【億泰の場合】


「―べートーヴェン交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」
 う~ん、じつに素晴らしいね。心が震える、そんな曲だ」

一度聞いたら忘れやしない、荒木とかいうクソッタレ野郎の声。
どっから聞こえるのかわかんねーんでビックラこいたが、承太郎さんの足も止まったからまあ良しとしよう。
歩き疲れたんで少しでも負担を減らそうと、デイパックを背負うのをやめ、承太郎さんの傍らに置く。
「荒木の声がどこから聞こえるのか探してるうちに荷物を盗まれました」なんてことのないように。
承太郎さんも荒木の声を聞くのに集中してるみてえだけど、承太郎さんならなんとかしてくれる。

「いやぁ~、それにしても…それにしてもだよ…。
 本当に君たちは良く生き残った! 素晴らしい、心の底から思うね!」

知るかこのダボ。こんな杜王町紛いの町で早々に死ぬわけにいくかよ。

「午前六時、第一回放送までの六時間で脱落した参加者は…」

それは仗助――あの殺人鬼、吉良吉影をブッ倒したダチだって、同じはずだぜ。
そうやすやすと死ぬようなタイプじゃあねえことは、今までの付き合いでよーく知ってるからな。
康一もそうだ。
兄貴の目的のために殺しかけたこともあったが、今ではあのときとは比べ物にならないほど頼もしくなった。
本調子ではねえらしいが、既に承太郎さんもここにいる。
トニオさんや早人は戦う力はねーが、心優しい人に会ってることを願うぜ。
重ちーが何で生きてるのかはわからねぇ。本当に生きてたら、いつかのように調子乗って人様に迷惑かけてそーだな。
露伴はまあ、取材とか言って変なことしてなきゃあいいんだがよぉ……チョッピリ心配だ。
由花子は……殺される姿が想像つかねー。逆ならありそうなんだが。

「……ワンチェン……モハメド・アヴドゥル……ギアッチョ……」

とにかく。俺たちが死んでたまるかっつー話だぜ、荒木。
ご親切に死人の名前読み上げてるとこ悪いがよぉ、お天道様も上がったわけだし、テメーの話が終わったらすぐにでも――

「…東方仗助」

そう、仗助と合流して……


え?


今、荒木の野郎は何て言ったんだ?
いや。まさか。そんな。
「仗助」の名前が呼ばれただなんて。さっきも言ったろ、そう簡単に死ぬ奴じゃねーって。
これはアレだ、アレ。空耳ってやつだなきっと。
あるいは俺の勘違いか? じゃあ実際何て言ったんだろうな。
……そうだ、承太郎さんだ。荒木の言ったことメモしてるみたいだし、承太郎さんに聞けばきっと――

「…広瀬康一」


……え?


  ★


「それじゃ改めて、君たちの健闘を願って…」

気づいた時には、荒木のご丁寧なあいさつで締めくくられたみてーだが、耳に入ってこなかった。

クソッ……妙にイラつくぜ。
重ちーが死んだ時も、こんな感じだった。
あの時はわからなかったが、今なら分かる。死んだってのが信じられないんだろうな。
明日にでもひょっこり目の前に現れて「おはよう」と言ってくるんじゃねーかって、そんな希望を抱いてしまう。
本当はこういう時は、
「仇討ってやんぜコンニャロオオオオオ!!」とか言って怒鳴り立てたり、
「何でお前らが死んじまうんだよ……」とか言って泣き崩れたり、するもんなんだろーが、
こればっかりは今でも、どうしたらいいか分からない。
あの時みたいに、涙一つ流してやれないなんてな……

「億泰……」

荒木の声をメモし終えた承太郎さんが、声をかけてくる。
今の俺の姿は、承太郎さんからすりゃあ、空気の入ってない風船みたいにしおれて映ってんだろーよ。
自分のことだが、情けないったらねえぜ。

少し前から承太郎さんがいつもより若い気がしていたが、どうでもいい。
正直言って、承太郎さんが俺のことをケーベツしてもおかしくないことを、しようと決めたんだ。
俺は馬鹿だがよぉ、これからしようとしてることは、どうしようもなく馬鹿げていると、自信を持って言えるぜ。


「億泰、今後のことだが……」
「スイマセン、承太郎さん。ここでお別れです」


言い切るのと、地面に置いといたデイパックを担いで走りだすのと、どっちが早かったか。
陸上選手のように、脇目も振らず猛ダッシュ。
いや、実際のところ振れなかっただろうな。目ェつぶってたからな。

