はぁはぁと息を切らしながら走り続ける学ランの男――虹村億泰。
その顔は汗やら何やらで見るに堪えないものになっていたが、瞳には一筋の光が確かに宿っている。
彼はまだ堕ちていない。だが―――

(俺は本当に自分の道を自分で選べるのか……?
 選んだ答えが間違っていない保証はあるのか……?)

その光は濁っていた。不安が不安を呼び頭が狂いそうになる。
だから今まで不安を脳裏に浮かべないようにとがむしゃらに走り続けていたのだ。いや、今なお走り続けている。

「こんな時に誰かに会っちまったら……まともに戦えねぇ。
 スタンドは……バイクに乗るようなもんだからな。なぁ、兄貴?」

自分の心の弱さを誰に吐く訳でもなく呟き俯く。足元には朝日で照らされた自分の影が映っている。
何の気無しにその影を追うように目線を上げていったその先には自分と同年代くらいの半裸の青年が立っていた。
この状況、取るべき行動は決まっている。

(ありゃ……インディアンとか言うんだっけか?荒木のやつは手当たり次第参加させてんだな……
 いや、相手が誰だろうと構いやしない。とにかく今は逃げ、だな)

しかし思考に反して億泰は走りを止めない。
逆にスピードを上げて突っ込んでいった!
同時に自身の“手”を大きく振りかぶる。狙うは自分と相手の間の虚空。
青年が身構えるのを無視して思いきりよく右手で空間を薙ぐ。

「おおおぉぉぉぉらああぁぁぁぁッ!どけえぇぇぇぇえッ!」

どけと言ったものの相手がどうしようが関係ない。
自分は削り取った空間が元に戻る力を利用して相手の脇をすり抜けて走り続けるだけなのだから。
敵に背を向けるだとか言ったことも今は考えない。
気持ちが落ち着くまで走り続けることしか今の億泰には選択肢がないのだ。

パッと目の前の男が消える。計画通りだと安心し力強く右足を踏み出そうとした。その時―――

グアァンと言う衝撃が億泰の脳を揺さぶる。後頭部をやられたのだと認識した時には遅かった。
続けて踏み出すはずだった左足が思うように動かない。ふらふらと前のめりに倒れ伏す。

「くぅッ……!くそ……こんなところで……でも―――
 仗助……康一……重ちー……兄貴……俺もすぐ行くよ―――」



「白人の本に書いてあったことだが―――」
意識を失った億泰のもとに歩み寄る青年の名はサンドマン。

「耳というのは音を聞くためだけのものではないそうだ」
目の前の男が分身(おそらくスタンドだろう)を繰り出した時に叩きつけたのはツェペリがワムウに向けて放った聖氷の落下音。

「耳の奥深くの神経たちは平衡感覚や何やらを感じ取るレーダーのような役割を果たすそうだ」
音を形にするスタンド、イン・ア・サイレント・ウェイは先の戦闘で発生した音をその体内に取り込んでいたのだ。

「そこに大きな音を叩きつけてやれば意識を失うのも当然だろうな」
そしてその音は伝達した終着点で効果を発揮する。今回は億泰の鼓膜を通り越してその内耳で伝達を終えた、という事である。

「と言ったところで最早聞こえてはいないか。さて……」
細い腕に見合わず軽々と億泰、そしてそのデイパックを担ぎあげキョロキョロと周囲を見回す。
そして目についた建物に向かって歩き出した―――


* * * *



ふわふわとした浮遊感。波に揉まれるようなゆらゆらとした感覚。布団の中にいるような温かさ。
どれもが億泰にとってとても心地のいいものであった。

「ん―――」

ゆっくりと目を開けるとその先には友が、兄が立っていた。
「じょ……仗助!康一に重ちー……兄貴も……」
言葉が詰まる。もう二度と会えないと思っていた相手との再会に笑えばいいのか泣けばいいのか分からなかった。

「お……俺は―――」
言いかけて気が付く。
兄は“あの時”のような寂しげな頬笑みを見せ、康一は眼を閉じて首を振っている。
仗助に至っては背を向けて肩を震わせている。泣いているのが背後からでも良く分かった。
重ちーはそんな三人と億泰の顔を交互に見やっていた。
それらが意味する事を億泰が理解できなかった訳ではない。いや……理解したくなかったのだ。
言葉を選んでいるうちにも次第に四人の姿は小さくなってゆく。

「おい……待ってくれよ。俺を一人にしないでくれよ……!

