―――理由。
人間が行動する裏には必ず理由というものが存在する。
どんなに崇高な行為にも下種な行為にも、そこには必ず……極端な話、なんとなくだとしても何かしらの理由があるものなのだ。
この理由の一番厄介な点は…『当人にしかわからない』ことである―――
#
「まずはおまえだ、我が『息子』よ」
「……父親面するつもりはないと、そう言っていませんでしたか」
DIOが向かった先にいたのは―――ジョルノ!
他の者もなんとなくその気配を察するものの、承太郎の指示に従いまずは自分の身を守ることを優先していた。
必然的にジョルノとDIO、一対一の状況が作られる……!
「どんな子供であろうと、生まれてくる親は選べん。
それがどんなに下衆で、小物で、どうしようもない親だったとしても、そいつと親子である事実だけは何をしようが消せないのだよ」
「………」
まるで自分ではなく別の誰かに言い聞かせるようにクックッと笑うも、ジョルノは気にしない。
相手のペースに巻き込まれては先程の二の舞になるだけだ。
言葉は半分以上聞き流し、意識を集中……ゆっくりと相手が近づいてくるのを感じ取る。
「この闇は気に入ってもらえたかな? 先程おまえが教えてくれたことだ。
時を止められても、視界が防がれていては意味が無い―――
承太郎を封じる方法を、おまえがわたしにもたらしてくれたのだ……」
「ええ、かえって都合がいいくらいです……あなたの顔を見ずにすみますから」
吐き捨てるようにそう言いつつも、ジョルノは目を閉じていた。
あえて視覚を捨てることで、他の感覚を最大限にとぎすませるために。
「顔、か……そういうおまえこそ先程は今にも消え入りそうだったのが、この短時間で随分と面構えが変わったのではないか?」
「あなたに言われたとおり自分が何者なのか考え………答えを見つけただけです」
「フン、たかだか十数年しか生きていないというのに、まるで悟ったような口をきく……」
答え―――正確にはまだ掴みかけなのかもしれない。
だが少なくとも、もうあの時のように無様な顔など晒しはしないだろう。
まるで神話に出てくるパンドラの箱のように、『絶望』の後に『希望』を―――『光り輝く道』を見つけたのだから。
「それにしても、つれなくなったものだ……先程のおまえはまだ可愛げがあったというのに………
さて、最後におまえはわたしを倒すべき、『悪』と言った……その理由を、聞いておこう」
「もはや、言っても『無駄』でしょう……親の心子知らずという言葉があるように―――」
「―――あなたにぼくの心は永遠にわかるまいッ!」
断固とした意思表示を返すと共に……闇の向こうから殺気が迫る!
今、ジョルノが居るのはサン・ジョルジョ・マジョーレ教会地下の納骨堂、螺旋階段近くにある柱のそば。
―――そこは、ある男が『子供を裏切った父親』に似たような言葉を言ったのと、全く同じ場所だった。
(………来るッ!!)
殺気が大きく膨れ上がる。
相手の腕が空気を切り裂く音が聞こえ、またしても『死』が迫ってくるのがよくわかる。
しかし、ジョルノは先程と比べ不思議なほど落ち着いていた。
―――なぜなら今の彼は、ひとりではないのだから。
(わかるぞ……相手がどうくるかッ!!)
目を閉じていてもはっきり感じ取れる。
相手の攻撃は自分から見て左前方、やや上からの腕によるストレート。
おそらくこれは牽制、防ぐか避けたところに本命の一撃が来るのだろう。
だが、ジョルノはあえて攻撃に自分から突っ込んだッ!!
「 無 駄 ァ ! 」
クロスカウンター気味に拳をあわせ、そのまま先へ進ませる!
狙われた顔面は体を傾けることでかすらせ、勢いを殺さないようにするッ!
そして、前に出た拳を目一杯突き出し……相手の腕の先へと叩き込んだッ!!
ド グ シ ャ ア ッ ! !
「……!?」
鈍い音が響いた瞬間、ジョルノは妙な感覚を覚える。
拳が空を切ったわけではない、確かに手ごたえはあった。
だが―――
(今、ぼくが殴ったのは『世界』ではない……?)
問題は、その手ごたえがスタンドではなく……別の何かだったこと。
考えられるのはDIO本体しかないが…果たしてそんなことがありえるのだろうか?
自分の能力全てを見せたわけではないが、スタンドをよく知るDIOが一撃を食らうことの重みを知らないはずがない。
暗闇とはいえ、迂闊に攻撃をくらうような位置まで近づいてくるなどありえなかった。
すなわち、考えられるのは………
(まさか、わざと受けた……? 何のためにッ!!?)
ジョルノはたまらず目を開ける。
『ゴールド・E』の拳を受けていたのはやはり、『世界』ではなくDIOであった。
その顔が笑みを浮かべているところからして計算通りらしいのは間違いないが、理由がわからない。
ジョルノのそんな反応も予想内だったらしく……殴られながらDIOが口を開いた。
「おまえのスタンドに殴られると感覚のみが暴走し、自分も含め動きがスローに見えてしまう……
自分の体が動かないことさえ除けば静止した時を自分だけが認識できる、我が『世界』とほんの少しだけ似ている能力……
だが、それはあくまで『人間』の場合……人間を超越したこの『吸血鬼』のボディならば、果たしてどうなるかな?」
DIOの隅から隅までブッ飛んだ発言にさすがのジョルノも驚きを隠せない。
能力を知っているのはともかく、本来避けるべき相手の能力を逆に利用しようなどと、しかも初手から…!
だが、その一方でおぼろげながら理解していた。
―――そんなオイシイ話が、ましてやDIOのような悪人にあるはずがない……ということを。
「まさか、暴走した感覚に体がついていけるとでも? そんなこと、できるわけがない……!
そもそも先程も喰らわせたが、その時は―――!?」
が、ここでジョルノに迷いが生まれる。
先程の話し合いの最中、承太郎が言っていたことを思い出したのだ。
―――DIOの肉体は100年前の
ジョナサン・ジョースターのもの……そして話を聞く限りヤツの時間ではまだ完全になじんではいない。
どういう状態なのか正確にはわからんが……『肉体と感覚が合っていない』ため、100%の力が出せないとでも例えておこう。
だがヤツがジョースターの血を吸いそのEXTRACTを取り込んだとき、その肉体はヤツになじみ完全なものとなる………
血液の無い
F・Fはともかく、他の者は決してヤツに血を吸われるな―――
………DIOの肉体(ボディ)についての話を。
「ありえない……おまえが追いついていないのが感覚か肉体かはわからないが……
ぼくらのうち誰かの血を吸ったのならともかく、承太郎さんの話ではおまえの体は完全にはなじんでいないはず!
そんな状態で、ましてや暴走した感覚には吸血鬼といえどついていけるわけがないッ!!」
「愚かな……おまえたちが人数をそろえ、くだらん作戦を立てている間わたしが無為に時を浪費していたと思うのか?
わかるのならば、確認してみろ……」
必死に反論するも、相手の確信めいた口調にジョルノは思わず気配を探ってしまう。
星のアザの気配……自分たちが6人、DIOを合わせて7人のはず。
「……!!」
だが今、周囲にその気配は――――――『8つ』あった……!
最初にDIOと会ったときは気配がなかったのを考えると、自分たちが地上に脱出している間に現れた……それしか考えられなかった。
(やはり……やはり最後の一人は『既に来ていた』ッ!
まずいぞ……この状況は、考えうる『最悪のシナリオ』だッ!!)
思えば気づくべきだったのかもしれない。
先程あまりにも手際よく『分散』させられた時点で、自分たちの手が読まれていることに。
自分たちと同じく、DIOもまた無策でくるわけがないことなど簡単に予測できたはずなのに。
「忠実なる……とまではいえないが、我が仲間がわたしの元まで運んできてくれた……
殺し方が悪かったせいで血液がほとんど失われていたのが残念でならないが、先程までよりボディがなじむのがよくわかった……
とはいえ圧倒的に量が足りん、この肉体はまだまだジョースターのEXTRACTを欲している……それも、きさまらを全員始末した後で解消するだろうがなッ!!!」
『ゴールド・E』の拳は止まらない。
こめかみに拳を食い込ませつつ、DIOは自分の感覚が『暴走』し始めるのを感じ取り…笑い出した。
「ンンンン………! 100年前に体を両断されたことがあるが……これほどまでにッ!
するどい痛みをゆっくりと感じたことはなかったなァ… フッフッフッフッフッ……」
はたしてどうなるのかジョルノにも、DIO本人にすらもわからない。
これはDIOにとっても『賭け』であった……ただし、ローリスクハイリターンの『公平』ではない賭けであるが。
不気味な笑いを浮かべたまま、DIOの顔が歪んでいく。
……ジョルノに『見えた』のは、そこまでだった。
「チェスに限らずボードゲーム全般に言えることだが、このような遊戯は二手三手…場合によっては数十手先まで読まねば勝てん……
何故、そんなことをしなければならないのだと思う………?」
感覚が暴走したDIOの声をジョルノは聞くことが出来ない。
正確には聞こえたとしても、恐ろしいほど早口のため何をいっているのかわからないというべきか。
「答えは――――――どうあがこうが『初手で詰みにはできない』からだッ!!!」
吼えると同時に腕を振るい、目にも留まらぬ速さで標的へとたたきつけ、すぐさま離れていく。
ジョルノが理解したとき、彼の腕……突き出したままの右腕は肩ごと、体に近かった左腕は二の腕から先がもぎ取られ、吹っ飛ばされていた……!
