――Q.それでは次の質問ですけど、『スティール・ボール・ラン』レースとは一体どのような催しなんですか?
『まあ、簡単に言えば乗馬による大陸横断レースだ。
総距離約6,000km。世界中から集まった参加者は3,600人を超え、優勝賞金はなんと5,000万ドル(60億円)の超大規模な大会さ』
――6,000km! 幻想郷の何十倍もの距離を馬のみで! あや~それは無謀というか、鴉天狗でさえ骨の折れる距離ですね~。
で、ジョニィさんはそのレースに出場してたわけですか。
『ああ。もっとも賞金が目当てではなく、半身不随だった脚を再び動かすための旅だったんだ。
僕が出会ったジャイロという男…彼に『回転』の秘密を教えてもらうため、レースの出場を決意した』
――この名簿にもある『
ジャイロ・ツェペリ』さんですか。 …でも、先ほど聞いた話によれば彼は既に……
『死んでいる。僕の目の前でヴァレンタイン大統領と戦って死んだはずなんだ。
しかし名簿によれば彼は生きてこの会場に居るらしい。ならば僕はなんとしても彼に会って伝えたい言葉がある。
蓮子を救出したらジャイロを探しだし、あの主催者達を叩き潰すつもりだ』
――大切な、御方なんですね。 …見たところジョニィさんは普通に歩けてるようですが、それもジャイロさんのおかげですか?
『勿論だ。かけがえのない彼の存在とツェペリ家の回転の技術……、まあこれは詳しくは教えられないけど。
…それとある人物の『遺体』の力のおかげ、かな』
――遺体…?
『僕とジャイロはその遺体をめぐる戦いに巻き込まれた……いや、自ら入り込んだ。
全ての部位を集めると究極の力が手に入るという、聖人の遺体。
SBRレースとはつまり、その遺体を集める為に大統領が仕組んだ計画だったんだ』
――お、おお…! 俄然話が大きくなってきましたねッ!
それで! その遺体とは誰のものだったんです!? ヴァレンタイン氏との決着は!? レースの優勝者は!?
『おいおい、文……、インタビューに答えるとは言ったが、少し突っ込み過ぎじゃあないのか?
…ホラ、向こうで露伴が苛立たしそうにコッチ睨んでるぞ。そろそろここを出発したいんだが…』
――えーーーーそんなぁ~! もうちょっと! 最後にインタビューっぽい締めを一言だけお願いします!
『やれやれ……どこの世界もマスコミは似たようなもんだな。わかったよ、君は命の恩人だ。答えよう』
――それでは……貴方が大切な人に一番伝えたい言葉を、お願いします。
『……親愛なる友人ジャイロ・ツェペリに、“ありがとう”と』
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『射命丸 文』
【朝】E-4 命蓮寺 本堂
私はどうしてあの人との会話を今更思い出しているのか。
堕ちた道を往くと、心は既に決めている。過去の追憶に意味なんか無い。
それでも、こうやって薄暗い寺内の木造床に寝っ転がって天井を見つめていると、物思いに耽たくもなってしまう。
そういえば…『双竜頭の間』もこんな風に薄暗い部屋だったなぁ。
あの時は岸辺露伴が居たっけ。漫画のネタになりそうなものを発見するたびに足を止めてさらりとスケッチに精を出すような、変な男。
その異常ともいえる好奇心だけは記者である私も見習う所アリ、といったものかしら。
そしてあの時の私はといえば、露伴の体よく動くだけの傀儡。
愚かにもあの主催達へと反抗心を燃やしていた頃の、現実も見れない馬鹿な小娘。
鴉天狗のプライドも粉々。ほんっっとーにムカつくわ。 ……露伴にも、自分にも。
このまま暗い天井を見つめているとその時の事を思い出して、どうにもイライラが収まらない。
軽く唸り声を上げて半身を起こし、膝に顎を乗せる。
ここは由緒正しい妖怪の寺(歴史は浅いが)。露伴がそれを聞けば目を輝かせながらスケッチ片手にお寺参りを開始していただろう。
洗脳されていた頃の私だったら、文句と不満を織り交ぜ更に特盛りの苛立ちをスパイスした言葉をぶつけ続ける姿が目に浮かぶ。
それでも、心のどこかではそんな掛け合いをまるで楽しむかのような、腑抜けた自分がその光景にいた。
露伴がかつて言った言葉のように、私もこの手にカメラがあれば横に並んでカシャカシャやっていたかもしれない。もっともこの寺の取材は何度か経験済みだけど。
―――いっそ、私の記憶がずっと戻らなければ良かったのに。
一瞬浮かべてしまったその言葉に、自分でも驚くほど嫌気が刺す。
何を考えているのよ、私は…!
あのままジョニィさんや露伴についていったところで、無事な生還を遂げられるはずがない。
なにしろ相手は未知数の巨悪。自分とは格が違う。
私は既にしてこの道を選んでしまっているのだ。
チルノも既に殺害している。彼女は最期の最期、私に命を乞ってきた…ように見えた。
その縋る手も見捨て、命を燃やし尽くした。もう後戻りは出来ないのだ。
一縷の希望でもあったジョニィさんも、あっさりと死んだ。私は何も出来なかった。
どうすればいい…? 私にどうしろっていうの…?
