時間は黎明から早朝へ移り変わろうとしている。
闇に覆われていた空はほんの少しだけ明るさを加えられ、黒から紫色の空へと変わろうかとしていた。
そんな空の下にある一軒の洋館に、二人の男女が大きめのテーブル越しに向かい合うようにして座っていた。
男の方は、金色の鎖などが付いた紺色の改造学ランを着ており、学帽を被った青年だ。
格好が示す通りに学生だろうが、醸し出す雰囲気には学生以上の落ち着きが感じられる。
髪の色は黒く周囲の暗さも相まってか、どこまでが学帽で髪の毛か判別がつかない。
女の方は、赤と白を基調としためでたい巫女服を纏っており、製作者の好みか本人の要望か脇の部分はなぜか露出した奇妙な一着だ。
こちらは見た目相応?の若さを感じさせ、女性と言うよりは少女と呼ぶ方がしっくりくるだろう。
髪は青年と同じく黒くショートにしており、大きな紅白のリボンが鎮座していた。
「いないわね、大統領。」
「ああ、『馬』が来るのを待つと言ってたらしいから、既にこの場を去ったかもな…。」
「これじゃあ無駄足踏まされたようなものね…、まったくあいつのせいで。」
少女は面白くなさそうにぼやく。
「だが、まったく収穫がないわけじゃあない…。ここがどのジョースターの家なのか分かった…こいつのおかげでな。」
青年はデイパックから何やら手帳を取り出すと、少女に差し出す。
「何よ、これ?」
「多くの人を巻き込んだ『未来への遺産』だ……。そして、その出発点がこのジョースター邸。
ここはそんな…因縁の始まりの場所らしい…」
「??」
青年の名前は
空条承太郎。少女の名前は
博麗霊夢。紆余曲折あったが、共に殺し合いの打破のために動いている二人だ。
場所はC-3に存在するジョースター邸。ジョージ・ジョースター1世が建て、
ジョナサン・ジョースターそして
ディオ・ブランドーの二人が育った邸宅である。
入口は3mはあるであろう両開き戸の扉、家の中に入ると右手側には2階へと続く階段があり、
正面にはテーブルや椅子、ピアノなどが置いてありエントランスとなっていた。
その他にもダイニングルーム、書斎、テラスといった空間も広く豪華な造りとなっており、部屋も無数に存在する。
二人は手早く家の様子を探るため、二手に分かれることにした。しばらくして、
この長机がある広間にて、その成果を報告しているのだった。
「『石仮面』ねぇ…」
霊夢は承太郎から手渡された手帳を見て呟く。
「じじいの話じゃ、石仮面が原因でDIOは約100年前に吸血鬼になったそうだ。そして俺の高祖父、
ジョナサン・ジョースターはこいつの研究をしていたらしい。
一体何が目的だったのかまでは知らないがな…」
「吸血鬼を生み出す仮面か…。こんなんであいつみたいなのが量産されでもしたら、
毎日異変だらけになって迷惑になるだけよ。」
吸血鬼と言われて思い付くのは、我が儘な夜の帝王、
レミリア・スカーレットだ。
その自由奔放さ故、殺し合いに乗るとも思えず、吸血鬼の例に漏れず戦力として一級品の存在。
今このジョースター邸に居るのもそんな彼女を探している、という理由もあった。
あいつに会う理由は他にもあるけど…
霊夢はそんなことをぼんやりと思いながら、手帳を軽く読み流した。
「で、あんたは収穫はあったのか?」
「適当に食べ物と使えそうな雑貨を漁っただけよ、今のところはここに誰もいないみたいね。」
「調べていて分かったが…今のところというよりも、まだ誰もここを訪れていないようだな。」
「化け猫の言った通りなら、大統領ってのが居るはずなんだけどね…。まあ、まだ移動していないならの話だけど。」
時間は少し遡る。
二人はジョースター邸を訪れる前に一人の人物と接触していた。
「…承太郎。」
「ああ、わかっている…。あれだけ騒がしくしていればな。」
二人の視線の先には猛スピードで走っている人影が映っていた。おまけに何やらガタガタと物音も聞こえてくる。
「追われているのか?」
「それにしては元気すぎると思うけど―――ってこっちに来てるわね。」
人影は段々とその大きさを取り戻すように二人に近づいて来るが、辺りは未だ薄暗く顔を判別することは難しい。
二人は近づいて来る相手と接触するために立ち止まり、目を凝らす。
しばらくして、心当たりがあったのか先に霊夢が声を上げた。
「ああ、なんだ猫車か…」
「知り合いか?」
「知り合いの枠に妖怪を入れてもいいならね、……私はごめんだけど。」
やれやれといった風に霊夢はズイッと一歩前に出る。
「私が声をかけるわ、あいつらの扱いには慣れてるし。」
「殺し合いに乗っていたらどうするつもりだ?」
「そんなこと知らないわよ、私はただ幻想郷的解決を目指すだけだもの。」
妖怪退治を生業とする巫女が妖怪と接触する。
果たしてそれは平和的解決といくのか、どう転ぶのか気にはなるものの霊夢に任せることにした。
知った顔同士というなら、先に声をかけるのに向いているのは霊夢だろう、そう判断してのことだ。
そうこうしている間に人影はその姿を視認できる距離まで近づいて来る。
承太郎がその容姿を見て目に入ったのは、赤色の髪の頭頂にある一対の耳だ。人間には当然あんな場所に耳などあるわけがない。
さらに後ろから何やら引っ張ってきているものは、どうやらリヤカーのようだ。
手にはリヤカーを引くための握りを掴み、お腹の部分に取っ手を押し当てて走っている。
霊夢は猫車と称した相手の意味を承太郎は少しだけ理解した。
「止まりなさい!そこの猫車ッ!」
「うえッ!?」
一方相手は走るのに夢中だったのか、この距離になってようやく気が付いたようだ。驚いたように目を見開き、慌てた様子が窺えた。
「あ、あっれれ?紅白のお姉さん、いつの間に!?」
「さっきからいたわよ。声をかけないと気づかないほど急ぐなんて、一体どこに行こうってつもりよ?」
「いやまぁその。地霊殿のみんなに早く会いたくてつい、ちょっと張りきすぎちゃってさ…。別に深い意味はないよ、うん!」
何故か空の方を気にしながら、猫耳の少女は少し早口で答えた。
「ふーん、それよりもリヤカーなんか引いて何やっているのかしら?……こんな時に飛脚でも始めたのかしら?」
「そ、そうだねぇ♪24時間どこへでも、死体の回収ならクロネコオリンの宅急便にお任せあれ!…な~んっちゃって。」
霊夢の冗談に合わせ、えへへ、と笑う少女だが、対する霊夢の表情は険しい。
「私の前でずいぶんと楽しそうなこと言ってくれるわね…!死体を漁るようなマネなんかしたらどうなるか―――!」
「わ、わかってる、わかってるから!お札なんか取り出さないでよ、お姉さ~ん!」
霊夢が凄味をきかせたところで猫耳の少女は両手を上に挙げて、降参の意を示しながら、必死に懇願する。
「で?あんたは何やってんのか、教えてくれるかしら?」
「うーん、教えたいのはやまやまなんだけどねぇ…」
お燐は相変わらず忙しなく見回すが、別に誰かがいるような気配はない。
「早めに教えた方が身のためよ、猫車。」
霊夢に名前を呼ばれないことが気に障ったのか、少女は言い返す。
「お姉さん、あたいは火車だよカシャ、猫車じゃないんだけど―――っていうかあたいはお燐!火炎猫燐って名前があるんだけどなぁ。」
「はいはい、妖怪の名前なんて逐一覚えてられないわよ。あんただって私の名前呼んでないし、どうせ覚えてないでしょ?」
流石にその物言いにはお燐も黙ってはいられない。
「あんまりバカにしないでよ、あたいは鳥頭じゃないんだから!霊夢お姉さんでしょッ!」
「あら、意外ね?てっきり名前を覚えられないから、お姉さんって呼んでるかと思ってたけど。」
「あたいより、お姉さんの方が心配なんだけどねえ…。すぐに名前忘れるし…」
「うるさいわね、こちとら何体の妖怪を退治してると思ってんのよ!」
「―――猫以下か…」
ぼそりと呟いた承太郎に対し霊夢がただ黙っているわけがなかった。
ささやかな自尊心の傷を、無駄撃ち上等でお札を投げつけることで、水に流す霊夢であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「つまり、あんたは大統領とやらに『聖人の遺体』とかいうモノを持ってこいって言われたのね?」
「うん、協力すれば地霊殿のみんなを保護して、私の元に連れて来てくれるって約束してくれたから…」
お燐は承太郎と霊夢にこれまで取ってきた行動を包み隠さずに伝えた。
屍生人
ブラフォードとの遭遇し、波紋戦士シーザーとの戦いに割って入ったこと。
ブラフォードの脚が欠損したのを『聖人の遺体』によって回復を遂げたこと。
そして、『聖人の遺体』を巡る戦いで、大統領こと
ファニー・ヴァレンタインと戦いブラフォードが消滅したこと。
大統領から強い信念を感じ彼の人柄を信頼し、家族を探してもらうよう頼んだこと。
その代わりとして大統領が欲する『聖人の遺体』を探し出し、それを届けることを約束したこと。
「だからお願いッ!支給品に『聖人の遺体』があったら私に譲って、お姉さん!」
お燐は両手をパチンと合わせ、首を前に倒し頼み込んだ。
「悪いけど、私もこいつもそんなミイラなんて持ってないわよ。」
「ほんとに?」
「ない物はないわ。」
「ん?あるなら意地悪しないでよ、お姉さん!」
「ああもうッ!無いって言ってるでしょ、離れなさいッ!」
お燐は目を輝かせ、霊夢の腕にひっしとしがみつく。
「霊夢、バカやってないで一つ聞きたいことがあるんだが…そこの、お燐でよかったか?」
霊夢の腕に張り付いたお燐に対し承太郎は口を開く。
「アンタ、大統領とやらに何かされなかったのか?」
「いいや、あたいには何もしなかったよ。どうして?」
承太郎はゆっくりとお燐の元へと近づく。
「どうしたのよ?」
「一応念のための確認だ。お燐、その場を動くなよ。俺は決してあんたに危害を加えない、いいな?」
「う、うん。わかったけど…?」
「いやいや、先に腕から離れなさいよ…」
承太郎はお燐を触れられる位置まで来ると、額へと手を伸ばし、髪の毛をたくし上げる。
「やはりないか…。まあ、当然だが…」
「…ああ、『肉の芽』だっけ?」
霊夢は承太郎の話を思い出す。お燐の額を覗いて何か分かるとしたらそれだけだ。承太郎はお燐から離れ、霊夢に話しかける。
「大統領は俺の知る『吸血鬼』ってわけではなさそうだな。」
「そりゃそうでしょ。」
一聴するだけだと、承太郎が的外れなことを言ってるように聞こえ、霊夢は怪訝な顔をする。
「…だが、こいつを動かすカリスマを持っている、ということだ。」
「……ああ、そういうこと。」
だが、次の言葉で納得したようだ。承太郎から少し聞いた、宿敵の話を思い出して。
「ちょっと、ちょっと!あたいにもわかるように教えてよ!」
