未だに夜は明けず、空は先程よりも少しだけ淡い色に変化した紺色に染め上げられている。
広大な闇の中で満月はこの隔離された世界を照らす光として夜空に浮かんでいた。
そして無数の雑草が一面に広がる夜の草原には涼しげな空気が流れ続ける。
自然に支配されている地を覆うその大気は、どこか爽やかにさえ感じられる。
そう、今まさに此の地で殺し合いが巻き起こっているとは思えぬ程に。
プッチが前を歩き、その後ろから着いてくる様にこいしが歩く。
二人は先程より草原を歩き続けながら何度か短く会話を行っていた。
といっても、その殆どは身の上話を聞きたがるこいしとそれに応対するプッチの些細な言葉の交わし合いだ。
こいしが投げ掛けるのは「神父様って此処に来る前はどんなことしてたの?」「今の外の世界ってどうゆう感じなの?」などと言った他愛も無い質問。
プッチはその問い掛けに対し、当たり障りの無い態度で答え続けていた。
無論、自らの素性については多少の虚偽を交えて話していたが。
そんな閑談の流れが続いたことにより、二人はこの殺し合いについて殆ど話し合えていない。
雑談を持ち掛け続けているこいしの中で神父への興味と好奇心が勝っていたのか、或は『無意識』の内に殺し合いから目を逸らそうとしているのか。
今のプッチがそれを伺い知ることは出来ない。
「ねーえ、神父様」
「…何かな?」
「さっきから思ってたんだけど…どこ向かってるの?」
こいしの問いかけでプッチは歩きながら振り返る。
彼もまた、今の所はゲームについて話し合うつもりは無かった。
かといって先程までの他愛も無い会話を楽しんでいた訳でもない。
今のプッチにはこの殺し合いと主催者達のこと以上に『気になっていること』が一つあったのだ。
「ああ。少し…確かめておきたいことがあってね」
静かに呟く彼の左手は、首筋に位置する星型のアザに触れていた。
落ち着き払った表情の内側、その心中には奇妙な疑念が浮かび上がる。
(この気配、アザの共鳴であることは間違いない)
(だが妙だ。
空条徐倫の気配を感じ取った時とはまるで違う)
(むしろ、ジョースターの血統よりも…もっと近しいモノを感じる…!)
そう、この共鳴はむしろ『彼』に近い。
空条徐倫から感じ取ったような気配とは違う。
もっと大きな『共鳴』だ。それは血族の繋がりの様に、どこまでも強大な程に感じる。
『彼』の骨から生まれた緑色の赤ん坊を取り込んでいた影響か、その疑念は半ば確信へと変わりつつあった。
(やはり、この気配は――――)
彼が向かう先は、『アザの気配』の感じ取れる方向。
北方―――E-4の方角だ。
◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆
首筋に手を添えながら、彼は草原の彼方を見据えていた。
荘厳な雰囲気を漂わせるコロッセオの第一層の外部にて、複数並ぶ支柱の一つを背にし待ち構えるかの如く腕を組み続けている。
(この感覚…先程よりも、強くなっている…)
邪悪の化身―――『DIO』こと、
ディオ・ブランドー。
DIOは此方へと近付きつつある気配を感じ取っていた。
彼は先の戦闘でブチャラティを取り逃がした後、コロッセオより移動を開始しようとした。
しかしその直前、DIOは己が身を以て『血族の共鳴』を察知する。
星型のアザの奇妙な渇き。それは承太郎、ジョセフと邂逅した時にも同様に感じた気配。
間違い無い。ジョースターの血統を引く者が着々と此方へ近付いてきているのだ。
己が乗っ取った
ジョナサン・ジョースターの肉体が、それを察知している!