とにかく、俺は一人で行動することにした。

――夢の中で、死んだ兄貴に会ったことがある。
   そこで俺が「兄貴についていく」と言ったら、「行き先を決めるのはお前だ」と、言い返されたんだ。
   おれは「杜王町に行く」と答えた。
   「自分の人生は、自分で決める」と、あの日決意したはずだった。
   だが、殺し合いが始まってからの俺はどうだ。
   ダチを救うこともできずに。承太郎さんに言われるがままに行動して。
   何もできないままでいた。誰も救えないままでいた。
   あの日、兄貴に誓ったはずなのに。

ちらりと後ろを見るが、承太郎さんが追ってくる様子はない。
意をくんでくれたのか、呆れているのか、馬鹿な俺には分からない。
説得しようにも、どんな状況であれ承太郎さんは理にかなった行動をするだろうし……話をしているうちに心が揺らいじまうかもしれねぇ。
だから、こんな形で別れることを決断したんだ。
……いや、決断とは言えねえな、こんな「逃げる」かのような行動はよぉ。
やっぱり決断は苦手なままだったみてえだ。全然成長してねーな、俺。
ですがね承太郎さん、考えるより体が先に動く、バカってのはそういう生き物なんだ。
もうこれ以上、動かず何もできないままじゃあダメなんだ。
殺し合いや荒木を止める、具体的な案だとか策だとかがあるわけじゃあない。
だがよぉ……これ以上、誰かに自分の行き先を委ねていちゃいけねえ。
自分の人生は、自分で決めるんだ。


「兄貴……俺、自分の道も決められねー馬鹿だったよ。大馬鹿野郎だったさ。でもよ、今から変わってみせる。だから……」


――だから、せめてその時までは、見守っててくれよな。



【オインゴの場合】



「―べートーヴェン交響曲第九番の第四楽章「歓喜の歌」
 う~ん、じつに素晴らしいね。心が震える、そんな曲だ」

一度聞いたら忘れやしない、荒木とかいう奴のふざけた声。
どっから聞こえてきたのか分からないんで、素っ頓狂な声を上げちまいそうだったが、今の俺は「空条承太郎」、クールに振る舞う。
と言っても、「スタンド攻撃だァーーーッ!」だなんて言って走りだした時点でCOOLどころかFOOLだがな。

あれから先が大変だったぜ……
顔を見られないようにしながらずっと歩き続けてたからな。
ポケットに鏃を隠して、他人と一切会わないようにしたしよ。
なんで人がいたであろう駅方面なんかに走っちまったんだ俺は。
「今まで南下してきた以上、敵が北にいる可能性は低い。ここは南西に向かうぞ」
って言い訳をひらめいた時は、自分の聡明さに涙が出そうだったね。
まあ、この億泰が天然記念物レベルの馬鹿だったから、この奇跡的方向転換が出来たんだが。
そんなこんなで、今は地図でいうところの【F‐8】、線路沿いにいるわけで。
あれからほとんど口きかなかったから、今までの無茶で疑いが強まってんじゃあねえかって内心ビクビクしてたところで、荒木の声が聞こえてきた。
正直言ってありがたかったさ。俺に対する注意が削がれるからな。
億泰はキョロキョロして、声がどっから聞こえてるのか不思議がってる。
十中八九、荒木のスタンド能力によるものだろうが、そんなことも分からない億泰は未だ虚空を見上げてやがる。

「いやぁ~、それにしても…それにしてもだよ…。
 本当に君たちは良く生き残った! 素晴らしい、心の底から思うね!」

いや全くもってその通りだ。この6時間、俺はまるで生きた心地がしなかった。
半端ないストレスで胃が痛みっぱなしだったし。
デイパックをずっと担いでいたから、少し肩も凝った。荷物を置こう。

「午前六時、第一回放送までの六時間で脱落した参加者は…」

ご丁寧なことに死人の名前を教えてくれるらしい。
億泰はメモする様子なさそうなんで、急いで紙と鉛筆を取り出し、読み上げられる名を綴る。
知っておくに越したことは無いしな。

「……ワンチェン……モハメド・アヴドゥル……ギアッチョ……」

アヴドゥルが死んだのか……砂漠で怪我を負ったらしいが、その傷がたたったんだろうか?
まあ何にせよ、俺とDIO様にとっちゃあ喜ばしいことだぜ。態度には表わさないがな。

「…東方仗助」

ん? 仗助って言うと確か億泰の仲間だったな。
早死にしたってことは、そんなに強いスタンド使いじゃあなかったらしいな。気にせずメモを続けよう。

「…広瀬康一」

……ん?


