自分の身に何が起きたかわからない。
ゆっくりと近づいてくる地面に顔から叩きつけられても、まるで夢の中のように現実感がなかった。

寒気がする。震えが止まらない。なのに体が動かない。
倒れ伏した視界の端で、真っ赤な池が広がっていくのを見て初めて理解した。
ああ、あたし、死ぬんだなって。

ぬちょり、ぬちょりと血のりをつけた靴が目の前を横切っていく。
なんか思ったよりあっさりしてた。
死ぬ時はもっと苦しんだり、足掻いたりするもんだと思ってた。
特にあたしは怖がりだからなぁ……けど意外とたいしたことないもんだ。
こうやって笑えてくるぐらいだもんな。
ただ、だんだん目を開けとくのがつらくなってきた。
そしてたまらなく、寒い。今頃あたしの顔は真っ青になってんだろう。
それでも怖くは、ない。なるようになる、なぜだかそう思えてきた。

ああ、とにかく眠い。早く寝てしまいたい。
それにしても……思えばあっという間の人生だった。
色々あったよ、まったく。
けどなんかここで過ごした一日が一番濃い一日だった。

力のこもらない笑いが漏れる。
まぁ、それもそうか。だって殺し合いだぜ?
これで色々考えなかったり、迷ったり、全然ぶれないなんてわけがない。
あたしみたいに元々がちゃらんぽらんな女なんて特に、な。

いきなり目の前でじいさんが消されたり、二回も同じやつに射殺されそうになったり、ゴミ虫みたいな目で見られたり、自暴自棄になってるところを励まされたり……。
首輪いじってたら危うく爆死しそうになったり、トンだスプラッターな死体を見たり、知り合いに本気で殺されかけたり、同じようなスタンド能力にびっくりしたり……。

でも結局ここでおしまいか。
色々足掻いたけど、頑張ったけど、所詮ここまでの女だったってことか。
それも仕方ないよな……今更どうにもできないもんだ。





―――――そう思わないとやってけない。
―――――仕方ない、どうしようもない、諦めた、なんて言わないとやってけない。

笑うことができたのは自分が滑稽だったからだ。
結局生きる、生きる、言ってたあたしは死んだまま生きてただけだ。
あたしはとっくに死んでた。
ただ生きた気になってただけだ。

今から生きる、生きよう。そう思ってた。決心してた『だけ』。
あたしはジョルノみたいに、『夢』をもってない。
ホルマジオみたいに貫き通す『信念』もない。
それを探せたらよかったのに。それを見つけることができたら良かったのに。

でも見つけれなかった。見つけようとしただけで、結局その気になってただけ。

だってなんもしてないもん。
ホルマジオの後にひっついて、ナチスに来たらブチャラティに言われるようにジョルノにくっついて。
それで? それであたしはなにか見つけれたのか? 
あたしにとって生きる意味は見つかったのか?

死ぬのが怖くないはずだ。
何も失うモノがないもんな。
死んでも何も変わらないもんな。
生きてても、何も変えれないもんな。

あたしには死にたくない、そう言う理由と資格がない。
だってそうだろう?

「ははッ」

死ぬ間際になって誰もあたしは思い浮かべることができない。
あたしが死んで悲しんでくれるような人の顔が想像できない。

これがあたしが積み上げてきたものだ。
これが……あたしの生きた証か。
笑えるよ。



笑えよ、グェス。

「ははははッ」





【グェス 死亡】









―――時刻は数時間前


「おいおいおいおい、ちょっと待てよ!
 お前まさかこのまま俺たちを残してどっか行こうって魂胆じゃねーよな?!」

情報交換を終え、背中を向けた俺に向けられた叫び声。
振り向くと、指をこちらにつきつけ喚いていたのは音石明だった。
……まったく、何をそう叫ぶことがあるというのだろうか。
情報交換を終え、リンゴォ・ロードアゲインも手を貸せば歩ける程度まで回復した。
テレンス・T・ダービーのもたらした情報は確かに膨大なものだが、それもナチス研究所で整理すればいいもの。
なにより目的地へ向かおうと急かしたのは音石明本人だったはずだ。