勝手に二人で納得して、一人置いていかれていると感じたお燐は声を上げる。
「わかった、俺が説明する。まず、あんたの額を確認したのは肉の芽が埋め込まれているかどうか見ておきたかったからだ。」
「『肉の芽』って?」
「額にそいつを埋め込むことで相手を従わさせることができるモノだ。DIOという吸血鬼が使える危険な力、だな。」
「物騒だねぇ―――ってお兄さんはDIOさんのことを知ってるの!?」
お燐はブラフォードが話していた、忠誠を誓った人物について思い出す。彼女からしてみればDIOには良い印象しかない。
「…知っているが、そいつのことは後だ。俺はあんたが大統領に従ってる姿に少し不安を感じた、それだけだ。」
「ど、どうしてさ?あの人は私に大事な遺体を与えてくれたし、家族を探すのにも協力してくれる―――」
「あんたはブラフォードを殺されて、それで良かったの?」
お燐の言葉を霊夢が遮る。霊夢と承太郎はお燐の話を聞いて、どこか怪しいと感じていた。
何故、出会って間もないとはいえ仲間を殺され、お燐は大統領を信頼しているのかを。
「私なら、仲間を殺されて黙っているつもりはないけどね。」
「あ、あたいだって、そうだよッ!……でも、あの戦いは…し、仕方なかったんだ!」
お燐はブラフォードとヴァレンタインの戦いの時のことを想起する。
「お兄さんは遺体がなくちゃ戦えなくなる、大統領さんは国のために遺体を集めなくちゃいけない。
奪い合うしか、なかったんだよ…!」
お燐はやりきれなさを滲ませて、そう吐き出す。しかし、霊夢はさらに問い質す。
「国のためって、あんたはその意味が分かってるの?」
「そ、そりゃあ……分かってるさ!」「ウソね。」
霊夢はピシャリと言い切る。
「あんたのことだから、地底の連中を気にしてるはずよ。国―――私たちで言う幻想郷を守りたいとか、
そんな大それたことなんかじゃないでしょ?」
「うぅ…」
自身の考えをズバリと言い当てられ、お燐はうまく言い返せない。
「別に仲間を守りたいんなら、それで結構よ。ちゃんと守ってやんなさい。でも、
大統領は遺体のためなら、手段を選ばない奴ってことを忘れないことね。」
「…それって、つまり……」
「あんた達に牙を剥けることもあり得るって話よ。」
霊夢の言葉にお燐は即座に反応する。
「そ、そんなことないッ!だって、大統領さんはみんなを保護してくれるって言ってたし、
何より!みんながあの遺体を欲しがるわけ―――」
「もしあんたの仲間が遺体を必要としていたら?」
「エッ!?」
お燐は呆気にとられるも、ハッとした。自分の家族がブラフォードと同じように、身体の一部を失ってしまっていた場合だ。
もしも、みんなが遺体を使って治さないといけない怪我を負っていたとしたら、
あたいは……きっとみんなに遺体を渡す。でも、その後は…!?
お燐の脳裏に一瞬だけヴァレンタインと対峙する自分の姿が映ってしまった。
「少しは分かったでしょ?あんたの置かれた立場が危ういものだってことは。」
「そんな……」
お燐は俯いてしまった。大統領を信頼していいのか自信を持てなくなったからだろうか。
「こいつは随分トゲのある言い方をしたが……あくまで仮の話だ。要は大統領を盲信するな、
ということを頭の片隅に入れておいてほしい。」
「そうだよね、うん。大丈夫、大丈夫だよ……。」
今まで黙っていた承太郎がお燐をフォローする。だが、お燐は少々沈んだ表情を隠しきれていない。
承太郎はやれやれと思いながらも、結果的には自分が蒔いてしまった種を刈ることにした。
「あんたはどうしてそいつを信頼したんだ?信じるに足る、何かを感じたんじゃあないのか…?」
「…うん、そうだねぇ。何でだったかな?…ああ―――」
お燐は思い出そうとするのに1秒も要しなかった。それほど彼女にはヴァレンタインの姿が鮮烈に映ったからだろう。
「大統領さんの…言葉に嘘がなかったから……じゃあダメかな…」
お燐はポツリポツリと言葉を吐き出す。ヴァレンタインと話して感じたこと、
彼女が彼を信頼できると思ったことを。
「嘘をついていなかった、か…」
「うん、あたいはね……大統領さんの言葉の端々に嘘を感じなかったんだ。…だから、
正しい道を歩んでいる人だって、そう思えたの。」
「…なるほどな。確かに、嘘をついていないって言うなら多少はマシな奴かもしれんか……」
もっとも、それを証明する手立てがあればの話だが。それに嘘をついていない、
こう思わせる輩ってのは厄介なもんだぜ…。
承太郎は内心ではあまりヴァレンタインを信用していないものの、それを表情に一切出すことなく相槌を打つ。
「あの人はきっと、嘘を言ってなかった。だから、家族を守るって言葉も嘘なんかじゃない…!
あたいはその代わりに遺体を集める、そう決めたんだ…!」
承太郎はお燐が話をしていくうちに、沈んでいた活力を取り戻していく様子を見て、
ヴァレンタインが彼女の支えになっていることを感じざるを得なかった。
信頼できる相手だといいんだが……果たして、どう転ぶか。
「それにさ、さっきはお姉さんに言い返せなかったけど。大統領さんの守りたい国のこと、
あたいなりに少しは分かってるつもりなんだ…」
「何よそれ!あんた、さっき何も言えなか―――もごご…」
霊夢が反駁しようとするも、承太郎がスタープラチナを出現させ、その口を塞いだ。
「あたいにとっての国は地霊殿、国民はさとり様にこいし様、お空、あたい。
大統領さんの国に比べたらちっぽけだろうけど、あたいにだって守りたい国が…家族がある…!だから!」
お燐は頭を上げ、二人を見据えて力強く宣言する。
「あたいは遺体を集めるよ…!あたいの守りたい家族のために!たとえ、利用されていたとしても、
この思いは嘘なんかじゃあないからッ!―――ってお姉さん?」
承太郎が霊夢を後ろから口を塞いでいるのを見て、きょとんとする。お燐が言い終えたのを確認し、承太郎は霊夢を解放した。
「ぶはぁッ!だったら、あんたは家族のためなら大統領とも戦えるってこと?」
「…その時は戦うよ。あたいは大統領さんを信じてるから、そうならないのが一番だけど。」
霊夢はお燐を値踏みするようにしばらく見つめるが、すぐに視線を戻した。
「そっ、だったら好きにしなさいよ。私はただ、あんたが誰かさんみたいに従うだけになってないか
気になっただけだから。」
素っ気なく、そう言うと後ろを向いて承太郎の方へ歩いていく。
「お姉さん!」
「あー?」
お燐は先ほどとは打って変わって、明るい声で霊夢に話しかける。
「あたいだけだとさ、きっと先のことを考えたくなくて、後回しにしてたと思うんだ…!だから、教えてくれて、ありがとうッ!」
「礼を言われる筋合いなんかないわよ。それに、私の訊き方が悪かったから答えられなかったんでしょ?」
霊夢は承太郎の方をチラッと見て、お燐に視線を戻し意地悪な言い方で問いかける。
「そんなことは………あった、かな。」
お燐は否定しようとしたが、あっさり見抜かれると思い、認めることにした。失礼さを苦笑いでごまかしながら。
「多少はきつい物言いも私なりのやり方だもの、好きにさせてもらうわ。だからお互い気にする必要はない、いいわね?」
感謝するならあいつにしなさい、と承太郎を指差しながら、付け加える。
「まあ、お姉さんはいつもそんな感じだしねぇ。ここに来ても平常運転であたいはちょっとホッとしたよ。」
霊夢は一瞬ビクリとお燐の言葉に反応してしまうが、そんな自分を振り払うように早口で話す。
「……ふん!私は私よ。それに、いい加減駄弁ってないで話すこと話すわよ!…私たちの時間は有限なんだから。」
さっさと情報交換するぞ、とまくし立てる霊夢の表情ははどことなく、見ようによっては、陰っているように見えたかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあね、お二人さん!あたいはそろそろ行くよ!」
その後、お互いの情報を交換し終え、お燐が元気よく声を出す。
「はいはい、さっさと行っちゃいなさい。」
霊夢はさもどうでもよいと言わんばかりに、手を小さく左右に振るだけだった。
「んもう!お姉さんは冷たいなぁ…」
「お燐、俺からあんたに対して一つだけ100%確かなことを言っておく。」
承太郎はお燐の方を向き、警告する。
「DIOを絶対信用するな…絶対にな。あんたの話を聞いて、俺は大統領をひとまず信用する。
だが、DIOは他人を利用する外道だ。正しい道なんぞ歩いている輩じゃねえ。」
「…うん。でも、ブラフォードお兄さんの主だって思うと、ないがしろにはできないかな…。
お兄さんがあたいに本気で忠告してくれてるのは分かったよ。後はその時に決断するから…!」
「そうか…。だが、野郎が危険だってことはくれぐれも忘れるなよ。」
お燐は力強く頷く。承太郎は今までのお燐の様子を見て、ただヴァレンタインを盲信しているだけじゃないと、少しだけ安堵した。
「じゃあ、あんたの家族を見つけたら俺たちもできる限り協力する。あんたはひとまずE-4の人里辺りを目指すってことでいいんだな?」
「特に当てもないけどね、人が集まりそうなところを目指すよ。ウチがあればそこに行くんだけど、地霊殿は地面の下だもんねぇ…」
お燐は地面を軽くトントンと踏みつけながら答える。
「了解した。あんたが家族と再会できることを願っとくぜ。」
「お兄さんもお仲間さんと会えるといいね!それじゃあ二人ともお達者で―――」
「ちょっと待ちなさい!」
二人から離れていた霊夢が突如リヤカーを引いて、歩き出したお燐を呼び止め、ズカズカと近づいて来る。
「そのリヤカー、ガタガタと音がうるさいわよ!静かにした方が身のためじゃないの?」
近づいた霊夢はリヤカーを軽く蹴りながら言う。確かに多少の音はするものの神経質すぎるのではないか、承太郎はそう思った。
「それと、死体を漁るなって言ったけど約束を破られるのも癪だから、ミイラぐらいなら盗んでも特別に眼を瞑っておいてあげるわ。」
わかったらさっさと行きなさい、そこまで言うと再びプイっとお燐に背を向け歩く。少々けんか腰な霊夢の態度を承太郎は指摘する。
「てめえ、難癖つけるにしたって言い方ってもんが―――」
「いいんだよ、お兄さん♪」
そんな承太郎の言葉を抑え、お燐はにこにこしながら、こっそり承太郎に耳打ちする。
(お姉さんはあたいたち妖怪に好かれたくないから、ああして意地悪な言い方するんだよ。
まあ、実際は妖怪神社の巫女さんなわけだけどね。)
(いちいち難儀な奴だぜ。)
(そんなわけだからさ。人間のお兄さんがお姉さんを支えてやってね。)
(あんまりイエスと言いたくない注文だな…。)
