<吉良吉影は静かに暮らしたい>

階下から聞こえた物音に作業の手を止める。
何事だ、と耳を澄ませたところどうやら一階にて別行動をしている男が何かを見つけたのか、それ以上の音は聞こえてこなかった。
本日何度目かわからない深いため息をつき、彼は『馬鹿馬鹿しい』と投げ出したくなるのをグッとこらえなんともなしに時計に目をやった。
長針は九の数字を通り越し、対角にある相方の短針も四に近づきつつあるのが見える。
もはやのんびり過ごす時間もない。そう暇つぶしのように時間を費やすわけにはいかないだろう。
こんな時間に起きている、成人男性にしては珍しいほどの早寝に執着する男はそのことに違和感を覚えつつも、今の自分の泥棒じみた行動を思えば、と自嘲気味な笑みを浮かべた。

ベットの下を覗き込む。
奥に光るのはなんだろうか。硬貨か、はたまたただのボタンか、それ以外か。
スーツを埃まみれまでにして取るようなものなのだろうか。ナンセンスだ、そう呟き這い蹲ると言う選択肢を切って捨てる。
代わりといってはなんだが、近くにある本棚に手を伸ばす。見事に空っぽであるが、その下にある戸棚の中身はどうであるか。
両開きの扉をゆっくりと開き、中身を確認する。
予想していたとはいえ、ここまで何もないと落胆すると言うもの。なにもない狭く浅い暗闇が男、吉良吉影を見返していた。
その下の戸棚も。横の開きも。奥の小物入れも。

舌打ちをした後、一晩中動き続けて疲れがたまった体をほぐすように伸びをする。肺の空気をゆっくりと吐き、深呼吸を繰りかえす。
イライラの蓄積を本人も自覚している。無駄な心労が彼の最も望む平穏な生活とかけ離れていることはそれを忌み嫌うことからもわかるだろう。
探索を終えた部屋から出ようとする吉良はもう一人に何か文句でも言われるだろうと、覚悟しながらも数少ない自らの戦利品をデイバッグの中で整理していた。

だが、ふと目に入った未確認の段ボール箱。あたかも見てくれ、とふんぞり返ってるそれは明らかに怪しい。
というかあの荒木がわざと置いたとしか思えない。
自信分身であるキラークイーンを傍に出現させ、そろそろと近づいていく。
見た目は何の変哲もないダンボールであった。しかしこの世界で視覚一本に頼るほど愚かなことはないだろう。
万が一に備えなる吉良。少し自暴自棄気味になりながらも決心したようにその箱を、思い切りよく開いた。

コロコロと軽い音を立て転がるボールペンが一本。
なぜか彼の脳裏に浮かんだ荒木飛呂彦はしたり顔で、腹を抱えて吉良を馬鹿にしていた。騙されただろうと、いたずら小僧のような無邪気な表情と共に。
数秒の沈黙。
男がボールペンをまじまじと見つめるその光景は確かに滑稽であった。

吉良は青筋を立て、堪えることなく振り上げた腕をそのまま下ろし、数秒後手近なところにあった人形がその愛らしい顔を無残なものとした。



   ◆



リビングの机の上に並べられた戦利品をじっくりと見る。
折り畳み傘、ボールペンが三本、クリップが二つ。マグカップに紅茶パックが半ダース、手に収まるサイズの手鏡が二つ。
チラッと承太郎の非難めいた視線を吉良は受け、芝居がかったようにお手上げだと言いたいのか、肩をすくめた。

大の男二人が夜中に赤の他人の家に入り、物色。その結果がこうであってはやれやれと呟きたくなるのも致し方ないことだろう。
微かに落胆しつつも、承太郎はきっちりと吉良の持ってきたものに触れることなく自分が持ってきたものだけをデイバッグに詰めた。
デイバッグの中身を綺麗に整理する。
言葉を発するわけでもなく、その足取りを玄関へと向け出発の意思を示す。
それを見た吉良も動かないわけにはいかなく、のろのろと自らが持ってきたボールペンが三本と紅茶セットを詰め込んだ。

廊下にコツンコツンと革靴が音を奏でる。出てきたリビングの時計が伴奏するかのようにチクタクと秒針を走らせた。
玄関のドア、それのガラス越しに人影がないことを確認しようと覗き込む。
道路まで目を走らせ、とりあえずの安全を確かめる。
そうして彼は混沌と殺戮の待つ世界へと踏み出そうとドアノブに手をかけた。
未だ廊下にパタリパタリと響くその足音を耳にし、そのまま振り掛けることなく声を荒げるわけでもなく呟くように言った後に。