(近い、な。『奴らの血統』が迫っている)
彼はそれを確信し、敢えて『待ち受ける』ことにした。
焦らずとも、自ずと敵は此方へと訪れてくるのだから。
現に共鳴が次第に大きくなり始めている。
恐らく、相当近い位置まで来ている。
(相手も此方に気付いているか…)
まだ馴染みきっていないアザに触れながら、意識を集中させる。
精度の低い感知だが、大雑把ながらも距離感は掴める。
相手が少しずつ迫って来ていることは確実だ。
眼を細め、視界を僅かに狭める。
闇に眼を慣らしている吸血鬼の視界の中に入ったのは、暗闇の草原を歩く影。
相手は二人。一人は男。もう一人は小柄な少女。
男が先頭で歩き、少女が彼に追従する様に歩いている。
距離は恐らく100mも無いだろう。それほどまでに近付いてきている。
フン、と不適な笑みを浮かべながらDIOは首筋から手を離す。
アザの反応があるのは男の方だ。何処の馬の骨かも解らないが…
ジョースターの血統ならば、此処で始末するのみ。
殺意と戦意の入り交じった瞳で二人の影を見た直後、ゆったりと両腕を組む。
迫り来るあるジョースターの血統を前にしつつも、余裕の態度は崩さない。
そうして二人は更に此方へと近付いてくる。
距離が縮まると同時に次第に姿が見えてくる二人の影を真っ直ぐに睨む様に見据える。
そしてDIOの脳は、先頭を歩く男の装いを少しずつ認識し始めた。
(あれは…聖職者…神父の―――)
「『君は引力を信じるか?』」
神父服の男が発した一言によってDIOの思考は遮られる。
その言葉を耳にした途端、DIOの顔が僅かながらも驚愕の表情へと変わった。
そんな彼の様子を他所に神父服の男は言葉を紡ぎ続ける。
「DIO。君から送られた言葉だ」
ゆっくりと歩み寄る神父服の男。
距離が近付くにつれて、少しずつその顔が露になっていく。
「あの日、納骨堂で君と出会ったのが全ての始まりだったね。
…ぼくは君のことを一時も忘れなかったよ。今だって君に敬愛を抱いている」
かつての思い出を追憶するかの様に、穏やかな声色で語り続ける。
DIOは眼を見開きながら男を見据え続ける。
確かに彼の名は名簿にも記載されていた。
その顔も、声も、忘れる筈も無い親友のものだった。
だが、何かが違っていた。まるで何年もの歳月を経たかの様に彼は成長していた。
それどころか、何故『星型のアザ』が彼を感知している?
疑問は尽きない。しかし、これだけは理解出来た。
この男は、間違い無く『私の友』であると。
偽物なんかじゃあない。目の前にいるのは、本物の彼だ。
理屈ではなく、心がそう認識していた。
「―――プッチ?」
DIOの口から、驚愕の表情と同時に『友』の名が零れ落ちる。
眼を丸くする彼に対し、神父服の男―――エンリコ・プッチは、微笑と共に静かに言った。
「久しぶりだね、DIO。また会えて…本当に嬉しい」
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「…本当、なのか?」
「ああ…全て真実だ。君は23年前に死んでいる…そして、ぼくは君の意志を受け継いだ」
支柱による無数のアーチが連なるコロッセオの第一階層の内部。
柱の隙間からは月明かりが射し、淡い照明の如く建造物の中を僅かに照らしている。
DIOは闘技場へと続く階段の下方の段に座り、目の前で立つプッチの話を聞いていた。
プッチの後ろではこいしがよそよそしい様子でDIOを見ている。
「俄に信じられないが…君が言うのならば、真実なのだろうな。
君は私の友なのだからな。こんな嘘をつく筈が無い」
DIOは取り留めの無いような表情を浮かべつつ言う。
プッチは彼にまつわる未来の事象を全てを話したのだ。
1989年にDIOが『時を止める能力』に目覚めた
空条承太郎に敗北するということを。
ジョースターの血族は『2012年』にも健在であるということを。
そして、プッチはDIOの遺した『天国へ行く方法』を受け継ぎ実行せんとしているということを。
『天国へ行く方法』の半分近くが達成され、プッチはDIOの骨が生み出した新たな生命と融合を果たしたということを。
