さて……無事に、というか、君たちに第一回放送が終わったところまで話してきたわけだ。
この六時間分の物語、皆が随分と興味深そうに聞いてくれたことが俺にとってもうれしいよ。話してきた甲斐がある。

話ついでにここらで一つ、質問というか考えというか、とにかく聞いてほしい。
――え?今までもずっとそうだった?まぁそういうなよ、俺としては結構重要な話なんだから。

この物語、いや――バトル・ロワイヤルではなくてその原点、いわば“彼らの奇妙な冒険譚”について大きな意味を持つ言葉。

『誇り』

……これについてだ。

血統、技、信念、夢……彼らはその多くが心の奥底にそういった誇りを持っている。
それが悪いことだとは言わない。でも俺に言わせれば少々『頑固』だと思うんだよ。

『誇り』という単語を英語にすると『プライド』だそうだ。格闘技のタイトルにもなったあれだな。
だが、プライドと言い換えると“誇り”高いは、“プライドが”高い……少々『意地っ張り』に受け取られやしないか?
意地っ張りな女の子は嫌いじゃあないが、俺を含む一部のそういう……性癖?を持つ連中以外には敬遠されそうだと思わないかい?

辞書だとかエキs――ウン!ウウン!……翻訳サイトだとかで調べれば厳密には意味は違うそうで、頑固という単語は『Stubborn』で再翻訳すると『頑強』だそうだが……
とにかく、そういう意味にとられてしまっても仕方ないと思わないか?
和製英語って言うのかね?ほら最近じゃ“にやにや”が“なよなよ”という本来の意味を知らないで~なんてニュースになってるくらいだし、それと同じ感じかな?

まぁ、だからといって誇りを持つことを否定はしないけどね、ちょっと頭の片隅に入れて今度の話を聞いてほしい。


●●●


「億泰君……」

日の出とともに行われた放送によって改めて告げられた友の死に心が動かない訳がない。
橋沢育朗は嗚咽さえあげず、静かに涙を流す。
この涙の意味は彼自身にもよくわかっていた。“決別”のための涙。
だが“それだけ”ではないのもまた彼自身がよく理解している。

スミレ……」

自分の数少ない理解者の一人。自分と同様に数奇な運命に巻き込まれたちっぽけな少女。
共に過ごした時間は少ない。しかし、過ごした時間の長さが友情の深さと比例しないことはつい先ほど『ダチ』に教わったばかりだ。

とはいえ、彼女を守ると自分に立てた誓いはもろくも崩れ去ってしまった。
育朗の手の届かない――どころか、知りもしないところで彼女は死んだのだ。
だからこそ、そんな彼女に対して涙を流す。それは“贖罪”の涙。君を守れなかった僕を許してくれと、天で見ていてくれと誓う涙。

「……行こう」
ここで崩れ落ちることは簡単だろう。三日間行われるというこの殺し合いの中ずっと喪に服していることは何よりも容易いだろう。
だが、“彼ら”はきっとそんなことは望んでいない。むしろ悪態をつきながら背中を叩くくらいのことをするだろう。

見れば足元には一枚の紙が、顔を上げればその紙を――名簿だろう――落とし飛び去る鳩が見えた。
その鳩を追うように、とは言わないが育朗は涙をぬぐい歩き出す。
目指す場所がある訳ではない。だがしかし下を向き、立ち止まることだけはしてはいけない。
走る必要もない。自分の力で一歩ずつ進んでいけばいいのだ。

この六時間で多くのことが起こった。これからも多くのことが起こるだろうし、巻き込まれもするだろう。
だが、それらの事実を全て受け止められるほどに、橋沢育朗の瞳は光を取り戻し始めていた。


●●●


「コカキィィィィッッ……!」

日の出とともに行われた放送によって初めて知ったメンバーの死に心が大きく揺さぶられる。
ビットリオ・カタルディは周囲に響き渡る声を気にもとめず涙を流す。
この涙の意味は彼自身にもよくわかっている。“悲しみ”による涙。
だが“それだけ”ではないのもまた彼自身がよく理解している。

