人妖彼岸之想塚

いま、生きているんだ、私…

小傘がそんな当たり前なことをぼんやりと思ったのはジョルノ、トリッシュとの話を終えてしばらくしてのこと。
尤も、つい先ほどまで半死半生の最中だった彼女にとって、ようやく二人の質問責めから解放されたのだから、寝ぼけてたってしょうがない。

 私が持ち直したことを喜んでくれて、なんだか恥ずかしい……

常日頃、人間を驚かせることしか頭にない小傘にとって、どうにも面と向かって感謝されたり、喜ばれたりする経験は少なかったようで、二人の気持ちを察するには至らなかった。
そのせいか、体育座りの姿勢で抱えた膝の上に埋めた顔はほんのりと赤い。

 でも、悪くないかもしれない…こういうのも…

人間を驚かすことが生き甲斐の付喪神としては、他人に喜ばれることを良しとするのは少々おかしいかもしれない。
だが、いつぞや文屋に語った『物が人に合わせる』という行為がなしえて得ることができた結果と思えば、存外悪い気はしない。

 ん?今の私って、もう付喪神じゃないのかな? 依代壊れちゃったし…

彼女のトレードマークの一つであった茄子色の唐傘は傍になく、代わりに何の変哲もない透明なビニール傘が横たわっているだけである。

 まあいいか、そんなこと。今はもうちょっとだけ、このままでいたいな…もうちょっとだけ……

無自覚ながらも、喜びを感じているその表情は緩み切った笑みを描いていた。満足感に浸りながら、静かにまどろみへと引きずられていく小傘であった。

だが、彼女に与えられた休息の時は少なく、しばらくもしない内に目を覚ますことになる。




「マイクテスト、マイクテスト……」


あまりにも不穏な目覚めのベルが鳴りだすのは、目と鼻の先のことであった。





赤毛の少女は自身の体温が上がっているのを、汗がジワリと浮き上がっているのを感じた。
その異常が感情の戸惑いによるものだと気が付くのに時間がかかるほど、彼女は愚かではない。
少女の名はトリッシュ・ウナと言う。

あいつが、死んだって言うの…!?

焦燥の原因は仲間であるミスタの訃報にあった。
それは決して、死ぬ可能性を考えていなかったという慢心からくるものではない。
わずか6時間の間に死ぬようなヤワな仲間ではない、という信頼してのことであった。

 そうよ、タフなあいつのことだもの…!今回だって、きっと…

こめかみにほとんど同時に3発受けた銃弾をスタンドで捌く、20発の弾丸を身体に受けて絶命しなかったなど、ミスタの不死身とも言うべき頑丈さは彼女もよく知っていた。
今回もそうなのだと湧き上がる何かに任せて、ミスタ生存の判を押そうとした。

 いや、だとしたらおかしい…腑に落ちない……

だがそれは叶わない。それはやはり幸か不幸か彼女は愚かではないからだ。

チラリと目線を小傘に移す。ある意味、彼女の生存がミスタが辛うじて生きている、という可能性をより非現実的なものへと変えてしまっていた。
小傘は3時間もの間魂が抜け落ちていた、いわば仮死状態にあったが、そんな彼女は放送で呼ばれることはなかった。
要は死んでいた小傘の復活さえも主催者たちには理解の範疇だったのだ。
そんな彼らがミスタの生存と死亡を間違えるものだろうか。

さらに主催者はこう言っていた。

「まぁ、中には『生きてるとは言い難い者たち』も数名いるが、そこは大目に見て欲しいかなぁ。」

『生きてるとは言い難い者たち』言い換えるならば、『死に瀕している者たち』とも言える。主催者はそんな『死に瀕している者たち』を脱落者として挙げていない、と明言した。

もし、ミスタが仮に生きていたとしたら、当たり前だが放送で名前が挙げられるはずがないのだ。小傘の復活さえ見抜いた主催者が死にかけた参加者を見過ごすはずもない。
それでも、それでもミスタが生きているという妄言を語るならば、彼は現在小傘以上のダメージを受けて、かつ仮死状態にでも至っているということになる。
それならばあるいは主催者すらも気づきはしないかもしれない。



尤も、そのような状態から彼を救う術があるならばの話、だが。



よって、グイード・ミスタは持ち前のタフさを武器にギリギリ生き延びている、という可能性は限りなく0だった。現実は非情だった。



「トリッシュ、小傘、ただいま戻りました。」

不意にジョルノの声が軽トラック内に響き、トリッシュはハッとした。
そういえば放送中の襲撃に備えて、彼が周囲を哨戒することを買って出たことを思い出す。

 切り替えないとね。いつまでも挫けてるわけにはいかないもの… 

いつの間にか熱かった身体の熱はどこへやら、代わりに汗をかいたせいで、すっかり冷え切ってしまっていた。
深呼吸を数度繰り返し、冷えた身体を隠すように平静の衣を纏う。
それだけで意外と気持ちは落ち着くもので、却ってそんな自分にわずかばかり嫌気がさした。

「トリッシュ、ミスタのことですが…」

ジョルノがやや苦し気な面持ちでそう切り出そうとして、トリッシュは腕を突き出し手の平を彼へと向けた。
これからあなたが言わんとすることはわかっている、だから言わないでくれと伝えるために。

「そうですか… なら、僕から言うことは何もありません。受け入れることは苦しいでしょうが、堪えてください。」




「待って…!ジョルノのちょっと!待って!」

踵を返そうとするジョルノに私は思わず声をかけたわ。ほとんど反射的に。一体何のつもりなのか、私にもわかっていなかったのに。

「はい? どうかしましたか?」

ジョルノだって何で呼ばれたのかわからないって顔に書いてあるわ。そりゃあそうよ。私がこれ以上話すなって伝えておきながらこれだもの。


「ねえ、ミスタは……本当に死んだと思う?」


…我ながらブッたまげたわ。ちょっと何言ってるのよ?さっき決心したでしょ?気持ちを切り替えたんでしょ?


「絶対とは言い切れませんが、恐らくは…」
「放送の内容に嘘があった、なんて考えられないかしら?主催者が私たちを混乱させるために虚偽の情報を流したっていうのは。」

私はジョルノの言葉を遮るように早口で捲し立てたわ。その先は聞く気がないって風にね。

「確かにそうですね。もし彼らの狙いがそれならば、今のあなたはまさにその通りになっていますし。」

「そうでしょ!死んでもいない誰かが、脱落者として呼ばれることもあり得るわよね!?」

…皮肉で返されたのに、何あっさり同意してるのよ!ああーもう!ジョルノだって額押さえて空を仰いでるじゃないの!

「………トリッシュ、貴方が言いたいことはわかりました。ですが、正直に言って貴方の考えに同意することはできません。」

「どうして!?」

「今の貴方は浮き足立っている。確かに主催者が脱落者を偽り、僕たちを混乱に陥れようとするかもしれない。
だが、貴方はその逆だ。勝手にミスタが生きていると決めつけ、情報を精査することを投げ出してしまっている。」



「そんな貴方の言葉を鵜呑みにはできません。」



「じ、じゃあ貴方はミスタが……死んだってことでいいの?それで本当にいいの!?」
「構いません。」



「どうして……どうしてよ!?あんたたちギャングってのは……!どうして仲間が死んだかもしれないってのに、そうやって涼しい顔してんのよ!!」
「…」


「あんただってホントのところは、ミスタが生きているんじゃないかって思ってるんでしょ?」



「二度同じことは言いません。僕は無駄が大嫌い、それが答えです。トリッシュ」



結局ジョルノとの口論の後、小傘と何やら話をすると彼は再び外へ行ってしまった。
何やら用があるとのことだが、トリッシュが立ち直るのに時間を与えたのだろうか。
一方のトリッシュはと言うと、薄暗い軽トラックの荷台の天井をぼんやりと眺めていた。

 どうして、あんなこと口走ったのかしら…?

トリッシュからしたら、ミスタの一件ついてはすっぱりと割り切っていたつもりでいたというのだ。それがこのざまである。
ただ、彼女の胸中にある思いはそんな自分に茫然としているだとか、ショックを受けているとかではなかった。
純粋に自分の気持ちのほどを知りたい、それだけだった。これ以上ジョルノに迷惑をかけないために、そのために静かに考えを張り巡らせていた。
そういった意味で彼女は普段のサバサバした態度に宿る聡明さを感じる、
いつものトリッシュだった。

むしろ、彼女の隣にいる誰かさんの方が明らかに落ち着きがなかった。
何やら時折チラチラとトリッシュを盗み見ていた様子も伺えるが、当のトリッシュにはバレバレであった。
言うまでもなく正体は、付喪神の消費期限が切れた付喪神、多々良小傘である。

 …っていうかこの子、さっきまで割と元気そうだった気がしたけど?

