われらをあわれみたまえ。





※   ※   ※


 月が黒ビロードの夜空に縫い込まれている。
 花束を解きほぐしたような星空。
 冴えわたる月光と星明りの中に浮かび上がる黒い建物のシルエットの間で。

 アナスイの長い髪が湿った夜風を含んで揺れている。
 花京院の学生服の布地が月色に映えて鈍く光っている。
 その間を割って、落ちていくテンガロン・ハット。

 彼らの、決闘が始まる。

 まるで何もかもを示し合わせたかのように、三人は動いた。
 ハットが地面へ触れ、散開する三つの影。

 時を移さずして跳弾する緑の石粒、エメラルドスプラッシュをダイバー・ダウンがはじき、叩き落とした。

 マウンテン・ティムは全てを見届けるために、二人から距離を取って佇んでいた。
 夜のしじまに、月明りが溶け込んでいる。
 出会った場所、境遇が違えば、盃を掲げて共に語らい合えるくらい素晴らしい月夜だった。

 スタンド、ダイバー・ダウンはいなすように弾雨を弾きながら、少しずつ前進を開始する。
 弾幕のうすい部分を目ざとく見つけ、その合間を縫って花京院へと飛びかかる。迎え撃つハイエロファント・グリーン。
 スタンドヴィジョン同士が激しくぶつかり、彼らはお互いの拳を突き合わせたまま鍔迫り合いを演じ始めた。

 精神を極限まで高ぶらせ、ただ一点、相手の双眸だけを凝視する。
 しかし、お互いが見ているのはそれぞれ色の違う瞳ではなく、その中に湛える光でもなく、その奥にたぎらせている精神でもない。 

 彼らは自分自身の狂いを、相手の目の中に見ていたのだ。
 アナスイの瞳の向こうに、花京院の思考は展開する。

 ――僕にはずっとずっと、わからなかったんです。

 倫理を軽々と越えてしまうような『情』というものが。
 アナスイ。
 あなたに食って掛かったのは、徐倫さんとの関係に赤の他人の身でありながら口を出したのは、同族嫌悪なのかな。
 僕もまたあなたと同じく、感情の押し付けによって、滑稽に踊っていたから?フーゴやグェスさんに、仲間という感情を自分勝手に振りかざして。
 でもあなたは、あなたの『情』は、たぶん滑稽なんかじゃない。あなたの心には愛がある。どんな形をとっていてもきっと、それは僕の知らない素晴らしいものなのだろう。
 なぜ死んでもいいくらいに人を愛せる?絶対に簡単なことじゃない。
 徐倫さんをシーツの中に『監禁』してしまうような無茶苦茶なやり方には腹がたったけど。

 ……もしかしたら、僕は羨ましかったのか?
 ともにエジプトを旅した仲間はほとんど死んでしまって。
 やっと会えたポルナレフには存在自体を信じてもらえず、ここで出会った人たちからは信頼を嘲笑われ、何もなくなった僕。

 今はただ悲しい。
 あなたには、たとえ負けても徐倫さんのために闘ったという誇りが残る。
 でも、僕には何も残らない。



 だから――絶対に、絶対に負けたくない。


「あなたは間違っているんだッ!」

 花京院は自分の腹へと繰り出された敵の生身の足蹴りを、大きなバックステップによって避ける。
 ティムに説明されたダイバー・ダウンの能力は、すこし触れるだけで致命傷を負わされる危険があるもの。
 それを踏まえ、触れずに攻撃をすることができる自分の能力をどう活かすか。
 彼は思考する。エメラルド・スプラッシュによる緑の弾雨の数で押すか、ハイエロファントの触手でからめ捕り締め上げるか。

 対するアナスイはただ淡々と歩を進める兵隊のような目で、花京院の心臓を狙っていた。
 徐倫の居場所を聞き出すこともいいだろう。だが、彼はアナスイが断腸の思いで練り上げた計画を無碍にした、部外者の分際で。
 単純に、許すことができなかった。