そこまで小声で話すと、お燐は霊夢に聞こえる様に明るく大きな声を出し、リヤカーをエニグマの紙へと仕舞う。
「分かったよ、お姉さん!リヤカーは片づけておくし、お言葉に甘えて『聖人の遺体』だけは迷惑をかけない程度に盗んでいくからねー!」
対する霊夢は振り向くことなく、背を向けたままだが少しだけ腕を左右に振って応えた。
「それじゃ、あたい今度こそ行くね!二人とも、もし死んじゃったらあたいに連れてかれるから、くれぐれも命は大事にね♪」
「ああ、あんたもミイラ取りがミイラになるんじゃねえぞ?」
「うん!」
お燐は頷くと東の方角へと歩を進めだすのだった。その足取りは軽く、だけど、その背中には確かな家族の思いを背負っていた。
【C-3 東端/早朝】
【
火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実、聖人の遺体・両脚@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、
古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:家族を守る為に、遺体を探しだし大統領に渡す。
2:当てはないが、ひとまずE-4を目指す。
3:地霊殿のメンバーと合流する。
4:シーザーとディエゴとの接触は避ける。
5:DIOとの接触は控える…?
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…ああ、思い出すと騒がしい奴だったわね、ホント。」
「妖怪相手には文句垂れないと生きていけないのか…あんたは?」
ぶつくさとぼやく霊夢に承太郎は言う。
「とにかくだ、大統領が居ないんじゃあ話も何もできない…どこにいるのやら、だが。」
「入る前にジョースター邸の周囲は確認したし、猫車にはしばらくはここで待つとも言ってたはずよ。」
「となると―――、ヤローは俺たちとかくれんぼでもしているってのか?」
「ひょっとするとね…。ここは無駄に広いし見落としたかもしれないわ。目立つから控えたかったけど、
明るくしてもう一度部屋を見てみましょ。」
そう言って周囲の燭台に火を灯そうかと霊夢が動き出した時だった。
ドバシャアアァアアッ!
西側の壁を激しく叩く奇妙な音が外から聞こえてきた。
「ずいぶんと良いタイミングだな。」
「まったくね。あるいは、私たちが気付く前から何かしていたのかも。」
両者とも空気を読んだ間の良さに怪しさを口にする。
「なんにせよ、外に誰かいるってなら無視できない。ひとまず行ってみるわよ。」
「明らかに怪しいが、行かないわけにもいかないか…」
二人はエントランスへと進み出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
エントランスにたどり着くと、霊夢は片耳を扉に当てると聞き耳を立てた。
「おい、迂闊に扉に近づくな…!」
承太郎は小声で注意するが、霊夢はそんなもの知らんとばかりに意に介さない。
「平気よ、近くで気配らしい気配がないもの。……代わりに遠くで物音はするけどね…」
「どんな音だ?」
「扉越しだとはっきりと聞き取れないし、口で説明できる音じゃないわね。」
二人ともどうするかわずかに思案するが、すぐに考えるのを止めた。
「しょうがねえ、だったら直接出向くとするか…」
「何がいるのやらね…」
霊夢は両開きのドアを一気に押して、外と内の境界を取り払う。
正面のみしか見えないが、用心のためジョースター邸の内側から外の様子を見渡す。
「いない…」「いねぇな…」
外は少し前までいた時よりわずかに明るくなっただけだ。ジョースター邸の南には霧の湖があり、二人がいる位置からも視認できる。
ドバドバドバ、ドバドバ―――
微かに音が聞こえ出す、さっきとは違い明確に鼓膜を叩く。
「この音は…やっぱり向こう側か!」「さっさと行くわよ!」
二人は外へ飛び出ると、ジョースター邸の西側へと駆け出した。
ドバドバ―――
しかし、二人が外へ飛び出すのとほぼ同時に、音は急に小さくなり出した。
「ちッ、勘づかれたか!?」「構わないわよ、それよりも先に見つけ出すわッ!」
二人はジョースター邸の南西の角を曲がり、視界が開けた正にその瞬間だった。
ドボオォォン
ジョースター邸の西側に位置する、霧の湖へと至る一本の川から大きな水飛沫が上がった。
二人は一瞬驚くが、それに気取られることない。まず二人は辺りの様子をじっと見て把握するが…
「いないじゃないの。やっぱり、川の中に入ったって言うの!?」
「…かもな。さっきまでの異音といい、誰かがこの川で何かしていたようだな。」
承太郎の言葉に霊夢は疑問を口にする。
「それって、大統領じゃあないってこと?」
「一国の主が逃げるために川に飛び込むようなヤローなら別だがな…」
それもそうね、と霊夢は返す。川で水飛沫が上がったポイントへと勝手に歩き出した。
承太郎は止めようかと思ったが、どうせ話を聞かないだろうとすぐに結論が出たので、何も言わずにその後に続くことにした。
二人が川までの距離を10mほどに縮めた時だった。
ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!
川の水面から拳銃の発砲に似た音と共に無数の小さな水弾が飛び出した。
この場には二人のみ。自然と標的は霊夢と承太郎に絞られていた。
「邪魔よ…」
だが、博麗の巫女はうろたえない。裾からお手製の御札を取り出すと素早く投擲し、水弾をあっさりと相殺させてみせた。
「あんたがさっきからコソコソしてる奴?さっさと出てきなさいよ!」
声を大きくし、川にいるであろう襲撃者に警告するが―――
ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!
代わりに飛んできたのは先ほどと同じ水弾だけだ。霊夢は小さく舌打ちをしながら、再び同じように攻撃を捌く。
「とりあえずこの川になんかいるみたいだが、どうするつもりだ?」
「はぁ?近づいて来ただけで撃ってくる奴なんかに容赦しないわ。引きずり出してとっちめるまでよ。」
「迂闊に近づいて川に引きずり込まれると面倒だ…。スタンド相手だったらあんたでも対処しきれない、気を付けろよ…」
「平気よ。そんなドジ踏むほど私は抜けてないもの。」
承太郎はため息をつく。こいつの自信はどこから湧いて来るのかと。霊夢の力は十分理解しているのだが、少しは用心してほしいと思わずにはいられなかった。
だが、何度言って聞かせてもその通り動いてくれるとは考え難かった。
「やれやれだぜ…」
面倒臭い女と行動していると承太郎は再確認し、結局、霊夢の言う通り近づいてみることになった。
二人はじりじりと川へ近づく。距離を詰めるごとに水弾による攻撃は激しさを増すが、承太郎の手を煩わせることなく霊夢が全て撃ち落とした。
直線的に飛んでくる水弾程度では弾幕ごっこの申し子にとって障害にならなかったようだ。
川への距離をおよそ5mへと近づいた時、何度目になるのか、水弾が再び水面から飛び出した。
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
今までと比較すると圧倒的に多い量の発砲音が二人を包囲するように響き渡る。
「―――ッ!」
霊夢は川の方へと狙いを定めずに多めのお札を投げ放つ。お札は水弾を追跡し衝突、対処に成功するがこの時、霊夢は違和感を覚えた。
おかしい…!敵の弾幕の数が発砲音に割に合わない、少な―――
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
振り返ると後方から飛来する水弾を承太郎がスタープラチナで弾き飛ばしていたのだ。
承太郎は叫ぶ。
「霊夢ッ!前からだけじゃねえ!後ろから、いいや360度から飛ばしてきてるぞ!」
「後ろをお願い!後は全部私が撃ち落とすッ!」
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
追撃にと更なる水弾を襲撃者は見舞う、音もよく聞くと前方以外からも聞こえる。霊夢は承太郎と背中を合わせる形で迎え撃つ。
本来ならスペルカードで対処したいが、霊力に余裕を持たせたい今は選択肢として考えない。
代わりに両腕の裾から腕を交差させる形でお札を大量に取り出す。一体どこにそんな数を仕舞っていたのか、そう疑いたくなるほどびっしりと手に収まっていた。
それらを取り出すや否や、周囲を見渡すことなく即投擲。
「退きなさいッ!」
一斉に放たれたお札は目標を追跡することはできないようだが、代わりに霊夢の手元から扇状に拡散し、より多くの水弾の侵入を阻むことに成功する。
しかし、一瞬で対処したものの、わずかに遅れたせいか、水弾はいくつか霊夢へと迫ってきていた。
「ふん、全部撃ち落とすといったわね、スマンありゃウソだったわ。」
飛来する水弾が顔面に迫るなら首を傾け、足に迫るなら足を上げ、胴体に迫るなら体を反らす。
数多の弾幕を切り抜けた名手とは、全ての弾幕を相殺させることができる人物ではない。自身に迫る弾幕を必要最低限の動きで避けることができる故に名手足りえるのだ。
無駄な動き一つなく鮮やかに弾幕を放ち、避け、霊夢は無傷で突破してみせた。
「承太郎、平気かしら?」
「…あんたが余分に俺の分まで弾いたおかげでな。」
霊夢が無傷だということは承太郎も無傷だということだ。プライドの高い彼女が彼にダメージを与えることは許さないからだ。
「っていうか!なんで川からだけじゃなくて、取り囲むようにして弾幕を張れるのよ?水じゃなかったの?」
「知るか。だが川以外にも敵が潜んでいるかもしれねえ…。もっとも、今は気配を感じないがな。」
二人は背中をぴったり合わせる形で霊夢は川の方を、承太郎はその後ろをジッと観察する。
承太郎は回復し上半身のみを出せるようになったスタープラチナの視覚を使い、辺りを見ようとした瞬間だった。
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
「霊夢ッ!こっちからだ!」
「こっちは来てない!わたしにまかせてッ!」
霊夢は背中合わせの状態から、クルリと承太郎の横に回ると、振り向きざまにお札を投擲する。
迫る水弾とぶつけさせ、その撃ち漏らしをスタープラチナが叩き落とした。
しかし、水弾は二人に息つく暇を与えまいとさらに追撃する。
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバシャア! ドバァ!
