闇を切り裂く音は軽快にして、リズミカル。普段ならば気にもならない小さな音が、真夜中の無人の住宅街に響き渡る。
ダン、ダン、ダンとテンポよく跳ねると最後にジャンプを大きく取る。
勢いそのままに、民家の屋根に飛び移るとルートを高い位置に変え、男は走っていく。
風を伴い走っていくのは、ネイティブ・アメリカン、故郷のために走る韋駄天―――サンドマン

脳内に広げた地図に従い、目指す民家はもうすぐそこ。約束した女性二人の元へと向かい、男は走る。
山岸由花子は立ち直っているのか。空条徐倫は果たして自分を待っていてくれるのか。
ナチスにいる協力者たちの首輪の成果、そしてテレンス・T・ダービーと主催者荒木に関するトップシークレット。
溢れんばかりの情報を彼は握っている。そしてそれを伝える手段と目的も、ひとえに彼の脚故に。

驚異的なタイムで男は目的地へと到着した。
閑静な住宅街、何の変哲もないただの一軒の民家。特徴もなければ目印もない。
彼自身が一度前に来たから知り得る場所、何も知らぬものならば気付くことはない秘密の花園。

サンドマンの脚が止まる。眉間にわずかだけしわを寄せると、辺りを見渡し、そしてゆっくりと目的の民家へと足を踏み入れる。
しかしそうであるべき、目立たぬべき民家が、今はどうだ―――悲惨なものに変わっていた。
窓は銃弾を撃ち込まれたのか、こなごなに砕け散り、蜘蛛の巣状にひびが広がる。
一部ではあるが、壁が吹き飛び、黒く煤けた木片がフローリングに転がる。

何者かに襲撃を受けたのか―――脚の裏を傷つけぬよう、慎重に家に入り込んだ男はあたりを見渡す。
悲惨なあり様、だが眉一つ動かさず、冷静にゆっくりと現状を把握する。そして頭を働かせる。

誰が……十中八九乗った参加者が、殺人鬼が。
空条徐倫は糸状のスタンド使い。焦げや窓ガラスに弾丸の跡をつけるような戦いをするとは思えない。
支給品の重火器類による爆発、その可能性も十分あり得る。
しかしサンドマンには確信があった。この戦闘は少なくとも空条徐倫、そして山岸由花子の間で起きたものではない。
そして、彼女たちが自発的に起こしたものでもない。

床にめり込んだ弾丸を拾い上げると、ガラスに気を払いながら窓へ向かう。
弾丸は確かにここを通り抜けている。しかも、外方向から。
弾丸の数も必要以上にぶち込まれている。仮に女性二人が争ったとしたら……不可解だ。
一人は気絶、一人は軽症ながらも怪我を負っていた。
ならばいざこざがあったとしても……それこそ、骨と肉がぶつかり合う、肉体的なぶつかりではないだろうか?
銃なんぞがあれば部屋内という限られた空間でこうも弾丸が飛び交うのは奇妙に思えた。

そしてなによりも―――二人の姿が見当たらないという事実。
床に広がる血の海。軽症では済まない出血。それなのに死体が見つからないのは何故……?
しゃがみ込み、フローリングに広がる血を触っていたサンドマン。乾き具合からそこまで時間は経っていない、そう結論にたどり着いた彼。




「何か探し物でも……? それとも、ククク……忘れ物でもあるのか?」

それ故に背中越しに変えられた声は彼にとって不意打ちそのもの。
音もなく、気配もなく後ろを取られた。その事実に動きが止まる。
振り向くことはできない。立ち上がることさえできない。額にうっすらん浮かんだ冷や汗、氷のような殺意を前に彼は動きを止めた。

一間置くと呼吸が整った。
しばらく時間はあった。何も言わずに自分を仕留める隙は充分すぎるぐらいであった。
にも関わらず背中越しの男は何もしない。ならば何かしら動きを起こしても、『すぐには』殺されるようなことはないだろう。
サンドマンは立ち上がるとゆっくりと後ろを見た。
だがそこには誰もいない。飛び散ったガラスにため息が出るほどきれいな月光が反射し、キラキラと眩しい。
ドスをきかせた男の声は一体どこから、そしてどこに?