「アンジェリカアァァッッ……!」

自分の数少ない友の一人。自分と同様に未来を見ることの出来なかったちっぽけな少女。
共に過ごした思い出と言える出来事にロクなものはない。しかし、記憶の内容が仲間の格付けになりえないことはよくよく知っている、つもりだ。

『仲間を守る』などと大それたセリフを吐く気はないが、自分たちは無敵だという自負はもろくも崩れ去ってしまった。
ビットリオの手の届かない――どころか、知りもしないところで彼らは死んだのだ。
だからこそ、そんなチームに対して涙を流す。それは“怒り”の涙。俺らのチームに喧嘩を売った連中をブチ殺す。それを見ていてくれと叫ぶ涙。

「……行くか」
ここで泣き崩れていることは簡単だろう。三日間行われるというこの殺し合いの中ずっとグズグズ下を向いていることは何よりも容易いだろう。
だが、“彼ら”はきっとそんなことは望んでいない。むしろお前なら大丈夫だと背中を押してくれるくらいのことをするだろう。

足元で小さな悲鳴が上がったと思い視線を落とす。紙を――名簿?――落としたであろう鳩が血まみれで死んでいた、無意識に刺し殺していたのだろう。
その場を立ち去るように、というほどコソコソはしていないがビットリオは涙を拭いもせずバイクに跨る。
目指す場所がある訳ではない。だがしかし目を逸らし、立ち止まることだけはしてはいけない。
のんびりする理由はない。自分の力で確実に進んでいけばいいのだ。

この六時間で多くのことが起こった。これからも多くのことが起こるだろうし、巻き込まれもするだろう。
だが、それらのすべてを怒りの矛先と考えてしまうほどに、ビットリオ・カタルディの瞳は黒く濁り始めていた。


●●●


「てめぇが……てめぇがやったんだなッ!?」
道路に二本の線を描きながら急停止したバイクからほとんど振り落されるように降りた少年はまっすぐに僕のことを睨み付けてそう言った。
言った、というよりは『叫んだ』に近い。十数メートルもあろう距離からでも耳を塞ぎたくなるような雄叫びとともにナイフを振りかざし突っ込んでくる彼に対して――対処法が浮かばなかった訳ではない。
だんだんと自分のものにしてきた力をもってすれば逃走することも撃退することも難しくはないと思う。

でも、僕がそれをしなかったのは少年の叫び声が気になったからだ。
“てめぇがやった”とは、つまり、何かしらの事件の――十中八九殺害に関することだろう――犯人を探し求めているということだ。
そして僕を見るなりそう疑いをもって襲いかかってきている!ならば僕は僕自身の無実を証明しなければならないッ!

「待てッ!早まるなッ! 僕は僕自身が生きるための目的を見つけたいだけだ!」

少年に向かって叫ぶ。しかし聞こえていないのか、聞いていないのか、少年の足が止まることはない。むしろ加速しているくらいだ。

「ハッタリ抜かしてんじゃあねェッ 甘ったれのドチンポ野郎ッ!」

――ドスッ!


●●●


オレのドリー・ダガーを思い切り胴にくらったクソガキは動かない。
が……それはよく見たら間違いで、コイツは胴にくらった訳じゃあなかった。

「こ……こいつバカかあーっ!!ナイフを素手でつかんで止めやがったァーッ!」

このクソが思いっきり刃をつかんでるせいで俺のドリー・ダガーはそれ以上前には進まない。
進まない――がッ!

「ヒョロヒョロとしたタマナシよォ!オレがこのナイフをちょいとでも引っ張ったらどうなると思う?
 そのヘナチンみてぇな四本の指が落っこちるぜ!」
「試してみろ!
 引っ張った瞬間、僕の風のような張り手が君の頬を弾き飛ばす それでもいいのなら!」

……は?コイツ、ことごとく俺に喧嘩を売ってきやがる!
よっしゃあ、やってやろうじゃあねェかッッ!

――ザクッ!