「時間を稼ごうって思ってるならもっとうまくやりな…。平穏な生活を望むのはお前の勝手だが俺は我慢強いほうではないぜ………」

「私とて、こんなオンボロな家で朝を迎えようとほ思っていない。
他人のあら捜しをしている暇があったらもっと視野を広くしたらどうだ?リビングの椅子は引きっぱなし、カーテンは止めないままだらしなく垂れ下がってる。
おまけに土足で家に入った、その行動で廊下は泥だらけ。これではみすみす後から入ってきた参加者に『ここに人がいました』と主張しているようなものだぞ…」

低く、それでいてどこか皮肉めいた調子の声。ドアノブを握ったままの彼の鋭い視線はその声の持ち主の姿を睨む。
廊下の窓から入り込む灯りがスポットライトのようにどこか劇画的に男を照らし、吉良吉影は壁に背を持たれかけひとつの彫像かのような形を取っていた。
沈黙で答えること十数秒、やれやれと本日何度目かわからない口癖を呟く。
有無を言わせぬという強制を含むわけではなく、相手を小馬鹿にしたような承太郎、彼らしからぬ口調で言葉を返す。

「いいか、吉良吉影。俺が言いたいことはもう既に言ってある。
一度でいいことを二度言わなけりゃいけないってのは、そいつが頭が悪いってことだからだ…。
今、お前の殺人鬼であるという証拠が入った携帯を持ってるのは誰だ?俺だ。
今、脅されて、脅してるのは誰だ?俺だ。
お前の首根っこを掴んでるのは誰だ?俺だ
勘違いするな…、そして三度目はないぜ…吉良吉影。正体をばらされたくないようだったら俺についてこい。いいな…」
それっきり一度として後ろを見ることもなく、承太郎は闇へと溶けていった。

後には能面のような表情をした男がひとり残され。身を守るように組まれていた腕が解け。彫像のような壁にもたれていたその優雅な姿勢は崩され。
先を行った男が道路にて改めて現在位置を確認していたとき、背後の家から何かを叩きつけるような音と共に家が揺れ、小汚い悪態が辺りに響いた。



   ◇   ◆   ◇   

<山岸由花子は恋をする>



視線の先には老婆がいた。
月が空を半分ほど横切るその間、濃霧にゆらりと揺れる影を由花子は追い続けていた。
疲労から息は乱れ、彼女の額には汗が浮かんでいた。
老婆も同様であった。同じく疲労からか、休息をとるように年相応のどっこいしょ、という掛け声を一人吐き、やれ腰が痛いだやらなんでスタンドが広がらないんだ等等…。
悪態に耳を傾けつつ、随分と街の中心地に来たものだと由花子は思った。

同時にそうやって街の中心地に来ながらもほかの参加者との突然の遭遇が起きないように老婆がゴミ箱の陰に潜むように座り込んだあたりに彼女の老獪さを感じた。
追うべき物が一息ついてることもあり、由花子もこの機を逃しては到底休めまいと、休息を取るために手近にあった段差に腰を下ろす。
頬杖をつきながらいま自分の現状を考える。体は休めても頭は休むべきでない、特に彼女のような弱者は。

尾行がばれれば自分の立場は危うい、それがあの老婆をずっと追けてきた由花子の率直な感想であった。
例え自分が彼女に髪の毛を植え付けていて、いつでも爆破することが出来たとしても、だ。
それほどまでに老婆の異常性、落ち着き、立ち振る舞い、そしてその目的。
彼女は幾つの修羅場を潜り抜けてきたのであろうか。何度死線を越え、間一髪のところで生を掴んできたのだろうか。
一介の女子高生である彼女は自分ながらによくもまあ、あの狸婆の注意を誤魔化してるものだ、そう思った。

そして、嗚呼、そうだ。一般的な女子高生の彼女は、またもやこれはあの『愛しの人』のおかげだと。
盲目的にまでその精神に浸っているのだ。彼が私を守っている、そんな根拠のない『愛』の力に。
こんな緊張状態であるにもかかわらず。
嗚呼、恋とは、愛とは素晴らしいものだ。

広瀬康一、愛しの人。
どこかこの舞台にいるであろう愛しの彼。
無事でいるだろうか。お腹をすかせてはいないだろうか。この夜風で体調を崩してはいないか。怪我はしているのだろうか。
もしかしたら、と由花子の脳裏に悪夢がよぎる。