トリッシュ自身は放っておいても構わないのだが、黙々と考えている様が却って恐怖を煽っているかもしれないことに気付いた。
先ほどのやり取りで言葉を荒げた自分と二人きりなのだ、多少なりビクつかれてもしょうがない話である。

 とりあえず、誤解を解いておいた方がいいわね。話しかけますか……

正直言えばあまり気乗りしないがそれでも話しかけるのは、不用意に脅かすのは自分の良しとするところではないし、責任を感じる自分もいたからだ。

「小傘ちゃん、さっきは悪かっ「うひゃあっ!!」

トリッシュから話かけてくるとは考えてなかったのか、小傘は大層驚いた様子だ。
文字通り飛び上るほど驚いたのか、上擦った吃驚の声を漏らすだけでなく、身体も体育座りの姿勢からビシッとした直立不動へと移行してしまった。

「ちょっと、ちょっと。そこまでビビらなくてもいいんじゃないの?」

そんなに怖い顔していたかしら、と思うトリッシュに小傘が慌てて弁明した。

「ご、ごめん!つい驚いちゃって…」

 この子驚かせるのが得意だったわよね?それがこの調子で大丈夫なのかしら…?

「ま、まあ、とりあえず安心していいわよ、取って食いやしないからね。」

苦笑いを浮かべ、トリッシュは自分の右隣を指差しながら小傘に座るよう促す。

「う、うん…」

小傘は誘われるがままに、しかし、おずおずとした感じで座した。

「改めて言うけど、さっきは取り乱して怖がらせちゃったわね。ごめんなさい、小傘ちゃん。」
「そ、そんなことない!私怖がってなんかいないし………もちろん!驚いてもないよ!」

両手を左右に振りながら、トリッシュに非はないと言い表す小傘。ただ、その様子は狼狽しているのが見え見えだったし、
後半の陳述に至っては驚かせることが性分の自身への見栄はりのためにも聞こえる。
そんなダダ漏れの意図を感じると、自然と笑みもこぼれるものかもしれない。


「ふふふ、わかったわかった。それじゃ私の勘違いってことにしておくわ。」
「そうよ!だから気にしなくてもいいからねっ!」


少なくとも、トリッシュはそんな彼女を見て愉快な人間(忘れ傘)だと感じたらしい。当の小傘は念を押し終えると、ふいー、と一息漏らし安心したようだ。
トリッシュはそんな様子を見ると嗜虐心というにはあまりにもささやかなものだが、少し困らせてみたくなった。

「じゃあなんで、私のことを盗み見てたのかしら?」
「んえっ!?」

小傘、本日二度目の驚嘆。
やはりというか、彼女にとっては上手に気付かれることなくトリッシュの様子を伺えていたと思っていたようだ。

「ええっとぉ………それは、その…」

小傘はどうしようどうしよう、といった風に困惑している。視線を周囲に漂わせる様は、そこいらに答えが転がっているのを期待しているように見えなくもない。

 ふふ、意地悪もほどほどにしないといけないかな?

トリッシュはと言うと、視線こちらを向いていないことをいいことに、ニヤニヤとした表情で小傘を眺めている。
適当なところで助け船を出そうか、トリッシュはそう思った時だった。


「いやまあその……そ、そんなことより何か話をしませんか?」


小傘はビクビクといった風に話を切り出す。

話ってまた、藪から棒ねぇ…

まあ大方、単刀直入に本題から入りづらかったのだろう。あるいは、ただ単純にトリッシュが怖かったから盗み見ていた、といったところか。
かと言って、そこを言及すれば小傘がより当惑するのは目に見えていたし、戸惑う彼女を眺めるのは見ていて可愛らしいのはいいだろう。
だが、それではいつまで経っても彼女は警戒しっぱなしだ。流石にそれは気の毒である。

「OK。それじゃあ、お話と洒落込みましょうか。」

なので、トリッシュはこれを快諾した。妖怪界とギャング界(トリッシュは違うけど)の親睦を深めるのも、悪くないだろう。

…って言っても、何を話したらいいかしらね?そもそも話は合うのかしら?

最もな疑問である。見た目こそ年齢の開きを感じさせない両名だが、小傘は百年の歳月を経て付喪神へと昇華した妖怪で、
幻想郷の妖怪の例に漏れず、見た目と年齢がどこまで一致しているのか、甚だ疑問である。



「それじゃあ…!今から私が話をするわ!私が最近驚かせてきた人たちの話をねっ!」



だが、そんな疑問などどこ吹く風か。小傘が快活な声でトリッシュに話しかける。

はぁ、と思わずトリッシュは口から声を、目を見開いて、小傘に視線を注ぐ。先ほどとは打って変わった小傘の様子に驚きを隠せない。

なんか急に元気になってない? まさか単にこの話がしたかっただけなの!?

小傘の豹変ぶりにトリッシュは、ふつふつと疑問が沸き上がるが、当の小傘は語り始めていた。
まあ、沈んだままでいられるよりいいか、と思ったトリッシュは一先ず話を聞くことにした。




「はい!私の話はおしまい!」

小傘はそう言って話の幕を引いた。結局、先ほどの台詞のような感じで終始楽しそうに語る小傘であった。

話した内容は彼女が最近住みかとしている、命蓮寺の墓場での出来事だ。
なぜそのような場所に居着いているのか、と問うと単に墓場という地形に物を言わせれば、簡単に驚いてくれるとかなんとか。
小傘はそうやって、自身が人間をバッタバッタと驚き倒す快刀乱麻の活躍を語ってくれた。

だが、その活躍ぶりは快刀乱麻と言うよりは七転八倒そのものだった。それを小傘が何かにつけて、
こう驚いただのなんだのと脚色した感じで、無理矢理な部分が多々見られる内容。
そんな内容を力強く語るのだから、驚かせたことより、それを語る小傘の方が滑稽になったのは言うまでもない。
特に愉快だったのが、誤って命蓮寺に住まう妖怪を驚かせてしまった時の話だろうか。
折角なので、小傘の曲解したものをシンプルに砕いたものを一部紹介しよう。


最初に相対したのは鼠色をしたネズミの妖怪。放っておけば死ぬような妖怪だが、一丁ここいら相手をしてやる。
いつもの手段と隠れ場所。ひっそり潜んで息殺し、行くぞやるぞと息を巻く。ヒョイと飛び出て、舌を伸ばし、ばあっと果敢に驚かす。
しかしそやつの心は冷血か、氷水に浸けたビールのような視線を送るだけ。
それでもわちきは雨にも負けずと水無月の湿気を漂わせながらも付きまとう。すると相手も観念したか、褒美を取らすと依り代と瓜二つの傘を差し出した。
これにはわちきもびっくり仰天。しかし、姑息にもその隙を付いたか、気付いた時には唐傘二つとわちきが一人。

お次は犬耳生やした山彦妖怪。朝の目覚めはいつだって、こやつの読経から始まりうかうか二度寝することも許されない。
声の大きさならば、日頃研鑽を積むわちきにも分があるというもの。
なれば即決。墓石の影に身を潜め、うわあっ!と飛び出てやれば、相手は自慢の耳が逆立ちさせ、全身の毛をおっ立て驚いた。
だがしかし!それが眠れる獅子を呼び起こす!
う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!!
妖災一過。目覚めた時には辺りの墓石が荒れに荒れ、にこやかな尼さんから山彦と仲良くお説教。

最後に出でたるは見慣れぬ狸尻尾の妖怪。辺りを見渡しているがよもや、先刻の尼公の差し金か。たとえ新参者とは言えど、この多々良小傘容赦せん。
郷に入っては郷に従え、我が物顔でわちきの聖地を侵す輩はおったまげ、ぶったまげることを教えてやろう。
さあ、その墓石から動いた時、お前のさい・・・って今だあぁッ!
!?墓石の影にいたのは…わちき? まさか未来のわちきが過去のわちきを見て…!
!?!?あれ、墓石もわちきに!?!? 
!?!?!?わちきだらけになって!?!?!?
大小ばらばらなわちきに囲まれ埋め尽くされ、まさに四面楚歌の八方塞がり。数の暴力に流石のわちきも、ひええ、と叫んで駆け出した。
スタコラサッサ、ホイサッサ。


