フロリダ州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所。
またの名を『水族館』。
囚人番号FE40536の空条徐倫は、当施設を『石の海(ストーンオーシャン)』と表現した。
囚人たちは何人たりとも脱獄不可能。
その名に恥じぬ堅牢な要塞はアメリカ・フロリダ州を離れ、永遠の都ローマの市中、ジャニコロの丘の上に居を構えていた。
本来の刑務所周辺に広がっていた湿地帯は姿を消し、歴史都市の郊外に現れた奇妙な光景だ。

この施設には、これあでにも既に多くのゲーム参加者が訪れていた。

チョコラータ
元・外科医でありながら自らもサイコパスを患うイタリアのギャングにして快楽殺人鬼。
間田敏和
ひょんなことからスタンド能力を手に入れたことを除けば、どこにでもいる男子高校生。

彼らは初期配置がこの刑務所に定められていた。
ゲーム開始早々、チョコラータは間田を殺害。
そのまま籠城も考えたが、堪え性のないチョコラータは午前2時を迎える前には刑務所を後にしていた。

F・F
プランクトンに知性を与えられた、新種の生命体にしてスタンド能力そのもの。
彼女は当刑務所の元囚人である空条徐倫の体を奪い、その記憶に釣られてこの建物にやってきた。
ホル・ホース
DIOの元・部下のひとりでスタンド使い。能力はタロットカード『皇帝(エンペラー)』の暗示。
彼は徐倫(F・F)に興味を持ち、彼女に同行していた。

彼女たちは午前4時過ぎにこの刑務所に辿り着き、一通り見回ったあとは女子監の北、看守控え室に腰を落ち着かせた。
ゲーム開始早々、それぞれが激しい戦闘を経験し、体力の回復も兼ねて放送まで休息を取ることを選んでいた。

マッシモ・ヴォルペ
彼は既に刑務所最南部に位置する懲罰房棟の敷地外に出ていた。
ゲーム開始後に知り合った友人と一時的に別行動を取り、刑務所周辺の探索と友人のための血液の収集に向かっている。
放送後30分を目処に、刑務所へ帰還する予定である。

DIO。
懲罰房棟でヴォルペと別れた数分後、彼は一般男子監に腰を据えていた。
彼自身も、一度ヴォルペと離れて自分ひとりの時間というものが持ちたかったのだ。

そして、あと4人。
舞台は徐倫やエルメェスたちも収容されていた、一般女子監。
役者は国籍の違う3人の少年たちと、イタリアギャングの殺し屋がひとり。





☆ ☆ ☆





「うわあああああ!! エンポリオさああああんッ!!」
「お前えぇぇッ!! エンポリオから離れるんだどおおおッ―――ッ!!」

少年たちが悲鳴を上げる。
ゲーム開始以降、比較的平穏な時間を過ごしていた彼ら。放送を迎える午前6時の直前、とうとう悲劇に見舞われた。
血まみれになって倒れるエンポリオ・アルニーニョの息は既に無い。
遺体の傍らに立つ下手人と思われる男は、泥でできたスーツを纏ったような、怪奇な出で立ちをしている。
男の名はセッコ
彼はたった今殺した少年の遺体にも、新たに姿を見せた2人の少年にも目もくれず、ポラロイドカメラから出てくる写真に夢中である。

「おっおっおっおっ! おうおっ! 撮れてる撮れてるぅおっ! うおっ!」

セッコの殺人に動機は無い。
ゲームに生き残りたいからでも、怨恨によるものでも、ましてや快楽ですらない。
彼にとっては日常が殺人なのだ。
人間が死ぬときの様子を撮影すれば、チョコラータと再会した時に褒めてもらえる。
角砂糖を投げて遊んでくれる。
この殺人に理由があるとすれば、たったそれだけだ。

「に…逃げよう、重ちーさん。早く逃げないと……殺されちまうよォ―――ッ!」
「ダメだどポコ。あいつはオラたちの友達のエンポリオに酷いことをしたんだど!
あんな悪い奴を放ってはおけないど! オラがあいつをやっつけるど!!」