殺戮者に襲われ窮地に落ちいる彼。謎のスタンド使いが彼に襲い掛かる。善人面した姑息なものが彼の寝首を掻こうとしている。
けれでもと。そんな自分を否定する。由花子は拒絶する。
いつだって彼は機転を利かせ悪を打ち倒すだろう。黄金に輝くその精神で道を切り開くだろう。
だって自分はそんな彼が。たまらなく好きで、愛しているのだから。

しかし夢は覚めるから夢という。そんな由花子の夢想の時間は突如破られた。
表情を一瞬で相応しくない戦士のそれに変え、どこかから聞こえたのだろうかと音源を探り耳を澄ませる。
同時にエンヤへと視線を向けると同じく物音を聞いた彼女は突然のことに腰を抜かしたのかその場動けないようであった。
由花子の口元には意図しなくてもそれを見て老婆を見下したような冷めた笑みが浮かんだ。
少し遅れながらも老婆は経験からスタンドを再発。澄んだ夜空の空気が立ち込め、純白の世界を形成していく。
またもあの霧の世界に身をおかなければならないかと思うと由花子はいい加減うんざりしてきた。
しかし。

今の由花子の目には白の世界が映っている。
しかしその白に変わる僅かな時間の間に彼女の視界に映ったものが彼女の心を驚愕と疑惑の灰色の世界に変えていた。
吉良吉影と空条承太郎
いてはならないその二人組みに、あってはならないその組み合わせを由花子だけが見ていた。
由花子、彼女だけが見ていた。



   ◆



疑惑と驚愕の真っ先に思ったのが何故吉良吉影と空条承太郎が共に行動しているのか。
杜王町に恐怖をもたらした吉良吉影。杜王町に希望をもたらした空条承太郎。
言うなれば表裏一体、決して相容れことのない二人が何故。
しかしその前に、度重なる衝撃の中、新たに由花子の頭に浮かぶ疑問。何故吉良吉影が生きているのか。
確かに名簿を確認した際に名簿にその名前があったことは覚えている。

しかしだ。
普通死んだ人間が参加しているなどという非科学的な事実を導き出すだろうか?
結論から言って自分が目にした事実は信じる以上ほかならない。人が生き返る、そんなびっくり超常現象、仮にもスタンド知らなかったら鼻先で笑っていただろうに。
しかし確かに男、吉良吉影は生きていた。
それは否定できない事実だ。

霞む霧の中、エンヤの影はじっとしたままだった。一方の疑惑の二人組みも突然の濃霧に警戒からかその場を動いてないように見えた。
聡明な彼女は考えた。今最も優先しなければならないことはなにか。

老婆は二人に気づいていない。
二人は老婆に気づいていない。
ならばなにをすべきかは。

おまじないのように今の考えをすばやく呟く。いける、大丈夫、絶対うまく行く。そう自分に言い聞かせる。
絶対的弱者は自分。
その絶対的なスケールの大きさの霧のスタンド。史上最強の二つ名を持つスタンド、スタープラチナ。杜王町の殺戮の女王、キラークイーン。
恐怖を自覚している自らの体。見ると手が震えていた。押し隠すように、優しくもう片方の手でぎゅっと握る。
かつて彼がやってくれたように。
もう一度あの温もりを。

            もう一度あの温もりを。

全ては康一のために。
再び歩き出した彼女はもう震えていなかった。



   ◇   ◆   ◇   



警戒からか、細められた目を更に薄くする。向かってくる人影が濃くなるにつれてエンヤは自分の表情を極めて無表情であるように努めた。
支給品であり、自らの人形となった死体を盾のように自分と人影の直線上に配置し、飛び道具や銃弾などへの配慮も忘れない辺りにこの老婆の狡猾さが知れる。
そうして彼女の警戒が最高潮にたったころ、人影は霧の中からその形をあらわにし場違いともつかない言葉が彼女の耳に入る。

「こんばんわ、お婆様…。愉快な夜とは言えない天気ですけど、散歩でも楽しんでるのかしら?」

見たところ東洋人のようであった。年は幾つであろうか、十代後半といったところか。
何の躊躇いもなく姿を見せた割には警戒態勢になってるわけでもなく、場慣れしていないのがエンヤの目から見ても取ることが出来た。
しかしながら、その美貌は別であった。
世の中の女性が溜息と共に感嘆するほどのそのプロポーション。
すらっとした鼻立ちにハリのある若々しい肌。そして何より目を惹くその美しい髪。
ひとつの完成された芸術作品かのような細部までの美しさ。そのうねりはまるで上質の絹で作った絨毯かのようで。包み込む霧、それが宝石かのように見えるかのように。