「……情報交換を終えた今、ここに長居する必要はないと思うが」
「そうじゃねぇ! いや、そうだけど!
 ただよ……お前、いまからさっき言ってた女のやつんところにいくつもりじゃねーだろうなァ?」
「そうだ」
「冗談じゃねーぜ!
 怪我人一人と足手まとい一人つれてナチス研究所へ向かうなんて自殺行為じゃねーか!
 そんな状態で誰かに襲われでもしたら目も当てられねぇぜ!」
「奇襲にたいしてはリンゴォのスタンドで対処すればいい。
 なによりお前自身のスタンドで戦えばそれまでの問題だ」
「ふざけるな、あんな怪物相手に戦えるわけないだろォ―――!
 おねがいします、ついてきて下さいィ―――ッ!」

音石に悟られない程度にため息を吐く。
常に無表情なはずのリンゴォがなぜか今だけ、同情的な眼差しを送ってくれているように思えた。
どうやら思ったよりも使えない男のようだ。

―――仕方ない、山岸由花子と空条徐倫のことも気になるがナチス研究所へ向かうとしようか。
一度リゾットと情報交換をしておくのも悪くないし、ちょうどいい機会だったと考えておく。

とにかく、決まった以上、善は急げだ。
わかった、と音石に返事をすると俺はリンゴォに手を貸す。
そしていまだ出発の準備にもたもたしている二人を残し、ほとんど抱きかかえるように、リンゴォの体を支え俺は走り始めた。

「なッ!?」
「おい、ちょっ……待てよ!」

確かについていくことには同意した。
敵対する参加者が出てきたら、俺も協力してその敵を排除しよう。
ただし……

「お前たちがついて来ることができたら、だがな」

二人がついてきているかを確認するために振り返る。
音石もダービーも命がかかってるとなると流石に必死だ。
不格好ながらも懸命に体を動かし、俺に少しでも遅れまいと我武者羅に走ってくる。
どうやらこのペースでいけば予想以上にはやくナチス研究所へ到着できそうだな。

「……サンドマン」

思考を切り替え、突然声をかけてきたリンゴォの言葉に耳を澄ます。
同時に、前方に見える人影に気付き足を緩めた。
暗い闇に紛れていた人影は段々とはっきりしてくる。
さっきの空条徐倫のように誤解から戦闘が始まってしまうのは馬鹿らしい。
相手がノッた相手でも対処できる距離をとると、俺は足を止めた。

「僕はジョルノ・ジョバァーナ、この殺し合いには乗っていません。
 荒木打倒のために情報と協力者を集めているところです」

一歩一歩、慎重に近づいてきた影がはっきりと形をなす。
互いの顔が、遠目にだが確認できる程度で止まった青年が、両手をあげ言う。
見た限りでは戦意も感じられない。本当のことを言っているようにも思える。
が、信頼に足りるかどうかは分からない。リンゴォの負傷もある以上あまり無茶はできないが……さてどうする。

「肩を貸してる相手は怪我人でしょうか?
 僕のスタンドは治療も行うことができます。
 貴方が僕を信じられないというならば、先に治療を行うことも構いません」
「ジョルノ……ジョバァーナ……」
「……! 貴方は……!」

そのリンゴォが小さい声で彼の名前をつぶやく。
声を聞いて初めてリンゴォだとわかったのか、彼の眼が見開かれる。
知り合いか、そうリンゴォに問いかけると信頼できる相手ではある、とのこと。
どうする、と問うもリンゴォは黙りこむ。青年も返事をすることなくこちらの答を待っていた。
どうやらリンゴォと青年の間で何かあったようだ。
しばらくの間続く静寂、それを破るように後ろから二人の悪態と足音が迫ってきた。