そんなこと、決まっている。当初の目標に戻っただけじゃない。
狡く、醜く、意地汚く、みっともなく足掻いて、もがいて、騙して、裏切って、そして最後のひとりになる。
これこそが鴉天狗、
射命丸文の選んだ道。生き様なの。
―――なのにどうして、こんなにも胸が痛いのよ…。
私は……私は、自由になったはずなのに。
迷いもしがらみも、全てから解放されたはずなのに。
独りぼっちはこんなにも怖いと、初めて感じた。
心の闇に、圧し潰されそうだった。
私の選んだ道は、これほどまでに孤独の道だったのか。
私は……こんなにも弱い女だったのか。
ジョニィさんなら…どうしただろうか。
普段なら心中見下していたはずの人間という種族である彼は、本当に気高い精神をしていた。
妖怪の私から見た彼の、いうなら『人間賛歌』というものは、眩しいほどに輝いて見えた。
千を生きてきた私から見た、たかだか人間の数十にも満たない人生。
私たちから見ればなんの価値も無いような、瞬きの時間。
…でも、それがどうした。
人間から見れば、そのたった百にも満たない時間こそが人生の全てだったのだ。
私はそれをジョニィさんに教わった。
教わったまま…彼は死んだ。
彼を守ることが出来なかったことが悔しい。
彼の意志を継ぐ勇気が無かった自分の臆病さが悔しい。
彼の歩む道とは正反対の道を行く自分の滑稽さが悔しい。
何もかもが悔しくて、私は無尽に焦燥を募らせる。
――くそっ。
くそぉ…!
(くそ…クソ……ッ!)
「クソォォッ!」
頭をムシャクシャに掻き毟りながら、思わず大声を出して拳を床に叩きつける。
何をやっているのよ……私は…!
ジョニィさんの『正しさ』も! 『気高さ』も! 『誇り』も『意思』も! 『想い』も!!!
この場所では何の意味もないッ!!
それを理解できたからこそ、私は他者の命を『奪う側』に戻ってきたんじゃないの!?
なんてザマよ……射命丸文!
とっとと目を覚ましなさい! 正義ごっこはもう終わったのよ!
私は…これからも全てを『捨てて』しぶとく生き残ってやるッ!
荒い息を落ち着かせるように、私はゆっくりと立ち上がって窓の方を見やった。
西の空がぼんやりと赤く染まっている。
朝焼けの方角ではない。私が燃やし拡げた火災によるものだろう。
あれから30分は経っただろうか。魔法の森の火災はじわじわと炎の威力を強めて被害を拡大させていく。
このままいけば森の全域が焼け野原になるのも時間の問題か。
「…いや。今はまだ明るいけれど……一雨来るかしら」
窓から見える空模様は今のところ陰りは無い。
だがこれでも千年以上、この空を己の庭として翔び回ってきたのだ。
天候の神様の機嫌など、なんとなく分かってしまうもの。
多分、数時間後には雨が降る。ならばあの火災も思ったよりは拡がらないかもしれない。
(こんなハリボテの世界にも…雨なんて降るのかしらね)
そんなことを思いながら、私は呆然と赤い空を見つめ続けていた。
だからだろうか。
気が緩んでいた私の耳に微かに聞こえた人の声。
それに気付いた瞬間、私は情けなくも肩を大きく震わせ、外からの死角に隠れる。
本堂の入り口からそっと顔だけを覗かせると、外に居たのは赤髪の猫又妖怪。
あの特徴的な猫耳と二又の尾は知っている。
地霊殿の火車『
火焔猫燐』。
彼女の無防備な背中がこちらを向けて立っていた。
「おっかしいなー。この辺りで人の叫び声が聞こえたと思ったんだよねー」
大きな独り言と共に彼女は首をキョロキョロさせて声の主を探している。
私は思わず舌打ちした。さっきの叫喚が外にも聞こえてしまったか。
どうする? 私の知っている限りではあの妖怪は大した力じゃない。
私の当面の目的である『強い者と行動を共にする』の条件に当てはまるような奴じゃない。
…ここで仕留めるか。
見たところ仲間はいないようね。
だったら事は簡単。何気なく近づき、隠し持った拳銃で脳天にズドン。
それで終わり。私、殺人数2人目。なんのトラブルも無し。あんな弱小妖怪、生かしておく価値も無いわ。
死体を運ぶ火車が死体になる。ミイラ取りが…ナントカってやつよ。
そう決めた私はすぐさま行動に移った。
マヌケそうにあっちを向いて棒立ちする彼女に気付かれないよう、そっと入り口から外に忍び出る。
スイッチが入った瞬間、私の頭の中は嘘みたいにスゥッと透き通っていく。
さっきまでの葛藤はなんだったのか。気持ち悪いぐらいに呼吸が静かだ。
あぁ、やっぱり私とジョニィさんは根っこから違う。
自分が生きる為に引く引き金の、何と軽いことか。
一歩、また一歩。
ゆっくり音をたてずに背中へと忍び寄る。
コイツはまだ気付かない。それでよく今まで猫の妖怪なんかやっていられたものね。
やっぱりダメ。相棒としては全然不合格。
恨むなら自分の力の無さを恨んで死んでね。
とうとう残り1メートルまで近づき、足を止めて懐の拳銃を取り出す。
この距離なら外さないし、致命傷確実。
躊躇なく、息の根を止める。
(Good morning,or DIE……おはようございます、それでは死んでください)
少しだけ祈り、そして指にかける力を強める。
照準はその小さな頭のてっぺん、脳神経をバッチリ破壊する。
さようなら、お燐さん。
あとほんの少しだけ、指に力を込めれば銃弾が発射されるところで、私の視界は突然グラついた。
思わず拳銃を取り落としそうになるところを寸でのところで掴み直し、慌てて懐に仕舞い込む。
(う…! な、なによ…急に目眩が…!?)
頭が痛い…! こんな時に……体調が…!