 仗助ええぇぇぇぇ!
 行くよッ!俺も行くッ!行くんだよォ―――ッ!!」

駆け出して彼らの後を追おうとする億泰。
しかし……その行為は背後からガッチリと手首を掴まれたことで阻止されてしまった。
ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには―――少年のように無邪気に笑う荒木飛呂彦の姿があった。
「う……うわあぁぁぁぁッ!!」


四人の影は―――消えてなくなっていた。


* * * *



「あぁぁあぁぁッッ!!…………ハッ!?」

まず目に映ったものはのっぺりとした天井。
次第に覚醒する意識によって、自分が今ソファーだかベッドだかに仰向けに寝ていた事を理解する。
「夢か―――」

「起きたか」
息を付くと同時にかけられた声にびくりとして上体を起こす。
そこには椅子に腰かける先程の青年の姿があった。

「あ、んたは?」
カラカラに渇いた喉で必死に声を絞り出す。
しかし、帰ってきた言葉は質問の答えではなかった。
「その答えは後だ。まずは聞かせてもらおう。“コーイチ”という男の事を」

「……え?」

億泰は頭が悪い。それは自分でも自覚している。
だが、その言葉がおおよそどういう意味を持った一言か、それは十分に理解できた。
億泰はゆっくりと話し出した。彼とどういう経緯で出会い、どういう会話をし、何と闘ったのか。
涙は不思議と流れ出てこなかった。懺悔をするように淡々と、しかし一片の言い残しをせず話していたせいであろう。

そしてその後、サウンドマンと名乗った男から事の顛末について聞かされた。
康一がこのゲームでどんな出会いをし、どんな戦いをし……どうやって死んでいったのか。
この時にも涙は流れない。夢の中で出会った康一の表情が脳裏にべったりと貼り付いて、月並みな表現だが……心の中にぽっかりと穴をあけられたような気持だった。
全てを聞き、二人して息をつく頃には放送後からおよそ一時間半ほど経っていた。


* * * *



「それで……あんたはこの後どうする気だ?」
建物……特別懲罰房を出たところで億泰が重く閉ざしていた口を開く。

「さぁな……俺はとにかく頼まれた言葉を伝えるべき相手に伝えただけだからな」
あっさりと返ってきた言葉に意を決して提案する。

「じゃあ俺と―――」
「それは断る」
しかし、その提案は言い終わる前に遮られてしまった。

「我がイン・ア・サイレント・ウェイの能力は話しただろう?
 それでお前が俺にコーイチの面影を重ねないと言い切れるのか?」
もっともな意見である。彼は彼、康一は康一なのだ。
自分が同じ立場に立たされたら間違いなく「御免だね」と言うだろう。
しかも今の自分の精神力ではきっと足を引っ張ってしまう。
「……そうか。そうだよな」
「分かってくれたなら良い。だが」
「?」
「次に出会う事があれば行動を共にしよう」
「……え?」
「目的は同じなんだから敵対する理由はないだろう?
 後はお前の心次第だ。しっかり答えを見つけておけ」
思わぬ申し出に思わず表情が緩む。

「……分かった。ありがとよ」
「礼を言うのは少々違うな。俺自身の目的のためでもある」
「ハッ。言うねえ」
言いながら思わず笑みがこぼれる。
ひとしきり笑った億泰にはもはや不安の影は浮かばなくなっていた。

「それじゃあ」
今度ははっきりと口を開く。最後の確認のためだった。
「ああ。お前は西だ。俺は北の……DIOの館とやらに向かおうと思う。
 別人だろうが同名の知り合いがいるものでな。何かしらの情報が得られるだろう」
「そうか。俺はコロッセオに向かってみるよ。目立つ建物だから誰かしら集まるだろうしな」
「よし」
「俺が言えることじゃあないが、気をつけてな」
「お前もな」

