0379:雪の陣~memento mori~ (修正版)◆PN..QihBhI





 <壱>

 雪原の丘陵に蹲り、
 大魔王はただ、秋(とき)を待っていた。

 野に降る雪。
 黎明の頃より滔々と積もる雪は、いつしか視界を銀に染めた。
 一面の銀世界の中、野晒しの躰に、凍てつく白装束を幾重にも纏わせながら、
 それでも微動だにせず、大魔王は眼を凝らし続けていた。

 この躰、寒さに震える事を知らない。だが、心を焦がす焔が大魔王を駆り立てる。
 抑え切れぬ憎悪。堪え切れぬ破壊の衝動。そして自由への渇望。

 古の記憶が甦る。ユンザビット高地、孤独、迫害。
 手に入れた永遠の若さ。されど、呪わずにはいられぬ宿命。

―――おのれ。

 歯軋りをしていた。遅い、まだ来ないのか。
 彼奴が来ぬせいで、余計な事まで考えてしまうのだ。

―――フレイザードめ。何をしておる。

 フレイザード。氷炎を纏う、異形の魔人。
 暴虐を振り翳し、如何なる残虐な行為も躊躇せず、勝利の為には手段を選ばぬ。
 似ている、という思いはある。己を駆り立てる声。同じ様な声を、ヤツも聴いているのか。

 朗報もあった。世直しマンが死んでいた。
 しかし裏を返せば、世直しマンを倒した者が、何処かにいるという事に過ぎない。
 警戒を怠ってはならぬ。そして、何よりまだ生きているのだ。“あの男”も。

―――孫悟空、か。

 想いだけが巡りゆく。
 何気なく大魔王は、躰に纏わり付いた雪を毟り取り、口に含んだ。
 まざまざと甦る敗北の味。苛立ちが、更に募ってゆく。

 立ち上がった。
 躰に堆積した雪が、音を立てて落ちてゆく。
 ここの雪も、直に見納めになるだろう。何の前触れも無く、そんな予感がした。

 この屈辱は、必ず雪ぐ。

 <弐>

 冬の嵐。
 吹雪の原野を、鋭い鉈で断ち割るかの様に駆け続けた。
 蹴り上げた雪が舞い上がり、冷えて強張った頬を幾度も撫でた。
 踏み込む足は踝まで埋まり、踏み出す足は鉛の様に重い。

 しかし、フレイザード。
 目と鼻の先だった。ようやく追い着こうとしている。
 世直しマンの仇、バッファローマンの仇。伸ばせば手の届く場所にいる。

 全身の血が、どうしようも無い程熱く沸き返り、皮膚から噴き出してきそうだった。
 もう誰も死なせねえ。ルキアに、仲間達に降りかかる火の粉は、オレが払ってやる。
 フレイザード。ボンチューは肚の底から声を上げた。


 前を走るボンチューが咆哮を上げた。
 舌打ち。桑原は、吹雪の狭間から微かに覗く、フレイザードの後姿に視線を戻した。
 追跡を開始し、北へ逃走するフレイザードの姿を捉えてから既に、
 三十分程の時が経過していた。

 駆けながら、桑原はリーゼントに張り付いた雪を乱暴に払い、
 大声でボンチューを諌めた。

「おい、ボンチュー。少しは落ち着きやがれ」
「うるせえっ」

 雪の強行軍。極寒のマラソンは、容赦なく二人の体力を奪った。
 しかし、フレイザードとの距離は、確かに狭まっていた。
 両者の距離は、凡そ50m程。しかしこの吹き荒ぶ雪の嵐と、最悪の視界。
 加えて、先だっての戦いによる負傷。追い付けたとして、果たして戦いになるのか。