「サンドマン、てめぇふざけんなよ!」
「元々はお前が無理を言ったからだぞ、音石明。
 くそ、散々な目に会った…………」

音石明とテレンス・T・ダービー。
二人の到着が俺たちの行く先を大きく決定づけた。






ナチス研究所にて男が二人、額をつき合わせ議論を交わす。
時には身振り手振りを加え、納得と正解を求め意見をぶつけ合う。
だがあくまでその言葉は『飾り』。
勿論内容自体は重要なことで、いずれは考えなければならないことだ。
しかし優先順位はそこまで高くないもの、そしてなにより盗聴されても構わない内容。
二人は荒木を出し抜くため、ダミーの会話を続けながら一切手を止めようとしなかった。


「やはり一番考えられるのはG-10の島。
 ジョルノから俺が直接聞いた情報と禁止エリアから考えても、ここで間違いないだろうな」
(つまり首輪の動力源は俺たち自身のスタンドの力だと?)

「だろな。だがわからないのは荒木の考えだ。
 G-10を禁止エリアにすることで奴は自分の居場所をばらしてきている。
 仮に禁止エリアに特定しなかったのならば、マップの半分近くを占める海の中からやつの居場所を特定するのは骨が折れただろうというのに」
(スタンドの力ではなく、正確には生命力ではないかと思っている。
 でなければスタンド使いでない参加者の首輪の説明がつかない。
 勿論、全てが全て同じ構造でないという可能性も否定はしないが)

「絶対的な自信と、挑発行為じゃないか?
 奴の積極的な介入からみても俺たちを本気で殺し合わせようとしているとは思えない」
(――どうも俺はそこがひっかかる。
 仮に動力源が俺たちだとしたならば、電波妨害装置を発動した時、お前が気を失った原因は何だ?)

「事実俺たちがこうやって協力しているぐらいだからな。
 殺し合いを促進させたいならもっと適した時間軸があるはずだ。
 お前が、俺たち暗殺チームに狙われた始めた時なんかがその典型的な例だ。
 だが奴はその時間からお前を呼び出さなかった……それは何故か……。
 ……論点がずれるかもしれないが、ジョルノ・ジョバァーナが言っていた荒木は純粋である、これについてどう思う?」
(装置の発動以外に原因となる要素はなかったが……強いて言うなら音石のスタンド能力か。
 装置が発動したことによって俺の生命力を首輪が過剰に変換しすぎた。
 生命力を吸収されたことで俺は気を失った。一応筋は通っているように思えるが?
 そもそも音石が原因だとしてもあの状況でそうする理由が見当たらない。
 仮に音石が意図的にやったとしてもそこまでするぐらいならば首輪を暴発させたほうが遥かに楽だ)

「俺が直接荒木のやつを見たのは最初の参加者が全員広間に集められていた時ぐらいだから詳しくは分からない。
 ただ俺はジョルノの言葉も一理あると思う。
 こうも色々と不自然な点があるとただ単にやつの気まぐれではないかと疑わしくなってくる」
(そこが不可思議だ。
 電波を受信している首輪、その電波を遮る電波妨害装置。
 この仮定で行くと荒木は電波によってエネルギー変換の調整を行っていることにならないか?
 だが『わざわざ』電波によってエネルギー調整する理由が俺にはわからない。
 首輪はこの殺し合いの根幹をなす重要な要素なのに、だ。
 これほど高性能の首輪を作れる荒木がエネルギーを調整する機械を首輪に入れない理由は何だ?)

「荒木自身についてもっと知る必要があるか……。
 奴の知り合いは今まで集めた情報からするとこの殺し合いに参加させられてないようだな。
 そうなると直接的に奴について知ろうというのはあまりに不確定すぎる。
 奴の行動パターンから奴の狙いを推測するしかあるまい」
(こいつを見てくれ……。
 これはあるスタンド使いによって首輪の構造を念写したものらしい。
 実際信憑性がなかったが、グェスの話と合わせてみると信頼できるレベルものと思えた。
 ここまでの設計図を模写できるスタンド使いを呼び寄せた時点で、荒木は首輪を解除される可能性は高いと踏んでいたのだろう。
 だから荒木は『あえて』エネルギー調整機を入れなかったんだ。
 俺が思うに電波で調節しているのはやつがそれを最終手段として利用するためだと思う)

「あくまで推測が限界だな。
 奴が一番不可解な行動をとったのはグェスから日記を回収したところだと思うが……お前はどう思う?」
(――――なるほど、いざ首輪を解除しようとしてもその瞬間に電波を遮断し俺たちを気絶させるためか?)

