闘いに勇気なんて必要ない。
 生きる事にこそ勇気が必要なんだ。




※   ※   ※


 男は駆けた。

 手元にはぬめるように光るナイフ。男は、リンゴォ・ロードアゲインという名のガンマンだった。
 しかし、彼の手元に銃はない。あるのはボウィーナイフのみ。

 彼の手は震えている。切っ先もそれに合わせてわなないていた。
 手を口許へ当て、手袋越しに噛み付く。震えを押さえ込む為だ。
 震えの原因は恐怖だったかもしれない。しかしだからこそ彼は向かって行った。
 この震えを克服する道筋に、いつも光を見ていたから。

 駆けた先には、妙なる巨躯にその激情を持て余す、人の形をした獣。柱の男、名をエシディシといった。
 濃い陰影を映すその面貌には、深い深い笑みが浮かび。
 彼は、ナイフを持った敵が己めがけて接近しているにもかかわらず、動かなかった。

 だが、リンゴォが強く握りこんでいたその凶器を振り上げるよりも早く、彼の体は宙を舞い、民家の壁へと無残に叩きつけられる。
 いつのまにか位置を大きく変えているエシディシの躰。
 彼は、残像すら残さない素早さでリンゴォを殴り飛ばしたのだった。
 そしてそう認識するが早いか、次の瞬間にはリンゴォは何事もなく『殴り飛ばされる前の状態で』ナイフを構えて、またエシディシへと駆け寄っている。

 まさしく奇妙としか表現し得ない有様だった。
 瞬時に巻き戻される情景、それが『マンダム』の能力。
 リンゴォが望む限り、永遠に続く巻き戻し。

「HUM……時を6秒戻す能力……時などという概念をさほど重視したこともないが、こいつは面白い。殴れども殴れども――」

 エシディシは独白し、跳躍した。
 リンゴォは後ろへと飛び退りながら手首の時計に手を当て、思考する。

 最初は、おそらく様子見だったのだろう。この怪物が本気を出せば、か弱い人間の体など千切れ飛んでいたはず。
 壁に叩きつけられ血反吐を吐く程度、まだ軽傷だったのだ。
 次に来るのはおそらく、渾身の一撃。食らえば、能力発動などできないままあの世の門をくぐる羽目になる。

 豪胆な拳が自分に届くよりも早く、スイッチをひねる。眼前に立ち現われるのは、6秒前の世界。
 縮められぬ距離にエシディシは大きく嘆息し、しかし楽しそうに問う。 

「埒が明かんな。何を狙っている?時間稼ぎか?お前はユカコの仲間か?」

 矢継ぎ早に提起される質問に、リンゴォはよどみなく答える。

「俺に仲間はいない。よって時間稼ぎは俺の目的ではない。狙っているのはお前の命――対等な決闘の先にある『男の世界』」

 対峙した二人は、お互いを見やる。
 にらむでもなく見据えるでもない。緩やかなほどに自然な態度で向かい合っていた。 

「男の世界?意味が分からんな」

 一転、殺気が場を満たす。
 エシディシの血液が燃え盛る、狂おしい彼の心情を代弁するかのように。  
 同時にうごめく黄色い粘液のような『イエロー・テンパランス』。 
 山岸由花子との間に横やりを入れた不届きものに、容赦など不要。
 そして『決闘』という単語を使ってきたということは、それ相応の覚悟があるということなのだとエシディシは思った。

「しかし、俺に決闘を申し込むとは……ンッン~、なかなか良い度胸ではないか。宣言通り見せつけてみろ、人間の生き様!貴様の戦い!」

「言われるまでもなく」

 かくて、ボールはネット上へと弾かれた。

 リンゴォはひるまない。相手がスタンド使いで、人間ではなく、圧倒的身体能力を持っていると分かっていてもひるまない。
 エシディシは止まらない。男の世界という未知の単語。それにすら気を払えないほどに高揚した彼の意識は、すべてを食らい尽くすまで止まらない。

 付加された条件において、エシディシは有利と言えよう、リンゴォは不利と言えよう。
 しかしそれは大した問題ではない。
 最も重要なのは、その意志が漆黒に塗り固めれられているかどうかなのだから。
 弾かれたボールをこちら側へ引き寄せんとする意志こそが、重要なのだから。
 それが「異能」であるスタンドを生み出すエネルギーなのであり、「生きる意志」なのだから。