 ――ぶちのめす。

 愛という名の余すところのない熱狂は、彼の不退転の決意を確固たるものにする。
 その心はまるで永遠の中に凝固してしまったかのように、直立にして不動だった。

 ――俺はいつだっていつだって、わかっていたんだ。 

 徐倫が俺を好きになるはずなんてないことを。
 あの美しい「集中力」を備えた目で俺を見てくれることなんか永久にないってことを。

 人は二度死ぬという。一つ目は肉体の死、二つ目は他人に忘れ去られたとき。
 そうだとするなら俺に二度目の死は訪れないだろう。
 彼女のために生きていれば、優しいあの子は心の隅っこくらいには俺のためのスペースを置いといてくれるだろうから。
 だから、日常の何気ない行為の隙間に――車のドアを開けるふとした一瞬とか、ソファーでコーヒーを飲むようなときに――俺の存在を、うすぼんやりでも思ってくれればそれでいいんだ。
 そして、あの子が温かいコーヒーを飲んでくつろぎ、何の心配もなく日々を過ごすためなら。 


 何を切って捨てても――後悔は無い。



「徐倫の居場所を言えッ!」

 アナスイはスタンドではなく生身のままで、花京院に殴りかかった。
 身軽に避けられ、彼の拳が民家の壁にぶつかった。壁はアナスイの拳の皮膚を削り取り、その血液を吸う。
 花京院は身をひるがえし、アナスイと対峙した。二人の間に横たわる荒漠とした空気。
 お互い意地だった。失くしそうなものをつなぎ留めんと、牙をむき出し合って。 

 花京院は乾いた唇を舐め、口火を切った。

「彼女は無事です。でも居場所は教えない」

 元より、知らないのだ。彼女は蝶のごとく、打倒荒木へ向けてこの会場を飛び回っているのだから。

 再びエメラルド・スプラッシュが放たれる。
 アナスイはスタンドで防御しなかった。後ろに吹き飛ぶ。しかし来ることがわかっていた攻撃は、彼に致命傷を負わせることはできなかった。
 防御に使った腕は打撲と裂傷ができていたが、彼の昂ぶった神経は、そんなもの意に介さない。

 アナスイのスタンドは何をしていたのか。
 ダイバー・ダウンは地面へと潜行し、花京院本体を叩くために接近を開始していた。

 地面を追うアナスイの視線に気が付き、花京院はその場から駆けだす。
 一瞬の間をおいてスタンドの腕が彼の足をつかみ取らんと、地面より突き出でた。

 走る、走る。そのたびに足元からはダイバー・ダウンの腕が迫りくる。
 知らず知らずのうちに、花京院は民家の壁へ追い立てられていた。
 そこへ背をつけて、彼は決心する。
 相手は冷静ではない。話で注意を逸らし、ハイエロファントの触手でからめてやろうと。 

「いや……教えない、というよりも、わからないんですよ」

 こめかみを伝う冷や汗を気取られぬように、余裕ぶった笑みを張り付けて。
 アナスイは当てが外れたような顔をした。これで花京院には、情報源としての価値が無くなったことになる。
 彼は本気で腹を立てるだろう。良いことだ。もっと冷静さを失うがいい。



「聞きたいんです。徐倫さんとあなたはどういう関係なんですか?」 

「彼女のためなら、俺はこの世のどんなクズにも劣る存在になってもかまわない」

 死角から忍び寄らせていたハイエロファントが、アナスイの足をからめ捕ろうとうごめいた。
 もう少し、あと少しで勝てる。
 視線はアナスイへと固定する。気取られぬよう、慎重に、巧妙に這い寄る。

(……彼に勝利を収めて、僕はどうしたいんだろう)

 最初はアナスイの無茶な行動を非難し、反省させるためだったはずだ。
 たったそれだけのために、花京院はこれ程むきになっているのだろうか。

「いいかげん、『彼女のため』なんて恩着せがましいセリフはやめてください」  

「黙れッ!徐倫はどこだ!!」   

 花京院は羨望を持ってアナスイを見ていたのだ。
 ここへきてから迷い、疑い、疑われ――揺れ続けた自分と違い、彼は愚かとも取れるほどまっすぐに進んできた。
 たった一人の愛する女性のために。

 それがとても、うらやましかった。
 やはり、だからこそ、負けたくなかった。ここで負けたら、自分はもうどこへも行けなくなってしまう気がしていた。


 ――どんな気分ですか?『迷わない』っていうのは? 