「グェス程度に盗まれてしまった警戒心の薄さの割には自ら回収に出向く辺りがクサイな。
 グェスが盗んだのは支給品のランプを使い、花京院典明と一緒に荒木に呼び出された時か……。
 しかしこれではやはり堂々巡りに入ってしまう。
 果たして荒木は意図的にグェスに『盗ませた』のか? それとも本当に、『盗まれた』のか?」
(そうだ。つまり爆弾は殺し合いを促進させるため、エネルギー調整電波は俺たちが首輪を解除するのを抑止するため。
 首輪は二重の意味で俺たちを拘束している、俺にはそう思える。
 俺は一度気を失ったものの、短時間で立ち上がれるまでには回復した。
 だが発信源を抑えられたら俺は気を失ったままだったかもしれない。
 つまり電波を遮断し続ければ、その間俺の生命力はずっと首輪に吸い取られているわけだ。
 そこでだ……もしこの変換率を高めることができたら?
 ……もしかしたらこの首輪は爆弾を使うまでもなく俺たちを殺すことが可能なのかもしれない)

「実際いくらでもこじつけができそうだからな。やはり情報が少なすぎるか……」
(首輪を解除しようとするとジレンマに陥ってしまうわけか。
 首輪の『機能を停止する』には電波を止めなければならない。だが電波を止めれば荒木に感づかれてしまう。
 その上電波が止まれば首輪のエネルギー変換機能が暴走、装着者はそのまま生命力を過剰に吸収される。
 だが電波を止めずに首輪を解除しようとすれば爆弾が爆発、か)

「ただ『殺し合う』のが目的ではない、つまり俺たちの『死』を望んでのこの殺し合いを開催したわけではないのは断言できそうだな。
 自分の意志で、自らの選択で『殺し合う』、それが奴の望んだものか……?」
(俺に対して電波を遮断しなかったのは『警告』か、はたまた『ご褒美』か。 
 とにかく今後この装置が首輪解除のキーとなるのは間違いない。
 電波妨害装置によって『誰でも電波を妨害できるのか』が分水嶺だろうな。
 音石にしか使えないようだったら絶望的だが、もし俺たちにでも使えるようであれば上手く立ち回ることで荒木を出しぬける)

「俺たちに意志の選択権がある、というふうに奴が考えていると思うと不愉快だな」
(死んだふりか? それでどこまで奴を騙しきれるか……それを防ぐためにやつは盗聴器を仕込んでいるんだぞ
 解除される参加者もだが解除する参加者の演技力も相当なものを要求される……。
 それになによりこの装置は奴自身が支給したものなんだぞ?)

「そうだ……意志とは与えられたものを選び取るためにあるわけではない」
(さっき口頭で言ったはずだ、奴は『俺たちの死』が目的ではないと。
 ならばこいつで首輪を解除できる可能性は充分ある……、いや仮になくてもとりあえずはこいつで試してみるしかないだろう。
 それと監視カメラも考えてナチス研究所に関しては俺のスタンド能力であらかた調べた……が、正直確信はない。
 なにより奴は時間を超えて参加者を集める力がある。俺たちが理解できない未来のカメラ、盗聴器の可能性まで考えると……)

「自ら切り開いていくものだ」
(お手上げ、か。
 現状電波妨害装置がどこまでやれるのかを実験したいが下手すればそれすら荒木にばれてしまうのはキツイな)

「今の俺たちのようにな」
(だがばれる危険性があるとしても、ここから手をつけるしかない
 装置と首輪の距離によっての遮断率の変化、変換率の個別差による装置の稼働率。
 考えられる可能性は無数だが現状ほかに道はない)