 エシディシの拳が再び、リンゴォの胴体へと向けて迫りくる。回避など不可能な疾風迅雷の一打。
 リンゴォは意識と無意識の狭間で、手を動かした。エシディシの拳に、ナイフが深く深く突き刺さる。
 直接食らうことは何とか免れたが、骨を震わせるような衝撃が腕に響いた。
 しかし怪物は、己の拳に鞘の根元付近まで食い込んだ鋭利な刃物を見もしない。
 おもちゃに等しいナイフが刺さったところで、ダメージのうちにも入りはしないのだ。

 お互い接近した状態で動かず、にらみ合いの形になる。
 エシディシは拳にナイフを刺されたまま、それを握りしめるリンゴォの目を覗き込むと、不思議そうに言う。

「お前はナイフ一本で、本当に俺に勝てると思うのか?時を戻すだけでは、少しのダメージにもならないというのに」

「それは問題ではない。『立ち向かうこと』が重要なのだ」

 ナイフを引き抜き、再び振るわれたエシディシの打突をリンゴォはかろうじて避ける。
 追撃を恐れて身構えるが、エシディシは顎に手を当てて考え込むそぶりを見せた。

「立ち向かう……『Stand up』。――貴様の言う『男の世界』とは、一体何だ?」

 投げられた疑問に、リンゴォは答える。すでに何十回も繰り返してきた信念を。

「それは神聖なる修行のこと。卑劣さはどこにもなく……公正なる果し合いは、人として未熟なこの俺を聖なる領域へと高めてくれる」

「人として……貴様はどこに向かおうとする」

 エシディシはさらに深い思考へと沈む。
 ぎらつく瞳の奥は、不可解な言葉をかみ砕くために揺れている。

「俺が向かうのは『光輝ける道』。社会的価値観を凌駕する男の価値を得ることで、その道を見ることができるのだ」

「ならば俺にも見えるのか?貴様を殺しにかかれば、その光輝ける道が」

「それは今はまだわからない。ただ殺しあうだけでは動物と変わらないからな」

「お前には人間と動物の違いが判るのか」

 リンゴォはいまだ震える手に視線を落とし、ナイフを持っていない方で反対の手首を握りしめる。
 一筋の沈黙が流れ、彼は顔を上げる。言葉を探しながら、相手を見つめた。 

「人間は……『受け身の対応者になるか、そうではないか』自らの意志で選ぶことができる」

「俺は人間ではない」

 誇らかに言い放つ。そう、彼は柱の一族だ。
 高らかな軍歌のごとく、彼の心は勇んで進むことを望む。 
 エシディシは決心したように顔を上げた。

「いいだろう、いいだろう……どの道、俺が戦い続けていればわかるだろう事柄よ。やることは同じ。望み通り俺は、貴様を殺しにかかってやる」

 自ら手を下したプッチより受け取った『イエロー・テンパランス』がうごめき、リンゴォを捕えようと覆いかぶさってくる。
 しかしその動きは正確性を欠いていた。ぎこちない動きは、スタンドがエシディシの精神と馴染んでいないためだ。
 リンゴォは難なくテンパランスを避けきり、バックステップを取って距離を開ける。
 エシディシは思うように動かないスタンドヴィジョンを忌々しげに見やった。歯ぎしりが静かな夜に響く。

「俺は闘い続ける……一族のため。憎むべき波紋使いをはじめとした人間どもに、もう煩わされたくはない。食糧以下の存在に、なぜこうも気を乱される必要があるッ」

 『イエローテンパランス』は、ラバーソールのものだった。
 しかし、彼の力はホワイトスネイクの能力によってディスクにされた。それは精神の結晶だった。
 「節制」と銘打たれながら、彼の邪悪な精神を反映した、まるで逆位置の意味における暗示のような能力。
 食らい、取り込む能力。人間という異種族を食らい続けてきたエシディシには似合いの能力。

 だがそれは「力の内容」であって、「力を行使する精神」のことではない。

 他者を踏みにじってでも己の欲望を満たさんとするラバーソールの人間らしさ。
 その善悪はここでは問わないとして、「それでこそ」彼は人間だったと言えるだろう。

 対するエシディシはどうか?
 彼には何があるのか?
 一万年以上も共に生き続けた同胞たちは死に絶え、大きな夢は崩れて消え去った。
 太陽を克服『してしまった』今、最早彼は一族の再興という過去の夢を追い続けるしかなくなった。

「俺は知りたいのだ……なぜ人間は人間なのか?!なぜ人間は、滅びることなく立ち向かい続けることができたのか!」 

 そう、彼は怪物だ。
 人間を食らう吸血鬼を食らう柱の男だ。
 そして彼は、戦闘を求めずにはいられない性分だ。
 何もかもが消えてなくなるまで戦い続ける幽鬼なのだ。

