[00:14:32:22]

「……裸?」
怪訝そうな表情と共に、トリッシュ・ウナの唇が小さく動く。
声として音になるような呟きではない、ただ唇だけは確かにそのように動いた。
トリッシュの形の良い眉が顰められる。その顔に浮かぶのは警戒、そして微かな嫌悪。
それはそうだろう。いくら突拍子もない「殺し合い」の場だからって、裸の人間を見つけたらそんな顔にもなる。
男の裸程度で悲鳴を上げるような気弱な娘でもないが、平然と微笑みかけられるほどアバズレでもない。
複雑な表情のまま、それでも深呼吸1つすると、慎重に歩み寄る。
「……こんばんわ。ちょっといいかしら?」
「…………」


[00:12:30:54]

返事はない。それでも即座に攻撃されたりしないことを確認し、トリッシュはさらに距離を詰める。
首を傾げて、目の前の相手――視線の高さからして、けっこうな体格のようだ――の手元に視線を向ける。
「……名簿を見ていたのね。誰か知り合いの名前でも載っていたの?」
「………………」
エシディシワムウカーズ……それはあなたの仲間? ……同族?」
「…………」
「ああ、お互い自己紹介がまだね。私はトリッシュ・ウナ。あなたは?」
「…………」
サンタナ……柱の男? 言ってることが、よく、分からないけど……」
会話になっていないことは、容易に見て取れる。恐らくは裸の男が呟く言葉を、トリッシュが拾っているだけ。
沈黙。気まずそうな表情。
気の強い彼女のこと、相手にされないだけなら怒り出してもいいはず。
なのに、どこか彼女の動作には躊躇いがある。微かな怯えがある。
目の前の相手に、彼女を躊躇わせるだけのモノがある。

しばしの躊躇いの後――彼女はそして、意を決してその問いを口にする。
「それで……サンタナさん、でいいのかしら。あなたは、この『殺し合い』に乗るつもり?」


[00:10:09:24]

「…………」
答えは、すぐには返ってはこなかった。さらに間が空く。トリッシュの額に脂汗が伝う。
沈黙に耐え切れなくなったのか、彼女は言葉を重ねる。
「その3人とどういう関係なのか、いまいち分からないけど……
 知り合いがいる以上、素直に殺し合いはできないんじゃないかしら」
「…………」
「私にも、知り合いがいる。私も、殺し合いに乗るつもりはないわ」
「…………」
トリッシュはそこで言葉を切り、相手の返答を待つ。
待つ。
待つ。
不安の色を僅かに滲ませながらも、根気強く待つ。
やがて……彼女がじれかけた時、相手の男が、何かを言ったらしい。
トリッシュは慌てて、耳を傾ける。聞きなおす。
「……え? 今、なんて言ったの?」
「…………」
「……殺し合いをするつもりはない? 良かった……え?
 殺し合いじゃなくて……一方的な、殺戮?!」

彼女でなくても聞き直しそうな、その単語。
次の瞬間。
トリッシュ・ウナの身体に、ドスドスドスッ! と大きな『穴』が開いた。


[00:08:31:04]

「ろっ……肋骨、が……!? 曲がって、伸び、た……?」
「…………」
呆然と呟いた彼女の呟きは、つまりその「凶器」そのものを指しているのか。
トリッシュ・ウナの身体は、まるで象の牙のような形をした突起物で左右から突き刺されていた。
まるで巨大な牙の生えた顎に噛み付かれたような有様。
胸の辺りを、左右から刺され。腰の辺りも、左右から刺され。
どちらもどう見ても、致命傷。死に至るような深さ……いや、違う。おかしい。
傷口から血が一滴も出ていない……というより、服の上から刺されたのに、服も破けてさえいない!
まるでゴムか何かのように、大きく伸びている!
身体の方も凶器の形そのままに凹んではいるが、決して「貫かれて」はいない!

