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時刻は既に日没を越えている。
白いお月様が見下ろす中、私――――『
藤原妹紅』は竹林の間からゆらりと顔を出す。
視線の先に立つのは長い黒髪が特徴的な一人の少女。
『おーっす…待たせた?』
『あら、ようやく来たのね』
首をこちらへと向けながら、黒髪の少女『
蓬莱山輝夜』は呟く。
私を待ち詫びていたかの様に、口元には僅かに笑みが浮かんでいた。
『悪いね。慧音の手伝いしてたら遅れちゃってさ』
『いいのよ、私達の時間は幾らでも残されているわ。気が遠くなる程ね』
輝夜はくるりと身体を翻し、黒髪と着物を靡かせながらこちらを向く。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながらアイツはじろじろと私を見てくる。
もう見慣れているとは言え、相も変わらず癇に障る面構えだ。
『気が遠くなる程、か』
『ええ、私達は不老不死だもの。時間をも、死さえも超越した存在』
『故に生の実感を得られない。だからこうして時折殺し合いをしているんだしね』
輝夜と向き合いながら私は言葉を交わす。
私は一定の周期で輝夜とちょっとした待ち合わせの約束をし、こうしてたまに竹林で会っている。
腐れ縁同士による世間話を交わす訳ではない。
かといって何かしらの遊戯で親睦を深める訳でもない。
殺し合いをする為に顔を合わせているのだ。
私と輝夜の出会いと言えば、今から千年以上も前のことである。
元々輝夜は有力貴族だった私の父が熱を上げていた姫君だ。
しかしこいつは何度も求婚していた父に恥をかかせ、まんまと月に逃げた―――そう思っていた。
その後、私は輝夜の残した蓬莱の薬で不老不死の人間になった。
当初はあいつを困らせる為の意趣返しが目的だったのだが、あの時の私は魔が差してしまったのだ。
それから私は人目を避け、たった一人で生き続けた。
自らの所業を後悔し、不老不死を嘆き、ただ悲しみのままに妖怪を狩り。
気がついた時には千年もの時が流れ、私は幻想郷に辿り着いた。
そして私は輝夜と再会した。以来、同じ不老不死の肉体を持つ輝夜とは定期的に殺し合っている。
いわば不滅の身体を活かした喧嘩であり、死なない私達が命の実感を得る為の唯一の方法だ。
『ねえ、妹紅』
『…なに?』
『死ぬことって、どう思う?』
唐突に質問を投げかけられる。
いきなり何を聞き出してるんだ、こいつは。
『何となく聞いてみたくなっただけよ。
貴女って慧音や人里の人間とそれなりに関わってるんでしょう?
妖怪や人間の命なんて、私達からすればそう長くはないのに。
…あぁ、妖怪って言えばうちにも鈴仙とかいるけどさ』
神妙とも飄々とも捉えられるような微妙な表情で輝夜は言葉を紡ぐ。
いつもは私をおちょくってばかりの輝夜だが、時折こうゆう問いかけを投げかけてくる。
そう、こんな超然とした雰囲気を纏って。
当人の気まぐれなのか、それとも――――答えは解らないが、私は有りの侭に答える。
『友の死は…何度か経験してきた。悲しいけど、仕方ないって割り切る事は出来る。
…あー、でも自分の死に関してはもう実感さえ湧かないわね。
恐怖っていう感情すら抱けない。死が遠くなり過ぎて、幻想の様にさえ感じる』
私だって千年以上の時を生き続けている。
そんな長い歴史の中で、ごく少数ながら友人と呼べる相手が出来たこともあった。
慧音のようなお節介焼きもいれば、独りぼっちで似たような境遇の奴もいた。
尤も、昔の私はかなり荒んでいたこともあって素直に認められなかったし――――何より、相手の老いによってすぐに死別してしまう。
私はその度に心の底で寂しさを感じていたが、仕方が無いと割り切ることが出来た。
どうせ自分は永遠に独り身なのだから。寿命の差は覆らないのだから、と。
『それで思ったんだよね。不老不死って、「生きてる」と言えるのかって。
産まれて、成長して、緩やかに老いて、死んで……生きるってそうゆうことじゃないのかって。
でも私達は違う。成長もせず、老いることもせず、死ぬことさえなく…
永遠を手に入れ、気が遠くなる程の果てしない時を渡り歩いている』
永遠に独り身――――そう思っていく度に、自分の『命』の価値が見出せなくなっていた。
『生きること』も、『死ぬこと』さえも自分に取って幻想へと変わりつつあった。
生きるものは成長していく。
生きるものは老いていく。
生きるものには『死』という終着点がある。
だけど、私たちにはそれが無い。