まあ、要は語っていた小傘も聞いていたトリッシュも楽しめたというわけだ。
ただ、その面白いというベクトルは小傘の望む方向を向いてはいなかっただろうが。

「ふっふっふ、満足してもらえた?」
「ええ、とっても。楽しませてもらったわ。ありがとう。」


トリッシュは皮肉ではなく、純粋に楽しめたからこそ素直に礼を言った。
だからこそ小傘の活躍がイマイチ覚えていなかったのが少々申し訳なくもあったが、それも合わせてお礼の意に込めたつもりである。

そんなトリッシュの考えなど知る由もなく、小傘はにこにこ顔である。もうちょっと疑いなさい。

「結局、私を元気付けるために素敵なお話をしてくれて、嬉しいわ。」
「う、うん……」

しかし、次の言葉を耳にした小傘の表情に影が差す。女心と秋の空とは言ったものだが、それをこうも表情に出してしまうのはよろしくない。
おかげで、トリッシュは小傘が何か言いたいことがあるのを容易く察することができた。

「そういえばお話しましょ、ってことだったけど、本当は何か言いたいことがあって、私の方を見てたんでしょ?」

小傘は、うんともすんとも言わずにただ沈黙を続ける。だが、その面持ちが徐々に固くなってきていたり、顔には所々汗が浮き上がっていたり、と図星であることを暗に示していた。

「私も貴方に謝ることがあって、それで、話しかけようとしてたの…」

「私に?」

予想外の言葉に答えるのが一瞬遅れるトリッシュ。はて、何のことやらと彼女には思い当たる節がないようだ。
だが、こちらに視線を送る小傘を見るにふざけているだとか、いい加減な気持ちは欠片も見えない。意を決して伝えようとする小傘の姿に、
トリッシュは一つの考えが浮かんで―――すぐに押し込め、こう思った。


「その…私のせいで」


聞かない方がいい、と。





「ミスタさんが死んだかもしれないって思って、だから……ごめんなさい!ぃいいっ!?」


頭をぺこり、と下げようかした瞬間。
トリッシュが四つん這いの姿勢で一気に近づき、小傘の顔へと詰め寄る。小傘が声を上げた時には顔と顔がぶつかるかと思うほどに距離まで寄っていた。


「ひえっ!?」
「続けて」

小傘はドギマギするが、トリッシュは冷静そのものだ。トリッシュにとっては、ただ単に大事な話を聞き逃さないために近づいただけである。
ついでに言えば彼女を護衛した彼らの動きを習ったものだから、少々奇抜な動きだったかもしれないが。

だがそのせいで、小傘は口をパクパクしてるだけで声が出ていない。

「もしかして、私たちに会う前にミスタに会ったの!?」

トリッシュは我慢しきれず自分から尋ねる。小傘はと言うとまだ腰を抜かしているのか首を左右に振って否定の意を示すだけだ。

「ちょっと?何とか言ってもらえないとわからないで「あぁうぇっと……近いッ!!近すぎるよッ!!」

ようやく空気が肺に行き届いたのか、抗議の一声を上げる小傘。


ついでに座ったままズサリと大きく後退する―――がトラックの狭さゆえに後頭部を激しくぶつける始末。
痛ぁ、と頭を抱えてうめきながら、ぺたんと顔面を荷台の床につけた。
トリッシュはと言うと、それもそうね、と小さく呟くだけで大したフォローもない。


「それよりも教えて!じゃあ貴方は何だって自分のせいで彼が死んだって言うの?」


尤も、それは致し方ないことだろう。仲間死に際を知っているかのような口ぶりをされれば、それに食いつくのは至極当然のことだ。
だが、そんな彼女の態度が引き金になったか、小傘は思いっきりぶちまけた。

「だってッ!私なんかを助けるために…!何時間も費やしちゃって、そのせいでミスタさんに会えなかったんじゃないかって思って…だからッ!」


「ごめんなさいッ!!」


どこか謝る雰囲気ではないが、小傘は言い切った。まあ、却ってこの方がしどろもどろにならず、トリッシュにはっきり伝えることができてよかっただろう。



そう、はっきりと伝えることができたのだ。



「………っきに、気にする必要はないわよ。ホントに。別に私たちが勝手にやったことなん、だから…」

「ほんと「ええ本当よ!だから気にしないでちょうだい!貴方のせいじゃない!これで…!良かったのよ…」

トリッシュは小傘の言葉を覆いかぶさるように捲し立てる。小傘はそんな彼女の様子におかしいと思ったが、自らこれ以上デリケートなことに突っ込むには至らなかった。


一時の静寂が軽トラック内を再び包む。


 大丈夫、大丈夫。私は取り乱していない。平気……平気よね?


トリッシュはついそんな自問する。先ほどのジョルノとの口論ようになっていやしないか、彼女の不安はそこにあった。

 小傘を救わなかったらなんて、考えるだけ詮のないこと。わかってるわよね、私?

胸に手を当てて自らの心中を推し量る。大丈夫平気だ、と何度自問しても返ってくる。いい加減ばからしくなってくるぐらいそれを繰り返し、ようやくふうっと一息ついた。


「トリッシュさんは、やっぱりっ、その…ミスタさんが、いなくっ、なって」


小傘は声を震わせながら、ポツリポツリと漏れる言の葉に意味を与える。


「寂しい、のかな……?」


一方トリッシュは沈黙を遵守するのみ。先ほど黙っていた小傘と立場逆転である。ならば、彼女もまた図星なのだろうか。



「もし、えっと……寂しいんだったら、その私を………私を最後の…最後まで使ってくれませんか…?」
「……どういうこと?」



ここでトリッシュはようやく言葉を返す。単純に小傘の言葉の真意を量り兼ねたからだ。

「ジョルノさんに言われたの。安全な場所を見つけたら、そこに君を置いていくかもしれないって…」

ジョルノがそんなことを…

小傘の状態を考えたら、ある意味当然かもしれない。彼女の頭部に入ったスタンドDISC、これのおかげ小傘は一命を取り留めた。
それがどのような拍子で外れてしまうのか、外れたらどうなるのかは未だに不明なのだ。
だったら、彼女をこのまま引き連れての行動は大きな危険を伴う。ジョルノはそこを危惧していたのだろう。

「貴方の安全のためよ。彼も意地悪でそんなことは言わないわ。」
「それはわかっているの!だから……その、貴方の寂しさを、私で埋められたらって思って…」

「私はもう一人でいたくない。でも二人の邪魔にはなりたくない。だから、私が貴方の隣にいてもいいっていう意味を与えて…!私に居場所を与えて!」

小傘はトリッシュの両腕をそれぞれの腕で掴みながら、必至の様相で希求する。





「私にミスタさんの代わりでいさせてください!お願――



ドッゴオォン!!



軽トラック内に重い異音が響く。小傘の言葉が最後までトリッシュの耳に入ることはなかった。
異音の正体はトリッシュを見ればすぐにわかる。軽トラックの鳥居めがけてスタンド『スパイス・ガール』の拳を打ち付けたのだ。
見れば、あとわずかで鳥居を突き破らんとするほどの一撃を放った。

小傘は一瞬何が起こったのかわからなかったが、やがてハッとする。




地雷を踏みぬいたことに。




「あいつが死んだからって…!その穴をあんたが埋めてみせるだってぇ!?冗談じゃない!冗談じゃないわよッ!!」

トリッシュは小傘へとゆっくりと詰め寄る。わざとだ。相手にプレッシャーを与えるように。怒りを誇示するように。ゆっくりと。

「あんたがあいつの何を知っているの?あんたはあいつがどんな音楽が好みなのかも知らないんでしょ!?
私は知っているわ!好きな音楽はカーペンターズ。そして、何よりあいつが最も嫌いなものは数字の4。」

トリッシュは尚も歩みを進めながら一息で一気に言い切る。一方の小傘はそれに合わせて一歩一歩後退するが、途中で腰を抜かしてしまう。

「あいつの代わりなんていない!鞍替えすることなんてできないッ!できるわけがないでしょうがッ!!」

尻餅を着いた小傘はそれでも手足を動かして引き下がるが、思うように力が入らない。顔には恐怖が張り付いており、今にも泣きだしそうだ。

「それに付け込んであんたは…!自分の都合を、寂しいなんて安っぽい感情だって決めつけて!そんなものを私に押し付けないでよッ!!」

すっかり動かなくなった小傘を捉えるのは容易で、トリッシュは小傘と顔面同士ぶつかる距離まで近づき、
そう吐き捨て、小傘の眼を射抜くように眼を合わせた。小傘はうわ言のように意味を成さない言の葉が漏れるだけで、ただ震えていた。

