目を離したのは一瞬だった。
ダービーの野郎は未だに名残惜しい様子だったが、俺は億泰がついてこないことに安心していた。
億泰は絶対俺に恨みを持っているし、今すぐで無くとも、いつ気が変わってブッ殺されるかわかったもんじゃあねえ……
億泰は強いスタンド使いだが、一緒にいると俺の方が危なくなりかねん。
俺はダービーを急かすように、奴に背中を向けて歩き出そうとした。
さっさと安全な場所に避難したい、その一心で―――
次の瞬間、背後で奇妙な発射音がした。
今日一日で幾度となく聞いてきた拳銃の銃声とまた違う重苦しい音…
次いで、人間の倒れる音―――背中に感じる不気味な気配――――――
振り返ったそこにいたのは、肉の塊を纏った身の丈2メートルほどの化け物だった。
「なァ――なぁンだァァあいつはァァ!?」
F・F弾の発射音に振り返った億泰が見た物は、さっきまで会話していたテレンス・T・ダービーの崩れゆく姿、腰を抜かしうめき声をあげている
音石明、そして肉の塊のような奇妙な容貌をした怪物(モンスター)だった。
その怪物…『
フー・ファイターズ』はティッツァーノの生首にマイク・O、
スカーレット・ヴァレンタインの遺体から使える『部品』を集め、F・Fの細胞と数時間前の雨によって生まれた水たまりで再生拡大……
5歳の幼稚園児が粘土細工で遊ぶかのように練り上げて作った継ぎ接ぎの肉体である。
太さも違う足が2本――黒人男性の右足に女性の左足―――
同じく、サイズが違う腕が3本――黒人男性の両腕と、そのうち左脇から伸びるもう1本の左腕は女性のものであった。
さらに繋ぎ合わせた胴体には内臓器官が剥き出しになっており、またほとんどの細胞がプランクトンによって無理矢理修復されたもの、さらに全部で6つの眼球が確認された。
おぞましい腐敗臭を放つその悪魔の彫刻のような禍々しい姿をした怪物は傍らで腰を抜かす音石明をその6つの瞳でまじまじと見つめる。
音石は腰を抜かしたまま、蛇に睨まれた蛙のように、麻痺したまま動くことができなかった。
なんだこいつはッ!?
化け物? 誰かのスタンドかッ!?
いや…こんな不気味なかたちのスタンドは見たことがねえッ!!
生身の肉体…? こいつ…生き物なのかッ!?
第一、こいつの肉はさっきそこに散らばっていた死体の肉片じゃあねえのかッ!?
荒木の野郎は、こんな得体の知れない化け物まで殺し合いに参加させていたってのかッ!?
音石の頭を様々な疑問が駆け巡る。
やがてその怪物は3本の腕を銃口を作るように伸ばし、ゆっくりと音石の額に向けて構えた。
―――オイッ!! ちょ…ちょっと待てッ―――!!
こいつ……何する気だ――ッ!?
撃つ……? 撃つ気か………ッ!?
俺はここで死ぬのかッ――――――ッ!?
こんな……こんなところで………こんなわけのわからない奴に――殺されるのかッ!?
いやだ――――ッ!!
「うわあぁぁ来るなあぁぁ!!! やめろおぉぉぉぉぉ!!!!」
音石は動けない。
とっさにラジコン飛行機を掲げ、『レッド・ホット・チリ・ペッパー』で身を守る。
が、しかし―――――
「だめだッ!!『電力』が足りねえッ!!! この小さな飛行機のバッテリーじゃあ、『弾丸』は止めらねえッ―――」
F・F弾が『チリ・ペッパー』を貫通する―――
終わった、死んだ…………
「音石ィィ――――てめぇそんな腰抜け野郎だったかよォ?