「う…ぁ痛ッ!? な、なにコレェ…!?」
見れば目の前の彼女も頭を押さえて唸っていた。
尻尾を逆立ててぐりんぐりんと曲げては伸ばしている。
2人して同時に目眩ですって…? どんな、偶然よ…ッ!
「ッッ痛たた……ぁあー、なんとか治まってきたかな――――――およ?」
「………………あ」
悶えていた彼女と目が合ってしまった。最悪。
拳銃は仕舞い込んでいたから、まだ誤魔化し通せる。
いや、待って。もう強行的にさっさと始末しようかしら…?
…いやいや落ち着きなさい私。
不意打ちが失敗した以上、考え無しの戦闘は危険よ。相手の支給品次第では返り討ちの可能性も少なからずある。
得意の商売フェイス、商売フェイス…!
「や………やぁ、これはこれは地獄の黒猫、お燐さんではないですか。
こんなところで会うなんて奇遇ですね! どうでしょう、ここはひとつ昨今の地獄の流行についての取材でも…」
しまった、つい仕事グセで余計な一言を付けちゃった…
目の前の彼女はネコ科特有のツリ目をパチクリと瞬かせながら私を見て驚いている。
私は引き攣った笑みを作ったまま、数秒の沈黙が流れた。
やがてお燐は呆然とした表情を満面の笑みに変えて、テトテトとこちらへ近づいてくる。
「あぁ! お姉さんアレだ! いつぞや紅白のお姉さんと地獄に遊びに来てくれた天狗だね!」
…あぁ、そんなこともありましたね。
もっともアレは別に遊びに行ったわけではないし、そもそも陰陽玉で地上から交信してたから私の姿を知ってるわけがないんだけど。
「あはは、声を聞けば一発だよ~♪ 地上はどう? 平和でやっていけてるかな?」
なんか、相変わらず無駄に元気な娘だ。調子良く尻尾までフリフリと振っている。
しかしコイツ……特別仲が良いわけでもないのに随分と馴れ馴れしいわね。
今のこの状況、分かっているのかしら?
「幻想郷の地はいつだって平和ですよ。暇が売れたら大儲けできるってぐらいにも暇ですけど。
でもお燐さん? 今のこの状況はとても平和とはいえませんよ。
この場に居たのが私だったから良いものの、危険な人物だったらどうするんですか」
「やー…メンボクない。でも、うん。会えたのが天狗のお姉さんで良かったよ。優しそうだからねぇ♪」
…どうやら私は舐められてるのかしらね。
目の前のニヤけたユル面に天狗の鉄拳をブチ込んでやろうかと一瞬考えたけど、それは我慢して聞くべきことを聞こう。
「それはどうも。 …ところでお燐さんひとりですか? ここに来るまで誰かと会ったりは……」
「あ! そうだそうだよ! ここに来る途中魔法の森を横切ってきたんだけど、ボウボウと森が燃えてたのさ! もうべらぼうに!
まーあたいもこれで火車やってるし、炎なんか怖くないんだけどねぇ。大丈夫かなぁ……」
それは多分私の仕業だろうけど、そんなことが聞きたいんじゃない。
知りたいのは『情報』だ。この娘を始末するのはその後でも良いでしょう。
「森の火事ならここからでもとてもよく見えますよ。
誰の仕業かは存じませんが、環境破壊も度を越えてますね。嘆かわしいことです。
…それで、お燐さんがここに来るまで誰かと出会ったりしましたか?」
「ん? 会ったよ、紅白のお姉さんと黒くてデッカイお兄さんにさ。すぐに別れちゃったけどねぇ」
紅白…霊夢か。
正直言うと、あまり会いたくないかな。あの巫女は無駄に勘が良すぎる。
私が優勝を狙ってることもあっさりバレそうだし、隠れ蓑には不適切。
「霊夢さんと…誰ですって?」
「霊夢お姉さんと承太郎お兄さんだよ。2人はパートナー同士みたいだったねぇ。
承太郎お兄さんは一見強面だったけど、話してみたら案外優しいところもあったよ」
承太郎。露伴の言っていた最強のスタンド使い、
空条承太郎か。
聞けば相当に優秀で頭も切れる男だとか。
興味はあるけど、ますます近づけそうにない。パスパス。
…とまで考えた所でふと疑問に思った。
「…あれ? そんな強そうな方々と出会えたのに、どうしてお燐さんは彼女らと一緒に行動しなかったんですか?」
さぞ強かろう2人に会っておいて、コイツはどうして別れてわざわざ単独行動なんてしてるのか。たいして強くもないクセに。
ま、大体分かるんだけど。
「おおっとー待ってください。言わなくていいです、当ててみましょう。
そうですね……霊夢さんに邪険にされたってのがまずひとつとして、他に何か貴方自身の『目的』があったとかですか?」
「ちょっとー邪険にされたってのは余計だよー!
でもさっすがジャーナリストの勘はスゴイね! あたい、今ちょっと『探し物』してるのさ♪」
「探し物…ですか?」
はて。こんな恐ろしい会場の中、何を探してるというのか。
見たところ大好きな死体集めでもなければ、マタタビや猫じゃらしに飢えているわけでもなさそうだ。
「まぁ……言うなら『死体』かねぇ。ちょっとその辺ではお目にかかれないような『レア物』の」
前言撤回。やっぱり火車はどこへ行っても火車だったか。
私は冷えた目線で若干後ずさりした。
「あ! ちょっとちょっと変な勘違いしないで欲しいなぁ!
死体集めはあたいの趣味だけど、今回のはもうちょっと尊い行為だよ!」
「死体集めに尊いもなにも」
「ちょいと! あんま死体を馬鹿にしないで欲しいね!