かたや怒り、かたや恐怖。お互い渦巻く感情に包まれ大きく肩で息をする。向き合った状態ゆえに、お互いの吐いた息が当たっているがそんなものお構いなしだ。

ほんの数秒だけ、そうしているとトリッシュはすっくと立ち上がる。へたり込みひたすら呼吸を繰り返す小傘を見下ろすと何故だか気分が晴れるのを感じてしまう。

「寂しいって言うのなら、誰かを驚かせばいいじゃない?今まで通り、それで満足していればいい。そうでしょ?」

そう言ってトリッシュは外へと飛び出そうとした。どこへ行くでもない、ただこの場にいたくなかった。それだけだ。

「ま、待ってえぇええッ!!」

だが、トリッシュの片足を小傘の両腕がひっしと絡められていて、思わずつんのめりそうになる。

「ちょっと、離しなさいよ!」

一瞬、蹴飛ばしてしまえ、と悪魔の声が聞こえたが、さすがにそこまで至るのはトリッシュの倫理が良しとしなかった。



「もうダメなの…!ここじゃあ、誰かを驚かしたって…!また殴られちゃうから……誰かの傍にいないと、私だって本当は寂しいよぉ…」



小傘は痛むはずのない腹部を片手で抑えながら、涙目に涙声でトリッシュに訴える。

 …そう、か……!この子、あの男を驚かそうとして…

今の小傘に寂しさを埋める手立てはない。寂しさを相手を驚かせることで満たしていた彼女だが、この殺し合いの場においてそんなことしようものならどうなるだろう。
現に小傘はそれをよく、本当によく身を以て味わった。そんな彼女は今、少しずつ飢えてきているのだ。



「お願い…!どこかに行くなら連れてって…私を一人にしないで……置いてかないで!置いてかないでよぉおッ!」



小傘の悲壮な願いに、流石のトリッシュも躊躇してしまう。だが、その一方でここで認めたらミスタを軽んじてしまうような気がした。

二つに揺れるトリッシュが選んだ結果。



「く、来るんじゃあねーわよッ!」



片手だけとなった足の拘束をスタンドで振り払い、自由となった両足で軽トラックの床を思いっきり蹴り付け、そのまま大きく跳躍。
トラックの幌が肌を擦る感触が過ぎ去ると、足は地面へとたどり着いていた。

結局わからなかった。小傘に手を差し伸べるべきだったのかどうか。わかったのは、彼女を蹴飛ばして無様にもトラックから転げ落ちろ、
と思う自分もいたし、彼女の好意を無下にしたくない、という自分もいたこと。


トリッシュは駆け出した。逆巻く思いを振り切るように。後ろめたい思いから逃げるように。





唐突だけど、僕が思うに墓標は必要ないものだと考えている。
墓の持つ役割は死んだ後に故人に思いを馳せるためのものだって解釈してるけど、
生憎そんな場所に行ってわざわざ思い返す必要はない。無駄だと思う。
何故かって?そんなのはすごく単純だ。

故人を想起したいなら、その場で目を閉じて思いを馳せればそれで十分だからだ。

貴方にとって、そして故人にとって、真に大切な人ならば、きっとそれだけで故人は貴方に勇気を与えるだろうし、その気持ちは浮かばれるはずだ。
それにそっちの方が素敵じゃないかな?常に自分の近くで守ってくれてるような気がしてさ。
僕はできれば、そんな風に誰かに勇気と希望を与えていけたらって思う。
……おっと、悪いけど僕は今すぐ死ぬつもりは毛頭ないってことは予め断っておくよ。
そして、僕の仲間は少なくとも、僕に勇気と希望を託してくれる。彼らと過ごした時間は短いけど、その分濃密な時間を過ごせたと確信している。

そして、おそらく君も僕に与えてくれるだろう。登る朝日よりも眩しい『覚悟』を掲げた『友』グイード・ミスタ。
惜しむらくは、もう少しの間だけでも貴方が照らす『道』を歩んでいたかった。三人、トリッシュと僕そして貴方とだ。

本当に、本当です。




用がある、と言い残し軽トラックを後にしたジョルノ・ジョバァーナ
彼は軽トラックが小さく見える程度の距離を空けて、一人で何やら作業をしており、たった今終わったようだ。

 こんなものですかね。

周囲はだだっ広い草原とポツリポツリとまばらに突っ立っている樹木、そして先述の軽トラック。
そして、ジョルノの目の前にある彼の腰まである高さの物体が一つ。
ジョルノの腕の一回り小さい太さの二本の木の枝、それぞれを蔓で縛り十字に組まされている。
地面に突き刺さっている様はもちろんアレだ。



墓標である。



 うーん、ちょっと簡素すぎるかな? ホントは墓石が良かったのですが、まあこれ以上は労力の無駄遣いですね。

ジョルノは軽く伸びをすると、座るにはちょうどいい大きさの石に腰掛ける。座るのにちょうどいいと言ったが、もちろん墓石として使えそうな代物である。
ぼんやり周囲を見渡し、彼は何を考えているのか。視線は結局、簡素な墓へと戻ってきて、やがて閃く。

 花だ。何か足りないと思ったら、それがなかった。まあ、花くらいは折角だし用意しましょう。すぐできますし。

では、一体この墓標に何を献花させたものか、ジョルノは思案しこれまた即座に閃く。

「『ゴールド・エクスペリエンス』」

自身のスタンドを発現させると、右腕を振り上げ墓碑の目の前の地面を殴る。物質に生命を宿す力を秘めたその能力に従って、小石や砂は花へとその姿を変えた。

「まあ、貴方にはお似合いの花だと思いますよ、ミスタ。もし、嫌だと言うなら頑張って這い上がってきてください、それじゃ。」

ジョルノはまた明日にでも会える友人にサヨナラを言うように、素っ気なく伝え、踵を返した瞬間だ。

十字の組み木があるだけのみすぼらしい墓に咲く花々は、どこか恨めし気に見える。大小様々、色も選り取り見取りとこれだけだと彼の意図が分からない。
君にはどんな花もお似合いだ、という意味だろうか。だが、ちょっと見ていれば割とあっさりわかるものだろう。
これらの花でもたった一つだけ統一されたものがあるからだ。

軽トラックの方を見やると、こちらに向かって誰かが走ってくるのが見える、というよりはもうすぐそこに近づいていた。
それがトリッシュだとすぐに気付いた彼は、やれやれ、とぼやきながら駆け出す。何事もなければいい、と叶わない願いを抱きながら。




やりすぎた。何もかも。

トリッシュは深い反省と自己嫌悪に駆られながら走る。何もあそこまで言う必要などなかった。
小傘の言ったことが気に入らなかったら、軽く嗜めるだけで十分のはずだ。あそこまで激情に身を任せる必要など、欠片もないというのに。

 何が…!安っぽい感情、だ!

理性を失って怒り狂う自分の方がよっぽど愚かだった。浅はかだった。拙かった。
そして何よりも許せなかったのは、仲間のために自分はここまでできる人間なのだ、という優越感に似たものを感じたことだ。

ミスタの死に怒りを感じ、それを軽んじた小傘を言葉で叩きのめす行為。
そこに自分は仲間に対して、強い信頼と優しさを以て行動したという実感を感じることができたのだ。
ジョルノがミスタの死に何もしなかったのと、違って私はここまでできるのだと。

 そんなもの、糞食らえもいいところに決まっているじゃないッ!

だが、トリッシュはそれが間違いだと良くわかっていた。それは、彼女を護衛したブチャラティチームは決まって、仲間の死に対して冷静だったからだ。
理不尽な死を与えられたアバッキオとナランチャ。それでも彼らは静かな怒りだけを抱えながら進んでいくことを選んだ。
一見すれば、そこに優しさなどない。いや実際、優しくないかもしれない。

その代わり、彼らはそれぞれが歩む『道』に対しては一切の妥協はなかった。
たとえ道半ばで誰かが倒れたとしても、それを受け継ぐ確かな繋がりはトリッシュも良く知るところであった。

 それがわかっていながら…!その場で見ておきながら!彼らに惹かれていながら!どうして私は!