 今の彼には何もない。目先の欲望はあっても、その先の希望はない。

「俺は全てにおいて優れている。人間より、圧倒的に!だからなおさら許せない!俺が人間を理解できないことと、貴様のその、恐れを持たない小生意気な目がなァァアア!!」

 手近かなコンクリートの壁に拳をぶつける。あっさりと崩れ落ちる、薄い民家の壁。

 今のエシディシにはわからないだろう。人間が戦う理由と、自分が戦う理由の、その決定的な差が。
 戦うために闘うエシディシと、勝つために克つ人間と。

 だからスタンドディスクは彼に馴染まない。
 血や遺伝子ではなく、彼が真の意味で『人間ではないから』。

「『傲慢』であること。それが、お前が望むものを手に入れることができない理由だ」

 生を捨てる傲慢さ。戦いだけをただ望み、奪い、捨て続けるだけの命は、いつも大切なものを得ることができない。

「あらゆる闘志に敬意を示せ。克服することを目的としたときに生まれるのが『力』。お前には理解できまい」

「俺が、理解できないィイ?」

 リンゴォは再び構えの姿勢を取る。
 しかし、相手に迷いがありすぎる。リンゴォの考える決闘の透明な空気感が、ここにはなかった。
 しかしここで引くわけにはいかない。サウンドマンの言葉が、思考を乱してたまらないのだ。
 これを乗り越えなければ、吉良に向かって行ったとて男の価値を得ることはできないと考えていた。

「力ならばもっている!お前の首を千切り飛ばす力、大地を穿つ俺の拳が、俺が欲したもの――柱の一族の再興を与えてくれるのよ!」

 エシディシは傲然と駆け出す。狙いは腕時計。
 時が戻る前、リンゴォは必ずそれに触れていた
 腕をピンポイントで狙い、時計だけをはじき落とす。エシディシのすさまじいスピードに、相手は接近を認識することもままならない。

「さあ、五体は満足なままで俺に立ち向かわせてやる。――来い!」

 一部の無駄もなく、密に鍛え抜かれたその腕を上げ。
 ただまっすぐに、リンゴォに向かって振りかぶる。期待と怒りを込めて。

「敬意?そんなものが戦闘においてなんの役に立つ?!口先だけで語らず、行為で示すがいい!」

 リンゴォに選択の余地はなかった。弾丸ならば『点』の攻撃ゆえ、致命傷となりうる場所を回避しさえすれば即死は免れる。
 しかし、相手の拳は当たれば広範囲をえぐり取られるであろう『面』の攻撃。
 低く頭を下げ、やり過ごす。エシディシから漏れる侮蔑の笑い声。

「今分かった……貴様は赤ん坊のようなものなのだと。人間を理解できずに苦悶する、哀れな子供なのだと」

 そう言って憐みの表情を浮かべたリンゴォ。その言葉と顔を、信じられない思いでエシディシは見た。

「理解できないから、軽蔑するしかない。苦痛を伴う思考を止め、弱いと蔑むのはひどく簡単だからな。なるほどお前は強い。だが、ただ圧倒的な力を奮うだけでは、いずれその空虚に取り込まれてしまう」

 追い打ちをかけるような言葉。
 エシディシはこめかみに血管を浮かび上がらせ、能力とは関係のない感情の高ぶりによって血液が沸騰するような錯覚に陥る。
 耐え難い憤怒の情が、エシディシの臓腑を焼き焦がし。
 それはとめどなく流れ落ちる涙と叫びによって、体外へと発散された。 

 「HEEEYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!」

 突然の絶叫にも、リンゴォは眉一つ動かさなかった。異常な事態を気にも留めず、相手に攻撃するチャンスを伺い続けている。
 しかし制御の利かなくなった機関車のように暴れ狂う相手に、接近すらできずにいた。
 弾き飛ばされた腕時計を目で探すが、エシディシの遥か後方に落ちていた。脇をすり抜けて取りに行くのは至難の業。
 精神的なスイッチを経ずに発動させる能力は、その動作において不安を残す。

 思考を巡らせるうちに相手は、糸が切れたように動きを止めた。
 両手をだらりと下げ、顔には無表情を張り付けて。
 頬にまとわりつく涙を、乱暴にぬぐい取った。

 ――もはや理解不能か?自分の何がいけない?何が足りない? 