俺を殺そうとしやがった時は……こんなもんじゃあなかっただろぉ~~?」
――――その直前、音石の体は地面を転がりまわり、億泰の足元で受け止められた。
『ザ・ハンド』によって削り取られた空間に引き寄せられて………
「もうゴチャゴチャ考えるのはやめだッ! どーせ俺は頭悪りぃんだからよぉ~
てめえが得体の知れねえ化け物で、俺がてめえをぶっ倒す……それで十分なんだぜ?」
★
「に…虹村億泰……ッ!! きさまなぜ俺を助けたッ!? 俺は……きさまの兄貴の…『仇』だろうが………ッ!!?」
「…けッ! 知らねぇよそんなことはよぉッ!! あとで貴様をボコボコにしない自信はねぇがなぁ~………
今はあいつをぶち殺すのが先だぜ……………?」
事実、億泰はなぜ自分が音石を助けたのか自分でもわかっていなかった。
ただ「音石明が殺される」と思ったとき、億泰の体は無意識に動いていた。
音石明が自分の兄貴の仇だとか、(リゾットが言うには)音石が首輪解除の切り札になるかもしれない事だとか、そんな理屈はどこにもなかった。
これ以上、『目の前で誰かが殺される』―――――――――――――
ただそれだけが許せなかった。
ざまあねえよなあ…… 誰も殺させない―――そう誓った傍から、今度はダービーまで…………
こんな様じゃあ、仗助や康一に…、露伴に顔向けできねえよな………
―――これ以上、誰かを守れないのは許せなかった。
億泰たちは怪物と目が合った。
目の前の標的を失った怪物は、視線を動かし複数の目で億泰たちの姿をまじまじと見ている。
「でよォ音石明……あいつは一体なんなんだ?」
「し……知らねえよ……… 急に起き上がってきやがったんだよッ……!!
スタンドじゃあねえ、さっきの死体がだッ!! 気が付いたらダービーがやられちまっていて、俺も………ハッ……!?」
怪物が億泰・音石たちに向かって猛然と突進してくる。
腕は再び先ほどと同じ銃口を作り、億泰の胴部に狙いを定めた。
動きのノロさを補う正確な射撃が億泰を襲う。
「ヤバいッ! また撃って来やがったッ―――!!! 避けろ億泰ッ!!!」
音石が億泰に警告を促す。
億泰は……いないッ!?
一瞬前まで腰を抜かした音石の背後にいた億泰がいつの間にかどこかへ消えていた。
音石は咄嗟に襲い来るF・F弾の散弾を、身をかがめて回避した。
億泰はどこへ行った―ッッ!?
怪物から弾丸が発射される瞬間、身をかがめて回避をした音石とは対照的に、億泰は空へ飛んでいた。
音石は怪物の頭上に飛び上っている億泰の姿を見た。
「ノロイぜ……化けモンよぉぉぉ……ッ!! 俺はてめえが『ナニモノ』なのかは知らねえが……てめえがダービーを殺し、これからも殺しを続けるクソッタレだってことはわかってんだッ!! 俺には……、それだけで十分なんだよ……ッ!!」
億泰の『ザ・ハンド』は『弧』を描く掌の動きで空間を削り取る能力である。
現世で音石明に散々言われたとおり、その動きは弾丸を削り取るなど不可能な『スロー』な動きではあるが、削り取られた空間に『引き寄せられるスピード』は、音石の『レッド・ホット・チリ・ペッパー』のスピードをも凌駕する。
特に現在の億泰は先刻の
パンナコッタ・フーゴとの戦闘を経験し、対『弾丸』には特別過敏になっていた。
走りくる怪物が銃口(腕)を億泰に構えたときには、先読みした億泰が既に斜め上空の空間を『ザ・ハンド』で削り取っていた。
そして、削り取られた空間が閉じると同時に、億泰自身が瞬間移動して宙に舞い上がったのだ。
「その体……銃撃だけは速いようだが……、素早い身のこなしや回避行動は『ニガテ』と見たぜぇ~~ッ!! そのグチャグチャの肉の塊ならよォォ!!!」
そして空中からの勢いに任せ、怪物の後頭部めがけ、『ザ・ハンド』の―――否、『億泰本体』の生身での蹴りが炸裂した。
地面に叩きつけられる怪物…そしてその脇に億泰が着地し、怪物を睨みつけ見下ろす。
「とらえたぜ――ッ!! 『俺の蹴り』が入るってことは……やはりてめえのその肉は『生身』かッ!!
