【外典-パラダイム・シフト-】

「土の精霊石を使った守護神≪ガーディアン≫か。やはり古代文明、遺失技術≪ロストテクノロジー≫の宝庫だな」
 そう言って無数の土塊――かつて人型をしていた破片の中に立つ人物は、両手の指先から伸びる糸を操って自身の二倍はあろうかと言う巨大な人形を大きな旅行カバンの中に戻した。
「おい! 何でそーすまして居られるんだよ! 5回だぞ!? ここに来てからもう5回も死にかけた!!」
「けどまだ生きてるだろう?」
「おかげさんでな!」
 ここは新天地に無数に存在知る遺跡の中の一つ。はるか古代、高度な技術を持った都市が繁栄していたとされる場所である。
 今は時の流れにうずもれ、その名を知る者さえ居なくなった砂の街。風化しきった幻の都はかつての栄光を微塵も残していなかった。
 そんな場所を二人の旅人が訪れている。
 一人はノームの女。もう一人は鳥人の男である。二人は共に学者だった。
「豊穣……神……う~ん、やはり読めない。ガルド君、ここ読んでくれ」
「へいへい。読めねーなら最初っから俺呼びゃーいいのに」
「何でも一度は自分で試してからじゃないと納得できない質なんだよ。あたしの場合な」
「へーへー」
 そう言ってノームの女性、ユッコユッコ・ユーゲン・ユベルテは古代語学者のガルドに巨だいな石柱に刻まれた古代語を読ませる。
 この世界の古代語学者には二通りある。一つは地球と同じように学術的に言語を研究してその意味を解き明かす者。
 そしてもう一つは古代遺跡などに行き、古代語を知っている翻訳精霊と契約して読める様になる者だ。もう一人の学者ガルドはこの後者の方だった。
「『豊穣の神ここに眠る。悪魔の封印と共に』だってよ」
「悪魔っ!?」
 そう言って目を輝かせたのはユッコの方である。
 普通、悪魔の封印などと言う言葉が出てくれば危ない物が眠っていると思い身の危険を感じるものであるが、この女は逆にそれを幸運であるかのように感じているようだ。
 実際、トレジャーハンター出身のガルドはこの言葉に嫌な予感しか感じていなかった。いや、経験上100%悪い事が起こると確信していた。
 古代語を読める翻訳精霊と契約しているのだってトレジャーハンティングの為必然的に身に付けたものだし、良い悪いの直感も身を守るために自然と身に付いたものだ。
 その彼の直感と経験と常識的判断力が諸手を挙げて危険信号を発しているのだ。これより先に進む事は自殺行為と言って差し支えない。差し支えないのに……。
「あっ! ちょ、勝手に進むなって! まだ続きがある!」
「どーせ触れるなとか進むなとかそんなんだろう? 大切な物がある証拠だ。止まれと言われて止まるあたしじゃないよ」
 ユッコは目を輝かせたままズンズンと奥に向かって歩き出してしまった。
 元トレジャーハンターとしての実力を買われて雇われた彼だが、ユッコの人の言う事聞かなさっぷりには雇い主と言う事も忘れて何度も手が出そうになる程だ。
 それでも手が出なかったのは、彼では逆立ちしても敵わないほどユッコが強かったからだろう。
「それでトラップに掛かりまくってんだから、世話無いぜホンットに」
「何か言ったか?」
「いいえ何でもー」
 ガルドは仕方ないと諦めユッコについて奥へ進んでいく。
 彼は経験からここが元神殿の跡地だと思っていた。神殿――明らかにお宝が眠っていそうなポイントだが、同時に最も危険なポイントでもある。
 ここまで数体の守護神やトラップを破ってきたユッコだが、その実力を持ってしてもこの先心配になる要素が十分過ぎるほど揃っていた。