「残念ながらわしも年でな、お嬢ちゃんとは違うんじゃ…。夜風の冷たさが膝に堪えるし、なにより恐怖で胃がもたんわ」

しかしながら、暢気な返答をしながらもエンヤはどこかに違和感を感じていた。
笑みを浮かべながら目にはその感情を一切宿さず、肉食動物が獲物を前にするかのようで。
何か策のにおいを感じずにはいられなかった。
相手が絶対的だ、と確信できるほどの。

偽りの表情を貼り付け、互いに腹の探りあいは続く。
経験と長年の積み立てからアドバンテージは圧倒的にエンヤの手中にあると言えるだろうに。
けれでも。

「あら、そうかしら…?北のタイガーバームガーデンでゆっくり観光を楽しんだり、大きなお友達とお喋りしたり。
おまけに気の利いた付き人までいるのに…。羨ましいわ、やっぱり人脈の広さは年の功かしら…」
「ッ!?」
「追けてきたなんて人聞きの悪いこと言わないでよ、心配してたのよ?お婆様が殺されたらどうしようってそればっか考えてたのよ?」

未だ笑顔の少女と対照的に自分の笑顔が解け去り、崩れていくのをわかっていながらエンヤは止めることを出来なかった。
一方で狼狽の表情を洩らしながらも、彼女の脳は冷静にも相手と自分の状況を分析していた。

この手の場合、こうした告白の狙いはほにんの有利性を主張したいがためであることは明白。
なにしろ伏せたままであれば切り札にもなりうるその情報と言う強力なカードをこの短いやり取りの中で何枚も切ってきたのだから。
それだけの自信があるのだろう、今の自分との交渉、または脅しに。
ならばここは従うほかあるまい。仮にブラフだとしても、自分のスタンドならばあらゆる攻撃に対応できる。
ならば今は『何を持って』彼女が自分を脅そうとしているかを見抜くべき。
それが自分にとって重要な情報になりうるかもしれないのだから。

「…これはまいったのう、お嬢さん、貴女のほうが一枚上手だったようじゃな。なんなりと申して御覧なさい」
「話が早くて助かるわ。伊達に歳は取ってないのね」

だがらだ。
そんな言葉とは裏腹に、エンヤには従おうという意思は更々なかった。例え首輪付けられようとも自分の主はただ一人。
飼い犬に成り下がろうとも、隙あれば飼い主の首を噛み千切るであろうと寝首を掻く、その意思を握り締める。
たがそんな凶暴な意思も。彼女の醜い笑顔の一睨みに。
悪寒と共にザワザワと不自然に伸びる自らの髪の毛は彼女の中同時に恐怖として植えつけられた。

「どう、操る立場から操られる立場になったのは?
貴方の首輪を爆破するに十秒もかからないわね…。まぁ、死にたくなかったら余計な事を考えずに隣にいるその人形みたいに私の言うことを聞きなさい」

気まぐれひとつで顔を覗かせる死への恐怖。孫ともとれない年端も行かない女に手玉に取られる怒り、屈辱。
エンヤは数多の感情に顔を赤らめたり、青ざめたり、白くさせたりさせた。
だが最後には疲れた様子で観念し、操り師の命令を聞く人形になり下がるほかなかった。

「わかった…、どうすればいいんじゃ?」

その滑稽な光景。化けの皮がはがれた老婆の萎れた様子。
由花子は艶やかに、そして楽しそうにサディスティックな笑みを浮かべ強者の愉悦に浸る。
その感情に充分すぎるほど浸った彼女は満足そうに息を洩らし、髪の毛を掻き揚げると『三つの命令』を与える。

1.近くに二人組みの男がいるので其々を分担させる。
2.参加者を出来る限り減らす。ノルマは今夜10時までに二人。証明のためその死体を引きつれD-4にあるスペースシャトル前にてその時間に。
3.自分のことを他言しない。

ペナルティは聞くまでもない。死、それが待ち受けている以上エンヤは頷いた。反抗的な口調は慎まなかったが。

「まったくもって忌々しい小娘じゃ…」
「あまり減らず口を叩かないことをお勧めするわ。今生きてられるのは誰のおかげかしら?
悪態ついてる暇があるならさっさと二人のとこに行きなさい」