そこまで考えると、視界の揺れが止まっていた。元々強い興奮から息を切らしていたのに、その後の全力疾走でついに足が根を上げた様だった。

なし崩し的にその場に力なく尻餅を着いた。

 ああ……ホントに、どうしようもないわね。

近くに参加者を狙う敵がいないとも限らないというのに、軽トラックにいる小傘とて安全ではないというのに、酷く気怠い気持ちが身体を包む。


「今日の私って、本当に「『一味違う』ですか?」!?」


背後に誰かいるなど露程も頭になかっただろう。反射的に立ち上がって振り返る。

「こんなところで何やっているんですか、トリッシュ?」

声色で予想はついていたが、やはりそこにはジョルノがいた。正直今の彼女にとって対面したくない相手だろう。
尤も、一人でいたかった彼女からしたら、誰が来たところで会いたくない相手へと化けてしまうだろうが。

トリッシュはばつが悪そうな表情をするだけで、何も言い出そうとしなかった。したくても何から話せばいいのか、わからなかったというのも勿論ある。

「トリッシュ…?僕だって全てがわかるわけではありません。精々、急ぎの様子でないところから、
小傘の身に何かが起きたからここに来た、というわけじゃない。…ってことぐらいしか想像できません。」

「ごめんなさい、ちょっとだけ待ってくれない…?」

短く、素早くそう言ったトリッシュの表情は憔悴し切ったものだった。

「あんまり待てないのが正直なところですけど………ん? おや?」

ジョルノは何かに感づいたかのように周囲を見渡す。トリッシュもそれに倣って360度ぐるりと見渡すが何もおかしなものは見当たらない。



「何かあったの?」
「ええ。どうやら獲物に引っかかってくれたみたいです。」

ジョルノは満足げに答えると、デイパックから地図を広げ出した。

「…よかったら、私の理解に届く範囲でお答えしてもらえる?」
「むしろ、貴方の方に聞きます。まだ気付かないのですかってね。夜が明けた今、奴らの動きは筒抜けになります。
不穏な動きをする輩の居場所を突き止めませんとね。」

トリッシュはまだ理解に追いついていなかったが、次の瞬間そこに追いつく。
ほんの一瞬彼女の周りが少しだけ陰り、すぐ元に戻った。頭上に何かあることを察するのに十分な要素だ。
そしてその影は南へと走っていくことが、辺りに広がる草原が如実に教えてくれた。

最後にトリッシュは南の空を見上げた。そこにいたのは。

「何よあれ!鳥……なの…?」

上空に見えたそれはトリッシュの言った通り、遠巻きでしか見れないせいか鳥のシルエットにしか見えない。

「さて、どうでしょうね。ここからじゃあイマイチ判別がつきません。しかし、この場に生物の類はいないはずです。はっきり言って滅茶苦茶怪しい、なので…」

「なので…?」







「撃ち落とします。」







「へ?」

トリッシュは素っ頓狂な声を上げた瞬間だ。


ドグオォオォオオオン!


トリッシュが見上げていた鳥のシルエットから突如、轟音が鳴り響き、爆風に包まれた。


「ベネ。一先ず成功です。後はあれが生きているのかどうかだけだ。」
「ジョルノ、ちょっとついていけないわ。一人合点してないで教えてちょうだい。」

「トリッシュ、ちょっと自棄になっているからと言って、考えることを放棄するのは良くない。
貴方に何があったのか今追及することはやめますが、僕は尋ねられれば答える辞書ではありませんよ?」

涼しい顔で軽くあしらわれたトリッシュは、流石に癪だったか今までのジョルノの言葉を思い起こし、尋ねる。



「……あれが貴方のさっき言っていた獲物なの?」
「少しは調子が出てきましたね、半分正解です。」

ジョルノはにこやかに答えるが、半分正解、という程度で褒められても、その程度しか求められていないような気がして、それはそれで腹が立った。

「あの爆発、貴方の支給品を使ったの?」
「いいえ。先の戦いで、あの男が使ってきたものです。僕がリンゴへと変換させた、あの手榴弾をね。こっそり拝借しました。」

「……抜け目ないわね。あれ?でもそれって爆発する寸前だったんじゃあ…?」
「その通りです。尤もリンゴに変えている限りはただのリンゴです。ですが、能力を解除すると即座に爆発するので、ここで使うことにしたんですよ。」

トリッシュはそれを言われてゾッとした。ジョルノがうっかり眠ったり、気絶でもしたら能力が解けて爆破。三人揃ってただでは済まないだろう。
そんなことを思っている間に、ボトリ、と何かが落下した音を耳が捉える。確認するまでもなく、件の鳥に似た何かが落ちた音だ。
さっさと煙が上がっている方へと歩いていくジョルノにトリッシュはため息を一つついたのだった。






「ジョルノ、これは何かしら?」
「煙ですね。」「見れば分かる。」

煙が上がった場所、そこには撃ち落とした鳥がそこにいるはずなのだが。勢いが衰えた煙がわずかに燻っているだけであった。

「そもそも手榴弾なんかで爆破したら何も残らないんじゃないかしら?」
「いや、それこそ考えられない。あの高さから見て、野鳥の一二回りは大きいはず……粉微塵になるなんて、とても…」

ジョルノらは知る由もないが、ここにあったのはディエゴ・ブランドーのスタンド『スケアリー・モンスターズ』から恐竜へと変えられたミツバチである。
手榴弾の爆発によってミツバチは木端微塵に吹き飛び即死。
翼竜としてのスタンドのビジョンが剥がされ、地面に激突する頃には爆風の煙を見つけるのを手間取るほど微かなものとなっていた。

「一筋縄じゃあいかないですね。予定なら、撃墜したあれの肉片を僕のスタンドで追跡させようって腹だったんですが。」
「あれがスタンドだったとしたら、そもそも爆撃で消し飛んだりはしないだろうし…」

まあ予想の範疇でしたが、とジョルノはぼやくが状況を見るだけだと、どこか負け惜しみ臭く聞こえる。

生物を恐竜化させる彼の能力は、図らずともジョルノの追跡の手から逃れることに成功したのだ。
ジョルノはこのことに少々頭を悩ませたが、しばらくすると徐に口を開いた。




「ですが、この状況、考えようによっては悪くないです。むしろ良い。」



ジョルノの意味深長な発言にトリッシュは思わず彼の方を向く。

「どういうことよ?」

流石に痺れを切らしたトリッシュはジョルノに問いかけた。

「僕のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』は生命を起点としたスタンドのビジョンを物質に与えることができます。
そしてそれは形を保てなくなるか、あるいは僕の勝手で解除することができます。」

トリッシュは話の内容を租借するように、うんうんと首を縦に振る。
ジョルノはと言うと、例えば、と付け足して足元の小さな石を拾い上げゴールド・エクスペリエンスに触らせた。
触れられた小石はムクムクと不気味に動き出し、徐々に肥大化し、一つの命が宿る。


「これを先ほどの上空にいた鳥のようなもの、と思ってください。」


カラスである。さながら忍び装束のように黒一色を纏った鳥だが、憐れにも密命を果たすこともできぬまま敵の手に堕ちてしまったようにもがく。


「これをこうします。」


ゴールド・エクスペリエンスが手刀による突きを繰り出す。目標はカラスの胴体。
ジョルノの手は嘴を掴んでいたので何に阻まれることなく、あっさりと胴体を貫通。バタバタと鬱陶しかった羽音が急に止み静かになる。
息絶えたカラスはやがて元の小石へと、いや、バラバラになった小石へと姿を変えて地面へと落ちていった。
ゴールド・エクスペリエンスの能力が解けた、という説明は不要だろう。


「分かりますか、トリッシュ?」


ジョルノはトリッシュを試すように尋ねる。わかるだろう、と期待をその目に込めて。
彼女は一瞬、理解に追いつかず焦りを見せたが、わずな時間を与えることで理解を追い越す。


「似ているっていうの、ジョルノ…?貴方のスタンドと相手のスタンドが?」
「ベネ…!その通りですよ、トリッシュ。」




ジョルノは満足げな表情で肯定。逆にトリッシュはと言うと、正解を言い当てれてホッとした様子だ。

「相手も僕と同じように何かに生命を宿させた。この方法ならば、証拠が一切残っていない今の状況の説明が付く。
今のは手刀でやりましたから、少なからず原型を留めています。ですが…」
「手榴弾の爆発。そして、生命を宿した対象が小さいものなら、容易に証拠隠滅ってわけ、ね…」

トリッシュはふー、と一息大きく吐き出し、言葉を続ける。

「これを使役していたスタンド使い。よく考えてるわね、足が付かないようにまで気を配るなんて。」
「んー、おそらくその点は副次的なものかもしれません。あるいは、そういったものでないとスタンドの能力を発揮できなかったとか…」

