「これは……ドレスのしわざなのか?」

夜の帳の中、立ち並ぶ家々の間で小さな声が辺りに響き渡る。
この声の主は黒い髪を長く伸ばした優しげな顔立ちの少年、いや青年と呼ぶべきだろうか。
高校生ほどの年頃であろう青年はアスファルトで覆われた硬い地面の上に呆然と立ち尽くす。
彼は困惑を声色と表情を隠すことすらしようとせず、頭の中でまとまりきらぬ思考を声に出すことでまとめようと努めていた。

「これだけのことをやってのける力のある組織がドレス以外にあるのか?
 もしもドレスがこの殺し合いを起こしたらならばその目的は?
 新しい実験? それとも僕と同様に逃げ出したものへの処刑?」

考えども考えども答えは出ない。
そもそも彼が"ドレス”という組織について知っている事柄が殆ど無いのだから無理も無い話だ。
スティーブン・スティールという人物に面識がなければ、殺された三人にも見覚えはない。
ただ1つだけ分かっているのは、自分が"力"を持っているからこの催しに参加させられてしまったということだけ。

青年、橋沢育朗にはある"力"があった。
育朗は詳細までを把握していないけれども、存在自体には気がついている。
だが彼はその力を完全に掌握しておらず、自由に操ることもできていない。

秘められた邪悪な力
得体のしれない力
化物の力

力を求めども、その力が彼の呼びかけに呼応することはない。
強く握りしめられた拳も今は虚しい力となるだけ。
自分に秘められ、自由に行使したいと思っている力はこんなにも脆弱なものではないのだから。

「彼女は、スミレは大丈夫なのだろうか?」

小さな落胆と共に彼の頭に去来するのは一人の少女の影。
生意気な所があるも、内には優しき心を秘めた少女。
この殺し合いに連れてこられる少し前に彼の手から離れていった少女。
自由にしようと、自分の命に替えてでも救い出すことを誓った少女。

この殺し合いがドレスによるものであったら彼女もこの場に連れてこられた可能性がありうると育朗は考える。
少女には常人には無い力があるが、それは戦うための力ではない。
危険なものを避け、逃げることはできるかもしれないが、あくまでも彼女自身は幼き少女。
殺し合いという異常な状況で最後まで生き延びられるかと聞かれれば、首を横に振らざるをえない。
だからこそ、何があろうとも彼女を救わなくてはならない。
握られた拳に掛かる力が一層増した。

「もしこの場にいないとしても……」

瞳を閉じ、噛み締めるかのように言葉を吐き出す育朗。
そう、この"バトルロワイアル"に呼ばれてなかろうが、スミレがドレスの手に落ちている事実は変わることがない。
もしもそうであったならば、この殺し合いより生還して彼女を救うためにドレスと戦わなければならない。

「けれども僕には……」

この殺し合いに参加させられている者たちが皆、邪悪な心を持っていれば楽であろう。
しかし、彼自身の存在が証明するように善なる性を持っている者が彼の他にもいないとは言い切れない。
悪人を殺す非情さは待ち合わせていれども、善人を殺すほどの非道さは持ち合わせていないのだ。

そして拳を額に当て、俯きながら瞑想すること数秒。
顔を上げ、目を開き、腕を天へと突き出す。
その瞳に映るは決意の炎。そして正義の篭った黄金の精神。
星光る空へと顔を向け、どこにいるか分からぬ主催者たちへ向かって宣告する。

「だから僕はこの殺し合いを、バトルロワイアルを止めてやるッ!
 そう、行くぞッ! お前のところに!
 僕はお前たちにとって恐怖の来訪者となるだろう!」

それが彼の下した結論。
ある意味では最初に下したものと全く変わらず、彼の生き様からすれば当然のものだろう。
だが、あまりにも想定外であり残酷な所業が目の前で行われたため、思考をまとめるに時間がかかっただけだ。
ここにスミレがいようともいなかろうとも、行うべき行動は変わらない。
与えられた力で、この力で殺し合いを脱出する。