顔を醜い魔女か何かのように歪め立ち去るエンヤの背中を見ながら由花子はまたしても愛が一歩近づいてきたのを感じた。
ここで一息つきたいところだ。しかし何より愛しの康一のためだ。
数分か、それぐらいか経った後、その表情を緩んでいたものから、これから成すべき事をやるに相応しく緊張が走った顔に変え由花子は霧の中へと向かっていった。



   ◇   ◆   ◇   

<思い出させてあげる>



空条承太郎が戦士であったことが第一の不運だった。
突然の濃霧を前に慌てることなく殆ど反射と言うほどのスピードでスタンドを発現、臨戦態勢となる。
その構えは正に歴戦の戦士に相応しく、パワー・スピード・精密機動性においてナンバ-ワンと言われるスタープラチナの力もあいまって一部の隙も作り上げなかった。
例え霧に紛れて何者かが奇襲を仕掛けたとしてもそれはもはや奇襲としての意味を成さず、拳ひとつの前にただの返り討ちとなりえる。

しかしながら。
携帯電話のブラフによる吉良吉影への牽制。それは即ち吉良を封じ込めると共に常に彼に命を狙われると言うリスクを負うことを意味していた。
その点承太郎は不運であった。優秀な戦士であるがためにリスクを抱え込み、吉良への対処を考える羽目になり、一瞬の行動が遅れた。
彼の不運、それは言い換えれば吉良と組んでいた、その一言で言い換ることができた。

二つ目の不運、それはあまりに空条承太郎の危機判断能力が優れていたこと。
数々の修羅場を潜り抜けてきた彼がその経験から培ったもの。
その中で戦闘において最も大きなスペースを占めていたもの。
それは「常に最悪の場合を考えること」。

彼が瞬時に想定したもの。
それは先程目を通した際にも要注意人物として彼が特別注意していたその『二人』が組んでいたという仮定。
この霧という天候、そして殺し合い、『二人』の残忍さに狡猾さ、そしてただ殺しを楽しむだけでなく機転を利かすことが可能と言う共通点により導き出される共闘という可能性。

何よりもその『二人』のスタンドの相性。
二人が遭遇する可能性、手を組む可能性、更に承太郎と出会う可能性。それら全てを計算すればそれは微かなものであろう。
しかしながら、走り霧の外に出ようとしながらも承太郎は。
彼が想定したスタンドの組み合わせ、DIOの腹心エンヤの「正義」、それと杜王町の狂気アンジェロの「アクア・ネックレス」。
間に合わない。彼らが姿を現す頃にはもうどうしようもなくなっているであろう。将棋やチェスで言うチェック・メイトでしか彼らは姿を見せないだろう。
ならば今彼がすべきことは。
彼の不運、それは彼があまりにも知りすぎていたこと。その一言に尽る。

一刻も早く霧から出ようと我武者羅に足を走らせる。風が唸り湿った空気が彼の顔を叩く。霧に紛れ民家が現れては消え、消えては現れる。
けれども。



―彼が安堵に胸を撫で下ろす前に。
―二人の殺戮者が霧より姿を現す前に。
―二つのスタンドに襲い掛かかられたときの対処法を考える前に。
―霧からその身を脱出させる前に。
―足が止まった。
―見覚えのあるその後姿を前に。



瞳は大きく見開かれ。脳は考えるのをやめ。ただそこにあるものに承太郎は。
微かに残った理性が騒ぎ立てる。緊急の警報をかき鳴らす。戦闘態勢の構えを見せろ。
だがその声はあまりに小すぎて。

死んだ人間は戻らない。
彼自身が言った言葉だ。彼自身が一番理解している言葉だ。身をもって受け入れた言葉だ。
けれども。
それでも。

もう一度だけ、名前を呼び、名前を呼ばれ。
もう一度だけ、微笑を交わし、その身を抱き。
もう一度だけでもあの温かさを。

                         もう一度。

そうして思った。

―振り向く彼女を見て。残酷な現実を前に。彼は思った。

ああ、あの時どうして彼女を救わなかったのだろう。
ああ、あの時どうして彼女の後姿など見てしまったのだろう。
そして、あの時どうして希望を持ってしまったのだろう。

ただもう一度だけ希望にすがりたかった自分は。
とんでもない大馬鹿者だ。

二度と流すまいと誓ったはずなのに。二度と弱みを見せまいと思ったはずなのに。
彼はみっともなく泣くまいとしていた。
唇をかみ締め、口奥から漏れる声を押しつぶす。
そんなことしても涙が止まるわけないと自分でわかっているのに。
雫が頬を伝い一滴だけ大地に水溜りを作る。