「…今度は俺がやる、『スタープラチナ』ッ!」
「…ええ、後は私に任せてもらうわよ。」
今度の水弾も川からではなく、その反対側から飛来してくる。今度は承太郎が対処すべく、霊夢より一歩前に出た。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」
スタープラチナの拳が唸る。水弾を正面から殴り抜くのではなく、軌道をずらすように微妙な角度から殴り、ダメージをゼロに抑える。
本調子ではないものの正面から十数発の水弾程度なら、スタープラチナのラッシュで十分対処可能のようだ。
「そこよッ!」
一方霊夢は承太郎が水弾を弾いている間に、相殺のためにお札を使わなかった。
水弾がある方向とは違う場所へと投げていたためだ。
彼女が投げたのは承太郎の背後。
水弾は川からではなく、その背後から来ているのに何霊夢は一体何をしているのだろうか。
だが、そこにいた。霊夢の放った『警醒陣』に触れている者が確かにいた。
「何ぃッ!?」
それは奇妙な存在だった。姿は黒色に染まった細身の体格をしていた。しかし部分的には白い部位もあり、そこは機械っぽく見える。
最後に顔の一部には黄色い横線があり、異様に面長な形をしていた。
その姿は人というよりは機械や人形に見えてしまうだろうか。
その奇妙な存在はまさに、承太郎の後頭部に手刀を叩き込まんとする寸前というところで、警醒陣を触れてしまっていた。
ビリビリとする感覚に襲われ、僅かな時間だが完全に無防備を晒してしまった。
「捕らえたわよ、奇妙な水妖ッ!」
霊夢はいつの間にか襲撃者の背後へと回り込み、後ろ宙返りから蹴り上げをかました。
『昇天蹴』、霊夢の脚にかかれば天に昇るほど高く…とはいかないが、痛みと引き換えにささやかな空中遊泳が楽しめる。
そんな彼女でも、あるものを蹴る時だけは自分が潰されないよう細心の注意を払う。御神体はくれぐれも丁寧に扱おう。
普段よりも大きな相手ではあるが、無防備さだったおかげか、大きく弧を描くように相手を蹴飛ばし地面へと叩きつけてみせた。
「ようやく釣れたか…」
「煮ても焼いても食えそうにないわね。」
二人は口々に謎の乱入者について好き勝手言うが、一体何者なのか。
答えは簡単だ。川に大きな波紋ができていることもまた、その存在の正体を雄弁に語ってくれていた。
「よくも散々やってくれたわね…!覚悟はできてるのかしら?」
「自分は水の中で悠々と構えて、一方的に攻撃とはあんまし良い趣味じゃねえな…」
そう、襲撃者の正体はこの奇妙な存在だったのだ。二人は少しづつ襲撃者の元に近寄る。
「ふん、嵌められたというわけか…、まあ構わん。もう既に準備はできているからな。」
奇妙な存在は、状況を理解しさらに二人と同じように言葉を介することができるようだ。承太郎は若干驚くも、構わず質問してみた。
「一応聞いとくぜ…質問はシンプルに。あんたは何者で、そして殺し合いに乗っているのか、この二つだ。」
霊夢はともかく、承太郎は今すぐ問答無用で攻撃する気はなかった。戦うにしても相手から情報を聞き出す必要があると判断した。
その奇抜な外見や、霊夢が知らない相手ともなれば、おそらく『スタンド』の類だろう、そう考えてのことだ。
「いいだろう、妙な名で呼ばれるのも不愉快だから教えてやろう。私の名前は
フー・ファイターズだ。
そして殺し合いについてだが、私にとってそんなもの私の与り知らぬことだ。私の使命はDISCの守護、ただそれのみ。」
「DISCか…生憎、俺たちは手元にそんなもの持っていないぜ。無差別に襲うつもりだったのか?」
承太郎は支給品にそのようなもの持っていない。何よりデイパックの中身を見られたわけでもないので当然の疑問だ。
「何を言っている!貴様自身、その身体に入っているではないか!『スタープラチナ』のスタンドDISC、そして記憶のDISCを!」
しかし、その返事は全く予想外の方向へと進んだ。
「何を言っている…?俺のスタンドと記憶のDISCだと…?」
「そうだ!事情は分からんが、私が倒れた後に
空条徐倫からスタンドDISCを。さらには『ホワイトスネイク』から記憶DISCを手にし復活したのだろうな。」
「空条徐倫…!?あんたは奴を知っているのか?」
「だが!そんなことはどうだっていい!貴様から最低でもスタンドDISCは回収させてもらうぞッ!」
承太郎の疑問をよそにフー・ファイターズは彼目掛けて駆け出す。
「ちっ、どうやらコイツから色々聞き出さなけりゃいけねぇみたいだぜ…」
承太郎はフー・ファイターズの言うDISCの意味はまったく理解できなかったが、相手が空条徐倫を知っていることは掴めた。
名簿の共通点からジョースター一族の一人、というより自分の血縁の人間考えられるが、
同じ姓なのに承太郎は初めて見た名前で正体を知る必要があった。
「フーフォアアアァァアアア!」
フー・ファイターズが承太郎へ拳を振るう。承太郎のスタープラチナも構えこれに応戦した。
「オラオラオラオラオラオラ!」
両者の拳と拳が激しく衝突する。『最強のスタンド』と称される『スタープラチナ』と水棲型と思われる
『フー・ファイターズ』の拳の打ち合いは意外な形に縺れる。
水中だけかと思ってたが…こいつ、素早いッ!
パワーに措いては『スタープラチナ』が勝っていたが、拳のラッシュのスピードでは『フー・ファイターズ』が優勢であった。
原因は霊夢との戦いに受けた『封魔陣』の影響だろうか。痛みや不自由さは失せてはいるが、
スタンドを行使するには万全の力を発揮できないでいた。
故にフー・ファイターズは力で押し負け拳にダメージが蓄積され、承太郎はラッシュの間を縫うように数発拳を叩き込まれてしまう。
両者痛み分けという状況に縺れかけた時、呑気な声が上から発せられた。
「頭上注意、たまには上を見たほうがいいわよ。」
いつの間にか、霊夢はフー・ファイターズの頭上の宙にいた。そのまま重力の助けを受け、
さらには右足に力を込めて、フー・ファイターズの右肩を勢いよく踏みにじる。
『幻想空想穴』。霊夢は瞬間移動を駆使し相手の頭上へと接近したのだ。
「ぐおぁッ!?」
さしものフー・ファイターズも完全に虚を突かれ、大勢を大きく崩す。
「おのれぇッ!よくも!」
フー・ファイターズは仕返しに、右肩に乗っていた左足を掴もうとするが…。
「そして前方注意、わき見運転は怪我の元だぜ…!」
ハッとした時は既に遅いというのはよくあること。それはフー・ファイターズにとっても例外ではなかった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ―――」
霊夢がフー・ファイターズの肩から飛び降りたのと、スタープラチナのオラオラが炸裂したのはほぼ同時。見事な連携だった。
「オラァッ!」とラッシュの最後を締める、ドスの効いた声が響き渡る。タコ殴りにされたフー・ファイターズは
無様にも大きく吹き飛ばされ、ビシャビシャと水音を立てて地面を転がった。
「承太郎、平気?」
「おかげさまでな。…それよりも、奴に直接的な攻撃は控えとけ。おそらくスタンドのはずだからな。」
「助けたのにその言い草はないんじゃないの?」
「まあ、横槍を入れてくれたおかげで楽できたのは事実だ。だが、それよりも俺が気になったことがある…」
承太郎は一連の戦いで気づいた点を述べる。
「あいつはスタンドのくせにあんたの蹴りでダメージを受けてるってことだ。」
「…確かにそうね。それに、スタープラチナと殴りあっていた以上はスタンドってことだし……」
「ああ、なかなかよく分からん、得体の知れないヤローだぜ。」
「話は済んだか?承太郎!」
そこには殴り飛ばされていたフー・ファイターズが再び二人へと走り出していた。ダメージを感じさせないほどの敏捷さを以て。
「ほう、あれだけ殴られておいてタフな奴だぜ…。霊夢、サポートを頼む。」
「不本意だけど、了解よ。」
承太郎はフー・ファイターズと同様に加速した状態で激突できるよう駆け出し、霊夢はその場に留まる。
再び後方から水弾が飛んでくる可能性も捨て切れないと判断したからだ。
「まずは貴様の頭から、DISCを返してもらうぞッ!」
「やってみな、てめえに俺の学帽を外せるってんならな…!」
両者、スピードを乗せた一撃を繰り出す。
初撃は重い力を込めた拳同士がぶつかったかと思えば、第二、第三の攻撃は素早さに重きを置いた拳が、衝突しあう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」
「フーフォアアアアァァアア、ぐうっ!」
しかし、最初の様に痛み分けにはならず、十発を超えた辺りのラッシュでフー・ファイターズは音を上げてしまう。
当然だ、全力ではないとはいえ仮にも最強のスタンドのラッシュをもろに受けたのだから。
「動きが鈍いぜ…オラァ!」
「うごぉッ!ま、まだ…だ……!」
承太郎はラッシュの合間の隙に顔面へとスタープラチナの拳を叩き込む。フー・ファイターズはよろめくが、更なる追撃は許さない。
「ぐうッ!受け続けるのはマズい…だが、まだ…退かんぞ……」
しっかりと二撃目、三撃目と寸でのところで受け止める。
そこから、フー・ファイターズはラッシュをひたすらガードし続けた。
そう、ガードしたのだ。ラッシュの打ち合いに持ち込むならばともかく、
攻撃から逃れるならば、受けるよりも距離を取った方が賢い選択なのにも関わらずだ。
幸いにもスタープラチナの射程距離は短いというのに。
フー・ファイターズは何かを待つかのように、攻撃を受け続けていた。
こいつ、何か狙って―――
承太郎がそう考えた時、背後から気配と、声がを感じ取った。
「させ―――
「『星の白金(スタープラチナ)ッ!」
承太郎が身の危険を大きく感じた瞬間、時を、世界を支配した。
まずはテメーだ…!
