「北に向かえば街、南に向かえば森。どちらも隠れ蓑には申し分ない」
柱の男たちは非常に特別な種族である。
生物学に通ずる数多の理論は、彼らの前ではお粗末な抽象論と化す。
その証明のアプローチの1つとしてなりうるものは、太陽光への嫌悪。
日の恵みで浄化される吸血鬼を食する柱の男。
彼らの体が、餌の体系と酷似してしまったのは皮肉な話である。
「ちょうど手間が省けたな」
黎明から日の出に近づいている現在。
戦闘に使う道具として用いるために、
ワムウはリサリサの支給品を調べていた。
方針を調査に移すタイミングとしては頃合か。
「まだ2時間以上ある。このワムウ、どちらに向かうべきか」
ワムウは右から左へと視線を流し、笑う。
「――セコイことを言わず、両方を拠点にすればよい。
まずはここから川を渡り南に走って一周する。見合った場所が無ければ北に向かう。さすれば事足りるだろう」
下見というには名ばかりの制圧が始まった。
@ @ @
(……最も、最も難しい関門は"タイミング"だ)
盲目のハンター、
ンドゥールは考える。
ンドゥールと友好を結んだ、と勘違いしている
サンドマンが獲物にかなり接近し始めたからだ。
メートル単位とはいえ正確に刻まれる彼の体内メジャーは今日も万全だ。
その絶大なる目盛りを持つ彼だから可能な作戦――誤解。
サンドマンと獲物が互いを敵と判断し戦闘、そして共倒れ。これが理想な形。
きっかけとして、ンドゥールのスタンド『ゲブ神』が、サンドマンと獲物に合わせて二度襲い掛かる。
サンドマンは獲物が、獲物はサンドマンが襲撃したと思わせるためだ。
(接触されるのは"まだ"いい。しかし会話をさせては駄目だ)
ンドゥールにとって最大のアドバンテージは聴覚。
周りの環境からの反響だけで察せれる、彼のソナーの精度は無二だ。
ただしンドゥールは、数百メートル離れている彼らを音だけで判断しなくてはならない。
"何かをやっている"のがわかっても、"何をやっているか"は詳しくわからない。
もしサンドマンと獲物が、ンドゥールの悪事に気づいてしまったとしたら。
そして筆談、ジェスチャー、あるいはアイサインを始めてしまったら。
目の見えない彼には推測という毒にも薬にもならない伏兵を使う術しかない。
(木の枝を飛び移っているようだが、随分と早い足だ……こちらに考える余裕を与えてくれぬ)
ひらひらと落ちてきた葉をつまんで、鼻から薫りを頂く。
盲目である彼には、耳だけでなく鼻もよく働く。
障害者が健全な感覚器を発達させることはさほど珍しくはない。
木々の優しさを充分に受け取る資格が、森林浴としてリラックスする資格が、彼にはある。
(悪く思うなよ……やれッ! ゲブ神ッ!)
ンドゥールのスタンド、ゲブ神は指示通りにサンドマンを襲う。
ゲブ神は全身が水で構成されているスタンドであり、巨大な手に変身できる。
得意な必殺技は手に変身した状態からの切り裂き攻撃だ。
(地面への着地音を確認……木から落ちたな。悲鳴は無い……良いぞ、怪我はしていないな)
獲物は……足音がサンドマンに向かっている。気づいたな。距離にして……7メートル強……許容範囲!
最大の難関はクリアーした……ゲブ神ッ! 獲物たちにも襲撃をするんだッ!)
ンドゥールの難題は『ゲブ神にサンドマンの体スレスレを思いっきり引っ掻かせる』ことだった。
サンドマンが面食らって、獲物に存在を知らせるような(地面に着地して音を出すといった)ヘマをさせるためだ。
とどのつまり空振りである。しかし侮ることなかれ。
馬に匹敵するスピードを持つ人間を、驚かせて特定の位置で止まらせる。
考慮すべき物理学的計算は一般人であるンドゥールにとって厄介以外の何物でもない。
サンドマンが600メートルをあっという間に走りきる故に、時間も限られていたのだから。
(獲物とサンドマンは……近づかないッ! 音の周波数から会話も始めていないッ!