エンポリオ・アルニーニョ。矢安宮重清。ポコ。
3人の少年たちのこれまでの経緯はこうだ。

ゲーム開始後、彼らはヴァチカン市国南側からジャニコロの丘の北部にかけた地域で遭遇し、行動を共にする事となった。
それぞれがアメリカ人、日本人、イギリス人である彼らにとってローマは見知らぬ国の見知らぬ街であったが、地図を確認したところ、それぞれの人物にとって聞き覚えのある地名も幾つか見受けられた。

矢安宮重清にとって杜王町は生まれ育った町だし、友人である東方仗助虹村億泰の家も確認できた。
ポコにとっても、双首竜の間は彼が初めて『男』を見せた場所で、大きく成長することのできた思い出深い場所である。
そして彼らの現在地からもっとも近くにあった場所が、エンポリオの生まれ育った、このグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所だったのだ。

刑務所という普通の人間なら敬遠しがちな重苦しい施設ではあるが、エンポリオにとっては最も安全に時間を過ごせる場所だ。
幸運にもチョコラータとほぼ入れ違いに刑務所に辿りついた彼らは、エンポリオのスタンド『バーニング・ダウン・ザ・ハウス』によって出現させた『音楽室の幽霊』の中に隠れることに成功した。
この『音楽室』は、知識のある人間でなければ見つけられることはほとんど無いだろう。
食料は3人分あるし、いざとなれば重ちーの『ハーヴェスト』に調達させれば良い。
彼らはここで、安全な時が来るまで籠城することを選んでいた。

午前4時を過ぎた頃、刑務所に新たな来訪者が現れた。
空条徐倫とホル・ホースの2人だ。
彼女たちは刑務所内を一通り探索していったが、階段の踊り場の壁の隙間に入口のある『音楽室』までは、さすがに見落とさざるを得なかった。
外を見張っていたエンポリオは、当然2人の来訪には気がついた。
徐倫はエンポリオの仲間の一人だ。だが、エンポリオは声をかけることができなかった。
一緒にいたホル・ホースの存在も原因の一つではあるが、徐倫の様子がおかしいかったのだ。

頭をフラつかせ、目は虚ろ。
記憶喪失か夢遊病者のような、とにかく普段の徐倫とは違う奇妙な雰囲気を醸し出していた。
彼女の父親である空条承太郎が死んでしまったことにも影響があるのかもしれない。
結局エンポリオが声をかけられないまま、彼女たちは階段の踊り場を去ってしまった。

エンポリオの決意が固まったのは、それから一時間もたった頃。
理由は第1回放送が迫っていたからだ。
放送では、名簿の配布、禁止エリアの通告の他に、過去6時間以内の死亡者の告知もされるという。
自分や徐倫が参戦している以上、エルメェスやアナスイもここに居るのかもしれない。
そして、もし彼女たちの名前が放送で呼ばれるようなことがあれば……。
お父さんに続き、大切な友達を亡くしてしまうようなことがあったら……。
徐倫は壊れてしまうかもしれない。
今の徐倫には、自分がついていなくてはいけないのではないか?放送より前に。
そう思ったのだ。
それが、大きな間違いだったのだ。
あと10分、決断するのが早ければ、エンポリオには違う物語もあったかもしれない。

『やっぱり、僕は徐倫お姉ちゃんに会ってくるよ。2人はここにいて』
『えっ エンポリオっ! へっ 平気なのかっ!? オラたちも一緒の方がいいと思うど……』
『いや…… 徐倫お姉ちゃんは何か様子がおかしかった。混乱させないように、まずは僕ひとりの方がいいと思うんだ』
『エンポリオさん…… 気をつけて……』
『大丈夫、すぐ戻るから』

それがエンポリオの最期の言葉となった。
『音楽室』を出たエンポリオは、階段を下りて女子監房の食堂へと向かう。
そこで、刑務所内に迷い込んでいたセッコと遭遇した。
土や石の中を掘り進むことのできるスタンド『オアシス』の能力によって地中を移動していたセッコは、ちょうどその時この刑務所の食堂へと辿りついていた。