 それでも強硬には止めずに付いて行ったのは、自分より強い女だが危険な遺跡に一人置いてはいけない、そんなフェミニストな一面をガルドが持ち合わせていたからだろう。
「おいガルド! ここから地下に入れそうだぞ!」
「うっわー、いかにも化け物が眠ってそうな雰囲気」
 そう言ってユッコが指差しているのは何かの像のようなものが置かれていた台座と思しき石である。
 風化によってヒビ割れ、欠けている四角形の石の根元に穴が開いているのだ。そこからは今や砂漠の只中だと言うのに、薄っすらと霧状のようなモヤが漏れ出している。
 もしそのモヤが本当に霧だとすれば、穴の先に続く空間には飽和水蒸気量以上の空気を生み出すだけの水源がある事になる。
 自然に考えれば地下水脈か何かだろう。だがガルドがその石造の台座に書かれた擦れかけの文字を見た時、その考えが甘かった事を悟ったのだ。
「よし、開けよう」
「ちょっと待ったー!」
「何だねガルド隊員? 今更怖気づいたのかね」
「ちっげーーーよ! ここ見てみろここ」
「ここ?」
 再び旅行カバンから人形を出そうとしていたユッコを、ガルドはとうとう羽交い絞めにして取り押さえにかかった。
 女性を大切にするガルドだが、流石に今回はそんな主義かなぐり捨てていきなり力ずくの手段に訴えたのだ。それもその筈、先程の「悪魔の封印」と言う不吉ワードをダメ押しするような事が書かれていたのだから。
「『何人たりとも眠りを妨げる事あたわず』これ絶対やばいって。嫌な予感しかしねー」
「お宝の予感だ!」
「ちっがーーーう! バカ止めろバカ!!」
 そこまで言ってもまだ人形を動かそうと大きな羽の中モゴモゴと動くユッコをガルドは渾身の力で押さえつけ、ようやく黙らせたのはそれから10分も経ってからの事だった。
「ったく、頭良ーんだか悪ーんだか。地球の言葉にはこうあるぜ? 『君子危うきに近寄らず』ってよ。悪い事は言わねえ、他を当たろうぜ――っておーい!」
「よいしょ」
 やっと大人しくなったユッコを腕、もとい翼の中から開放したガルドだったが、ユッコはその瞬間最小の動きで人形を動かし台座をどけてしまったのだった。
「人の話し聞いてないんか!?」
「おけつに入らずんばこじ開ける、だよガルド君」
「何それ間違えてる上に何か恐い!?」
 若い頃地球で勉強していた筈なのに簡単な諺も間違えるユッコさん。何か別の勉強でもしていたのだろうか。
 そんな事はさておいて、ドヤ顔のユッコさんと驚愕のガルドくんがショートコントをしている内に、台座をどかされ完全開放された穴からは猛烈な勢いで霧が噴出し始めたのだった。
 それはあっと言う間に周囲に広がり、二人の足元から周囲の景色を真っ白に侵食するように溜まりだしたのだ。
「ぶはぁっ!?」
「わっ! なんだ!?」
 霧の噴出を受けて転倒した二人が立ち上がった時には、既に周囲半径10メトルは膝まで霧に浸かった状態となっていたのだった。
「何か出てきてんぞ! 閉じろ早く閉じろって!」
「駄目だ、風圧で閉じられない! 何か来るぞ、構えろガルド君!」
 慌てて怒鳴りあう二人。
 ユッコは先ほど自分でどかした台座を戻そうと人形で動かそうとするが、いかんせん穴から噴出する霧の勢いが強すぎて再び閉じる事が出来ない。
 そうこうしているうちに二人の周りはあっと言う間に霧に包まれてしまっていた。 
『立ち去れ……立ち去れ……』
「これは……!」
「ぐわっ、頭の中に声が……!? くっそー!」
 突然響き渡る低く重い声。それは確かに聞こえるが耳が捉える音ではない。空気ではなく脳を、精神を、心を直接揺さぶり響かせる声なのだ。