承太郎はまず目の前のフー・ファイターズを退けるべく、渾身の一撃で殴り抜く。
続いて背後の存在を確かめようと振り向こうとする間に…
もう限界か…!時間が足りねえ。
未だ完全なヴィジョンでスタープラチナを出せないせいか、時止めは1秒にすら満たなかった。
承太郎が振り向いた瞬間―――つまり時止めが終わり、コンマ数秒経過した時だ。
「ぐおおッ!?」
「―――るかッ!―――ってあれ?ちょ、ちょっとぉ!?」
時止めの際に殴られたフー・ファイターズがそのまま大きく吹き飛ばされる。
それとほぼ同じタイミングに、承太郎の目の前で、ばしゃーん、と派手な水音を立てて水にぶつかる霊夢がいた。
「あんた、どうしたんだ?」
「ぶえッ……げほッげほッ…!こ、こっちが聞きたいわよ!あんたの後ろに水妖もどきがいたから、蹴飛ばしてやろうとしたの!
それで、蹴ったと思ったら…そいつはいなくて、水だったのよッ!」
「よくわからん。」
「ああ、もうッ!私だって分からないわよ!」
霊夢はガミガミと怒りながら承太郎に説明するが、彼女自身もよく状況が掴めていないようだった。
「俺もあんたと同じく後ろに誰かいると思って咄嗟に時を止めた。ヤローを殴り飛ばして、いざ振り向いたら…」
「私がいたと、でもねえ、私は見たのよ。」
霊夢は服の一部を絞りながら、説明する。
「私はあんたがあいつと殴り合ってる間、ほっといてもあんたが勝ちそうだから、周囲を見てたのよ。
特におかしいところもなかったから視線を戻したら…」
「あいつがいたってのか…」
承太郎は今までのフー・ファイターズの攻撃から、簡単に推察した。
「水中に潜んでいた時は水を弾丸のように飛ばしていたように、あいつは水を操作できるスタンドなのかもしれんな…」
「でも、水性弾幕はおいといても、自分の分身みたいなのってできるものなの?
仮にできてもそれなりに水がないとできないと思うけど。」
霊夢の言葉に頷きながら、承太郎はふと足元を見て、ある発見をした。
「いや、霊夢。下を見てみろ…!水はあるようだぜ…。」
「うん?あっ、ホントだ。」
承太郎と霊夢は足元を見ると水溜まりがあった。今まで攻撃されていて、気が付かなかったようだが。
「しかも、無数に……というよりも、ここら辺一帯が水浸しになっているわね。」
「奴の仕業か…?」
霊夢が言った通り、水溜まりは足元のみでなく、かなり広範囲にまで及んでいた。二人が状況を整理し、もう一度思案しようとするが―――
「ハァッハァッ、まだだ、まだ終わらんぞ!」
中断を余儀なくされた。
若干フラつきながらも、フー・ファイターズは立ち上がっていたのだ。
「ちょっと!あんたのせいでビショビショになったじゃないの!どうしてくれんのよッ!」
「ほう…!だが、私のせいではないと言っておこう。貴様も見ただろう?背後にいた私の分身を。あれで承太郎からDISCを奪い取る算段だったが…」
そこまで言うとフー・ファイターズは懲りもせず、三度、二人の元へ突撃する。
「やっぱり、あんたの仕業じゃないッ!行くわよ、承太郎ッ!」
「やれやれだぜ…」
今度は霊夢と並走する形で承太郎はフー・ファイターズを迎撃することとなった。
フー・ファイターズは走りながら、両手の人差し指からドバァと聞き覚えのある音を発しながら攻撃を繰り出していた。
当然、霊夢はこれに応戦する。お札を放ち相殺、さらにはフー・ファイターズにもお見舞いする。
しかし、フー・ファイターズは迫りくるお札を最低限対処し、なおも接近する。
近づいたら近づいたで、次は承太郎のスタープラチナと殴り合う必要もある。ダメージが蓄積された状態では、二人が圧倒するかに思われた時だった。
三者の距離を10mを切ったあたりで、異変が起きる。
フー・ファイターズへと走るお札が、時間を止められたかのように一斉に静止したのだ。
そして重力に従い、次々と地面に落ちていく。
「霊夢…?どうし…た―――」
左側で走っていた霊夢の方を向き、承太郎は声をかけるが返事はない。
返事の代わりか聞こえてきたのは、ばしゃりと水に浸かった音。
ハッとして振り向くと案の定、霊夢はいた。
「なんだとおぉーーッ!?」
ただし、地面に横たわる状態でだが。
ここまででも十分驚きに値するだろうが、承太郎はさらに驚愕する。
見れば、霊夢の身体から無数の黒い腕が生えていたのだ。
それだけではない、霊夢の右腕から生えた黒い腕は口を塞ぎ、その他の腕は容赦なく彼女の肢体を殴り抜いていたのだから。
拳が振るわれるたびに霊夢は体をくの字に曲げるが、呻くこともできずに甘んじて受けるしかなかった。
「てめええッ!『星の白金(スタープラチナ)ッ!!」
承太郎はすかさず時止めを行使する。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
霊夢の元へ一瞬で近づくと、彼女から生えた腕を的確にスタープラチナの拳で破壊する。
高い精密性を誇るスタンドのおかげで霊夢の身体にはスタープラチナに殴られた後は一切ない。
その後、霊夢の首の後ろと膝の後ろに素早く腕を通し、負担をかけないようにゆっくりと持ち上げる。
承太郎は歯ぎしりをしながらフー・ファイターズの方へ向き直り、時間停止の終わりを感じ取った。
ドバァ、ドバァ、ドバァ、ドバァ
フー・ファイターズの指から放たれた、水弾は元のスピードを帯びて走り出す。
対する承太郎はこれをスタープラチナで軽くいなした。
状況が大きく変化しているのを察したフー・ファイターズは走るのを止めて、じっくりと観察する。
「てめえ…!ふざけたマネしてくれるじゃねえか…!」
「その様子だと、成功したようだな。所詮は生身の人間、あっさりと倒れてくれたようだ。」
承太郎は静かにだが、強い怒りを露わにしていた。一見冷静な雰囲気を醸し出しているが、仲間に手を出されて何も感じない男ではない。
「しかし、わざわざ水を被ってくれるとは好都合だった、どうやらツイているらしいな。」
「てめえが仕掛けた分身の仕業じゃないとでも言うのか…?」
「その通りだ。さっきも言ったが、私の狙いは貴様のDISCに他ならない。分身は背後からけしかけるために用いたのだが…。
いつの間にか私は殴り飛ばされ、分身の制御ができなくなり水に戻った。」
「ちっ…!だとすると…」
「理解はできないが、きさまは攻撃される瞬間にスタンドの能力を使ったのだろう?そのせいで、わたしは吹き飛ばされ、
分身は水へと戻り、分身に攻撃した女は水を被った。
後は簡単だ。十分に濡れていたおかげで私の腕を作ることができたのだからな。」
承太郎は顔をしかめた。どうやら自身の時止めが仇となり、霊夢が痛めつけられた原因の一翼を担ってしまったのだから。
ぐったりとしている霊夢の身体も心なしか重く感じた。
「ふん、ショックだったか?最初から素直にDISCを差し出しておけば、女の方は無事だったかもしれんな。」
「ああ、確かに自身の不甲斐なさにむかっ腹が立つ。だが…!それ以上にあんたに対して腹が立ってしょうがないぜ…!」
承太郎は目をギラつかせ一歩前に進む。
「さて、承太郎。その場を動かないほうがいい、と言っておこうか…」
フー・ファイターズがそう言うと、承太郎の背後から一つの水弾が飛んでくる。だが、承太郎は反応しない、する必要がないと判断したためだ。
それはかすることなく、承太郎の側頭部をただ通り過ぎる。いわば、警告のようなもの。
「周りを見てみろ、貴様はとっくに包囲されているのだからなッ!」
弱くなってきた月明かりに照らされたのは無数の水溜まり。大小様々なそれの上から黒い手が10を超えるほど存在していた。
フー・ファイターズの生み出した手の分身。それらが銃の形を模した構えを取り、人差し指を承太郎へと向けていたのだ。
「さて、その女を守りながら、果たしてどこまで戦えるか見物だな。」
「ああ、俺もそう思うぜ。あんたがいつまで余裕ぶっていられるのかってところにな…」
承太郎は不敵に笑ってみせた。
「ふん、やせ我慢を。まあいい…聞け、承太郎、貴様ら二人を生かすために一つ提案だ。」
「ほう、今更てめえが何を提案できるんだ…?」
予想外の言葉に承太郎は若干反応するが、応じる気はないのが容易に見て取れる。
「今から貴様の元に私の分身を送ろう。そいつがDISCを取り、私にDISCを素直に渡してくれたら見逃してやろうというのだ。」
「…どうやって俺からDISCを取り出す?」
「簡単だ、お前の頭を私の分身が触れれば出てくる。スタンドを介すれば取り出せるはずだからな。」
フー・ファイターズの不確かな言い方に、承太郎は問い質す。
「はず、って言うのはどういうことだ、誰かから聞いたってのか?」
「私にDISCを与えた『ホワイトスネイク』だ。そいつから私に知性を与えたDISCの守護を任されている。」
「『ホワイトスネイク』ってのは何者だ、俺は初めて聞く名前だぜ?」
「『ホワイトスネイク』は人の名ではなく、『スタンド』だ。誰が操ってるかは知らんが、そいつの能力でDISCを生成しているはずだ。
…もういいだろう、話はDISCを取り出した後にしてやる。」
もっとも、DISCを取り出して貴様に意識があればの話だがな…
フー・ファイターズは内心ニヤリとすると、自分の分身を創り出す。すると、水溜まりから水が寄り集まり、やがて人の形へと変貌する。
最終的には顔の目の部分は出目金のように大きく飛び出ているが、フー・ファイターズと同じ身体をした分身が出来上がった。
「おとなしくしているんだな。」
分身は静かに承太郎の元へ歩き、手を伸ばせば届く位置に付いた。そしてゆっくりと腕を振り上げ―――
「誰がてめえの話に乗ると言った…!」
腕が殴り飛ばされた。
「承太郎…!貴様、この期に及んで何のつもりだ!?」
「何を提案するかと思ったら今更おとなしくしろ、とは。聞いてあきれるぜ…!
