こうしていて、何時間経ったのだろう。
あるいは数分のことだったのかもしれない。

物音がしたとか、気配を感じたとかそういうことはなかった。
ただ、水面に気泡が浮かぶように『自分はなにをしているんだろう』そんな疑問が頭をもたげて……、
僕はようやく顔を上げた。

ひどく投げやりな気分で辺りを見回す。
『敵が近くにいたなら、僕はとっくに死んでいる』
皮肉っぽく笑うもう一人の自分をどこか頭の隅のほうに押しやって、周囲に誰もいないことを確認する。
人の気配はおろか、鳥の声も虫の音も聞こえない。
自分が死んだんじゃないかと、錯覚してしまうような静けさだった。

夢にありがちな、どこか現実と乖離した不自然さに、そうであって欲しいと願ってしまう。
『血』と『臓物』の匂いに支配されたこの空間が単なる『悪夢』だったなら、どんなに良かっただろう。
あのときのように、誰かが僕を起こして、ひどくうなされていたと言葉をかけてくれたら、どんなに………。



「       」


地面に突っ伏す前に、一度呼んだ名前だ。
反応はない。わかりきっている。

それならばどうしてこんなに喉の奥が痛い。
冷えた夜風に頬が撲たれ、世界はぼんやりと滲む。
僕は風邪でもひいたのか?


「       」


『逃げろ』という声に従って、がむしゃらに走った。
わずかに残った理性と、不安に押しつぶされそうな本心が交錯して、ナチス研究所を目指していたように思う。
禁止エリアに足を踏み込みかけて引き返し、冷静になれと何度も自分に言い聞かせて、
辿り着いたのは目的の場所じゃなかった。


「       」


特別な感情を抱いていたわけではなかった。
一緒にいて心がなごむことも、誇らしい気持ちになることもなく、
敵意を持たずに接してくれた一人の女性としか思っていなかった。
それすらも、貴重な存在だったと今は思うけれど。

その『友達』が自分を盾にしたと気付いたときには、心底失望した。

…でも声を聴いたときに心配で、いてもたってもいられなくなったのは事実だった。
誤解を解けばすんだ仲間より彼女を追いかけることを優先したのは僕の意志だ。
その結果また裏切られた形になったけれど、放送でその名が告げられなくて、安堵したのも本心だった。
―守れる可能性のあった人達―、そこに彼女が列せられなくて良かったと確かに思ったんだ。

僕は、小心者の彼女に、自分を重ねていたのかもしれない。
孤独ぶって、他人を信じられず、過ちを犯した自分を。
彼女もそうだと、過ちを犯しても前を向くことができると、信じたかったのかもしれない。
あんなに非力で、不安定な女性に勝手な思い込みを押し付けて、
あてがはずれ彼女に裏切られたなら、それは弱い彼女のせい。僕が罪悪感に苛まれることもない。
そんな都合のいい善意を強要して……、その結果が…………。


「あのときあなたに、命をかけても守るといった……、本当に、そう、思っていたんですよ」


彼女でもいい、誰かに命を奉げて生きていたら、後悔の涙など流さずに死ねただろうか。
こんな風にただ惨めに地面を拳で打ちつけて、その行為に意味などありはしないのに。

彼が、アナスイが羨ましい。悩みも後悔も断ち切った彼が。
それほどに強い意志を持ちえた彼が。


僕はどうだ?


あの時、荒木に喧嘩を売りさえしなければ、
グェスさんは危険な目にあわずに済んだ?
フーゴは涙を見せずに済んだ?

あの時、もっと警戒できていれば、
フェルディナンド博士は謎の死を遂げずに済んだ?
フーゴにトニオさんを殺させずに済んだ?

あの時、ちゃんと立ち回れていれば、
ポルナレフの信頼を失わずに済んだ?

あの時、余計なことをしなければ、
ティムさんは死なずに済んだ?
アナスイは彼を、友を殺さずに済んだ?

自分がもっと、もっと、しっかりしていれば、
アヴドゥルさんも、ジョースターさんも、承太郎も、イギーも、失わずに済んだ?


あの時、信じきることができたなら…………


僕にはもう、なにも……、なにも………、残っていない……
友情も、自分が生きたという証も、なにも………


ナチス研究所を目指したのも、フーゴやフェルディナンド博士に演説をぶったのも
誰かに肯定して欲しかったんだ。
あなたは悪くない。正しいことをしたと。
そのおかげで助かったと、言って欲しかったんだ……。