トリッシュはジョルノの曖昧なこそあどに目を付け、いや耳を付ける、口を開く。

「そういったもの?」
「……ここからは憶測が含みますが。例えば、僕は『物質』に生命を与えますが、相手のスタンドは『生物でないと』先ほどの鳥の姿になれない、とかです。」

「貴方の能力と完全に一致しているわけではないってこと?」
「ふふふ、そんな感じです。それに、相手は同時に何匹も使役していま―――」

ジョルノは一瞬ハッとして、口を押えるが、トリッシュは疑問符を抱えて彼を見るだけだ。

「ん?続けてよ、ジョルノ?」

「ああ、すみません。それに、僕のゴールド・エクスペリエンスではもっとシンプルな行動、物質に依存した行動をとらせるしかできません。
だったら、既に生きている生物を使えるスタンドならあの鳥のように偵察させるといった行動を取らせられる、という意味です。」

ジョルノは何故だか早口でさっさと言い切ってしまう。まるで言って不味いことを揉み消すかのように。
わずかに訝しがるトリッシュだが、彼の説明に納得をしている様子で、深く言及する気はないようだ。


「うーん、だとしたら、なおさら相手の追跡ができないのが悔しいわね…」





「まさか、さっき言ったでしょう?予想の範疇だとね。」
「えっ!?」





あの時の負け惜しみは上っ面だったのか、それともまだ意地を張るのか、と疑問が湧くトリッシュだが、ジョルノは言葉を続ける。



「半分正解、と僕が答えた貴方の質問、トリッシュ。覚えていますか?」
「えっと……」

トリッシュはさっきまで別の論点だったので、思い出すのに一瞬より長い時間を要したが、やがて閃く。



「手榴弾の爆発。あれがジョルノの言ってた獲物、だったっけ?」



「そうです。そしてその問いの答えですが―――」



直後、ジョルノとトリッシュの頭上に再び幾つかの小さな影が過ぎ去って行った。


「えっ!?」










「獲物もエサも一つだけじゃあないってことです…!」










先ほどと同じような鳥のシルエットが南へと羽ばたいていく。

「これで、とりあえずは追跡可能です。あの鳥のようなスタンドは僕のゴールド・エクスペリエンスで命を与えた果物を持ち去ってくれました。
それがどこにあるかはもちろん把握できます。」

「いつの間にこんな大掛かりな準備してたの?」
「放送前に周囲を哨戒した時に、上に何かいるのを感じましたからね。そこらへんの草やら木切れを動物に変えて動かして、その後は果物になってもらいました。」

トリッシュはよくもまあそこまで用意できたな、と舌を巻く。ジョルノは相も変わらずさわやかな顔。まあ、その内心は少々ホッとしているかもしれない。かもしれない。

「それじゃあ、相手の居場所の特定は可能ってことね。」
「敵であるとまでは断定できませんが、ね。ただ味方なら、あれを使役して情報収集に勤しんでいるはずなので、接触する価値はあるでしょう。」

「そうね。そうと決まったら行きましょう、ジョルノ…!」
「待ってください、トリッシュ。貴方は大事なことを忘れていませんか?」

トリッシュはほんの一瞬だけ、ジョルノの言葉の意味が分からなかったが、すぐに自分の状況を思い出した。

「あ……」
「歩きながらで構いません。何があったのか教えてもらえますね、トリッシュ?」
「…ええ、ぜひとも聞いてちょうだい。」

小傘と別れて、ジョルノと行動していく中で、彼から与えられた刺激で無気力な自分は消え失せていた。

いつまでも腐っているわけにはいかない。過ちを犯したなら取り返す。それも今すぐ、今すぐによ!

ジョルノ・ジョバァーナと言う人物は強いカリスマ性を持った人間だ。だが、それは道行く人全てを惹きつけるものではない。
自分と道を同じくする者にのみ、その心を技を焚き付け引き出させる、そんな変わった魅力のある人物、かもしれない。





「仲直りしましょう。」



シンプルな答えである。
ジョルノはトリッシュの話を聞いて、開口一番そう言った。

「貴方自身、自分の非を認めている以上、小傘にその思いをちゃんと伝えてあげることが一番の方法です。」
「まあ、そうなるわよね…」

ジョルノの言葉に理解を示しているトリッシュ。だが、その様子はモゴモゴと何か言いたげな感じを漂わせていた。

「何か心配でも?」
「……あの時だって、そうだったのよ。貴方にミスタが死んだことを改めて言われた時もそうだった。」

トリッシュは絞り出すように言葉を紡ぐ。

「頭では理解していたけれど、心が理解に追いついていなかったのかしら? 駄々をこねる子供のように貴方の言葉を拒絶したでしょう…
ああならないか、私はすごく不安なのよ。」
「そうでしたか…」

今は反省しているが、それがまた自身の突飛な行動で壊れてしまわないか、トリッシュの一番の懸念であった。

ジョルノは少しの間逡巡した後、道から外れた質問へと至る。


「突然ですが、トリッシュ。貴方は今、夢がありますか?」
「はい?」
「夢や目標。まあ、そんな感じのものです。」


トリッシュもジョルノと同様にしばし思考した後に返す。

「ない、わね…… 情けないことに。ここに来たのもあいつを倒して間もなかったし、考える余裕もなかったわ。
尤もあいつをもう一度倒すのはもちろんなんだけど、それを夢や目標って言うのはごめんよ。」

「それじゃあ、ちょっとした目標でも持ちましょうか?」
「ジョルノ……悪いけど、私が今目標を持つのにどんな意図があるの?」

トリッシュはジョルノがなぜ急に夢やら目標やらの質問をするのか、理解できなかった。

「んー……至極単純ですが、目標があれば頑張れる。ものすごく砕いてしまうと、大方そういう意味です。」
「岩が石になる程度に砕いてもらえる?」

トリッシュの言葉にジョルノは少し微笑んだ後、何故だか嬉しそうな表情で語った。

「貴方を護衛した僕たちは、きっと生きていく上でそれぞれ目標があったのだと思います。
だからこそ、仲間が絶えても進んでいけた。受け継いでいくことができた。
確固たる意志を持つことで、自分が確立されるはずです。自分の考えとブレるなんてことは起きるはずがありません。」

はっきりと明瞭に、自信と確信に満ちた声がトリッシュの鼓膜を叩く。

「貴方が正しいと思う何かを掲げて下さい。すぐには難しいことは百も承知です。ですが……今の貴方なら、あるいは一つの目標があるのではないですか?
大切な何かを失って嘆くことができるなら、新たにそれを築き上げ守ることの大切さもまた理解できるはずですよ?」

「ここで、それを守れるかしら、今の私に?」

言い終えた後トリッシュは下唇を少し噛む。

「トリッシュ、最初から下を向いていては成せるものも成せませんよ?そして目標は自分より少し高いところの方がいい。
高すぎるといつまでも達成できずに苦しんでしまいますからね。
ですから、最初の目標達成を目指すにはちょうどいいと思います。これからのためにもね。」

目標への第一歩、軽トラックに潜む寂しがりやとの再会はすぐそこへと迫っていた。





「それじゃあ、行きましょうか。」
「ええ…!」



一瞬立ち止まりジョルノはトリッシュと顔を合わせ、確認する。澄んだ瞳には迷いの色は感じられない。後はそれを小傘へと伝えきる、それだけだった。
それは軽トラックとの距離が10m程度を切ったあたりのことだ。





何かが軽トラックの幌の中を飛び出した。運良く幌から這い出ることができた、そんな力ない動きだ。
それは人ではなく、小さい何かだった。





表面に光沢でもあるのか、朝日に照らされて反射した光が二人の眼を一瞬だけ突き刺し、目に留まった。





「「!?」」





二人はほとんど同時に地を蹴って、急いで落ちた物体へと近づく。本来なら慎重に動くべきなのは理解していたが、一つの可能性の前にそんなものは吹いて飛んだ。





「何よ……これ………!」





トリッシュはそれを拾い上げ、まるで夢でも見ているかのように呟き、叫ぶ。







「どうして、こんなものが落ちているのよ……!小傘ああぁああッ!!」







トリッシュは軽トラックの荷台へと飛び込む。ジョルノもその後に続き突入する。
落ちていた物体とはスタンドDISC。小傘の命を救ったそれが今トリッシュの手の中にあったのだった。