が、足りない。


この殺し合いを打破するためにはそれだけでは不可能なことも育朗は理解しているのだ。
首謀者の元へとたどり着くためには幾つもの壁が立ちはだかっている。
彼は首にはめられた金属の首輪を指先で撫でた。
首と接している部分は体温で暖められて気にならなくなってきたものの、外気に触れている部分は相も変わらず無機的な冷たさを指先へと伝えてくる。
そして、この冷たさは爆発すれば確実に命を奪い取ると語っているようであった。
自身の内に潜む怪物が持つ力を以てしてもこれに抗うのは不可能であろう。
首謀者が"力"の存在を知っているのはほぼ確実。
それを知ってもなお、安心して高みの見物を洒落込むことができるのは確実に命を奪う確信を持っているから。
育朗はその様に結論づけた。

だが、彼には機械の知識など存在するはずもなく、よってこの首輪を自力で解除するのは不可能。
思わず漏れ出した嘆息と共に、この場にスミレがいてくれればという矛盾めいた思考が迫り上がってくる。
これまでに生まれ持った超能力によって自身の危機を幾度も救ってくれた彼女。
その能力さえあればこの首輪の解除法も教えてくれるのではないかと彼は考えている。
しかし、彼女がこのような殺し合いに巻き込まれているとは考えたくはない。
どちらかが立てばどちらかが立たぬ。この現状に育朗は再びため息をついた。

「けれど、彼女以外にも首輪を解除できる技能を持った人間がいるかもしれない……」

可能性が高いとは言い切れない。
バトルロワイアルを開催する側の人間がそのような技能を持った人間をみすみす見逃すのだろうか?
それを思うとまたしても僅かに気持ちが沈んだ。
が、それは悪いことばかりではない。
もしもそうであるならば、少なくともスミレがこの殺し合いの場に呼ばれてしまっているという懸念が大分薄まるからだ。
それでもドレスに囚われている事実が変わることがないが、少なくともこの場にいるよりは安全だろう。
ほんの僅かな希望であったとしても無いよりは遥かによい。
何はともあれ行動に移そうと第一歩を踏み出そうと足を上げ――――。



「動くんじゃねぇぜ?」

背中に無機質な固いものが突きつけられる感覚に驚いた育朗はわずかに身じろぐも、声の主に従って動きを止める。
ドスのきいた威圧感のある声であり、年齢をうかがうのは難しかったが、少なくとも男性のものであるということだけは分かる。
見知らぬ相手に背後を取られた。それも殺し合いの場でだ。
本来ならば最悪と言っても差し支えのない状況であるが、彼に焦りはない。

「いいか、俺がいいって言うまで振り返るなよ? 絶対にだぞ?」
「はい、分かりました」

逆らっても得にならないと判断し、育朗は声の主に従って背面越しに返事をする。
すると、背後に立つ男は次に何をするか考えていなかったのか、しきりに「えーっと」と呟き、何を口にするか考えだしているようであった。
あまり頭がよくないのだろうか、と思うも。流石に失礼であったかと心中で首を振って否定する。
そしてたっぷり悩んだ後、男はようやく言葉を口にした。

「お前はこのバトルロワイヤルってのに参加するのか?」
「参加……。いえ、できれば人を殺したくはないです」

既に参加させられているという時点で男の言う参加という言葉の意味を測りかねたが、
スティールの言葉に従って人を殺すのかという意味であることを理解し、それに沿った答えを出す。

「あー、じゃあ次にお前のスタンド能力を教えな。ただし少しでも変な動きをすれば」

そう言って背中に突きつけた何かを軽く押しこむ。攻撃の意志を見せたところで体を貫くと言う意味なのだろう。
だが、育朗には"スタンド"という言葉に聞き覚えがない。
人智を超えた者たちとの戦闘を経てきた中でも、そのようなキーワードが敵の口から飛び出したことはないからだ。
分からない事だらけの逃避行の中で知り得たことはただひとつ。
自分の体には得体のしれない何かが潜んでおり、自分でも知らぬ内に怪物へと変身してしまうということだけ。
もしかしたらそのことをスタンドと呼ぶのかもしれないが、確証は無い。
だからスタンドなる存在を知らぬことを素直に答えることとする。

