――鳴り止まぬ、拍手。

「……もう演劇の時間は終わりましたよ。次の公演の日程は未定です」

――鳴り止まぬ、喝采。

「いずれこちらからお達ししますので、ご容赦を……今後の彼の運命は神に祈るほかないのです」

――鳴り止まぬ、歓声。

「そろそろお時間を頂けませんか。私にはすべき所用がございまして――後回し? それは無理な話」

――鳴り止まぬ、アンコール。

「それより、あの孤独な人々をご覧ください」

ピエロは壇上を降りて闇に溶ける。己が与えられた任務をこなすために。
その事実は彼がただのピエロではなく、立派な一員――このステージにおける大事な歯車を意味する。
決して欠けてはならない歯車。それとも、そこにいずとも構わぬ末端の歯車か。

「悲劇のあった屋敷で床に滴る血をすくう、夢の世界に生きる少女」

奥で白く輝くスクリーンに映し出された、淑女と紳士。

「待ち人は、誰でしょうか? 」



時刻は――ブラフォードとジョナサンがジョースター邸を後にする、少し前のことである。
邸内の大広間で悪戯に時間をすごしていたエリナ・ペンドルトン
そして彼女の胸元で死を謳歌していたジョージ・ジョースター。

「お願いしますッ! どうか、どうかこの方に安全な処置をッ! このままでは……」

カーペットには大量の出血が広がり続け、ジョージの力は完全に抜けていた。
エリナ・ペンドルトンが助けを求めるのは――至極真っ当な行為。
2人の前に現れたのが顔も知らぬ来客……いや、刺客であろうとも。

「……積もる話はさておき。まず私のお誘いに、あなたが『YES』とお答えしていただかなければ」

赤い長帽子、鼻筋にTATOOを走らせる顔。
物腰柔らかな男の登場。エリナの理解を越えた範疇である。
彼女はスタンドの存在を知らない。スタンド使いを知らない。
バトルロワイアルへの恐怖もおぼろげであり……荒木飛呂彦への素性も何も知らない。
ただの人間にとって、紙の中から人間が現れることが、どれほど神がかりに見えるだろうか。

「そ、それは、私にジョナサン・ジョースターを裏切れ……ということですか」
「EXACTLY(その通りでございます)――と言いたい所ですが、安心してください。
 私は年下に趣味はありませんし、他人の女を寝取ろうとするクズではありません。
 あなたがYESと言っていただければそれでいい。私と接触するには、あなたの同意が必要だ」

エリナ・ペンドルトンが開いた支給品、この場合は『招待状』と言うべきか。
“ダービーズ・プレイアイランド(ダービーの遊技島)行きチケット”+“遊熟者(ゲームマスター)”。
この2つが閉じ込められた『エニグマの紙』を開いたものは、荒木に通じる遊熟者と接する権利を得られる。

「YES! 許可しますッ! あなたにはジョナサンと同じく只ならぬ力を感じます。協力が欲しいッ!」

遊熟者の名前はテレンス・T・ダービー。稀代のギャンブラー、ダニエル・J・ダービーの実弟。
命を賭けた究極の遊びを通じて――……対戦者との勝負を好む男。

「ようこそ、我が島へ」
「――えっ!? 」

刹那。
エリナ・ペンドルトンはダービーの神業を再び垣間見た。
自分たちの周りの風景が古風な屋敷から一瞬に常夏を連想させる小島になったのだ。
ジョースター邸にいたはずの自分達がどうして――エリナは口を開いたままだ。

「ちなみにこいつは私のゲームソフト。理解できないのでならば、質問は結構」

エリナは当然知らないことだが、この不可思議現象は奇跡ではない。テレンス本人の力量でもない。

「ゲームで私と勝負をすれば、あなたに有益なことが起こります。その男を助けることができるかもしれません」

テレンスの仕事は対戦者とゲームをすること。
お互いの命をチップとして賭け勝負する。敗者にはダービーからの制裁。
この催しの主である荒木飛呂彦から、テレンスは一種の“囃屋”を任かされていた。