こんなに、こんなに、こんなに。
醜い現実を。美しい光景を。
見ることになるなら。
神よ、笑ってくれ。自分は二度と涙を見せないだろうから。



   ◇   ◆   ◇   

<吉良吉影の新しい事情>



思わず緩みそうになる頬の筋肉を引き締める。そうでもしないとだらしない笑みが零れ落ちそうで。
ぴくぴくと痙攣しそうになるのを傍らに歩く同行者に悟られまいとなんでもない民家に興味惹かれたように顔を背けた。
足は今にでもスキップを始めかねないほど軽やかで。
口からは鼻歌を上機嫌に任せ、大音量を奏でかねないでいて。
十数分前に同行者、山岸由花子が持ち込んできた話、それが彼をルンルン気分にさせている。

『貴方に話があるの…』
突如霧の中から現れた彼女の言葉に承太郎の失踪によりイライラの爆発寸前だった彼は返す言葉が見つけられなかった。
第一声が『貴方に話がある』であるということは。
相手が自分の顔と正体を知っていることは間違いない。それ以外であるならば第一声はこの場に相応しくない。
そう吉良吉影は考えた。

自分の正体を知るものがまた一人増えたことは腹立だしいが、荒木の時間操作の弊害だろう。自分に対するしわ寄せの怒りはこの場で納めることした。
だがそれでも。
情報が足りなさ過ぎる今、返答次第ではろくな目にあわない。もしかしたらの可能性も考え吉良は慎重に事を運ぶためにも沈黙と言う返答を返した。

『さっきまで貴方、空条承太郎と一緒にいたでしょ………』
『………………』
『何が理由で貴方があの空条承太郎と一緒にいるのかしら…?ありえない組み合わせでしょ、普通だったら…。
好奇心から聞くけど教えてくれないかしら?最初に言ったけど大切な話があるのよ、だんまりばっかりじゃわからないわ』
『………答える義務はない』
『…ふぅん。まぁ、いいわ。そんなことより本題に入りましょう。私と手を組まない?』

純粋なまでに吉良は驚いた。どうせこの狂った女だ、殺し合いをどうこうだとか、あのクソカスの広瀬康一がどうのこうのだと予測していた彼は予期せぬ協定に目を見張った。
自分をはめる罠かもしれないと閃きのような考えが浮かび、慎重な男は尚も返答を返すことなく彼女の目を見た。
そしてそれだけで充分だった。
強い意志を秘めるそれは、黄金に光り輝くことなく血に塗れたダイヤのようで。
黒く深く静かに輝く殺意に吉良は自分自身を見た気がした。

『貴方だって空条承太郎のこと邪魔だと思ってるんでしょ?正義の味方が悪を引きずり回すならまだしも、悪に首輪を付けられて俯くヒーローはいないでしょ?
なら弱者は貴方で、振り回されてるのは貴方。私と手を組みましょうよ、悪い話じゃないと思うけど…?』

いつのまにかイライラは収まっていた。それどころか自分の正体を知る邪魔者を二人同時に消し去れるかもしれないと思うと彼の胸は期待で膨らんだ。

『いいだろう…せいぜい利用しあおうではないか、山岸由花子』
『協力に感謝するわ、でも友好の握手は遠慮するわよ。私だってまだ死にたくないもの…』

とりあえずの情報交換を始めようとする二人。
微笑を浮かべ、見つめあい談笑するその男女二人組み。
親愛や友好。そんな恋人、家族、親子が交わすような感情は一切そこになく殺伐とした空気が流れていた。



爪がまた長くなったように思いながらつい今しがた交わした会話を反芻する。
じっくりと観察すると確かに爪が伸びている、と吉良は先程までなら溜息をついていたであろうこの問題になんら脅威を感じなかった。
ちらちら視界に映る女の手と自分の中に湧き上がる欲望を前にしてもその殺意は留まることがないのはやはり先の協定で余裕が生まれたのだろう。

「清清しい朝だ…」

思わず呟いてしまったその言葉に冷めた目線で応じる由花子。
適当に受け流しつつも、余裕の笑みを浮かべ、そろそろ本腰を入れて承太郎の行方を追わなければと吉良は意識を切り替える。
承太郎がどう動くかわからない以上、霧が去った今しかそのチャンスはないだろう。
姿が見えなくなった時間から考えてもそう遠くはいってないだろうと判断できる。