「来い。『ハイエロファント――、ッ!」

 奇襲をかけようとしたその時、刹那にも満たない間をおいて、花京院は背中から押し出すような衝撃を受ける。
 予想できない背後からの攻撃に、彼はもんどりうって倒れた。
 硬質な地面が打ち付けた骨に響く。口の中に広がる砂の味、砂利のざらつき。

「『ダイバー・ダウン』。衝撃を潜行させ、俺の好きな時に解き放つ能力」

「……ッ!」

 アナスイにも策があった。
 ダイバー・ダウンはいたずらに地面を潜行していたわけではない。
 花京院がアナスイを煽動しようと画策したように、彼もまた策略を持って行動していた。
 スタンドで巧みに花京院を追い立てた先。

 彼が背をつけていた民家の壁は、先刻アナスイが殴りつけた壁。

 雌雄は決した。花京院は反撃に足るだけの隙を、アナスイから見出すことができない。

「俺は残酷だぜ。なにせ殺人鬼だからな」

 沈黙を纏い、傍らに佇んでいたマウンテン・ティムの眉が、わずかにはねた。

 アナスイは冷え切った眼で、口元だけを笑みにして勝ち誇る。
 彼は殺人鬼に戻ってしまった。
 アメリカの新聞をにぎわせた、解体魔の殺人鬼に。

「う、――」


 花京院は起き上がろうとするが、肩を踏みつけられ地面に這いつくばるよりほかなかった。
 うつ伏せに地へと押し付けられたまま、嘲笑う敵をにらみつける。
 がむしゃらに体を暴れさせて一度足を振り払った。半身を起すが、今度は壁へと蹴りつけられ、首元を捩じるように踏まれる。

 認めたくなかった。負けを認めるなんて嫌だった。
 刺々しい声色で、最期の抵抗を試みる。
 これで事態が好転するなどと思っていない。それでも、このまま負けることだけは嫌だった。

「月並みですけど、言わせてもらいます。『そんなことが彼女のためになると、本気で思っているのか?』」

「……負け惜しみなんて感心しないぜ」

 アナスイは睫毛一本動かさずに、花京院にかけた足をさらに踏み込む。満身の悪意を込めるかのごとく、執拗に。
 殺し合いゲームという異常事態にも揺るがなかった彼のこころに訴えかけるような言葉は、もはや存在しないのだった。

「どんな風にバラしてほしい?言いなよ、クソ野郎」

「アナスイ!……やめろ」

 見届けるだけだったはずの決闘に、ティムが口をはさむ。
 神聖な決闘は相手を侮辱しない。アナスイは、世界を取り違えた。 
 事態は最悪な方向へと移っている。
 邪悪のうすら黒い影が、今まさに、強い愛を謳っていたはずの青年の背後に。

 彼はティムの方へ、ちらと視線を投げる。火のような視線。口元に浮かぶ嘲笑。
 そうして無言のまま、何事もないかのように捕えた敵とへと目線を戻す。

 花京院は状況を打破するため思考をまとめようとするが、もはや何も考えることができなかった。
 悔しかった。耐えられない怒りが心臓で唸る。
 自分の手に何もないまま死んでしまうのかと思うと、気が狂いそうだった。
 歯を食いしばる自分を見下ろして、アナスイの笑みが彼の顔をより深く穿つのを見た。

 そうして、ダイバー・ダウンが花京院の急所へと狙いを定め、その拳が振り下ろされて。
 まっすぐに繰り出されたその打突は、彼の命をいともたやすく奪うはずだった。



「!!」



 舞い上がる土埃。花京院は迫るアナスイの攻撃とは違う衝撃によって横へと吹っ飛ぶ。


「何……」


 一瞬早く事態をのみ込んだアナスイが呆然と呟いて。



 花京院めがけて振るったダイバーダウンの拳は、




 ――マウンテン・ティムの胴を貫いていた。


※   ※   ※



 赤く重い液体が、月光に艶めいている。
 地面に広がる自身の血液の中に身を沈めてなお、マウンテン・ティムは微笑していた。

「花京院君、逃げろ。そして……こいつを――救ってやってくれ」

 その言葉を最後に、閉じられた彼の瞼が再び開くことはなかった。


 花京院は震える足で地面に膝をついていた。

 ダイバーダウンの攻撃が迫ったとき、ティムが突然走り出てきて彼を突き飛ばしたのだった。
 横滑りに吹き飛び、泥だらけになった服はところどころが破れている。露出した肌には新たに擦り傷ができていた。
 しかし花京院はその痛みも感じることなく、崩れ落ちたマウンテン・ティムから視線を離せずにいる。自分の見ているものが信じられなかった。
 砕け散った思考は、ただいたずらに散漫で。花京院はティムの最後の言葉を咀嚼しきれない。