「ああ」
(変換率の個別差から考えると強力なスタンド使いにはそれだけ負荷が大きいのだろう。
 吸血鬼や柱の男と呼ばれる奴らがこの場にいることからもその可能性は高い。
 案外スタンドも使えない一般人が一番首輪解除に近い存在なのかもしれないな……)





「リゾット、帰ってきたぜ」

突然の仲間の帰還にリゾットは持ち上げかけたペンを下ろす。
えらい早い帰還だな、そう思いブチャラティに視線を送ると彼も同様に意外そうな表情をしていた。
大声とともに正面の扉が開かれる。その音に紛れて、偽物の可能性は?とブチャラティに問う。
ブチャラティは黙って頷く。席を立ちあがるとともに、流れるようにスタンドを呼び出すと扉の死角へと足を向けた。
リゾットもそれに従い席を立つと、扉から少しだけ距離をとった。

廊下をこちらへ向かってくる音。足音は複数、だんだん近づいてくる音に緊張感も高まる。
そして扉の前で足音は止まると、ノックの音が部屋に響いた。
最初に素早く二回、少し間をおいて一回、さらに間をおいて三回。
それを確認したリゾットは口を開いた。

「入れ。ただし部屋に入っていいのはホルマジオ、お前一人だ」

一瞬だけ間が空き、扉が開かれる。
両手を頭の上に置き、スタンドを脇に立たせたままホルマジオは部屋に入る。
リゾットの氷のように鋭い視線を受け止め、ホルマジオは口を開いた。

「今帰ってきた」
「合言葉は?」
「『裏切り者には慈悲を、復讐者たちには終わりを』」
「プロシュートとコンビを組んでいた人物のスタンド名は?」
「『ビーチ・ボーイ』」
「ソルベの相方の名前は?」
「ジェラート」
「暗殺チームのリーダー、リゾット・ネエロの年齢は?」
「……は?」

淀みなく答えていたホルマジオの答えが鈍る。
最後の質問に虚を突かれたのか、毒気を抜かれたように間抜けな表情が浮かんだ。
それを見てリゾットは微笑を浮かべ、警戒心を解いた。

「相手の思考を読み取るスタンドという可能性も考えて、お前が知らないはずの質問をしてみただけだ。
 許せ、ホルマジオ」
「おいおい、冗談きついぜ……」
「それで、指令はうまくいったのか?」

坊主頭に伝った冷や汗を拭うと、おどけた顔で肩をすくめる。
それがちょっとしたイレギュラーがあってだな、そう言うとホルマジオはブチャラティを呼び寄せ一旦部屋を出る。
人手が必要だとのことで、その間にリゾットは筆談で散らかった机の上を整理した。

現状筆談でもブチャラティと話した通り、道は暗い。だがそれえでもどうにかするしかないのだ。
それに、とリゾットは皮肉気に思う。
逆境に置かれることには慣れている。いつも通りと言えばいつも通りだ。

裏切り、組織から孤立したチーム。
刺客に追われる恐怖におびえながら、必死で娘の動向を追う。
迫りくる死、一人一人消えていく部下。バツ印をつけた写真と地図だけが増えていく。
絶望と悲しみ、闇に吸いこまれるような孤独感。

過去を思い出し、整理した情報を読み直していたリゾットは窓をたたく音に現実に引き戻される。
窓枠にちょこんと乗っかった一羽の鳥。足には紙がくくりつけられている。

「ジョルノ・ジョバァーナ……」

緊急時には僕のスタンドで連絡を送ります、ナチス研究所を出発する前の彼の言葉が蘇ってくる。
窓を開けると鳥はリゾットの周りをひとっ飛びし、最後に小さく鳴くと元の小石へと戻る。
掌に落ちてきた紙切れを開き、内容に目を落とす。
読み進めるうちに、リゾットの表情が鋭いものへと変わっていった。

「……何かあったのか?」

用事を終え、部屋に戻ってきたブチャラティがリゾットに声をかける。
表情をいつものものに戻すと、リゾットは紙切れをブチャラティに渡す。
さきほどのリゾットと同様、ブチャラティも表情を変えていく。