「……『スパイス・ガール』! 攻撃の直前に、私自身の身体を『柔らかく』したッ!」
「……?!」
「その自在に動く肋骨が、あなたの『スタンド』? でもご生憎様……私の『スタンド』は、一味違うの。
 あなたの攻撃には、最悪の相性だったみたい……ねっ!」

相手の必殺の不意打ちを凌ぎ切ったトリッシュは、強い口調でその場を飛びのく。
凹みはすぐに元通りに戻り、ダメージらしいダメージを受けた様子はない。
だが、スタンド?! トリッシュに……スタンド、だと? 『柔らかくする』スタンド? 『スパイス・ガール』?
しかし次の瞬間に彼女が取った行動は、確かに間違いなく、近距離パワー型のスタンド使いに特有のもので。

「あなたがその気なら……容赦しないっ!
 やるわよ、『スパイス・ガール』! WAAANNNAAABBBEEEEEE!!」
「…………」

無数の拳の連打が、その『肋骨を自由自在に動かせる男』サンタナの身体に叩き込まれた――


[00:08:20:33]

スタンド……特に、人の形をした近距離パワー型による格闘は、自然と似通ってくるものだ。
そこには人間の格闘術の常識は通用しない。
パワー・スピード共に人間の肉体の限界を超えている上、拳で叩いて能力を発現させるタイプは多いのだ。
自然と、拳による攻撃。それも、両手を駆使した連続攻撃となる。
本体の身体とほとんど重ねるくらいの距離に出現させて、殴る。殴る。殴る。ひたすらに殴る。
近距離パワー型は、あまりスタンドを離すことが出来ない……逆に言えば、この位置が最強にして最速。
人間の動体視力では追いつかない連撃。防御も回避も困難な拳の弾幕。絶叫と共に放たれる必殺の攻撃。
これに対抗する方法は、同じく近距離パワー型のスタンドの連打で迎撃すること、くらいのはず――だった。
だが。

「…………っ!? 柔らかすぎるっ!? いや、違う……!?」
トリッシュの表情が、驚愕に歪む。
理解できない――という様子ではない。
それはそう、言ってみれば「一瞬分からなかったが、すぐに思い出した」という表情。
……何を思いだしたというのか? それはすぐに彼女自身の口から漏れ出ることになる。
「これは……『スパイス・ガール』の効果じゃない!
 あの、『自分から殺された男』と同じっ……肉片!? スタンドじゃなくて、『私の』腕に……!?」
意味不明の悲鳴。しかし起こったことは目に見えて分かる。
トリッシュの両腕が――ラッシュを繰り出していたその腕が、何箇所も抉れていた。
拳の乱打にはほとんど何の手応えも得られず、慌てて引き戻してみたその時には、既に抉れていた状態。
いや、ただ抉れているだけではない。
見る間にその「抉れた部位」が大きくなっていく。腕がどんどん削られていく。
『肉片』……彼女は確かにそう言った。
ということは、殴った時に『肉片』が飛び散り、腕にこびりついたのか。肉片が彼女の腕を喰らっているのか。
スタンドを傷つけられるのは、原則としてスタンドだけ――しかし、生身の腕にくっつかれてしまったのなら。

「……痛くない、むしろ気持ちいいのが、怖いっ……!
 このまま『喰い尽される』前に、少しでも、時間をっ……!」
広がっていく腕の欠損部位。トリッシュの判断は、早かった……驚くほど早かった。
まるで、既に「似たような状況に出くわしたことがあるかのように」。
近くの建物に転がるように駆け寄り、窓を叩き割るとそのガラス片で――自ら、両腕を切断した。


[00:08:04:31]

近距離パワー型で、拳で殴って発動させるスタンドなら……両腕の喪失は、再起不能を意味している。
スタンドと本体の間を繋ぐ、ダメージの相互性。人型の標準的スタンドでは、それは特に綺麗にリンクする。
足のダメージは、もう一方の足へ。腕のダメージは、もう一方の腕へ。
トリッシュのスタンド、『スパイス・ガール』は、もう、その特異な能力を発揮できまい。
彼女の端整な顔が、苦痛と悔しさに歪む。
『肉片』による侵食は止まったとしても、その痛み、その出血だけでも相当なモノのはずだ。
ましてや、すぐ傍にはまだサンタナが居るのだ。
もはや逃げ切るだけの体力もない彼女は、それでもブツブツと何かを呟いている。
1歩ずつ近づいてくるらしいサンタナの姿を目で追いながら、「サンタナではない誰か」に向けて呟いている。