あまりにも一瞬過ぎる出来事……飛ばされた腕を生物化する暇すらないほどにッ!!
「うわああああああぁぁぁ――――――っ!!!!!」
―――遅れて、絶叫が静寂を切り裂く。
「ふむう……暴走した感覚が元に戻ったようだ……
やはり時間にして1秒未満……『世界』の真の能力には遠く及ばん。
だがそれでも、おまえ一人を『一手で詰ませる』には十分すぎる時間だったようだなァ……無様な息子よ………」
さすがに痛みまでは消えず、こめかみを押さえながらもDIOは勝ち誇る。
両の拳を失ったジョルノは体のパーツをつくれない……絶体絶命の状況。
「先程の言葉だが……わたしはおまえの意志をできる限り尊重するぞ……?
おまえがセリエAのスター選手を目指そうが、闇社会に生きるギャング・スターを目指そうが口出しなどしない……
そして、おまえがあくまでもわたしを倒そうというのなら……誠意を持ってその相手をし、おまえの命をもらいうけてやろう………」
「………………グッ!」
またしても全てを見透かすような目で射すくめられ、ジョルノが一瞬たじろぐ。
その光景―――見えないので音のみだが―――に耐え切れなくなったのは………
「ジョルノッ!! クソッ、誰か援護頼むッ! おれがジョルノをなおしに―――」
やはり、承太郎をもって『この世のどんなことよりもやさしい能力』を持つといわしめた男――――――
東方仗助。
たまらず飛び出し……声を頼りに二人のほうへと全力で走るッ!
だが、ジョルノはもう戦えないと判断したDIOは彼から離れ………仗助の前に立ちふさがったッ!
#
「さて、おまえはジョセフの息子―――東方仗助といったか……」
「どきな……おれはジョルノをなおしてやらなきゃならねー……」
仗助も同年代の中では背が高いほうだが、目の前の男はさらに10センチほど上から見下ろしてくる。
だが、そんな相手の威圧感にも萎縮することなく目を合わせながら仗助は啖呵をきった。
DIOのほうも彼の睨むような視線をまったく意に介さず、先程と同じようなトーンで問いかけてくる。
「おまえはなぜ、このDIOに刃向かう……
正直なところ、こちらはおまえに恨まれる心当たりなど何一つないのだが……?」
「ああ、確かにおれは直接おめーのことなんて知らねー……
けど、おれのダチに一人……おやじがおめーの部下だったってヤツがいた………」
「……ふむ」
東方仗助は急がない。
この場には自分以外にも、ジョルノを完璧ではなくとも治療できる者が居る。
ならば、自分はDIOを引き付けておくだけでも十分だということ。
彼はまだ冷静に、他の者を『信頼』していたがゆえDIOの質問に付き合うことにした……!
「おめーが承太郎さんに倒されたことで、そのおやじさんに埋め込まれてた『肉の芽』が暴走して人ならざる姿に変えちまった…
おかげでおれのダチも、そいつの兄貴も普通には生きられねー、悲しい人生を送るハメになっちまったんだ」
「ほう、興味深い点は幾つかあるが………おまえがその友人に代わり、恨みをはらすとでも言うのか?」
その問いに仗助は誇らしげなような、悲しそうな……なんとも形容し難い表情で答えを返す。
「おめーにはわからねーだろうが、ダチどころか見ず知らずの人まで助けるような生き方におれはあこがれてんだぜ……
それに、あいつは……億泰はもういない……兄貴―――形兆のほうはまだ生きてるみてーだが、行方知れずだ……
だったら、おめーと多少なりとも関係のあるおれがやるしかねえだろう?」
「………理解しているか? 万が一にもありえんことだが、おまえがわたしをここで殺した場合、その家族と同じ境遇の者を生む事になるかもしれんということを……」
「なにも命までとらなくても……二度と悪いことできねーよう、半永久的に身動き取れなくするってやり方もあるんだぜ?」
「………」
仗助からDIOの表情はよく見えず、何を考えているのかまではわからない。
が、仗助もまさか自分の言葉で相手が感銘を受けるなどとは思っていない。
一呼吸置いた後、再びDIOが喋り始める。
「ご大層なお題目を並べてはいるが……その友人とやらに頼まれたわけでもない以上、おまえの考えは英雄的行為に酔っているだけのひとりよがりにすぎん……
突き詰めれば『DIOは悪い奴らしいからとりあえずやっつけよう』という安っぽい感情論で会ったこともない人物を逆恨みしているのが今のおまえだ……
だが……わたしとおまえのより近い関係性として、おまえのスタンドはどうなる?」
DIOは仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』を指差す。
彼の分身たるスタンドは、今まさに殴りかかろうかといわんばかりの臨戦態勢だった。
「わたしのスタンド発現がきっかけとなり、ジョースターの血統繋がりでおまえのスタンドも発現したのだとすれば……
様々なものを『なおす』ことができるようになったのも、間接的にはこのDIOのおかげと言えるのではないか?
それでも、おまえはわたしに逆恨みや憎しみだけをぶつけるか?」
「ひとりよがり……そうかもしれねーが、実際あんたとこうして話してみたら、おれ自身が億泰とか関係なくあんたをブチのめしたくなっちまったんスよねェー……
それにあんたの影響でおれのクレイジー・ダイヤモンドが発現したっつーのかどうかはわからねーが、感謝の気持ちなんてこれっぽっちも沸いてこねーぜ……
もし選べたんなら、あんたが進んでこの能力をおれにくれるなんてゼンゼン思えねーからなッ!!」
ポケットから櫛を取り出し、髪形を整える。
敵を目の前にしながらその余裕ぶりが鼻についたのか、DIOが会話を切り上げ戦闘体勢に入る……!
「よかろう……どんな理由であれおまえがわたしを倒さんとする敵だというならば、己に降りかかる火の粉は払わねばならん。
おまえの能力は厄介極まりないそうだな……両手を潰してやりたいが、それは後でいいだろう……
まず最初に潰すべきなのは、その―――」
(……野郎、まさかッ!)
それを知っている承太郎だけは気付くことができた―――DIOが一体何を狙っているのかを。
だが気付いたところでこればかりはどうしようもない。
唯一対策といえそうなのはDIOを物理的に黙らせることだったが、それが出来れば苦労はしない。
そして無情にも――
「―――道端にへばりつく牛のクソのような頭だ…」
その一言は放たれ――
プ ッ ツ ー ン
東方仗助は――
「今おれのこの頭のことなんつった!」
ブチ切れた―――!
「さっき逆恨みとか言ってたが……おれが戦う理由なら『今』、できたぜ………
おめーをブチのめすのに、十分な理由がなァ!!!
このおれの髪型をけなすヤツぁ、何モンだろう―――とゆるさねえ!!!」
怒りはそのまま力となり、また集中力も散漫になるどころかむしろ最大限に高まる……それが東方仗助という男ッ!
『クレイジー・ダイヤモンド』による怒涛の連続攻撃がDIOに炸裂するッ!!
「ドラララララアアッ!!」
「ほう、これほどまでとは……」
しかし、怒り狂うことでどうしても避けられないのは………判断力の低下。
本人がそれに気づいていない以上、DIOはむしろ余裕綽々だった……!
「クレイジー・ダイヤモンド……すさまじいパワーとスピードだ。
ひょっとしたら承太郎のスタープラチナをも凌駕するかもしれん……
さらに貴様の意志もダイヤのように固いらしい………ところで、ダイヤといっても原石から整った外見というわけではない。
輝くためには手間を加える必要がある」
「……ああ~!!?」
仗助はこれまで犯罪者や殺人鬼と戦い勝利してきたが……そのほとんどは『人間』か、せいぜい『動物』止まり。
つまり……『人外』相手は経験不足! 唯一戦ったといえる
ワムウ戦は二対一、しかも短時間の上決着つかず……!
おまけに怒りに震えるため繰り出す攻撃は単調なものとなるッ!
勢いこそ恐ろしい『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が降り注ぐが、DIOはその全てをこともなげに回避していった……!!
「それはダイヤをカットし、表面を磨いて削ること……
無論簡単なことではない。どちらも同じダイヤをもってして、初めて可能となる」
「やかましい―――ッ!」
叫びと同時に気合の入った一撃を繰り出し……
すさまじい勢いのストレートが正面のDIOを掠める。
そう、掠めただけ―――当てられなかったのが致命的となった。
「聞いていないようだが、何が言いたいかというとだ……
同等以上のパワーさえあればダイヤも切断可能ということよッ!!」
DIOは突き出された仗助の両腕を掴み、自分のほうへと引き寄せた。
同時に、いつのまに構えていたのか『世界』の持つ二本の斧が振り下ろされる……!
怒れる仗助は……防御を全く考えていなかった!!
「――――――グッ!!?」
肩に痛みが……今まで経験したことのない、鈍い痛みが走る。
それが思考を取り戻させてはくれたのだが……
(ね、無ぇ……オレの肩が……腕が………ッ!!
ヤベェ……これじゃあ…ジョルノを……『なおせねぇ』!!!)
時、すでに遅し。
これまで数々のものを壊し、なおしてきた仗助の両腕は肩口からバッサリと切り落とされていた………!
そんな状況でも、彼が考えていたのは自分ではなく仲間のこと。
その耳元へ、DIOが囁きかけてくる……!