「……誰だ? どこにいる?」
「質問を一度にそう何個も聞かれてもねェ……ククク……。ただここからはお前さんの表情がよく見えてるぜ。
 冷静な野郎だ。血を見て動揺するようなこともなければ、堂々と戦闘の跡を観察ときたもんだからな……。
 おっと、今動揺したか? ポーカーフェイスはそんなに得意じゃねーか? ヒヒヒ……」
「どうして俺に声をかけた? 殺ろうと思えば今、できたはずだ」
「おいおい、物騒な野郎だな? 殺す、殺さないだけじゃ問題は解決できないんだぜ? こういうサバイバルゲームみたいな場合は特に、な」

会話続けながらもサンドマンは極めて自然を装い、ゆっくりと視線を動かした。
相手に悟られないように、顔は固定したまま目線だけで右に、左に、辺りを探る。
少なくとも相手は自分の表情を確認できる位置にいる。それはサンドマンにとって恐怖であり、同時にチャンスでもある。
絶対的優位は相手にある。だがチャンスがないわけではないのだ。
自分の身体能力と、スタンド能力。この二つがあれば相手は充分すぎるほどに―――自分の間合いの中。

「……結局のところ何が言いたい?」
「急かすな、急かすな。今から大事なところなんだよ……。
 お前は約束があってここに戻ってきた。ある人物に会うためだろうな。
 情報収集か、協力者との合流かは知らねーがな。違うか?
 ところが帰ってきてみれば弾丸の跡、飛び散る窓ガラス、焦げ付いた壁ときたもんだ」
「無駄口にいつまでも付き合ってる暇はないんだが」

無謀か、勇気か。サンドマンはその場を立ち去ろうと一歩踏み出す。
アドバンテージは向こうにある。もしもこの局面を乗り切れるとしたならば、向こうの思惑には簡単には乗ってはならない。
流れを掴みに行くのはあくまでこの場を制するために。

「わかったよ……わかった! 待て! 行くな! 戻ってこいよ!
 何もお前を取って食おうとしてるわけじゃねェんだ……俺はお前と取引がしたいだけだ」
「…………」
「俺はここで何が起きたかも知っている。誰が襲われ、誰が襲い、そしてどうなったか。
 スタンド能力なのか。支給品の力なのか。何が窓ガラスを突き破ったのか、何がその焦げ跡を残したのか。
 とはいえ……タダで情報を引き渡すほど俺はお人好しじゃねぇ。とにかく俺が今欲しいのは情報だ。
 お前もそうなんだろ? お互い協力し合わないか?」
「嫌だと言ったら?」
「そしてらお前の首筋にブッ込んで一つ死体を作るだけだ。俺はこれでも譲歩してるんだぜ?
 俺はお前の情報を手に入れ、お前は俺の情報を手に入れる。それが取引だ……」



未だ姿を見せない顔知らぬ声。信用に値するか、否か。
表情から読み取ることもできなければ、そもそも相手が何者か、そしてどこにいるのか、どうやって自分に話しかけているのか。
選択肢はないように思える。正体不明の声の言うとおりだ。
拒否すればあの世行き、応じたならば……少なくとも、さっきも考えた通り『すぐには』処分されることもない。
そして上手くいけば、信用できるかはともかく、情報も手に入る。

サンドマンは正義のヒーローではない。
進んで自らを犠牲にするようなこともないし、誰かのために努力することもない生粋のエゴイスト。
彼が最も大切にするのは確かであること。故郷に帰る、故郷を手にいれるという確信。
躊躇いはなかった。仮にこの声の主がどれだけの外道であろうと、利用できるならば利用する。手を組んで利益になるならば手を組む。
最も最も最も大切なのは―――生きて故郷に帰ること。

沈黙をさき、了承の合図を漏らそうとサンドマンは口を開く。
だがそれより早く、今の状況を変えたものがあった。
甲高いファンファーレ、時刻を知らせる大時計のように鳴り響く音楽と声。
第四回放送が始まり、サンドマンは再び口を閉じる。姿なき声も、黙りこむ。

読み上げられる死者の名前、選ばれた禁止エリア、そして……放送は終わった。
不気味なほどの沈黙が流れ……二人は黙ったまま、互いの腹を探り、考える。

放送が沈黙を破ったのが突然だったように、放送後の沈黙が破られたのも突然だった。
先に口を開いたのはインディアン。姿なき声に向け、ぽつりと、ほとんど独り言かのように、話しかける。

