0271:たらい回しの不運  ◆jcasZ9x.B2





名古屋駅。
時間が時間ならば無数の人が押し寄せるはずのこの場所は、異常と言えるほどに閑散としていた。
照明が灯されず薄暗い構内。喧騒を追放した静かな空間。
自動券売機も自動改札機も、自動とは名ばかりとなり本来の職務を放棄している。
あまりにも整然としたその場は、異質な雰囲気を漂わせていた。

この無人の名古屋駅に佇むある一人の男。
彼の名はL。いや、これが本名ではないことは明白なのだが、我々には知る由もないことだ。
ここではやはりLと呼ぶことにしよう。

「ムーンフェイス……」
Lが唱えるは、命を賭して自分を生かしてくれた仲間の名。

Lは別に格闘の専門家でもなければ高名な武道家でもない。
しかし、あの趙公明という男がこの世界でも屈指の実力者であることぐらいは分かる。
また、ムーンフェイスは核鉄なるものがあっても奴に勝利はありえないと言った。
そして、今闘いに赴いた彼はその対抗策たる道具を持っていない。
これらを総合すれば、ムーンフェイスの行く末は容易に想像できる。

更に彼が唱えるは、胸中で唱えるは、生き別れた仲間の名。

(洋一くんは……どうなったろうか…)

『世界最高の頭脳』と称されるL。
あの状況下でムーンフェイスは自分を逃がすため、デスノートの事、追手内洋一の事を一手に引き受けてくれた。
デスノートの処分方法はいくらでもあった。と言うより、趙公明があれの存在を知って放っておくはずがないのだ。
故にノートは放置しておいても、高い確率で処分されただろう。
しかし、問題は追手内洋一の事。
趙公明は“キラ”などの犯罪者と異なり、罪の発覚を恐れていない。よって、交渉で彼を制するのは非常に困難極める。
そしてムーンフェイスなどの実力者との戦闘に飢えている。肝心なのはこの戦闘という点だ。
一見、洋一は何の才覚も持たない凡庸な少年。趙公明が彼に『華麗』な戦闘を期待するとは思えない。
だから、奴をやり過ごすには、何もしない――下手な説得で挑発せずただ無能を装う――のが一番なのだ。
だが、洋一が奴の前で動揺し、ラッキーマンのことを話してしまえば事態は急変する。
趙公明が『運』のみで収める勝利を善しとするか、否か。この一点に賭けられる。
そして彼の悪運、不運ぶりを考えると……彼にとって良い未来はないだろう。

ただしこの推測には大きな穴がある。勿論Lはそれに気付いていたし、それを最も危惧していた。
それは追手内少年の裏切り。
趙公明の現在の目的は自分の排除。それに協力して、見逃してもらうということもあり得る。
彼には名古屋駅に向かいそこから沖縄を目指すと言ってある。
趙公明が沖縄まで来る可能性は低いだろうが、駅までなら足を伸ばしてもおかしくない。

Lは思考しながら、無人の改札機を素通りして、プラットホームまでやってきた。
開けているホームは周囲から目立ちすぎる。先の奇襲を考えても、ボーっと立っているのは危険。
出来るだけ物陰に隠れるようにして、Lは電車と洋一を待った。

(さて、下り電車は……あと十五分か。これを逃すと今日はもうあと一本しかない…)

電車は一度乗ってしまえばその間は動く要塞。一人で放浪するよりは安全だ。
狙撃やジャックまがいの襲撃もあるだろうが、その危険はどんな状況、条件でも等しく存在する。
電車の中で屈みこんで隠れていれば、外から発見されずに済むし、無人の電車を狙撃する馬鹿がいるとも思えない。
もしも強行的に乗り込まれても、車両を切り離すことで離脱できよう。
何よりリターン――沖縄への早急な到着――を得るには、リスク――不可避の環境での襲来――も必要。

Lは電車の利用をほぼ確実に決定していた。

一番危険なのは、すでに乗客がいる場合。
マーダーが乗っていれば、自分の身は保障されないわけだが。

逆に乗っていなければ、先程の理論が展開できる。
静岡駅をまず最初に目指さなかったのは、実は探索で静岡駅が見つからなかったからなのだ。
静岡駅は東海道新幹線も通る主要な駅なのだが、それがなかった。
おそらくこの世界の路線は、日本の縮小コピーではないのだろう。あまり複雑にすると、おいそれとエリアを封鎖できないからだ。
電車に乗ったまま成す術無く禁止エリアに突入では、主催者たちも興が醒めるのだろう。
そして名古屋には案の定駅があった。
駅の数が減らせれている上で、下り方面の鉄道だと、ここが上方に最短距離の地点である可能性は高い。
ここで他人=殺戮者と乗り合さなければ、大阪まで一直線に行けるだろう。
そこから先は更に安全。大阪まで到達した人々が次に目指すのは、東京。
正反対を目指すわけであるから、一層他人と乗り合わせる確率は下がる。