「スタンド、とは?」
「とぼけるんじゃねーぞこのダボが! あの場には何人もスタンド使いがいた、だったらテメーもそうに決まっているだろうが!」

男――虹村億泰という――は、始まりの広間で幾人ものスタンド使いの姿を見た。
彼の住んでいた杜王町に住むスタンド使い達の姿をだ。
その時点で彼の中で刷り込みが起こってもおかしくはない、この場にいるのは全員がスタンド使いであると。
彼の知る中で最も頼り甲斐のあった男、空条承太郎の命が目の前で散ったことも彼の判断力を鈍らせる事に一役買っており、
ただでさえ頭の出来が悪い彼の判断力を更に削りとっている。

「確かに僕には人と違う力があります。けれどそれをスタンドと呼ぶかどうかは分からないんです」

億泰の言葉に、彼も常人とは異なる力を持っているのだと判断した育朗は嘘で隠すより事実を告げることを選んだ。
相手の頭に血が上っていることは明白であったので、それを落ち着かせようという意図もそこにはあった。

「何をすっとぼけたこといってやが……る? いや、そうだな。すまねぇ」

そしてその返事が気に食わなかったのか一瞬頭が沸騰するも、あることを思い出し、すぐさま我に返る。
矢安宮重清。重ちーと呼ばれた少年。
彼もスタンド使いではあったが、他のスタンド使いの存在を知らず、スタンドが何であるのかすら理解していなかった。
己の分身であるスタンドを友人と呼んでいた、金にがめつい所があるもどこか憎めない後輩。
眼前の少年についても同じケースなのだろうと勝手に判断し、億泰は一人納得する。

「あの、そろそろ振り向いてもいいでしょうか?」
「えっ!? いや、あの、それだ。最後にスタンドの能力だけ教えろ」

出来るだけ穏便に済ましたい育朗はあくまでも丁寧な態度を崩さない。
敵意の欠片すら示さない相手に億泰は逆にしどろもどろになってしまうも、何とか言葉を紡ぐことが出来た。

「分からないんです」
「は?」
「僕が力を発揮するとき、僕の意識は無くなってしまっているんです」

育朗の言葉が本当であるかどうか分からない億泰は、その真偽を頭の中で考えた。
だが、頭が悪い彼がいくら考えようとも答えが出るはずもない。
両腕で頭を掻き毟り、大きく溜息をついた。
そして今までよりかは幾分か落ち着いた様子で声を出す。

「もう振り返ってもいいぜ」

その言葉からワンテンポ置いて育朗は後ろを振り返り、声の主の姿を見た。
ツーブロックのリーゼントをした爬虫類のような厳つい顔の青年、¥や$をあしらった趣向の飾りが付いた改造短ランを着ていることから高校生と思われる。
育朗が視覚からそれだけの情報を読み取ると同時に青年、虹村億泰は口を開く。

「テメーが本当のこと言ってんのか嘘言ってんのか分かんねーけどよォ、俺馬鹿だからいろいろ考えると頭痛くなるんだ。
 だから、さっき言った人を殺したくないって言葉は一応信じてやるぜ」

どこか威圧するような声ではあるが、言っている内容は育朗にとって悪くはないものであった。
だが、億泰の口調からは妙な余裕のなさを感じさせるものがある。
そのことについて本人の口から聞こうかと考えるも、直後に現れたもう一つの疑問にそのことは瞬時に頭から消え去った。

「それは……一体?」

育朗が指差す先にいたのは人の形をした何か。
影のように億泰の傍に立ち、彼を守るかのようにしている無機質な顔をした謎の存在。
幽霊のようだとボンヤリ思いつつ、億泰へとそれが何かを問いかける。