 こんな事が出来るのは精霊や神霊やイチブノスラヴィアンなど、所謂『精神世界(アストラスサイド)』の住人だけ。
 いや、もう一つ居る。それは……。
「抵抗するな! 逆に精神をやられる!」
『愚かな人間……立ち去れ……立ち去れ……』
「人間!? 地球人の事か? 俺達は地球人じゃない!ここ新天地に住むハーピーとノームだ!」
「奴と話すな! 取り込もうとする罠だ!」
 声の主はまだ何もしていない。それでもガルドとユッコは脳内に響く声に当てられ動けないでいた。
 そう、その存在が”ただ話しただけ”で普通の生物には精神へのダメージになってしまうのだ。
『新天地……侵略者め……神の怒り……知るがいい……』
 そう、神が人に喋りかける事を、人は時として精神攻撃とも呼ぶ。脆弱な精神を持つ人にとって神とはそれほど圧倒的な存在であり……。
「奴は何の事を言ってるんだ!? 俺達誰かと勘違いされてるんじゃないか?」
「そうかもな。だが――」
「ギシャーーー!」
「な、何だこの人形達!? うわっ、囲まれてる!」
「エンプティドール。昔こいつが偶像崇拝の対象にさせてた人形か」
「崇拝? っておいおい、まさかコイツは――」
 崇拝されるべき存在。
 崇拝しなければならない存在。
 崇拝しなければ恐ろしすぎる存在。それが神と言う存在なのだ。
『滅びよ……人間……滅びよ……』
「俺達、眠ってた神様を起こして怒らせちまったって事か~~!?」
「ガルド君覚悟決めろよ~~。あたしらはこれから、この神と戦わなきゃいけないんだからな」
「勘弁してくれ~!」
 頭を抱えて慌てふためくガルドの横で、ユッコはワイヤーグローブを深くはめ直し、見えざる敵を睨みつける。
「人形操りであたしに挑んだ事……後悔させてやる!」
 小さな体に異世界と地球の知識を詰め込んだ、魔科学の申し子の目が輝いた。



「はぁ、はぁ、ひぃ~、はぁ」
 ユッコとガルドは一面を覆う白い世界の中、当てもなく人形の攻撃から逃れるため走り続けていた。
 霧は瞬く間に広がり、既に端まで数百メートルはあろうかと言う遺跡の隅々まで充満している。前も後ろも横も上も、どこを見ても白だけの世界。
 自分が今どこにいるのか、どこに向かって走っているのか、それさえもわからない。そう、二人とも既に方向感覚を失っていた。
「くっそー! 霧に隠れて襲ってくるなんて卑怯だぞー! 神なら正々堂々戦え~!」
 そんな中、四方八方から襲いくる人形を相手に、二人はよく持っている方だと言えよう。
 なぜならこの人形、切っても砕いても動き続け、それこそバラバラにしても四肢だけ動き続けるような不死身の人形だったのだ。
 神の力で操っているのだ。ユッコの人形のようにデリケートではない。神力で動く空の人形(エンプティドール)は、どこまでもしつこく二人を追い立てていく。
「霧のせいで神は何処に居るか分からないし、人形が何処から来るかも分からねぇ! おまけに人形はいくらでも出てくるし……こんな無理ゲー酷すぎんだろ!」
 戦場で己の位置を失うは死地に居るも同然。ましてここはこの霧の神のテリトリーなのだ。人の為のルールなど、一つとして存在しないのだ。
「この霧どこまで続いてんだよ! 大魔王からは逃げられないってか~!? くそぁっ!」
「あ~煩い……」
 ユッコは人形に自分を抱えさせ、その両手両足から生えたブレードで襲いくる人形を倒し続ける。
 だがユッコは分かっていた。このままいくら人形を倒し続けても、待つのはじり貧の負けだけだと。
「信仰を失い堕ちた神……弱小神、いや、もう邪神か」
 人の信仰によって神は力を増し、その恩恵を人にもたらす。だが信仰を失った神はどうか?
