0266:狩人の意思は、非情の舞台で爆発し
ゴンは、その走りを止めない。
――止まれ!
ゴンは、その進行をやめない。
――進むな!
ゴンは……
――シカマル君ッ……!
必死に、自分の思考とシカマルの言葉の間で葛藤しながら。
脳裏によぎるは、カイトの最後の姿。
突然の奇襲、切断されたカイトの腕、なにもできなかった自分。
そのときの光景が鮮明に蘇り、たった今の状況と重なる。
桃白白から逃げ、シカマルの荷物を託され、雷電という人物の元に届ける。
与えられた使命の代償は、シカマルの身。
ゴンは、それを絶対に遂行しなければならない。
ほんのちょっとの間とはいえ、共に戦った仲間の思いを叶えるため。
非情の決断をしなくてはいけないことなど、わかっていた。
わかっていた。わかっていた。わかっていた。
わかっているはずなのに、ゴンの足は止まった。
(オレは……)
自分は、馬鹿なことをしている。自分は、シカマルの願いを踏みにじっている。
(でもオレは……)
ハンターとしても、失格だと思う。これしきの非情に、耐えられないのだから。
(シカマル君を……)
カイトという前例があることもあったが、それよりなによりも、
(……助けたいんだ!)
それが、『ゴン』という少年だったから――
「まさか、自分から舞い戻ってくるとはな」
逃げようと思えば逃げれてたかもしれない。シカマルの頼みも、達成できたかもしれない。
それなのに、いつの間にか足は逆の道を辿っていた。
まだ微かに焼け焦げた臭いのする森の中、再び相対するは、一流の殺し屋。
「……シカマル君は……どうした」
ゴンが発する、静かな言葉。ゴンは、なんのために道を逆走したのか。
それは、桃白白を食い止めていたシカマルを助けたかったから。
カイトのような目に、遭わせたくなかったから。
そんなゴンの思いをぶち壊す存在が、今、目の前に。
「ふん、あの小僧なら私が殺した」
桃白白の口から、そう、短く発せられた。
「なかなかしぶとかったがな」
桃白白の言葉が、ゴンに重く圧し掛かる。
「心配するな。貴様もすぐに同じところに送ってやる」
「シカマル君が……死んだ?」
――また、助けられなかった?
「シカマル君が……死んだ?」
――カイトのときと、一緒だ。
「シカマル君が……死んだ?」
――オレが、すぐ引き返していたら。
「シカマル君が……死んだ?」
――オレは……また、助けられなかった?
「……」
(ふん、よほどショックのようだな)
桃白白は、先の戦闘でこの少年の実力というものを認めていた。
だが今はどうだ。仲間の死に動揺し、ただ言霊を繰り返しながら呆然。やがて言葉すらなくしてしまった。
目の前の獲物は、今いったいどんな心境なのか。
(そんなもの簡単だ。『絶望』と『恐怖』。この二つのみ)
棒立ちの姿がその証拠。仲間が死んだことを知って、もはや戦闘意欲は皆無。
絶望に支配され、あとは殺されるのを待つのみ。桃白白はそう考えていた。
しかし、それはあくまで『弱者』に適用される考え。
情に熱く、それなりの実力を持ち合わせている者なら、その怒りで復讐してくるだろう。
ゴンはそんな兆候こそ見せなかったが、明らかに後者のタイプ。
それを、桃白白はすぐ知ることになる。
「――――――――!!」
それは、声にならない叫び。
シカマルの死に悲しみ、また救えなかった不甲斐ない自分に嘆き、殺した桃白白に怒り、
ゴンは、叫んだ。
そして、異変が起きた。
(な……!?)
それは、夢か幻か。
『凝』を使えないはずの桃白白でもはっきりと見える、ゴンの周りの空気の変化。
それは、流れ出るようなオーラの光。それも、先の戦闘がなかったことに思えるような莫大な量。
それを見て、桃白白は感じた。以前
孫悟空と戦ったときにも感じた、嫌な予感を。
プロの殺し屋としての直感。人間としての防衛本能。その両方が、プライドの高い殺し屋に「逃げろ」と訴えかけてくる。
(逃げる? 獲物が目の前にいるのにか? 馬鹿な!)