この距離ならばお互いを認識可能。だが様子を見ている……警戒しているな)
獲物とサンドマンを緊張状態に持っていったンドゥールは、思考を張り巡らす。
狙いは『このまま彼らが敵対意識を持ったまま別れる』ことだ。
せっかく蒔いた疑心の種を、ここで完結させるのは愚考なのだ。
仮にサンドマンと獲物がこのまま戦闘に入り勝敗がついたとしよう。
……最低でもあと40回以上もこんなことを繰り返すというのか。
サンドマンはサンドマンの仲間に、獲物は獲物の仲間に『奴は危険だ』と吹聴させたほうがずっと良い。
サンドマンの仲間と獲物の仲間が対峙する可能性だって生まれてくる。
生憎サンドマンには仲間はいないが、そこは問題ない。
ンドゥールは、サンドマンとつい今しがた知りあった仲間と、名乗れるからだ。
彼が"サンドマンは信用できる"と周りに知らせるだけで、獲物側の立場は危うくなるだろう。
噂が噂を呼び、真相を知る者は限りなく減る。
とにかく疑心の種を周囲に蒔く。それが彼の狙いだった。
(さてゲブ神、ここから第二関門だ……ム? )
彼の狙いは、それだけだった。
(右斜め後方より音を察知……だがこれは!? 馬? 車? 飛行機?
速い――速すぎて正確にサーチできない! "コレ"は人の足音なのか!?)
この世で最もおそろしいものは、『思い込み』である。
世に言う熟練者が失態を繰り返すのは、この先入観や経験が時として足枷となるからだ。
ンドゥールの先入観は『サンドマンより速い走る人など滅多にいない』。
ンドゥールの経験は『自分と同等に耳のいい人間に出会ったことがない』。
(なん…だと…! こちらの位置を察したのか!? 真っ直ぐ向かってくる!
しかし俺のような探知能力に長けた人間が2人も!?
このスピードでは、俺がサンドマンたちを襲う前に、俺がやられてしまう!!
そいつが敵だったとしたら……俺は悠長にスタンドを手放している場合じゃあない)
彼がこの後、どうやってサンドマンたちを別れさせようと考えていたのか。
彼がこの後、どこへ向かおうとしていたか。
(クソ……サンドマンたちの妨害をしている余裕が無くなってしまった。逃げられない)
それは、もはやどうでもいいことだ。
@ @ @
障害者用に持っていた杖が、腹部に刺し貫かれている。
出血は酷く、まともに歩けるほど精気は残されていない。
一瞬だった。
ンドゥールの認識も遅くはなかったが、相手はその上だった。
彼はその圧倒的戦力差に成す術もなく敗れたのだ。
「このワムウに、恐怖することなく仕留めにくるとは……愚か、愚かよ」
ンドゥールの最大の弱点は、スタンドが近距離パワー型じゃあない点だ。
相手の位置がどんなに遠距離からわかっていても、すぐそばに近づかれては意味がない。
だからこそ彼は確実に少ない手数で相手を殺すために、常に集中力を全開にしてスタンドを操っていた。
「世の生物は決して恐怖を忘れない……恐怖こそが自己の生存に繋がる。
貴様ら人間は何度制裁を与えられようとも、同じ過ちを止めようとしない」
ワムウとの距離がわずか1メートルになった時も、ンドゥールは諦めていなかった。
向かって槍のように尖ったゲブ神で、ワムウの上半身をブチ破ろうとタイミングを伺っていた。
だが、ンドゥールのスタンドは水のスタンド。
ゲブ神が炎を受ければ、本体も火傷を起こす。
ゲブ神が高熱を浴びれば、本体の体も細胞が破壊される。
ゲブ神がワムウの神砂嵐――超高速回転する腕と衝突すれば、その摩擦熱で蒸発し、本体もダメージを受ける。
「『スタンド使い』といえど、ただの人間ごときが……このワムウに。
こ・の・ワムウにッ! 真剣勝負でかなうと思ったのかッ!? 」
奇襲は、ワムウに読まれていた。
敗北したンドゥールには、これ以上の抵抗は思いつかなかった。
その行為は無駄ではなかった。首元を露にしたワムウの体が、それを物語る。
ワムウが身に着けていたマント状のマフラーは、ゲブ神によってズタズタに切り裂れていた。
それは
ストレイツォ特製のマフラーとはいえ、材料は虫の腸を乾燥させて編んだもの。糸ではない。
細切れになったマフラーは神砂嵐に巻き込まれ、ゲブ神の水分を受けて完全に使い物にならなくなっていた。
(一手、早かった)
柱の男が、吸血鬼の天敵であるという事実をワムウ自身から聞かされていた。
このままでは自分の主人の安全が崩れ去ることはわかっていたのだ。
だがそれだけ柱の男は強大だったのだ。