 力は衰え知性も下がり、やがて自然へと帰って行く。だがこの神はそうならなかった。
 何故かこの遺跡に封印され、異世界の住人である人間を恨み、数千年ここに存在し続けてきたのだ。
 神を封印できるような存在が遥か古代にはいたのか? それとも人の身で神を封印する方法があるのか? 或いは神が人の為自ら……。
「こいつはかつてこの古代都市を守っていた神なんだろう。これだけの都市だ。多くの人々の信仰を集め、かなりの力を誇ったんだろうな」
 ユッコの考えがまとまらないうちに、人形達は次々に襲ってくる。それを二人はギリギリの所でかわし、前に進み続けてた。
 進み続ければいつか遺跡の外に出られる筈だ。だがこの時二人はまだ気づいていなかった。
 人は目標物の無い空間では真っ直ぐ進む事が出来ず、必ず元のお場所に戻ってきてしまうと言う習性がある事を。
「だがこいつの街は滅びた。それが侵略者のせいか自然消滅によるものかは判らない。ただ……」
 視界0の霧の中、ただ体力を消耗し続けるしかない二人の未来は火を見るより明らか。だがユッコとてこのまま負ける気などさらさらなかった。
 人は弱い。弱い故に頭を使える。それだけが希望なのだ。
「守るべき者がいなくなった街を、今も守り続けてるって事かよ!」
「そんなとこだろうな」
 完全無欠の存在などいない。必ず何か弱点がある筈だ。ユッコはそれを考えていた。
『人間は嘘つき……人間は汚い……人間は自分勝手……人間は……殺す……』
「だから俺らは地球人じゃないっつってんだろ! 地球人に何されたか知らねーけど八つ当たりは止めろっての!」
「無駄だ。神格が落ちて話の通じる状態じゃない」
 ここまで神格が落ちているとは言え人に身で勝てる存在ではない。ではどうすれば良いか? この霧を抜け助かる方法はないのか?
 ユッコは走りながら手近な岩に、苛立たし気に刃を振るった。鉄と岩がぶつかり火花が飛ぶ。その光さえ、神の霧の中ではほとんど見えなかった。
「じゃあどうしろってんだよ! あんた神を殺せる武器でも持ってんのかい!?」
「堕ちたとは言え神は神。神は殺せない。あたしには無理だ」
「だーーー! じゃあこのままなぶり殺されろってのかよー!」
「さっきから煩い奴だ。少しは落ち着いたらどうだ?」
 襲いくる人形の数はいまだ衰えを知らず、この神が以前どれだけ多くの人達に崇拝されていたかが分かる。
 その神が何故こんな事に――この場所に隠されている秘密。ユッコはその重大性を思うと、逃げるしか出来ない自分が腹立たしくて仕方がなかった。
 だが全ては命あっての物種だ。死んでしまっては彼女の目的を果たす事は出来ない。
 ――絶対に死ねない――
「これが落ち着いて居られるかっての!」
『滅びろ……人間……滅びろ……』
「嫌じゃ~~! こんな所で死にたくなーい!!」
「くっ!」
 ガルドがそう叫んだ時、彼を庇おうとしてユッコは人形に腕を噛まれてしまう。
 自分で走っている訳ではないが、人形『百式』を操る指も疲労の色を隠せなくなってきていたのだ。
 疲労からわずかに生まれた隙。その隙を突かれてユッコはとうとう攻撃を喰らってしまった。何とか手を避け最悪の事態は回避したものの、腕の傷はユッコに痛みを与え、更なる隙を作らせてしまう。
 そしてとうとう二人に運命の時が訪れたのだ。
「あぁ! ユッコ大丈夫か――ってどわぁっ!?」
『捕まえた……捕まえた……人間……捕まえた……』
「くっそー! やっぱり神には敵わねーのか~!?」
 まずガルドがつかまり大量の人形に体の自由を奪われた。身動き出来ず地面に落下するガルド。続いて捉えらたユッコ。
 二人はついに捕まってしまったのだ。
「……やはりそうか」
 絶体絶命。
 死を覚悟したガルドの横で、何故か近くの岩を見ながらニヤリと笑うユッコ。その顔は追い詰められた獲物の表情ではない。何か内に秘めた、決意の思った表情だった。