『君とゲームをして勝った者は何らかの報酬を僕から与えようと思う。生唾ゴックンなボーナスをね』

ダービーズチケットを持つものは、遊熟者(テレンス)の申し出にYESと答えれば招かれる。
遥か海原、G-10北西部に鎮座する小島。地図には記されていない幻の存在。
荒木飛呂彦が、テレンスが待機する場所へ参加者を転送させるのだ。

「さて、エリナ・ペンドルトン様……賭けますか?賭けませんか?」
「賭けます。本当に助けてくださるんですね? 執事様」
「GOOD! さてエリナ様、そろそろ第一回放送が始まりますが、勝負は放送の後でも構いませんよ」
「時間がありません! “後”は“今”です! 」

エリナ・ペンドルトンは――テレンスを信じきってはいなかった。
彼女が信じていたものは己の診断。すなわちジョージ・ジョースターの容態が手遅れだったこと。
エリナはジョージを救うことを諦めていた。彼女にしては、首を傾げたくなる思考だ。

「この“リバーシ”で勝負しましょう。ルールも単純。早くケリがつく」
「よろしくて、説明は手短にお願いします」

彼女は自分自身の常識を基盤とすることを諦めていたのだ。
“ジョージはこのままでは助からない”は常識か。
“紙の中から人が現れる”“突然見たこともない海原に人を移動させる”は非常識か?
有り得た。可能だった。事実だった。非常識ではなかった。
ざざあと耳を叩く波うち際の音に意識をよせて、エリナは考える。

(“ジョースター卿が助からない”という非常識をこの方は変えてくれるのかもしれない)

かつてジョナサンの骨折を治したツェペリのように。
エリナは奇跡の存在、その可能性を信じていたのだ。

もっとも、彼女の直感が正かったのかどうかは……。


  ▽


リバーシとは8×8の盤上で対戦するゲーム。黒と白の駒で対戦する、いわゆるオセロだ。
将棋やチェスといった駒を取り合うゲームの中では、おそらく最も容易。
上級者の試合では『いかに駒を取り合うか』より『いかに相手が望まない場所へ駒を置かせるか』が鍵になる。
一番端っこ――4スミの角を通るラインには合計28個のマスがある。
64マスを争うリバーシでは端を全て取るだけで、申し分のない有利をつかむ。

「端のラインを相手に譲らざるえない配置にすることは、難しいことではありません」

テレンス・T・ダービーが白の駒をパタパタと倒す。
全ての駒が黒く染まる盤上を、エリナの目は悪戯に追っていた。

「全てのマスが埋まる前に決着をさせることのほうが、難しい」

最後の1つをひっくり返すと、テレンスはニッコリと笑った。
がっくりと肩を落とすエリナは、酷く憔悴している。

「約束のお時間です。対局中にお話ししましたとおり、『魂』を頂きます」
「……あ、あ、う、うあ」

テレンスには与えられた使命がある。自分と勝負して敗れた者にはちゃんと制裁を与えること。
彼のスタンド・『アトゥム神』は人間から魂を抜き取り、人形に閉じ込める。
対戦相手の魂、あるいは賭けの報酬対象になった魂に、永遠の孤独を与えるのだ。

「これで私のコレクションがまた1つ増える……ハハハハハハ」

エリナにとって、幸運は――彼女の口約束にあった。
彼女はルールを知った上で勝負を受けはしたが、自分の魂を賭けると宣言していなかった。

「ジョージ・ジョースターの魂はこの人形の中で永遠の刻を受けるのです」
「あ、あの、あたし、そ、そんな」
「卑怯とは言うまいね? 私はぐ・う・ぜ・んジョージの魂を取り立てただけ。
 『私の魂を取り立てて』と言ってくださればよかったのに。本当に卑しいのは、どっちでしょうね。
 この場で私を殺しますか? ジョージの魂も開放されますよ? あの世へね」

テレンスはエリナの魂を取り立てようとはしない。『面白くないから』だ。
エリナ・ペンドルトン自身は気づいていないようだが、この現状は彼女にとって最良の選択だった。
ジョージの魂はテレンスが生きている限り人形に閉じ込められる。逆に考えれば、ジョージは死の危険を免れたのた。