「ジョルノ・ジョバァーナからの報告だ。
 無事指令を終え、ナチス研究所へ帰還する……もうすぐそこまで来ているらしい。
 情報の共有はホルマジオと同時にやったほうが良さそうだな」
「……そうか」
「ホルマジオの奴はどこに?」
「……今からくるところだ」

だがジョルノが指令を果たしたならば、ホルマジオはいったいなぜ帰ってきたのか。
リゾットの疑問はまさにちょうどその時、ホルマジオが部屋に入ってきたことで解けた。
ホルマジオの後について男が二人、少年が一人。
そして車いすに乗せられ、気絶した人物が一人。

「パンナコッタ・フーゴ……」

隣でブチャラティが拳を強く握り締める。
握っていた紙が、くしゃりと乾いた音を立てた。







13もの視線が二人を見つめていた。リゾットは相手の返答を黙って待った。
返ってきたのは言葉でなく、怒りに震える拳が叩きつけられた音。
疲れ果てた机がミシミシと悲鳴をあげ、端のほうで身を縮めていた音石はさらに体を小さくする。
億泰のイライラは収まらない。席から大きく身を乗り出すと、目の前のリゾットを鋭い視線で睨みつける。
泣く子も黙るという言葉にふさわしい形相、それでもリゾットは動じない。
涼しい顔で視線を受け流すと、ゆっくりと顔の前で手を組みなおした。

「もう一度聞こう。音石はこの殺し合いをひっくり返す可能性を秘めている男だ。
 この先必ずこの男が必要となる時が来る。それでも……それを聞いてもお前の覚悟は変わらないか?」
「ああ、変わらないね」

取り付く暇もなく、億泰は返す。
何か文句があるなら言ってみろよ、そんな挑発的な意が言葉の端からにじみ出ていた。

「お前自身覚悟していた……兄はまっとうに生きられる宿命ではなかったと。
 そう言ったな? ならば億泰、お前はどう思ったんだ?
 音石明が捕えられ、法に裁かれた時どう思ったんだ?」
「…………」
「法に裁いてもらって良かった、そうお前は心の底から納得できたのか?
 これも法治国家の性、仕方がないことだ、そうやって無理矢理自分を押し殺したのか?
 どっちなんだ?」
「納得できたわけないだろうがッ!」

再びバンと机を叩き、勢いよく立ち上がる。突然の音にグェスがびくりと身を震わした。
自分の不甲斐なさ、溜めこんでいた怒り、兄を失った悲しみ。
それは億泰にとってブラックボックスとも言える記憶だった。
リゾットの容赦ない質問攻めに億泰の感情は高まる。
胸ぐらをつかんだ拳はブルブルと震え、血ののぼった顔は真っ赤に染まる。

「てめぇに何がわかるってんだッ! 兄貴だぞ……血のつながった家族だッ!
 お袋が死んでッ! 親父はDIOの奴にめちゃくちゃにされてッ!
 たった一人の、頼れる兄貴だったんだッ!
 その兄貴をッ! コイツはッ…………!」

リゾットは何も言わなかった。
胸ぐらをつかまれ今のも殴りかかってきそうな億泰を黙って見つめるだけ。

「お前に俺の気持ちが分かんのかよ!? 
 兄貴が殺されて、その仇を目の前に仲良し子良しなんて俺はごめんだッ!
 時間が違う? 俺の世界では裁かれた? 知るかってんだよッ!
 俺にとってこいつはッ!
 いつまでたっても! どこにいようとも! 兄貴を殺したクソ野郎だッ!」

てめーみてぇな能面野郎に何言っても無駄かもしんないけどよ、そう最後に言い捨てる。
突き飛ばすように手を離すと、肩で息をする億泰。
席につく全員をじろりと睨みつけると、視線があった音石がヒィ、と小さく悲鳴を漏らした。
誰も口をきけなかった。13人が13人、思うことがあったが億泰の暴力的な圧迫感を前に、誰もが口を塞ぐしかなかった。