  ★


「それじゃ改めて、君たちの健闘を願って…」

そんな言葉で、荒木のスピーチは締めくくられた。
紙と鉛筆をしまいこみながら、俺は自分の生の実感を噛みしめていた。

26人……! ありがてえ! もうそんなに死んだのかよ!
億泰の仲間が3人ほど死んだらしいし、九栄神も2人やられたようだが、どうせ使えないやつらだったんだろう、同情の余地ないぜ。
荒木が禁止エリアを言い忘れかけたことに対する怒りも吹き飛ぶくらいのこの僥倖。
何か考え込むように口元を抑えてはいるが、実際のところニヤケ顔を隠すのに必死だ。
億泰は、塩撒かれた青菜みたいにしおれてやがる。
俯いてるから表情はわからないが、弱いお友達が死んだことにショック受けてることは明白だ。
無関係のこっちからすりゃあ、黙祷の一つでもささげてれば? って感じだ。
……だが待てよ。

「億泰……」

返事は、ない。
当然だな。この件に関する衝撃は相当にデカいはず。
だからこそ、こっから俺が行動の主導権を握るのは後出しでジャンケンに勝つぐらいに簡単だ。
「今回のことをずっと悔やんでいても仕方ない。今は俺たちができることをしよう」
とか、そんな感じのいかにも正義感満ち溢れるクッサイ台詞を言ってやりゃあ、この馬鹿はついてくる。
また言い訳しながら他人との合流を避けることになっちまうが、こうでもすりゃあ少なくとも俺への疑念は晴れるだろ。


「億泰、今後のことだが……」
「スイマセン、承太郎さん。ここでお別れです」


そう言って億泰は、俺のほうに向かっていった。

――お別れ……だと? ま、まさかコイツッ!
   自棄になって皆殺ししようとしてんのか!?
   ま……待て、落ち着けオインゴ! 今の俺は承太郎の姿。
   奴のスタンド「スター・プラチナ」はかなりの強さだと聞く。
   ここはハッタリで乗り越えるしかないッ!
   「フザけたこと言ってんじゃあねえぜ、億泰」とかそんな感じのを、ドスをきかせた声で……

「……って、あれ?」

気がついた時には、億泰の姿は遥か彼方。


  ★


まあ、なんだ、その。
「ここでお別れ」っていうのは、言葉通りの意味だったわけで。
俺の近くにデイパックがあったから、殺る気だったと誤解しちまったぜ。
ただ、自棄になったってのだけは正解だろう。頭を抱えて伏せた情けない姿の俺を無視しているのがその証拠。
とにかく、億泰はデイパックを持って一目散に西に駆け出したらしい。


――『俺の』デイパックを持って、だ。


「散々馬鹿馬鹿言って悪かったな、億泰。最後の最後で、お前は役に立ってくれたよ」

戦闘向きのスタンドを持たない俺にとって最大の武器になり得る、「青酸カリ」の入っているデイパックを、億泰は置いて行った。
喉から手が出るほど欲しかったが、幾ら承太郎の姿をしているとはいえ、これを譲ってもらうのは難しいと考えていた。
だが、何を勘違いしたのか、自分のデイパックを置いて行ったんだから世話ない。
こういうの窃盗っていうのかもしれないが、自衛のためと割り切らせてもらうぜ。
億泰の姿が見えなくなったころに、辺りに誰もいないことを確認してから、顔を元に戻す。
いい加減胃痛から解放されたかったからな。要は気持ちの問題。
更に億泰のデイパックを物色しはじめる。まだ中身の全てを見せてもらったわけじゃあねえからな。

「なんだこれ? 紙?」

出てきたのは、何の変哲もない、小さく折りたたまれた紙。
せっかくだから、広げてみる。

「よっと……なんだ、ただの紙……」

足下に、何かが落ちてきた。
落ちてきたといっても、特別重いもんじゃあない。むしろこれは軽くて、触れた感じでは布か何か――

――もしかしてこれはッ!

足下に落ちたそれを持ち上げ、砂を落とすため数回叩く。
上下揃った黒衣。黒い服と言ったら――学ランだ。原理は知らんが、紙から出てきたらしい。

「億泰ッ! お前マジにサイコーだぜッ!」

「クヌム神」最大の弱点は、服装まで変化しないこと(帽子ぐらいなら髪型で何とかできるがな)。
その弱点を埋める支給品が手に入った。
顔と服装、外見で他人を判断するのにこれ以上に必要なものがあるだろうか。
今の服ではできなかったが、学ランを着て承太郎の顔をして悪さしまくれば、承太郎の悪評を振りまくことだってできる。
うまくいけばこちらが名乗らずとも、「学ラン姿のあいつが……」という感じで、風のように噂は広まっていくだろうよ。
……いや、同じ学ラン姿の億泰の悪評を振り撒くのもありだな。
あんな形で別れた以上、向こうも合流するつもりねえだろうしな。
6時間も一緒にいたんだ。あのアホ面は嫌でもよーく思いだせる。

「とは言え、まずは誰かに会わなきゃな」

顔を借りて悪行するにしろ、強い参加者に保護してもらうにしろ、誰かに会わないことには話が進まない。
だがそんな問題も、今の俺にはまるで問題ではない!