てめえが俺に提案できるのはただ一つ……!」
殴り飛ばされた腕が地面へと落下する。
「俺からブチのめされること、それだけだ…!」
「この状況でまだそんな事にこだわるとはな、愚かな奴め。貴様は今、二人揃って助かる可能性を捨てたのだぞ!?」
「悪いがてめえの話を鵜呑みにするほど馬鹿じゃねえ。何が正しいかどうかは俺が決める。」
承太郎はフー・ファイターズをしっかりと見据え言葉を紡ぐ。
「何よりもだ…。俺はてめえがしたことをこれっぽっちも許しちゃあいねえ…!
訳の分からん因縁を付けて襲ってきた挙げ句に、仲間を…ましてや、女を傷つけたッ!
無抵抗になってからも、執拗に殴るようなヤローを俺は簡単には許さねえぜ…!」
承太郎はスタープラチナを発現させ、指をフー・ファイターズに向けて一言宣告する。
「てめえはこの空条承太郎が直々にブチのめす。」
承太郎の視線を向けられたフー・ファイターズだが多少の驚きはしたが、焦る様子はない。
「バカな奴め。粋がるのは構わんが、所詮貴様は今の状況を理解できていないだけだ…!
食らうがいい!全方位から放たれるF・F弾をなッ!」
承太郎はその場で応戦するかに思えたが、なんと素早く回れ右をすると、一目散に駆け出したのだった。
フー・ファイターズはむしろこの行動の方に呆気にとられる。しかし、
逃すまいと一斉に承太郎たちを取り囲むように無数の手が生え、人差し指から水弾が発射される。
「逃げ切ろうとしようが無駄だ!」
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
今の状態じゃあ時止めできる時間が短すぎる。その上に疲労も大きすぎて使わないものにならない……だが問題ねえ…。
俺にのみ一斉に撃って来るなら水弾が集中するポイントもまた一点…!
承太郎はスタープラチナで水弾を対処しながら一気に走り抜ける。彼が考えたのはどこから放たれた水弾が最も早く自身に着弾するかだった。
しかし、承太郎を中心に円形に取り囲まれ一斉に撃たれては、動かなければ一斉に着弾するのは必至だ。
だから承太郎は動くことにした。動いた分だけ進んだ方角からの着弾が速くなり、
それらを捌いた後に後方からの水弾を叩き落とす。それが彼の判断だった。
その考えが的中し、前方から飛来する水弾はわずかにカスる程度に抑えてみせた。そして素早く振り返り、後方の水弾を対処する。
「オラオラオラオ―――ぐお!?」
承太郎の腹部を拳が突き刺さるまでは…。
「何ィッ!ま、まさ……か…!」
承太郎は殴られた腹部を見て驚いた。そこにあるのは霊夢を痛めつけた忌々しい腕。
「逃げ切るのが無駄だと言ったのが分からないか?女の身体に水分が完全に抜けきっている、とでも思っていたか?」
そう、霊夢を殴った忌まわしい腕が今度は承太郎に牙をむいたのだ。霊夢の裾辺りから生えた腕は腹部を激しく強打していた。
フー・ファイターズは一本だけ腕を生成できる程度、水分とプランクトンを温存していたのだ。
マズい…!鳩尾でも…殴られ、た、かッ…!
怯んだ承太郎に、追撃にとばかりにもう一度叩きこまれる。
ふざ、けるな…!仲間を手、に掛け、た腕で…俺ま、で眠ってられるか…!
飛びそうになった意識の手綱を握り締め、フラつく足に喝を入れる。
「ス、ス…タープラチナァッ!!」
承太郎は霊夢から生えたフー・ファイターズの腕をスタープラチナの拳で再び破壊した。
しかし、後方から迫る水弾がいよいよ迫っており、既に三発ほど既に承太郎の身体に着弾している。
痛みを堪えスタープラチナで対処しようとするが、フー・ファイターズは黙って見ているわけではない。
「ふん、倒れなかったのは褒めてやる、もっともお前はここで終わりだがなッ!……喰らえッ!」
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ! ドバァ!
おまけと呼ぶにはあまりにも多すぎる量の水弾が飛んできたのだ。今度は前方からのみだが量が多い上、承太郎の状態も芳しくない。
だから承太郎は支給品に頼ることにした。
間に合うかどうか、分からねえが……あれを―――ってない…だと!
しかし、身につけておいたはずのそれは戦いの最中に落としたのか、手元にはなかった。承太郎は己の不運を呪うが、そんな時間はない。
くっそた、れ…!これ以上、霊夢に傷一つ……つけてやるかッ!
承太郎は精神を集中させ、なんとかスタープラチナのヴィジョンを保つ。そして迫りくる大量の水弾を弾こうと構えた時だった。
承太郎の少し先に何かがふわりと漂っているのに気が付いた。
霧雨魔理沙の愛用品、ミニ八卦路であった。
何ッ!?どうして…浮いているんだ?
承太郎といえど、この事実に多少は驚かざるを得なかった。それは今まさに承太郎が必要だった金属塊なのだからだ。
ほどなくして、ミニ八卦路から赤い炎が吐き出される。
飛来する水弾は、あっけなくその炎に飲み込まれた。しかも、ミニ八卦路は意志があるかのように動いている。
火を放ち続けながら、承太郎に当たろうとする水弾を狙っては忙しなく向きを変える。
最終的に、承太郎はおろかミニ八卦路にすら届くことなく全ての水弾は蒸発を遂げ、辺りは少しだけ水蒸気で包まれた。
「ば、ばかなッ!承太郎、貴様…何をした!」
フー・ファイターズはミニ八卦路が宙にあったことに気が付かなかったのだろうか。
いや、たとえ気づいても目の前の状況に理解が追い付いかないのも無理はない。
「さあな…だが、これであんたを叩きのめそうだぜ…!」
承太郎はフー・ファイターズへと駆け出す。ダメージが残っているのは承知だが、またも水弾を撃ち続けられるのもマズい、そう判断しての突撃だ。
何よりも…!近づかなきゃあ、てめえをブチのめせないからな…!
「ふん、何をしたのか分からんが、その状態で挑んでも無駄だ…!返り討ちにしてくれるッ!」
フー・ファイターズも迎撃せんと駆け出す。
承太郎はスタープラチナを出現させると、加速の勢いを乗せてフー・ファイターズへ殴りかかる。
「オラァッ!」
「フォアアッ!」
両者の拳が激突する。
衝突した瞬間、押し負けた方が大きく吹き飛ばされた。
果たしてどちらに軍配が上がるのか―――
「うおおおおッ!?」
吹き飛ばされたのはフー・ファイターズだった。僅かな間、殴られた衝撃で宙に浮かされ、やがて地面へと派手に転がりながら倒れ込んだ。
何だ…?あいつ、こんなにあっさりと……
この結果にむしろ承太郎が驚いた。彼からしたらこの特攻は破れかぶれの一撃だった。
しかし、蓋を開けるとフー・ファイターズの攻撃をものともせず、むしろそれを大きく上回った。まるで…
スタープラチナの調子が良くなった…いや、むしろ……
承太郎はスタープラチナのヴィジョンを改めて見て、合点がいった。なぜなら、承太郎はスタープラチナのヴィジョンが元通りに回復していたからだ。
完治している…!霊夢の『封魔陣』が都合良く、このタイミングで治ったっていうのか…?