「取引をしよう」
「…………」

姿なき声の持ち主、J・ガイルが取引を急いだのはこの放送があったから。
放送が流れてしまえば目の前の男が欲する最も重要な情報はほとんどわかってしまうから。
死んだのは山岸由花子、生き残ったのは空条徐倫。そこから先は推測と、当事者から話を聞けばいいだけの話。
話のキモである部分を放送でネタばらしされたのならば堪ったものではない。

しかしそれも仕方ない。たまたま不運だっただけ。放送を気にして情報交換を急かせばよかったのか、それは結果論でしかないのだ。
そう思ったからこそ姿なき声は返事をしない。ただ目の前の男の本心を探る。不可解な提案に、乗り気だった彼は慎重に相手のでかたを伺った。
今さらなんの取引だ? 放送で鬼札を切られた彼とインディアンがもつであろう情報とでは到底釣り合わない。
一体何を取引するというのだ? 一体彼は、何を望むというのか?

インディアンは黙って反応を待っている。
表情は影に隠れよく見えない。変わらず無表情のままのようにも思える。

「祖先の地……それが俺の最高にして、最も守るべきもの。キャンキャン喚くのは犬だけでいい。
 必要なのは……力であり、結果だ。いくら自分たちが保有してると叫ぼうと、白人は祖先の問題など気にしやしない」
「……何?」
「大切なのは、俺が『生きて』帰り、そして且つ故郷を買い取る、手に入れることだ。
 途中で野垂れ死んでしまえばそこまでだ……俺の努力も、苦しみも、全て砂漠の砂粒のように何処かへと吹き飛ばされていく、無駄なものだ」
「…………」
「手段は時として変化し、自らで選択しなければならない。
 それは白人の価値観である金であったり、直接的な暴力であったり、さまざまだ。
 問題となるのはスタートであったり、旅の道中ではない。
 己の中の地図をどこまで広げようと、最終的にたどり着くべき地点は……少なくとも俺は、決まってる」
「…………」
「お前がどんな男か……女かもしれないが……とにかくだ、俺はお前がどんな奴だかは知らない。
 だがここまで生き残ってるということは……『そういうこと』なのだろう。
 取引しよう……。お前が提案したものではなく、俺が提案する取引だ。」
「話の流れがつかめねーが……それで、お前の言う取引ってのは何なんだ?」




「チームで参加者を始末する……。俺とお前で、残りの参加者9人を……皆殺しにする」



J・ガイルは生身の自分自身がその場にいないことを安堵した。スタンド越しで会話を続けてよかったと胸をなでおろした。
月光が照らし出したサンドマンの表情、それは紛れもなく狂気に彩られていた。
生身の体でそこにいたならば、その暗く深い瞳に吸い込まれていくのではないか―――そう思えてしまった。

震えが走る。恐怖ではない。興奮だ。
アンジェロのような同業者がもつ根暗さはない。チンピラやゴロツキのような間の抜けた臭いは微かにでも感じられない。
インディアンが醸し出すのは漆黒の殺意。
そしてそれはJ・ガイルが愛してやまない、死の香りをかならずや運んでくれる。
そんな確信と興奮を前に、J・ガイルは笑いを抑えることができなかった。










人を駄目にする三つの要素は、酒、ギャンブル、女だそうだ。
俺からしたらそんなこたーねぇよ。
むしろ逆だ、逆。求めよ、さすれば与えられんってか? 皆が欲しがるものを奪い合う、その中で自分が成長すればいいってわけだ。
それで、一気にこの三つを満たしてくれるのが、俺の大好きな大好きな『殺し』ってわけだ。
酒よりも病みつきで、ギャンブルよりドキドキさせられて、女みたいに繊細で愛情に溢れてんだよ。
脳天を突き抜けるような快感に、生き残った達成感、んでもってボーナスで女の味も楽しめんだよ。
これほど素ン晴らしいものはねぇな…………なら楽しまない手はねぇーよなァ?
ヤりたいやつヤって、殺りたいやつ殺って、それでいいじゃねぇか。何が問題だってンだ?
一度の人生楽しまなきゃ損だぜ?