セッコは出会い頭に、エンポリオの腹を突き破る。
そして、一瞬では死なないように内臓を引きちぎり、彼の胃や小腸を地面へと転がり落とした。
『オアシス』によって強化された膂力ならば容易いことだった。
うめき声をあげ、弱っていくエンポリオ。
そしてセッコは、少年がゆっくりと苦しんで死んでいく様子をカメラに収めていた。
エンポリオの精神力が尽きたことにより、『音楽室の幽霊』は消滅。
室外へ投げ出された重ちー、ポコの両名がセッコの元に辿りついた頃、エンポリオは既に果てていたのだ。





「お前聞いてるのかっ!? 何をしているんだど!! その手に持ってるものは何なんだど!?」
「あ!? おめえ誰だよォォォォ――― ジャガイモみたいな頭した糞餓鬼がよォォォォ!」

セッコが、初めて重ちーの言葉に反応を示す。
同時に二つの物事を考えることが苦手なセッコは、大事な写真の確認に横槍を刺されて苛立ちを露わにする。
エンポリオに次いで新たに現れた2人の少年。
もちろんエンポリオ同様に殺すつもりである事は変わりないのだが、セッコにとっての優先順位は殺人よりも写真撮影の方が高いのだ。

「動くんじゃあないど! 行けえッ! 『ハーヴェスト』! それを取り上げるんだど!!」

重ちーがスタンドを出現させる。
群体型スタンド『ハーヴェスト』がわらわらとセッコの身体に群がる。
真夜中の自動販売機に群がる蜉蝣のように現れた小さな亜人たちは、その数総勢500体。

「なっ! なんだよォォォォォ! こいつらぁぁぁぁ!!」

そのあまりに壮観な群衆に、セッコはたまらず嘆き声を漏らす。
そんなセッコの油断をついて、数十体の『ハーヴェスト』たちのはセッコの手から写真の束を奪い、重ちーのもとに舞い戻った。

「なっ! なんだど!? これは死体の写真だど!! エンポリオと…… 知らない女の子が苦しんで死んでいく写真だど!」
「ひいっ!」
「あああああっ!! おっ お前! その写真返せよォォォォ!! ぶっ殺すぞこの野郎オオオオ!!」

大切な写真を奪われたことで、明確に殺意を露わにしたセッコ。
『オアシス』で強化された身体能力で重ちーに飛びかかり攻撃する。
しかし、無数の対する重ちーも『ハーヴェスト』たちを鎧のように纏い、素早く移動してセッコの攻撃を軽々と回避する。
さらに、セッコの身体にもまだ残っている別の『ハーヴェスト』たちが、『オアシス』の走行が薄い「のど」や「顔面」を切り裂いて攻撃する。
怒りを見せているのはセッコだけじゃあない。
写真を見て、セッコの本性を垣間見たことで、重ちーの心も正義の怒りに燃えていた。

「お前! とんでもない悪い奴だど!! ぜったいに許さないど!! オラがやっつけてやるど!!」
「重ちーさん………」

ポコが不安そうに重ちーに声をかける。
ポコの身体も重ちー同様、『ハーヴェスト』たちが群がって鎧を作り保護している。
誰かを守りながら戦うという点においても、『ハーヴェスト』は非常に優れたスタンドだった。
重ちーは、ポコの不安を取り除くべく力強く声をかける。

「ポコ! 心配ないど! オラが付いてるど! 『ハーヴェスト』は無敵なんだど! 仗助たちにだって本当は勝っていたんだからなっ!?」

重ちーは、正義に燃えていた。重ちー自身も知らなかった、自分にこんな一面があったことを。
これまで、重ちーは同年代の友達というものができたことがなかった。
つい先日、同じスタンド能力を持つ友人、東方仗助と虹村億泰と知り合ったことで、初めて友情というものを知ることができた。
もっとも、彼らふたりは重ちーより年上であるし、これまで人に頼られたことがなかったままである。
両親に溺愛されて育った彼はそのことに不満を感じることもなく、これまでの人生を過ごしてきたのだ。