「ひとつ、いいことを教えてやろう。この殺し合いにおいて、すでに
虹村形兆はわたしの部下となった……
わたしを倒さんとする波紋戦士をひとり、几帳面に撃ち抜いてくれたよ………」
「なッ……!!」
DIOが語るは嘘のない、ギリギリの真実。
仗助はその判別までは出来ないが、『几帳面』と言った以上は形兆本人を知っているということ。
つまり、真実味があったゆえにショックを隠せない……!
腕のない状態で一瞬とはいえ放心―――危険極まりない状況ッ!!
「さて………ムッ!?」
DIOが次なる行動に移ろうとした時…その腕に『糸』が巻きついた!
「ここはわたしがくいとめる……下がれッ!」
ジョルノに仗助。
DIOがここまで狙ってきた二人はどちらも『治療役』―――次の標的が誰かは容易に予測できる。
それならば、待っているよりも自分から行動するほうがまだマシというやつだった。
「次はおまえか……どの道そのつもりだったが、わざわざそちらからきてくれるとは手間が省ける……」
そして、どうやらその予想は当たっていたらしい。
次に立ちふさがるのは
空条徐倫―――その中身はF・F。
「スイ……ません………ッ!」
怒りはあれど、さすがにこれ以上戦えはしない仗助は謝罪と共に下がり………そこへ誰かが駆け寄るのを見届けるとF・Fは視線を正面に移す。
またしてもダメージは十分と判断して自分へと標的を変更した、DIOへと―――!
#
「さて、おまえは承太郎の娘、空条徐倫……ではないようだが聞いておこう……なぜ、このDIOと敵対する?」
「『あたし』としては、理由は山ほどある……おまえがしでかした事の残りカスのせいで『父さん』があたしとすれ違う羽目になった……
死んだほうがマシと思えるほどの苦痛も受けたし、心が壊れてしまいそうなほどの絶望も味わった……
そしてこの殺し合いでも、おまえは子供たちを……エンポリオを、あたしの友達を殺したッ!!」
腕に巻きついた糸を気にも留めずにDIOは問いかける。
それに対し一気にまくし立てるはおそらく……『徐倫』だろう。
だが、DIOはそれを一笑に付す。
「わたしが死んだ後の話や、ましてそちらの家庭環境など知ったことではない………
第一まるで自分が空条徐倫であるかのようにものを語っているが………それはおまえの使う器の意志であり、おまえ自身の意志ではない。
結局、おまえは徐倫という名の檻に捕らわれているに過ぎないというわけだ……
自分の意思で動いているはずなのに、自分の意志などどこにもない……根本からして矛盾した存在よ」
DIOとしても、目の前の存在が一体『何』なのか正確には知らない―――せいぜいヴォルペの留守電に入っていた状況説明程度だろうか。
彼にとっての真実は、『空条徐倫は既に死亡した』ということのみだった。
そして徐倫でないのなら、先の理由はまったく意味を持たないということ。
彼の言葉にF・Fは………目を逸らさず、答えた。
「……今のわたしがいったい何なのか、それは非常に難しい問いだ……
あるいはおまえと会えば、何かしらの答えを得られるかと……そう思っていたが―――」
「……その顔を見れば答えなど出ていないことは明白だな………ならばわたしも、わたしなりの意見を聞かせてやろう」
「!?」
ジョースターの一員としてここに来た以上、半ば諦めていた対話が始まってしまったことに驚きを隠せない。
自分は敵だというのに、さらに言えばこれから倒そうと言う相手にわざわざ知りたいことを教えるというのか。
やや混乱気味のF・Fだったが、DIOは構わず喋り始め……
F・Fも思わず聞き漏らすまいと耳を傾けていた。
「人間が一体何者なのか……それを決めるのは同じ人間に他ならない。
ここで重要なのは本人ではなく他人……すなわち周囲の人間が決めるという点にある……
たとえ記憶喪失になり自分が誰かわからなくなったとしても、周囲の者がそいつを『ある人間』と認める以上、そいつは『ある人間』なのだ……
おかしなことにそれが実際は『人違い』だったとしても、一度そう思い込んでしまったら本人ですら簡単に事実を受け入れられぬほどその思いは強い……
逆に、本物の『ある人間』だろうと他者にそれが認められなければ、そいつは『ある人間』として生きていくことはできないのだよ」
次いでDIOは自分を指差す。
「知っているかもしれんがわたしの肉体の首から下……すなわち半分以上はジョナサンのものだ……
だがその事情を知るものが今のわたしを見たとして、わたしは誰かと問えば100人が100人ともDIOと答えるだろうよ……
実際、わたしの頭の中にジョナサンの意識など欠片も存在しないし、それがすなわちわたしがジョナサンでなくDIOであるという証明なのだろう……」
「………」
いつしか、F・Fは彼の話に聞き入っていた。
構えは解かれ、無防備に近い存在だというのに何もしようとせず、ただ話を聞くのみ。
それでいてDIOのほうもいきなり襲い掛かったりせず話を続けるという奇妙な構図がそこにはあった。
「では、おまえはどうかな……? ああ、答える必要は無い……
おまえ自身言っていたな? 自分はF・Fでもあり、空条徐倫でもあると……
逆に言えばF・Fのままではいられず、かといって完全に徐倫になったわけでもない。
つまりはそういうこと……おまえ自身ですら自分が誰なのかわかっておらず、他の者を納得させる答えも持ち合わせていないのだろう。
おまえが誰なのか世界中の誰も説明できない以上――
――おまえは世界から外れた、誰からも必要とされない存在ということだ」
「………!!?」
最後の言葉と同時にF・Fの顔に驚愕の表情が浮かぶ…!
何を言われるのか、どんな答えが得られるのか……そんな期待全てを吹き飛ばすかのごとく、絶望へと叩き落す発言だったのだから。
自分は不必要―――一度だけ、『怪物』に捕まったときに承太郎が似たようなことを言っていたような気がする。
しかし、あの時の彼は―――言葉では表せない、形容しがたい表情で葛藤していた……だからこそ、今となっては『本心ではない』と納得できる。
だが、DIOは―――おそらく本気で言っているのだろう。
「………」
一方DIOはというと、沈黙するF・Fを黙って眺めていた。
見えるものがいれば、その仕草は次にF・Fが何をいうのか楽しみにしているといった感じであることがわかっただろう。
「徐倫の気持ちが―――おまえを許してはならないという気持ちが、よく理解できた気がする………
おまえの話は興味深くはあったが、わたしの望むような答えではなかった……反論はしないが、おまえが正しいとも言わない……
ただひとつ、これだけはいっておく…徐倫でなく『わたし』にも、おまえと戦う理由がある」
「ほう? 本来ジョースターとは縁もゆかりもないおまえ自身が、わたしと戦う理由があると? 面白い……聞いてやろうではないか」
ショックの影響は……少なくとも表面上には出さず、F・Fは淡々と言う。
『空条徐倫』ではなく『F・F』としてDIOと戦う理由。
そんなものが存在するのかと嘲笑う相手に対して一気に語るかと思いきや……一拍おいてきた。
「それを答える前に、もうひとつ聞いておきたい……今からおよそ半日前、刑務所でのことだ………
おまえは何故、子供たちを助けなかった? 何故、あの泥スーツの男を止めなかった?」
それはF・FがDIOと初めて遭遇したときの出来事。
先程もDIOにぶつけておきながら、はぐらかされてしまった事柄を再び問いかける。
「何を聞くかと思えば……まあよいだろう、さて…どういう理由だったか―――」
「………」
DIOが泥スーツの男―――
セッコへと近づいたとき、既に三人の子供のうち生きていたのは一人だけ。
その最後の子供に銃を向けられ、発砲されたため殺害した………何も知らぬものが聞けば一見筋が通っているように聞こえなくもない。
だが、人間ではないDIOにとって拳銃とは命を脅かす道具ではない。
むしろDIOはその子供に撃ってみろと挑発したほどだった。
加えて、DIOが見ていたのはまだ別の子供が生きていた時点から……すなわち見殺しにしたということになる。
その理由とは………
「そうそう……おまえの言う泥スーツの男、彼のほうが『面白そうだった』から……それだけだ」
「ああ、そうだろうな……おまえは『そういう答えを返すヤツ』だ………」
聞くものが聞けば激昂しそうなほど小馬鹿にした回答……実際ジョルノに駆け寄り治療をしていたジョナサンなどは怒りに震えていた。
だが、質問をしたF・Fはむしろ納得いったとばかりに頷き………続ける。
「わたしには、最も古い思考と行動原理がある………
それは『自分が存在していたい』……生物ならば至極当たり前、当然のように備わっている本能だ……
生物は自分の命が脅かされると逃走を試みるか、あるいは何らかの防衛手段で身を守ろうとする……
人間とてそれは例外ではないし、それらの行動に文句をつけられる者などいやしない………」
最後に残った子供―――ポコがDIOに銃を向け、撃った行為は『悪』ではない……
いかにDIOが彼自身に何もしていなかろうが、その行動と存在はまぎれもなく彼に『死の恐怖』を与えたのだから。
「だがおまえが言うには……おまえは自分にとって脅威になりえない、ちっぽけな存在だろうとも気まぐれで命を奪うッ!
人間にもそういうやつはいるが……おまえの場合はスケールが違うッ!
おまえにとってのちっぽけな存在には人間も、そしてわたしも含まれるのだろうッ!