 不意に、夜風が冷たい、という考えだけがぽっかりと浮かんだ。


「ティム……?」

 アナスイがダイバー・ダウンのヴィジョンを消し、死んでしまった仲間の名を呼ぶ。 
 スタンドを介して伝わってきた、彼の肉体を貫いた時の感覚。
 それを確かめるように、自分の腕をじっと見つめる。 

 やにわに足音が届いた。音の方を見れば、走り去っていく花京院の背中。
 アナスイは無言のままそれを見送り、物言わぬ骸と成り果てた友へと再度視線を落とし。

「逝っちまったのか。……いや、俺が殺したんだな」

 そばに落ちていたテンガロン・ハットを持ち上げて、指先で回す。
 度重なる戦闘でくたびれてしまったフェルトの質感が、ちりちりと指を刺激する。

 一日にも満たない付き合いだったのに、この帽子が彼の誇りある職業の象徴であると理解できた。 
 それを軽々しく指先で回す。 
 やがてそこから外れたテンガロンハットが、空気の抵抗を受けながら再び地面へと落ちた。
 そして。

「俺は……あんたとの思い出を断ち切って、――殺人鬼に戻るよ」 

 友の遺品であるはずのそれを、荒々しく踏みしだく。典型的なテンガロンの型を作っていたウールが、硬い革靴の下にあっさりとつぶれた。
 水牛をかたどった飾りが衝撃で外れ、物悲しく転がる。
 それも気に留めず、幾度となく、彼は踏みつける。すでにただの羊毛の塊と化したものを蹂躙するように踏みつける。
 泥をこすり付けるように、悪意で思い出をにじり消すように。

 何度も捩じり、押しひしぐ。

 泥と見分けがつかなくなったころに、彼はゆっくりと帽子から足を離して言った。

「今度こそ、本当に。……さようなら」

 彼は光の中で知ったことを、闇の中で否んだのだ。

 踵を返して括目する。
 瞳は一点、闇の中のただ一点を見ていた。


 ※   ※   ※

 見上げた空に浮かんだ月は、己を嘲笑っているように見える。光だけがただ白々しく、煌々と降りそそぐ。
 ざらつく街路樹へと押さえつけられ、呻吟しているさまはさぞ憐れだろう。
 地面を見ればすぐ向こうに、つい数時間前に会話したはずのマウンテン・ティムが力なく横たわっている。


 首が押しつぶされそうだ。


 ドナテロ・ヴェルサスは考える。
 こんなことが起こるはずではなかった。

「盗み見とは、趣味が悪いぜ」

 ヴェルサスは悲鳴を上げることも、助けを乞うことも、罵倒すらも許されず、アナスイに首を掴み上げられている。
 アンダー・ワールドはダイバー・ダウンによって、がんじがらめにされていた。

 いたずらに足をばたつかせても何もならなかった。
 生身の体も、スタンドも――抵抗らしいことは何も、できなかった。

 悔やむべきは自分の甘さ。
 スタンドが足元に迫っていることに気付けていなかった。
 自分が潜んで見ていることが気付かれていると、悟れなかった。

 亡羊とした思考で思い返す。
 彼はここ数十分、花京院の後を追い続けていた。

 大事そうに抱えていた真っ白なシーツをいぶかしく思っていたが、そこにはあの宿敵、空条徐倫が絡まるようにして捕えられていたこと。
 てっきり花京院から感じるものだと思ってた痣の感覚は徐倫のものだとわかり、大いに驚愕したこと。
 徐倫と花京院の二人が『話し合った過去』を民家の中へ忍ばせたスタンドで掘り起こし、それらの全ての事態を把握したこと。
 そうして、追っても益のなさそうな徐倫を切り捨て、花京院を追ってきたこと。