「……もういい、終わらせる」

 跳躍し、三度殴りかかる。
 リンゴォは幾度かエシディシの動きをかわした経験を活かし、辛くもその豪速の拳の下をすり抜け、懐に潜り込んだ。
 間髪入れずに、ナイフを顔面めがけて振るう。狙いは、怪物の眼。

 しかしそれは黄色い粘質の物体によって阻まれる。エシディシ本体に近い距離ゆえに、スタンドはかなりの精度で動いていた。
 テンパランスはナイフを取り込むと、そのままリンゴォの腕へと伸びてくる。
 エシディシは、後退しようと力を入れた相手の両足を片足で薙ぐように払う。たったそれだけで、あっけなく骨が砕けた。

 走る激痛に、リンゴォは息を漏らす。崩れ落ちて膝を付こうにも、腕を取り込んでいるテンパランスがそれを許さない。
 中途半端に足を地につけたまま、折れた部分をぐらつかせるたび、骨同士が擦れ合う。
 それは虚空を掴むような激しい熱をおこし――痛みとなって体中を駆け巡った。

 そのまま無力に捕食される敵の苦悶の表情を見てやろうと、エシディシは冷笑を浮かべて直接攻撃に移ろうとしない。

 リンゴォの足の痛みなど構いもせずに、腕が徐々に浸食され始める。
 引き抜こうとあがくほど、さらに深く食い込んでくるのだ。

「ぐ、――ッ!」

 肩口まで広がったテンパランスが、リンゴォの頭を覆い隠さんとうごめいた時、走り寄るかすかな足音が二人の耳に届いた。

 一瞬早くその音を認識したエシディシが、背後より忍び寄る音に対応せんと振り向いた。
 相手の意識が他に向いた一瞬のすきに、リンゴォは渾身の力を込めて思い切り腕を引き、無理矢理に抜き出すことに成功した。
 スタンド操作に慣れないエシディシは、足音によって集中力を途切れさせてしまい、拘束を緩めてしまったのだった。

 エシディシは盛大に舌打ちをした。同時に素早く、刺すような蹴りを繰り出す。最後のとどめを迅速に行おうと、確実に仕留めようと。

 光速の一閃。目で追うことすらかなわない。
 リンゴォに避けることができるような類の攻撃では、なかった。



 ――構わない。受け入れる。この怪物は哀れな奴だが、強かった。これが、俺の道の果てだとしても……感謝いたします。



 頭を垂れて、闘う喜びを噛みしめた。
 しかし、彼の意に反し、戦いはここでは終わらなかったのだ。


「『イン・ア・サイレントウェイ』」



 蹴りだされたエシディシの足が、音によって生まれた熱に、朦々とした煙を上げ燃え盛る。


※             ※              ※

 ああ……マジにやべえ。

 なるべく足音を立てないように歩く。暗い中で歩くのは別にどうってことない。
 ナチス研究所から命からがら逃げだして、俺は何も考えずに地図中央に向かって歩いている。
 いつだれが襲ってくるかわからないことなんてわかってた。でも、じゃあ、どうしろってんだ?

 このまま当てもなく歩いて……なんになるんだ。
 オイ、音石明……意気地なしの甘ちゃんめ。

 このまま進めばコロッセオだ。――イタリアのコロッセオ、写真で見た感じは、なかなかいい歴史の重みってやつを感じたぜぇ。
 だが今そんなものは感じねえ!
 俺が今感じるのは、不安と、恐怖と、焦りと、ちょっとだけ、後悔。

 あのまま研究所にとどまっても、危険はやってくるんだと分かった。
 だが外に出たって同じことだ。甘かった、ドゥ・マゴのチョコレートパフェ並みに、激甘だった。

 いったいどうすりゃいい?俺は死ぬわけにはいかねえ。

 石造りの壁が見えてきた。イタリアに行かないと拝めないはずの世界遺産が、目の前にそびえている。
 中へ入ろうか。誰もいないんなら、ちょっとだけ……見物がしたいぜ。
 こんな時に、ホントにこんな時に自分でもバカなこと考えてるって思うけどよォ、ちょっと、俺、落ち着きてーんだわ。

 適当な入口らしいところから中に入る。きっと現地で見たりしたら入場料を取られるうえに観光客でごった返してるんだろうな。
 本日は貸し切りサービスデイだぜ。

 下らないことを考える。
 ひんやりとした空気の中で、俺は天井を見上げて立ち止まった。

 俺は……そもそも、リゾットたちを見捨てて逃げ出したのは最高に最低な判断だった。
 きっともう俺の名前は「間抜けな裏切り者」としてあいつらの辞書に収まっちまったに違いない。
 くそ、おれのロック魂は、そんダセェ『レッテル』に我慢できないッ!だが、俺がいつまでも逃げてる臆病者って事実は真実ッ!