ンドゥールはさっき別れた知人のことを惜しんだ。
もし、サンドマンがもう少しこの場にいたら。
彼をこの場に引き止めていたら。
せめて、彼と共に柱の男に対応できたのかもしれない。
柱の男の存在を周りに知らしめるよう、彼に依頼できたかもしれない。
(しかし……これ以上惜しむのは……失礼……)
だがンドゥールは、サンドマンを騙したことまでは、後悔しないように努めていた。
それは自らの意思ではっきりと道を選んだ過去に対する侮辱になってしまう。
(運命への……かつての自分への冒涜は許されない……)
常に誇り高く。
彼には彼なりの美学がある。
@ @ @
「お前さんは、かつて死んだことがあるのか? 」
硬直から時間にして20分近くたったころであろうか。
ンドゥールが設けた修羅場の中で、最初に意を決したのはツェペリだった。
ンドゥールの獲物(正確には獲物は2人あったッ!のだが)である、
ウィル・A・ツェペリ。
彼の狙いはサンドマンとの和解であった。
断っておくが、ツェペリはンドゥールの謀に全く気づいていない。
彼は飲料水に波紋を流して、常に周囲を警戒していたというのに。
「この世界には、一度死んだ後に、荒木によって屍生人として復活させられた者がおる」
ある意味しょうがないことなのだ。
ツェペリの波紋による探知は、ンドゥールとは違い『周囲の気配を読める』レベルに留まる。
何かが襲い掛かってきたことに反応できても、それが液体と予想するのは無理な話。
もちろん『数百メートル離れた場所から音を探知できるスタンド使いがいる』という発想にも至らない。
彼に残された思考は『予め気配を探知できていた目の前の男(サンドマン)に、自分たちは襲われたのか? 』のみ。
「無駄な争いはしたくない。君に心当たりがあるのなら、真の敵は人の命を弄ぶ荒木だろう。
ワシはウィル・A・ツェペリ。"ツェペリ"でいいぞ。こっちは"コーイチ・ヒロセ"君じゃ」
ツェペリはいつも通りに正義を振りかざしているが、それは彼の悪運と言えよう。
ンドゥールが何者かの接近のせいで、横槍を入れられない"偶然"の奇跡。
元々どちらも荒木打倒に燃える者同士。
3人が落ち着いて語り合えば、同盟を結ぶことに障害が起きることは有り得ないのだ。
「君の名前を聞かせて――」
ただ、その"偶然"は誰が起こした者だったのか。
ンドゥールの聴覚を惑わせた張本人は誰だったのか。
人よりも速く走れる生物とは何だったか。
ツェペリも
広瀬康一もサンドマンもンドゥールも知らない第四者。
我々は勿論知っている。その男の名を知っている。
「――風の流法(モード)」
四肢の一切を竜巻く空気の刃の舞。
間接を外した右腕と左腕を高速で捻ることで、腕の間に生じる急激な風。
その風が特定の範囲の空気を追い出しながら、真空――かまいたちを幾重にも疾させる。
これぞまさしく"逆境に吹く風"と書いて、逆風である。
「『神砂嵐』ッ! 」
強烈な闘技に、三者三様の反応が絡まりあう。
一人は即座に後方へ飛び、葉室の囲いに身を落としての『逃げ』。
一人は守護霊を呼び、魔法の呪文を唱える『咄嗟の判断』。
そして最後の一人は不適な笑みを浮かべての『余裕』。
余談だが、自然界のギャラリーたちは物も言わず死んだ。
とり壊される大型居住宅のように、天然の瓦礫と化した。
「……しくじったか」
襲撃者は注意深く少年を見やる。
未知との遭遇による興奮のせいか、彼の言葉遣いにはいつもより上ずっているようだった。
「――エコーズACT2ッ! 」
ひしめき合いながら次々と倒れてゆく大木を横目に、広瀬康一はスタンドを召還した。
割って入った小さな嵐。その嵐を発せし者。
身に着けている衣服はほとんどなく、靴すら履いていない。
目に付くには下腹部の布当てと、頭部にある不可思議な装飾物と髪型。
(何ということだッ! あいつらは最初から2人がかりで僕たちを殺そうと……)
勘違い。
ワムウとサンドマンが同じ立場の者であるという誤解。
広瀬康一はンドゥールの罠に嵌りかけていた。
もしサンドマンがその場で釈明すれば――いや、彼が人間であることを証明すれば、全ては丸く収まった。
しかし彼は不在。
"自分を襲撃した者はコーイチ・ヒロセたちか、嵐を生み出した巨漢の男のどっちだ?"という発起。
"どちらにも少し探りをいれたいが、両方とも自分の敵になるかもしれない"という懸念。