「これか? これがさっき言ったスタンドってやつだよ。
 ザ・ハンドが見えるってこたァ、やっぱりおめーもスタンド使いなんだな」
「スタンド使い……」

そう言われたものの、育朗にとっては腑に落ちない部分が幾つもある。
秘密結社ドレスでは体の機械化や遺伝子操作が開発の中心であると考えていたし、実際に今まで襲いかかってきた敵も皆そうであった。
超能力を持った人間を一人だけ知っているとはいえ、それを人工的に付加できるとは考えていない。
もしもそれができるならばとっくに超能力者が刺客として向かって来たはずだから。
そんな育朗の胸中を知るよしもない億泰は、考えこむ彼を無視して言葉を続ける。

「あ、そういや自己紹介がまだだったな。俺は虹村億泰ってんだ」
「僕は橋沢育朗です。よろしくお願いしますね億泰さん」

自己紹介と共に右手を差し出す育朗。だが、億泰はそれを握ろうとはしない。

「おめーはまだ灰色だからよぉ、悪いが握手はまだできないぜ?
 それによぉ、齢もそう変わらねーんだし敬語と"さん"ってのはむず痒いからやめてくんねーか?」
「ごめんなさい。敬語はともかく呼び捨てってのはどうも慣れてなくて」
「そうかぁ? まぁ、そう言うんならしょうがないけどよォ」

何処か不機嫌そうな表情になりながらも、億泰は渋々納得する。
そして肩にかけていたデイバッグより地図と方位磁石を取り出し、育朗に問うた。

「ところでよォ。おめーコレの使い方わかるか? 赤い針が北なのか南なのかさっぱりなんだ。
 スティールも不親切だよなぁ! せめて北と南くらいは書いててくれれればいいのによ」

不満を愚痴愚痴と口にしつつ、育朗へと方位磁石を手渡す。
小学生で習う様なことを真剣な顔で問いかける億泰に対し内心で苦笑を浮かべるも、それを表情には出さずに教えを諭す。

「これは赤い針が指すのが北だね。ほら、このNって文字はNorth、つまり北ってことを意味しているんだ」
「あっ、ノーズね。それくらいならさすがの俺でも知ってるぜ。一応英語のテストで赤点取らないぐらいの成績はあるからよぉ。
 って、違う。そんな話じゃねーんだ。じゃあ俺達がどこへ向かうべきかってのを聞こうとしてたんだよ」

発音が大分怪しい単語を誇らしげな顔をしながら自信満々に言うも、脱線に気がついた億泰は話をもとに戻そうとする。
が、育朗は話を進めようとする億泰を手で遮り、重々しげに語りだす。

「億泰さん、ここで……別れよう。僕と一緒に行動するべきではない」
「ハァ? 急に何言ってんだテメー」

元より億泰を取り囲んでいた苛立ったようなピリピリとした空気は瞬時にして怒気に近いものへと変わった。
常人であれば身が竦むような怒りを真正面から受け止めつつ、育朗の話しぶりが淀むことはない。
どこか悲しげな目をしつつ、それでも億泰の瞳をまっすぐに見据える。

「僕と一緒に居るのは危険かもしれないんだ、そのことで貴方の命を脅かしてしまうかもしれない」
「俺は馬鹿だけどよー、テメーほど底抜けじゃないぜ?
 この殺しあいってのが危険だからこそ一緒に行動する味方がいたほうがいいんじゃねーか!
 仗助や康一、露伴に……承太郎さん。仲間が……、仲間が必要に決まってんだろ」