だが、このゲームの中で出会ったポコとエンポリオは、重ちーより年下である。
そう。重ちーは、3人の中で兄貴だった。
重ちーは彼らに頼られていたのだ。
こと戦闘という面では重ちーは他2人より優れていたし、頭が悪い分、度胸も誰よりも強かった。

「うっがあああああ!! なに喋ってるんだよォォおお前らぁああああ!! 殺すぞォォォ!!」

なかなか自分の思う通りにならないことに、セッコの怒りが蓄積されていく。
『ハーヴェスト』の鎧を纏った重ちーの動きを、セッコは捉えることができない。
攻撃の対象を自分に群がってくる方の『ハーヴェスト』に標的を変更するが、相手は500体にも及ぶ群体型スタンド。2~3体潰したところで本体である重ちーにはほとんど影響がない。
対するセッコ自身は、群がる『ハーヴェスト』の人海戦術によって「泥スーツの隙間」を狙われ、少しずつ、しかし確実にダメージを蓄積されていた。

「がっ! テメェ! クソォ!! ぐわっ!!」
「いいぞ『ハーヴェスト』ッ!! そのままやっちまうんだどッ!!」

重ちーは自分の力の強さを確信した。
自分は敵の攻撃を一切受け付けない。敵は自分の波状攻撃に対し何も出来ない。
やはり、自分は強い。『ハーヴェスト』は最強のスタンドだ。
仗助たちに負けたのは、自分が油断したからだ。

だが、侮ってはいけない。セッコは、ギャング組織に所属するスタンド使いの中でも、特に戦闘能力の高い手練なのだ。
組織のボス・ディアボロが、あのチョコラータと同格扱いするほどの凶悪な危険人物。
原始人を思わせる間の抜けた叫び声と下品な言葉使いから、重ちーはセッコを自分以上に頭の悪い人物だと認識していたが………。

「てめええええ! あんまり調子に乗ってんじゃあねええ――――ッ!」

攻撃を受けながら、セッコはエンポリオの死体を横目で見る。
セッコはエンポリオの死ぬ姿を、事細かく観察していた。
出会い頭に、腹に一撃。セッコに手痛い一撃を受けたとき、エンポリオは懐に手を突っ込んでいた。
咄嗟に、何か武器を取り出そうとした動きだ。結局、セッコの素早い攻撃によって、反撃は叶わぬまま終わってしまった。
セッコはそれを思い出した。

『ハーヴェスト』たちの攻撃を一旦無視し、セッコはエンポリオの死体に飛びかかる。
血液と胃酸の海に溺れるエンポリオの腹から発見されたのは、リングの栓が嵌められた缶コーヒーほどの大きさを持つ黒い筒。
これは使える。
セッコは迷いなくその栓を引き抜き、自分の足元へ叩きつけた。

「うわっ!! なんだどっ!! 何をしたんだどおおっっ!!!」

筒から勢いよくカラフルな煙が吹き出した。
セッコが咄嗟に利用したのは、エンポリオに支給されていたスモークグレネードだ。
直接の殺傷能力のある武器ではないが、この重ちーに対しては非常に効果的だ。

「まっ! まずいど!! あいつの姿が見えない!! 『ハーヴェスト』!! 全員オラたちの周りに集まるんだど!!」

『ハーヴェスト』のスピードは、『オアシス』と比べて特別速いわけではなかった(むしろ遅いくらいである)。
セッコの攻撃を『ハーヴェスト』の鎧で回避し続けることができたのは、500対もの瞳で多角的にセッコの動きを観察し、動きをある程度予測できたことに起因する。
スモークグレネードによって文字通り煙に巻かれてしまえば、重ちーからはセッコの動きを予測できない。
重ちーはセッコからの攻撃に備え、全ての『ハーヴェスト』を防御に徹しさせた。

「くっ 来るなら来るど! 返り討ちにしてやるど!!」
「………………………………………………………」

だが、セッコからの攻撃はない。不審に思う重ちー。
天井の高い女子監では、煙を用いた目眩ましはそう長くは続かない。
煙が晴れた頃、重ちーたちの目の前からセッコの姿は消えていた。