「プッチ…君は、私の『天国』を受け継いでくれたのか」
「ああ」
DIOの問いに対し、プッチは頷き答える。
彼の表情は聖人のように清らかに微笑んでいた。
「ぼくは君という存在が好きだ。君の行き着く先をこの目で確かめたかった。
だが、君は消えてしまった。だからぼくは君の遺したものを道しるべに『天国』を目指した。
君の意志を受け継ぎ、君が到達せんとした世界をこの目で見る為に」
天国。DIOの遺した『夢』。
プッチにとって、それは自らの夢でもあり目標でもあった。
故に当然の如く彼はそう言う。友の志した夢は、彼に取っての憧れでもあった。
真っ直ぐなプッチの言葉を聞き、DIOの表情が綻ぶ。
そして、その口元にフッと笑みを浮かべた。
「…やはり君は変わらないな。紛う事無き、私の唯一無二の友だ」
「ありがとう。そう言って貰えるのは、ぼくにとっても嬉しいよ」
『親友』としての会話を交わす二人。
プッチにとっては23年ぶりの再会。DIOとの再会には確かな安らぎを感じていた。
敬愛していた親友とこうしてまた談笑出来るなんて思っても見なかった。
穏やかな感情に満たされていたプッチだったが、不意にDIOが問いかけてくる。
「そうだ…プッチ。そちらの娘はこいし、だったかな?」
DIOが視線を向けたのは、プッチの後ろでおずおずと立っているこいし。
未来の事象に付いて聞く前に、DIOはこいしについての話も聞いていた。
プッチは彼女が妖怪であること。そして、彼女の経歴についても語った。
無論、こいしの承諾を得た上でだ。彼女はプッチの「DIOならばきっと君の心痛を理解し、力になってくれる」という言葉を信じたのだ。
本来なら神父にとって「懺悔の他言」は御法度。
しかしプッチは敢えてDIOに語った。己が知る限りでの彼女の全てを。
「古明地こいしです。…えっと、神父様から話は伺ってます。DIOさん…だよね?」
「DIOで構わないよ。そう畏まる必要は無い」
礼儀正しくお辞儀をするこいしに対し、DIOはあくまで柔和な態度のまま語りかける。
こいし自身、神父の親友であるDIOが悪い相手ではないことは解っている。
しかし、その態度は何処かよそよそしく不安げな様子だった。
そんなこいしの様子を察してか、フッと笑みを浮かべ…DIOは階段からゆっくりと立ち上がった。
「君と少し、二人きりで話がしてみたい」
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「さて。こいし、いいかな?」
「うん。…どうしたの?私とお話なんて」
あの後階段を上って、建物の奥へと私達は進んだ。
辿り着いたのは今よりもずっと昔、古代の戦士とかが競い合ってたような古びた闘技場。
その隅っこで、私―――古明地こいしとDIOは向かい合っていた。
「プッチから話は聞いたよ。君と、君の姉さんは人間ではないと。
他者の心を知る能力を持つが故に忌み嫌われ、地下へと追いやられたと」
神父様は外で待っていると言ってその場を後にしてしまった。
だから今は広い闘技場のアリーナの隅っこで、彼と私の二人きり。
「そして君は、周囲から疎まれることを恐れ――――自ら心を閉ざしたと」
そして私は、ふっと顔を上げる。
DIOは神父様から私の事情を聞いている。
神父様は「彼ならば君の心痛を解ってくれる筈だ」って言っていた。
神父様がそう言うから、あの時は何となくそれを信じ込んでしまったけど…今はまだよく解らない。
DIOって人が、信用出来るのかも私には解らない。
「一つ聞きたいことがある。君は本当に心を閉ざしているのか?」
DIOはそう問いかけてきた。
すぐに私は「何を言っているんだろう、この人は」と思った。
そんな当たり前のことを今更問いつめられるなんて。
「当たり前でしょ?現に私の第三の目はもう開かなくなっているんだもの」
だから私はきっぱりとそう答えた。
答えるまでもない愚問だ、と言わんばかりに。
「お姉ちゃんと違って心を読むことなんてもう出来ない。とっくに私は、心を閉ざして―――」