てめえが誰かの『スタンド』ってんなら『本体の奇襲』を警戒するところだが……どうやらその必要は無くなったようだなぁ~~……!!」
「GA……GAAAAAAAAA!!!!!」
手痛い一撃を受け、背後を取られた怪物がうめき声をあげながら、億泰に銃口を向けようとする。
しかし、億泰はそれを許さない。
「だァかァらァ…… ノロイぜダボがァァ!! 確かに俺の右手は、音石の『電気』よりはスローかもしれねえが……それでもてめえみてえな鈍重な化け物をとらえきれねえようなアクビが出るスピードじゃあねえんだぜ……
計ったこたあねーがよォ…… この距離じゃあ時速300㎞/hは出るぜ……」
『ザ・ハンド』の右腕が怪物から伸びる黒人男性の両腕の手首から先を掴み取り、消滅させるッ!!
さらに連続した動作で左脇から伸びる残る一本の女性の腕を、振り下ろす『ザ・ハンド』の拳で叩きつぶした。
「GU…GURRAAGAAAAAAAAAA!!!!!」
「これで貴様の『妙な銃』は使えなくなったかァ!? だが、こんなもんじゃあ終わらねえぞ化け物ッ!!
今の俺は『とことんまで』やり抜かねえと気が済まねえんだッ!! 中途半端で終わらしちゃあ……貴様が殺したダービーや、露伴たち…守れなかった仲間たちに顔向けできねえんだよッ!!!」
『ザ・ハンド』の掌で怪物の脇腹を掴み取り、消滅させる!
そしてさらにもう一撃、怪物の肩口めがけて渾身の正拳を叩きこんだッ!!
怪物の体は吹き飛ばされ、体中の傷口から血が噴き出し、住宅地脇の民家のコンクリート塀に叩きつけられた。
「す……すげえ………ッ!」
数メートル離れた路地から億泰の猛攻を見ていた音石明が感嘆の声を漏らす。
過去に自分と対峙した時に匹敵する……いや、それすらも超えるかもしれない億泰の怒涛の攻撃。
そのパワーの源にあるのは、『兄の仇』よりも大切な億泰の心の奥深くにある『正義の心』……
自分の大切な仲間たちを守ることのできなかった『自分自身への怒り』であった。
「以前…億泰のことを『精神が未熟』などだと言ったが…そいつは間違いだった……
億泰……奴は『優しい』んだ…… 世界一優しいスタンド『クレイジー・ダイヤモンド』よりも『優しい』んだ……
奴は『人を殺そう』だとか…『仇を討とう』だとかじゃあなく……『誰かを守ろう』とした時…… 誰よりも強く戦えるんだ………」
「GU……GUGAAAA………」
醜い肉体から血液が噴き出し、苦しそうに呻き声をあげる怪物に、億泰が距離を詰める。
「てめえに対する慈悲の気持ちは全くねえ…… てめえをカワイソーとは全く思わねえぜ……
てめえが何者なのかは分からずじまいになっちまうが…… このままてめえを全身削り取って消滅させるッ!!!」
億泰が怪物に向かって最後の攻撃を仕掛ける。
しかし、その様子を見ていた音石が奇妙な違和感を覚える。
―――あの化け物……、逃げようとしねえ――――――
「おつむ」が足りないわけじゃあないだろう……
向かってくる億泰に対し、反撃も退避もせず、ただ「待っている」ような……?
億泰が距離を詰めるのを待っている……?
あの化け物は反撃の手段をまだ持っているのか……?
音石はその時、怪物の折れた女性の左腕の陰に、押しつぶされたようなペットボトル容器を見たッ!!
そして消滅させたはずの黒人男性の両腕の手首は―――ッ!!
億泰は気が付いていないッ!!!
距離約2メートルッ!!!
「とどめだ!! 削り取ってやるぜッ!!! 化けモ――― 何ィッ!!!!」
億泰の一撃が届くより先に、ジャキンと構えられた怪物の両腕……
削り取ったはずの手首から先は再生し、億泰の額に向けて狙いをつけていた。
――バ……バカなッ!! さっき消滅させたはずッ!! 復活してるだとッ!!!
やべぇッ… 近すぎるぜッ!! 瞬間移動が間に合わねえッ!!!