って、こんなことが言いたいんじゃなくてさ、単刀直入に聞くけどお姉さん『聖人の遺体』ってのに心当たりあるかな?」
「聖人の、遺体……ですか? よく分かりませんけど、私はそんなもの持って―――」
―――待って。『聖人の遺体』……ですって?
その言葉を聞いた瞬間、脳内に蘇った。
GDS刑務所で、彼と交わした興味本位のインタビュー。
―――『僕とジャイロはその遺体をめぐる戦いに巻き込まれた…いや、自ら入り込んだ』
―――『全ての部位を集めると究極の力が手に入るという、聖人の遺体』
―――『SBRレースとはつまり、その遺体を集める為に大統領が仕組んだ計画だったんだ』
ジョニィさんは言っていた。
自らの半身不随を治すため、友人と共にその遺体を集めていたと。
その遺体には聖なる力が備わっており、様々な力を与えてくれると。
その過程でヴァレンタインという男と闘い、死闘の末に倒したと。
ジョニィさんの集めていた『希望』が、この会場にも存在している…?
(――――――ッ!!)
今、完全に理解した…
ジョニィさんの亡骸に近づいた時に感じた、謎の『感覚』。
身体の中で何かが動き出すような、違和感の『正体』。
間違い、ない。
ジョニィさんの『希望』が、私の中に入り込んでいる…!
「……? お姉さん?
どうしたの? 胸に手を当てていきなり黙りこくっちゃって…」
「…………あ、い…いえ、なんでもありません。
ところで……お燐さんは何故、そのような物を…?」
「あー、コレ言っちゃっていいのかなぁ? あんま話さない方がいいのかもしんないなぁ。
んーーー……、ま! 霊夢お姉さん達にも話しちゃってるし、いっか!」
それから私が聞いたのは驚きの内容。
ヴァレンタインがこの会場においても聖なる遺体を探し回っていること。
お燐がヴァレンタインと『約束』を交わし、遺体集めに奔走していること。
ヴァレンタインの事を話す彼女は『コレ言ってもいいのかな』といったものではあったけど、どこか『期待』に満ちていた。
彼のことを『妄信』、とまではいかないけど、相当に『信頼』を寄せているかのように話していた。
さっき会ったばかりの人間に対してそこまで期待するなんて、ヴァレンタインという男はかなりの『人格者』なのだろうか。
でも、私は知っている。
詳しく聞いたわけでも無いが、ヴァレンタインは……ジョニィさんの敵だった。
遺体を揃え、聖なる力を手に入れようとしたヴァレンタインは、ジョニィさんたちを何度も殺害しようと目論んだ。
そして、最期にジョニィさんの手によって……死亡した、らしい。
この娘はよりによってそんな人を『正義の人』と信じ、あまつさえ彼のために遺体を集めている…?
―――ふざけるな。
アンタが、ジョニィさんの何を知っているの。
あの人は自分の信じる道を突き進んで、そして死んだ。
私の中に眠る遺体は、彼の突き進んだ証。
彼が再び立ち上がれるようになった『軌跡』の証であり、『奇跡』の証でもある。
これは絶対、渡せない。アンタにも、ヴァレンタインにも。
「…お燐さんは、その遺体とやらを持ってるんですか?」
「うん。大統領さんから『両脚』の部位を預かってるんだ。
少しでも集めてあの人の元へ届けないとね。さとり様たちを守ってくれるって言ってたし」
呆れた。どこまでお人好しなんだか。
そんなの嘘に決まってるでしょう。アンタはヴァレンタインに『利用』されてるに過ぎないのよ。
そんなことにも気付かずにヘラヘラ笑いながらヴァレンタインの傀儡になっている彼女を見てると虫唾が走る。
露伴に洗脳されてる頃の私を思い出すから。
「なるほど、お燐さんの目的は理解できました。
私は遺体を持ってませんので尽力することは出来ませんが、他の情報を提供することぐらいは出来ますよ。
どうです? こんな所で立ち話もなんですし、中でじっくりとお話を伺いたいのですが」
「うん、勿論さ♪ いや~ここで天狗のお姉さんに出会ったのは幸運だったかもねぇ」
そうね。全く幸運だわ。
貴方のおかげで遺体の存在を知る事が出来たんですもの。
さて、適当に情報を聞いたらこの娘はさっさと始末しましょう。
私は遺体集めそのものには興味はないけど……ついでだからアンタの『両脚』も頂いていくとするわ。
死体集めが趣味の貴方には、丁度良い末路でしょう。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『火焔猫 燐』
【朝】E-4 命蓮寺 本堂
天狗のお姉さんは嘘をついている。
お姉さんが最初にあたいの後ろから近づいてきた時、確かに感じたんだ。
あたいの体内の『両脚』が騒ぎだしたのを。
それは頭痛という形であたいの頭を襲ったけれど、すぐに治まった。
一瞬、何が起こったのか分からなかったけど、後ろで笑いながら近づいてきたお姉さんを見てすぐに悟った。
―――このお姉さん、『遺体』を持ってる……って。
あたいったら早速ラッキー♪
まさかこんなに早く遺体を見つけちゃうなんて、いやはや自分で自分の才能が恐ろしいね♪
…でも、その後お姉さんはハッキリと言った。
聖人の遺体など『持っていない』って。
あたいはその言葉がすぐに嘘だと気付いたけど、とりあえずその場は流した。
んー……これってどうするべきなんだろう?
案1
『またまたぁ~! そんなこと言って、嘘ばっかりィ! ホントは持ってるんでしょ?』
なんて猫なで声を出してスリスリと迫ってみようか?