「本当にそう言えるのか?私はそれを疑問に感じている」
それでもDIOは問い詰め続けてきた。
正直言って、私はこの時少しばかりむっとした。
胸中に込み上げた不快感を言葉にしようと、私は口を開こうとしたが。
「地下に追いやられたまま他者との関わりを避け、仄暗い闇の奥底を根城にしている…
そんな君の姉さんの方がよっぽど「心を閉ざしている」と思えるのだが?」
DIOはまるで私達のことを解り切っているかの様にそう言い放った。
呆気に取られた様に、私は何も言い返せずにDIOを見上げる。
余所者の癖に、とでも言い返してやりたい所だったのに。
何故だか喉の奥底から上手く言葉が出せなかった。
「しかし君はプッチに心を開いている様に見えた。
それどころか、こうも友好的に他者と接触出来ている。
それで『心を閉ざしている』とは、些か可笑しいと思うね」
饒舌に、冷静に語り続けるDIO。
次々と紡ぎ出される彼の言葉を、私はただ黙って耳に入れることしか出来なかった。
そんな私を他所に、DIOは再び言葉を紡ぐ。
「もう一度聞こう。君は本当に心を閉ざしているのか?
私の目には、都合の悪い重荷ごと自らの心を捨て去り『解放』されているかの様に見える」
その時、私は眼を丸くした。
同時に私の脳髄に過去の記憶が鮮やかに過った。
聖は言っていた。私は、心を閉ざした存在なんかじゃないって。
心を閉ざしているのではなく、一度捨て去ることで空の境地に近付いている。そう言っていた。
DIOの言葉は『同じ』だ。あの時の聖の様に、私の本質を『視』ている―――
ほんの少しだけ、寒気のような、好奇のような…形容し難い気持ちが胸に込み上げた。
「何が、言いたいの」
声を僅かに震わせながら、私は口走る。
この男から感じられるのは訳の分からない気味の悪さ。
それなのに、言葉の一つ一つからは胸に染み込むような心地良さがある。
まるで親に優しく話しかけられているかの様な、奇妙な安心感。
それがどうしようもなく不安で、怖かった。
「君には私の望む素質がある。君は感情の源である『心』を閉ざしているのではなく、自らの意思で放棄した存在。
もしそうだとすれば、君には己の欲望をコントロールする力があるかもしれない。
『心を放棄し無にする』とは、言わば『悟り』のようなもの…己の感情や欲望をも切り捨てることなのだからね」
『私の望む素質』?
突然何を言い出しているんだろう。DIOは、一体何が言いたいの?
怪訝な表情を浮かべ、奇妙な感情を込み上げさせながらそう思っていた矢先だった。
「そして神の教えを尊ぶ立場にある君は、きっと私の友になれる。『天国』へと行ける素質がある」
「…死ねってこと?」
「そういう意味じゃあないよ。『天国』とは、精神の力の進化の行き着く先のことさ。
そこへ辿り着けば、世界中の者達が皆『覚悟』という真の幸福を手に入れられる…私はそれを目指しているんだ」
DIOは私に向けて、穏やかな声色でそう語りかけてきた。
『天国』『精神の力の進化』『覚悟』『真の幸福』――――
耳から入る幾つもの言葉が私の頭の中で渦巻く。
よく解らないし、理解をしたくもない。それなのに、DIOの言葉からは不思議な安心感を感じてしまう。
安らぎだ。この人の言葉は、妖艶なまでの安らぎに満ちている。
「『天国』へと至れば、プッチも、君の愛する者達も、そして君も…皆が幸福になれる」
不意にDIOが身を屈め、膝を付きながらそう言ってきた。
私と同じ目線の高さとなり、DIOは真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
真紅の瞳に捉えられ、私は目を逸らしてしまいそうになった。
だけど、逸らすことなんて出来ない。何故だか解らないけど、私は彼の瞳を真っ直ぐに見つめていたんだ。
「皆が、幸福に…?」
そして私はDIOの言った言葉を再び呟く。
神父様も。命蓮寺の皆も。地霊殿の皆も。聖や、お姉ちゃんも。―――そして、私も。
『天国』っていうのがあれば、救われるというの?