「『レッド・ホット・チリ・ペッパ――――――』ッ!!!!!」
そのとき、音石がスピットファイヤー(ラジコン飛行機)に『チリ・ペッパー』を乗せ、億泰の救出に向けて飛ばさせた。
『チリ・ペッパー』は怪物の銃撃とほぼ同時に億泰の元に辿り着き、億泰をかばうように押しのける。
銃撃をモロに受けたスピットファイヤーは、もともとプロペラが壊れていたこともあり空中で大破し、地面に叩きつけられた。
そして、もちろん『チリ・ペッパー』も同様に銃撃を喰らっていた。
「ッぐ!! ぐァあああぁぁッッ!!!」
散弾の一部を腹部に受けた『チリ・ペッパー』のダメージが、音石明にフィードバックする。
命にかかわる傷ではないが、それでも浮き出した傷に音石はうめき声をあげる。
生身の肉体から発射される銃弾ではスタンドには攻撃できない。
そう思い込んでいた音石明の誤算であった。
チ……クショウ…… ただの化け物だと思っていたら……
あの弾丸……いや、奴の全身が俺と同じ『一体型スタンド』ッ!!!
億泰の蹴りが当たったにもかかわらず、俺の『チリ・ペッパー』を銃撃できたのはそういう理屈かッ……!!
本体は……遠隔で操っているのか? わからねえ……… いや、今はそんなことより、奴のスタンドの正体…… 奴はッ――!!
「お……音石明ッ! てめえが俺を助けたのか……? 兄貴の仇であるてめえが…この俺を……ッ!!」
「う……うるせえッ!! さっきの借りを返しただけだッ!! 助けられっぱなしが性に合わねえだけだぜッ――!! てめえがやられたら俺も危ねえしよッ!!!
――そんなことより億泰ッ!! 化け物の正体がわかったぜ!! 奴は『水と一体化し死肉を操るスタンド』だ!! そして奴は『水を吸収すること』で肉体を再生・強化することができるスタンドなんだッ!!!」
「な……何だとォ!!?」
怪物の傷口がグジュルグジュルと音を立てて再生していく。
怪物は最初の攻防で億泰に向かってくる前に、散乱した音石のデイパックの中から基本支給品である『水』のペットボトルを拝借し、体内に隠し持っていた。
そしてピンチが訪れたとき容器をぶち壊し、中の水で高速再生回復できる『保険』を作っていたのだ。
億泰が迫ってくるのを待ち、今度は逃げられない距離からF・F弾を叩きこむために、ギリギリのタイミングで手首から先を復活させたのだ。
反撃に失敗した怪物は、いったん体制を立て直すべく、数メートル先にある水たまりに異動するため、体を引きずって移動する。
「まずい! 億泰ッ!! 奴を水たまりに近づけるな!! また再生されるぞ!!!」
音石が叫ぶ。
しかし億泰は立ち上がれない。立ち上がろうとはしているが、足に力が入らない。
『チリ・ペッパー』の救援で致命傷は逃れることができたが、億泰はまだ窮地を脱したわけではない。
散弾の一発を、足にくらっていたのだ。
「…ぉぉおおおオオオオオッッ!!!!」
億泰の足から血が流れ出す。
根性で『ザ・ハンド』を繰り出し、掌で水たまりに向かう怪物を引き寄せようとする。
しかし、足の負傷によるタイムロスで、一手遅れる……
億泰が起き上がる前に怪物は水たまりに辿り着き、腕を突っ込んで水を吸収した。
怪物の体が『ザ・ハンド』に引き寄せられたころには、水たまりの水は干上がり、えぐり取られた脇腹も再生していた。
むしろ、怪物の体は吸収した水分によって前よりもさらに巨大化し、パワーアップしていた。
結果的に億泰は、負傷した自分自身の近くに完全回復した怪物を引きよせることになってしまった。
「GAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「うッ!! ヌゥゥうおおおおおおお!!!!!!!!」
こうなってしまった以上、もはや圧倒的優位は怪物である。
いくら怪物の動きが鈍重とはいえ、足を怪我した億泰よりは素早く動ける。
死に物狂いで『ザ・ハンド』の掌を振りかざすが、十分に水分を補給した怪物は、削られても削られてもそこから再生していく。
その姿が、億泰の心をさらに追い詰めていく。
チクショオ…… 化け物め……!!
どれだけ削り取っても削り取っても……いくらでも復活してきやがる……!!