残りの不安要素は、洋一のアンラッキーだけなのだが……

     ぽっぽ~

ここで汽笛と共に機関車が到着する。
「蒸気機関車だったとは……」
ちょっとした意外さに、少々驚くL。

『停車時間は五分間となっております。駆け込み乗車はお止めください』

なんだかテキトーなアナウンスが流れる。
無機質な合成音声。電気は流れていないはずなので、これも主催者たちの不思議な力か。
納得しがたいものだが、認めるほかない。

(誰も乗ってはいない、と……)

そ~っと車内を確認するL。罠が仕掛けられている可能性もある。
神経を研ぎ澄まして、車内の安全を点検する。点検の上でとりあえずは罠の類は無いことを確認する。

(とりあえずは大丈夫そうだ。あとは彼だけだ)


そうして四分程の時間が経過した。

非常に長く感じられたその四分間、Lは車内で洋一を待っていた。
別に洋一を見捨てるという手も無いわけではない。しかし彼を見捨てれば『完全勝利』は二度と口に出来ない。
只待つばかりのLであったが……


「逃げる気かい!?エラルド・コイル・ドヌーブ君!?」

高らかに響く趙公明の声が。
目をやると反対側のホームに仁王立ちの趙公明、とその影に追手内洋一が。

(予測してなかったわけではないが……仕方あるまい)

洋一は酷く怯えており、ぷるぷる震えてLを見ている。
彼が恐れているのは、傍らの趙公明ではない。彼の恐れの対象は、Lの放つ侮蔑の眼差しである。
別に軽蔑の意思を込めて洋一を見ているわけではないが、疑心暗鬼の彼が深読みするのも無理はない。
そして趙公明は一歩前に進み、演説の如く語り始める。

「主であるムーンフェイス君を置いて逃げるとは……従者としては失格だよ」
「別に彼と私の関係は主従関係ではありませ…」
「シャーラップ!!言い訳は聞きたくないよ!
 さあ、シェイクスピアの悲劇を再現するように!彼を追って命を絶ちたまえ!」

趙公明は傘の石突をLに向ける。そしてLに鋼の弾を降り注いだ。


「  !!    ………?」

降り注いだ、はずだったのだが。Lは無傷。趙公明も不思議そうにしている。

「弾切れ……か」
Lにとっては幸運にも。趙公明にとっては不運にも。
マシンガン傘はこの肝心な場面で吐き出す弾丸を失ってしまった。

「う、う、うわああぁあぁあああぁっ」

ここで洋一が列車に向かって走り出す。彼とて殺人者の傍に居たくはないのだ。
確かに趙公明に協力をすれば今は安全。しかし彼をそう信用してよいものかは考え物である。
弾切れで趙公明が油断したこの瞬間しか逃げるチャンスはない。
殺人鬼と裏切り者。選ぶなら後者、とでも判断したのであろう。

「逃げる気かい、洋一君!?君も全く……愚かだね!」
しかし趙公明が逃がすはずもなく。
短くして隠し持っていた如意棒を勢いよく伸長させて、洋一の背中を激しく打つ。
「いてえっ!」
背中を強く打たれ、転倒する洋一。その上から趙公明が片足で踏みつけて洋一を押さえ込む。
さらに伸びる如意棒はLの心臓を襲おうとする。

万事休すか。そうLが思った瞬間。

        ジリリリリリリリリリリリリリリリリ

扉が閉まり、機関車が動き始めた。
またしてもLにとっては幸運にも。趙公明にとっては不運にも。
如意棒は壁を一旦突き破って勢いが弱まったために、更に車両が動いて照準がずれたために、
Lは咄嗟の反射神経でそれを回避することができた。

完全に扉は閉まり、機関車は汽笛を再び鳴らす。そしてゆっくりと加速を始める。

「洋一君!」
Lは洋一の名を呼ぶ。その洋一は趙公明に押さえ込まれて身動きできない。
すると、Lのすぐ傍に突き刺さっていた如意棒が縮み始めた。
趙公明が如意棒を戻したのだ。

汽笛が三度鳴り響き、機関車は車輪の回転を早める。

趙公明は洋一を放って線路に飛び出し、機関車の後方へ如意棒を改めて伸ばす。
しかし車両はカーブにさしかかり、如意棒の攻撃を間一髪で回避する。
かくしてLを乗せた機関車は、追撃を受けることなく無事趙公明からの逃亡に成功した。


がたんがたん、がたんがたん。

一人きりの車内でLは安堵して崩れるように座り込む。
「なんとか…助かった……」
Lは安堵の言葉を呟く。その言葉に相槌を打つ者は誰もなく。
そして、置き去りにしてしまった洋一のことを考える。
裏切られた事実。しかし、並の精神ではそうならないほうがおかしいのだ。
彼との信頼関係を築くことを怠ったのもまた事実。
一方的に非難することは極めて非生産的。

今すべきことは、自分をここまで逃がしてくれたムーンフェイスの命と洋一の不運のためにも、生き延びる事。
そしてこのゲームをいち早く中断させること。

(本当に申し訳ない……君が生き延びて、また出会うならば。その時までに必ず…このゲームを終わらせよう)

Lはたった一人で、その強い正義の意志をさらに強固なものとした。

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「さてと、どういうつもりか説明してもらおうかな?洋一君」