彼の言葉に意識が傾いていた直後のこと。
「ああ、皆が幸福になれる。その為にも、君にはまず『勇気』を持って貰うとしようか」
スッと、私の両手に細い木製の棒のような物が渡される。
DIOがデイパックから取り出した物だ。
「この殺し合いの場における、君へのプレゼントだ」
口の端を僅かに吊り上げてDIOは笑みを浮かべる。
まるで愛する子供に親がプレゼントを贈るかの様に、DIOは『それ』を渡してくれた。
私はゆっくりと、手元に渡された物へと視線を落とす。
――――それは金属の弾薬。そして、銃。
――――細長い体と古びた木製の銃身を持つ凶器。
――――他者の命を簡単に奪う、最悪の力。
「え…DIO、なんで、こんなものを――――」
「フフ…怖がっているのか?君の気持ちはよく解る。
何しろ銃だ。引き金を弾くだけで簡単に他者の命を奪えるなんていう代物なのだからね」
ぞくり、と寒気が全身に込み上げてきた。
目の前のDIOへの恐怖もあった。だけど、それだけじゃない。
私は仮にも妖怪だ。銃なんて手にしたくらいで、恐怖を感じる筈が無い。
誰かを殺めた所で、罪悪感なんて感じる訳も無いはずだ。
それなのに。この銃を手に取った時―――私の胸に込み上げたのは、怯えだった。
この銃を構え、引き金を引いた時。
放たれた弾丸で誰かの命を奪った時。
私は、DIOに引きずり込まれた闇の底から戻れなくなるような気がした。
地霊殿のペットのみんな。命蓮寺の信者たち。そして聖。お姉ちゃん。
自分がこの銃を使う所を想像するだけで、私の大切な人達の記憶が渦巻き出す。
いつの間にか手が震えていた。何もかも後戻りが出来なくなるような気がしてきた。
「だけどね。力とは時に『勇気』と『覚悟』を与えてくれるんだよ、こいし」
DIOは私の様子に構うこと無く、穏やかにそう諭してくる。
私の肩をぽんと叩き、口元を微笑ませながら顔を覗き込んでくる。
私の理性は銃を手放すことを選ぼうとした。
それなのに―――柔らかな笑みを浮かべるDIOは、許してはくれなかった。
「さて…この小銃は此処に取り付けられている遊底の操作によって弾薬の装填と排莢を行う。
一発撃つ毎に排莢を行わねばならないタイプだ、少々面倒な機構ではある。操作中の隙も生じるだろう。
しかし、それだけに信頼性が高く確かな命中精度を持つ代物ばかりだ」
ゆっくりと立ち上がったDIOは、私の背後に回って膝を付く。
そしてDIOの両腕は、銃を手に持つ私の腕を半ば強引に射撃の体勢へと構えさせた。
まるで熟練の兵士が新米の兵士に戦い方を指導するかの様に。
「使う時は慎重に…そして迅速に狙いを定める。イメージするといい。
君のその細い腕は言わば『発射台』。銃器を握る両腕をしっかりと安定させた状態で構えるんだ。
そして引き金を弾く時は躊躇うな。迷った一瞬が君の命運を分ける。行けると思ったならば、即座に弾け」
私の意思なんて何も聞かずに、DIOは私に『殺人の手段』を伝えてくる。
こんなこと、私の望みじゃない。嫌、嫌だ、イヤだ、イヤだ、こんなの。イヤだ―――!