空条承太郎。始まりの場所で死んでいった彼の名を出すと共に億泰の怒りは萎んでいく。
烈火のような怒りは育朗と出会う前に既に爆発していた。
一件の民家を台風と地震が同時に襲いかかったかのような惨状にし、それによって冷静さを取り戻したはずであった。
しかし、その代わりに訪れたのは小さな虚無と大きな悲しみ。
ブロック塀に拳を叩きつけ「どうすりゃいいんだ……」と呟く億泰に今までの威勢と覇気はない。
その様子で育朗は悟った。スティールの手によって爆死させられた三人の内の一人は億泰の知り合いだったのだと。
だが、なんと言えばいいのだろうか。両者は共に言葉を無くし、しばし気まずい沈黙が流れる。
そしてその沈黙が行き場のない億泰の感情へと再度火を付けることとなった。

「何で黙ってんだこのダボが! そんなに一人で行動したいってのか、おい?
 だったらいいぜ、こっちだってテメーなんかお断りだ!」

胸ぐらを掴み上げ、鼓膜が痛くなるほどの音量で怒鳴りつける億泰。
だが、育朗がその言葉に答えることはない。

「チッ、言葉が聞こえてねーのか! この冷血野郎の人でなしが!」

感情に任せて腹の奥底から出した罵声。

「そうだ、僕は……」

ここで育朗が言葉を返す。先程よりも声のトーンが数段低くなり、表情に影が差し、視線を億泰の目から逸らす。
そして噛み締めるように言葉を紡ぐ。

「僕は……化物だ」

搾り出すそうにして発された心からの言葉。
だが、億泰がその心中を解することはなく、不思議そうな顔をしながら答える。

「だからな、お前の能力はスタンドなんだっての! いい加減にしねぇとぶん殴んぞテメー!」」
「違う! スタンドなんかじゃないんだ。それは僕が一番良く分かっている。
 僕は敵に襲われると勝手に化物へと変身するんだ。
 そして戦ってる時の記憶は全くなく、気がつけば人が死んでる。
 ……コレを見てくれないか?」

そう言って育朗は長袖シャツの袖を肘の上までまくり上げ、二の腕を見せる。
彼の指示に従って二の腕を見た億泰は怒りを忘れたかのように目を見開き、口をポカンと開けた。
そこにあったのは爬虫類の鱗の様に硬質化した蒼い皮膚。

「なんだこりゃ!?」
「これが僕の中に住む化物の一部。聞いた話だけど、僕が変身すると全身がこの皮膚に覆われるらしい」
「で、でもよォ。スタンドの副作用でこうなるって可能性だって―――」

驚愕の表情を見せながらも嫌悪感は抱かなかったらしく、億泰はしげしげと観察しつつ意見を出した。
実体化するスタンドも知っているし、人体を変化させるスタンドだって見てきた。
経験がその答えを導き出す。
だが、育朗は重々しい表情で首を振り、彼の言葉を否定する。

「僕が今まで戦ってきた敵にスタンド使いなんて存在はいなかった。
 サイボーグや化物猿。組織、ドレスが人工的に改造した刺客と僕は戦っていたんだ」

唾を飲む億泰。頭に昇っていった血は少しずつ潮を引いてゆき、徐々に冷静さを取り戻してゆく。
育朗はそしてと小さく間を置き、結論の根拠となる最後の言葉を告げた。

「僕も……ドレスから逃げ出した元被験体だったんだ」

さしもの億泰も、育朗が言わんとすることが理解できた。
そして、それが彼がスタンド使いであるという仮説をほぼ否定することも。
億泰の顔から目を逸らしてているため、育朗は今の億泰がどの様な表情をしているのかは分からない。
だが、返事がないことから何というべきか分かっていないのだろうと判断する。
そして無言の億泰へと育朗は淡々と告げる。

「この殺し合い、バトルロワイアルがスタンド使いの仕業なのか、それともドレスの仕業なのかは分からない。
 けれども僕と一緒に行動するということはドレスからの刺客との戦いに君をも巻き込んでしまう可能性が高いということだ。
 君も一人で戦える力があるのなら……ここで別れよう」