桃白白が選んだのは、プロの殺し屋として当然の選択。
たかが嫌な予感如きで、こんな小僧から逃げ出すなど、問題外もいいところだ。
(そんなに嫌な予感がするなら、さっさと殺してしまえばいいではないか)
内心は冷静なように見えたが、このとき桃白白は酷く焦っていた。
気を消耗していることなど考慮せず、攻撃手段に自分が持つ一番頼りになる必殺技を選択させるぐらいに。
なにが彼をここまで焦らせたのか。それは、彼自身が気づかぬうちに感じていた『恐怖』の仕業も知れない。
「どどんぱ!!」
思い立ったら即効で。
桃白白の指先から放出された必殺の一撃は、目の前の不気味な獲物に伸びていく。
狙いは人体の中心部分、心臓付近。直撃すればその威力に貫通、絶命。防ぐことは叶わず、命を拾うなら、避けるしか手はないだろう。
しかし、ゴンは桃白白の予想に反して微動だにしなかった。
その姿は、都合がいいように解釈するなら、あきらめ。どどん波の一撃に自信を持っていた桃白白も、そう思った。
と、ここでゴンが防御の構えを見せる。しかしそれは、両手の平を重ね合わせ、前に突き出しただけのあまりに貧弱な盾。
もちろん、桃白白のどどんぱは、ゴンの薄い手の平など簡単に貫通してしまうだろう。
だが……
「硬」
その一言で、ゴンの防御力は一変する。
溢れ出るオーラが瞬時に手の平に集中、ゴンの手の盾を覆っていく。
見るからに無謀といえる、お粗末な防御。『硬』を知らない桃白白から見ればそのとおりだった。
しかし、どどん波がゴンの手の平の盾に直撃した、そのとき。桃白白は驚愕する。
「――――なぁにぃ!?」
手の平もろとも貫通し、ゴンを貫くかと思われたどどん波は、あまりにも予想外の結果に。
直線状に伸び続けたどどん波はその激突で貫通――ではなく拡散。
四方八方に分散し、その一つは地面にぶつかり土煙を上げる。
(馬鹿な! ……どどん波があれしきのことで防がれたのか!?)
ゴンの身体は、土煙に隠され確認することができない。
だが、もしも土煙が晴れたときゴンが変わらず立っていれば、そういうことになる。
一点にオーラを凝縮し、その全てを防御に回す、念能力を使った防御法『硬』。
それは、使い手次第ではバズーカ砲の一撃すら無傷で済ませることができる。
疲弊した桃白白の放つどどん波など、今のゴンの『硬』にかかれば、防げないものでもない。
それを、桃白白は知らない。
「最初はグー」
土煙が晴れ、次第にゴンが姿を見せる。
このときの桃白白は、追い討ちよりもまず、生死の確認を優先させた。
どどん波の直撃を受け、無傷でいられるはずなどないと思っていたから。
「じゃん……けん……」
しかし、姿を見せたゴンは桃白白の予想を裏切り、立ったままだった。
それも、腰を深く落とし、右手拳を左手で握りながらの、溜めの姿勢で。
その構えを、桃白白は知っている。先の戦闘で知ったばかり。
だが、気づいたときにはもう遅い。
「パーーーーーーーー!」
ゴンが大きく開いた右手拳。そこから放出されるオーラの衝撃波。
その規模は、直線状に細く伸びるどどん波とは違い、巨大な岩でさえ覆い隠す、紙で包み込むような大きさ。
わずかに横に避けようとした桃白白だが、これを避けるには動作が足りなかった。
「ぐ……ふぉあああああああああ!!?」
衝撃で後方に吹き飛ぶ桃白白。彼は哀れに回りながら空中に舞い、真後ろの木に激突した。
「がっ……ぐ……」
それでも意識を保てていたのは、執念のおかげか。
桃白白は一度、孫悟空という少年に敗北を喫している。目の前の獲物、ゴンは、孫悟空ほどとは言わずとも、かなり幼い。
また子供に負けるなど、桃白白のプライドが許さないのだ。たとえ、どんな理由があろうとも。
転がり痛みを訴える身体を執念で動かし、桃白白はなんとか立ち上がる。
しかしそれにはかなりの時間を要した。いつの間にかゴンは桃白白の目の前に立ち、敵意を剥き出しにした目で睨みつけていた。
(ひ……)
その、威圧感。
信じられないことに、桃白白は恐怖していることを自覚してしまった。
プライドも一時忘れ、孫悟空と同じような小僧に、不覚にも恐怖してしまったのだ。
「もう、人殺しはしないって約束しろ」
――とどめの一撃がくる!