閉ざされた筈の私の『心』が自らの行動を拒絶し続ける。
涙が零れ落ちそうになった私は、溜まらず言葉を吐き出した。
「DIO…なんで?こんな…銃なんか……、…聖も…言ってたんだよ。その…殺生なんて、するべきじゃないって…」
半ば混乱しながら、私は恐る恐るDIOにそう言う。
恐怖で舌が上手く回らない。支離滅裂になりかける言葉をどうにかして頭の中で纏めていた。
「………………」
私の言葉を耳にしたであろうDIOは唐突に黙り込む。
沈黙と静寂が周囲を支配する。そんな中、私はおどおどと後方へと振り返った。
視線の先、すぐ後ろで私を見ているDIOの瞳は―――酷く冷たかった。
「君はまさか…」
小さく響き渡るような低い声で、DIOは呟き始める。
「一欠片の勇気も振り絞らず、一滴の血も流さずに、この殺し合いを生き残れるとでも…思っているのかい?」
耳元でゆっくりと囁くDIOの言葉が頭の中で木霊する。
恐ろしいのに、どこか妖艶で甘美な声が。私の『脳髄』と『心』に、入り込んでくる。
私が眼を背けようとしていた現実を、強引に押し付けられる―――
「現実から目を逸らすな。『覚悟』することが幸福だぞ―――なぁ、古明地こいし」
ゾッとするように冷徹な声が、私の耳元で吐き出された。
ひっ、と情けない声を上げた私は反射的にDIOから離れようとする。
だけど、出来ない。恐怖に戦いた私の体が、動こうとしなかった。
私の意思が、この人に逆らうことを拒んでいたんだ。
暫しの沈黙の後、私の後ろでDIOがゆっくりと立ち上がる。
「……怖がらせてすまない。君のことが心配だったが故に、このような態度を取ってしまった」
DIOの声色は再び穏やかな物へと戻り、怯える私の頭を優しく撫でてくれた。
安らぎと恐怖が同時に胸の中に渦巻く。自然に表情がくしゃりと歪んでしまう。
いつの間にか私の瞳からは涙が溢れ出ていた。
「だが、君には天国へと至れる素質…そして勇気を奮い立たせる心があると信じているよ」
片手で優しく私の涙を拭いながら、DIOはそうやって優しく語りかけてくる。
「…さあ、話は終わりだ。プッチの下へ戻るといい…そして君の『勇気』で、彼を助けてやってくれ。
君に渡した銃はそのきっかけだ。そうして勇気を振り絞った時…君は『覚悟』を手にするだろう」
止めどなく涙を溢れさせ、呆然としたまま私はDIOを見上げていた。
得体の知れない恐怖と安堵に支配されながら、よろよろとその場から立ち上がる。
神父様の下に戻りたかった――――いや、違う。DIOから、逃げ出したかった。
訳の分からない不安感から、逃げ出したかった。
「『覚悟』は人を幸福にする。君が奮い立つことを、私は願っているよ――さらばだ、こいし」
背を向けてふらふらと出口へと向かう私に向かって、DIOは穏やかな声色でそう言ってくる。
恐ろしい。そのはずなのに、どうしようもなく穏やかで…安らぎさえ感じる。
得体の知れない感覚に襲われながら、私はDIOから逃れる様に歩き続けた。
闘技場の出口へと辿り着き、私は階段を下ろうとする。
「また、会おう」
去り行く私の耳に入ったのは、DIOが呟いた一言。
その言葉を認識した瞬間。私の身体は――――震え始めていた。
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
「話を終えたか、こいし」
コロッセオの外にて、プッチは振り返りながら言う。
彼の視線の先、闘技場の内部から姿を現したのはこいしだった。
一丁の小銃を抱え、顔を俯かせながらとぼとぼと歩いている。
表情には不安にも似たような暗い影を落としており、涙を流したような痕も見受けられる。
プッチに声をかけられたこいしは、おずおずと顔を上げながら口を開く。
「…えっと、その…神父様、」
「君の言いたいことは解る。だが、DIOは信頼出来る男だよ。彼は私の唯一無二の友なのだからね」
こいしの言葉を遮る様に、有無を言わさずプッチはそう言った。
一瞬口を止めてしまう。しかし、こいしはそれでも再び声を吐き出そうとした。
あのDIOへの言い様の無い不信感を、言葉として形にしようとしたが―――
「だから君は心配しなくていい。彼の望む『天国』は、君や君の家族をも幸福にするのだから」
プッチの穏やかな微笑と共に、再びこいしの意思は遮られた。