がっちりと握手をした二人。そしてお互い振り返ることなくそれぞれの目的地に向かって走り出した。




【F-5 特別懲罰房前/1日目 午前(九時前後)】


【虹村億泰】
[スタンド]:『ザ・ハンド』
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康 (耳の後遺症はない?)。自分の道は自分で決めるという『決意』。承太郎(オインゴ)への疑惑(今はあまり気にしていません)
[装備]: なし
[道具]: エルメェスのパンティ(直に脱いぢゃったやつかは不明)、支給品一式。(不明支給品残り0~1)
[思考・状況]
基本行動方針:味方と合流し、荒木、ゲームに乗った人間をブチのめす(特に音石は自分の"手"で仕留めたい)
1.コロッセオ方面に向かう
2.仗助や康一の意思を継ぐ。絶対に犠牲者は増やさん!
3.承太郎さんにはすまないと思っているが何だか変だと思う。今は深く考えない。
4.もう一度会ったならサンドマンと行動を共にする。
5.なんで吉良が生きてるんだ……!?
【備考】
※オインゴが本当に承太郎なのか疑い始めています(今はあまり気にしていません)
※オインゴの言葉により、スタンド攻撃を受けている可能性に気付きましたが、気絶していた時間等を考えると可能性は低いと思っています(今はあまり気にしていません)
※名簿は4部キャラの分の名前のみ確認しました。ジョセフの名前には気付いていません。
※放送をほとんど聞き逃しました。(ただし、サンドマンから内容に関して聞きました。下記参照)
※サンドマンと情報交換をしました。
内容は「康一と億泰の関係」「康一たちとサンドマンの関係」「ツェペリの(≒康一の、と億泰は解釈した)遺言」「お互いのスタンド能力」「放送の内容」です。
※オインゴのデイパックを間違えて持っていったことに気が付いていません。地図と名簿を取り出しましたがデイパックの奥の方を見なかったためでしょう。


【サンドマン】
【時間軸】:ジョニィの鉄球が直撃した瞬間
【状態】:健康
【装備】:なし
【道具】:基本支給品×2、不明支給品1~3(本人確認済み) 、紫外線照射装置
【思考・状況】 基本行動方針:元の世界に帰る
1.北(DIOの館)へ向かう(他人との接触等により元の世界に帰る情報を得るため)
2.ツェペリの『荒木は死者を復活させて命を弄ぶ』論に少し興味。荒木の言葉の信憑性に疑問。
3.名簿にあるツェペリ、ジョースター、ブランドーの名前に僅かながら興味
4.遺言は伝えた。その他に彼らを知る人間とも一応会ってみたい(優先はしない)
5.もう一度会ったなら億泰と行動を共にする。
【備考】
※7部のレース参加者の顔は把握しています。
※スカーレットが大統領夫人だと知っています。
※ンドゥールに奇妙な友情を感じています。 康一、ツェペリにも近い感情を持っています。
※億泰と情報交換をしました。
内容は「康一と億泰の関係」「康一たちとサンドマンの関係」「ツェペリの(≒康一の、と億泰は解釈した)遺言」「お互いのスタンド能力」「放送の内容」です。
※康一、ツェペリ、ヴァルキリーの死骸はI-7中央部の果樹園跡(ワムウは消滅)。
※聴覚補助に用いる杖が突き刺さった、ンドゥールの死体はI-7 リンゴォの果樹園北部。
※チーム・ザ・ウェーブの遺志は億泰に託しました。
※ツェペリの支給品は火炎放射器と聖氷(SBRコミックス1巻)でした。
※リサリサの支給品はワムウVSツェペリ戦で爆散。ワムウの所持品と一緒に消滅しました。
※果樹園はほぼ壊滅。火事がまだ収まっていませんが、遠くからは見えないでしょう。




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108:兄と弟は誓いを立てる 虹村億泰 141:the Tell-Tail Heart
93:THE NOBES サンドマン 123:幸福の味はいかがです

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最終更新:2010年10月12日 12:09