でも前にそれやって霊夢お姉さんに鬱陶しがられちゃったからなぁ…
案2
『ねぇ~え~~ん♪ 遺体くれたらイ・イ・コ・ト……してあげるんだけどナァ~♪』
と、猫を被って言い寄る…のはない。これはないや、うん。
大体あたいにそんな色気なんてないし……いや、これ以上自分で言うのはやめよう…空しくなる…
案3
強行的に遺体をネコババ!
…う~ん、あたいにしては暴力的だねぇ。でもコレが一番現実的なのかなぁ。
ここまで考えたところで、あたいはふと大統領さんの言葉が浮かんだ。
―――家族を守りたければ『戦え』。愛国心とは『家族愛』の事だ。泣いてばかりでは家族は救えない。
…そうだ。
あたいがこんなところで悩んでる間にも、みんなが苦しんでいるかもしれないんだ。
自分に出来ることをやらなきゃ。あたいだって戦えるんだ。
あたいは死体のエキスパートだ。聖人だろうが怪人だろうが死体なら持ち帰るのがあたいの仕事。
盗んでやる…! このお姉さんから、遺体を奪うッ!
だから、それまで無事でいてよ…! さとり様! こいし様! おくう!
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「―――私の支給品はこの拳銃だけでした。まあまあ当たりの支給品なのではないでしょうか」
そう言ってお姉さんは拳銃という武器をあたいに見せてくれた。
愛想の良い笑顔で惜しげもなく支給品を見せつけ、それをすぐに懐に仕舞う。
お姉さんはそのままあたいに顔を向けてニコニコ顔を作ったまま、会話が途切れた。
さあ次は貴方が支給品を見せる番ですよ、といったお姉さんの笑顔を眺めながらあたいは思考する。
やっぱりこの人、『嘘吐き』だ。
この人が遺体を所持してるのは分かってる。
それなのにその事を言わないなんて、隠し事がある証拠。
その遺体は元は誰のモノ? 誰かから奪ったの? その人は今どこでどうしてるの?
あたいの遺体も狙っているの?
考えれば考えるほど疑心暗鬼に包まれてくる。
あーもう、こんなのあたいのキャラじゃないはずなんだけどなぁ…
でも、よく考えたら親しくもない相手にいきなり所持品を全部公開すること自体おかしいことなのかな。
この遺体も見た目はグロテスクだし、へんに見せつけると相手が驚いちゃう、って思っての嘘かも。
んー、じゃあ考え無しに遺体を持ってることを話しちゃったあたいの方が危機感足りなかったのか。
…ダメだぁ、よくわかんないや。
とにかく今は会話を続けないと。
「あたいの支給品はただのリヤカーと、大統領さんから借りた遺体、それとナイフだよ」
このナイフも本当は
ブラフォードお兄さんの物だったけど……それを言う気にはなれなかった。
毒が塗ってあるらしいこれをあたいが使う時が、もしかしたら来るかもしれない。
「なるほど、お互い身を守る術は揃えてるという訳ですね。
じゃあ次はお燐さんが出会った人物についてですけど…」
「うん。さっきも言った通り霊夢お姉さんと承太郎お兄さんとはジョースター邸の東で会ったよ。
2人とも異変解決に向けて動き出してるみたい。
それと、承太郎お兄さんが言うにはDIOさんって人物は近づいたら危険だってさ」
「……! DIO…!」
ここまでほとんど柔らかい印象だったお姉さんの表情が、初めて険しくなった。
その顔には、どこか軽い『恐怖』のような感情が見えたような気がしてあたいは心配になる。
「お姉さん、DIOさんを知ってるの?」
「…いえ、直接は知りません。ですが、彼の部下らしき人物と遭遇しました。
名前は『
ヴァニラ・アイス』……空間を飲み込む能力を持ち、とても残虐な気性の持ち主でした。
私と……私の仲間は、GDS刑務所でそいつと闘い、そして奴は逃げ出した。
…倒しきることが、出来なかった。その、せいで…ジョニィさんは……」
なんだろう…お姉さん、『悲しんでいる』…?
そして…『怒っている』、ようにも見えた。
あたいはその『ジョニィ』って人を知らないけど、お姉さんにとってその人はどんな人物だったんだろう…
「…もしかして、そのヴァニラって人にジョニィさんは…」
「…確かに、間接的にジョニィさんを殺めたのはヴァニラといっても良いかもしれません。
ですが直接ジョニィさんに手を下したのは……チルノさんです」
チルノ…?
ああ、確かこいし様が地霊殿に帰ってきた時、たまに話していたねぇ。
こいし様が言うにはちょっと頭が弱いけど、無邪気で可愛らしい妖精だって聞いてたけど…
「私の推測では、チルノさんはDIOに操られていたと考えています。
あのチルノさんはあまりにもいつもの彼女とは様子が違いすぎましたから」
操られていた……って、もしかして承太郎お兄さんが言っていた『肉の芽』…!
じゃあ、やっぱりブラフォードお兄さんの主であるDIOさんは危険なヒト、なのかな…
「チルノさんは激しい闘いの末、ジョニィさんと『相討ち』になりました。
そして残った仲間の
古明地こいしも、チルノさんを見捨てて何処かへ逃げ去りました。
それが、私が先ほど体験した出来事です」
そっか………
――――――って、
「………………え」
今、このお姉さんの口からさらりと出た名前は、あたいの聞き間違いじゃなければ…
「ちょッ……! お、おおおお姉さんッ!? い、今、誰が何処へ逃げたって言ったのさッ!?」
「……ん? …………あ、そういえば古明地こいしはお燐さんの…」
「だ、大事なご主人さまのひとりだよッ!!