 前方を駆けるボンチューの、鞴(ふいご)の様な呼吸が聞こえる。
 限界が近い筈だ。自分より、ボンチューの方が深手を負っている筈だった。

「ぐっ、馬鹿野郎。オメーも、もう息が上がっているじゃねえか」
「オレは、オレは刺し違えてもヤツを倒す」
「ちっ、友情マンよォ。今なら分かるぜ、てめえの気持ちが」

 いつの間にか、高い崖に挟まれた谷間に入っていた。
 谷の道は大きく曲がっていて、見通しは悪い。しかし駆けた。

 曲がった先、フレイザードが見えた。
 フレイザードはこちらを向いて、中指を突き上げていた。
 その口元が歪み、甲高い笑い声が響く。

 ボンチューが、声にならない声を上げた。
 桑原との差が開き始めた。嫌な予感がした。

「バカ野郎、挑発に乗るな。ボンチュー」

 その時、爆音が耳を劈いた。
 熱風が巻き起こり、雪と土くれが視界を遮ってゆく。

 桑原は爆風に叩きつけられ、意識を失った。

 <参>

 雪原に、噴煙が立上っていた。
 フレイザードは口元を歪めた。忍び笑いが漏れてくる。
 フレイザードはパンツァーファウストの次弾を装填し、再び、雪煙の中心に照準を合わせた。

 全身に、檻の様に堪る疲労と、数々の負傷が、寒さに対する抵抗力を奪っていた。
 その中での逃亡戦。身を隠せる様な場所は、何処にも無かった。

 このままでは追いつかれる。そう確信したフレイザードはここで博打に出た。
 敵を谷間に誘い込み、パンツァーファウストで狙い撃ちにしたのだ。
 殺ったか。いや、まだ油断するな。フレイザードは自分を戒めた。

 照準が揺らいだ。意識が朦朧としてくる。

(やめなさい、フレイザード。これ以上戦ったら、あなた本当に死ぬわよ)

 そんな事は百も承知だ。

(うるせえ。博打は外れたら、痛い目を見るから面白れぇんだよ)

 炎の半身が、痛みと寒さに悲鳴を上げていた。

(何て哀れな人。戦い以外に自分の存在を証明出来るものがないなんて)

 同情なんて、要らねえよ。

(勝利の瞬間の快感だけが、仲間の羨望の眼差しだけが、このオレの心を満たしてくれるのさ)

 そうさ、ここは戦場だ。殺し合いをする場所だ。

 噴煙が晴れてきた。
 雪が蒸発して、剥き出しになった土壌が見えてきた。

 フレイザードは愕然とした。

 ボンチューが立っていた。
 その身に纏った黄金の鎧は、傷ひとつない様に見えた。
 焼け爛れた顔が覗く。そうだ、爆発の衝撃は防げても、爆熱までは防げない筈だ。

 しかし、それでもボンチューは生きていた。
 鬼神の如き形相で、こちらに駆け始めた。

 <四>

 パンツァーファウスト。二弾目が飛んできた。
 黒煙を垂れ流し、砲弾が迫る。回避出来る場所は無い。

「走りやがれ。ボンチュー」

 声がした。桑原は無事なようだった。
 この黄金聖衣が、爆発の衝撃を遮断したのだろう。
 起き上がろうとする桑原を一度見て、ボンチューは駆け出した。
 そうだ、回避など必要無い。ただ前へ進め。

「『落合流・首位打者剣』」

 桑原が小石を拾い、霊気の剣で打ち放った。
 ジャストミートされた小石は、フレイザードの放った二発目の飛弾に命中し、
 遥か前方で爆発が巻き起こった。

「ボンチュー」

 爆音に混じり、桑原の叫びが背中に届く。

「オレぁもう何も言わねえ。
 必ず倒せよ。フレイザードを、倒してみやがれ」

 フレイザードが近づいてきた。間に合う。次の弾より、この拳の方が早い。
 たけしも、死んだ。イヴも、夜に出会った眼帯の男も死んだ。
 だが、桑原、恩に着る。お前のお陰でここまで来れた。

 力が溢れてくる。全身が焼かれた筈なのに、痛みはない。
 フレイザードが、慌ててパンツァーファウストを投げ捨てた。

 ボンチューは気力を振り絞った。

「ボボン・・・!!」

<五>

 フレイザードも氷の剣を出した。

 潰れた様なツラの方も、こちらへ駆け始めた。
 そしてボンチュー。目の前に来た。揺れる肩、歪む相貌。笑ったのだと分かった。
 フレイザードも肚を据えた。前へ踏み出す炎の左足が雪に埋まり、蒸気が上がる。

「チュラアアァアアァアァァァァアァァ!!!」

 一撃目。フレイザードの振り下ろした氷の剣と、ボンチューの拳が激突した。
 根元から、氷の剣が折られた。血と、汗と、氷の破片が飛び散って、
 微かに覗く日光に反射して煌いた。