永遠となった存在は、果たして『生命』と呼べるのだろうか。
『ねぇ、輝夜。私達って本当に「生きてる」のかな?』
『生きているわ。だって私達は此処にいるもの。
私は妹紅を見ている。貴女は私を見ている。生の証明なんてそれで十分よ』
――――輝夜はきっぱりと答えた。
私が思い悩み続けていたことを、大したことではない様に語ってみせる。
自分が相手を見ている。相手が自分を見ている。
生きている証など、それだけで十分だ―――――と。
そんなあっさりとした答えを聞いた私は、いつの間にか口元が綻んでいた。
『あんたらしい答えだね』
『生きている証明なんて幾らでも出来る。でも、私は実感が欲しいのよ。
だから貴女と殺し合うの。何度でも、何度でも、何度でも…ね』
月明かりに照らされ、輝夜は微笑を浮かべる。
そう、私達は何度でも殺し合う。
弾幕ごっことは違う。ただ純粋に、己の力を使って命を奪っていく忌々しき争い。
何度でも死ぬ。何度でも殺される。意味の無い命の奪い合い。
しかし、終わりなき戦いに恐怖や絶望なども一瞬たりとも感じたことは無い。
何故なら、それこそが。
私達にとっての命の実感なのだから。
私達が感じられる命の鼓動なのだから。
『今日は、いい夜になりそうだわ』
『…そうかもね』
『こんなにいい月だもの』
『こんなにいい月なのに』
この須臾の昂揚で、私は生命の鼓動を感じられる。
この永遠の死闘で、私は生きている実感を得られる。
故に私は殺し合う。同じ永劫を歩む姫君と。
『本気で殺し合いましょう―――――妹紅』
『言われずとも―――――輝夜』
ああ、生きてるってなんて素晴らしいんだろう。
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◆◆◆◆◆◆◆
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない―――――――――
「はぁ………くっ………はぁっ……!」
森を抜け、辿り着いたのは見慣れた竹林。
間違いない。此処は『迷いの竹林』だ。
無数の竹に囲まれ、その間から射す光から逃げる様に。
私は無我夢中で走り続ける。
心中で渦巻くのは―――――――恐怖。焦燥。
「っ…あ………はぁ………ッ」
何故、私は走っているんだろう。
何の為に、私は駆け抜けているんだろう。
芳香の分まで生きるため?
自分一人で逃げ延びるため?
死の恐怖から逃避するため?
(私は、あの子を『捨てた』―――――)
そうだ。私は――――芳香を捨てた。
大切な仲間を犠牲にした。
芳香は片手と片足を失った状態で、あの
八雲藍に立ち向かった。
まず助かる見込みは無い――――決して信じたくない推論。
しかし、私の脳はそれを信じ込んでいた。
「彼女が死んだ」ということを確信していた。
助かる可能性など、万に一つの奇跡が起きない限り有り得ない。
『人は何かを捨てて前へ進む』
私は、一歩たりとも前へ進めない。
芳香の仇を討つことも、あの子の意志を継ぐことも、主催に抗おうとすることも出来やしない。
胸の内で、頭の中で、恐怖と絶望が濁流の様に渦巻く。
この深い竹林に迷い込んだ私自身と同じように。
私の心は、黒い泥濘の中から抜け出せない。
あの時の芳香は、何を思っていたんだろう。
―――――もこうがしぬのを、わたしはいやだからにきまってるから、じゃないか
私が芳香を助けていれば。
私が勇気を振り絞れていれば。
私が『前へ進む』ことが出来ていれば。
私が―――――
私がいたから、芳香は死んだんじゃないか。
芳香が犠牲になったのは、全部私のせいじゃないか。
私が何も出来なかったから。
―――――もこうのせいで、わたしはしんだんだぞ
(違う)
――――有り得ない。
私の頭の中で、芳香の声が響き渡る。
芳香の言葉が、私を責める。
違う。こんなものは幻聴だ。
あの子がそんなことを言った訳が無い。
言うはずが無い。
(言う、はずが)
頭の中で必死に否定を繰り返す。
繰り返せど繰り返せど、呪いは祓えない。
そして――――ぬらりと、私の背後に何かが憑く。
それは片腕と片足を奪われ、止めどなく血を溢れさせている少女。
私を気遣ってくれた、仲間。
私を心配してくれた、友達。
そして、
―――――なんで、おまえは、なにもしなかったんだ
私を庇って死んだ、キョンシーの少女。
「――――――――ッ!!!!」
―――――なきむしだな、おまえ
傷ついた身体で、憎悪に歪んだ表情で。
『あの子』は私を蔑む。私を責め立てる。
(五月蝿い!違う、違う!違う違う違う違う有り得ない!!芳香はそんなこと…ッ!!)