こいし様が、お姉さん達を襲ったのかい!? う、嘘…ッ!」
「いえいえ、残念ながら事実です。
お気持ちは察しますが、彼女は明確な殺意を持って私たちを撃ってきました。
ゲームに『乗っている』としか…」
「そんなわけないッッ!!!」
静かな寺内に怒号が響き渡った。
温厚だと思っていたあたいの大声に驚いたのか、お姉さんは座ったまま固まっている。
だって、そんなわけないじゃん。
こいし様が、そんな…人を撃ったなんて……あたいは信じない。信じたくない。
そうだよ…、あの人はちょっと不安定なところはあるけど、純粋で、優しくて、心地の好い、そよ風のような方だ。
何者にも縛られず、気ままで穏やかに生きていくあの人が誰かを本質的に傷付けることなんて―――
あっ……
「―――肉の、芽……?」
ふと、頭に思い浮かんだ単語。
承太郎お兄さんの言葉が瞬間、鮮明に蘇る。
『額にそいつを埋め込むことで相手を従わさせることができるモノだ。DIOという吸血鬼が使える危険な力、だな』
可能性はある。
あたいを冷ややかな目で見つめているお姉さんに、食って掛かるように問い質した。
「お姉さんッ! あの、こいし様の額には何か埋め込まれていなかった…!?」
「わわ! 何ですか急に…!
額……と言われてもあの時はそんなの確認する暇も無かったですよ」
少し困ったような顔をしながらお姉さんは後ずさりした。
あたいは何も言えなかったけど、もしお姉さんの言ったことが本当ならこいし様はきっと肉の芽によって操られてるに違いない。
多分、そのチルノって妖精もそうだったんだ。
「……どうやら、何かものしり顔のようですね。事情を聞いても…?」
お姉さんが険しい表情で聞いてきた。
あたいは説明する。承太郎のお兄さんから聞いた『肉の芽』の性質について。
最後まで聞き終わったお姉さんは納得したように頷いて口を開く。
「なるほど……と、いうことはつまりこいしさんは既にDIOの傘下に入ってしまった可能性が高そうですね」
やっぱりそうなってしまうのかな。
あたいはやりきれない思いで拳を握る。
どうすればこいし様を助けられる? 肉の芽って簡単に引っこ抜ける物なの?
ブラフォードお兄さんも、肉の芽に支配されていたのかな……
「……あの、お姉さん! お願い! あたい、お姉さんについていっても良いかな?
そんな状態のこいし様をこのまま放っておけないよ! 今もどこかで誰かを傷付けてるかも…!」
「……はぁ?」
あたいはたまらなくなってお姉さんに詰め寄る。
遺体も大事だけど、こいし様はもっと大事だ。
あたいひとりじゃあこいし様を助けられないかもしれない。
でもこのお姉さんはきっと強い。この人と2人ならこいし様も助けだせるかもしれない。
「ちょっと待ってください。何で私がそこまでしなくちゃならないんです?
私はついさっき彼女に銃を向けられたばかりですよ? ハッキリ言ってもう会いたくはないんですが」
ハッキリ断絶された。
なんだいケチ、とまでは言えなかったけど、無理のない話かもしれない。
それならあたいひとりで……といきたいところだけど、お姉さんは遺体も持っている。
ここで遺体を奪う千載一遇のチャンスをむざむざ放棄し、何処に居るかも分からないこいし様を探しに出るのもなぁ…
あの時、大統領さんはあたいに約束してくれた。
自分の手伝いをしてくれれば、家族を探しだして守ってくれると。
あたいは彼の誠意に答えてあげたい。遺体を手に入れるということは、それがあたいの『戦い』になるんだ。
その戦いがそのまま家族を守ることに繋がるんだ!
しばらくお姉さんと同行して隙を見て盗むか、何なら今ここで奪わなければあたいはこのまま『臆病者』で終わってしまう!
「お願いだよッ! お姉さん強いんでしょ!?
あたいに出来ることは何でもやるからさ! せめてあたいと一緒に行動してほしいんだ!」
強引にお姉さんの肩を掴んで押しせめる。
本当に無茶なことを言ってると思うし、迷惑な行為だろう。
でも、この距離まで密着すればお姉さんの遺体を取り込んで盗めるかもしれない…!
お姉さんには悪いけど、このままごねるようなら、今ここで奪って逃げるッ!
この遺体は価値の分かる者の手にしか渡っちゃダメなんだと思う。
それは多分、大統領さんだ。あたいやこのお姉さんにとってはこの遺体は所詮『猫に小判』だ。
何故かは分からないけどこの人は、『遺体を持っていない』とあたいに嘘を吐いた。そこにはきっと他意がある。
『嘘吐き』にこの遺体はきっと相応しくない。
大統領さんのように、誓いを守る『正しい人』こそが遺体の所有者となるべきなんだ!
ごめんね、お姉さん…! でも、これがあたいの選んだ『正しい道』! あたいなりの『戦い』!
「ちょ……! しつこいですよお燐さん! 行きませんったら行きませんッ! 離してくださいッ!」
「そこを何とか……! あたいひとりじゃあ不安で不安で…!」
揉めるようにお姉さんの身体を掴んで離さない。
今だ…! お姉さんの体内から遺体を取り出して……!