 二撃目。下からの渾身の一撃に、フレイザードのガードは、弾き飛ばされた。
 残された力を振り絞った。それが弾き飛ばされた。体勢も崩された。

 吹雪を背に受けて、ボンチューが、見下ろしてくる。
 鎧の隙間から覗く、顔や腕は焼け爛れ、握り締めた拳からは血が溢れ出ていた。

「終わりだ、フレイザード」
「クッ、ククク。寝言抜かしてんじゃねえよ、このクソガキが」

 三撃目。がら空きになったフレイザードの顎に、ボンチューの拳が迫る。
 この時を待っていた。勝算は薄い。だが、最後の大博打を打ってやる。

―――バーン様、このオレに勝利と栄光を。

 高々と、フレイザードは両手を広げ、その技の名を叫んだ。

「『弾岩爆花…!』」

 その時、ボンチューが吹き飛んだ。
 まるで見えない壁にでも弾かれたかの様な吹き飛び方だった。
 振り向くと、背後にピッコロが立っていた。

 <六>

 緑の悪魔が立ちはだかっていた。
 吹雪が割れている。その巨躯が纏う暗黒のオーラは、
 荒れ狂うブリザードなど物ともせずに、禍々しくも平然と嵐に揺蕩っていた。

 それは圧倒的な威圧感だった。
 戸愚呂弟、いやそれ以上の戦慄が四肢を突き抜ける。

 これがピッコロか。桑原は呻いた。
 自らを大魔王と称し、友情マンの友、ペドロという男を屠り、
 更に、バッファローマンというボンチュー達の仲間を殺した、悪の権化。

「フレイザード、貴様はそこで見ておるがよい」

 その大魔王が、仰々しく命を下せば、フレイザードが無言で後方に退く。
 追えなかった。金縛りに遭った様に、ピッコロの一挙手一投足に釘付けになっていた。

 徐にピッコロが右腕を後方に引いた。
 桑原の脳裏に疑問が霞める。遠い。とても拳が届く距離ではない。
 だが異様さを感じて身構えた刹那、ピッコロがブンと腕を振るった。

「ぐおあっ」

 その瞬間、とてつもない風がぶつかってきた。
 躰が浮き、吹き飛ばされそうになる。桑原は歯を食い縛り、踏ん張った。

 風が止んだ。顔を上げ、桑原は驚愕する。
 雪に刻まれた二本の溝。それは紛れも無い桑原の足跡。
 ピッコロの素振りが生んだ風圧が、自分の躰を押しやった証だった。

「ほう、少しは腕に覚えがありそうだな」

 ピッコロの声からは、余裕綽々だという響きが滲み出ていた。
 力の差に絶句する桑原の脇で、ボンチューがよろめきながら立ち上がる。

「桑原、オレがこいつらを食い止める。その隙に、とっとと逃げやがれ」
「と、とぼけた事言ってんじゃねーよ、バカ」

 息も絶え絶えにそう言ったボンチューを、桑原は嗜めた。
 ボンチューが殺気を放ち始める。もう全てが手遅れだった。
 桑原は奥歯を噛み締める。やるしかねえ。

「とくと見せてやろう。このピッコロ大魔王の凄まじさをな」

 ピッコロが尊大に告げる。それが戦いの狼煙となった。
 ボンチューが先陣を切って走り出し、ピッコロが悠然と身構えた。


 北の大地に雪が舞う。
 雪はただ降り頻る。散って逝った参加者の、墓と躯のその上に。
 雪はただ降り注ぐ。東北の地に取り残されし、彼等が最後の舞台の上に。
 漢・桑原、最後の戦。魂込めて戦います。ってか?

 へへっ、何でかな。オレ、笑ってやがるぜ。

 そうだ、あいつらは、もう東京タワーに着いたのかな。
 また、あいつらに、会える時が来るのかな。
 浦飯、もうすぐそっちへ行くかもしんねーけどよ。
 ハデにやられてみせるぜ。胸張って会えるようにな。