まるで強引にDIOを信頼させようとしているかのように。
彼への不信の感情は決して赦さない、と言わんばかりに。
それに気付いてか、こいしはもはや何も言い出せぬまま口を噤いでしまう。
「さあ、行こうか。戦わねばならない敵が迫っている」
「…うん」
プッチに丸め込まれたかの様にこいしは是非も無くこくりと頷く。
怒りを買うことが怖かった。何となくだが…彼に逆らうことは、DIOに逆らうことと同じような気がしたからだ。
故にこいしは異議を申し立てることも出来ず、黙ってプッチに着いていくことしか出来なかった。
小銃を抱えるこいしを一瞬見た直後、プッチは彼女を携えて歩き出す。
コロッセオを後にし、向かう先は―――南方。アザの共鳴が感じ取れる方向だ。
(私は、彼の為に戦おう)
首筋のアザに触れ、ジョースターの血統の気配を感じ取ったプッチは『覚悟』を決める。
奴らの血統が着実に近付いてきている。位置は恐らく南方か。
丁度いい。DIOとの夢の為にも、ジョースターの血族は何としてでも断たねばならない。
まずは一人…『古明地こいし』を携え、敵を確実に始末する。
(ジョースターの血統は必ず断つッ!そしてDIOと共にこの殺し合いに生き残り…私は『天国』へと到達する!)
【E-4 コロッセオ/黎明】
【古明地こいし@東方地霊殿】
[状態]:健康、主催者への恐怖、DIOへの恐怖と僅かな興味、不安
[装備]:三八式騎兵銃(5/5)@現実、ナランチャのナイフ@ジョジョ第5部(懐に隠し持っている)
[道具]:基本支給品、予備弾薬×25
[思考・状況]
基本行動方針:???
1:神父様に着いていく。
2:DIOが恐ろしい。それなのに、彼の言葉に安らぎを感じてしまう。
3:地霊殿や命蓮寺のみんな、特にお姉ちゃんや聖に会いたい。
4:『天国』へ行けば、みんな幸せになれる…?
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降、命蓮寺の在家信者となった後です。
※無意識を操る程度の能力は制限され弱体化しています。
気配を消すことは出来ますが、相手との距離が近付けば近付くほど勘付かれやすくなります。
また、あくまで「気配を消す」のみです。こいしの姿を視認することは可能です。
【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(1~2 確認済)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。
2:保身を優先するが、DIOの為ならば危険な橋を渡ることも厭わない。
3:古明地こいしを利用。今はDIOの意思を尊重し、可能な限り生かしておく。
4:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※E-4に近付きつつあるジョースターの血統(
ジョセフ・ジョースター)の気配を感じ取っています。
◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆
(行ったか…)
DIOはコロッセオの支柱の後方からゆっくりと姿を現し、外部へと出る。
プッチとこいしが去ったことを確認した彼は、周囲の様子を伺いつつ思案する。
先程の二人きりの会話の際に古明地こいしに肉の芽を植え付け支配することも考えた。
だが、それは敢えて行わなかった。彼女という存在が実に興味深かったからだ。
心を捨て去った妖怪の少女が自らの意思でどのような道を選択するのか。それが気になったのだ。
もしも彼女が『天国』への道を選んだ時、私と彼女はプッチと同じ様に真の友になる。
故に肉の芽で自我を奪い取るなど、興が殺がれることでしかない。
そして我が友―――プッチはジョースターの血族の始末を買って出てくれた。
再会後のプッチとの会話の際、彼自身が率先して引き受けてくれたのだ。
ジョースターは100年前からの宿敵。その強さは理解している。
彼らと戦うことになる友の無事を祈りたい。
無論、私もジョースターの血統を見つけ次第仕留めるつもりである。
(プッチとの再会で得られたものは大きかったな)
DIOは心中でプッチから聞き出した情報を咀嚼していた。
自らは既に過去の存在であり、時代は次の世紀へと進んでいるという。
