鬱蒼とした樹林を突き抜け、そびえ立つ鉄の塔。
その頂で夜風に晒されるマッチョ・ボディ。
ワムウは今、鉄塔の頂上にいた。
地図を片手に直立し、会場をぐるりと見渡していた。
満月とはいえ、今は真夜中。
ロクに街灯も無い幻想郷の夜の大地は、ほとんど『真っ黒』といって良かった。
僅かに得られる会場の地形の情報は、支給された地図の大雑把な地形図を上回る程のものでは無かった。
この程度の明るさでは地上を歩く人の姿など、到底視認することができない。
だが、そんな黒の大地だからこそ、ひときわ目立つものがあった。
(北の方角に赤い光……何かが燃えているのか?
位置は……C-3エリア、霧の湖の南岸か……ここから北に約1キロメートル……!
炎が水面を反射して……水の上を燃えている、だと……油……いや、人間の作った武器か!)
『火』。
この暗さだからこそ、『戦火』が見える。
鉄塔の頂上、約40mの高さから会場を見渡せば、ワムウの求める闘いのありかが一目で分かる。
もちろん火のない所でも数々の闘いが繰り広げられてはいるが
何のアテも無く探しまわるよりは余程効率が良い。ワムウはそう判断した。
二人の主の片割れ、
カーズ様の『光』の流法の光は流石にここから見えるとは思っていないが、
もう片割れの
エシディシ様は草木を焼くほどの高温の血液……『火』の扱いを得意としている。
エシディシ様が戦って周囲の物を燃やせば、ここからそれが見えるかも知れない。
(北東の方角……D-4エリアにも『火』が!
……なんだ、さっきの俺とあの小娘の闘いの跡だな……この森の湿気のせいか、既に鎮火しつつあるが……)
(E-2エリア、大蝦蟇の池とやらの傍でも何やらくすぶっているな……。
ん?……何だ、アレは?『自動車』とやらの明かりにも見えるが……あんなに派手な色遣いだったか?)
(ムウ……!さらに遠方に、赤白い光……地図でいう、F-2エリア……
あれは……明らかに『火』ではない……!
だが、『電気』とやらの光とも、翼の生えた小娘の『小さな太陽』とも異質……!)
(北西は……雲が出ているせいか、よく見えんな……)
(南西の方角……B-5エリアの森の中でも戦闘があったようだ……今は残り火がくすぶっているだけだが)
「北東か」
会場を一通り見回し、ワムウは次の行き先をそう結論づけた。
一番多くの『火』が見えたから、というごくシンプルな理由だ。
このまましばらく会場の様子を見ていようという気は、さらさら無かった。
鉄塔を一気に飛び降り、北東に向かって走りだすワムウ。
昇り降りの際、鉄塔に人間の生活に必要な器具が一通り揃っているのが視界に映ったが、気にも留まらなかった。
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ワムウが最初の目的地と定めた大蝦蟇の池に到着したのは、それから20分もしない間のことだった。
鉄塔からここまでの直線距離はおよそ3km。
もちろん移動経路は一直線ではないし、無粋な不意討ちを避けるために周囲を警戒しながらの移動だったが、
それでも駆け足で移動すればエリアをまたいだ移動でもさほど時間は掛からない。
1マス1km、6×6マスのこの会場、何かを探して回るには少々広すぎるが、
目的地を決めて移動する分にはそこまで広い訳ではない。
『柱の男』たるワムウの身体能力があればなおさらだ。
大蝦蟇の池のほとりで、ワムウは二人の亡骸を発見した。
「屍生人、と娘か」
屍生人の方は、ワムウをも上回る体格の、鎧兜を身に付けた戦士である。
首を落とされた上、胴体も鎧ごと深々と切り裂かれ、全身が焼けただれている。
おまけに近くに転がっていた首の左目は潰れていた。
娘の方は灰色の服を着た、小柄な人間の女の様に見えた。
『人間』なら歳は15を超えるか超えないか、だろうか。
屍生人の方に比べると外傷は少ない。頭に穴が空き、そこから血液や脳漿が吹き出した形跡がある。
……人間の使う『銃』のような武器を頭に受けて死んだのだろう。
慎重に屍生人の方に近づき、死体を検分するワムウ。
すぐに気付いた。
「この傷口……!カーズ様か」
この屍生人の胴体と首を切り裂き、死に至らしめたであろう刃物は、
間違いなく我が主カーズ様の『輝彩滑刀』である。
刀剣や斧で断ち切るというよりは、チェーンソーや回転ノコギリのように、
小さく速く動く無数のヤスリで線状に削り取られたとでも表現すべき独特の傷口。
ワムウの知る限り、このような切断痕を作ることが可能な武器は『輝彩滑刀』だけだ。
この戦士、無謀にも屍生人の身でカーズ様に闘いを挑み、敗れたのだろうか。
……胴体の傷は明らかに『腹側から背中に向かって』切り裂かれた傷だ。
逃げようとして背後から斬られたのでは、こんな傷は付かない。
「ん?この男……」
ふと拾い上げた生首が、歯を見せて不敵に笑っているように見えた。
カーズ様の発明である石仮面の副産物……吸血鬼の、そのまた副産物ともいえる屍生人。
屍生人化すると力は人間より強くなるものの、吸血鬼のような再生力を得るには至らない。
それどころか、吸血鬼と同様に『日光』や『波紋』に極端に弱くなってしまい、
人間の様に我々に対抗することもできなくなる。
屍生人とは我々の栄養源以下の、家畜の糞の様に全く取るに足らぬ存在なのだ。
そんな存在が、なぜカーズ様に挑み、笑顔で敗れていったのか。
「カーズ様がどのような存在かも知らなかったのか、あるいは……」
……屍生人の最期の表情の意味を、ワムウには知るよしも無かった。
小娘の方へ目をやる。