(私に勝ったところで、どうせ荒木はジョージを救う真似はしない。
 生贄として殺し合いをさせられている兄と私は立場が違うが、しもべという駒には変わらない。
 私にはそんな権限はないだろう……だからこそ、参加者の一時的な救済――ちょっとした反抗をしたくなる)

エリナはテレンスに負けることが最良。テレンスはそれを理解していた。
険悪な仲だったとはいえ、兄をコケにされるのは、自分もコケにされているようで嫌だったのだ。

「そのチケットがある限り、あなたが念じればいつでも私の島にこれますよ。
 腕利きのギャンブラーを連れてくるのもいいです。『ジョージを身代わりにして帰ってきた』と白状できるのならね。
 本当ならあなたの魂も取り立ててもよかったのですから。あなたは私に2度勝たねばならないのです」
「う、う、ううっ……ううう…………」

ただ一方でエリナに対する怒りもあった。
ジョージの魂が人形に閉じ込められた以上、残された肉体が修復されればジョージの生還もありえる。
すでにカビまるけになり、回復不可能な状態になった自分の兄と違い、この女はなんと悪運の強いことか。

「エリナ様、もう1勝負しますか? 」

ブラブラと首を振るエリナ。絶望しているのがひしと伝わってくる。

「ではジョースター邸へ一次退却ということで、よろしいですね。アディオス」

客人が消え、島は再び静寂に戻る。
残されたのは、血の抜けたジョージの肉体とテレンスと人形コレクション。

(不条理を受け入れろエリナ・ペンドルトン! 私の優しさをありがたく思え! )

潮風は第一回放送を運んでいる。
テレンスは早速ジョージの人形に予め付けられている首輪をチェックした。


【ジョージ・ジョースター1世 再起不能?】

【G-10 北西部 小島(ダービーズアイランド)/1日目 朝】
ジョージ・ジョースター1世
[時間軸]:ジョナサン少年編終了後
[状態]:肉体の右わき腹に剣による大怪我(貫通しています)、大量失血で血はほとんど抜けました
[装備]:なし
[道具]:
[思考・状況]
基本行動方針:ジョナサンとディオの保護
1.………………………………(気絶中?)。

※ジョージの魂はテレンスの作った人形に閉じ込められています。死んではいません。
※ジョージの人形には参加者と同じ首輪がつけられています。禁止エリアに入れば爆発します。
※テレンスに一回勝利しないとジョージの魂は開放されない。


【テレンス・T・ダービー】
[時間軸]:承太郎に敗北した後
[状態]:健康
[装備]:人形のコレクション
[道具]: 世界中のゲーム
[思考・状況]
1.参加者ではなく、基本はG-10にある島でしか行動できない。
2.荒木に逆らえば殺される。
3.参加者たちとゲームをし、勝敗によっては何らかの報酬を与える(ように荒木に命令されている)。


『アトゥム神』
テレンスのスタンド。
ゲーム勝負で負けた相手を人形の中に閉じ込めることができる。テレンスが死ぬと魂は開放される。
原作でテレンスが承太郎に敗北したとき、開放されたのは花京院だけだった。
1人の魂を開放するごとに1回勝負でテレンスを負かす必要がある?
相手の心を「YESかNO」で調べることができる。
転送能力はないので、エリナのワープは荒木がやった模様。



  ▽


「あの孤独な方はどこから来たのでしょう。誰にも気づいてもらえない」

エリナ・ペンドルトンは注がれる朝日に降伏するように伏す。
ほんの僅かな木陰が今の彼女にとってはありがたい。
物物しい態度だった若き青年は、もういなかった。

「私も孤独」

あれほどの致命傷を受けていながら、ジョージは死んでいなかった。
喜ばしいことこの上ない。
どうして? 魂? 人形? リバーシ? わけがわからない。
ジョースター邸には血たまりのカーペット。これは事実。
こつぜんと消えたジョージの肉体。これも事実。
奇跡なのか? 人形で永遠の時を刻む? それは死んでしまったのと変わらないのでは?
そして戦うことを拒否した自分。恐怖に駆られ――逃げた自分。周囲に流された自分。