「おい、この霧何処まで広がってると思う?」
「これだけ走ってまだ抜けないんだから超広いんだろ!? もしくはこの神のご都合主義空間に閉じ込められたとか!」
「君なかなか面白い事言うな」
 山のように覆いかぶさる人形の重さに、完全に体の自由を奪われ地面に転がる二人。
 その二人の顔に向かって、ゆっくりと人形と言う名の死が歩み寄る中、ユッコは不敵な顔のまま冷静にガルドに話しかけた。
「新たな世界を創り出せる神はいない。少なくとも今の11神だろうとな」
「じゃあ超広い霧なんだろ! この神何処までフィールドを広げられるんだ――って痛て! 食われる食われるー!!」
「いや、それも違うな。これを見てみろ」
「え?」
 人形に足を先に噛まれたのか頭を振り乱して痛がるガルド。
 そのガルドにユッコは目線で岩を見るように言った。
「これは……ブレードの傷?」
「私がここを通る時、岩に付けておいた目印だ」
「通る時? って事はつまり――」
 そう、ユッコは人形達から逃げている間、ただ闇雲に走り続けていただけではなかったのだ。
 何度目かの岩の前を通り過ぎた時、ユッコは自分が同じ所を回っているのではないかと思い始めた。そこで岩に目印を付ける事で、自分の仮説の根拠を得ようと考えたのだ。
 そう、つまり――。
「人は目印がない所を歩かせると、真っ直ぐ歩けず同じ所をぐるぐる回ってしまうそうだ。迷いの森とか言われる場所と同じからくりだな。こうやって霧の結界に捕らえて盗掘者達を殺して来たんだろう。何千年も前からずっと、な」
「仕掛けは分かったけどよー、それをどうやって破れば良いんだよ? こんな砂漠じゃ水精霊も居やしないぜ?」
「方法はあるさ。ここがさっきと同じ場所ならば、な」
 確かにガルドの言う通りだ。霧のトリックは見破った。だがそれだけではこの霧から、いや、この状況から抜け出す事にはならない。
 そこでユッコは賭けに出る事にしたのだ。一か八か、神が相手の大勝負に。
「おい神、お前の手口はもう見破ったぞ。そしてその攻略法もな」
『嘘……嘘つき……人間……嘘つき……嘘……』
「大人しくあたしらを逃がすなら良し。さもなくば……覚悟を決めろ」
 こんな絶体絶命の状況で神を相手に言えるセリフではなかった。だが敢えて言った。
 人形達に動きを封じられ打つ手のない状況を悟らせず、そして神を挑発し、神の隙を突くために。そしてその計は――成った。
『嘘……嘘、嘘……人間……嘘を……つくなーーー!』
「うわー! 一斉に来たー!!」
 ユッコの挑発に乗った神は怒り、二人を一思いに殺してしまおうと人形達を一度離れさせ再度、止めの攻撃の為一斉に飛び掛からせたのだ。
「ヨシっ、今だ!」
 その瞬間、ユッコの指は精妙なる操作で自身の人形――百式に指令を出した。
 百式の胴体からブレードが飛出し、両手両足、胴体を回転させながら飛び掛かる無数の人形達を、一気に弾き飛ばす。
「フレイムランチャーを使う!」
 そして両手の先から現れた筒から、凄まじい勢いの炎を放出して人形達に浴びせかけたのだ。
「ギー!」
「ギャー!」
 するとどうだ。先程まで先程まで不死身を誇っていた人形達が、次々と動かなくなってゆくではないか。
 バラバラになり手足や胴体、頭だけになってもグロテスクに動き続けていた人形が、燃やされると一発で行動不能になる。この事実が示す事はつまり……。
「効いてる!? 何だよユッコ、そんな良い物があるなら最初から使えっての」
「……ダメだ」
「え?」
「フレイムランチャーは百式の予備燃料を使った火炎放射器だ。だがこんなんじゃ全然足りない」
「ま、マジかよ……」
 そう、フレイムランチャーで人形を効率的に倒せる事は分かったが、燃料がそういつまでも持つ訳がないのだ。