頭に生えた丸い耳は、ネズミの仮装のつもりだろうか。
西の海を超えた先から届いた書物で似たような絵を見たことがあるが……。
一見、どう見ても戦う力のある者には見えない。
銃弾で死んだ様に見えるが、カーズ様の手によるものなのか。
我々なら火薬の力を借りずとも、銃弾の代わりになるものさえあれば同じことができるが……。
わざわざ、弾丸をぶつけたということは、不意を討って遠方から狙い撃ったのか。
ともかく、俺なら戦意を示さなければ見逃していたかもしれない相手だ……。
よく見ると、頭に生えている耳は飾り物ではない。
先ほどまみえた『紛い物の太陽』を操る娘が背中から翼を生やしていたように、
この人間に動物の部品を取り付けたような小娘も、何らかの特殊な能力を持っていたのかも知れない。
ワムウは少女の身体に腕をめり込ませ、捕食が可能かを調べた。
「ただの人間よりはエネルギーが高い様だが……
『生きている』状態で捕食せねばあまり足しにはならんか。
今はそこまで腹が減っている訳ではない。運が良かったな」
そっと腕を抜き取りながら、ワムウはそう呟いた。
最後に大きな錨を握る屍生人の右手から指の一部を切り取り、ワムウ自身の右手にくっつけて
「俺の手には少し太いが……いずれ馴染むだろう。
……できる事なら、『生きている』時の貴様とまみえてみたかった」
と言い残すと、もう一度錨をその手に握らせてワムウは立ち去っていった。
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次の目的地、F-2エリアの『赤白い光』の発生していた地点には、
予想できたことだが、既に誰も居なかった。
死体が残っていないということは、戦っていた者はこの場を離れたのだろう。(あるいは、跡形もなく消滅したか。)
闘いの後、傷を癒やすために休憩するとすれば……
ここから一番近くの建物、『サンモリッツ廃ホテル』だろうか。
何故スイスに潜伏していた際のアジトがここにあるのかはひとまず置いておく。
こうしてワムウがホテルの方角へ足を向けようとした時、背後からジリジリとした、微かな熱を感じた。
振り返ると、遠くの上空で、記憶に新しい光球が輝いていた。
――紛い物の太陽!
――黒い翼の娘!
――波紋戦士と並ぶ、このワムウを、いや、『闇の一族』を脅かす存在!
――再戦だ……!一刻も早く!
ワムウは南方で輝く光球に向かって全速力で飛び出した。
――紛い物とはいえ、あの『太陽』の力!
――まともにやりあえば、カーズ様やエシディシ様でさえ万一の事があるかも知れぬ!
――
サンタナなどにはとても歯が立たぬだろう!
――そうなる前にこのワムウが仕留める!
――……というのは建前!
――……あの娘、誰にも横取りなどさせん!
――無論、我が主たちにも!
目標となる光球が消えても、ワムウの突風のような疾走は止まらない。
――『太陽』が消えた……!
――頼むから逃げ去っていてくれるなよ、翼の娘!
――頼むから死んでいてくれるなよ、この俺の生命を脅かす……友となりうる存在よ!
――今、俺には貴様しか居ないのだ、翼の娘よ!
――ひと月前に遭った波紋戦士どもはまだ未熟!
――まさか我が主たちと生命のやりとりをする訳にもいかぬ!
――サンタナは落ちこぼれ!他の同胞はもういない!
――ライオンも、カバも、ヒグマも、吸血鬼も、他の地上の生物は全て我らが『食料』!
――翼の娘よ、貴様しかいないのだ!
――一万数千年に渡る、この俺の孤独を癒せるのは!
――この俺を殺しうる……『対等』となりうる存在は!
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「……フゥーーーッ……!」
光源と思しき位置の直下、D-4エリアの湿地帯に到着したワムウ。
バシャバシャと派手にしぶきを上げながら、勢い良くぬかるみに突っ込む。
「あの娘、どこだ……!?」
周囲を見回したワムウだったが、辺りは白いもやが薄く立ち込めるばかりで『ヒト』の姿は見当たらない。
膝の下まで浸かった水が、温泉のように、不自然に温かい。
この近くであの娘があの『紛い物の太陽』の力を振るった事は確かなようだが……。
どうやら、また『乗り遅れて』しまったらしい。なんと間の悪いことか。
「……戻るか」
ワムウは小さく呟いて、北に向かって歩き出した。
もうこの場に用は無い。そして、ここは元々サンタナに我が主たちの捜索を指示した範囲。
鉢合わせしてしまってはバツが悪い。早く北へ向かおう。
ザブザブと湿地帯を歩くそんなワムウの背中が、少し小さく見えた。
【D-4 湿地帯/黎明】
【ワムウ@第2部 戦闘潮流】
[状態]:全身に中程度の火傷(再生中)、右手の指を
タルカスの指に交換(いずれ馴染む)、疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、ランダム支給品(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:他の柱の男達と合流し『ゲーム』を破壊する
1:カーズ・エシディシと合流する。南方の捜索はサンタナに任せているので、北に戻る。
2:
霊烏路空(名前は聞いていない)と再戦を果たす
3:ジョセフに会って再戦を果たす
4:主達と合流するまでは『ゲーム』に付き合ってやってもいい
[備考]
※参戦時期はジョセフの心臓にリングを入れた後~エシディシ死亡前です。
最終更新:2014年07月18日 00:09