「―――人の遺体を盗む気? いい加減にしなさいよ、この泥棒猫」
カチャ
「―――え」
突然耳に響く冷たい声と、冷たい音。
あたいの額には不気味に光る銃口が突きつけられている。
「もういいわ。聞きたいことは全部聞けたもの。悪いけど貴方はここで終わり」
さっきまでとは全然違う、お姉さんの低い声。
その瞳には冷たく黒い輝きがある。
―――殺される。そう感じた。
「貴方のご主人……古明地こいしは、私の獲物。残念だけど貴方に家族なんて『守れない』。
貴方を殺して遺体も奪ったら、すぐに彼女も殺しに行くわ。
…それじゃあ、故郷の地獄に帰りなさい」
あまりに突然の事態に身体が動かない。
声も出せずに、家族すら守れずに、あたいの人生は幕を閉じるのか。
い…いやだいやだいやだッ!
そんな…死ぬなんて、絶対に―――
バン!
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▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『
ホル・ホース』
【朝】E-4 命蓮寺 正門前
「あーーあー……」
この上なく気だるい溜息を吐きながら明るくなってきた空を仰いだのはホル・ホースだった。
ズレ落ちかけるカウボーイハットを片手で押さえながら、そのまま数秒の沈黙が流れる。
(ま……分かっちゃいたんだけどなぁ…。こうハッキリ伝えられちゃあ流石にくるぜ)
『もしかしたら』……可能性は薄いが、有り得たことだ。
先ほどの放送によって直に伝えられた『彼女』の名は、ホル・ホースの心に幾分かの傷を付けた。
自分は彼女の死ぬ瞬間は見ていない。
寅丸星に襲われたが、奇跡的に逃げ延びてどこかで生き残っているかもしれない。
ホル・ホースは現実主義者ではあったが、そんなあられもない光明が心の何処かに張り付いていた。
そんな薄い希望も、完全に消滅した。
「死んだ者は死んだ者……だぜ、ホル・ホース。現実見やがれ。
今更都合の良い展開なんか望んじゃいねえよ。こりゃ映画の世界じゃねぇんだ」
既に闇の世界に身を堕としているカウボーイ被れの自分は、死の覚悟なんてとっくに完了している。
だが―――
「ヌルくせー表世界で暮らしてたガキぐらいは……せめてベッドの上で死なせてやりたかったもんだなァ…」
誰に語るわけでも無いその空虚な言葉は、空へと消えた。
キュッと帽子を被り直し、再び前を向く。
過去を振り返ってセンチな感傷を抱くなど自分の性ではない。
今の自分に出来ることは、響子が今際の際に遺した想い……すなわち寅丸星の目を覚まさせることだ。
果たして成功率はどれほどのものだろう。せめて五分程度の勝率は欲しいところだ。
そしてその成功率を限りなく底上げしてくれる人物であろう
聖白蓮の治める『命蓮寺』。
彼女の手がかりが掴めるかもしれないという淡い期待を抱きながらホル・ホースはこの場所へ来た。
(……にしても、ジャパニーズ・キャッスルっつーのはどうにも異様だぜ…)
立派に聳え立つ正門を潜り、石の敷き詰められた道を警戒しながら進む。
ホル・ホースとて日本の様式美には疎く、初めて間近で見る和の景色は目を惹かれる物ばかり。
イマイチ用途の掴めない灯篭をコツコツと軽く叩いてみたり、嗅ぎ慣れない木造物の独特な匂いに心浮かれて鼻歌まで歌いだす始末。
こう見えて彼は『芸術』や『美的文化』の嗜好を多少なり持ち合わせている。
間近で見る日本の洗練された芸術に心奪われかけ、この場が殺しの場であることすら忘れそうになってしまった。
「ここが……響子の嬢ちゃんが通っていた寺、か。オレには綺麗すぎる場所でどうにも落ち着かねえ…」
必然的に浮かぶ彼女の顔をブンブンと振り払い、先へと進む。
それに先ほどから足元をよく見れば、何人かの足跡を確認している。既に誰かがこの場を訪れているのだ。
鬼が出るか蛇が出るか。本堂へと近づくたびにホル・ホースは警戒を強めながら、自らのスタンドである『皇帝』を構える。
やがて足を踏み入れたのは一際大きな本堂。
意を決して侵入するホル・ホースの耳に初めに入ったのは女の声だった。
「行きませんったら行きませんッ! 離してくださいッ!」
(女の声…! 少なくとも2人は居るみてーだが、様子がおかしいな)
機敏な動作で入り口の死角に移動し、そっと中を覗き込む。
女2人。片側は頭に猫耳、二又尻尾のおまけ付き。
その姿を見てホル・ホースはまたも彼女を思い出す。
(ワンコの次はニャンコかよ…! 半信半疑だったが響子の嬢ちゃんが語った『幻想郷』っつーのはどうやらマジらしい)
となれば彼女らに聞けば聖白蓮についての情報が分かるかもしれない。
しかし何か様子がおかしい。揉め事か…?
慎重に事を見ていたホル・ホースに緊張の汗が伝う。
その時、猫耳の少女に掴まれていたもう片方の黒髪の女が拳銃を取り出し、相手の額に突きつけた。
(!! …オイオイ、ご勘弁願いてぇぜ……、ここまで来てトラブルには関わりたくねぇんだがな…!)