"そもそもンドゥールは巨漢と接触せずにすんだのか、いささか心配だ"という摩り替え。
"ンドゥールの言っていた実力者は、おそらくツェペリと名乗った男の事だろう。賢明なんだろうな"という妥協。
"まぁ、自分が無理にしゃしゃり出る必要はないだろう"という結論。
サンドマンは彼なりに最善手を考え、撤退を選んだのだ。
「やれッ! 『エコーズ』ッ! 」
「そんな貧弱な虫けらに何が……NUGAAAAAAAAAAAAAA……これはッ!? 」
サンドマンの行動は結果的に正しかった。
広瀬康一という同じタイプのスタンド使いと戦えば消耗戦は避けられない。
そんな片手間で、問答無用に挑んでくるワムウを相手にするのは至難の技だろう。
「砕けた木屑に"ピカァァァ"の文字を貼り付けて、あなたに投げつけた。
直射日光を間近で受けたら眩しいでしょうね……この夜じゃあ、たまったもんじゃない」
「ぐぐ……このワムウにペテンをかけおってからにッ! 」
「エコーズACT3ッ! 手を休めるなああーッ!! 」
そのワムウも勘違いしているのだから、どうしようもない。
ツェペリの紹介を一言一句逃さず聞いた彼の頭は、『コーイチ・ヒロセも波紋戦士だ』と受け取ってしまったのだ。
康一もワムウも誤解しているのに、双方に思い当たる人物がいるので会話が通ってしまう不思議。
彼らの想像の中で真実はただひとつ。相手は危険=敵。
『5以内メートルに到達。ACT3FREEZE!をブチこみました。しかし両腕が限界……』
(わかってる。これ以上懐に入ったら危険だった。体の大きさといい、さっきの嵐といい、こいつはスケールがビッグだ)
「重いッ! これも波紋の力だというのか。いや、それともッ……!? 」
広瀬康一の『エコーズACT2』音を文字として具現化し、触れた者に音と同じ効果を与えるスタンド。
『ドヒゥウ』の文字を触った物は突風を浴び、『ドジュウ』の文字に触れれば火傷を負う。
広瀬康一の『エコーズACT3』は相手を重くするスタンド。
射程距離は5メートルだが、康一との距離が近くなれば比例して相手にかかる重力は大きくなる。
とはいえ康一は、絶対的な優位に立ったと信じ込まない。
「お前たちは正気なのかッ!? 僕たちを殺すなら、荒木の言いなりになるってことだぞッ! 」
「貴様ら波紋使いがこの世にいる限り、我々柱の男と戦う運命は変わらん! 」
彼が危惧しているのは、ワムウのスタンド能力。
康一はワムウがスタンド使いではないことを知らないゆえに、5メートル以内に進めない。
神砂嵐の発生条件が読めないだけに、迂闊に近づけば殺されてしまう。
(話を聞いてくれそうな気配はない……)
康一は最大の勝機を手放していた。
神砂嵐の発生にはワムウの両腕による高速回転の使用を伴う。
ゆえに両腕にACT3FREEZEを掛けられている彼が、容易に神砂嵐を出すのは難しいのだ。
だがワムウの神砂嵐の強力さが、彼の足を鈍らす。
相変わらず毅然と殺意を放ち、重みに耐えながらも、少しづつ近づいてくる敵。
何を賢明とするかを康一に尋ねるのはあまりにも、不憫だ。
「――康一くん、待たせた」
キリキリと左肩を回しながら帽子を被り直すウィル・A・ツェペリに、康一は顔を綻ばせる。
彼が不安としていたことは、神砂嵐を回避したときにあった。
「波紋をなめたらイカンよぉ」
サンドマンと対面したとき、ツェペリの波紋による探知は、ワムウをも見透かしていたのだ。
ゆえに彼は康一に密かに合図を送り、緊急の危機に備えていた。
康一がとった行動は、『ドヒュウ』という突風の音をエコーズACT2に地面へ付着させる作戦。
敵が奇襲をすれば、ツェペリが康一を抱えて『ドヒュウ』の文字を踏む。
ツェペリたちは立ったままの姿勢で長距離のジャンプが可能。
「すみません。僕の体はもう怪我をしても大丈夫なハズなのに」
「なーに、ちと時間はかかったが、骨折や打撲なんぞパウッといじればスグ治るわい」
ただ、ワムウが果樹園の木々ごと吹き飛ばすとは予測できなかった。
つまりツェペリには矢のように吹き飛ぶ沢山の枝が、彼の体に突き刺さってしまった。
康一はそんなツェペリの好意に報いるため、時間稼ぎを買って出たのだ。
「どうしましょうツェペリさん」
「2、3、質問してみようじゃないの」
ツェペリはおどけて見せるが、康一の心中はおだやかではない。
ワムウの奇襲を読んでいたからこそ、全てが旨く進んだのだから。
「お主、ワシらと手を組む気はないかのう?