だからわたしは生物としての本能に従い、わたしを消そうとするおまえを倒すッ!!」
「……なるほど、至極真っ当な理由ではないか………ジョセフの息子とは大違いだ……」
なんとDIOはその言葉に対し、小さく頷き返した。
悪びれる様子もなく、むしろ感心したという風に。
「しかし、その真っ当な理由はこのDIOにも当てはまる……
ジョセフの息子のように、直接何かしたというわけでもないのにわたしの命を脅かそうという者がいるのだ……
ゆえにわたしも自らが存在するため、挑んでくるジョースターたちとは戦わざるを得ない……」
一呼吸おき、続ける。
………F・Fの目を真っ直ぐに見ながら。
「だがおまえは違う……ジョースターと無関係のおまえならば、必ずしも殺すことなどないのだ……
怖がることなど何もない、わたしの元へ来るがいい……
わたしはおまえを『必要』としている…何者だろうが気になどしない……
存在したいというならばおまえの命を脅かすことなどせず『安心』を与えよう………
わたしと『友達』になろうじゃあないか………」
相手を受け入れんとばかりにDIOが両手を広げる……
彼は知っていた―――目の前の存在が求めるものは信じられる『恩』であり『安心』であると。
F・FもまたDIOの目を真っ直ぐ見ており……
やがて、DIOの腕に巻きつけた糸を解いて彼のほうへ一歩進み出ると―――
「フザけんなァ―――ッ!!」
―――思いっきり、ブン殴ったッ!!!
「わたしはF・Fだが、空条徐倫でもある……どちらかではなく『わたし』と『あたし』……意志は受け継ぎ、二つともあるッ!
誰がわたしを徐倫と認めずとも……彼女の意志は間違いなくここにあり、あたしとして戦う―――おまえ相手にだ、DIOッ!!」
あの子供(ポコ)とDIOは違う。
DIOはこの状況においても……『恐怖』など感じていない!
立場は自分が上だと……全員皆殺しにして先へ進むつもりということなのだからッ!
そんな相手が『安心』などもたらすわけがないことなど自明の理ッ!
だからF・Fは―――徐倫は、ブン殴ったのだッ!!
「まったく、きさまらの頑固さにはつくづくうんざりというものだ……いったいわたしの何が、そんなに不満なのだ?」
「決まっている……口ばかり都合のいいことを言って実は信用せず、いざとなるとあたしの拳を平然と防ぐ、そのねじまがった根性だッ!!」
そう……不意をついたかに見えたF・Fの拳はDIOに軽く受け止められていた。
……まるであらかじめ警戒していたかのごとく。
「死を覚悟してまでわたしに挑戦するか……どうやらおまえは自分と最悪の相性を持つ者を器に選んでしまったようだ……
いいだろう……おまえの中に空条徐倫がいると言うのなら、認めてやろうじゃあないか……
当然、覚悟しているのだろうな………ジョースターの一員であるとはすなわち、わたしに始末されるという覚悟がッ!!」
DIOが受け止めた拳を引き寄せ、逆の手でF・Fの頭を狙うッ!
一方F・Fは掴まれたままの手の指を……ピストルの形にしたッ!
「……!」
ド ド ド ド ン ッ ! ボ ゴ オ オ ッ !
DIOは咄嗟に手を離し、放たれたF・F弾の連射を紙一重で回避する。
一方頭を狙ったDIOの一撃は、そのままF・Fの頭部に突き刺さったッ!
碌にガードもせず突っ込んだせいでその頭はグシャリと形を変える……だがッ!
「……化け物がッ!!」
「おまえにそれを言われるのも妙な話だが、化け物で結構……」
殴られた頭部は拳が離れると同時に変形し……たちまち元の顔に戻るッ!
人間らしさなどなりふり構わない戦法……厳正懲罰隔離房に入れられた徐倫が『やるべき目的』のためくだらないプライドを捨てたのと同じようにッ!
目の前の敵を倒すためF・Fは吼えるッ!!
「スタンドには、相性がある……いかに時を止められようが、おまえのスタンドじゃあわたしは倒せないッ!!」
時を止める……能力としてはまさに反則級の強さだろう。
だが、逆に言えば『世界』の能力はそれだけ……炎や電撃を出せるわけでも、一瞬で魂を奪い取ったりできるわけでもない!
つまり……能力だけの勝負ならばF・Fは自分のほうが有利と考えていたッ!
DIOはすぐには言い返さず……自らの口元に手を当て、しばし逡巡するようなしぐさを見せる。
困惑まではしていないが、すぐに戦闘再開するような様子でもなかった。
「ふむ、確かに……スタンドにはそれぞれ、その能力にあった適材適所がある。
『強い』『弱い』の概念はない……
『パワー』や『スピード』を要する『接近戦』においてわたしの『世界』は誰にも負ける気はしないが……
さらに広く『殺し合い』という枠組みにおいては困難なことも存在するだろう………」
あくまで『できない』とは言わなかった。
だが、F・Fも自分の弱点となり得る要素は理解している。
相手がどう動くかはわからないが……いずれにしてもただでやらせるつもりはないし、時を止めるのならこちらには承太郎がいる。
と、F・FはDIOが自分を見てニヤリと笑ったのに気づいた。
おそらくは何か手を思いついたのだろうと推測し、相手の一挙手一投足も見逃すまいと警戒する。
そこへDIOが、ゆっくりと語りかけてきた………!
「F・Fと言ったな……その娘の肉体を奪い、人間の振りをしているようだが……視点が変わり、外の世界というものを見て面白いと思ったろう?
海の底から復活しスタンドを手に入れたわたしも百年間で変わった世の中を旅し、異国の地を珍しがったものだ……
世界全てとはいかずとも数多くの国を訪れ……さまざまな文化に、人種に、そしてスタンド使いに出会った……」
「何のことだ……何を言っているッ………!?」
DIOが語るは今この状況に全くもって関係ないような話……!
そこに何の意図があるのかまったく分からない……そう思った瞬間F・Fは自分の体に異変が起き始めたことに気づく。
なにかが妙だ―――体が……全身が『変わる』ッ!
「前置きが長くなったが本題に入ろう……わたしとその『能力』は! 過去に出遭っている……
つまりだ……おまえのスタンド能力について、わたしはよく知っているのだよ……
F・F――――――いや、『フー・ファイターズ』ッ!!」
「……! か、体が……わたしの体ガアアアァァァ―――――ッ!!!」
突如、F・Fの体がボコボコと変形していく―――外からでは何が起こっているのか全く理解不能ッ!
F・F本人とDIOのみが知るその理由は………体内の水がいきなり『沸騰』し始めたためッ!!
もはや攻撃しようともせずDIOが呟く……ここではない『地下納骨堂』で初めて出会った、信頼できる友の名と共に………
「おまえに『能力』と『知性』を与えたのは、おそらく我が友プッチだろう……
そちらが意志を継いで共に戦っているならば、わたしの友が残してくれた力もまた、わたしと共に戦ってくれている……」
ジョンガリ・Aから受け取った支給品の中にあった『水を熱湯にする』DISC―――それによってDIOの攻撃は、既に完了していたッ!
このF・FではないF・Fが消滅するきっかけとなり、なにより……『徐倫が知らなかった』ため無警戒だったDISCッ!
なんという運命の巡り会わせかそれが今ここに存在して……DIOは手の中にそれを巧妙に隠し、殴りつけると同時に差し込んでいたのだッ!
「さて、どうする? 言っておくがその肉体から抜け出ても無駄だ、DISCは肉体ではなく中身であるおまえそのものに差し込んでやった……
たとえ水を補給したとしても、その水はおまえ自身の能力でどんどん沸騰していくのみ……逃れる術のないおまえは『消滅』する……」
F・Fのほうはもはや聞いている余裕すらなかった。
半狂乱になってF・F弾を乱射するが、DIOにはまったく当たらない。
「ガ……ハァ………ッ……」
やがて動く力も無くなったのか……地面に膝を突き、その動きを停止する。
そんな有様を見てなお、DIOは笑っていた―――まるで殺虫剤をかけられた虫が、苦しみながら息絶えていくのを面白いと思うかのごとく。
「フハハハハハ……人間未満の下等生物ごときがしゃしゃり出てくるからこうなるのだ……さて、次は誰の番かな………?」
「もうやめるんだ……ディオッ!」
そんなDIOの方へ、怒りの声と共に進み出る者がまた一人……
「ほう、ここでおまえが出てくるか……遅かったというべきか、それとも辛抱しきれなかったというべきか……
まあよい……来おい『ジョジョ』ォ!!」
先程はジョルノもその名で呼んでいたが、今は違う。
この場にいるジョースターたちの中で、DIOが唯一その愛称で呼ぶ相手―――ジョナサン・ジョースターがそこにいた……!