 桑原も駆け始めていた。
 霊剣を出した。前を走るボンチューに続いてゆく。 
 肌を刺すのは、死の予感。それは何処か、心地良さに似ていた。

 <七>

 ボンチューは、ピッコロに向けた拳を、一転して地に叩き込んだ。
 雪が煙幕の様に舞い上がり、ピッコロを覆い尽くす。

「ぬ」

 その隙にボンチューは、一瞬でピッコロの背後に回り込んだ。
 隙だらけの背中が、ボンチューの眼前に晒される。

「ボボンチュゥ!!」
「下らん真似を」
「ぐぉあっ!」

 連打を叩き込もうとした刹那、ピッコロの裏拳が、ボンチューの顔面を捕らえた。
 鼻血を噴出し、ボンチューが仰け反る。

「まるで話にならんな」

 ピッコロが、握り締めた両手を、ハンマーの様に振り下ろす。
 後頭部に鈍い衝撃が走った。

―――なんで、だよ。

 ボンチューは、頭から雪の中に突っ伏した。


 一瞬だった。連携も図れぬまま、ボンチューが倒された。
 ピッコロの巨体が、駆ける桑原を見下ろしてくる。気圧されるな。
 裂迫の気合を込めて、霊剣を切り下げた。

「ぬるいわ」

 桑原は愕然とした。ピッコロが、片手で霊剣を掴み取っていた。
 直後、膝蹴りが腹部を直撃し、桑原は悶絶して地に跪く。

「どうした。もう少し楽しませてみろ」
「ぐっ、伸びろ、霊剣」

 刹那、雪の中を潜行させた霊剣が、ピッコロの足元から飛び出した。
 必殺の間合い。雪から飛び出した霊剣が、完全に油断していたピッコロの躰を貫く。

「何ぃ?」
「残念だったな」

 手応えがない。残像。振り向く前に、背中に蹴りを浴びせられ、吹っ飛んだ。
 その勢いで雪の中を暫く転げ、やがて止まった。

「ふん、未熟者どもが。気を隠す術も知らないとはな」

 ピッコロの声が遠い。
 腹と背に、激痛が稲妻の如く走る。血の味が口に広がってきた。

―――みんな、すまねえ。こいつめっちゃ強いわ。

「さて、フレイザードよ。そちらに転がっているガキに止めを刺しておけ」
「チッ、しょうがねえな」

 足音が近付いて来て、氷の手に頭が鷲掴みにされた。
 全身の体温が奪われていくのを感じる。
 薄れ行く意識の中で、桑原は立ち上がるボンチューの姿を見たような気がした。

 <八>

 助けてーっ。ゴホゴホ・・・
(中に、中に妹がいんだよ。助けてくれよ。お願いだよ、助けてくれよ)

 助け、て、お兄ちゃん・・・
(何もいらない。オレは何もいらないから、神様どうかメグを救って下さい。どうかメグを)