「私は孤独」

エリナの耳には第一回放送の内容が入っていない。彼女にはそんな余裕がない。
心を支配するのは漠然とした罪悪感。“してはいけないこと”をしてしまった呵責。
この過ちは他人に話したところで、理解してもらったところで清められるものではない。

「孤独」

最初から。最初からすべきだったのだ。
ジョージの死を受け入れてしまえば……“そうなるところへ従えばよかった”のだ。
奇跡を安直に頼らず、真っ直ぐに事実を受け止めるべきだったのだ。

「こどく」

エリナは誰にも聞いてもらえない愚痴をつぶやく。
彼女のそばにいる者はない。誰もいない屋敷で服を繕う彼女の姿
何も変わらないというのに。

「こ、ど、く、うぇ」

エリナ・ペンドルトンは吐きながら、二階につながる階段を登った。
目指すは誰もいない寝室。胃液で汚れた手を拭きながら、全てをそのままにして。

「こ、ど、く……」

数分後、エリナは寝た。ベッドに入りすやすやと寝た。
現実逃避、エリナ・ペンドルトン。
何も変わらないというのに。

ジョージを助けようとしたら、魂と肉体を分けられて、その恐怖に戦慄して逃げた。

そんなこと誰が信じるものか。

少なくともエリナ・ペンドルトンは信じていなかった。信じられなかった。信じたくなかった。

信じてしまえば、自分の薄汚さを受け入れなければならないから。

貞操や身分や誇りを守ることより、はるかに辛い現実。自分のことじゃないから。
愛する夫の父をこんな目に合わせて、どう生きろというのか

「おやすみなさい」

孤独な人々はどこから来るのだろう。
孤独な人々はどこに身を置くのだろう。
おやすみなさいペンドルトン。



【G-2 ジョースター邸 二階寝室/一日目/朝】
【エリナ・ペンドルトン】
[時間軸]:ジョナサンと結婚後
[状態]:精神疲労(限界)、身体疲労(中) 就寝
[装備]: ドレスの裾が破れてSexy 手は血塗れでgrotesque
[道具]:木刀(元々はアレッシーの支給品)。支給品一式。不明支給品残り0~1(確認済)。靴(脱いでデイパック内にしまいました)
    サブマシンガン(残り弾数不明) 。不明支給品0~2(未確認)、ダービーズチケット
[思考・状況]
1.………………………………………現実逃避
2.ジョナサンを守るための戦いの覚悟はできていた。でもジョナサンには会いたくない。
3.でもなるべく人は殺したくない。
4.もし再び会えるのならば、あの男性(ミスタ)に謝罪をしたい。
[備考]
※アレッシーを、「危険人物」と認識しました。アレッシーの支給品には武器が無いと判断しました(あくまでエリナの判断です)
※自分の支給品、アレッシーの支給品を確認しました。
※不明支給品1~2(未確認)とダニーについて書かれていた説明書(未開封)が入ってるジョナサンのデイバッグ、
 タルカスの剣、ジョージのデイバッグの三つがジョースター邸内(C-2)に放置されてます。
※ジョージの魂が奪われたことが真実であろうと嘘であろうと、ジョナサンに合わせる顔がないと思ってます。
 自分のせいで穏やかに死ぬ運命だったジョージを永遠に苦しめる結果にしてしまったからです。



『ダービーズチケット+テレンス・T・ダービー』

ダービー弟のテレンスがいる遊戯島(ダービーズプレイアイランド)へ行けるチケット(ワープは荒木が担当?)。
小島ではダービーとゲーム勝負ができる。島の概観はJOJO3部25巻参照。位置はG-10北西部。
敗者は賭けた魂を取られ人形に閉じ込められる。勝者は何らかの報酬が荒木から与えられる。
希望すれば元の場所へ帰してくれる。実はイイやつ。



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キャラを追って読む

74:Inconsolable エリナ・ペンドルトン 117:明けてさだめに身をやつし
74:Inconsolable ジョージ・ジョースター1世 134:知りすぎていた男
テレンス・T・ダービー 133:Nothing to Fear!

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最終更新:2009年11月16日 09:44