私の理性がそれを振り払おうとする。
こんなものは幻に過ぎない。嘘っぱちだ。
頭の中で必死にそう言い聞かせる。
だけど、声は消えない。
私を蝕む言葉をかなぐり捨てられない。
私の罪の意識を具現化したかのように、幻覚と幻聴に苛められる。
違う。
芳香じゃない。
有り得ない。
違う、筈なのに。
(違う―――――――――!)
―――――ちがくなんか、ない
―――――おまえがおびえていなければ
―――――わたしは、しななかった
「………あ、」
私の足が、止まった。
足が竦んだ。動けなくなった。
私にのしかかっていた重荷のような罪悪感。
その根源が、『芳香』の口から直接告げられた。
直後に私は、自然と両膝を地面に付く。
私は。
どうすればいい?
私は何を信じればいい?
どうやって前に進めばいい?
何を見据えればいい?
芳香の分まで―――《死にたくない》―――生きる?
私を守ってくれた――――《嫌だ》――あの子の為に――――《生きたい》―――生きる?
そうだ――――私は。
生きたい。死にたくない。
死にたくないんだ。
だから、あの子を見捨てて。
逃げてしまったんだ。
「あ……あああ………ぁ………」
ごめんなさい、芳香。
ごめんなさい。ごめんなさい。
全部全部、私のせい。
私が臆病だから。
私が死を恐れたから。
私が。死を、死を、死を、死を。
死を。
死に。
死にたくない。
生きたい。生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい――――――!
「―――――――――ああああああああああああああああああああアアアアァァァァァァァァァァァァァッ…!!!!!」
押し寄せたのは、罪悪感と後悔の濁流。
そして、未だ打ち克つことの出来ぬ絶望。
心が押し潰された少女は、悲痛な慟哭を上げる。
何度も何度も、泣き叫び続ける。
ただの、一人の少女のように。
―――――『人は何かを捨てて前へ進む』。ならば、お前は何を持っている?
―――――オレには既に『光り輝く道』が見えている。『男の世界』という名の路(ロード)がな。
―――――死にたがりのお前には何が見える?
あの男の言葉が、彼女の脳裏を唐突に過る。
まるで少女を追い立てるように。
そうだ。私には何が有る。
芳香を捨てた私に、何の道が見える。
『死を恐れる』私の目には、何が――――――――
(………え、)
思考の直後のことだった。
雑草を踏み頻るような音が耳に入った。
こちらへと着実に近付いてくる音に、気付いた。
これは――――足音、だ。
誰だ。
私を、殺しに来たのか。
私を、責め立てに来たのか。
何も無い私を、追い詰めに来たのか。
頼むから、来ないで。
お願いだから。
私を、見ないで。
しかし、そんな妹紅の感情と反して足音は徐々に近付いてくる。
竹林の影から、隙間から、少しずつその姿が露になる。
呆然と立ち尽くしながら、妹紅は――――
私は、そちらへと目を向ける。
その来訪者の正体は。
「…妹紅」
「輝、夜…」
あいつだ。
あいつは、私にとっての―――――
生の象徴であり、死の象徴。
頭の中で、記憶が、感情が。
濁流の様に渦巻く。
《吸血鬼や柱の男、妖怪に蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ》
《小娘、お前はどうなんだ?お前も俺の知らない『何か』なのか》
《お前は『いきもの失格』だ。虚無の『人形』はここでは必要なし》
《人間、お腹が空くと不幸せだし、逆にお腹がいっぱいだと幸せだ。》
《オレが仕留めるのは『漆黒の殺意』でオレの息の根を止めようとかかってくる者だけだ》
《ほら言ってみろ、私は別にお前を殺したりしない、死ぬのはいかんからな》
《理解しろッ!その『汚らわしい殺意』を俺に向けるんじゃあないッ!》
《私は……えーとえーと……宮古……そう!