承太郎は思案しながらも、フー・ファイターズが吹き飛んだ方へと歩き出す。
心なしか憑き物が取れたような感触がなくなっている。他に何かあるとするなら……これか。
承太郎は自分の近くに浮いているミニ八卦路を掴み取り、スタープラチナの視力を通して見てみた。
見た目だけじゃあ何も分からんか…。独りでに動き出したりしたが、こいつに原因があるのか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
承太郎は知らないがミニ八卦路はある異変の際、勝手に動いてくれるようになっていたことがある。
原因は打ち出の小槌による付喪神化であった。しかし、異変は既に解決しており、道具たちは少しずつ、その自律性を失われていった。
ここにあるミニ八卦路はその異変が解決して、まだ月日の浅い時の代物だった。
だが、これだけではミニ八卦は動かない上に、スタープラチナが回復した原因が分からない。
ここで付喪神化した道具が元に戻るのが遅れたという例を紹介しよう。
妖魔本を扱う本居小鈴の話だ。彼女の家の妖魔本を始めとする本は、異変解決後も付喪神化は直らず、
むしろ悪化しているところすらあった。
その原因は、打ち出の小槌の魔力に代替する妖魔本の魔力だった。
つまり、打ち出の小槌に代替するエネルギーがあれば、もう一度付喪神化することがある。
だったら、この場にあるミニ八卦路は、一体何のエネルギーによって再び付喪神化を果たしたのか。
答えは承太郎のスタンドパワーだ。
承太郎はこのバトルロワイヤルに呼び出され、常に装備していた。
付喪神化が終わって間もないという点。霊夢や魔理沙の霊力とはまた違った、スタンドのエネルギーという点。
二つの要素がミニ八卦路が再び力を集め出した要因となった。
霊夢の封魔陣が原因だと思われていたスタンドの封印も、実は承太郎が考えていたよりも早く治っていた。
それが、ミニ八卦路によってスタンドパワーを吸収され続けたせいで、上半身のみしか発現できないでいた原因だった。
要は承太郎が封魔陣によるスタンドの封印から回復したのではなく、ミニ八卦路の充電が済んだ結果、
スタンドパワーを吸収する必要がなくなり、本来のスタープラチナの力を取り戻したのだった。
これらの原因が重なっていることを二人は全く知らないのは言うまでもないだろうが。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
承太郎は起き上がったフー・ファイターズとにらみ合う。
「さて、悪いが今の状態なら殴り合いじゃあてめえに負ける要素は一つもない…。なんなら試してみるか…?」
「ぐッ…!」
ハッタリじゃあない、現にさっきにの一撃は最初の時と比肩できるものではなかった…!
もう一度、全方位からF・F弾を撃つか……いや、火を噴く鉄塊に、ダメージを負っているとはいえ
万全のスタープラチナ、また対処されるに違いない……!
フー・ファイターズが作戦を模索する中、承太郎は歩いていた足を止め、突拍子のないことを言った。
「あんた、人間でもスタンドでもないだろ?」
「…いきなり、何のことだ?」
「知らばっくれても無駄だぜ…。スタープラチナは五感が鋭いんでな…」
承太郎はそう言うと、スタープラチナが手を開いた。手にあるには先ほどフー・ファイターズの胸を殴った際に落ちた皮膚の一部だ。
「こいつをよく見てみると、出目金みてーなよく分からん微生物が群生しているのが見えた。てめえはこのちっぽけな微生物が寄り集まった存在ということだろ?」
「私の名前はフー・ファイターズだ、微生物でもプランクトンでもないッ!」
フー・ファイターズの言葉を軽く聞き流して、承太郎は続ける。
「そして、てめえが話したDISCで与えられた知性とやらの話…。攻撃する際も執拗に俺の頭部を狙っていた様子…。
てめえの頭にDISCがあって、そいつがスタンドの能力を生み出しているってところか?」
こいつ…!私の正体を、仕組みを、完全に見破ったのか…!?
表情には出さないがフー・ファイターズは驚愕した。
「そして、てめえは水とてめえ自身がそこにあれば、自在に操れる。
ダメージは水をかけて増殖すれば問題ねえし、分身は作れる、指先にのみ大量に増殖させて圧縮した水弾を放つといった具合にな…」
「ふんッ!だとしたら、どうする?この大量にばら撒いた水そのものが貴様の敵だ!
そのおもちゃで全ての水を蒸発させてみせるか!?できないだろう?」
フー・ファイターズは半ば認める形ではあるが、なりふり構わず自身の優位性を宣告する。
「私を殴り殺してみせるか!?生半可なダメージなら貴様の言ったように回復してみせる、私を簡単に殺すことは不可能だッ!
それでも、貴様に打開策があるというなら見せてみろッ!」
「……確かにな、どっちも骨が折れる上に、こいつを抱えたままやるとなると危険を伴う。
だが、一つだけ言っておくぜ……てめえは俺自身の手でブチのめすとな…!」
スタープラチナの手の平にあったフー・ファイターズの一部を握りしめ、完全に破壊すると、いよいよ承太郎は走り出した。
「来るか…!」
対するフー・ファイターズは焦りがないわけではないが、動じることなく構えた。
「いいだろう!真っ向勝負ということなら受けて立ってやる!ただし、そう簡単には近づかせないがなッ!」
フー・ファイターズは周囲の水溜まりに潜めている自分自身に増殖せよ、と命令する。
すると、フー・ファイターズ本体を除いて4体の分身が姿を現した。
「「「「フーフォアアアアアアアッ!!!!!」」」」
4体の分身の内2体は承太郎へと接近し、それぞれ思い思いに攻撃を仕掛ける。
そして、フー・ファイターズ本体と共に後方に控える2体の分身。
スタープラチナへとフー・ファイターズの分身の一体が迫る。
「オラオラオラオラオラ!」
しかし、所詮フー・ファイターズの分身であって本体ではない。拳同士が衝突を繰り返すが、スタープラチナのパワーをモロに受け、両腕はあっさり破壊されてしまう。
だが、その間に承太郎へと分身の一体の接近を許す形となる。顔面へ拳を叩き込まんと腕を走らせる。
「フォアアッ!?」
顔面へ残り数十センチというところで突如として腕が焼け落ちた。
見れば承太郎の足元には付喪神化したミニ八卦路があり、そこから火柱が立っていたのだ。
「オラァッ!」
承太郎はスタープラチナの鉄拳を、攻撃の手段を奪われた2体の分身にそれぞれ叩き込む。
重い一撃は分身の胴体を貫通する威力を発揮した。スタープラチナが腕を引き抜くと、2体とも力なく崩れるが…。
「「フーフォアアアアッ!!」」
ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!ドバァ!
その直後、救いの手が差し伸べられる。後ろに控えていた2体の分身は、水弾を発射する。
目標は承太郎―――と思わせておいて実は違った。2体の欠損した分身の腕や胴体へと水弾が命中。
すると、着弾したところからプランクトンが増殖、腕は再生し、貫通した胴体も修復される。
分身は前衛と後衛に分けての攻撃と回復、本体はその指揮ってことか、だったら…
「「フーフォアアアアッ!!」」
復活を果たした2体は再び、承太郎へと牙を剥ける。今度は両者タイミングを合わせての特攻だ。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
そんなもの知ったことか、と言わんばかりにスタープラチナは2体の分身を同時に相手にしてみせた。
2体分のラッシュすら互角以上に打ち合い、ラッシュの合間に2体の分身の顔面をぶち抜き再度リタイヤに追い込む。
その直後―――
「「フーフォア―――『星の白金(スタープラチナ)ッ!』―――
時は止まった。
倒された前衛を助けるべく動いた2体の分身の声が、中途半端なところでブツ切られる。
「復活できねえように、バラバラにするまでだぜ…!」
凶暴な視線が首の吹っ飛んだ2体の分身に向けられていた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァ!」
丁寧に身体の上から下へと、恐ろしいスピードとパワーを以て着実に破壊していく。そもそも既に首がなく、時間停止中という状態であまりにも無防備だった。
哀れにも分身は最終的にその場にいなかったかのように霧散してしまった。
「時は動き出す…!」
「「―――アアアアッ!?」」
分身の声が上擦り、理解できない状況にあることを大いに伝えていた。本体を含む三者には前衛の2体が消えてしまったようにしか見えないのだから。
そんな隙だらけの状態を放置する承太郎ではなかった。
「オラァッ!」
承太郎は本体に駆け寄ると共に、後衛の分身2体をスタープラチナの剛腕で、それぞれの首元に腕を激しく打つラリアットを見舞った。
ついでと言うには少々苛烈な一撃を受け、分身は派手にぶっ飛ぶ。
「いよいよ、あんただけだな…腹は括ったか…?」
承太郎はフー・ファイターズに不敵な笑みを浮かべる。だが、当の本人の目はまだ死んでいない。
「言っただろう!簡単に私には近づけさせんとなッ!」
フー・ファイターズが言い終わるのと同時に、再び周囲の水たまりから4体の分身がゆらりと現れる。
「かかれッ!」
今度は4体の分身が一斉に承太郎へと迫る。だが、承太郎はスタープラチナを構えさせず、その代わりに宙に漂うモノを掴み、構えた。
「悪いがこれ以上付き合う気はねえ…、こいつで仕舞いだ…!」
―――ゴウッ―――
放たれるは真紅の炎。
その出発点はもちろんミニ八卦路だ。承太郎の両手に収まったそれから、勢いよく噴き出された。
先ほどオートで動いていた時よりも大きく、太い一本の炎はすっぽりと4体の分身を飲み込んで見せた。
ホントに大した火力だぜ…!こいつら相手には火が有効なんだろうが、それ以外でも十分すぎる威力だ…!だが…
承太郎はミニ八卦路のパワーに感心したが、その一方で違和感も感じていた。
スタンドパワーによって付喪神化したミニ八卦路の性質か、承太郎が直接持つと力の消費を大きく感じた。
ミニ八卦路がスタンドパワーを充電しようと、必要以上にその力を吸収していたからだ。
しかし、その威力は絶大で4体の分身はわずかな時間しか火で炙られていないが、完全に焼失してしまっていた。
承太郎はそのことを確認すると、即座に炎を解除しミニ八卦路を投げ放った。
当然、付喪神化を果たしたおかげで地面に接触することはなく、ふよふよと浮いている。
やっぱりコイツに何かあるみたいだな…。触っておくのはマズいかもしれん……
そう承太郎が思った瞬間だった。炎の残滓が消えゆく中に紛れて、フー・ファイターズ本体が突撃する姿が見えた。
「不意打ちのつもりだったのならバレバレだぜ…」
「その必要はない…!なぜなら、今からとっておきを食らわせてやるからな…!」
お互い相手に火花を散らしながら、接近。最後の衝突が幕を下ろす。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオオラオラオラオラァ!」
「フーフォアアアアアアアァァアアアアア!」
スタープラチナの拳がフー・ファイターズの拳がぶつかり合う。ラッシュの応酬はやはり終始スタープラチナが優勢であったが、フー・ファイターズも負けてはいなかった。
足元の水溜まりから、水を供給し破損した部分を回復しながら粘り続ける。DISCの回収、その一念が彼を突き動かすが…。
「うぐぉおッ!?」
ラッシュに徹していたスタープラチナの拳が突如、フー・ファイターズの首元に伸びる。
「捕まえたぜ…!」
スタープラチナはそのまま右腕で首根っこを掴むと、相手を地面から足が浮かせた。2m近い体躯のフー・ファイターズの身体を持ち上げてみせたのだ。
回復させないつもりか…!