 警戒すべきマウンテン・ティムたちの動向を知るため、犯罪者が犯行現場に戻るような感覚で取った行動だった。
 隠れたまま様子を見て、もう一度DIOの館を目指すつもりだったのだ。

 そのあとのことはあまりの衝撃のせいか、ひどく断片的で。
 過去を掘り起こしながら花京院の後を追い、追いついた矢先に。
 目の前で展開された死闘。花京院を追い詰めたアナスイの笑い。スタンドに腹をぶち抜かれ、動かなくなったマウンテン・ティム。

 その時点で、逃げるべきだった。
 花京院はどこかに走り去って、すでに影すら見えない。

 生きて、幸せにならなくてはならないのに。
 こんなところで、不愉快な泥の上で、泥を見ながら、泥のように死ぬことなんて、絶対に受け入れられない。

 しかし、現実は暗い鎌首を残忍にもたげて、彼の小さな願いを刈り取るのだ。

「う……ぐ、俺は、死なねぇッつってんだろうがッ!幸せになるまで!絶対に!」

「じゃあそのためにお前は何かしたのか?なんでこんなとこで這いつくばってやがる?他にやる事があるだろーが」

 呆れたような半眼を溜息とともに閉じ、アナスイは街路樹に押し付けていたヴェルサスの体を地面へと投げた。

「クソッ!アンダー・ワール――」

「言われてからやるようでは無意味だ、うぜえ事はよしな」

 いくら掘り返そうとしても、地面に手が届かず、腕はむなしく空を切る。
 それもそのはず、ヴェルサスの腕の関節は――指のそれに至るまで、完全に、すべて、例外なく、逆に折り曲げられていたから。


「無気力な悪ほど吐き気を催すものはないな」

 アナスイはやれやれというように首を振り、肩をすくめる。

 低く、嫌な音が夜の住宅街に響く。
 腕に続いて足首が、膝が、大腿骨が、腰盤が、肋骨が、ダイバー・ダウンによって軽快に組み替えられていく。

 ヴェルサスにはわからなかった。
 突然空から落ちてきたスニーカーを拾ってしまったあの日から、何が何だかわからないまま人生を転がり堕ちてきて。
 彼には、自分が不幸な理由が心底わからなかった。
 極めつけは、意味の分からない殺人ゲーム。せっかく出会った相棒のような存在のティッツァーノを見殺しにした、せざるを得なかった状況が恨めしかった。

 彼は世の中を呪い、自己憐憫に傾いた濁った眼で周囲をにらみ続けてきた。

 世の中が嫌なら、自分を変えればよかった。それが彼には終生分からなかった。

 諦めと後悔が、死にゆく心に去来する。


 (ああ俺、なーんもやってねえなぁ……。幸せって、なんだったんだろうな――ティッツァ?)


 しかし、それもまた、一つの人生。



 最後に一つ鈍い音がして、原形を留めぬほどに組み替えられた彼の死骸が地面に転がされた。


※   ※   ※



 今わの際。
 冷たいアスファルトに体を横たえながら、思っていた。


 ――アナスイ。生死を問わずにお前を止めるってのは、なにもお前だけの生死のことを言っていたんじゃあないぞ。
 俺の生死も問わずに止めるってことだぜ、知っていたか?

 お前が思うより、俺はお前を気に入ってたよ。
 意志を曲げずに、一途で、強いところが特に気に入った。悪く言えば融通の利かない頑固者だな。だがそこがいい。
 俺が見初めたやつなんだから……徐倫のためを思うんなら、お前は下衆な人殺しになるな。

 お前は道を踏み外してる。決闘は、もっと神聖なものだぞ。
 だから、俺はあえて横槍を入れる――俺を殺すのは、お前のような気がしていたさ。
 そして目を覚ませ、俺が死ぬことによって、目を覚ましてくれ。

 体が重い。

 ……ルーシーは、きっと俺のことなんか忘れちまうだろう。
 でもそんなことが重要なことか?
 彼女が心底困ったときに、俺に電話をくれたんだ。
 不謹慎を承知でも、それだけで天にも昇るような気持ちになれた。 
 俺が保安官だから、というだけの理由だったとしてもかまわない。
 震える彼女の傍にいさせてもらえただけで……俺はもう十分だった。