肉粘土みてえなナリに、この再生力…… まるで…まるで……
―――まるで俺の親父とそっくりじゃねえか――――――
自分の命を狙うゲロ以下の臭いがする化け物と自分の父親を重ねてしまい、億泰の動きはどんどん鈍っていく。
億泰は地面を転がりながら逃げていくが、追いつめられるのは時間の問題だ。
「やべえ……億泰がやられちまうッ!! どうすれば……!!!」
一瞬のうちに訪れた形勢逆転を目の前に、音石は腹部の傷を抑えながら打開策を思案する。
音石は本人の気がつかぬうちに、本気で億泰を『助け』ようとしていた。
自分でもわからないうちに、音石の中に大きな心境の変化が起きていた。
しかし、だからといって下手な行動はできない。
なぜなら、音石はこのときすでにスタンドが使えなくなっていた。
『レッド・ホット・チリ・ペッパー』は電気が存在するところでしか発現することができないスタンドである。
そのスタンドは電気と一体化しパワーを強めるスタンドで、そのパワーは電流の強さに大きく左右される。
町中の電力を集めて発動させればそのパワーはすさまじいが、電力が0に近づけばスタンドが極限まで弱まり命の危険さえあり得る。
音石の持つ唯一の大きな電源であるスピットファイアーも先ほどの銃撃でバッテリーごと大破し漏電してしまっているためもう使えない。
残る所持品で電気を帯びていうものは基本支給品の懐中電灯かランダム支給品のノートパソコンくらいのものだが、そんな小さな電力でこれ以上スタンドを酷使するとそれだけで音石の命が消えてしまうことだってあり得るのだ。
さっきの『チリ・ペッパー』は温泉に落とした10円玉みてぇに黒ずんで弱っていた……
俺の手持ちにはもう大した電源は残っていないし、コロッセオに近いこの場所じゃあ、街中の電気も流れていないと来たッ…!!
今の俺には……億泰は助けられねえッ……!!
『チリ・ペッパー』が使えないと、俺には何も出来ねえ……!!
……ほんとにそうか?
『コロッセオ』の近くのこの場所で……?
音石は目線を上げる。
この道はもともと杜王駅の西側広場に通じる路地。
数百メートル先、杜王駅の位置に見えるのは世界遺産ローマの象徴、『コロッセオ』。
音石は背後に目線を送る。
自分たちが
エシディシから逃げるため走ってきたこの長い道のり。
数百メートル先、この道を後ろにたどっていった先にあるのは、『ナチス研究所』。
ここは【F-3エリア 北西部】……
ここはこの殺し合いゲームを象徴する2つの巨大施設、『コロッセオ』と『ナチス研究所』のちょうど中心地点……
音石は今日一日の行動を思い起こす………
ロビンスンたちに出会って、変な怪物に襲われ逃げ出して、億泰と承太郎に見つかりそうになって…
ジョセフのジジイと筋肉質の大男(
ディアボロ)の二人と、しばらく行動を共にしたのだ……
そして何者かの襲撃のどさくさに紛れ逃げ出し、リゾットにつかまった後はずっと研究所の見張りをさせられた………
音石はズボンのポケットから二つの道具を取りだす。
一つは基本支給品である懐中時計。
もう一つは、見張りの際にリゾットに手渡された手紙のメモ書き。
現在の時刻は23時30分……
リゾットのメモと見比べる。
行ける…… こいつは行けるぞッ!!!
「GYAAAAAAAAAAAA!!!!!!」
「クソッタレッ……!! ダメだッ!! 殺されるッッ……!!!!」
とうとう塀際に追いつめられた億泰に、怪物が襲いかかる。
振り上げた拳が億泰めがけて、今にも振り下ろされようとしていた……!
「億泰ッ!! 『下』だッッ!!! 地面を『ハンド』で掘り進めッッ!!!」
「何ッ!?」
音石の突然の大声の呼びかけに、億泰が反応する。
億泰はその言葉の真意はわかりかねたが、しかし土壇場に聞こえてきたその一声に従い、地面に穴をあけ、その中に逃げ込む。
怪物の拳が体にかすめるが、地面の下に逃げたぶん深くは刺さらず、億泰を延命させる。
「億泰ッ!! もっとだッ!! もっと掘り進めッ!!! 休むなッ!!!」
「チッ…… 何だかわからねえが…… とにかくやるしかねえッ!!!」
億泰はわけもわからず、しかし音石の指示に従いさらに深く穴を掘る。
しかし、穴を掘って逃げるなど、愚策もいいところだ。
穴の中に入った億泰は逆に逃げ場が無くなり、怪物にしてみればまさに袋の鼠……
億泰のスタンドパワーが尽きれば容易に追いつかれ、殺されてしまうのがオチである。
音石の狙いはどこにあるのか?