荷台の中は予想していた通りの状態だった。小傘が横たわっていることを除いてだが。

トリッシュは小傘に近寄り、腕を掴む。
触れた瞬間、身体特有の温もりを感じ安心し―――直後絶望する。

「トリッシュ!そこを退いてくださいッ!早くッ!!」

ジョルノはトリッシュを半ば突き飛ばすように退けると、彼女は尻餅を着いて座り込む。そのまま彼は小傘の右腕を掴み、異変に気付く。


「そんな…!脈が……ない…?」


唖然とするジョルノだったが、気持ちを即座に切り替えスタンドを呼び出す。


「『ゴールド・エクスペリエンス』ッ!」


生命を授ける彼のスタンドは同時に、生命を探る力を有する。かつてのディアボロとの戦いでも、正体を見破る際に用いたように。

だがしかし―――


「な、い…?」


―――そこに無い物だとしたら、見つけることなど不可能だが。




トリッシュは茫然とする。そうするしかできなかった。できることと言えば己を責めることだけだ。
自分の言葉の暴力に目の前の妖怪はあっさりと地に伏せてしまったことに。
取り返しのつかないことになったことに。

ただただ絶望に叩き落された。


「くっ、トリッシュッ!何をしているんです、早く来てくださいッ!」
「……わ、わかったわ。」


このまま終わるわけにはいかない、ジョルノの言葉に引き戻された彼女は彼の元へと歩み寄る。


「DISCを!スタンドDISCを、早く小傘の頭に入れてあげてください!」
「分かってる!」

願いを込めた、届くように。


 お願いよ、間に合って! 私に謝らせる機会をもう一度だけ、お願い!


けれども―――


ヴゥァチィィイインッ!!


―――届かない。

「嘘でしょ!?何でDISCが…は、弾かれるのよおぉお!?」

DISCは吹っ飛んでいった。軽トラックの幌から飛び出るほど勢いよく。
既に死した小傘の身には死を以てスタンドDISCを引きずることもできないのだろうか。
慌ててジョルノが回収のために外を見たが、落ちた地点がわかっていない今は草の高さに阻まれてしまい、
先ほどと違ってどこに落ちたのか見当もつかなかった。

「そんな……」

流石にジョルノも想定していなかったか、立ち尽くすしかできない。

「何やっているのよ、ジョルノ!探すわよ、意地でも見つけ出すんだからッ!!」

言うが早いがトリッシュは荷台を飛び下り、探し出す。ジョルノもそれに合わせて草を掻き分ける。
両者ともにその表情は厳しく、縋る可能性の小ささを理解していても。




10分もの捜索の末、ジョルノはDISCを探すことを諦めることをトリッシュに提案した。
もちろん、最初は強く拒んだトリッシュだが、小傘の状態を説明し、
頼みのDISCを発見したところで同じ結果は目に見えている、と根気よく説得することで断腸の思いで決断してくれた。


多々良小傘を諦める、という決断を。


「何で……失くさないと、気付けないのかしら、ね?」


ジョルノは返す言葉が見つからなかった。トリッシュの独白は続く。


「私はあの子から、何を受け継げばいいの? いや、その資格もない、か…… 私が私からあの子を拒んだんですもの…」


ただ草原に立ち尽くし、トリッシュは嘆く、ただ嘆く。


「確かにそうです。貴方には彼女の何かを受け継ぐことはできない。」


ジョルノは絞り出すように言葉を紡ぐ。多少傷ついてでも、奮い立たせなければならない、そう確信していた。





「背負って生きましょう。死ねば物を言うことはありません、嫌がることもありません。無理やりに無理やりにでも、小傘を背負って生きていけばいい。
受け継ぐなんて綺麗ごとじゃあなくても、その枷が貴方の生きる目的になり、支えになります。ただし―――」





一瞬間をあけて言った。

「―――その重みに潰された時、その時が終わりの時でしょう。貴方の、ね。」


「ええ、そうね。本当に…」


トリッシュはゆっくりと軽トラックへ向け歩き出す。ジョルノは放っておけば倒れそうな彼女を後ろから追った。
ほんの数秒で軽トラックの荷台の前へと戻ってきた。けれども、トリッシュはそこに来てピタリと動きが止まってしまった。
当たり前か。ここを開ければいよいよ、彼女は小傘の死を受け入れ、背負い生きていくことが始まるのだから。


ジョルノはトリッシュの手を無言で掴む。トリッシュはビクッと反応するものの、彼の顔を見て本当にささやかながら安堵を得た。
貴方一人で歩む必要はない、そう語りかけてくれたような気がしたから。


「「行きましょう。」」


深い後悔の念を抱えた少女は、あまりにも暗い生への糧を得て、どこへ向かうのか。
わずかにわかるのは、その第一歩はここから始まる、ということだけだ。
それは幽々たる物語の始まりを感じさせた。
さながら舞台の幕が上がるように、二人は同時に軽トラックの幌を捲る。

二人の物語の新たな章の幕が上がった。


















「おっどろけぇえええッ!!!!」
















そして、下がった。





「う、うわああっぁぁぁああああッ!?!?」





二人ともバカみたいに良い反応をしてくれた。
どれくらい驚いたかと言うとビビった反動で荷台から滑り落ち、草村に逆戻り。その後、盛大に尻餅を着く程度に驚いた。

しかし、尻の痛みなどどうでも良かった。痛みに悶えるよりも先に見るべき相手がいるからだ。





「う、そ……でしょ…?」
「しん、じられない……」



立っていた。態勢は仁王立ち。


右腕を『く』の字に折って右手は脇腹に当てたポージング。


左手には新調したのに、少々ボロそうなビニール傘。


傘の先端を荷台の底へ突きつけた姿はどこか勇ましい。


だが、それを無駄にしてしまう、にんまりとした、したり顔。


「やったわ!すごいでしょ!」


ピョンピョンと飛び跳ねるその様は、心なしかこの殺し合いの場に来て一番の喜びを得たようでもあった。

そう、多々良小傘は生きていた。まあ、DISCで繋ぎ止めている命で生きている、というのは少々不適格ではあるが。



荷台の中で小傘が語ってくれた。一連の騒動はすべて二人を驚かすために自分が仕組んだものだと。

まずは軽トラックから飛び出たスタンドDISC。あれは小傘に入っているスタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』ではない。
小傘の支給品の一つ、ジャンクスタンドDISCセットだった。あれを一つ適当に引き抜きジョルノたちが近づく瞬間を見計らって、荷台から転がした。
小傘に再挿入しようとした時も、すでに『キャッチ・ザ・レインボー』は入っているので、ジャンクスタンドDISCは弾かれたのだった。

次は何故、脈拍が途絶えていたのに生きているのか。だが、小傘は何のことを言っているのか、わからないと言った感じで答えない。
試しに腕を掴んでみると、体温が低くなっているだけで、ちゃんと脈を打っていた。
さらにはゴールド・エクスペリエンスで触っても、なお生命エネルギーを感じ取ることができた。
こうなってくると、もはや訳が分からない。
結局、ジョルノの診断ミス、ということと相成った。

最後になぜこのような、酔狂なことをしたのかについてだが。それは、一連の会話から聞いてもらった方がいいだろう。




「小傘、言いたくないのなら構いませんが、なぜこのようなことをしたのですか?」
「……」

小傘は黙っていた。やはり言いたくないことなのだろうか。

「じゃあ、どうして首を左右に振るんですか?」

そう、小傘は黙ってはいるものの、時折首をフルフルと動かし、否定の体を見せた。
これには流石のジョルノも困ってしまう。時間の無駄をするわけにもいかないので、小傘が妥協してくれるような言葉を脳内で選定している時だ。


「小傘。貴方が貴方だから、私たちを驚かそうとしたんでしょ?」


小傘は待っていました、と言わんばかりに視線をトリッシュへと向けた。

「私が何がきっかけでプッツンしたか。覚えているわ、よーく、ね。それは貴方がミスタの代わりでいたいから、という言葉だった。」

小傘の表情とは対照的にトリッシュは苦い表情で語る。

「だから、代わりになれないことを知った貴方は自分で出来ること、自分だから出来ることを私たちに見せたかった。そうすれば一緒にいられるから。」

「化け傘の貴方にできること、それはやっぱり相手を驚かすこと。だから、貴方なりに全力で驚かそうとしてくれた。」

「私なんかの妄言に貴方は親身になって受け取ってくれて、私は嬉しいわ。」

「トリッシュ!」

小傘はぱあっと表情を輝かせて、駆け寄ろうとするが。

「履き違えないでッ!」

思わず、小傘はビクリと止まってしまう。しかし、トリッシュの表情と声色こそ怒りが見えたが、
そこにあるのは『恨み』だとか『嫌悪』を含まない怒り方で、誰かを彷彿とさせる雰囲気を醸し出していた。