名古屋駅では趙公明が怒りの表情で洋一を問い詰めていた。
ついさっき、命の保障と交換条件で彼を召使いとして雇ったばかりだというのに。
自分を信用していない人間を傍におくのは、危険。彼の無能さを考慮すれば、正確に言うと、不快。

「僕のような高貴でエレガントな貴公子に仕えるということは、非常に名誉なことだというのに……嘆かわしいね」
洋一は趙公明の怒りに対して完全に怯え切り、土下座の姿勢で這いつくばったまま。
そして「許して、許して」と懇願するばかり。

「何にも言えないね、君の愚かさには」
趙公明は洋一をなじる。別に弱者をいじめる趣味はない。
しかし、このような臆病者に裏切られたことは非常にプライドを損ねることであった。

「ご、ごめんなさい……どう…か、許してく、ください」
謝り続ける洋一。涙を浮かべて、声を震わせて、唯々謝ることしかできない。
必死で、頭を下げ、額や髪の毛は土埃で汚れている。
終いには趙公明の足にしがみ付く始末。

「やめたまえ!
 ……君にはほとほと呆れたよ。ここまで愚かだとはね。プライドも無いのかい?」

それに対する適切な返事はなく、彼はただ「許して」と言うだけ。

「……もう、君との関係は無しにしよう。
 哀れな庶民に慈悲を与えたつもりだったが、君がそれすら惜しいぐらいの人物だと分かったよ。
 君に一切の興味はないし、先程の荷物も全部君にあげよう。
 そのかわり、僕の目の前に二度と現れないこと。   ………いいね?」

趙公明はこの愚かで惨めで哀れな少年に、見切りをつける。
洋一は遂に何も言わなくなり、鼻水をすする音しか聞こえなくなる。

「僕は今から富士山を見に行く。くれぐれも、もう僕の前に現れないでくれたまえ」


洋一と関わり、ラーメンマンとの戦闘で昂ぶった気持ちも、ムーンフェイスとの戦闘で味わった喜びも失せてしまった。
残ったのは不快感のみ。
この気持ちを癒すには、ビューティフルな光景しかない。
京都で拝借した観光パンフレットにあったのは、夕焼けを受ける霊峰富士の美しさ。
その写真では、大自然の山吹色が湖面を鏡のように扱って富士の山を彩っていた。
写真ではなく、この目で見たいと心から思ったあの光景。
あれ以外に今の自分を慰めてくれるものはないだろう。

趙公明は如意棒を地面に突き、富士山の方向を確認する。
洋一にはもう一切反応を示さず、お得意のあの方法で早々にその場を立ち去った。

「アディオス!名古屋!そしていざ!Mtフジヤーマ!」

段々と小さくなっていく趙公明の姿と声。彼は北東の空に消えていった。




残された洋一少年。
謝る相手は去ったのに、未だに頭を下げたまま。
闘わずして、趙公明を退けられたのだからこれはラッキーなのかもしれない。

しかし追手内洋一はこれがラッキーだとは思えていなかった。
何だか心にぽっかり隙間が空いた気分。
虚無感に襲われ、自分の無力さを覚えて、卑小さを恨んで、臆病さに呆れて。
そして意味の無い言葉――こう言わないと、自分の馬鹿さ加減が嫌になるのだろう――をボソリと呟いた。

「俺って……ついてねー」





【愛知県/午後 下り電車の中】

【L(竜崎)@DEATHNOTE】
[状態]:右肩銃創、負傷による疲労
[道具]:デスノートの切れ端(書き込める余白は約二人分)@DEATHNOTE
[思考]:1・沖縄を目指し、途中で参加者のグループを捜索。合流し、ステルスマーダーが居れば其れを排除
    2・出来るだけ人材とアイテムを引き込む
    3・沖縄の存在の確認
    4・ゲームの出来るだけ早い中断
備考:極力デスノートは使いたくないと思っています


【愛知県/午後 名古屋駅】

【追手内洋一@とっても!ラッキーマン】
[状態]:右腕骨折、左ふくらはぎ火傷と銃創、背中打撲、疲労
[道具]:荷物一式×2(食料少し消費)、護送車(ガソリン無し、バッテリー切れ、ドアロック故障) @DEATHNOTE、双眼鏡
[思考]:1・茫然自失
    2・死にたくない


【愛知県/午後 北東部郊外】

【趙公明@封神演義】
[状態]:中度の疲労、全身各位に小ダメージ
[道具]:荷物一式×2(一食分消費)、如意棒@DRAGON BALL、神楽の仕込み傘(弾切れ)@銀魂
[思考]:1・夕暮れの富士山を観光しに行く
    2・ディズニーランドでラーメンマンを待って煌びやかに闘う。
    3・エレガントな戦いを楽しむ。太公望、カズキ、ラーメンマンを優先。
    4・脱出派の抹殺


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0242:少年に残されたものは L 0299:コンタクト
0242:少年に残されたものは 追手内洋一 0303:その遭遇、幸か不幸か
0242:少年に残されたものは 趙公明 0309:悪夢の泡

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最終更新:2024年04月19日 12:28