「まったくもって下らないね」

しばらく流れた沈黙を破ったのは岸辺露伴。
ゆっくりと立ち上がった彼に、億泰は即座に食ってかかる。

「露伴、てめぇ!」
「いいか、億泰、いい加減悲劇のヒロイン気取りはやめろよ。
 兄貴が殺されて顔を真っ赤にするのは君の勝手さ。
 けどお前一人だけがそうなんじゃないんだぜ」

露伴は席につく全員を一人一人指さしていく。

「ここに居る全員が人を殺したり、人を死なせたりしてここにいるんだよ。
 なにも君だけが特別ってわけじゃない。
 それなのに君ときたらまるで餓鬼みたいに口うるさい……いい加減僕もうんざりさ」

頭から水をかけられたような表情が億泰の顔に浮かぶ。
岸辺露伴は変人で、協調性のない嫌味ったらしい嫌な奴だ。
少なくとも億泰はそう思っていた。今の今まではそう思っていた。
だが今の露伴はどうだ。

「普段の僕ならこんなことは言わないさ、億泰。たださっきも言っただろう?
 僕は勝ちたいんだ。
 あの高慢ちきで気取り屋で人を見下したような態度をとる、あの荒木飛呂彦ってやつが気に食わないんだ。
 君だってそうだろう?」

億泰の表情から気づいたのだろう、露伴は皮肉気に言い放つ。
自分でもらしくないとは思ってる。こんなのは自分の役割ではないし、熱く誰かを諭すようなことなんてまっぴらだ。
けど、それ以上に勝ちたい。普段の自分なら絶対やりたくないことをしてでも、勝ちたい。
露伴の中でかつてないほど情熱が燃えたぎる。
仗助との賭け勝負の時と同様に、負けず嫌いの闘志が彼の中で燃えていた。

二人のやり取りを黙ってきいていたリゾットは億泰に再び問いかける。

「虹村億泰……どうだ? それでもまだ納得できないか?
 音石は俺たちの救世主になりうる人物かもしれない。
 もしかしたら音石のスタンドで荒木を出し抜くことができるかもしれない
 それでもお前は、自分の道を選ぶか?」

何度も叩きつけられた拳が開いては閉じ、震える。
噛みしめた唇は言うべき言葉を探すが、何も見つからない。
全員が億泰の言葉を待っていた。
億泰は自分の心が静まるのを待つと、ゆっくりと口を開いた。

「俺が…………俺は出ていくぜ」

リゾットは眉をひそめ、ブチャラティは落胆を浮かべた。
ジョルノは何も言わず顔を伏せ、露伴は思い切り鼻を鳴らした。

「俺がめちゃくちゃなこと言ってるってのはわかった。
 俺一人がわがまま言ってここにいるやつらに迷惑かけてるってのもわかった。
 だけどやっぱり納得できねぇんだ、俺は。本当は……」

ギロリと音石をにらみつける億泰。

「今すぐにでもあいつを殺さないと気が済まねーんだ。
 ここにあいつがいるってだけでムカっ腹立っちまって、なにかあったら爆発しそうなんだ。
 だから……俺はここを出て行かせて貰うぜ」
「それを許さないと言ったら?」
「それでも出ていかせて貰うぜ。それこそ力づくでもな」
「……ホルマジオ」

億泰の決心は固く、即座に荷物をまとめ始める。
リゾットは小さくホルマジオを呼び寄せると耳元で会話を交わす。
部屋内には困惑と不安、落胆が広がっていた。

―――やはり打倒荒木に向けて力を合わせるのは無理なのか。
―――個々が想いを抱えたまま協力することは不可能なのか。

沈みかえる部屋、そんな中でホルマジオは立ち上がるとスタンドを傍らに呼び出す。
リゾットに向けいいのか、と小声で確認するホルマジオ。
頼む、リゾットは一言だけ、そう返した。