 人形の数は未だに底が見えない。勿論、限りはあるのだろうが、二人からしてみれば無尽蔵に近い数に違いない。
 そして仮に人形を倒しきっても、神には他の手があるかもしれないし、ましてそれが霧の牢獄から抜け出す事にはつながらないのだ。
 人形の攻撃から生き延び、尚且つのこ霧から脱出しなければならないのだ。
「だが、あれを使えば或いは……」
 脱出出来る可能性はある。だがそれは本当に最後の手で、それでも脱出できなかった場合、二人に待っているものは確実なる死。
 後の無さにさすがのユッコもたじろぎ逡巡するが、そこで今までビビり続けお荷物であり続けたガルドが、以外にもユッコの背中を推したのだ。
「何だよそのアレって? それで助かる可能性があるなら迷わず使おうぜ!」
「……分かった」
 物事にはタイミングがあり、また時間制限もある。
 時に変に思考を巡らすより、ガルドのように感情のまま勢いのまま、やってしまった方が良い結果が出る時もあるのだ。
 今がまさにそれだった。
「な、何するつもりなんだ!? 今更カバンなんか――」
「奥の手を使うんだよ! 良いから隠れろ!」
 岩の近くに置き去りにしていた百式のカバンをユッコは取出し、そこに無理やりガルドと一緒に入り込んだ。
『何しても……無駄……人間……弱い……弱い……』
「ふっ、確かにな」
 それに遅れて取りついた人形達が、自慢の爪や牙で開けようとしている。
「おい! 何か削れるような音がしてんぞ! この人形もつのか!?」
「さぁてね。伸るか反るか、運試しだよガルド隊員」
「もーーーどうにでもなれコンチクショーがー!!」
 持つのか心配なのは人形の攻撃に対してだけではない。これから行う百式の最後の隠し玉の威力に、まだ実験していないカバンが耐えられるのか? その心配だ。
 だがやるしかない。どの道やらなければやられるだけだ。
 百式の最終兵器は神に対してリーサルウェポンとなるか? ユッコは人差し指糸を動かしながら祈った。
 そして次の瞬間、カバンの外で天地に轟く大爆発が起こっていた……。


「ごほっ! ごほっ!」
 爆発の余波と熱が去った頃、二人の入っていたカバンが開いて、中からガルドが出てきた。
「や、やったのか?」
「いや、ダメージを与えて追い払っただけだ。神は殺せない。今のうちに逃げるぞ」
「そ、そっか」
 続いて出てきたユッコはガルドの手を引いて、霧がすっかり晴れて、逆に焦土と化した周囲を見回しながら走り出した。
 もう迷う事はない。辺りは来た時と同じように澄み渡った乾いた空気に戻っていたのだから。
「けどマジでやばかったな! 今度こそ本当に死ぬかと思ったぜ」
「あぁ、全くだ」
 遺跡の外に向けてユッコは、行動不能となった百式と焼けて使い物にならないカバンを置いて、一直線に走り出した。
 そう、これ程の威力をもってしても、神は倒せない事と知っていたからだ。
「今の爆発……一体なんだったんだ? 物凄えー衝撃と熱だったけど」
「インフェルノナパーム……と、あたしは名付けて呼んでいる。百式の燃料を全部使って一度だけ使える、異世界で言う処の燃料気化爆弾って奴だ」
「へ~、燃料を全部使って一度だけ使える……っておい! 失敗してたらマジで終わりだったのかよ!?」
「当たり前だ。神霊レベルまで堕ちたとは言え神を相手にしたんだぞ? 助かったのは奇跡なんだ」
「マジかよ……ハハッ……」
 戦いが終わってユッコは思う。
 今回生き残れたのはあの神が相当弱っていたからだ。封印中に力をほとんど使い果たし、相当弱体化していたのだろう
 つまりそれはそこまでしなければならない物がここに存在した、いや、今も存在するかもしれない事を意味している。だが今日の所は諦めるしかなかった。
 神は倒せていないのだ。人の身でしかないユッコは、今は逃げるしかないのだから。