宮古芳香だ!》
《……このまま永遠に死に続ける気か?もう無駄だ。お前は何処にも到達することは出来ない》
《おい妹紅、もう無理だ、私は》
《死にたがりのお前には何が見える?》
《……おぅ、もこう。また、ないてんのか》
《そりゃあおまえ、もこうは、いいやつ、だからな。しぬのは、なにより、よくないこと、だぞ》
《しぬのは》
《ぜんぶ、おまえがわるいんだ》
《おまえのせいで》
《しんだんだぞ》
《おまえがおくびょうだから》
《わたしは》
《私のせいだ》
《でも死ぬのは駄目だ》
《死にたくない》
《怖い》
《嫌だ》
《生きたい》
《生きたい》
《生きたい》
《生きたい》
《生きたい》
《本気で殺し合いましょう―――――妹紅》
あぁ、そうか。
そうだよね、輝夜。
変わらない。いつもと同じだ。
生きるために。
■せばいいじゃないか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
皆は、生きているのかな。
何度同じことを思ったのだろうか。
先程からしょっちゅう考えている。
当然のことだろう。彼女にとってそれが一番の気がかりなのだから。
(ああもう、ちゃんと放送聞いとくんだった!)
朝日が僅かに射す中、果てしない竹林を一人の少女が進む。
『蓬莱山輝夜』。迷いの竹林の奥底、永遠亭に住まう姫君。
永遠を生きる不老不死の少女。
ゲームの始まりは――――何とも間抜けなものだった。
輝夜は支給されたマジック・ミラー号に閉じこもり、1年分のジャンプを読み漁っていたのだ。
予想外の面白さで病みつきになってしまい。
無心で漫画を読み続け。
気がつけば、全て読み終えた頃には放送を越えていた。
無論、放送の内容など聞いてなどいない。
誰が死んだのかなんて、知る筈も無い。
永遠亭の皆ならそう簡単に死ぬ筈が無い――――とも信じていた。
だが、やはり胸の内には不安と焦燥が込み上げる。
『漫画家になる!』という夢すら忘れかける程に、確かな焦りに蝕まれていく。
しかし慌てては駄目だ。私は永遠亭の姫君だ。
落ち着け、落ち着くの――――――
(…それにしても)
深呼吸をする最中に、彼女はふと周囲の竹林へと目を向ける。
―――こんなにも、深かっただろうか。
生い茂る竹の姿はいつも眺めている。
妖怪兎達が竹林で跳ね回る姿だって見ている。
『あいつ』と殺し合う時だって、竹林の中だ。
だというのに。
(…まるで、見知らぬ場所にいるような気分)
こうやって宛も無く地上を歩いているだけで、全く違う感覚に陥る。
それに兎の気配も、妖怪の気配すらも一切存在しない。
まるで自分だけが世界に取り残されたような。
何とも言い難い、奇妙な気持ちに襲われる。
だが、当然だろう。
今のこの竹林は、いつもの竹林じゃあない。
『殺戮遊戯』―――――その会場の一部に過ぎないのだから。
(ここもいつか、空しく血に染まってしまうのかしらね)
竹林を歩きながら、少女は想う。
殺し合いが経過してから6時間。
一体何人の参加者がゲームに乗ったのだろう。
一体何人の参加者がゲームで散っていったのだろう。
輝夜には解らない。
聞き逃したのだから、知る筈も無い。
ただ、ふと思う。
この殺し合いが加速すれば、この竹林の地ですらも紅く染め上げられてしまうのだろうか。
それどころか、何人もの参加者が『乗っている』として――――――
本当に、自分の大事な者達は無事でいられるのだろうか。
(……声?)