「重ちーさんっ! あいつがいないよっ!!」
「なにいっ! しまったど!! 逃げられたど!!」

煙を撒いたのは、攻撃するためではなく逃げるためだったのか。
重ちーは、全ての『ハーヴェスト』を分散させ、逃げたセッコを探させた。

「『ハーヴェスト』! あいつを探すんだど!! そんなに遠くには行ってないはずだ!! きっとまだこのケームショの中だど!!」

ここで重ちーは大きな判断ミスを犯した。
先の攻防から、セッコは自分より劣った存在である。
セッコは自分に勝てなかったのだから、目の前からいなくなったことで奴は逃げてしまったのだと、無意識の内に結論付けてしまった。
そしていつもの癖で、セッコを探す際に全ての『ハーヴェスト』を総動員させてしまった。
まだ、セッコの能力の本質を見抜いたわけではなかったのに。




「……捕まえた!」
「――――――ッ!?」

重ちーは自分の足元から聞こえてきた声にゾッとする。
石畳の地面からヌッと生え出た2本の腕が、重ちーの足首を強く握りしめていた。


「なっ! なんだど!! ハ… 『ハーヴェ』……」
「『オアシス』!!」

重ちーの身体が地中に引きずり込まれる。
今更『ハーヴェスト』を戻してももう遅い。
セッコが煙を撒いた理由は、攻撃のためでも逃げるためでもない。
自らに纏わりついた『ハーヴェウト』を引き剥がすため、そして地中から重ちーを攻撃するためだ。
『オアシス』の能力で石畳の中に侵入してしまえば、『ハーヴェスト』たちの探索能力も容易に掻い潜ることができる。
そして地中に重ちー本体を引きずり込んでしまえば、『ハーヴェスト』たちは彼を助けることもできない。
この『石作りの海』を自由に泳ぎ回ることができるのは、セッコただひとりなのである。

「重ちーさんっ! 重ちーさんっ!!」

ただひとりその場に残されたポコが、重ちーの消えた地面にすがり寄る。
固い石畳に戻った地面の下からは、悲鳴も何も聞こえてこない。
悲鳴が聞こえてくるのは、ポコから見て『地面以外』の方向からだった。

『ギャピ!!』
『グギャ!!』
『ブギョ!!』
『ゲヒッ!!』

ポコの周りで、『ハーヴェスト』たちが次々と悲鳴を上げては倒れていく。
刑務所の天井から、真っ二つに引き裂かれた『ハーヴェスト』が落ちてくる。
壁を登っていた『ハーヴェスト』が、頭を潰されて転がってくる。
『ハーヴェスト』が地面を這いずり回っていたまま、いつの間にか動かなくなっていく。
そして、そのどれもが冬を迎える桜の木の葉のように、塵のように消えていく。
500体もいた重ちーの『ハーヴェスト』が、まるで彼の命の灯日が消えていくかのようにいなくなっていく。

『ポコ…… ポコ………』

弱りきった『ハーヴェスト』から、重ちーの声が聞こえてきた。

『……逃ゲル…… ン…… ダ……… ゾッ!!』

その『ハーヴェスト』が最期の一体だった。
全ての『ハーヴェスト』が消えた直後、地面から大量の肉片が飛び出してきた。
それは、バラバラに引き裂かれた重ちーの惨殺された姿だった。



「う わ あ あ あ あ あ あ あ あ !!!!!!」



地面より這い出たセッコにとって、ポコの叫び声は心地よいファンファーレだった。
相変わらずのポラロイドカメラと重ちーの恐怖を写したスプラッターな写真を手にしており、満悦な表情で笑っている。

「げひっ げひっ またまたうまく撮れたなあ~~~~ チョコラータに見せたら、甘いのまたくれるかなあ~~~ げひひっ」

口調はまた、以前の頭が悪そうな下品なものへと戻っていた。
既に重ちーの『ハーヴェスト』に翻弄されたことは、セッコの頭から消えていた。
セッコの頭の中で、重ちーはうっとおしい敵からただの被写体へと変わっていた。
重ちーの死体写真に満足したセッコは、そこらじゅうに散らばっている「エンポリオ」と「シュガーマウンテン」の死体写真を拾い集め始めた。