「―――かっ切れ」

ホルマジのスタンド、リトル・フィートが動いた。
振り上げられた小指の刃は目にもとまらぬ速度で動き―――リゾットの左耳を切り飛ばした。

「なッ!?」
「ホルマジオ、小指もだ。日本のギャングには『指を詰める』という風習があるらしい」
「アイアイサ―」

既に席を立ち扉へ向いかけていた億泰はその場に凍りつく。
それは億泰だけでなく、部屋中にいる全員。
驚愕に誰もが言葉をなくしていた。

我に返ったジョルノがスタンドを呼び出す。それを見たリゾットは、片手をあげ治療の必要がないことを示す。
痛みを表情には出さない。机の上に転がった左耳と小指、まるで道端に落ちている小石を片づけるようにわきにのけると、彼は立ち上がり口を開いた。

「ここにいる13人、それぞれ思うことがあるだろう。
 もしかしたら俺が掲げる打倒荒木には納得できない奴もいるかもしれない。ちょうど今の億泰のようにな。
 だがそれでも、一度でもこの席についてくれた……話が通じない相手ではない。
 だからこそ俺は敢えて言いたい。俺はここにいる13人全員に協力してほしい。
 今だけは己を殺し、滾る感情を胸に秘め、この殺し合いから脱出するために協力してほしい。
 ここにいる、俺を含めて『五人』は―――」

ジョルノ、ブチャラティ、ホルマジオ、そしてフーゴの順に視線を向ける。

「ギャングだ。
 毎日人を殺す覚悟、人に殺される覚悟とともに生きてきた。
 当然人に誇れるような仕事ではないが、それでも俺たちは汚れ役を受け入れて、泥水を啜るような思いで生きてきた。
 だがそんな俺たちを! 必死で生きてきた俺たちの誇りをッ!
 ボスの野郎は踏みにじったッ!」

さっきまでの冷静さを捨て、リゾットは今一人の男に戻っていた。
彼のチームが受けた屈辱を思い出すと、腹の底からどす黒い感情が湧いてくる。

「そんなボスから俺は伝言を預かった。内容は協力を申し出るものだった。
 今さらだ……、俺たちに死よりもゲスな屈辱を与え、散々力を振りかざした男が協力してくれないか、だと?
 俺は八人もの仲間を失った……ボスのせいでだッ!
 それなのに協力だと……? 俺たちはアイツの犬じゃないッ!」

組織を裏切る時、チームの奴らは誰一人反対しなかった。
ソルベとジェラート、大切な二人が殺された仇が討てるかもしれない。
ボスの娘と言う、あくまで可能性に彼は命を賭けてくれた。
リゾットいうリーダーの決断の元に。

「億泰……だから俺はお前の感情が理解できる。仇を討ちたいという思いもわかる。
 俺とおまえは同じ『復讐者』だからな。
 そのうえで言いたい。それはお前にとっての『勝利』になるのか?
 俺はボスを赦せない。だがこれは俺の個人的な感情だ。死んでいった仲間が何を望んでいるか、今になってはわからない。
 ただ奴らは言っていた……自分たちが受けた屈辱を突き付けてやりたいと。
 俺たちが望むことはリーダーである俺と一緒だと」

ここにいるボスを殺すことは奴らの望んだことなのか。
ブチャラティたちと戦った時、自分は過去と折り合いをつけたはずだ。
それでも今、自分の信念が試されている。何が正しく、何が間違いなのか。

「億泰、お前には納得できる道を歩んでほしい。
 俺もボスに会ったときどうなるかはわからない。ただ会ってから考えようと思っている。
 それはチームが『勝つ』ことを望んでいたからだ。
 なによりも俺たちは勝つことを望んでいた。
 これは……この痛みは、お前に見せる俺の『覚悟』と『誠意』だ。
 仇を前に身も切れる思いだろう。見逃すことはこの上なく不本意だろう。
 その怒りを俺は身に受けよう。お前がどうしても我慢できないならば俺が代わりとなってお前の怒りを背負おう」
「どうしてそこまで……?」
「お前が必要だからだ、億泰。今すぐに、とは言わない……だが俺はお前が協力してくれることを望んでいる」
「…………少し……時間をくれ」

億泰はそう言うと席を立つ。荷物は持たなかった。
頭を冷やしてくる、それだけ言い残し外に出ていった。







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最終更新:2011年02月05日 00:17