「……何故、『あなた』の名が名簿に載っているのか、私には分からない。
 サルディニアで父に殺されたはずのあなたが……あなただけじゃない、ブチャラティも、何人かの敵も……」

トリッシュはもう立ち上がれない。
両腕の失血もそうだし、よく見れば、足も……さっきの腕のように、欠け始めている。
『肉片』がついているのだ。腕を斬りおとした時に破片が飛び散ったのか、それとも「飛び移ってきた」のか。
これさえなければ、きっと彼女はすぐにでも駆け出し、その場を離れようとしていだろうに。
絶体絶命の状況の中、それでも彼女の瞳に絶望はない。
ある種の諦め、はあるのだろうが、誰から受け継いだものか、強固な意志の光がある。
未来に意志を繋ごうという、強い想いがある。

「サンタナに……『柱の男』たちに……気をつけて。最悪の相性だったのは、むしろこちらの方。
 こいつらには、『スタンド』の常識が通用しない……少なくとも、近距離パワー型ではかなり厳しい!
 殴ろうとした傍から、細胞単位で一体化されてしまう……! 能力を発動させる隙も、あるかどうか……!」

サンタナがトリッシュに手を伸ばす。サンタナがトリッシュに触れる。サンタナがトリッシュの中に潜り込む。
彼女の均整の取れた美しい身体が、無様に膨らむ。内側から大きく風船のように膨れ上がる。
苦痛ではなく、悔しさを滲ませ、彼女は最期に呟く。

「あと、父に……『ディアボロ』に、気をつけて……! 私たちが、一度は倒したはずの相手……!
 この『声』が届いているなら、きっと、あなたの『スタンド』が、」

そこまで口にしたところで、彼女の身体は内側から弾け飛び……『再生(リプレイ)』は中断された。


[00:00:00:00]

「…………ワケが、分からない……!」

――街灯の下。
『ムーディ・ブルース』の『再生』を終えた彼、レオーネ・アバッキオは長い髪を揺らして呟いた。
目の前には、見覚えのあるスカートの布地。千切れ飛び散乱した衣服のカケラ。散乱した無惨な肉片。
そして、無造作に放置されていた、2つのデイパック。

アバッキオは考える。
彼自身の記憶によれば――彼らブチャラティ・チームは、「ボスの娘」の護衛任務を行っていたはずだ。
それが、いきなりこんな所に連れてこられて、唐突に告げられたのは「殺し合い」。
ワケも分からぬまま、それでも組織から、「ボス」から命令された「娘の護衛」を果たそうと、歩き出して……
そうして見つけたのが、この「スカートだった布きれ」。
その模様から、それがトリッシュのものだと思い出した彼は、すぐさま彼女の行方を探ろうとしたのだが。

トリッシュは、『サンタナ』という男に、『喰われてしまった』のだろう。『服だけ残して死んだ』のだろう。
それは分かる。今こうして『再生』してみたから分かる。
守れなかった――組織の命令を完遂できなかった。
そのことにアバッキオは呆然となるが、しかし、混乱の原因はそれだけではなく。

「彼女は、何を……!? サルディニア島? ボスを倒した? ディアボロ、だと?
 いやそれよりも、何故俺のスタンドの能力を知っている?! 何故彼女がスタンドを扱える!?
 俺やブチャラティが『死んだはず』だって……!?」

最期のメッセージは、明らかにアバッキオに宛てたもの。
アバッキオの『ムーディ・ブルース』が『再生(リプレイ)』するのを期待しての遺言だ。
きっとアバッキオの到着は、彼女の想定よりも早かったことだろう。遥かに早かったことだろう。
遥かに早くて……しかし、もう既に周囲に人の気配は残されていない。
サンタナは、既にこの場を離れてしまったのだ。支給品であるデイパックを、放置したまま。
道具を扱う知性が無いのか、それともあれだけの能力を持つ男だ、細かい道具など無価値と断じたか……。