彼の言葉を疑うつもりなど無い。全てが真実だと確信していた。
外見が十代の青年から初老を目前に控えた中年のものへと変わっていたのも、実際に彼が未来のプッチであるからだろう。
それに、名簿に100年前の人間の名が載ってていたことに関しても合点が付く。
あの荒木と太田という男たちは『時間を超越する能力』を持っている可能性が高い。
そうでないにせよ、少なからず強大な力を持っていることは間違い無いだろう。
(しかし……空条承太郎………)
そしてDIOは、ギリリと歯軋りをしながら一人の男の名を心中で呟く。
忌まわしきジョースターの血族。あのちっぽけな小僧が、後にこのDIOを殺しているらしい。
それだけではない。このDIOのみが持つことを許された『時間を止める能力』を手に入れているというのだ。
表面上では冷静沈着な態度を装っていた。
しかしそれはあくまで建前の表情に過ぎない。
彼の内心で渦巻く感情は――――動揺。そして不快感。
(…奴め!虫ケラの糞にも劣る若造がよくもぬけぬけと。このDIOの支配する『静止した世界』に土足で踏み込んできただと?)
(ふざけるなよタンカスがッ!決して許しはせんぞッ!時を止める力を持つのはこのDIOのみでいい!!)
苛立ちの表情と共に心中で吐き出されるのは憤怒の怨嗟。
たかが20年と生きていない若造如きに自らの領域へ足を踏み入れられた。
その事実がDIOに堪え難い屈辱と憤怒を与えたのだ。
帝王のベールに覆い隠されている邪悪な本性が、その胸の内で撒き散らされる。
(………、少し頭に血が上ってしまったな。落ち着くとしよう)
一頻りの苛立ちを心中で吐き出した後、ふぅと深呼吸を行い感情を落ち着かせる。
昔からそうだ。このDIOは頭に血が上り易いことが最大の短所だ。
かつてよりは克服出来たと思っていたが、どうやら短所とはそう簡単に直ってくれるものではないらしい。
私は帝王だ。いずれ『天国』へと到達する男だ。このようなチンピラ同然の性分では再会したプッチにも顔向け出来ない。
己の短所を戒めとして再び認識した後、DIOはゆっくりと歩を進め始める。
このような場に留まり続けているつもりは無い。
(さて―――私も、行くか)
邪悪の化身はコロッセオを後にし、唯一人で宵闇の中を駆け抜けた。
向かう先は既に決めている。その先で何が待ち受け、何者と出会うのか。
彼はまだ知る由もない。
【E-4 コロッセオ/黎明】
【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:健康、怒り、僅かな動揺
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(0~1 ジョジョ東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。手段は選ばない。空条承太郎は必ず仕留める。
2:日が昇る前に拠点となる施設を捜す。日中の間引きの為に部下に使える参加者を捜す。
3:古明地こいしを『天国』に加担させてみたい。素質が無いと判断すれば切り捨てる。
4:優秀なスタンド使いであるあの青年(ブチャラティ)に興味。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5秒前後です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷について大まかに知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※彼が何処へ向かうかは後の書き手さんにお任せします。
<三八式騎兵銃(5/5)@現実>
ディオ・ブランドーに支給。予備弾薬×20もセット。
1905年に旧日本軍が正式採用した三十八式歩兵銃を騎兵用に短縮したボルトアクションライフル。
正式名称は「三十八式騎銃」だが、機銃との混同を避けるべく騎兵銃と呼ばれている。
口径は6.5mm。銃身は極限まで切り詰められており、全長は96cm程。
短い銃身や小口径による反動の小ささによって軽便で取り回しの良い小銃として仕上がっている。
その扱い易さから騎兵だけでなく前線、後方関わらず様々な部隊が使用した。
現在は古明地こいしが装備。予備弾薬も所持中。
最終更新:2014年06月03日 03:32