荒木打倒までの一時的な協力でもよい。とにかく、無益な争いは避けたいのじゃよ」
「な、な、何を言ってるだぁーっ! ツェッペリンさん!? 」
「そんな連れない顔をするなコーイチ君。いや、割と本気じゃよ。
のぅワムウとやら。こちらのコーイチ・ヒロセ君はな、屍生人でありながら、荒木を倒そうと意気込んでおるぞ」
ツェペリのカミングアウトに、ワムウの目が大きく見開いた。
「どうやら思い当たるフシがあるようじゃな。ワシもかなり驚いたが、事実だ。
真に奇妙な運命だとは思わないか? 波紋使いと屍生人は犬猿の仲だったはずなのに。
思い知らされたわい。本当の敵を倒すためなら、立場の違いに拘っている場合じゃあないと」
ぽかんと口を開ける康一にツェペリはニヤッと白い歯を見せる。
それだけ彼は広瀬康一を買っていたのだ。
屍生人という正体が波紋使いにバレても、逃げるどころか共闘を持ちかけた戦士に。
かつての自分の思想に"待った"をかけた紳士に。
そして話し方や態度では感じ取れない彼の頼もしさを、ツェペリは感じていた。
「なぜお前が波紋使いを憎むのかはわからんが、イザコザは後回しにしても悪くないと思うが……」
だがツェペリは勘違いをしていた。
ワムウは人間でも吸血鬼でもなく屍生人でもない。
それら全てを餌としか考えていない存在であることを。
「……"アイツ"と同じ性ゆえに、どれほどの男かと思えば――失望したぞッ!! 」
そしてワムウは、分別のつかない一方的な憎しみで動く戦闘狂ではなく、強者を絶対の真理とする闘士。
彼は拳を交えた『先』でしか語れぬ男。
かつて倒した波紋戦士、
シーザー・アントニオ・ツェペリを称えたように。
身を削りながらも殺し合った男を、純粋に友として尊敬したように……。
ワムウの心意気は、和平という枠には収まらない!
「SYYYYYYYHHHHHHHHHHHHHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!! 」
彼は――
「こんな両腕などいらぬッ!! 」
だらりとぶら下っていた両腕を両足で挟み、上半身を起こすことで引きちぎったのだ!!
当然、肉体から解放された両腕は地面にめり込んだのでワムウは自由の身となる。
「じ、自分の両腕を……」
「な、なんと器用なッ!! 」
だが彼の奇抜な行動は終わらない。
康一たちの驚嘆を無視してディバッグを地面に落とす。
間髪いれずに開いたディバッグ口に顔を突っ込み、力の限り首を跳ね上げた。
そこから飛び出したものは、大きく開いた一枚の包み紙。それはリサリサに支給されていたエニグマの紙だった。
紙の中身は、野太い鳴き声をあげるストックホース『ヴァルキリー』。ジャイロ・ツェペリの愛馬だった
「なまじ自分の技に自信を持っていたゆえ……長所を仕留められるという失態。
これは私自身への戒めだ……獣の姿に……敢えて身を落とす。この屈辱と暴挙をバネにッ! 」
ワムウはヴァルキリーに飛び乗り、深い呼吸と共に関節を鳴らし始める。
するとどうだろうか。彼の両足がズルズルと腹、胸、肩と滑り、腕の付け根に到達したではないか。
そして両足の無くなったワムウの胴体はヴァルキリーの背中の鞍に入り込む。
そのグロテクスさは、まるで2つの頭をケンタウロスのようだ。
「何だアァァァァーーッ!? 馬の内部に入り込んだぞッ! 」
「いかん! 早くスタンドを解除するんじゃコーイチ――」
「"新生"・神砂嵐ッッッ!! 」
ワムウが風を再び巻き起こす。
彼の胸元で下腹部についていた両足が、いつの間にか両腕の代わりを勤めていた。
自分の体を自由に変形できる彼だからこそのセンス。他の生物に潜り込める彼だからからこその発想。
嵐は人間と果樹園をまとめて吹き飛ばした。
@ @ @
水平線から見える白の侵食は、日の出の時間が迫っていることをさしていた。
ワムウは神砂嵐の被害を受けなかった樹木の下で、東を睨む。
地に伏した樹木を跨ぎながら、ゆっくりとツェペリが向かっていた。
「コーイチ君は屍生人だった。愛と勇気と希望に満ち溢れる……立派な屍生人だった! 」