 祈り。祈りなど、何の役にも立たないと、あの時に知った。
 力さえあれば、どんな状況でも打開できると信じた。
 だからオレは『スーパーヒーロー』になりたかった。

 だけど、今なら分かる。
 オレは、ただ守りたかっただけなんだ。

―――ただ、メグを。ルキアを、仲間を。


 フレイザードが桑原の躰を氷漬けにし始めた。
 それを一瞥し、向き直ったピッコロは感嘆の声を上げた。

「ほう、まだ息の根が止まっておらんのか」
「あんまり、図に乗ってんじゃねーぞ、コラ」

 ボンチューが立っていた。
 荒い息をつき、この大魔王を睨みつけてくる。
 全身から血が滴り、白い雪に朱い斑点を作ってゆく。

「見上げた根性だ。だが、どう足掻いても貴様に勝ち目はない。
 逃げられもせん。死の道しか残っておらんようだぞ」

 嘯きながらピッコロは掌を向けた。気を集約させる。
 まあよい、この一撃で消炭にしてくれる。

「呪うなら、己の運命を呪うがいい。私の様にな」
「おあ!!!」

 ボンチューが、気合と共に足元に拳を叩きつけた。
 大地が揺れ、雪が舞い上がる。

「血迷ったか。何度やっても無駄だぞ」

 愚かな。ピッコロは軽い失望を覚える。
 気を消し去らぬ限り、このピッコロ様に不意打ちなど通用するものか。

 さて、右か、左か。それとも背後か。
 ピッコロは目を閉じ、ボンチューの気を探った。

 しかし、見つからない。馬鹿な、いや違う。遅れてピッコロは感知する。
 ボンチューの気が、遠ざかってゆく。ピッコロは瞠目して叫んだ。

「フレイザード。ヤツの狙いは貴様だ」

 <九>

「何ィ?」

 その時フレイザードは、氷像と化した桑原を粉砕する為に、腕を振り上げていた。

「―――フゥゥゥレイザァァァドォォォォォーーーー・・・・・・・・・!!!」

 直後、ボンチューの咆哮が天を衝いた。

 ボンチューが修羅の様な形相で駆けてくる。遅れてピッコロも来た。

 閃光が奔った。ピッコロが指先から、光線を放ったのだ。

 レーザーがボンチューの右肩に命中し、鎧の肩当てが吹き飛び、血と肉が弾けた。

 しかしボンチューは倒れない。

 レーザー。ボンチューの後頭部に命中した。揺らいだ。しかしボンチューは止まらない。

 フレイザード。またボンチューが叫んだ。

 首が竦んだ。ボンチューは絶対に死なない。そんな風にすら感じた。

 ボンチューが迫る。ピッコロはもう間に合わない。フレイザードは悲鳴を上げていた。



 どうしようもない状況というのが、世の中にはある。
 ピッコロは、やっぱり強かったよ。
 だけど桑原。せめて、お前だけは生き延びてくれ。
 お前だけは生きて、ルキアを守ってくれ。
 いつか仲間達と、ピッコロを倒してくれ。
 巻き込んで、済まなかった。せめて、お前だけは助けてみせる。

「下がれ、フレイザード。
 ならば二人まとめて、消し飛ばしてくれるわ」

 怒りに震える、ピッコロの声。
 氷に閉じ込められた桑原の傍から、慌ててフレイザードが逃げる。
 大地が揺れ始め、熱の膨張が背中越しにも伝わってくる。


「『 爆 力 魔 破 !!!』」


 その瞬間、全ての音が消えた。
 ボンチューは振り返り、両手を広げ、氷像と化した桑原の前に立った。
 狂い舞う雪の影が、放たれた光に呑まれ、揺らぎ、消えていった。
 視界が更に白くなって、ボンチューは、目を閉じた。

 <十>

 少女が泣いている。

「お願いします。お兄ちゃんを、助けてください」

 泣きながら少女は桑原に懇願する。
 心が震えた。だが、自分には何もしてやる事が出来ない。
 フレイザードに氷の中に閉じ込められ、呼吸は疎か、身じろぎ一つ取れないのだ。

「助けて下さい。どうかお兄ちゃんを、助けて下さい」

 少女は桑原に縋り付いて、何度も何度も請い願う。
 桑原には見えていた。ボンチューが、一人で戦っている。自分を助ける為に。

―――そうだ、桑原。てめェ、しっかりしやがれ、バカ野郎ォ。

 全身に、熱いものが駆け巡り始めるのを感じた。
 凍り付いた筈の四肢が震え始め、みしり、みしりと、亀裂が奔る様な音が聞こえた。

―――ここで底力出さねェでよォ、いつ出す気だこの野郎ォ。

 突然、全身を締め付ける力が緩んだ。
 霊剣が出ていた。氷を、剣先が刺し貫いていた。 いける、と思った。

「がぁーーーーーーーーーー!!!」

 霊剣の刀身が、黄金色に輝いた。
 桑原は、雄叫びと共に、輝く霊剣を一気に振り下ろした。
 ばきばきと音を立てて、躰を覆う氷が割れてゆく。氷の破片が全身に降り注いできた。