―――F・FがDIOと戦う間、ようやく闇に目が慣れ始めたジョナサンはジョルノを、そしてジョセフは仗助を波紋で治療するべく駆け寄っていた。
だが、波紋はその人間の治癒力を高めて傷を治す法である。
落とされた腕を新たに生やすなんてことはできず、元の腕を拾ってくっつけようにもこの暗闇では到底見つかりそうもない。
傷がなかなか塞がらず、さらにF・Fがやられたことで焦りを覚え始めたその時……当のジョルノが声をかけてきたのだ。
「行ってくださいジョナサン……ぼくは、平気ですから」
「もちろん行くさ……だが、きみの傷をなんとかしてからだ」
「大丈夫です……『なんとかなりました』から」
ジョルノの答えに傷口を見やると……
驚いたことに彼の肩や腕からもう血は流れ出ておらず、『詰め物』をしたかのようにふさがっていた。
「ジョルノ、その傷口は………」
「……F・Fの、おかげです」
DISCを入れられる前にF・Fが何発も撃ったF・F弾。
それらは外したのではなく、仗助とジョルノの傷口を狙ったものだったのだ。
腕そのものは吹っ飛ばされたまま、プランクトンも少量だったため傷口をふさぐのが限界だったが、そのおかげで二人は失血死を免れていたのである。
理解したジョナサンはジョルノの元から離れ、遂にDIOと戦うべく動き出した―――
#
「さて、おまえはいまさら問うまでもないよなぁ、ジョジョォ………!」
DIOが語りかけてくる……彼もまた、ジョナサンとの青春を思い出しているのか。
他の相手と話していたときとは明らかに違う口調だった。
「ほかの連中は『俺』ではなく、俺の部下の所業だの予想外の影響だので俺を逆恨みする者ばかりだが、おまえは違う。
おまえには俺が直接手を下し、さまざまなものを失わせた……
おまえだけは唯一……俺を恨み、復讐しようとする正当な権利がある………」
「復讐、か……そうだ。どんなに言い繕おうと、ぼくがここへ来たのはそのためだ」
ジョナサンは歯を食いしばりながらDIOを指差す。
相手の言うとおり……彼は『ディオ』に多くのものを奪われているのだ。
その脳裏にはこの『バトル・ロワイアル』で散った者のみならず……ツェペリや父親、
ブラフォードの顔も浮かんでいた……!
「………ディオ! ぼくの気持ちをきかせてやる……
紳士として恥ずべきことだが 正直なところ今のジョナサン・ジョースターは…………
恨みをはらすために ディオ! きさまを殺すのだッ!」
「………………」
―――一言一句、ウインドナイツ・ロットにてジョナサンがディオへ言ったのと同じセリフだった。
当然、ジョナサンはそれを知らないのだが……知っているDIOはそれを聞いて沈黙し、次の瞬間には………
「フ、フフフ………フハハハハ……ハァ―――ッ、ハッハッハッハッハ!!!!」
狂ったように大笑いしていた。
相手を嘲笑するのではなく、腹の底からおかしくてたまらないとばかりに。
対するジョナサンにはその理由などわかるはずもなく……
「我が信念と去ってしまった者を侮辱するか、ディオッ!!」
「いやいや悪かった……馬鹿にしたわけではなく、それでこそおまえはジョナサン・ジョースターなのだと理解しただけだ……
だが、如何に内面が強くとも実質的な戦闘力は変わらんぞ? 既に言った通り……『おまえではこのDIOを倒せはしない』ッ!!」
「やってみなければわからない……! 行くぞ、ディオッ! きみがぼくの血を吸うというのなら、こちらはたっぷり波紋を流し込んでやるッ!
今でもまだ信じられないが………その体が元はぼくのものだというのなら、さぞかし相性がいいだろうッ!!」
ジョナサンはDIOの元へと一直線にひた走るッ!
対するDIOは動かず、そのままの位置で彼を迎え撃つッ!!
「波紋か………100年前は手を焼いたが、今となってはそんな時代遅れの技術でなにができるッ!
触れずに攻撃するなど簡単なことよッ!!」
弱点であること自体は変わっていないが……それゆえに対策は万全!
しかも先程DIOは触れるだけで危険な『柱の男』と対峙しており……それと比べれば触れた後流す必要のある波紋のほうが対処は容易ッ!!
まずは持ち替えた斧で攻撃……だが刃は金属、直接斬りかかっては波紋を流されるゆえに―――投擲したッ!!
「うおおおおッ!」
だが……ジョナサンはそれを避けようとすらしなかったッ!
なんと投げつけられた斧を殴りつけ……そのまま叩き落すッ!!
「まだまだ……ぼくはおまえにたどり着くまで決して止まりはしないぞッ!!」
「やはりこの程度では止まらんか……ではこれならばどうだッ!!」
避けたところにもう一本の斧を投げつけるつもりだったDIOは……即座に狙いを切り替えたッ!
斧を後ろに放り捨て、両腕を振り上げるッ!
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ!!」
「ううっ、これはッ!!」
なんとDIOは自分の周囲の床石を叩き壊し、こなみじんにして蹴りつけてきたッ!!
爆発が起こりでもしたようなおびただしい量の破片が散弾となってジョナサンへと襲い掛かるッ!!
「上下左右、どこによけても続くディオ本人の攻撃をかわす術なし!
ならば……これだッ! 当たる面積を最小にして波紋防御!」
砕かれた破片へと向かって跳び、波紋を込めた足の裏を突き出す!
破片は弾かれ……さらに、足はそのまま蹴りとなってDIOに迫るッ!
「くだらぬ……昔からどいつもこいつも、何故波紋使いというやつはこう突っ込むしか能のない奴らが大半を占めているのだ?」
「ディオ! ぼくはともかくぼくの仲間をこれ以上馬鹿にするのは許さないぞッ!!」
蹴りがDIOに届くまであと数センチ!
そしてジョナサンの怒りのヴォルテージはもはや最高潮!
だが、それを目の当たりにしてもDIOに精神的動揺は欠片も存在していなかったッ!!
「馬鹿にしているだと? 違うな……おまえが勝手に馬鹿なだけだろう………
言ったはずだ、おまえではわたしに勝てんと……その単細胞ぶりがなおらぬ限りなッ!!」
「………うッ!!!」
突如、ジョナサンの視界にDIOのスタンドである『世界』が飛び込んでくる。
『世界』とはDIOの精神エネルギー……コンタクトなど一切必要とせず常に最高のコンビネーションが可能ッ!
一方、スタンド戦および騙し合い……両方に慣れていないジョナサンは警戒が薄かった!
次の瞬間ジョナサンの頭に鈍い衝撃が走り……彼の体が叩き落されると共に一瞬で意識を刈り取られるッ!!
それを見届けると自分の頭を指差し、DIOは笑う……今度こそ、ジョナサンを馬鹿にするような笑みで。
「肉体は同じ、ならば勝敗を分けたのは文字通り『ここ』の違いというやつだろう……
―――それで、『世界』が離れた隙にその斧でわたしに何をしようというのかな? ジョセフよ」
「ゲッ! さ、さぁ~て、なんのことかなァ~~………」
DIOは倒れたジョナサンから全く視線を外さずに自分の背後へと話しかける。
いつの間にやらそこにいたのは……放り投げた斧を拾って音も無く忍び寄っていた男―――
ジョセフ・ジョースターッ!!
#
「ジョセフ・ジョースター、きさまはどうだ? 息子と同じくいわれのない逆恨みか、気に入らないのただ一言でわたしに挑むか?
それとも、間接的にわたしが殺害したとかいうジョージ・ジョースター二世―――おまえの父親の復讐でもしようというのか?」
「………今、なんつった?」
ひとまず安全な距離まで退避しつつも、思わず聞き返す。
そう、ジョセフが両親の真相について知るのはこの殺し合いに参加させられた時期の後……
彼はこの時点では『知らなかった』。
「じいさんが死んだのはおめーの仕業だって知ってたが………
戦死したって聞かされてたおれの父親も、おめーが殺しただとお―――ッ!!?」
「ふむ、間接的にと言ったはずだが……わたしとしたことが、薮蛇だったか」
衝撃の事実に頭を抱えるジョセフ。
だが……彼はこの程度でへこたれはしなかった!
「―――と、おれを仗助みてーに怒らせようってんならそうはいかねーぜ……
驚いたってのは事実だし……それとじいさんのこともあるけどな……
いまおれが一番おめーに思い知らせてやりたいのは、ばあちゃんのことだ」
「……ふむ? 確かきさまの祖母といえば―――」
やや予想外の答えを返されたらしく、意味を考えているのかDIOは逡巡するそぶりを見せる。
依然暗闇のためジョセフにその動作は見えなかったが。
「エリナばあちゃんはここでおれと一緒にいて、化け物からおれをかばい、おれの目の前で死んだ……
その化け物はどうやら黒騎士ブラフォードってやつらしい……かつておめーが復活させたっていうな………」
「クックック、次から次へと懐かしい名前が出てくるものだな……
そして愚かなジョセフよ……きさまのやろうとしていることは復讐ではない」
「なんだって?」
部下の不始末は上司の責任……現代社会では当たり前の言葉だが、どこまでいこうが当人について回る責任は必ず存在する。
ましてやDIOは自分の息子でさえも所詮は他人、という考えを持つ男。
表面上は尤もらしいことを言いつつも、実際自分の部下が何をしでかそうが責任をとる気はなかった。
「ブラフォード、ヤツはまだ放送で名を呼ばれていない………
仇をとりたいというならば、そちらを探し出して倒すのが正当な復讐だろう……
わたしを倒そうというのは、単なる八つ当たりに過ぎん」
「おまえも元人間だってんならわからねーか? 人間には逆恨みや八つ当たりするような奴なんて腐るほどいるんだぜ?
それと今のおまえにピッタリのいい言葉があるぜ………『元はといえばおまえが悪い』ってやつだッ!」
その言葉にやれやれとかぶりを振りでもしたのだろうか、呆れたような声でDIOが返してくる。
……しかし、その間にも少しづつ距離が狭まっている感覚がするのをジョセフは見逃さない。
「確かに人間らしい……一方的な責任の押し付けという実に醜い発想だ。
さらに元を辿れば、わたしがそのようなことをしたのも別の人間が原因をつくったのだということをおまえは考えていない………」
「いくらヘリクツ並べよーがおれの心は動かねーぜ………それにばあちゃんは自分の仇討ちなんて望むような人じゃねーが……
おまえのようなヤツを見たら『きちっとやつけなさい!』って言うに違いねーぜッ!!