その様子を、ポコは震えながらじっと見ている。
写真を拾い集めたら、奴は自分を殺しにくる。そんなことはわかっているが……
腰が抜けて、足がすくんで…… 動けないのだ。

「ところでよォ―――? お前はどんなふうにして殺されたいんだぁぁ?」

写真を尻ポケットに仕舞いながら、セッコはポコに声をかけた。
もうどうしようもない。ポコは逃げられない。

「生きたまま身体を切り刻んでやろうかぁ~~ それとも一撃で首をはねて苦しむ顔を見ていてやろうかぁぁ~~~」

それらは全て、チョコラータがセッコに教えた殺害方法である。
拷問殺人による被害者の恐怖が、チョコラータの何よりの好みであった。
シュガーマウンテンを殺害した時の土手っ腹に大穴を開けるやり方も、エンポリオの時の内臓を引っ張り出すやり方も、重ちーの順々に四肢をもいでいくやり方も、すべてチョコラータが教えたものだ。

「いっぱい苦しんでぇぇ! 泣き叫んだらさあああ――― チョコラータは甘いのたくさんくれるかなあああ!!」
「ぎゃあああ!!」

飛びかかり、セッコはポコの脚を手刀で切り裂いた。
まずは機動力を奪い、逃げられなくする。
その上で、如何に苦しませて相手を痛めつけるのかを考えるのだ。
セッコは、自然とチョコラータの好む殺害方法を身につけていた。
チョコラータの好みに合わせるほうが、自分にとって利になることを学んでいた。
ポコのような圧倒的弱者を殺す場合、その傾向は特に顕著に現れていた。








「ほう? なかなか上手く撮れているじゃあないか」
「アァ!?」

だが、今回のポコに関しては例外のようである。
セッコの注意は、後ろから声をかけてきた新たな来訪者に向けられた。
いつの間にこの部屋にやってきたのか。セッコもポコも全く気が付かなかった。

「真の恐怖とは、本当に死に直面したものでないと理解できないものだ。これらの写真には、彼らの畏れる様が見て取れる。そう見られるものではない」
「あああああ!!! お前またオレの写真をォォォォ!!!」

セッコの興味は完全にポコから消え去り、突然現れたこの金髪の男に向けられていた。
その手にはまた、セッコの大切な写真が奪われていた。
どうやって取られたのかわからないが、せっかく取り返した写真をまたもや奪われたことにより、セッコは激怒する。

「なかなかいい趣味をしている。どうだ? 友達になろうじゃないか――――――」
「写真返せコノヤロ―――ッ!!」

彼の与太話も耳に入らない。
セッコは『オアシス』を身に纏い、男に襲いかかった。





「―――――このDIOとな!」





☆ ☆ ☆




面白い男と出会う事ができた。
このDIOがいままで出会った事のないタイプの人間だ。
一番近いのはジャック・ザ・リパーだろうが、彼も今回のこの男とは少し違う。
確かに殺人趣味の狂人であったが、彼はターゲットを売春婦のみに絞り、汚れた女性や浮ついた女に制裁を加えるという彼なりの動機もあった。
性的な面においても、彼は極度の変態であった。
殺害した女性の死体を分解し、腑分けして内臓を取り出す行為に興奮を覚えるという異常者だった。

この男は、そうではない。
殺人は彼にとって本質ではないというか、二次的な結果でしかない。
彼の行いの根本は写真の撮影であり、殺人行為はそのための過程でしかない。
その写真撮影ですら、この男自身の切望では無いような気がする。

吸血鬼になったことでの、発達した聴覚に感謝しよう。
スポーツ・マックスの記憶DISCの読み取りを中断してでも、この場に来たことは正解だった。
この刑務所の囚人であり、DISCが取り出せたことから予想もついていたが、私の友人とも知り合いだったようだ。
こと情報という面においてでは、非常に有用な人間だ。
だが、奴の本性は街のチンピラであり、人間性を知ったところで面白みも何もない。
こちらの彼の方がずっと面白い。そう感じた。