再び告げられた別れの言葉。
強い意志を込め、伏せていた瞳を上げる。
そこにいたのは不敵な笑みを浮かべる億泰の姿。

「なァにごちゃごちゃ言ってんだ。ドレスだとかトレスだとか知らねーけど、もし襲ってくるなら一緒に戦えばいいんだろ?
 そもそもだ。敵はそいつらだけとは限らないんだし、結局は一緒に行動したほうが楽ってことじゃねーか」
「け、けれども僕は……」

思わず言い淀んだ育朗に対し、不敵な笑みから一転し真剣な表情を浮かべた億泰が語りかける。

「俺のオヤジはよォ、元々スタンド使いだったんだ」

唐突に自身の父親の話を始めた億泰。
何の関係があるのか分からぬが、彼の語り口から並々ならぬものを感じ取った育朗は口を挟むことをしない。

「だけどな、DIOって糞野郎に金で心を売っちまったんだよ。
 しかも、そのDIOってのが厄介な野郎でよォ。吸血鬼だったらしいんだが、信頼できねー奴には肉の芽ってやつを植えつけてたらしいんだ。
 そしてある日のことだ。DIOが死んだ影響で肉の芽が暴走してオヤジは……オヤジは変わっちまったのさ」

拳を握りしめ、悔し気な口調でつぶやく億泰。
その先が彼の口自身から語られることはなかったが、何が起きたかは朧気ながら察することが出来た。
虹村億泰の父親は人ならざる者になってしまったのだと。
目の前に立つ男が抱えていた言葉に出来ぬほど凄絶な過去にどの様に反応すれば良いのだろうか。育朗に答えは出せない。
だが、育朗の心配を他所に、次の瞬間には億泰の表情に光が戻り、再び言葉を紡ぎだした。

「けどよォ、仗助って俺のダチが言ったんだ。オヤジを直すスタンド使いを探してくれるってなぁ。
 それにオヤジはあんな姿になっても俺たち家族のことは忘れてなかったんだ。
 だからよ、姿が化物でもオヤジはまだ人間だって俺は信じてる。だからお前も人間だ。
 頭がワリーから上手く言えないけど俺はそう思ってる」

所々で論理が飛躍し、自身の主観のみが根拠の頼りない理屈。
それでも確かな自信を持った億泰の答え。
その自信満々な様子に育朗の口から小さな笑みが漏れる。

「んだよ、こっちは真剣なのに笑いやがって」
「いや、ごめん。あんまりにも自信満々に言われたものだからつい」
「ケッ、どうせ俺のアタマが悪いからって馬鹿にしてんだろ?」

何処か拗ねた様子でそっぽを向く億泰。
その様子が何かおかしくて育朗は再び笑みをこぼした。
億泰のむくれた仕草は照れ隠しであると分かっているからだ。
最初に言っていた完全に信じないとは何処に行ったのやら、彼は育朗に心を許しつつあった。

そして彼も気がついていないが、出会いの時の尖った雰囲気が徐々に薄れつつある。
空条承太郎を失った空洞はそう容易く埋まること無い。
だが焦燥に狩られ、何かをしなくてはならないと急かさせるような感情は徐々に落ち着きを取り戻している。
そんな彼の明るさに育朗も救われている部分がある。
一種の希望のようなものが。どうにか出来るのではないだろうかという気持ちが湧いてくるのだ。

「よし、じゃあそろそろ動こうぜ! どっちに行くかはおまえに任せた。
 俺は馬鹿だからよ、どう動けば正解なのかは全く分からねーんだ。
 それとな、さっきは悪かった。人でなしなんて言ってすまねぇいく…………ろ……ぅ」

陽気な様子から一転、真剣な声色に変わって発された億泰の言葉が途中で途切れ、声の代わりに血液が溢れ出した。
信じされないものを見たかのような瞳で後ろを振り返ろうとし―――その体がアスファルトへと倒れ伏す。
そして億泰の背後に隠れていたのだろうか、一人の男が唐突に現れた。
夜の闇に紛れる黒い衣服と、その闇色をした服すらも明るく見えてしまうほどにドス黒い殺気。
なぜ今まで気が付かなかったのだろうか、そう思わせるほどに濃厚な空気をまとった男。