「私が嬉しかったのは、貴方が私のために行動してくれたことじゃあないの…」

先ほどの不思議な怒りはもう見えない。

「貴方は怯えていたはずよ、驚かすことに。あの天気男に手酷く痛めつけられたからね。
だから、貴方は一肌を求めて寂しさを紛らわすことにしようとして、私に近づいた。」

そこに軽蔑も侮蔑もない。

「きっかけは私の独り善がりの言葉。だけど貴方はその恐怖を乗り越え、今ここにいる。
私はその一助になれたことが嬉しいのよ、小傘。」


「トリッシュ…」


「そして、だからこそお願いしたいの!私たちと一緒についてきて!私はまだ自分の正しい道も見出しきれない未熟者だけど、
前向きで眩しい想いを持つ貴方の様な人に、私の『道』を照らしてほしい!」

「トリッシュの『道』?」

「そう、私はもう仲間を失わないでいたい。綺麗ごとってのはわかってるけど、あいつを失って理解した私の正直な気持ちよ。
寂しがりやの貴方だって、一人じゃあ嫌でしょ? きっと貴方にぴったりだと思って誘うわ。」

「……でも、私が一番一緒にいたいのはジョルノとトリッシュなの。それでも、いいの?」

「今は、それでも構わないわ。でも、その考えは割とすぐに変わるはずよ。」
「何で、そんなあっさり言い切れるの?」


トリッシュは小傘に近寄ると、耳元で伝えた。

「貴方が私に会ってくれたから、そう言い切れるのよ。」
「えっええ!?」

小傘は一瞬、顔が派手に紅潮したのが自分でもわかった。だが、それに気付いた時、すでにトリッシュもジョルノも笑いを噛み殺していた。

「ちょっと、妖怪の純情を弄ばないでよ~!」
「そんなつもりはなかったわよ、さっきのは私の本心。嘘じゃあないわ。」

さらっと訂正されて、それはそれでモゴモゴと何か言いたげな様子になる小傘だった。




「さて、ジョルノ。例の敵の居所はどう? わかったかしら?」
「ええ、スタンドに運ばれた果物はいずれもC-3南西辺りに集められています。おそらく紅魔館に潜んでいるでしょうね。」

三人はそのまま今後の行動方針を決めるべく作戦会議を始めていた。

「この存在が敵であるか、どうかは現状判断できません。わかっているのは相当な数のスタンドを使役していること、
それを生かして情報収集と物資の回収をしていることだけです。そしてやり方が賢い、逆に言えば狡猾ですけどね。」

「あてもなく行動するよりは行ってみたいと思うけどね、私は。」
「私たちがここで会ってる人って今のところ、あの天気男だけだもんね。」

二人は割と積極的に動く気はあるみたいだが、不安材料が多さから躊躇したいのが正直なところだ。

「それと何とも言えない情報が一つあります。」

「どんな情報よ?」


「僕の首の付け根のところにある星型のアザ。それが、どうやら紅魔館にヒットしているみたいです。」

「…ってことは最悪の場合は……」
「はい、件の天気男が潜んでいる可能性。さらに悪いと紅魔館にいるスタンド使いと組んでいるかもしれません。」

「そりゃちょっと厄介だわ。物理的な攻撃なら私のスタンドでどうとでもなるけどねぇ…」
「まあ、それでも僕たちはまだ対処の手段がある方ですけどね。移動手段も持っていますから逃げれないこともないです。
それと付け加えると、アザの反応はほかにもあって…」
「うーん。あ、そういえば私のスタンドって確か…」

こうして3人は、しばし頭をぶつけながら思案する。3人揃って文殊の知恵となるか、どうか。


しかし、このチームのブレイン、ジョルノは一つの懸念を抱えていた。
ほかでもない、多々良小傘に対してである。

死んだふりをした彼女を触れた時、確かに生命エネルギーは感じなかった。
ただ、ゴールド・エクスペリエンスの能力が一部制限されていることは確認済みだったので、
あるいはそれが原因で生命エネルギーを感知しきれなかったのかもしれない。
むしろそうあってほしい、のが彼の嘘偽りのない願いである。

だが、小傘の身体を触った二回目は触って分かるほど体温が落ちていた。
一度死を受けた身体。体温の急速な低下。ジョルノには嫌な予感しかない組み合わせだ。

もし、君が彼と同じ状態にあるとしたら、どう声をかけるべきなんでしょうか?

ジョルノは一旦その考えを胸に仕舞いこむ。まだ決まったわけではない、だが早い内に小傘に確認をとっておく必要がある、そう静かに決定を下した。

これから進む道がどうか、彼女たちの道と一緒にあることを願わずにはいられなかった。



【B―2 草原地帯/朝】

【ジョルノ・ジョバァーナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(中)、スズラン毒を無毒化
[装備]:軽トラック@現実(燃料100%、植物を絡めて偽装済み)
[道具]:基本支給品、不明支給品×1(ジョジョ東方の物品の可能性あり、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間と合流し、主催者を倒す
1:紅魔館へ向かうか、あるいは危険を避けて行動するかの判断
2:ブチャラティに合流したい。
3:トリッシュの道の一助となる。
4:小傘を連れて行くが、無理はさせない。
5:ディアボロをもう一度倒す。
6:小傘の様態をもう一度確認する
7:あの男(ウェス)、何か信号を感じたが何者だったんだ?
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限として、
『傷の治療の際にいつもよりスタンドエネルギーを大きく消費する』ことに気づきました。
 他に制限された能力があるかは不明です。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※ディエゴ・ブランド―のスタンド『スケアリー・モンスターズ』の存在を上空から確認し、内数匹に
 『ゴールド・エクスペリエンス』で生み出した果物を持ち去らせました。現在地は紅魔館です。
※小傘の状態の異変を感じていますが、どういったものか、あるいはその有無は次の書き手の方にお任せします。
 ジョルノだって勘違いするかもしれませんし

【トリッシュ・ウナ@第五部 黄金の風】
[状態]:体力消費(小)、精神疲労(中)、スズラン毒を無毒化
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1(現実出典、本人確認済み、武器でない模様)
[思考・状況]
基本行動方針:仲間を築き上げ守り通す、主催者を倒す
1:ブチャラティに合流したい
2:ジョルノ、小傘と共に歩んでいきたい
3:ディアボロをもう一度倒す
[備考]
※参戦時期は五部終了後です。能力制限は未定です。
※血脈の影響で、ディアボロの気配や居場所を大まかに察知できます。

【多々良小傘@東方星蓮船】
[状態]:???、体温低下、精神疲労(小)、疲労(中)、妖力消費(中)、スズラン毒を無毒化
[装備]:化け傘損壊、スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット3(8/9)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:トリッシュ、ジョルノの二人のために行動したい
1:自分を認めてくれた二人のために生きていたい
2:トリッシュの道の一助となる
3:そういえばDISC回収した方がいいけど、どうしよう?
[備考]
※化け傘を破損して失った魂の一部を、スタンドDISCによって補うことで生存しています。
 スタンドDISCを失ったら魂が抜け、死にます。
※ジャンクスタンドDISCセット3の内1つを現在地周辺に落としました。
 草に阻まれて闇雲に探すのに時間がかかるので、見つけるなら一工夫必要です。

<<支給品紹介>>

ジャンクスタンドDISCセット3(9/9)
フー・ファイターズがエートロの遺体に寄生する前から守っていたスタンドDISC9枚。
プッチ神父がスタンド使いを殺害しながら生成したきたもの(数えてみたら全部で二十三枚あった)。
参加者の誰が使用してもスタンド能力は利用できない仕様。説明書付き。
それぞれの説明書かスタンドDISC内に、主催者から参加者にとって
(ゲーム進行に置いて)有益な情報が一つ入っている。
このDISCセットにどんな情報が入っているのかはまだ確認されていない。
全部集めた人には何か良いことが(荒木談)

104:カゴノトリ ~寵鳥耽々~ 投下順 106:DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想
104:カゴノトリ ~寵鳥耽々~ 時系列順 106:DAY DREAM ~ 天満月の妖鳥、化猫の幻想
074:何ゆえ、もがき生きるのか 多々良小傘 118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ―
074:何ゆえ、もがき生きるのか ジョルノ・ジョバァーナ 118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ―
074:何ゆえ、もがき生きるのか トリッシュ・ウナ 118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ―

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最終更新:2015年06月08日 00:54