そう覚悟した桃白白だったが、ゴンは彼に信じられない言葉をかけていた。
(な……に……)
この瞬間、この言葉で、桃白白は悟った。
この小僧――――あまい。
先ほどの桃白白には、攻撃を食らい木に激突、そこから起き上がるという、決定的な隙が生じていた。
それなのにゴンといったら、ただ近づくだけで追い討ちをかけたりもしない。
さらに、先ほどの言葉。
もうゴン自身にもとどめを刺すほどの力が残っていないのか……いや、違う。
(こいつには、私を殺す気がない。こいつは、人を殺せないあまちゃんだ!)
おそらくは、このゲームにも乗っていないのだろう。
桃白白に戦いを仕掛けたのは、ただ仲間のピンチを救いたかったがため。
これほどの力を持っているにも関わらず、ゴンは殺人という行為とは、無縁の参加者なのだ。
――そう、桃白白は確信した。
――確信した上で、桃白白は一つの手段に出る。
――そのために、プライドも甘んじて捨てよう。
「わかった! もう人殺しはしないと誓う! だから、だからどうか許してくれぇぇ!!」
泣き出さん勢いで懇願する桃白白。
人を殺せないお人よしなど、これだけでイチコロ。
あとは、隙をついて殺せばいい。
――そんな、悪党の常套手段とも言える桃白白の反撃の策。
「よかった。それなら……」
(ふん! まんまと引っ掛かりおったわ!!)
勝機がきた! と意気込む桃白白だが、彼は知らない。
――こういった手段を用いた悪党には、必ず決められた結末が訪れることを。
「ぶっとばすだけですむ」
「え……?」
ゴンの軽い一言。桃白白の一瞬の反応。
桃白白が見誤ったのは、一点。
ゴンは確かに人を殺せない甘さを持っていたが、悪党を許す甘さは持ち合わせていない。
その一点を見誤り、桃白白は顔面を歪めながら宙を飛ぶ。
シカマルの無念が込められた、その拳で――
桃白白撃退後、ゴンが取る行動は決まっていた。
シカマルに言われたとおり東京へ向かい、雷電という人物に仙豆を届ける。
それは、シカマルたっての希望。彼はもう死んでしまったが、ならばなおさらこの任務は遂行しなければならない。
過酷なハンター試験を突破した、プロのハンターであるゴンにとっては、朝飯前な任務。
しかし、彼の歩みは遅い。
(ちょっと……無理しすぎちゃったかな……?)
喋ることすら辛くなっている。
ゴンのオーラは、桃白白との一戦目で大量消費してしまった。本来なら、満足に念が使える状態ではないほどに。
それでもゴンが桃白白との二戦目で念を使えたのは、シカマルの死が原因。
あまりにも無力だった自分。カイトのときと同じ過ちを犯してしまった自分。シカマルを殺した桃白白。
シカマルの死に関する様々な要素が重なり、それは怒りと同時にゴンのオーラを絞り出していた。
その規模といったら、制御などできるものでもなく。
怒りのままに放出しすぎたオーラは、ゴンの身体を動かせなくするほどの疲労をもたらした。
それでもゴンは歩みを止めなかった。ハンターとして、託された者として、シカマルの思いを届けるため。
もう一~二時間は歩いただろうか。
ゴンが目指す東京は未だ見えてこず、歩みは遅くなる一方。
(届けなきゃ……仙豆を……シカマル君の……仲間に)
ゴンの頭に、仙豆を使う、という考えはなかった。
あれだけ傷ついていたシカマルが使わず、命まで懸けて守った重要アイテム。
それを、容易く使うことなどできはしない。
自分の体力を信じ、一刻も早く仙豆を……
(あ……)
ふと、
(……れ?)