 氷の呪縛から解放されて、桑原は気が付いた。
 空間が、切れていた。裂け目から、何処かの景色が見えた。


「『 爆 力 魔 破 !!!』」


 その時、ピッコロが、巨大な気の塊を放出した。
 考える暇は無かった。桑原は咄嗟にボンチューの躰を掴み、その空間の断裂に飛び込んだ。

 刹那、爆発。大地が揺れ、空に黒煙が膨れ上がった。


 <十壱>


 野に降る雪。流れる鮮血が、雪を紅に染めていた。
 死が、抱き締めてきた。ボンチューはただ、そう感じていた。

 そう、オレはもう死ぬ。
 だが、桑原は生き延びるだろう。それは救いだった。
 あの時、桑原が切り開いた時空の裂け目のお陰で、ここまで離脱できた。

 ボンチューは、仰向けになって空を見ていた。
 また少し、雪が強くなったか。そうだ、もっと降れ。その冷たさが、今は心地良い。

「死ぬな、死ぬなよボンチュー」

 桑原が、顔をくしゃくしゃにして、ボンチューの肩を掴んだ。

「てめーが死んだら、オレはルキアになんて言やいいんだよ」

 そこを突かれると、痛い。マジで。

「なあ、桑原。一つ頼まれてくれねえか」

 ボンチューは、声を絞り出した。
 何だよ。と言って桑原が顔を寄せてくる。
 その時、ボンチューの、黄金聖衣が輝いた。

「おおっ?」
「くっ、くくくっ。それ、お前には似合わねえな」
「う、うるせえっ」

 桑原の全身に輝く、黄金色の光。
 どうやら蟹座の黄金聖衣は、桑原を新しい主と認めたようだ。

 これでいい。ボンチューは、また空を見た。


―――世直しマン。オレ、ヒーローになれなかったよ。


 <十弐>


 それは、奇跡だった。

 なあ、ボンチュー、てめーにも見えるか?

 あー、見えてるよ。

 二人の目には、空から舞い落ちる雪と共に、ゆっくりと降りてくる少女の姿が見えていた。

 仰向けに倒れるボンチューの傍らに、少女がふわりと降り立った。

 少女はボンチューの顔を覗き込み、小さな手を差し出した。

 見詰め合う兄と妹。少女の半透明の躰を、雪がすり抜けていく。

 やがて、メグ、と搾り出す様に言ったボンチューの目から、涙が溢れ出した。それは、とめどなかった。

 少女は微笑んで、泣きじゃくるボンチューの手を取った。

 なあ、教えてくれよ。桑原。

 ボンチューが、掠れた声で言った。

 あ?

 人間て、死んだらどうなるんだよ。

 あ、ああ。霊界っつーのがあってな、死んだらみんなそこへ行くのさ。

 そうか。なら、またいつか、おまえや、あいつらにも、会えるよな。

 桑原は、自分も泣いていた事に気が付いた。

 へっ、どうかな。オレはしぶてェぜ、おい。

 ボンチューが薄らと笑った。

 ボンチューとメグの魂が、空に帰ってゆく。

 桑原は直立し、新しい姿に生まれ変わった霊剣を掲げた。


 ボンチューと、メグ。二人の魂が、いつしか空の彼方に消えてしまっても、

 聖衣と、霊剣は、黄金色の輝きを放ち続けていた。





―――その後、桑原はボンチューの亡骸を埋葬した。
   新たに生まれた霊剣は、『次元刀』と名付ける事にした。


 <終幕>





【山形県・雪原/午前】

【桑原和真@幽遊白書】
 [状態]:全身各所に打撲、戦闘によるダメージ大、重度の疲労、軽度の火傷
     次元刀が覚醒(まだ不安定)
 [装備]:蟹座の黄金聖衣@聖闘士聖矢
 [道具]:荷物一式(水・食料一日分消費)
 [思考]1:悲しみ。
    2:ブチャラティ達との合流。
    3:ブチャラティ、翼のことが気になる。ブチャラティなら翼を護ってくれると思っている。
    4:友情マン達との合流、(友情マンに対し多少の罪悪感)
    5:さらにフレイザード、ピッコロを倒す仲間を集める(飛影を優先)
    6:ゲームの脱出


【秋田県・雪原/午前】

【ピッコロ@DRAGON BALL】
[状態]ほぼ健康、気の消費半分ほど
[道具]荷物一式、前世の実@幽遊白書
[思考]1、不明

【フレイザード@ダイの大冒険】
[状態]疲労・負傷大、氷炎合成技術を実戦経験不足ながらも習得
   核鉄による常時ヒーリング
[装備]霧露乾坤網@封神演義、火竜鏢@封神演義、核鉄LXI@武装練金
   パンツァーファウスト(100mm弾×1)@DRAGON BALL
[道具]荷物一式
[思考]1: 不明

※ボンチューの遺体は埋葬しました。
※ピッコロとフレイザードは、桑原が次元刀で、戦場を離脱するところを見ていました。


【ボンチュー@世紀末リーダー伝たけし! 死亡確認】
【残り40人】

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364:狂殺万華鏡 フレイザード 380:雪の陣~戦塵の彼方~

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最終更新:2024年07月16日 09:17