「真っ二つにするつもりでだったが間一髪で避けたか。ふん! 小癪な真似をしてくれる」

急激な失血で意識を失ってはいるが、命自体は繋がっているらしい。
背中に付けられた真一文字の傷からは今も深紅の血が流れ出すも、浅い呼吸から命の気配は感じ取ることが出来た。
だが、その命も長くはないだろう。
現に襲撃者は億泰へのトドメを刺さず、目の前に立っている育朗へと注意を向けていた。
そう、育朗へと殺気を向けたのだ。
それが彼の内に秘められた怪物を呼び覚ますスイッチであるとは知らず。

「ほう、貴様は人間……なのか? 実に興味深い。このカーズに正体を教えるんだ」
「なぜ億泰さんを襲ったんだ?」

バル……

失せ行く意識の中、育朗はカーズへと問いかける。

    バル……

「ふむ、質問に質問で返すか。答える気がないならば答えざるを得ない様にするだけよ!」
「僕の質問には答えるつもりはないと?」

バル…

自身が無くなってゆく感覚を味わいながらも、答えを聞くまでは自我を失うまいと必死に抵抗する。

    バル……

「質問だと? 貴様は虫を潰すのに一々理由を必要としているのか?」

バル…

そして聞き出せたカーズの答え。
育朗は聞けたのだろうか?
確かなのはカーズが彼の嫌いな匂いを発していたということだけ。

バルバルバルバルバルバルバルバルバルバルバルバル


「虫と言えば貴様も頭に蟲を飼っているようだな」


それはまるでエンジン音。巨大なエネルギーを生み出すために回転を続けるモンスターエンジン。
これから始まる戦いに向けて彼の躰が戦いの準備を備えてゆく。


「なるほど、その蟲が貴様の躰を作り替えているのか?」


瞳孔散大、平滑筋弛緩。


「だがッ、その程度で究極の生物たるこのカーズに勝てるつもりで居るのかッ!」


彼の脳に巣食った寄生虫バオーの分泌液が血管を伝って細胞組織を変化させる。
蒼く染まってゆく表皮は硬質化し特殊なプロテクターに。
その下では筋肉・骨格・筋が強力な力を与えられ大きく盛り上がる。


「ほぅ、その様な貧弱な刃で我が輝彩滑刀に対抗する気か。ならば、お手並み拝見と行こう!」


そして両手首より現れる二本の刃。
変異した皮膚を更に硬質化させ、鋭角化させたそれは刀を遥かに凌ぐ切れ味を持つ。

これがッ!

これがッ!

これが『バオー』だッ!

そいつに触れることは死を意味するッ!



☆  ★  ☆



対峙するのは神と人の生み出した最強の生命体達。
常人には目視することすら許さぬ速度で動き出した二つの影。
光の筋が闇夜を切り裂き、甲高い音が静寂を打ち砕いた。




【B-5 一日目 深夜】



【橋沢育朗】
[スタンド]:
[時間軸]: JC2巻 六助じいさんの家を旅立った直後
[状態]: 健康・バオーに変身中
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルを破壊し、スミレを助けだす
1.――――――(目の前の敵から出る嫌いなニオイを止める)

【カーズ】
[時間軸]: 不明
[状態]: 健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:不明
1.目の前にいる敵(橋沢育朗)を倒す

【虹村億泰】
[スタンド]:『ザ・ハンド』
[時間軸]: 少なくともハーヴェスト戦後
[状態]: 気絶・背中より出血多量
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルを止める
1.気絶中

[備考]億泰の傷は放置すれば死にますが、ただちに影響のあるものではありません






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時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
GAME START カーズ 069:手――(ザ・ハンド)
GAME START 虹村億泰 069:手――(ザ・ハンド)
GAME START 橋沢育朗 069:手――(ザ・ハンド)

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最終更新:2012年07月19日 20:55