「ククク……お前もそう思うよな? なぁ、アンジェロ……」

台所の小さな窓を通して、月光が二人の影を作り出す。
一般的なキッチンに、向かい合うように座る二人組。酒瓶を傾けると、J・ガイルはなみなみと自分のグラスに注ぎこむ。
向かいに座ったアンジェロは黙ったままだった。J・ガイルは最初から返事を期待していなかったのか、そのまま話を続ける。
アンジェロの手元のグラスにも酒を注ぐと、お気に入りの甥を眺めるように、グラス越しに笑みを深める。
椅子に座らされていたアンジェロにはもはや人間の面影が僅かしか残されていなかった。
ピン止めされた昆虫の標本のように観賞用にJ・ガイルが丹念に飾り立てを施していた。
J・ガイルお気に入りの死体弄りは今宵も絶好調。ナイフを駆使した解剖は直前の殺しの興奮もあって、いつも以上に冴えわたっていた。

剥き出しになった筋肉にグラスを無理やり持たせると、J・ガイルは満足そうに息を漏らす。
馬鹿丁寧にグラスを持ち上げると乾杯、と一人自分の芸術と趣味の決勝に満足そうに祝杯をあげる。
グラスとグラスがぶつかり合う小気味よい音が、狭い台所に響いた。

「ククク……さっきよりイイ顔してるぜ、アンジェロォオ~~~。
 イカスな顔してる……なんせこの俺が丹念に整形してやったんだからな。
 町を歩けば十人が十人振り向いちゃうような顔、ククク…………!」



一気にグラスを空けると、もう一度自分のグラスを酒で満たしていく。
台所の棚の奥に隠してあった上物の酒。持ち主の秘蔵ッ子を何の惜しげもなく飲み干していく。
上機嫌になることも仕方ないだろう。彼の気分は留まる事を知らない。
邪魔ものであり、気に入らなかったアンジェロは自分の手で仕留めることができた。
懸念していた怪我も支給品を使って治療済み、だいぶ体の不自由にも慣れてきた。
そしてなにより第四回放送の結果! 残りはたったの12人……たったの12人!

「ククク…………!」

手に持ったグラスの中でカラン、と氷が鳴った。興奮で手が震え飛沫が机の上に飛び散った。
あと11人……決戦の時は近い。だがこのJ・ガイル、真っ向勝負なんて馬鹿な真似はしない。
戦う、確かに最後には戦うはめになるだろう。だがそれはほんとの最後の最後……!
魂を削り、骨をぶつけ合うような戦い。そんな野蛮な戦い、無駄な闘争は御免こうむる。
外道は外道らしく―――最後の最後に、掻っ攫う、それがJ・ガイルという男だ。

何杯飲んだのか、途中から数えるのをやめたJ・ガイルはそれでもグラスを煽っていく。
酔いもそろそろいい具合だった。あまり酔いすぎても後が面倒だ。彼は殺し合いの中で分別をなくすほどお気楽でもないし、馬鹿でもない。

―――ただ酔った時に、ヤるってのもイイんんだな、これが。

「お前も一杯飲むかい? サンドマン……?」


こんな時に精が出るね、とせせら笑いと同時に感心する。
台所とつながったリビングでは男が一人、暗がりの中で地図と紙を相手に情報をまとめていた。
ソファーに転がる少女の死体に目もくれず、インディアンは黙々と作業を続ける。
J・ガイルが半ば強引に誘ったところでようやく手を止めると、台所に入りグラスを取った。

表情は淡々としたものだった。強いて言えば自分の作業を邪魔されたことを不満に思っているだけ。
二体の死体に囲まれていようが、目の前の男が死体で遊ぶような猟奇的殺人犯であろうが、それはサンドマンにとってたいした問題ではなさそうだった。




荒木の放送、それはサンドマンに一つの決断を下させた。
この時間でのこりの人数は自分を含め12人……その上対荒木の中心地だったはずのナチス研究所にいた参加者が大量に死亡。
一方もっか最重要警戒人物にあげたはずのエシディシは健在。勿論敵はそれのみにとどまらない。はっきり言っていまや対荒木陣営のほうが少数派なのだ。
そして、仮にだが、乗った参加者全て駆逐したとしよう。その戦力で、傷つき疲れ果てた数少ない対荒木組で、果たしてあの荒木飛呂彦を倒すことが可能なのか?