康一を讃えるツェペリの雄叫びが、合図となった。
巨木が倒壊したことで開かれた野道。その一直線上に相対する戦士たち。
馬と一体化しながら嘶く怪物と、血まみれの肉塊を抱えて歩く超人。
両者は大きく空へジャンプし、空中で対峙する。
「"新生"神砂嵐ッ! 」
先手を取ったのはワムウ。
ツェペリのズームパンチが胸元を貫く前に、神砂嵐は遥か高く上空へ吹き飛ばす。
木々の高さを超えて舞ったツェペリの体は、追撃を狙う上では格好の的になる。
「まだワシは死んでおらんぞーッ!! ぶっ潰れろおーい!! 」
そのワムウの先入観を砕いたのは、ツェペリの思わぬ反撃だった。
突如現れた巨大な氷の塊。南極から取り出されたこの聖なる氷は、スティールボールランレースの賞品。
ツェペリに支給された健闘と前進のシンボルが、ワムウを押し潰そうと落下してくる。
「知っていたぞ! あえて騙されてやったのだ! 貴様が空に飛ばされたのは俺の神砂嵐ではないッ!
俺の体にくっついているこのふざけた"ボヨヨン"の文字に触れたからだッ! 」
ワムウは地上のとある木陰に隠れていた広瀬康一を見る。
ツェペリと同じく、血まみれになりながら見上げる康一は絶望していた。
風の流れを感知できる彼にとって、だまし討ちなど無理な話である。
「この氷も"重くなっている"だろうッ!? この程度で俺がしてやられるとでも思ったかッ!
甘い……甘い甘い甘い甘い!! 貴様ら人間の常識に柱の男が当てはまるわけがなかろうッ!! 」
「――それは良い事を聞いた」
「何ッ!?」
「じゃあ、"してやられて"もらおうかのうッ!! 」
渾身の力でのけぞるツェペリが、大掛かりな備品を取り出す。
それは広瀬康一の支給品、紫外線照射装置。柱の男にとっては究極の天敵だ。
ツェペリは――ワムウがACT2の『ピカァァ』の文字を食らった反応を覚えていた。
体がブスブスと炎症を起こし、ワムウの異様なまでの狼狽。
ツェペリの計画は目くらまし+氷の圧殺を狙ったものだったが、一握の希望を持っていた。
ワムウが太陽光で浄化されて焦げ付くのも、彼は考えていたのだ。
「SYAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!! 」
「散乱していた光は巨大な氷を通ることで屈折し、強めあうッ!! 直接照射された光なら尚のことッ!!
まるで虫眼鏡のレンズが太陽光を集めて紙を焦がすようにッ!! この氷は太陽のように熱視線を送るッ!! 」
サンタナのように体が硬化しながらも、ワムウは神砂嵐の構えを取ることができなかった。
巨大な氷もろともツェペリを完膚なきままに滅そうと、息巻く余裕はなかったのだ。
夜明け前に降り注ぐ自然の恵みは、予想だにしない衝撃を彼に与えていた。
(甘かった……なまじ目が見えたから、奴に虚をつかれたのだ)
ワムウは、腕だけに留まらず肉体に別れを告げた。
両目を潰すスウィッチングバック。
ワムウ流ショック療法がバトルロワイアル一日目にして、早くもここで登場した。
(これからは、この角で明かりなくして『風』だけを感じてものを見よう)
ワムウはヴァルキリーの体に完全に入り込んだ。
ツェペリも康一も、ワムウの対応はある意味予定通りだった。
「えッ!?」
「油断してはいかんぞ康一くんッ!」
しかしワムウは馬から出ることなく、そのまま馬ごと氷塊に潰されてしまった。
呆然とする康一にツェペリが激を飛ばして着地する。
あ、と我に返った康一はツェペリのもうひとつの支給品である火炎放射器を氷塊にあてた。
「このまま逃げるような輩とは思えん。あれは本物の格闘バカじゃて。
奴は日の光を嫌う……もし生きていたならば、奴は絶対に日の出前に勝敗を決してくるはず」
紫外線照射装置のスイッチを切りながら、ツェペリは慎重に周囲を見渡す。
いつでも周りに波紋を流せるように、康一に氷塊を溶かすことによって、地面を濡らす配慮をしている。
南極の氷といえど、温暖な土地に引っ張り出して十分な熱を加え続ければ溶けるのだ。