そうこうしているうちに、億泰は5メートルほど地下に掘り進み、そこで地面に異変が生じた。
「なッ……!!? これは…空洞ッ……!? 地下にトンネルがあったのか!?」
『ザ・ハンド』が掘り進んだその先には、高さ5~6メートル、そして長さはとてつもなく長い地下トンネルが通じていた。
「音石の野郎……このトンネルの存在を知ってやがったのか……?
この中に逃げ込めって言うのか…? チクショウ、どのみち無理だ…… この足じゃあ、あの化け物からは逃げ切れねえ……」
いや、そうではない。
音石の狙いは億泰をトンネルの中へ逃がすことなんかではなかった。
音石の狙いは、この地下トンネルと地上との間に小さな穴を開ける……ただそれだけだったのだ。
そして、トンネルの中へ逃げ込もうとする億泰を、トンネルの奥から迫る光と轟音、そして猛スピードで疾走する大質量が起こした強風が抑止した。
「億泰よォ…… 間違ってもトンネルの中に落ちるんじゃあねえぞ…… 『危険ですので白線の内側までお下がりください』……だぜッ!!
でねえと…、そこの化け物みてえに『肉の塊』になっちまうぜぇぇ……!!」
けたたましい轟音はどんどん大きくなり、ついに億泰の掘り進んだ落とし穴の真下を、その巨大の物体が通過した。
そう、その物体の正体は『地下鉄』。
そしてこの地下トンネルの正体は『地下鉄のトンネル』だったのだ。
『コロッセオ』と『ナチス研究所』の間を地下鉄が通っている事はリゾットによって聞かされていた。
そして現在地はその二つの施設のちょうど中心近く…… この真下を地下鉄が通っている事は明確であった。
直前に音石が確認したリゾットのメモには、ナチス研究所に到着する地下鉄の時刻表が記されていた。
リゾットの配下につき見張りをしていた際、彼から渡されたものだった。
ナチス研究所に訪れる者は、何も地上からだけではない。
地下鉄の駅がある以上、そこからの訪問者に備え時刻表を確認しておくのは至極当然のことだ。(もっとも実際に地下鉄の駅を見張っていたのは
ペッシだったが…)
そしてその時刻表を見れば、研究所のすぐ近くであるこの場所を地下鉄が通る時間もだいたいの見当がついた。
そして運よく、今現在の時刻がその地下鉄の通りすぎる数分前だったのだ。
「来た、来た、来た、来たァァァァッッ!!!!!! こいつを待ってたんだッ!!!
『レッド・ホット・チリ・ペッパー』……最大出力(フルパワー)だァァァ!!!!!!」
そして、その地下鉄には当然、莫大なエネルギーを携えた電源が備わっている。
本当は地下トンネルに備わっていたはずの送電ケーブルを使う事ができればよかったのだが、コロッセオ付近の為か、ここには地下ですら電力は通っていなかった。
しかし、日中動きまわっている地下鉄になら、いつ、どこであっても必ず巨大な電源が備わっているはずなのだ。
地下鉄が億泰の開けた穴の真下を通る一瞬の間に、音石は『レッド・ホット・チリ・ペッパー』を発現させ、そのパワーを最大限まで引き上げた。
これは、現世で億泰と戦ったとき、億泰の『ザ・ハンド』に地下の電気のケーブルを掘らせた音石だからこそ……
そして、今日の午前中ジョセフたちと行動を共にし、地下鉄を利用した経験のあった音石だからこそ……
さらに、リゾットたちの仲間になり、地下鉄の動きを把握していた音石だからこそ、辿り着いた唯一の打開策であった。
つい先程は錆びついたよう鉄クズのように黒ずんでいた『チリ・ペッパー』の体が、黄金の輝きを放ち、復活した。
落とし穴の側面に避難した億泰の傍を通り抜け、地上に出た『チリ・ペッパー』が怪物の上空に舞い上がった。
「GI……GYAAAAAAAAA!!!!」
上空に舞い上がった『チリ・ペッパー』目がけて、こちらもありったけのF・F弾の散弾を乱射する怪物……
しかし、この『チリ・ペッパー』は、さっきまでの『チリ・ペッパー』とはわけが違う。
「俺のスタンドは…… 充電すると強いぜ……!!」
猛烈なスピードで怪物の散弾を全て回避する『チリ・ペッパー』……
その速度は『ザ・ハンド』はおろか、もしかしたら『スター・プラチナ』を超えるかもしれない亜光速の超スピード……ッ!!