YESかもしれない。NOかもしれない。
やってみなければわからない。結局行きつく先は出たもの勝負、本番一発。
だがサンドマンには命を賭けてでも守らなければならないものがあった。
利用されようとも、逆に喉元に飛びかかり、食らいつくぐらいに叶えたい夢があった。
そしてその炎は一度死んだとはいえ消えていない。むしろ激しく燃え盛る。

選んだ選択肢はより現実的だからだ。
ナチス研究所では今でも首輪を解除しようと懸命になっている。それを否定する気は全くない。
ただ今のサンドマンと利害が一致しなかっただけ。そびえ立つ荒木に逆らってまでのリスクがないだけ。




荒木は約束を守らないかもしれない。優勝しても何も起こらないかもしれない。
だがそれは結局のところ『かもしれない』だ。
そしてもし優勝したならば、少なくとも荒木と交渉のテーブルにつくことはできる。レースのスタート地点には立つまでは確実に保障されている。
しかし対荒木を選べば……そのルートはつぶれる。スタートすらできない可能性もあるのだ。
ならばより合理的に。より賢く、より可能性が高く。少なくとも自分の手で、自らの選択で決めたいのだ。

そして最悪……いや、最高の間違いだろうか。
仮に優勝路線を目指すとしても、それを知っているのは目の前の男、J・ガイルのみ。
向こうの旗色が悪ければ向こうを処分、コチラの都合が悪ければコイツを処分。

―――何もまだ断言していない。何もまだ決まったわけではない。

レースでいえば給水所みたいなものだ。新しい地図を眺め、どっから攻めるか。
道は多いほうがよい。選択肢は沢山あればよりベター。それだけの話。
サンドマンにとっては、ただのそれだけ。




新しいコンビに乾杯、と仰々しく接するJ・ガイルを無視すると男は杯を煽る。
イイ飲みっぷりだね、とすかさず酒を注がれるがそれも即座に飲み干されていく。
やんややんやの喝采、下品なコールとともにもう一杯、さらに一杯。
文句も言わず、淡々とサンドマンは流しこんでいく。その胃袋、留まる事を知らない。

「なかなかイケる口じゃねぇか、サンドマンよォ……ククク…………!」
「ならばこのスタンドをどかせ、J・ガイル」
「ありゃ、ばれてたか……」

杯に映った包帯巻きだらけの男を見つめインディアンは呟く。
ジョーク、ジョーク、ブラックジョークとけたけた笑う男を横目で眺めながら、サンドマンは酒瓶を持つ。
すかさず差し出された相方のグラスに酒を注ぎこんだ。

「新しいコンビに……ククク…………!」
「乾杯……」



豪快に酒瓶ごと飲み干した新しい相棒に感心、自分もいっちょいいところを見せねば男がすたる。
殺人鬼と言えどそこは男、どこに行っても酒とプライドは隣り合う。
グラスに注がれた量はそこまで多くない。一気に煽るにはちょうどいい具合だ。
瓶を飲み干したインディアンは黙って男を見つめるのみ。いつもは無表情な男の目には好奇心と、見定めるような悪戯っぽい輝き。
ならば見せてやろう、殺人鬼の誇り。一人の男として、男J・ガイル、飲まねばならぬ。
勢いそのまま、一気に最後の一滴まで。そうきめた彼がグラスを持ち上げ、小さく乾杯と呟き、そして―――

「やめとけ」

自分から降っておいてそれはねェだろとばかりにサンドマンをにらみつける。
掴まれた腕を振り払うのもなんだが、今さらもう一度というのも興を削がれた。
確かに飲みすぎだが、意識ははっきりしてる。新しい相棒にこれぐらいで心配されてるようじゃやってはいけない。

盛り上がりに水を差された不満、行き場をなくしたグラスを下ろすとJ・ガイルは苛立しげにサンドマンを見る。
無表情だったサンドマン、ようやく表情を変えた。少し勝ち誇った笑み、そしてちょいちょいと男のグラスの表面を指さす。
グラスの表面、浮いてるのは『ザクザク』『メラメラ』という文字そのもの。暗闇に紛れた文字たちをJ・ガイルは勢いそのままに気付くことができなかった。
胃が縮むような感覚と、背中のうぶ毛が逆立ったのをJ・ガイルは感じた。
もしこの一杯を飲み干していたならば……考えたくもない、胃袋の中で暴れまわる苦痛はいかほどか。