このまま氷塊が全て溶ければ、半径数メートルはすっかり水浸しになるだろう。
波紋使いを知っていた者なら、その手ごわさに、まず身動きがとれなくなるだろう。
「奴は馬の体内に潜ることが可能じゃ。ひょっとしたらあらゆる物に潜れるやもしれん。
氷に潰される前に馬から地面に移った可能性は十分に考えられる……地面が濡れれば出てこれまい」
「……ツェペリさん。僕は、あなたにあえて本当によかった。あなたからは学ぶことが一杯ありました」
「なんじゃい突然」
「この戦いが終わったら、みんなに――」
「おっと、その台詞は全部終わってからじゃ」
ツェペリは笑顔で答えながらも、ゆっくりと波紋の呼吸をして自身の体を癒す。
屍生人である康一とは違い、生身の人間が足を引っ張るわけにはいかない。
倒れた木々たちの葉っぱがツェペリの波紋に引き寄せられていく。
磁気を利用した波紋によって、かき集められた波紋の鎧は葉っぱといえど効果はある。
(日の光を苦手とするようじゃが、吸血鬼ではない……難儀じゃの。さて、)
スカッ
(どうで――る? )
ツェペリは足元にポトリと落ちた物に目を取られた。
まるで鋭利なギロチンに斬られたような、パックリと割れた自分の帽子であった。
「康一くんッ!! 伏せ……うおッ! 」
その正体に感づき、ツェペリが声を出す頃には、全てはあまりにも遅すぎた。
空気、氷塊、葉っぱの鎧、まだ倒れぬ木々が、スッパリと横一文字に離されていた。
次元を切り裂いたかのような現象に、被災者は無残に倒れるしかなかった。
「炎のそばゆえ……おおよその位置しかわからぬが、狙いは間違っていないな。
氷の奇襲のカリはこれで返したぞ。敵に楽させる趣味はない。貴様らが完全に動けなくなるまで徹底的に続けよう」
急襲の慌てふためく康一からわずか数メートル。
ワムウは全身から空気を吸い込みながら、座っていた。
ワムウの奥の手は、風の最終流法『渾楔颯』。
体の管から取り込んだ空気を圧縮させてカミソリのように狭いすき間から噴出す『烈風のメス』。
ワムウ自身も圧縮による摩擦や熱で体が崩れてしまう自爆技。
「なぁ! ツェペリィィィィィィィィィIIIIIIIIIIIIIIIII!! 」
「ワアアアアアアアアアムゥウゥゥゥううううううううう!! 」
ワムウの角は風の流れを探知する。前方から凄いスピードで飛んでくるウィル・A・ツェペリだ。
ワムウはそこから一歩も動かず、いつの間にか拾っていた両腕を胸部から打ち出して迎え撃つ。
ツェペリも負け時と渾楔颯を正面に浴びながら、ワムウの両腕を交わして――真っ直ぐに突っ込んだ。
決着は互角。渾楔颯で敵を
両者の体は見るも無残に崩れ、爆散した。
@ @ @
「お主は確かに強かった……しかしワシには康一君という仲間がいたんじゃ」
体を真っ二つにされたツェペリは、溶けゆく氷塊の傍で倒れている、頭部が横に真っ二つになった康一の死体を見る。
同じく傍で倒れていた火炎放射器の炎が、地面と康一の体に燃え移っている。屍生人といえど助からないだろう。
「この勝負、勝者は俺でも貴様でもない。勝ったのは貴様とあの屍生人の絆だ」
渾楔颯の襲撃に最初に気づいたのは、ツェペリではなく康一だった。
射程距離半径50メートルのエコーズACT1による探知が、それは可能にさせた。
ツェペリが声をかける直前に康一がとった行動は、ツェペリの体をACT2の『ドヒュウ』の文字で飛ばすこと。
ワムウの体から見えたかまいたちのような風圧に危険を感じていた、康一の精一杯の抵抗だった。
「先に……言われてしまったのう……ハッハッハ……」
結果、不運にもツェペリはワムウのいる方向へ飛ばされてしまった。
康一は慌ててワムウの体にボヨヨンの文字を貼ったが、その時にはもう頭部を渾楔颯に破壊されていた。
しかし……この風がツェペリに味方した。
飛ばされるツェペリの体から生まれる微妙な気流が、ワムウの風のセンサーを惑わせたのだ。
その僅かなスキと迷いが、ツェペリがワムウの体に波紋疾走を叩き込む時間を与えた。