そんな中、輝夜は気付く。
慟哭のような。
泣き叫ぶような声が、聞こえる。
ドクン、と急に左胸の心臓が脈打つ。
咄嗟に左胸を片手で押さえた輝夜。
何がなんだか解らない。
だが、あの『声』を聞いた瞬間に胸騒ぎがしたのだ。
(まさか)
殆ど絶叫に近いような、言葉とさえ言えないような慟哭。
それを発したのは、私がよく知る『誰か』なのではないか。
根拠など無いが、先の胸騒ぎでそう感じたのだ。
(――――行かなく、ちゃ)
そうだ、行かなくちゃ。
ただ衝動に駆られるように、輝夜は動き出す。
目指すは『声』の聞こえた方向。
何かに絶望するような『慟哭』を耳にした方向。
輝夜は只管に走る。
竹林の中、無数の竹や筍の隙間を抜けるように走る。
何度か日差しにその身を映し出されながらも、意に介さず。
彼女は進み続ける。
(誰か、いる…!)
そして、輝夜は辿り着いた。
無数の竹の隙間から人の姿が見える。
『少女』は両膝を付き、呆然と宙を眺めている。
輝夜の存在に気付いた『少女』は、驚いたようにそちらの方を向いていた。
瞬間。
少女の姿を見た輝夜の表情が、驚愕の顔へと変わった。
(……嘘でしょ?)
『あいつ』だ。
『あいつ』なのだ。
だけど――――――あんな顔をしている姿なんて、見たことがなかった。
輝夜はそのまま驚愕を隠せぬまま、『少女』の前へと姿を現す。
「…妹紅」
「輝、夜…」
輝夜は、『少女』の名を呼んだ。
瞼が赤く腫れ、呆然とした顔を浮かべていた『少女』――――『藤原妹紅』もまた、輝夜の名を呼ぶ。
妹紅は唖然としたまま輝夜を見つめていた。
その表情は恐怖と絶望に飲まれ。
まるで、怯える童のように動こうとしない。
輝夜はすぐに異常に気づく。
何度も殺し合っている腐れ縁の仲だ。
妹紅のことは少なからず知っているし、それなりの付き合いもある。
だからこそ、彼女は異常だと感じた。
なんで、妹紅がこんな顔を。
なんで、あいつがこんな表情を。
なんで、あいつがこんな感情を。
なんで。
なんで。
なんで、そんなに畏れているのよ。
まるで死に怯える―――――『普通の人間』みたいじゃない。
「妹紅、あなた―――――――――――」
――――――その直後、輝夜の右腕が焔に包まれた。
え、と驚愕と共に怯んだ輝夜。
妹紅の妖術、不死鳥の焔だ。
余りにも唐突な攻撃。対処など出来る筈が無い。
その一瞬の遅れが、命取りとなる。
輝夜の身体を、絡み付くような劫火が焼き尽くす。
焔によってその視界が焼き尽くされる中、妹紅が僅かに『笑っている』ように見えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――――竹林が焔に焼かれる中、一人の少女が立ち尽くしていた。
目の前に転がるのは、全身を焼き尽くされた無惨な死屍。
こんなにも呆気ない。
ここでは、不死さえも容易く否定される。
あの男に味合わされたように――――この空間に於いて、永遠など存在しない。
そう、『人間』も、『妖怪』も。
こんなに容易く死ぬのだ。
「…ははっ」
嗤いが、口から溢れ出る。
始めは少しずつ。しかし、着実に狂気を増していく。
限界が訪れた彼女の精神の箍を破壊していく。
「はは、っははは、ふふは、はは、あはははははははははははははは――――――――!」
―――溢れる涙と共に、哄笑が響き渡った。
少女は自らを責め立てる重荷を振り払った。
狂うことで、恐怖から逃げた。
理性の箍を打ち崩すことで、絶望から目を逸らした。
光も、闇も、最早その瞳には映し出されない。
「みんな殺して――――――やり直せばいいじゃない!