なにせおまえは、ばあちゃんの旦那に息子の命まで奪いやがったんだからなぁ―――――ッ!!!」
DIOが立ち止まり、ジョセフの顔を凝視する。
続いて倒れたままのジョナサンと彼を見比べると、静かに腕組みを解いた。
「フン……見てくれだけはジョナサンに似ていなくもないが中身はまるで違う……やはりきさまはジョセフということか」
「あいにくとじいさんみてーに生きるのはとっくの昔に無理だとわかったし、実際会ったらますますそう思えたぜッ!!
………………それによ」
ジョセフの声のトーンが変わった。
ビシッと指を前へと突き出し、思いのたけを力いっぱい声に出して叫ぶ。
……指先がDIOの位置とずれていたのは、暗闇のため仕方ない。
「おまえも、ここにいるみんなも理解しているはずだぜッ!
おれたちが戦う理由ってのは理屈なんかじゃ説明できねー『宿命』とか『因縁』とか……そんな何かがあるってことがなッ!!!」
「ほう……きさまらのうち誰かひとりくらいはそんなことをほざくと思っていたが、まさかおまえだったとはな………
正直、予想外だったぞッ!!!」
「……きやがったなッ!」
先程のジョナサンのこともあり、ジョセフが注意しているのは本体よりもスタンドの方ッ……!
彼のところにDIOが飛び込んで………………こないッ!
代わりに来たのは『世界』!
「ゲッ……てめーふざけんな! 男らしく正々堂々自分自身で勝負しやがれッ!!」
「ンン? 今きさまに最も似つかわしくない言葉が聞こえたが、気のせいかな……?
そもそもきさまごときわたしが相手にするまでもなく、我がスタンドのみで十分……」
腕こそ組んではいないが、ジョセフの数メートル先でDIOは眺めるのみ。
対するジョセフは先程のように床を割って瓦礫を飛ばす相手の攻撃をかわすので精一杯……!
けして彼が弱いというわけではないのだが、いかんせん他の面々に比べると正面きっての殴り合いが苦手なのは確かッ!
だが、我々は知っているッ! 彼がそのまま終わるような男では断じてないこともッ!!
「言いやがったな……見えねーが余裕の表情しやがってッ! 後でほえづらかくんじゃねーぞッ!!」
斧をしまい、ジョセフが取り出したのはヨーヨー!
右手で操るその高速の動きはまさに妙技ッ!
波紋を流していることもあり拳による破壊は困難……むしろ下手に攻撃すると跳ね返って直撃しかねないッ!
「おおおおおおッ!! 波紋ヨーヨーッ!!」
回転、伸縮、投擲ッ! ジョセフの連続妙技が炸裂するッ!
圧倒とまではいかないが、縦横無尽に繰り出される攻撃に『世界』は次第に回避行動が多くなっていった。
そして十数秒後……
「いくぜ!」
「……フン」
ジョセフが投げたヨーヨーをキャッチし攻撃しようとしたとき、DIOは首を傾ける。
すると、首の元あった位置を……取ったはずのヨーヨーが通り過ぎていったッ!!
「先程投げた際、きさまが手元で糸を切るのが見えた……
取った振りをしつつ弾いてわたしを狙うとはしたたかだが、そんな小細工で……!?」
驚異的な動体視力で正確に状況を把握していたかのようなDIOだったが、次の瞬間勢いよく体を反らすッ!!
なんと、通り過ぎたはずのヨーヨーが戻ってきたのだッ!!
「ムゥッ!? これはッ!」
「へへへ……やっぱおめーでも見難いみてーだな……暗闇の中で『黒い糸』はッ!!」
ジョセフが用意したのは暗闇でも見えやすい白い糸が付いた普通のヨーヨー。
それに仲間の衣服から拝借した長く黒い糸も結び付けておき、最初は両方を持って戦う。
後は途中で白い糸だけを切ってDIOの方へ飛ばし、かわして相手に隙ができた時点で黒い糸を引っ張り奇襲をしたというわけであるッ!!
「グゥゥッ!」
「おめーの視力ならヨーヨー自体は見えるだろうと思って、かわしやすいようわざと直線的に飛ばしたのさ!
そしてぇ――ッ! さらに本命はこっちだぜッ!!」
攻撃はかわしたものの、大きくバランスを崩したDIOへジョセフが一直線に走るッ!
先程から会話を途切れさせていないため声で位置は十分把握可能ッ!
相手にしないと宣言したDIO本体の元へ、ようやくジョセフはたどり着いたッ!
狙いは勿論、直接波紋を流し込むことッ!!
「つぎにおまえは『無駄ァッ!』という……って、ありゃ?」
苦し紛れか、放たれた拳に合わせるように波紋パンチを繰り出す!
だが、溶けだすはずの相手の拳は妙に軽く……それが別人―――そこに落ちていたジョルノか仗助かの腕を投げただけと気づいたときには既に遅かった。
「無駄ァッ!」
「――――――グアッ!!!」
追いついた『世界』の拳がジョセフの背中に突き刺さった!
ジョセフは自分の拳―――ひいては前方に意識を集中していたためガードは手薄ッ!
してやられたのは……ジョセフのほうだった!!
あわや彼の体はブチ抜かれるかと思いきや……
「ヌウ、前に跳んだ? いや自分から吹っ飛んだだとッ!?」
(は…はじく波紋……クソッ、ダメだ………声が出ねえッ………ッ!!)
とっさに後ろ手でガードした左腕に流した波紋で致命傷は避けたものの、タイミングがずれたためにダメージはゼロというわけにはいかなかった。
その衝撃で肺に溜まった空気を全て吐き出してしまったかのように呼吸ができなくなる。
さらに吹っ飛んだ先にあった柱にキスする羽目になり、口ではなくジョセフの体が代わりに悲鳴を上げた。
「おい、ジジイ! 生きてるのかッ! 返事しろ! おいッ!!」
(DIOは……とどめをさしにはこねえか……チキショーッ、元人間の知恵と経験を持ってる分ワムウや
カーズとは違う意味でやな相手だぜ……
ほかのみんなにゃあ悪いがおれは一回休みだ……なにか方法を考えねーと………)
仗助の声に返事はできなかったものの、再起不能までは至らなかったジョセフはじっとしていた。
直接対決からは『逃げて』、逆転を狙うべく頭をフル回転させながら。
(にしても、さっきじいさんと話してたときのDIOの笑い方、なーんか気になるような……
なんでだか……クソッ、ダメだ! 頭が痛くてまともに考えられねーッ!)
………フル回転させながら。
#
「さて、これで五人……残るは――――――」
言葉途中でシュボッ、とDIOの耳に小さな音が飛び込んでくる。
その方向には……承太郎が、ライターを点けて立っていた。
もはや傍観の必要なし、かかってこいという意思表示。
それを待っていたとばかりにDIOは再び腕を組むと、彼のほうへ向き直る。
「―――残るはおまえだけだ、承太郎……
先程から黙りこくったまま動いていないようだが、なにかを待っていたのかな……?
他のジョースターがわたしに時を止めさせ、限界直後に時を止め返してわたしを倒そうとでも考えていたのなら、残念だったなあ?
時を止める能力は確かに我が切り札と言えるが、わたしを最強たらしめているのはそれだけではない……
吸血鬼の能力にジョナサンのボディ、そして我がスタンド『世界』さえあれば、このようにジョースターなど物の数ではないということだ」
そう……DIOは階段を崩したとき以来、一度も時を止めていなかった………!
一方、承太郎のほうは暗闇でDIOがよく見えないこともあり……時止めを警戒しすぎて見事に肩透かしを食らわされた!
仲間たちの力をある程度信用していたともいえるのだが、結果的には完全に受身に回ってしまっていたのだ!
「……」
だが勿論、今の承太郎はこの程度ではうろたえない……まだ自分は健在なのだから。
DIOの言葉にも答える必要はないとばかりに無言を貫くが、そんなことはおかまいなしにDIOは続けてくる。
「『言いたい事は他の皆が言ってくれた』で済ませる気かもしれんが、おまえだけは事情が違う……
ゆえに問おう……おまえは、何故このDIOと戦う?」
「………」
他の者にしたのと同様の質問が投げかけられる。
承太郎はまたしても答えることなく……じっと立ったまま虚空を睨みつけていた。
「当初の目的であるおまえの母親は既に死んだ。
ジョナサンはそこにいて、他の先祖を殺害したのもここではわたし以外の誰かだ……
なにより……わたしとは別のわたしを倒したおまえなら、あるいは知っているのではないか………?
わたしの目的が世界征服といった類ではなく『天国』へ行くということを……
その目的が果たされる過程で、おまえとその周囲の人間が不利益を被る可能性など、ほぼゼロに等しいことを……」
「…………」
饒舌になったDIOの話をやはり黙って聞き流し、佇む承太郎。
DIOもやはり攻撃の気配はなく……動かすのは口のみ。
だが、これが嵐の前の静けさということは周りの全員が理解していた。
「同じ事を二度聞くのは無駄で好かんが、あえて聞いてやろう……おまえは何を理由に、このDIOと戦う?
もし理由が無いと言うのなら―――」
「……『悪』とは」
「ンン?」
ようやく承太郎が口を開く……今まで黙っていた分を一気に放出するかのように、無感情な声ですらすらと述べてゆく……!