「ジョーク、ジョーク、ブラックジョーク」

そんな男にサンドマンは淡々とそう呟く。そうとは思えないような輝きを目には宿して。

















「目的地は?」
「死亡者多数のナチスは混乱必須。殺人鬼のたまり場DIOの館はハイリスク、ハイリターン」


玄関を出た二人、吹きすさぶ風に混じるのは火薬と血の臭い。
運ぶのは砂と音と死。
死神のように影もなく、気付く暇もなく姿を現す二人はその道のエキスパート。

渡された地図を返すとJ・ガイルは意見を促す。サンドマンは顎に手をやるともう一度目的地を考える。
しばらくの間沈黙。決断を任された相棒は考えた末に、一つの場所を指さす。
笑い声を洩らすと殺人鬼はオッケーと二つ返事。尤も場所がどこだろうと、彼『ら』がやるべきことは変わらない。
殺し、殺し、殺され、殺す。それだけだ。

互いに拳を持ち上げると、空中でこつんとぶつけあわせる。
わかっている。酒を飲んだのも、こうやってわざとらしい『絆』を演出したのも、手を組んだという儀式の一つにすぎない。
酒瓶に映ったハングドマンの刀。酒に潜り込まされたイン・ア・サイレントウェイの文字。
気を抜いたら殺されるのは自分だ。用済みになったら真っ先に殺されるのは自分だ。
それでもそれを承知でも、J・ガイルもサンドマンもこの道を選んだ。

サンドマンはゴールにより素早く、確実に飛び込むために。自らの故郷に帰るために。
J・ガイルはより確実に、より多くの参加者に死を運ぶために。殺しを忘れられない自らの性ゆえに。



タロットカード、『吊るされた男(ハングドマン)』が表すは修行、忍耐、奉仕、努力、試練、着実、抑制、妥協。
逆位置が司るは徒労、痩せ我慢、投げやり、自暴自棄、欲望に負ける。

裏切りとギャンブル。判断は一瞬にして、選択権は相手であり、自分である。
男二人はまさに互いに縄と縄を握りあった状態。
耐え忍ばねばらない、勝ちたいならば。試練に打ち勝たなければならない、死にたくないのであれば。
妥協はいったいどこまでできるか。自分の性をどこまで抑えきれるか。
欲望に負けてはならない。徒労に終わらせたくはない。
吊るし、吊るされ、男たちは縄を引っ張り合う。







吊るし上げるのは/されるのは―――誰だ/お前だ。





【E-4とE-5の境目/2日目 深夜】

【サンドマン】
[スタンド]:『イン・ア・サイレント・ウェイ』
[時間軸]:ジョニィの鉄球が直撃した瞬間
[状態]:健康
[装備]:サヴェジ・ガーデン
[道具]:基本支給品×2(+リゾットの分の食料・水)、音を張り付けた小石や葉っぱ、荒木に関するメモの複写、首輪に関する手記の写し
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰る
1.目的地に向かい参加者を殺す。 ただし対荒木組のほうが勝算が高いならばJ・ガイルを始末する。
2.初めて遭遇した人物には「ナチス研究所にて、脱出の為の情報を待っている」「モンスターが暴れている」というメッセージも伝える?


【J・ガイル】
[時間軸]:ジョースター一行をホル・ホースと一緒に襲撃する直前
[能力]:『吊られた男』
[状態]:左耳欠損、左側の右手の小指欠損、右二の腕・右肩・左手首骨折(治療済み)
[装備]:9mm拳銃 、ディオのナイフ
[道具]:支給品一式×3、死の結婚指輪の解毒剤リング、ライフルの実弾四発、ベアリング三十発
[思考・状況]
基本行動方針:とりあえず殺しを楽しみつつ、自分が死なないよう立ち回る
0.大きな施設を回り、参加者を殺害する。
1.サンドマンは用済みとなったら処分する。
[備考]
※『吊られた男』の射程距離などの制限の度合いは不明です。
※支給品、チューブ入り傷薬を治療に使い切りました。
※E-4とE-5の境目の民家にアンジェロ、山岸由花子の遺体が放置されています。


投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

201:ニュクスの娘達 J・ガイル 213:黄金の精神は、此処に ①
202:さようなら、ギャングたちⅠ サンドマン 213:黄金の精神は、此処に ①

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最終更新:2024年06月13日 17:26