 ――いや、まだ諦められねえ。

 とにかくコロッセオに誰かいないかを確認するんだ。なるべく目立たねえように、周りの状況を伺うぞ。

 で、何か有力な情報を持っていけば……研究所にまた入れてもらえるかもしれない。
 確かに俺はビビッて逃げ出したが、『首輪の内部構造図』をあいつらに渡したって経歴があるんだ!
 まあ……あれはジョセフのだけどな。細けえことはいいんだよ!
 何かもう一個役に立つことをすれば、またあそこに入れてもらえるかもしんねえ。

 よし、と拳を握りしめた瞬間。建物が壊れる時の、あの独特の音が聞こえた。
 しかも、なんと、コロッセオの近くからだ。どうもどっかの道端で、おっぱじまっているらしい。
 俺は手のひらを握りしめたままで固まる。じっとりとした汗がにじんだ。

「貸切じゃ、なかった……」

 逃げようか、と足に力を込める。しかし、どこに?

 きっと、そこではスタンド使いか化け物どもかが殺し合ってるに違いない。 
 怖え、まじに。今は自分一人しかいねえんだ。ゲームが始まってからは、結構いつも誰かしらと一緒にいた気がする。
 けど、一人だからって――このまま何もしないでは、やっぱり、だめだ。

 震える足を拳で殴りつけて、俺は音のした方向へと向かうことに決めた。


※             ※               ※


 私は息をひそめて見ていた。
 二メートルほどもある怪物――柱の男エシディシに、ナイフ一本で挑みかかる人間を。


 先ほど情報交換を約束したサウンドマンを待つため、私はコロッセオの外部西側、その石壁の陰に隠れていた。
 息をひそめ、ただ時間が来るのを待っていた私の耳を襲ったのは、何かが崩れ落ちる音。
 驚いて背を預けていた壁から飛びのき、あたりを見回した。

 どうやら近くで争いごとのようだ。できれば一切関わり合いを持ちたくはない。
 私の存在に気づかれる前に、早々と逃げるのが得策。

 しかし、サウンドマンとの約束を反故にすれば、私は一生後悔するだろうという妙な確信があった。
 それゆえに、私はその場を離れ、状況を確認するため音のする方向へと向かった。
 逃げるのならば必要のないことだが、留まる以上は場の把握が必要不可欠だ。
 約束の時間は半刻後。まだ時間的な心配はいらないだろう。

 何が起こっているのかくらいは知っておかなくては、チャンスを逃すかもしれないし、危機に気付くこともなく、気が付いた時にはすでに死んでいた……などということもあり得る。
 襲いかかる恐怖のためにひどく動悸する胸を必死で抑えながら、音の鳴った場所へと到達した。

 そこにいたのが、エシディシという怪物と、先ほど私を襲おうとしたリンゴォ・ロードアゲインというスタンド使いだった。
 私はてっきりリンゴォがすぐ殺されてしまうか、逃げ出すか、命乞いをするのだと思っていた。

 しかし、どうだろう。
 リンゴォはエシディシに向かって行き、あまつさえ奴を『哀れな子供』とまで言ってのけた。  
 当然のごとく激昂するエシディシ。しかし泣き出すとは私も予想だにしなかった。あまりの泣き声に、こちらまで悲鳴を上げそうになってしまう。 

 そしてエシディシ――化け物がリンゴォにとどめを刺さんと迫ったその時、私の横を影が通り抜けた。
 一瞬びくついて身構えたが、私になど目もくれずに跳躍するその影は、先ほど女性の悲鳴がした場所へ向かっていったはずのサウンドマンだった。

 なんということだろう。彼は悲鳴の主を助けたのだろうか。そのうえに、リンゴォを助けにまた戻ってきたのだ。
 リンゴォといい、サウンドマンといい、こいつらはそろいもそろって頭のリミッターが吹っ切れている。いかれているのだ、この状況で。

 「なんてやつらだ……馬鹿げてる……」

 口では罵りながらも私は、リンゴォの言葉とサウンドマンの言葉を何度も何度も頭の中でなぞらえる。
 この感覚は何だろう。胸が熱く、恍惚とするような。

 『俺は、俺自身の目的のために、できる限りのことをする 』、とサウンドマンは言った。
 荒木に勝てなくても、抗うだけ、と。
 『オレに交渉の術はない。あるのは、『公正』なる果し合いのみ』とリンゴォは言った。
 それが輝ける道なのだと。

 ああ、私は……

 ――ええい、認めてしまえ。

 私の魂に瞬き始めた光の名は「男の世界」。
 私は、その光を拒めない。


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最終更新:2010年12月18日 00:35