☆ ☆ ☆



客観的に見れば、タイミング的にポコは命を救われたと言ってもいいのかもしれない。
だが、ポコ自身にとっては彼の登場によって安心するような心の余裕は生まれない
むしろこの男の登場によって、ポコは前以上の恐怖を味わっていた。
少し印象は変わっていたが、この男はポコも以前会ったことのある恐ろしい吸血鬼だったからだ。



「ふむ。被写体に近づきすぎていて情景は読み取れない。物によっては表情に焦点すら合っていない。プロの写真家ならばこの写真は失格だろう」
「うっ ううううるせぇぇぇ!! 写真返せぇ!! あぐおああああ――――」

写真を非難されていると思い、セッコは『オアシス』を纏い攻撃を仕掛ける。
だがセッコの拳が達する瞬間、DIOは煙のように姿を消し去ってしまった。

「ありっ? なにぃ!?」

姿を消したDIO。
セッコが隠れるためにはスモークグレネードを用いる必要があったが、DIOは一瞬の隙も無く姿を消してしまった。

「それに、警察の現場写真としても使えないだろう。手振れも酷いし、高度もマチマチだ。被写体の趣味を考慮から外しても、一般的に見て質の悪い写真と言える」

そしてDIOは、後ろからセッコに声をかけた。
その声につられ、セッコは後ろを振り返る。DIOはセッコから10メートルは離れた位置に立っていた。
超スピードで避けたか。しかし、反応できないのはまだしも、セッコが目で追えないほどのスピードなんてありえるのか?

「だが、この写真はこれでいい。この写真だからこそベストと言えるだろう」
「何が言いてえんだあああ!! てめえはよォォォォ――――!!」

DIOは淡々と写真を評価する。
そんなDIOに対しセッコは激しく戦意を向け、大声で怒鳴り散らす。
DIOはフフフと口元のみで笑い、次の瞬間にはまた姿を消してしまった。
セッコは辺りを見渡す。
DIOは2階のテラスの上からセッコを見下ろしていた。

今度はDIOとの距離があったから、見間違いじゃあない。
DIOは一瞬のうちに音も立てずに移動し、セッコを翻弄しているのだ。
やはり超スピードではない。では、瞬間移動か? だがセッコの本能は、目の前の男の持つ能力が、もっと得体の知れない恐ろしいものであることを直感していた。

「スプラッターフィルムというものは技術が稚拙なほど映えるものなのだ。創作用語でモキュメンタリーと呼ばれる手法に近い。
素人技術による甘いカメラワークや写真画像の画質の悪さが、見るものにより現実感を与え、恐怖心を煽ることができる。
実に見事だ。無意識のうちに、君はこういった才能を身につけているのかもしれないな」
「うるせええ!! だから何だってんだよォォ!! 写真を返せ!!」


「――――――もう返したさ」


喚き散らすセッコに、DIOは笑いながら両の手のひらを広げて見せる。
慌ててセッコは自分の衣服を探る。
写真はいつの間にか、自分の尻ポケットの中に戻されていた。

「何ィ!?」

一体どうやって? やはり瞬間移動でも説明がつかない。
臨戦態勢のセッコに全く気付かれずに写真をポケットにしまうなんて、たとえ瞬間移動できる能力でも不可能な芸当だ。
ニヤニヤと笑いながら、DIOはセッコを見下ろす。
写真が手元に戻ったことにより冷静さを乗り戻したセッコは、改めて自分を見下ろす男のことを考える。
この男は、自分の殺人行為や写真についてまっとうな評価を下し、認めてくれている。
嫌悪感を抱いていた、先ほど殺した小太りの少年(重ちー)たちとは全く違う。
チョコラータ以外の人間に認められ、褒められる経験はセッコにとって初めてである。
写真を返してくれたことにより、この男は(自分にとって)悪い奴ではないのかもしれない。
そしてそれ以上に、自分以上の圧倒的な力と威圧感を見せつけられ、セッコは小さな憧れを感じていた。

「何モンだよ…… あんたァ………」

DIOはマントを翻し、2階のテラスから飛び降りてセッコの前に美しく舞い降りた。






「ディオ・ブランドーだ。DIOと呼んでくれたまえ」







☆ ☆ ☆





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最終更新:2012年07月15日 20:16