(できることなら放送までに合流したいものだ………)

時計に目をやり思う。
ここが禁止エリアとなったら承太郎の消息は不明となり、合流は絶望的になる。
さすがにそうなっては今のこの高揚感も冷めてしまうし、なによりこれ以上自分の正体を知られたら流石に不味い。
吉良は少女の背中を追い走りだした。

(承太郎を殺したら…その次はお前の番だぞ、山岸由花子。フフフ…美しい髪が自慢のようだが手にも自信を持ってもいいぞ…フフフ……ハハハハハハハ!)
(無茶はしない…。互いに潰し合わせて最高は同士討ち、最低は消耗したところを私が止めをさす。焦っちゃダメよ…絶対にまちがってはいけない。勝てる勝負だけ勝てばいいのだから…)

杜王町を走る男女。ブレーキが壊れたトロッコのように彼らの殺意と狂気は止まらない。





【E-4 中央部/1日目 早朝(放送前)】
【吉良吉影】
[時間軸]:限界だから押そうとした所
[状態]:掌に軽度の負傷、ハイ、爪の伸びが若干早い
[装備]:爆弾にした角砂糖、ティッシュケースに入れた角砂糖(爆弾に変える用・残り5個)  
[道具]:ハンカチに包んだ角砂糖(食用)×6、ティッシュに包んだ角砂糖(爆弾に変える用)×8、未確認支給品×0〜2個、支給品一式 、緑色のスリッパ、マグカップ,紅茶パック(半ダース)、 ボールペン三本
[思考・状況]
基本行動方針:植物のような平穏な生活を送る
0.承太郎と合流したい。
1.由花子を利用できるだけ利用する。
2.手を組んだ由花子と協力して承太郎を暗殺する。ただし無茶はしない。
3.当面はおとなしくしていて様子を見る。そのためにまず情報の入手。
4.自分の正体が吹き込まれた携帯電話を破壊したい
5.他に自分の正体を知る者がいたら抹殺する
6.危険からは極力遠ざかる
7.2が終わった後、または利用価値がなくなったと思ったら由花子を殺して手を愛でる。
[備考]
※バイツァ・ダストは制限されていますが、制限が解除されたら使えるようになるかもしれません。
※荒木のスタンドは時間を操作するスタンドと予想しました。が、それ以上に何かあると思っています。
※場合によっては対主催に移っても良いと考えてます。
※平穏な生活を維持するためなら多少危険な橋でも渡るつもりです。

【山岸由花子】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康、強い覚悟
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品1〜3
[思考・状況]基本行動方針:広瀬康一を優勝させる。
0.承太郎と合流したい。
1.吉良吉影を利用できるだけ利用する。
2. 康一には絶対に会わない
3. エンヤがたくさん人を殺すことに期待
4. DIOの部下をどうにか使って殺し合いを増進したい。
5.正直知り合いにはなるべくあいたくない。けど会ったら容赦しない。
6.今夜10時にD-4のスペースシャトルにてエンヤと合流。残り人数次第でそこで始末する。
7.康一と自分だけになったら自殺して康一を優勝させる
[備考]
※エンヤの頭部に髪の毛を植えつけました。
※エンヤの能力が死体操作であることを知りました。生きた人間も操れると言う事はまだ知りません

※二人がどのぐらい情報交換したかは後続の書き手さんにお任せします。
※二人が何処に向かうかは次の書き手さんにお任せします。





   ◇   ◆   ◇   




霧は晴れていた。
窓ガラスに映った自分の顔をまじまじと見て思う。この数時間で随分と歳を取ったように見えるその顔は確かに疲労の色が濃く、エンヤは休息を取ることにした。
数多くある民家から適当にひとつ選ぶ。
先にほかの参加者が潜んでいるかもしれないと言う警戒を忘れ、倒れるようにリビングのソファに身を沈める。
緊張の糸を解きぼーっとこの数時間のことを考え、そしてこれからのことを考える。
何気ないように髪の毛を掻き揚げようと挙げた手を中空で止める。
思い出されたその事実から警戒をあらわに、恐る恐る手を伸ばしゆっくりと指を沈めていく。
いつものように少し水分の足りないパサついた髪の毛がそこにあった。

全身に走るこの安堵感とともに霧のかかったようにぼやける目を休め、眠りに付けたらどれだけ楽な事か。
放送が近い以上、そういうわけにもいかず眠気を紛らわそうとエンヤは心地よい空間より身を起こし台所へと向かった。