承太郎はフー・ファイターズの特徴を既に見抜いていた。ならば、回復できる水の上で闘わせてもらえるわけがない。
「オラオラオラオラオラァッ!」
承太郎は顔面に数発、スタープラチナの拳を叩き込む。仲間を傷つけた相手には遠慮なし、容赦なしの本気の攻撃だった。
本当ならばこんなもので済ませるつもりはなく、まだまだ殴ってやりたいところだが、
聞き出す情報もあるので、一先ず気絶させることを選んだ。
しかし、ここで承太郎は大きく驚くことになる。
「なにッ!?」
殴ったフー・ファイターズの面長の顔がボロリと崩れ去ったのだ。
確かに本気の攻撃であったが、今までのラッシュに耐え抜いた相手とは思えなかった。
「終わったのか…?」
顔がなくなったフー・ファイターズが何かをする素振りは一切なかった。
周囲はオートで動くミニ八卦路に任せており、仮に水弾が撃たれたら勝手に焼き払うはず。
承太郎は呆気ない幕切れに却って不信感を募らせる。
「まさか……!」
承太郎はハッとして抱えていた霊夢を見遣る。だが、見た様子変わったところはない。いや、そもそも何かをされたわけではないから当然なのだが。
しかし…
ドバァッ!
霊夢に視線を向けていると突如前方から、いや、すぐ目の前で聞こえた。顔なしのフー・ファイターズから水弾が発せられたのだ。
だが、肝心の水弾はどこにいったのか見逃してしまった。さらに承太郎や霊夢にも着弾していない。
「こいつ……まだ、動けるってのか…?」
周囲は静けさを取り戻すが、承太郎の疑問に答える者は誰もいない。不意にフー・ファイターズの言葉を思い出した。
DISC…!奴に知性を与えたっていうDISCがない…!俺の頭部を狙っていたように、頭に入っているはずじゃないのか!?
承太郎は動かなくなったフー・ファイターズをどうするか一瞬悩んだが、決断した。
「死んだふりをするんだったら、もうちょっと上手にやるんだな…。こうなったら、徹底的にてめえを壊させてもらうぜ…!スタープラチナッ!!」
人間とは違う生き物ならば、首がなくても生きていると考えた承太郎は、スタープラチナの拳を振るう。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
矢継ぎ早に繰り出される鉄拳によって、フー・ファイターズの体躯は一気に破壊されていく。
しかし、心臓を始めとする臓器があるであろう上半身を狙ったものの、DISCと思しきモノは発見できない。
DISCってのは俺の知ってるモノとは違う形なのか…?
承太郎は一向に姿を見せないDISCにそのような疑問を持ち始めた時だ。
「じょ、う…ろ…」
聞き覚えのある声が弱々しくも発せられた。
「霊夢かッ!?」
霊夢を視認する……が、目を瞑ったままだった。しかし、霊夢を見て気が付いたのだ。
頭上が一際暗くなっていることを。
嫌な予感といっしょに頭上を見上げると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「な、なにぃいぃいいーーーーーッ!?」
顔を出し始めた陽の光を遮るように、空から何かが降ってきていた。
それは雨ではなく、まして雪でもなければ、雹でも雷でもなかった。
承太郎は上空に広がる景色を見て理解した。
フー・ファイターズが如何にしてこの一帯を水浸しへと変えたのかを。そして何よりもこう思った。
なんで、じじいが乗ってもない車が空で…その上バラバラになってるんだ…!?
車だった。
しかも、ただの自動車ではない。外装は赤く、大きさはおそらく10m程度はある大型の車―――消防車だ。
それらが大小様々な大きさの破片となって降ってきているのだった。
野郎がやったってのか?くそッ!今の状態だと時を止めて逃げ切るほどは出来ないッ!
「腹を括るしか…ねえようだなッ!」
承太郎は素早くスタープラチナで掴んでいたフー・ファイターズを投げ捨て、迎撃の体制を取る。
ガラクタとなった大型車の破片が周囲に降り注ぐ。
「いくぜオイ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」
承太郎はスタープラチナで全力のラッシュをぶちかます。
ガラスの破片、外装の一部、座席、半分になったハンドルなどが、容赦なく降ってくる。
しかし、流石最強のスタンドとも言うべきか、圧倒的なパワーとスピードそして精密性により捌きって見せる。
スタープラチナが回復していなかったら、こうはいかなかったかもしれんな。
的確に捌きつつも、内心はヒヤリとしている承太郎だった。だが、ヒヤリとするのは心だけではなかったようだ。
スタープラチナが殴るたびに何か液体が顔に付着していることに気が付いた。
水か…?まさか雨でも降っているってのか…?
そう思い過ごそうかするが、すぐに考え直した。自分は今まで何に苦しめられたのかを。
いや、その『水』がヤバいッ!……まさか、野郎の狙いは…そっちだっていうのかッ!?
この破片の雨がもし、フー・ファイターズの手によって引き起こされたのなら、消防車のタンクに入った水は既に…
野郎…!そこまで考えて、こいつをぶつけてきやがったのか…!?
承太郎はこの場を離れようか逡巡するが、それができるなら苦労はなかった。破片の雨はまだ止む気配はない。
動きながらだと承太郎はともかく、抱えている霊夢への危険が大きくなる。
承太郎たちは破片の雨が止むまで、迂闊に動けなくなったのだった。
まだ……時を止めても、この雨から逃げきれない…!クソッタレがッ!早くしねえと―――
スタープラチナが殴るたびに水が弾け飛び、承太郎や霊夢にかかってしまう。
流石に飛び散る水を対処する余裕など、今の承太郎にはなかった。
恨めしく空を睨みながら、破片を凌ぐ承太郎だったがそれも遂に終点が近づく。
後、数発で終わる…!だが…あれを凌げる…か?
最後に承太郎を阻むのは消防車の残骸ではなく、またしても水であった。
ただし、それはばらけることなく都合よく塊となって、承太郎目掛けて落下しようとしていた。
デカいな…これじゃあいくら殴っても意味がない―――となれば、焼き払うのみか…!
承太郎はスタープラチナで応戦させつつも、霊夢を背負う体勢へと変える。
最後に呑気にたゆたうミニ八卦路を掴み取り、天に発射口を向ける。
「頼むぜ…!水ごと焼き尽くせ…ミニ八卦路ッ!」
スタープラチナをフル稼働させながらも、なんとかミニ八卦路に力を込めて、炎を吐き出させる。
八卦ファイアは見事、落ちてくる水塊を捉えることに成功した。
「こいつで、チェックメイドだ…!オラァッ!!」
フー・ファイターズの分身さえも焼き払う火力は、水塊を食い止めるどころか、そのまま一気に蒸発させてみせた。
落ちてくる水を全てを焼き払ったのを確認すると、スタンドパワーを注ぐのを止め、宙に放った。
承太郎はそのまま地面へと座り込んだ。
「ハァ…ハァハァ……クソッ…、最後の最後まで……喰らい付く面倒な、相手だった……!」
なんとか呼吸を整えると、すぐさま自身の服をスタープラチナで観察する。
「ほとんど、あのプランクトンはいない……。それに、思っていたよりも服も湿ってないか…」
あの状況で焦っていたせいなのか、水よりもむしろ汗の方が気になるくらいだった。承太郎の心配は杞憂に終わっていたようだ。
霊夢も平気か…―――というよりこいつに至っては……濡れていないな…。
とりあえず一旦この場を離れるか…射程圏外に行けば無力化できる。
続いて霊夢の様子を確認するが、こちらも問題なし。彼女の首と膝の後ろに腕を通し、
負担をかけないようにそっと持ち上げる。
とりあえずはジョースター邸へと引き返すべく、承太郎は歩き出した。
野郎はガラクタの下敷きか。話を聞く必要があったんだがな…
(20m)
辺り一面に広がるガラクタを眺めると、掘り起こしてまで探そうと言う気になれなかった。
(17m)
奴はまだ生きている可能性がある…頭なしでも動いたのなら、なおさらだ。今は後回しだが…
(14m)
承太郎は歩くついでに黙々と思考する。
しかし、俺はまだしも、霊夢の服が一切濡れてなかったのが気になるな…
(10m)
(カチリ)
だがスタープラチナの視力で見て、触っても特に水気はなく、プランクトンも当然いなかった。
まあ、だからこ―――ドバァ!―――そ、きに…なるが…
水弾が命中した。
「な……にぃ…!?」
どこを撃てれたのかすら分かることなく、承太郎は完全に不意を突かれ、彼の意識は闇へ飲み込まれていった。
最終更新:2014年05月31日 21:16