良心に因る行為が、正義に違いないと、
仲間達と共に見た輝く意志は、継いでいくことができると、信じさせて欲しかったんだ。


その結果がこれか。

……なにもできず、誰も傷つけずにいられたなら良かった。

ぜんぶ、僕のせいだ。

僕のせいで死んでしまった人、傷ついた人はもう片手じゃ足りない。
僕の中途半端な行為のせいで二次的な被害を受けた人は、きっと両手でも足りない。


ぜんぶ、ぜんぶ、僕が悪かったんだ………。


何が足りなかったなんて考えたくもない。
すべては遅かった。
起きてしまった事柄はどうあがいても、変えようがない。

笑いがこみあげるほど……、なんて愚かなんだろう。




ヒヤリ、とスタンドの手が首輪の感覚を伝える。




―――これを引き抜こうとしてしまえば、これ以上苦しまずに、誰にも迷惑をかけずにすむ………




そのままスタンドへ命じた。 『力をかけてしまえ』と。





















しかし、爆発は起こらなかった。

起こせなかった。


「クソッ……」


噛んでいた唇から血が滴り、地面に黒いドットが描かれる。

わかっている。これは逃げだと。
だから、もう一つの我身は力をかけようとしなかった。

一瞬で苦しまないで死ねる、なんて僕に許された選択肢じゃない。

わかってるんだ。傷つけた人達に償いをしなきゃいけないって。
それが終わるまで、僕はもがき続けなきゃいけない。


「『救い』なんてありませんよ」


守られるべき弱者も、守るべき強者も等しく死んでいく。
そこには正義も悪も存在しない。
ただ、強すぎる意志が絡み合い、もつれ合い、失われていくだけだ。

僕はもう自分が正しい行いをしているという自信がない。
一人の女性に無私の愛を奉げる行為を尊くすら思ってしまう。
『正義』や『道徳』、僕が大切だと思っていたものはすべて僕自身のエゴだったのかと疑ってしまう。
ティムさんとの約束がなければ、この厄介な脳はもう身体から離れていただろう。

アナスイの心の闇を晴らすことを『救い』というのなら、僕になんかできるはずがない。
信頼しあっていたティムさんに不可能だったことを、部外者の僕がどうして行える?

かといって、徐倫さんを再び巻き込むつもりはない。
娘を危険な目にあわせたなんて知れたら、承太郎は怒るだろうな。
無神経なように見えて、人一倍優しいから。


「必ず、僕が彼を止めます。 彼の闇がこれ以上誰かを引きずり込まないように」


ティムさんはアナスイがこれ以上人を殺めることを絶対望んでいないから、それだけはやり遂げなければ。
それが一度殺されかけた僕にできるせいいっぱいの行動。
誰もその結末を望んでいないかもしれないけれど。



そして、横たわった二人……。
お互いに傷つけあった末にこうなったとは考えがたく、
確実なのは、どちらかに殺意を向けた人間がいるということ。
どちらが先かはわからないが、相打ちというには少年が甚振られすぎている。
もしも瀕死の少年が彼女を撃ったなら、ここにはその銃がない。

彼女がトチ狂って少年を痛めつけ、駆けつけた第三者が彼女を撃ったのかもしれないが、
それは真実ではないと信じたい。

もしも、生きてアナスイを止めることが出来たなら、銃とナイフを所持した『誰か』を捜そうか。


(けれど、『仇』を討つ、それは正しい『償い』なんだろうか……)


『償い』も自分の心を楽にしたいだけなのかもしれない。
取り返しの付かない失敗が誰に許されるわけもないのに、
『償い』だ『救い』だなんだといって、結局僕は自己保身に躍起になっている。


僕が、これ以上ないというほど苦しんで、血反吐を吐きながら死んでいったら、みんな、満足してくれるだろうか。



人目の付かない場所へ、二人の身体を運ぶ。
あまりに惨い状態の少年の身体はハンカチで覆ってやった。
そんなことをしても、彼の傷が癒えたりするはずがないけれど、
それでも自分は人として、気遣いや憐みの感情を捨てはしないと、自分に誓うための行為だった。

人として、生きて、果て、その行為が正しかったと心から思えたならば
正しい方向へ導いてくれた人たちに感謝して、僕はその瞬間にも笑っているだろう。



はるか遠く、死んだ星の光に願った。
ずっと僕を照らしていて欲しい、と。




【G-2 やや南部/1日目 真夜中】

【花京院典明】
[時間軸]:ゲブ神に目を切られる直前
[状態]:精神消耗(極大)、身体ダメージ(中)、右肩・脇腹に銃創(応急処置済)、全身に切り傷、激しい自己嫌悪
[装備]:なし
[道具]:ジョジョロワトランプ、支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:打倒荒木
0.自分のせいで傷ついた人達に『償い』をしたい。けれど『償い』とはなに?
1.アナスイを止める。おそらく殺さざるを得ない。
2.ポルナレフとの再会、誤解を解く。
3.ナチス研究所に行き自分の知る情報を伝えたい。でもそれは自分を肯定して欲しいだけかもしれない。
4.打倒荒木、巻き込まれた参加者の保護、が正しい行動だと信じたい。
[備考]
※荒木から直接情報を得ました。
「脅されて多数の人間が協力を強いられているが根幹までに関わっているのは一人(宮本輝之助)だけ」
※フーゴとフェルディナンドと情報交換しました。フーゴと彼のかつての仲間の風貌、スタンド能力をすべて把握しました。
※マウンテン・ティムと情報を交換しました。お互いの支給品を把握しました。
※アナスイの語った内容については半信半疑です。その後アナスイがティムに語った真実は聞いていません。

※早人とグェスの遺体を人目の付かない場所へ移動させました。



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200:存在の堪えがたき軽さ 花京院典明 211:君の心に希望はあるか

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最終更新:2011年04月03日 11:56