●●●


えーっと――ここからなんだけど、悪い、ちょっと話すのは難しい。
なぜかって?まあ待てよ。端的に話さなきゃ彼らの行動はかえって解りにくいんだよ。
……とりあえずこの結末に関して順を追って話すから。


まずはビットリオ、宣言通りにドリー・ダガーを引っこ抜く。
当然育朗の指はボトボトと落っこちた。人差し指、中指、薬指、小指。親指にも付け根に深い切り傷がつく。
見てるこっちが痛くなってくるね。育朗はそんな表情は一切しなかったけど。

で、育朗もビットリオに告げたとおりだ。バオーの力を出したかどうか……本人も無意識だろうけど、とにかく空いてた右手で思い切りビンタ。
これもなかなかに痛い。ビットリオはたまらず吹っ飛んだ。

――ん?『ドリー・ダガーがダメージを反射しなかった』?
そりゃそうだ、育朗の血に濡れて刀身には何も映ってなかったし、張り倒された瞬間にビットリオはたまらず手を放してたし。

さて、もちろん育朗は殺す気でビットリオを叩いた訳じゃあない。すぐにビットリオのもとに駆け寄ったさ。
で、「大丈夫か?僕は君を殺そうとは思ってない!」「君が探しているのは誰の仇なんだ?」「心当たりはないのか?」とかいう質問を2、3する。
けれども……流石ギャングというか、そんなことで口を割るビットリオじゃあない。お前が仇だの一点張り……ただ頭がイカれてるだけか?

ここで育朗はどうしたか?……自分のことを話したのさ。
「分かったよ。君に質問するのはやめよう。でも聞いてくれ!僕も君と同じなんだッ!
 ――そう、僕もそうだ。前から知っていた友も、この殺し合いの中で出会った人も、失ってしまった。
 僕は自分がどうなってしまうかわからない。自分に絡みついてくる怪物の力を、運命をどう受け入れていけばいいか確信が持てないんだ。
 今の僕にはいないけど……君にはまだ友達は、仲間はいないのかい?」
――とね。

ビットリオは放送に対する怒りでせっかくの伝書鳩をぶっ殺したから血まみれの名簿なんて見てない。っていうか放送のショックでそれどころじゃあなかったし。
数秒の間はポカンとしてたビットリオ。育朗の説得にどういう心境を持ったかは彼自身にしかわからない。いやビットリオ自身も大してわかってないのかも知れないけど。
とにかく名簿という単語を聞いて育朗から差し出されたそれをふんだくる。


あった、マッシモ・ヴォルペの名が。


そして、それを確認した瞬間、というべきか……彼は痙攣しだしたんだよ。
ウケケケとも、コココとも聞こえるような奇声を上げながら。顔には脂汗が浮き出ていて目の焦点もあっていない。
ついには咳込んだと思った瞬間に盛大にゲロ吐いた。流石に育朗も驚いたみたいだよ。自分のビンタが原因かも!?って。まあ違うんだけど。


要するに――ヤクが切れたんだな。
そりゃそうだ。何時間も摂取?してなくて、しかも飛んだり跳ねたり動き回ってたんだから。余計にヤバいわな。


あとはもう、ビットリオはうわ言のようにヴォルペの名を呟きながらフラフラ歩き出すしかない。
そんな意識もはっきりしないような状況でも路面に転がる短剣を拾い上げただけ流石というかコダワリというか。もう関心するくらいだ。
で、そうなれば育朗だって慌てて追いかける。ビットリオがひっくり返したバイクを起こして。
落っこちた指は、そりゃあ痛いが――バオーの能力をもってすればくっつけることはできる。
動くかどうかはわからない。それでも切断面を押し当ててとりあえず『もう一度ポロリ』だけは免れた状態さ。

二人は――と表現していいものか、とにかくふらふらと歩き出した。ってところで話は終わりさ。……な。話すの難しいだろ?
こんなのいちいち細かく描写して話してたら日が暮れちゃうぜ?容量もいっぱいいっぱいになるだろうね。
え?何の容量かって――つまんねー事聞くなよ!

……オホン。
少々話が脱線したが二人の経緯について、『誇り』というテーマを君たちに考えてもらいながら話をしたわけだ。

さて話を聞いてもらった皆にクイズを一つ。
今回の登場人物、橋沢育朗とビットリオ・カタルディには“誇り”はあるか?