 彼女がここに来ていなくて、本当に良かった。 

 ルーシー、ありがとう。

 今は、こいつが……アナスイが、正しい道に気付いくれればそれだけで。
 暖かいベッドも、安らかな死もいらない。




 ――俺は、カウボーイだからな。



★   ★   ★



 涙の日、その日は。
 それは灰の中からよみがえる日。

 われらをあわれみたまえ。
 われらをあわれみたまえ。


 私たちを苦い死に引き渡さないで下さい――







【マウンテン・ティム 死亡】
【ドナテロ・ヴェルサス 死亡】

【残り 26名】




【D-4 南部 /1日目 夜中】

【花京院典明】
[時間軸]:ゲブ神に目を切られる直前
[状態]:精神消耗(中)、身体ダメージ(中)、右肩・脇腹に銃創(応急処置済)、全身に切り傷
[装備]:なし
[道具]:ジョナサンのハンカチ、ジョジョロワトランプ、支給品一式
[思考・状況]
基本行動方針:打倒荒木!

0.ティムさんが、死んだ……僕のせい?そして「アナスイを救ってやってくれ」という最期の言葉の意味が分からない……
1.逃げる。どこへでもいいからここではないどこかへ。
2.自分の得た情報を信頼できる人物に話すため仲間と合流したい
3.仲間と合流したらナチス研究所へ向かう?
4.巻き込まれた参加者の保護
5.荒木の能力を推測する
[備考]
※荒木から直接情報を得ました。
「脅されて多数の人間が協力を強いられているが根幹までに関わっているのは一人(宮本輝之助)だけ」
※フーゴとフェルディナンドと情報交換しました。フーゴと彼のかつての仲間の風貌、スタンド能力をすべて把握しました。
※マウンテン・ティムと情報を交換しました。お互いの支給品を把握しました。
※アナスイの語った内容については半信半疑です。その後アナスイがティムに語った真実は聞いていません。





【ナルシソ・アナスイ】
[時間軸]:「水族館」脱獄後
[状態]:身体ダメージ(中)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(食料、水2人分)、点滴、クマちゃん人形、双眼鏡、ラング・ラングラーの首輪、トランシーバー(スイッチOFF)
[思考・状況]
基本行動方針:見敵必殺。徐倫を守り抜く、参加者を殺害する、荒木の打倒

0.さようなら、ティム――殺人鬼に逆戻りだ。ゲームに完全に乗った。
1.徐倫の敵は俺の敵。徐倫の障害となるものはすべて排除する
2.徐倫の目的、荒木のもとに彼女(と自分)が辿り着くためなら何でもする
3.殺し合いに乗った奴ら、襲ってくる奴らには容赦しない。襲ってこなくても容赦しない。
[備考]
※マウンテン・ティム、ティッツァーノと情報交換しました。
 ブチャラティ、フーゴ、ジョルノの姿とスタンド能力を把握しました。
※ラバーソールとヴェルサスのスタンド能力と容姿を知りました。
※首輪は『装着者が死亡すれば機能が停止する』ことを知りました。
 ダイバー・ダウンを首輪に潜行させた際確認したのは『機能の停止』のみで、盗聴機能、GPS機能が搭載されていることは知りません。
※ヴェルサスの首筋に星型の痣があることに気が付いていません。
※F・Fが殺し合いに乗っていることを把握しました。
※ポルナレフが得た情報について知りました。
※マウンテン・ティムと改めて情報を交換し、花京院の持っていた情報、ティムが新たに得た情報を聞きました。


※ヴェルサスを殺した時点では仲間を殺した感傷に浸っている……という感じなので、ティム・ヴェルサス二人分の支給品は回収していません。
 この後拾うつもりかどうかは後の書き手さんにお任せします。





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194:男の世界/女の世界 花京院典明 206:何もない明日が来る瞬間は
194:男の世界/女の世界 ナルシソ・アナスイ 204:寄生獣
190:夜の三者会談SOS ドナテロ・ヴェルサス GAMEOVER
194:男の世界/女の世界 マウンテン・ティム GAMEOVER

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最終更新:2011年02月15日 22:50