「だから言っただろ? 覚悟を決めろってな……しかし、これでまた振り出しに戻ったって訳か」
 走りながら落ち込むユッコの背を、ガルドは黙ってポンポンと叩いた。
 ユッコは幼く見えるがガルドよりずっと年上だ。そのユッコが年下で自分より弱いガルドに慰められて、緩んだ顔をふと隠した。
「あ~あ、研究費削られたらガルド君の給料、払えなくなるな」
「なっ!? じょ、冗談じゃないっすよユッコさん! 俺今月家賃滞納したら追い出されちゃうんですから!」
「もしそうなったら家に泊めてやってもいいぞ。一泊たったの500Gで」
「どこの高級ホテルだ!」
「レディの家に泊まれるんだ。格安だろ? あ、炊事洗濯全てセルフサービスな」
「ぼり過ぎだろ! つか泊まるくらいなら野宿した方がましだわ!」
「その日は市中の警備兵に休み取らせよう」
「あんた鬼か!」
 こうして二人の珍道中は、もうしばらく続くのであった。



『人間め……人間め……』
「おやおや、してやられたって顔をしていますね」
 夜の遺跡、霧がかった神殿跡の屋根の上に、品の良さそうな老紳士の姿があった。
『誰だ……お前……誰だ……』
「誰だ、とはまた……私には難しい質問をしますね。人に捨てられた神よ」
『違う……違う……捨てられた……違う……』
「どちらにしろ同じことです」
『人間……許さない……人間……殺す……』
「人形と霧……ま、何かの役には立つでしょう」
 ふと音もなく老紳士が霧の中に降り立った。羽もなしに、数十メトルの高さから降りて平気なのだ。
 そんな老紳士がふと煙草を口から離し、深く深呼吸をし始める。その深呼吸に霧は次々と吸い取られてゆき、周囲の白さはどんどん薄れて行っていった。
『おぉ……何をする……止めろ……止めろ……!』
「あなたも私達≪レギオン≫と成りなさい。個にして全なる神の器に……そして――」
 遺跡から完全に霧が消えると、老紳士――レギオンは神殿の奥、昼ユッコがどかした台座の下の階段を降りて行った。
 中は完全なる闇。一片の光も射さぬその空間を、しかし老紳士だけははっきりと目で捉える事が出来ていたのだ。
 そして辿り着いた最深部には、色とりどりの小さな無数の光に包まれた、見た事もない形の不思議なベッドに横たわる一人の少女がいた。
「目覚めなさい。忌まわしき封印の魔物よ」
 そう言ってレギオンが手をかざすと、プシュ、と言う空気の漏れる音と共に、ガラスの蓋が開いて中から少女が姿を現した。
「……」
 目覚めた少女は周囲を見回し、やがてその視線をレギオンへと向けた。
 辺りは人の目では絶対に何も見えない深い闇。その中において、少女は確かにレギオンが見えているようだった。
「ふっ、どうやら壊れてはいないようですね。さすが魔神(マシン)と呼ばれていただけの事はある」
 その姿にレギオンは満足したのか、上機嫌に少女に拍手を送るのだった。
「あなたが新しいマスターですか? 私はアルカン=シエルと申します。どうぞご命令を」
「ついて来なさい。いずれあなたにも、たっぷり働いてもらいます」
「YES.マイマスター」
 そうして二つの闇は主のいなくなった神殿を去って行った。

  • 冒険野郎にとって一つの冒険の終わりは新たな冒険の始まりなんだってさ! -- (とっしー) 2012-12-03 22:51:55
  • ユッコさんインディージョーンズみたい! -- (名無しさん) 2012-12-05 20:42:58
  • ピンチに溢れる遺跡が素晴らしいですね。知恵と物理力で奮闘するユッコも面白頼もしい。レギオンの行く末が新天地の行く末とリンクしているように思えました -- (名無しさん) 2015-05-24 17:28:45
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最終更新:2012年12月02日 04:46