答え――ないだろうな、常識的に考えて。

育朗はバオーの能力を自分の意志で手に入れたわけじゃあない。能力に怯えてさえいた。そんな力を誇れるものか。
虹村億泰に感謝の意を込めて涙を流し決別したが、その涙を自分の誇りとして語れる程には彼も成長しきっていない。

ビットリオは自分の未来を悲観し――ていたかどうかは知らないが、麻薬にドップリ浸かり今を見ることすらままならない。
短絡的な性格とそんな現状。彼が誇りを持って話すことが出来る事柄は果たしてあるか?
コカキやアンジェリカの死に涙を流したがさっきまでは思考停止スタンド能力ぶっぱの“プッツン野郎”さ。そんな復讐心を誇れるか?


……『恥も外聞もかなぐり捨てて』という言葉がある。
これ、誇り高い人たちがその誇りを捨ててでも……って意味だろ?プライドが高いやつがそのプライドを折ってまで、とも言える。
だけど、だけどだ。“最初から誇りを持っていない”人間に『それ』は出来る?

誇りを持つこと、それ自体を否定するとは俺は言っていない。
でも、『誇ることすらできない人間』もこの奇妙な冒険譚の中には多く存在することも、また事実だ。

今現在誇りを持たないこの二人が、何らかのきっかけで奮起すると良いんだけどね。自分の力や生き様を誇れるように。
あァ――でも育朗はともかくビットリオはなぁ……どう思う?そりゃあアイツだって結構いろいろ背負ってるけどさ――



【C-6 南部 / 1日目 朝】

【橋沢育朗】
[能力]:寄生虫『バオー』適正者
[時間軸]:JC2巻 六助じいさんの家を旅立った直後
[状態]:全身ダメージ(小程度に回復)、肉体疲労(小~中)、精神疲労(小)、左手の親指以外4本機能不全(?)
[装備]:メローネのバイク(押して歩いている)
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルを破壊
0:億泰君、ありがとう。スミレ、ごめん。僕は僕の生きる意味を知りたい
1:目の前の少年を追う。放置するわけにはいかなそうだ(この少年と僕は……なんか……似てる)
2:恐怖を克服……か……

[備考]
1:『更に』変身せずに、バオーの力を引き出せるようになりました
2:名簿を確認しましたが、育朗が知っている名前は殆どありません(※バオーが戦っていた敵=意識のない育朗は名前を記憶できない)
3:左手の指は接着し、とりあえず落っこちる事はなさそうです。ただしすぐには動かせなさそうです(握る開く程度の動きはできるようです)
  回復速度が遅い理由がバオーの能力を使いこなせていないからなのかロワ制限なのかは以降の書き手さんにお任せします
4:行動の目的地は特に決めていません。今はとにかくビットリオの後を追い、必要なら保護しようと考えています


【ビットリオ・カタルディ】
[スタンド]:『ドリー・ダガー』
[時間軸]:追手の存在に気付いた直後(恥知らず 第二章『塔を立てよう』の終わりから)
[状態]:全身ダメージ(ほぼ回復)、肉体疲労(中~大)、精神疲労(中)、麻薬切れ
[装備]:ドリー・ダガー、ワルサーP99(04/20)、予備弾薬40発
[道具]: 基本支給品、ゾンビ馬(消費:小)、打ち上げ花火、手榴弾セット(閃光弾・催涙弾・黒煙弾×2)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく殺し合いゲームを楽しむ
0:ヤクが切れているのでまともな思考が出来ない。目的地も不明瞭
1:兎にも角にもヴォルペに会いたい。=麻薬がほしい
2:チームのメンバーの仇を討つ、真犯人が誰だかなんて関係ない、全員犯人だ!
[参考]
1:基本支給品をまとめました
  →いらないと判断されたものは C-6中央、アイリン達の死体の脇に放置されています
  →ドリー・ダガー以外の道具や装備品はメローネのバイクの荷台(後部座席)に乗せてあります
2:名簿を確認しましたが、自分に支給されたものは持ってきていません
3:行動の目的地は特に決めていません。というよりも考えられません




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095:Panic! At The Disco! (前編) 橋沢育朗 126:Wake up people!
095:Panic! At The Disco! (前編) ビットリオ・カタルディ 126:Wake up people!

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最終更新:2012年12月17日 05:29