「『正義』はもうひっこめたほうが面倒に巻き込まれないかもしれんのう……」

弱気な独り言をひとつ吐き、その背中を小さく老婆。
ふと湧き出た疑問。

(そう言えばさっきあの小娘に言われて引き離した参加者、どうしてわしの人形を見てもなにひとつ行動をおかさなかったのかのう?言葉ひとつも吐かなかったし…まぁ、いいか…。)

いつだって苦労するのは一番上に立つものでなく腹心のナンバー2。
DIOの腹心エンヤ、今の彼女には悩みがあまりにも多すぎた。

(はぁ…早くDIO様とJ・ガイルと合流したいもんじゃのう…)



【D-5 南部 民家/1日目 早朝(放送前)】
エンヤ婆
[時間軸]:聖痕で全身に穴が開いた直後
[状態]:全身穴だらけ、精神疲労(中)身体疲労(小) 
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、承太郎の妻の死体
[思考・状況] 基本行動方針:ディオ様の元へ馳せ参じ、帝王の手下と共に荒木を地獄へ
0.休息をとりつつ、放送を待つ。
1.『正義』を展開したまま行動するか考え中
2. 最低でも後二体死体が欲しい。
3.ポルナレフとホル・ホースを地獄の苦しみの末に殺す
4.ジョースターの奴ら(ジョセフ・ジョースターモハメド・アヴドゥル花京院典明、空条承太郎)も殺す
5.なんで“正義”が広がらないんじゃ?
6.今夜10時にD-4のスペースシャトルにて由花子と合流。
[備考]
※スタンド“正義”が制限されていることに気づきました。主な制限は次のふたつです。
 ・射程距離が50メートルほどに制限されています。
 ・原作より操る力が弱体化しています。人間はともかく、吸血鬼や柱の男たちにはエンヤ婆の精神が相当高ぶってないと操れない程度に制限されています。
 前者はわかっていますが後者は気づいていません。
※頭部に由花子の髪の毛が埋め込まれています。
※放送後何処に向かっていくかは次の書き手さんにお任せします。
※現在『正義』は出現されていません。また今後『正義』を展開したまま行動するかは次の書き手さんにお任せします。
※山岸由花子の名前を知りません。また、空条承太郎と吉良吉影両名の姿は確認できませんでした。



   ◇   ◆   ◇   

<ダイヤモンドは砕けない>



かつてジョセフ・ジョースターは言った。怒りに身を任せてはならない、と。
だが彼は思った。怒りに身を任せるのと怒りを押さえ込むのは違う、と。
友の死、仲間の死、家族の死。
そして。
愛する人の死。
真理はいつだって残酷だ。けどいつだって正しい。それだから美しい。
死を知り、生を謳歌する。怒りを覚え、人を愛することを知る。悲しみに涙を流すから、幸せを掴もうと手を伸ばす。
十字架を背負ってきた彼はこれからもそれを忘れることはないだろう。
そのひとつひとつが彼、空条承太郎が彼であり、自分が自分であるためなのだから。

寂しげな笑みを口元に残し男に、第一幕のベルが近づく。
その時彼が何を思うかは彼自身しかわからないだろう。



【D-4 南部/1日目 早朝(放送直前)】
【空条承太郎】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:???
[装備]:なし
[道具]:支給品一式 携帯電話 折り畳み傘、手に収まるサイズの手鏡二つ、クリップ二つ
[思考・状況]
基本行動方針:徐倫を自分の命にかけても守り、荒木をぶっ飛ばす
1.???
[備考]
※荒木のスタンドは時間を操作するスタンドと予想しました。が、それ以上に何かあると思っています。
※吉良の参加時間軸を知りません。
※携帯電話に吉良との会話が録音されています。通話相手に聞かせる機能があると言うのは承太郎のハッタリです。
※妻との遭遇が承太郎にどのような影響を与えたかは次の書き手さんにお任せします。
※スタンドの状態は不明です。
※放送後何処に向かうかは次の書き手さんにお任せします。




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キャラを追って読む

87:空条承太郎V.S.吉良吉影 空条承太郎 112:LOVE LOVE LOVE
87:空条承太郎V.S.吉良吉影 吉良吉影 112:LOVE LOVE LOVE
70:過去への遺産、暗黒の遺産 ① エンヤ婆 123:幸福の味はいかがです
70:過去への遺産、暗黒の遺産 ① 山岸由花子 112:LOVE LOVE LOVE

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最終更新:2009年06月27日 13:31