「『悪』とはてめー自身のためだけに 弱者を利用し ふみつけるやつのこと……つまりはてめーみたいなやつの事だ……
そっちの目的がおれに無関係であろうが、知ったからにはおれ自身がてめーを許せねぇ……
そしてスタンドは被害者自身にも法律にも見えねえし、わからねえ……だから他の誰にも任せたりせず、おれ自身がてめーを裁く」
「ホウ……おまえは正義の味方にでもなったつもりで、諸悪の根源たるこのわたしを討つと?」
『正義の味方』ならぬ『悪の敵』……とでも言うべきだろうか。
命まで奪うという点さえ除けば、危険人物の全排除というスタンスはある意味
空条承太郎らしいといえるのかもしれない。
「そんなものを気取るつもりはねえし、カーズや吉良はつながりこそあれおまえとは別件、全ての元凶だとは思っちゃいない……ただ」
―――ただし、彼自身が認めるとおりそこに『正義』はない。
だが、彼が戦う理由は………空条承太郎がDIOに敵意を持つ理由は―――
「最初にケンカを売ってきたのはてめーのほうで、おれはそれを買っただけ……
その結果必要以上にブチのめされよーが、それは単なるてめーの自業自得だッ!!」
―――それ以前の、どこまでも単純なものだった……!
「フン、結局きさまも同じことを……このDIOのほうに非があると言うか………」
―――DIOはどうしても知りたかった……彼らが自分と戦う理由を。
ジョースター家のルーツを眺めるだけでは決して浮かんでこない、彼らと自分の因縁について。
ジョナサンは言うまでもない、ジョルノも先程の出来事ではっきり決別した。
だが未来の承太郎に昔のジョセフ、会ったことすらない残り二人……前者二名はまだわからなくもないが、仗助と徐倫は何故自分を敵とみなすのか。
だからこそ彼らひとりひとりに問いかけ……その答えを聞いた。
「いいだろう、きさまらがわたしを倒そうという理由は十分に理解させてもらった。
そしてこのわたしときさまらが、決して相容れぬ存在だということもな………」
その上でDIOは大胆にも……ひとりひとり順番に『勧誘』しようとしていた。
先程行い、失敗したジョナサンとジョルノを除く四人に―――結果はその全てがにべも無く、しかもほとんど話を切り出す前に断られたのだが。
果たしてDIOがどこまで本気だったのかは………本人のみぞ知ることであろう。
「もう床に這い蹲って赦しを懇願しようときさまらの運命は変わらん……
ここらで遊びのサービス時間は終わりだ……おまえも、あえて生かしておいてやった他のやつらも……死ぬしかないなッ!!!」
『ジョジョ』たちがDIOと戦う理由は、大義名分などあってないような者がほとんど……どちらかといえば個人の感情が占める割合のほうが大きい。
それ自体は別に不思議なことではないのだ……ジョースターの一族は多かれ少なかれ、DIOによって人生が狂わされたのだから―――だいたいが悪いほうに。
だが、『因縁』とはそんな言葉で済ませられるほど単純なものではない。
カーズ、
吉良吉影、
ディアボロ、
エンリコ・プッチ………ジョースターの一族にとって強大な敵というべき存在なら彼らもまた同様。
しかし彼らは全員……『決着後はそれきり』だった。
死なずにいつかは戻ってくるとか、記憶を失って幽霊になったとか、異世界で大冒険しているとかの後日談はなくもないが―――結局のところ表舞台に戻ってきてはいない。
だがDIOは違う―――一度は本人が復活したのをはじめ、彼が使ったもの、生み出したもの、従えていたもの、思想を受け継いだもの……
さまざまなものを後の世に残し、それらのほぼ全てがジョースターの一族に牙をむくこととなった。
少なくともジョースターの一族にとってDIOはあまりにも大きな……存在するだけで、さらに死してなお多大な影響を及ぼすほどの邪悪だったということ。
そこに『石仮面』や『弓矢』という人知を超えた力が加わったことで………一族全員にまで関わる因縁というものが生まれてしまったのかもしれない。
全てを知ったDIO本人でさえ、もはやどうしようもないほどの『奇妙』な因縁が―――!!
「違うな……死んで『地獄に行く』のは………てめーひとりだ、DIOッ!!!」
「きさま……そうまでしてこのDIOの邪魔をしたいというか………」
後には退けない………どこにも退くところなど無い。
やらねばやられるという事実そして想いを胸に、彼らは戦う………己が、生き残るために―――!
「粋がったところできさまらの絶対的不利は変わらんぞ?
この短時間で戦闘ができるほど目が慣れたとでもいうつもりか?」
「そいつはどうかな……おれには、てめーのいる位置がはっきり『見えて』いる」
「ハッタリなど………なに―――?」
承太郎の言葉を一蹴しようとしたDIOは驚く。
何故なら―――いつのまにか、地下内は無数の『光』によって照らされていたのだから。
#
『それ』の正体に最初に気づいたのは仗助だった。
(………こいつは……蛍……?)
飛び交う光の正体はいつのまにか地下に現れた、数千匹もの蛍の群れ。
何故こんなところに……仗助はもちろん、その場にいた全員がほぼ同じくして疑問の答えに辿り着き、その人物のほうを見る。
「……単に明るさという意味なら、ゲンジボタルのような比較的強く発光する種類でさえ100匹近くが一斉に光ってようやく本が読めるほどといわれている……
しかし、ものの形を認識するだけならば必要な明るさはその数千分の一程度で事足りる」
「ジョルノ……やっぱおまえの仕業か」
蛍の光に照らされ、うっすらと姿が見えたジョルノの元に仗助が近寄る。
何度も転びそうになりつつ、時にはスタンドで支えながら。
「いったいいつの間に?」
「分散させられた直後です……ぼくが真っ先に狙われなければ予備の腕も作っておく余裕はあったんですが……」
辺りを見渡し、近くで気絶しているジョナサンのほうへと向かう。
頭を打ってはいたものの幸い大きな怪我は無く、ほどなくして彼は目覚めた。
意識が朦朧としているため戦闘はしばらく無理そうだったが、彼の無事は仗助たちを僅かながら安心させる。
「……なんか、特にデカイ光が幾つか見えるんすけど?」
「念には念を……というヤツです。
実際に敵が見えるほど明るくなるかはわからなかったので、床石とは別に『ある物』を蛍に変えました……
この上なく強い光を放つ『閃光弾』を……」
明りができたとはいえ、地下の全容がわかるほどではない。
残りの味方の姿は未だ見えないが………DIOもまた、その光に照らし出されていた……!
顔は向けずとも、承太郎がジョルノに礼を述べる……彼なりに。
「十分だ」
「フン、お似合いではないか……儚い命の虫けら―――まさに今のおまえたちの立場にピッタリというわけだ……
最もその短い寿命すら待たずして、このDIOに潰されてしまうのだろうがな………」
DIOの余裕は崩れない。
闇が晴れようが、今は承太郎ただひとりを相手にするだけでいいのだから。
互いのスタンドの拳がかち合い……戦いの火蓋が切って落とされた!
「オラアッ!」
「無駄アッ!」
両者共に接近しようとせず射程ギリギリのところで、腕を伸ばせばどうにか相手のスタンドを攻撃できるという距離を保ちつつ戦闘を開始する。
年をとった承太郎と肉体がなじみかけのDIOはお互いに相手が『何秒止められるか』が正確にわからないため、迂闊に時を止められないでいたのだ。
致命傷を与えられる距離の外で発動してしまえば相手に後出しで時を止められ、距離を詰められて負ける。
承太郎は勿論、DIOもまた自分が敗北したと知り慎重になっているからこその戦法。
「WRYYYYYYY!!」
「オオオオオオオオッ!!」
となれば重要なのはスタンド戦で優位に立ち、先に相手が時を止めざるを得ない状況をつくることだったが……こちらもまた拮抗……!
この時点で有利といえるのは果たしてどちらか。
体力の関係でDIOか、それとも援護が期待できるという意味で承太郎か。
勿論、仗助たちも黙ってみているわけではない……のだが………
「ジョナサン、俺のデイパックに銃が入ってる……それでDIOを撃ってくれッ!」
「ちょっと待ってくれ……銃なんてどこにも……!? これは…きみのデイパックに穴が開いているッ!!」
「えっ…!? い、いつの間にっ!? 銃も落としちまったのか!?」
「………いえ、ジョナサン。あなたのデイパックにも穴…というよりちぎられた跡があります。
そしてぼくのにも……どうやら、してやられたようです」
いつのまにか何者かにデイパックを狙われていたらしく……武器になりそうな物と未開封の紙が消えていたッ!
暗闇になった直後は各自警戒していたのだが……それぞれDIOと直接対決したこともあり、別の敵への注意はおろそかになっていたのだ……!
これでは遠距離から援護不能……ッ!!
「……ぼくが、承太郎の援護に行く」
「まだです……見ての通り彼らは拮抗状態、時間に余裕はあります。
今ので別の敵がいる可能性も急上昇しましたし………
まずは味方を全員揃えてからでないと、返り討ちにあいかねません」
「………」
ジョルノはふらつきながらも飛び出そうとするジョナサンを冷静に制止し、光の中に見え隠れするだろう人影を探す。
仗助も同じように周囲を見回すが……味方も、まだ見ぬ敵も見つからない。
(ジジイ、いつまで寝てんだ……まさか本当にくたばっちゃいねーだろうな……それに―――!?)