そうすれば、私は死なない!皆だって助かるもの!!」
錯乱した彼女の目に映るのは、都合の良い理想だ。
全てを無かったことにするという、ゲームそのものの否定。
そんな願いを叶えられる確証などあるはずが無い。
だが、彼女はそれに縋ることしか出来なかった。
「だから…待っててね、芳香」
死を恐れる想い。
芳香を死なせてしまった後悔。
それらから逃れる為の手段は、それしかなかったのだから。
「――――――――――私が全部、終わらせるから」
少女は笑みを浮かべ、焔に包まれた竹林を進み出す。
全てを焼き付し、殺し合いを終わらせる為に。
ただ生きる為に、不死者は狂気の沼へと沈んでいった。
【C-5 竹林/朝】
【藤原妹紅@東方永夜抄】
[状態]:発狂、霊力消費(中)、服回復中?
[装備]:火鼠の皮衣、インスタントカメラ(フィルム残り8枚)
[道具]:基本支給品(芳香の物、食料残り3分の2)、妹紅と芳香の写真、カメラの予備フィルム5パック
[思考・状況]
基本行動方針:生きる。
1:みんな殺す。
2:優勝して全部なかったことにする。
[備考]
※参戦時期は永夜抄以降(神霊廟終了時点)です。
※風神録以降のキャラと面識があるかは不明ですが、少なくとも名前程度なら知っているかもしれません。
※死に関わる物(
エシディシ、リンゴォ、死体、殺意等など)を認識すると、死への恐怖がフラッシュバックするかもしれません。
※放送内容が殆ど頭に入っておりません。
※発狂したことによって恐怖が和らぎ、妖術が使用可能です。
※芳香の死を確信しています。
※輝夜を殺したと思っています。
※彼女がどこへ行くかは今後の書き手さんにお任せします。
「――――――……………………ッ………ぁ………………」
藤原妹紅が去ってから、暫しの時が過ぎた後。
少しだけ再生が進んだ死屍―――否、『彼女』はよろよろと立ち上がる。
覚束無い足取りで、辛うじて両足で地に立つ。
全身を焔によって焼き尽くされながらも、彼女は死ななかった。
その身が服用した『蓬莱の薬』。
それが齎す不死の力が、彼女の命を繋ぎ止めた。
尤も、制限下に置かれている現状では命を落としかねない程の重傷。
故に再生が遅れ、妹紅が立ち去るまで立ち上がることさえ出来なかった。
当然の如く、彼女の肉体は消耗している。
そのまま荒い息を整えながら周囲へと視線を向けた。
竹林が、燃えている。
撒き散らされているのは全てを灰燼に帰す無情な焔。
情け容赦もなく命を無に帰す劫火。
それらは幾つもの竹を、雑草を、無慈悲に焼き尽くしている。
これをやったのは、自分と同じ『不老不死』の姫君。
たった一人の宿敵――――のような存在。
輝夜がよく知っている少女、だが。
何かがおかしかった。
彼女は酷く怯えていた。
彼女は酷く錯乱していた。
彼女は酷く迷っていた。
そして、何より。
―――あんな妹紅の目は、見たことがない。
輝夜の知る妹紅は、生に疑問を抱いていた。
輝夜の知る妹紅は、生の実感を掴めていなかった。
妹紅は、自分と同じだった。
命の鼓動を死によって感じていた不死者。
それが。
あれほどまでに、必死で。
只管に生を渇望していたのだ。
(も、こう………っ)
あれは、本当に『藤原妹紅』なのだろうか。
本物なのか。あれが、妹紅だと言えるのか。
本物だとして――――――彼女に何があったのか。
答えは解らない。解る筈が無い。
彼女は妹紅が巡り会った悲劇を知らないのだから。
だが、故に輝夜は決意する。
真実を知る為に。
(――――追わなく、ちゃ)
身体の大半が酷く焼け爛れ。
右目は使い物にならず。
身を覆う衣服も殆ど消え失せ。
そんな死人のような姿で、彼女は歩き出す。
屍のような足取りで、焔の中を進む。
憎き宿敵を、止める為に。
愛しき同胞を、追い掛ける為に。
【C-5 竹林/朝】
【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:顔の右半分火傷(大、右目失明中)、全身火傷(大)、再生中、精神疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、A.FのM.M号@第3部
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する
1:妹紅…。
2:妹紅を追う。
[備考]
参戦時期は東方儚月抄終了後です
第一回放送を聞き逃しました
A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました
A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています
支給された少年ジャンプは全て読破しました
黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています
※C-5 竹林にて火災が発生しています。
最終更新:2021年01月04日 18:56