「鏃だッ!」

ポケットから取り出した鏃は、カジノのルーレットみたく回転したのち、南南西方面を指した。

参加者を探知する鏃がある現状、今まで避けていた他の参加者との合流は非常に楽だ。
指した方向も、運良く億泰が走った西方面とは異なっている。
完璧だ。間違いなく俺は『絶頂』真っ只中にいる!

「待っていてくれ、ボインゴ。兄さんは必ず帰ってくる。だから……」

――だから、もう少し孤独に耐えていてくれ。


  ★


弟は、兄に自分で道を選ぶことを誓った。

兄は、弟に自身の生還を誓った。



兄と弟は、誓いを立てる。



【F-7/1日目 朝】

【虹村億泰】
[スタンド]:『ザ・ハンド』
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康 。自分の道は自分で決めるという『決意』。承太郎(オインゴ)への疑惑(今はあまり気にしていません)
[装備]: なし
[道具]: エルメェスのパンティ(直に脱いぢゃったやつかは不明)、支給品一式。(不明支給品残り0~1)
[思考・状況]
基本行動方針:味方と合流し、荒木、ゲームに乗った人間をブチのめす(特に音石は自分の"手"で仕留めたい)
1.承太郎さん、すまねぇ……
2.西に向かい、犠牲者が出る前に行動する。
3.仗助、康一……何でお前らが……
4.承太郎さん、なんか変なんだよなぁ。服はともかく、若返った?  まあ今はどうでもいいや。
5.なんで重ちーや吉良が生きてるんだ……!?

※西に向かってひたすら走っていますが、具体的な目的地があるわけではありません。
 方位は気にしていないので、多少南や北にそれる可能性もあります。
※オインゴが本当に承太郎なのか疑い始めています(西に向かうことで精一杯で、今はあまり気にしていません。冷静になったら……?)
※オインゴの言葉により、スタンド攻撃を受けている可能性に気付きました。ただし確信はありません
 (西に向かうことで精一杯で、今はあまり気にしていません)
※名簿は4部キャラの分の名前のみ確認しました。ジョセフの名前には気付いていません。
※放送をほとんど聞き逃しましたが、仗助、康一は死亡したものだと思っており、生きている可能性は無いと考えています。
 矢安宮重清の名前が呼ばれたことは気が付いていないようです。
※オインゴのデイパックを間違えて持っていったことに気が付いていません。


【F-8 駅周辺、線路沿い/1日目 朝】

【オインゴ】
[スタンド]:『クヌム神』
[時間軸]:JC21巻 ポルナレフからティッシュを受け取り、走り出した直後
[状態]:胃が痛い(若干和らいだ)、ややハイ。
[装備]: 首輪探知機(※スタンド能力を発動させる矢に似ていますが別物です)
[道具]: 青酸カリ、学ラン、支給品一式。(不明支給品残り0~1)
[思考・状況]
基本行動方針:積極的に優勝を目指すつもりはないが、変身能力を活かして生き残りたい。
1.鏃が差した南南西方面に向かい、他の参加者に接触する
2.承太郎か億泰の顔と学ランを使って、奴らの悪評を振り撒こうかなぁ~
3.億泰のスタンド能力を聞き出したい(とりあえず戦闘型ではないかと推測)


※現在はオインゴの顔ですが、顔さえ知っていれば誰にでも変身できます(現在承太郎、億泰の顔を知っています)。
 スタンドの制限は特にありません。
※億泰の味方、敵対人物の名前を知っています。


【ダブル"O"ブラザーズ 解散】


【学ラン】
現実世界からの出典。黒い男子生徒用の学ラン。サイズは結構大きく、承太郎でも着れる。
ただし、3部承太郎の学ランにある鎖や、億泰の学ランについてる「$¥」のバッジなどの装飾は無い。ごくごく普通の学ラン。

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キャラを追って読む

78:無題 オインゴ 133:Nothing to Fear!
78:無題 虹村億泰 120:耳なし芳一

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最終更新:2009年08月05日 03:52