ましてや、F・F弾などというチャチな飛び道具をくらうようなアクビが出るスピードでは決してない。
そして――――――
「てめーの正体が『水』だってことはとっくに分かっているんだッ!! そして、俺のスタンドは何だァ…!?
ガキでも知ってるぜ? 特に今年(1999年)に新作が発売予定の『ポケモン』やったことがあるガキならよォ!!!
『水』に『電気』は、『効果はバツグン』なんだぜぇぇぇぇ!!!!!!」
そして猛スピードで怪物に接近する『チリ・ペッパー』のスタンド!!
地下鉄が通り過ぎてしまえばまた電源を失い、『チリ・ペッパー』のエネルギーは小さくなってしまう。
一両編成の地下鉄など、通り過ぎるのは一瞬だ。
だが、その一瞬で事は既に足りた。
『チリ・ペッパー』は一瞬のうちに怪物の体内に侵入し、そして充電したエネルギーを炸裂させた!
「くたばれッ!! 化け物がァァァァ―――――――ッ!!!!!」
パァァァァァ――――――――z___________ン!!!!!!
怪物の肉の塊が四散し、弾け飛んだ。
残ったのは死肉に戻った肉片たちと、体内に隠し持っていたであろう携帯電話や地図や名簿の残骸のみ……
怪物に復活の気配は感じられない。
音石のスタンドが勝ったのだ。
「やったのか……音石の野郎………」
『ザ・ハンド』に引きずられ、自らが掘った穴から這い出た億泰が、そこらじゅうに飛び散った肉片という結果をみる。
音石のスタンドが強力なのは把握していたが、これほどまでとは思っていなかった。
そして、さらに複雑な気分である。
自分の兄の仇として忌み嫌っていた音石に命を救われ、さらにはその音石の力によって得体の知れない怪物を討伐するに到ったのだ。
「よぉ億泰、無事かよ……! あの化け物なら…、へへ……、不甲斐ねえお前の代わりに…、俺が『爆殺』してやったぜ……!!」
腹の傷を押さえながら、音石が億泰の元へゆっくりと歩いてきた。
その音石の姿は、すでに自分の忌み嫌っていた『兄貴の仇』ではなかった。
それはまるで、仗助や康一たちみてぇな、俺の守るべき仲間の姿だった。
これからも俺と共に戦っていく、共通の目的を掲げて共に戦う『仲間』のようだった。
『必死で生きてきた俺たちの誇りをッ! ボスの野郎は踏みにじったッ!』
『そんなボスから俺は伝言を預かった。 内容は協力を申し出るものだった。』
『俺たちはアイツの犬じゃないッ!』
今更、別れ際のリゾットの言葉を思い返す。
露伴や早人の話を聞く限り、組織のボスのディアボロとかいう奴はそんな吐き気を催す邪悪じゃあなかった。
恐らく、ディアボロは変わったのだ。
この殺し合いを通じて、変わったのだ。
そして今の音石も同じように、クソ以下のにおいがするゲスではなく、俺たちの仲間に変わりつつあるのだ。
もちろん、だからといって、俺は音石を許しはしない。
多分、リゾットの奴もそうなのだろう。
だが、今は…… 少なくとも今のこいつは、敵じゃあねえ……
音石は…… こいつは味方だ………!!
「フ……、やれやれだぜ………」
億泰は足を庇いながら、音石が差し出した手を取り、立ち上がろうとした。
ドスッ―――
しかし、億泰はその手を受け取ることはできなかった………
億泰の胴体を、背後から忍び寄ったテレンス・T・ダービーの右腕が貫いた。
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最終更新:2011年02月12日 03:09