いやしかし、問題はそんなことではない。
アバッキオは慎重な男なのだ。安易に自分の能力を他人に語りはしないし、チームの仲間も語らない。
何故、トリッシュが――護衛対象に過ぎないはずの一般人の少女が、知っているのだ!?
そして、彼女が口走っていた言葉の意味は?!
激しい混乱の中、それでもアバッキオが「選んだ」のは。
「考えるのは後でもいい、今は……『ムーディ・ブルース』! 『サンタナ』を……『再生』するっ!」

[00:08:30:54]

少し位置を変えての、再度の『再生』。時刻はトリッシュが『自由自在に動く肋骨』に貫かれたあたりに設定。
『ムーディ・ブルース』がその姿を変え、見知らぬ男の肉体を再現する。
胸を突き破り、あり得ぬ方向に曲がった肋骨……なるほど、不意打ちでコレに対応するのは難しそうだ。
そのまま、『一時停止』する。

トリッシュの仇である『サンタナ』の容姿も把握できた。
『サンタナ』の特技の1つである、『自由に曲がる肋骨』のことも理解できた。
このまま『再生』を続ければ、彼の追跡も容易だろう。『肉片』による攻撃も詳しく分かるだろう。
組織のメンバーとして、またブチャラティのチームの一員として、仇であるこの男を討つことに迷いはない。
マフィアとして、「ケジメ」はつけさせねばならない。保護対象を殺されっぱなしでは済まされない。
報復は、成されなければならない。
そのためには、まずは仲間との合流が肝要だ。
仲間と合流し、トリッシュが命と引き換えに得た『サンタナ』の情報を伝え、対策を考えねばならない。
チームの面々との合流が困難ならば、組織の誰かでもいい。
そいつが『裏切り者』でなければ、協力は期待できるはず。

だが、そこから先は……そこから先は、いったいどうするべきなのだろう……?!
レオーネ・アバッキオは、どう動けば良いのだろう……!?


【F-6・とある街灯の下/1日目 深夜】

【レオーネ・アバッキオ】
[時間軸]:トリッシュ護衛任務を受けた後。ナランチャがホルマジオの襲撃を受ける前。
[状態]:健康。呆然。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式×3、ランダム支給品×3人分(個数不明)
[思考・状況]
基本行動方針:トリッシュの仇を討つ。それ以外のことは仲間と合流してから考える。
1、サンタナを倒してトリッシュの仇を討つ。エシディシ、ワムウ、カーズにも警戒。
2、ただし、近距離パワー型スタンドのラッシュは効きそうにないので、上の4名に対する対抗策を模索する。
3、チームの仲間、あるいは、組織のメンバーの誰かと合流して協力を要請する。
4、しかし、サルディニア島で自分が死んだ? ボス=ディアボロを倒した? ボスに警戒?!何のことだ?!

※サンタナの名前と容姿、『露骨な肋骨』『憎き肉片』の2つの技の概要を知りました。
※支給品は、アバッキオ自身のもの・トリッシュのもの・サンタナが置いていったもの、の3人分です。
 各デイパックにランダム支給品がそれぞれ何個入っていたかは不明です。
※参戦時期の関係上、まだディアボロを敵と認識していません。
※トリッシュの遺言を聞きました。まだやや混乱しています。


【F-6(場所不明)/1日目 深夜】
【サンタナ】
[時間軸]:敗北して捕まり、スピードワゴン財団に紫外線照射を受け続けていた状態から。
[状態]:人間1人分を「喰って」元気満タン。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:????
1、 ????

※支給品を全て置いていきました。地図と名簿はその「意外に高い知性」を活かし、完全に暗記しています。
他の3人の柱の男たちが参戦していることを認識しました。
※ちゃんと文字も読めるようです。
ナチスの基地やスピードワゴン財団の研究所で見聞きして学んだのか、荒木の力によるものかは不明です。
※サンタナの向かった方向、今後の行動方針は後の書き手さんにお任せします。


【トリッシュ・ウナ 死亡】
【残り 81人】

※トリッシュの死体は、そのほとんどがサンタナに喰われ、僅かな肉片と衣服が残されているきりです。
※参考までに、トリッシュの参戦時期は第5部終了直後でした。

投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

サンタナ 56:せめて、父親らしく
レオーネ・アバッキオ 59:わらしべ長者
トリッシュ・ウナ GAMA OVER

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最終更新:2009年08月10日 23:51