒的な存在であり……。
「奴は何の事を言ってるんだ!? 俺達誰かと勘違いされてるんじゃないか?」
「そうかもな。だが――」
「ギシャーーー!」
「な、何だこの人形達!? うわっ、囲まれてる!」
「エンプティドール。昔こいつが偶像崇拝の対象にさせてた人形か」
「崇拝? っておいおい、まさかコイツは――」
崇拝されるべき存在。
崇拝しなければならない存在。
崇拝しなければ恐ろしすぎる存在。それが神と言う存在なのだ。
『滅びよ……人間……滅びよ……』
「俺達、眠ってた神様を起こして怒らせちまったって事か~~!?」
「ガルド君覚悟決めろよ~~。あたしらはこれから、この神と戦わなきゃいけないんだからな」
「勘弁してくれ~!」
頭を抱えて慌てふためくガルドの横で、ユッコはワイヤーグローブを深くはめ直し、見えざる敵を睨みつける。
「人形操りであたしに挑んだ事……後悔させてやる!」
小さな体に異世界と地球の知識を詰め込んだ、魔科学の申し子の目が輝いた。
『人間め……人間め……』
「おやおや、してやられたって顔をしていますね」
夜の遺跡、霧がかった神殿跡の屋根の上に、品の良さそうな老紳士の姿があった。
『誰だ……お前……誰だ……』
「誰だ、とはまた……私には難しい質問をしますね。人に捨てられた神よ」
『違う……違う……捨てられた……違う……』
「どちらにしろ同じことです」
『人間……許さない……人間……殺す……』
「人形と霧……ま、何かの役には立つでしょう」
ふと音もなく老紳士が霧の中に降り立った。羽もなしに、数十メトルの高さから降りて平気なのだ。
そんな老紳士がふと煙草を口から離し、深く深呼吸をし始める。その深呼吸に霧は次々と吸い取られてゆき、周囲の白さはどんどん薄れて行っていった。
『おぉ……何をする……止めろ……止めろ……!』
「あなたも私達≪
レギオン≫と成りなさい。個にして全なる神の器に……そして――」
遺跡から完全に霧が消えると、老紳士――レギオンは神殿の奥、昼ユッコがどかした台座の下の階段を降りて行った。
中は完全なる闇。一片の光も射さぬその空間を、しかし老紳士だけははっきりと目で捉える事が出来ていたのだ。
そして辿り着いた最深部には、色とりどりの小さな無数の光に包まれた、見た事もない形の不思議なベッドに横たわる一人の少女がいた。
「目覚めなさい。忌まわしき封印の魔物よ」
そう言ってレギオンが手をかざすと、プシュ、と言う空気の漏れる音と共に、ガラスの蓋が開いて中から少女が姿を現した。
「……」
目覚めた少女は周囲を見回し、やがてその視線をレギオンへと向けた。
辺りは人の目では絶対に何も見えない深い闇。その中において、少女は確かにレギオンが見えているようだった。
「ふっ、どうやら壊れてはいないようですね。さすが魔神(マシン)と呼ばれていただけの事はある」
その姿にレギオンは満足したのか、上機嫌に少女に拍手を送るのだった。
「あなたが新しいマスターですか? 私はアルカン=シエルと申します。どうぞご命令を」
「ついて来なさい。いずれあなたにも、たっぷり働いてもらいます」
「YES.マイマスター」
そうして二つの闇は主のいなくなった神殿を去って行った。