歩みが、止まった。
(はは……参ったな、もう動けないや)
桃白白戦に力を使いすぎた。失った体力は戻ってこず、歩き続けた無理がたたって減る一方。
地に倒れこんでしまったゴンは、その意識すらも失い始めていた。
(ごめん……シカマル君……仙豆届けるの……ちょっと遅くなる)
倒れてもなお、ゴンに仙豆を使用する意思はない。
無謀な力の放出が招いた己の失態を嘆きながら、今は目を閉じる。
(動けるようになったら、すぐ東京に行くから……ごめん、おやすみ)
今は体力を回復させることに努めよう。
悔しいが、今の自分ではそれしか仙豆を届ける方法がない。
今は亡きシカマルに謝罪しながら、ゴンは一時、身を休める――
『ゴン! おいゴン!』
(え……?)
意識を閉じようとした矢先、聞こえてきたのは友達の声。
『なにこんなところで寝てんだよ。風邪引くぞ』
(キルア……なんで……?)
うっすら明けられた目から見えるのは、ぼぅっとした、幻影のような友達の姿。
『まったくしょうがねーなゴンは。そうだ風邪ひかねーようにオレがこれで……』
友達が、自分のためになにかを取り出そうとしている。
毛布でもかけてくれるのだろうか?
(キルア……キルアだ……はは、キルア……キルア……?)
遠のく意識のなかで見た友達の優しさは、本物。
では、このぼぅっとした姿しか映さない視覚が訴える異常はなんなのか。
(キルア……?)
『これこれ。これさえあれば風邪なんてひく心配ねーぜ』
チャキッ
(……………………え?)
ドンッ
「くくく……楽になれたかぁ? あの世じゃ風邪をひく心配なんてないからなぁ。せいぜい感謝しろよぉ、このアミバ様に」
男の足元に転がるのは、彼の持つ銃で額を撃ち抜かれた、少年の死体。
そして男の正体は……少年が生前まで、大切な友達と勘違いしていた――天才アミバ。
「目覚めて早々、こんな絶好の獲物に出会えるとは……天はやはり天才の味方か? しかしこのガキ、ろくなものを持っていないな」
アミバが少年の死体から物色したのは、二人分の荷物と、支給品と思わしきボール球と、一粒の豆。
「ちっ、はずれか」とアミバがなんの気なしにその豆を口に放り込む。
するとどうだ。
「うおお!?」
アミバの身体が、急に活力を取り戻していくではないか。
しかも一瞬。江田島戦で受けたダメージも完全に癒え、その予想外の効果に、アミバは歓喜の咆哮をあげた。
「っふふ……ふははははは~!! いい! やはり時代はアミバ様のもののようだな!」
強力な武器は得られなかったが、大きな収穫を得られた。
この分なら、江田島に復讐する日もそう遠くない。
いや、むしろ今すぐでもいい。今、ツキは天才アミバの下にある。
アミバの笑いが止まらない。
少年の死体はその場に放置され、アミバは去る。次なる参加者を殺すため。そして、江田島に復讐するため。
あとに残されたのは、額を撃ち抜かれた少年の死体。
自分の身を投げ売り、一心不乱に仲間の思いを届けようとした健気な少年に、この殺人ゲームの現実はかくも冷たく、非情な結末を与えた。
【茨城県/林/夕方】
【桃白白@DRAGON BALL】
[状態]:気絶、気の消費大、顔面・腹部・内臓に深刻なダメージ、重度の疲労
[道具]:荷物一式(食料二人分、一食分消費)、ジャギのショットガン@北斗の拳(残弾19)、脇差し
[思考]1:無理はしないが、可能ならゴンを追い仙豆を奪う
2:参加者や孫悟空を殺して優勝し、主催者から褒美をもらう
【埼玉県/夕方】
【アミバ@北斗の拳】
[状態]:健康(仙豆により回復)
[装備]:ニューナンブ@こち亀
[道具]:支給品一式(食料1日分消費)、ゴンの荷物一式(食料一食分消費)、シカマルの荷物一式(食料一食分消費)
テニスボール@テニスの王子様(残り2球)
[思考]:1、皆殺し
2、(可能なら)江田島にも復讐する
[備考]※アミバは第二回目の放送を聞き逃したため、死者、死者数等の情報を持ちません
【ゴン=フリークス@HUNTER×HUNTER 死亡確認】
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最終更新:2024年04月19日 10:06