だがそんな彼らを待たずして、状況は動くことになる。
次なる手番は―――DIOの一手……!
「埒が明かんな……それではもうひとつ、質問をしようではないか……実におかしな話についてな………」
承太郎から大きく距離をとったと思うと、そこにあった『何か』を拾い上げるような動作をする。
蛍に照らされたそれは、かなり大きめなものらしいのだが……詳しくはよく見えず、わからなかった。
―――その位置に何があったのか覚えていた承太郎とジョルノ以外は。
「わたしはジョナサン・ジョースターの肉体を奪い、おまえたちにこうして疎まれ、命を狙われている……
だが、ここにいる『これ』はどうだ? 似たようなことをしておきながら、おまえたち誰一人として拳すら向けることなく受け入れられている……
承太郎、おまえでさえあっさり『これ』を認めたそうではないか………
わたしと同じく身勝手な理由で相手を殺害し、肉体を奪ったという点で『これ』もおまえが先程言った『悪』に分類されるにも関わらずだ………
実に不条理、不公平……わたしには聞く権利があるのではないか? わたしと『これ』、何がどう違うというのだ?」
DIOが持ち上げていたのはF・F―――空条徐倫の、肉体だった………!
首元を掴み、動く気配のない体を軽々と宙釣りにする……!
「……………!!」
承太郎の目が見開かれると同時に、DIOは逆の手の指を彼女の首筋へと突き刺す。
血を吸う動作……ではあったが、その狙いは違った。
愉快そうに嘲笑い……挑発するためッ!
「フム……やはりこの体、血液など一滴も残っておらんか……所詮は化け物に乗っ取られた抜け殻、役に立ちなどせぬ……
喜ぶがいい承太郎………おまえの娘の肉体は、このDIOをパワーアップさせたりせずに済んだぞ?
これからおまえに返してやろうか……? 手足を一本づつ引きちぎり、放り投げてだがなァ~~?」
「………野郎」
(これは……マズイかッ!?)
冷静さを失った者がどうなるかなど、先程の仗助を思い返せば火を見るより明らか……!
ジョルノは慌てて承太郎の顔を見ようとするが、彼の表情は―――よく見えない。
となればどちらにせよ、自分にできることをやるしかなかった。
DIOそして承太郎、両方の注意を惹きつけるべく声高に叫ぶ。
「おまえとF・Fが同じ……? 悪い冗談だッ!!
ぼくはまだどちらとも会って間もないが、決定的に違うところを知っている……!
F・Fは過去の話をしているとき………一度たりとも『笑う』ことをしなかったッ!!
それは彼女が自らの過ちを認め……『改心』しようという意志があった証拠だッ!
おまえにはそれが全く存在しないッ!!」
渾身の叫びが終わり、完全に音が闇の中に吸い込まれても、承太郎は一言も喋ろうとはしない……
果たして、彼は正気を失わずにいられるのか……?
ジョルノの額に汗が浮かんだ、そのとき………
「おまえの考えは分かる」
背中を向けたまま、承太郎がようやく口を開いた……いつもと変わらず、静かな口調で。
内容はおそらく、ジョルノに向けたもの……それで彼はようやく安堵を得られた。
―――と思いきやッ!
「しかし…それは…無理ってもんだッ!」
承太郎の顔が照らされ、その表情が明らかとなる―――
「こんなことを見せられて頭に来ねえヤツはいねえッ!」
―――プッツンした怒りの表情がッ!!!
「――――――!!」
その瞬間、ジョルノは自分が何を叫んだのか認識できなかった。
いけない、と言ったのかもしれないしダメだ、と言ったのかもしれない。
だが確かなのは……その叫びが承太郎を止められなかったということのみだった。
「スタープラチナ ザ・ワールド」
承太郎の声が響きわたり―――時が止まった……!
――――――
ジョルノが次に彼らを認識したとき、『世界』の左手は『星の白金』のストレートをしっかりと受け止めていた。
同時に、繰り出された『世界』の右手もまた『星の白金』によって止められている。
時止めの間で決着はつかず、互いに相手の腕を封じる状況……それでも、ジョルノは大きく息を吐いたッ!
相手の挑発に乗せられながら、少なくとも『負け』はしなかったのだからッ!!
(本当に『時を止める能力』は厄介だ……この能力に何をどうすれば、対抗できるというのか………
そして一体今、何が起こっていたんだ?)
―――ジョルノの疑問のために、少しだけ時間を戻してみることにしよう。
「スタープラチナ ザ・ワールド」
先攻は承太郎―――DIOへと向かいながら時を止め、その腕でファイティングポーズをとる!
対するDIOはまだ動かない……認識してはいるが、時の止まった世界で動こうとしないッ!
―――1秒経過ッ!
承太郎はDIOへと肉薄し、スタンドの拳を突き出すッ!
当然DIOも動き、同じくスタンドでそれを迎え撃つッ!
さらにF・Fを掴んでいた右手を離し、自由な状態にするッ!
この時点で二人が使った持ち時間に『1秒』の差が生まれたッ!!
―――2秒経過ッ!
「オラァ!」
「ウイリャアッ!」
両スタンドの拳が交差するッ!
どちらも決定打は得られず……!
―――3秒経過ッ!
グワッシィィ――ン!!
互いの右拳がかち合い、拮抗……!
かつての承太郎ならばそのまま相手の手を破壊できただろうが、今の彼には撃ち負けないので精一杯……!
やがて両者とも拳を引き、続いて逆の左手を振りかぶった!
―――4秒経過ッ!
一瞬早く撃ち出されたのは『世界』の左拳!
遅れた『星の白金』は万事休すかと思いきや……
クロスカウンターで相手の拳をはじき、そのまま相手へとその拳を炸裂させる――
――かと思った瞬間、その拳が『止まった』ッ!!
―――5秒経過ッ!
「やはり焦ったな、承太郎ッ! きさまは時間切れだッ!!」
『世界』が空振った左拳を引き、再び右拳を振りかぶったッ!
承太郎は静止しているッ!
―――6秒経過ッ!
「………!?」
『世界』が右拳を突き出………さないッ!
代わりに左拳をなぜか『星の白金』の静止した拳の前へと広げた……?
―――7秒経過ッ!
「オラアッ!!」
なんと、止まっていたはずの『星の白金』の拳が再び動き出したッ!!
だが行き着く先にあったのは……『世界』の左手ッ!!
―――そして時は動き出す…
「4秒の時点でパワーを残しておき、5、6秒時は時間切れの振りをして静止、7秒で開放することで1秒の差をひっくりかえすとは……
もし防御していなかったら、おまえの拳のほうが一瞬早くわたしを撃ち抜いていただろう……
頭にきている割にはあじな真似をするじゃあないか、実に器用なものだ……
おまえの目が余裕を持っていたことにギリギリで気付かなければ、やられていた………」
「やれやれ、そっちこそやけに慎重なもんだな……てめーの性格なら間違いなく撃ってくると思ってたんだが………」
DIOはルーツを見たことで慎重になり、承太郎は老いのためかクールダウンが思ったよりも早すぎ……
どちらも『昔』の戦いほど積極的に攻撃しようとしなかったのがこの結果を生んだッ!
ギリギリと音を立てながらも相手の拳を離さず……力比べとなり、その視線は両者共に真っ直ぐに相手を見据えている………
「だが、これできさまの止められる時間はわかった……5秒も止められるとは正直驚いたが、まだわたしのほうが1秒長い……
次に時が止まるとき、それがきさまの負ける瞬間だッ!!」
「……いいや、負けるのはてめーのほうだ、DIOッ!」
承太郎の目から怒りは消えずとも……焦りは見られない。
「フン、ハッタリも度を越すと見苦しいぞ、承太郎ッ!
周りのジョースター共は全員戦闘不能、きさまを助けになど来れん。
それとも、きさま自身が我が一撃を防ぐ手段を残しているとでもいうのかッ!!」
「………てめーは」
むしろ彼は―――『勝利』を確信していたッ!!
「てめーはさっき『残るはおまえだけだ』と言った……それがてめーの敗因、たったひとつの単純(シンプル)な理由だ………」
『てめーはこいつを忘れてた』
承太郎の言葉が終わると同時に、その体をブラインド代わりにしてDIOの視界から外れていた男がいきなり姿を現すッ!
そう、この地下にはまだ『彼』がいた―――!
この場で唯一星のアザを持たないその男の名は―――
時止めが終了した直後、しかも両腕を目の前の相手に封じられた正に完璧なタイミング!
全員が一瞬で理解した……この攻撃は、必中になると!
そして花京院は自らのスタンドを前に出し―――
「くらえ! エメラルドスプラッシュ!!」
「………………!!」
叫び声と共に撃ち出されたエネルギー弾は正確に標的へと向かってゆき……その無防備な体へと命中、あるいは貫通していく!
とっさの判断で急所こそ外されたものの、確実に戦闘能力が落ちるであろう深手を負わせたのは明らか―――
一瞬でそう判断した花京院は反撃を食らわぬようバックステップで一旦距離をとるッ!
「花…京……院………ッ!!」
承太郎は目の前のDIOから完全に視線を外さぬように横顔を自らの後ろへと向ける。
そして、その光景をジョナサンも、ジョセフも、仗助も、ジョルノも信じられないような表情で見ていた。
まさか彼が―――そんな思いと共に。
それほどまでに、彼らにとって現実味の無い光景だった。
―――花京院が『承太郎を』撃ったというのは。
最終更新:2015年05月05日 08:07