「だが悔いはない。真剣勝負の果てに死ねるのなら本望! ……もうすぐやってくる日の光は罰と受け取ろう」
ワムウとツェペリの死闘はわずか十数分を待たずに決した。
実力が拮抗した達人たちの命のやりとりが、あっけなく終わる。
互いが良しとするプライドをぶつけ合う、拳と拳の対話は、相手を感嘆させるほど尊かった。
「――首を突っ込むつもりはなかった」
そして……その美学に引きよせられたのか。
「友の安全を確認したら、さっさと逃げるつもりだった……巻き添えはごめんだからな」
誇り高き戦士が、またひとり。
「我がスタンド、イン・ア・サイレントウェイも音を操る」
サンドマンは木を駆け上がり、沢山の音のオブジェをワムウの頭上に降らせた。
目視という尺度では測れないほど、目にも写しきれぬほどの量。
衝撃音、粉砕音、切削音、掘削音、燃焼音、破壊音。
波紋で傷ついていたワムウの体が粉々になりながら塵と化し消えていく。
人類を超えた存在――柱の男。その一角が遂に落ちたのだ。
「まさか……こんなことが……なぜ……そ……んなバカな………………………」
「卑怯と言われる筋合いはない。お前は"ただの人間だった"盲目の友を殺した」
ワムウと達の衝突から逃げた彼を待ち受けていたのは、非スタンド使いと勘違されたままのンドゥールの亡骸。
墓標のように倒れていた木々に、サンドマンは見覚えがあった。
とびっきりの葬送曲を引き連れて、サンドマンは復讐を選んだのだ。
ンドゥールのため。自分と同じく音を奏でる少年のため。誇り高き男のため。
闇雲に挑むのではなく、確実な死を与えるために。
「待ってくれないか、青年」
残されたツェペリが、最後の力を振り絞って体を起こす。
「お前さんは、根っからの悪人じゃあない……それだけはわかるんじゃ」
「勘違いするな。俺は囮になってくれた分の貸しを返しただけだ」
「伝、えて、くれ。荒木、打倒、の、意志を………………」
ツェペリがサンドマンに託し事切れたとき、太陽は顔を出し始めていた。
サンドマンは海からやってくる暖かな風に背を向ける。
誇り高き者どもが夢の跡。この調べは何よりも重い知らせ。
人はいずれ死ぬ。どんなに優れた雄であろうとも。
「さあ? 音は風より速いからな……スピードも……気が変わるのも……」
音を奏でるはサンドマン。まだ見ぬ世界へ全力で翔け出す。
【I-7 中央部(果樹園跡)/一日目 早朝】
【サンドマン】
【時間軸】:ジョニィの鉄球が直撃した瞬間
【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:不明支給品1~3(本人確認済み) 、紫外線照射装置
基本支給品×2、
【思考・状況】 基本行動方針:元の世界に帰る
1.街の探索再開。
2.荒木は信頼できるのか? ツェペリの『荒木は死者を復活させて命を弄ぶ』論に少し興味。
3.名簿にあるツェペリ、ジョースター、ブランドーの名前に僅かながら興味
4.ツェペリ、広瀬康一、ンドゥールの知る誰かに興味。探してみたい。
【備考】
※7部のレース参加者の顔は把握しています。
※スカーレットが大統領夫人だと知っています。
※ンドゥールに奇妙な友情を感じています。 康一、ツェペリにも近い感情を持っています。
※康一、ツェペリ、ヴァルキリーの死骸はI-7中央部の果樹園跡(ワムウは消滅)。
※聴覚補助に用いる杖が突き刺さった、ンドゥールの死体はI-7 リンゴォの果樹園北部。
※チーム・ザ・ウェーブの遺志はまだ生きている?
※ツェペリの支給品は火炎放射器と聖氷(SBRコミックス1巻)でした。
※リサリサの支給品はワムウVSツェペリ戦で爆散。ワムウの所持品と一緒に消滅しました。
※果樹園はほぼ壊滅。火事がまだ収まっていませんが、遠くからは見えないでしょう。
【ンドゥール 死亡】
【広瀬康一 死亡】
【ワムウ 死亡】
【ウィル・A・ツェペリ 死亡】
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最終更新:2009年09月14日 16:27