反射的に回れ右。触らぬ神に何とやらだ。
ここまで来て収穫ナシというのは痛恨だが、この場に目的の人物は居ない。
逃げ足の早さには定評のあるホル・ホースはすぐさま決断した。
音をたてぬよう、静かにこの場を去ろうと足を動かして――止めた。
まただ。またも自分は女を見捨てて逃げようとしている。
手の届く距離で、今回こそは救えるかもしれないというこの場面で、見ぬフリして去ろうとしている。
どこまで男を下げれば気が済む、ホル・ホース。
そうやって目の前の災を避け続け、進む先に何が待っている。
男なら誰しも心に『地図』を持っている。荒野を渡りきる自分だけの地図を。
腹に据えた、たった一つの『指針』だけは見失ってはならない。
「……そう、だったな。オレの心の地図に…『後悔』だけは持ち込んじゃいけねえ」
俺が後悔するのは……『あの時』までだぜ。 ――響子の嬢ちゃん。
伏せていた面をキッと上げ、退きかけていた足を勢いよく前に動かす。
眼光炯々に変化した目つきを『敵』と捉えた人物に刺す。
一瞬の早業。
扉の前に躍り出たホル・ホースは声を発することなく、七メートル先の黒髪の少女に『皇帝』を撃ち放った!
炸裂音と共に軌道を描くように発射された弾丸は、女が突きつけていた銃のみを弾き飛ばし、彼女の殺戮の手段を奪う。
「ッ!? 誰です…ッ!?」
「おおーっとォー! フォークダンスの練習中失礼するぜッ!
そこのお前ッ! 両手を挙げてその場から動くんじゃねえぜッ! そっちの猫ちゃんもまだ動くなよ!」
突然の乱入者に戸惑う文。
それはお燐にとっても同じで、2人してホル・ホースの方を同時に振り向く。
「オレはある人物を尋ねてこの場所へ来た! 話の分かりそーな奴は見た感じそっちの猫の嬢ちゃんだな。
まず聞くが、こいつはいったいどーいう状況だ? お嬢ちゃんはそっちの黒髪の女に襲われていたって認識で間違いないか?」
予想だにしないタイミングでの男の登場に、文は思わず心の中で舌打ちした。
今の場面を人に見られるとはかなりの痛手だ。
第三者の接近に気が付かぬなんてポカをやらかしてしまった。まず確実に弁明できる状況ではない。
チラリと挙げた右手を見る。
銃で撃たれたにも関わらずほとんど傷が無い。あの距離から銃だけを弾き飛ばすようにギリギリ掠らせて狙ったのだ。
達人級の仕業。主導権を向こうが握っている限り、下手に反撃するのは悪手だろう。
仮に逃げ切れたとしても、自分の危険性について情報をバラ撒かれることは間違いない。
だが、それでも今は逃走を試みるしかない。
鴉天狗のスピードなら、可能だろう。
漆黒の翼を広げ、一か八かの飛翔に挑むその時、お燐の狼狽する声が文を驚愕させた。
「あ、あの! 待って待って帽子のおじさん! あたいとこっちのお姉さんは、その…『友達同士』だよ!
あたいを助けようとしてくれたのは嬉しいけど……だから、えと、早まらないで!」
「「―――――――――は?」」
文とホル・ホースの間の抜けた声が重なった。
コイツ悪いやつだからそのまま撃っちゃって!ぐらいの台詞を覚悟していた文からすればまるで予想出来ないお燐の発言である。
「あーーー……オレにはお前が銃を突きつけられてたように見えたんだが?」
皇帝を文に向けながらもホル・ホースはお燐の言葉に首を傾げた。
「あ、あれはぁー……うん、ささいなすれ違いだよ! ちょっとした意見の相違!
ケンカケンカ! あ、はははー……」
ちょっとしたケンカがどのような経緯で拳銃を突きつけられる事態になるのだろうか。
女の子のピンチを救うため、アメリカンコミック・ヒーローのようにジャジャーンと颯爽登場したのはいいが、状況が違ってきている。
微妙に引き攣った笑顔を見せるお燐の姿にホル・ホースは大きな違和感を覚えるが、殺されかけていた本人がそう言うのならそうなのかもしれない。
「それじゃあなにか? お前さんら2人は友達同士だったがささいな口論で殺人事件に発展しそうになった。
今は反省しているのでここはみんな仲良く穏便に事を進めよう……こういう事か?」
「いぐざくとりーだよおじさん! 文お姉さん、さっきはあたいも言い過ぎたからさ、また『一緒に』頑張っていこう?」
お燐の眩いほどの笑顔が、文に向けられた。
瞬間、文は察する。お燐の突然の妙な発言。
まるで自分を助けるような物言いの奥に隠された真意……その魂胆が。
(コイツ……もしかして私の『遺体』を逃さないために敢えて私を庇ったってワケ…?)
なるほど彼女の目的が遺体ならばここで私を逃すことは望む展開ではない。
それならばいっそのこと身近に置いて、寝首でも掻いてやろう……そんなところか。
(舐めてくれるじゃない…! 本当に、どこまでも躾のなってない泥棒猫ね。 ……いいわ、私にとっても悪くない展開だもの)
この聖人の遺体は彼女にとってそこまで執念を燃やすべき案件なのか。それともこれも大統領とやらの人格の成せる業か。
だが自分にとってもこの遺体は何故か絶対に渡したくない、己の意思を超えた物になってきている。
その想いが果たしてジョニィの遺志に通ずるところがあるのか、とにかく文は遺体を誰かに渡すなんて事は絶対にしたくなかった。
それに加え、自身のとりあえずの行動スタンスである『強い者に蓑隠れ』が達成できそうだ。
目の前で素晴らしい銃技を披露してくれたこの男と行動を共にすることは、自分の生存確率を上げてくれるだろう。
鬱陶しく付いてくる猫娘もそのうち遺体を奪いに仕掛けてくるはずだ。
その時は『正当防衛』という大義名分で返り討ちにしてしまえば、ホル・ホースにも筋の通った言い訳がたつ。
所詮は化け猫の急ごしらえで作った浅知恵。
鴉天狗である自分とは妖怪としての『クラス』が違う。
「そうですね。さっきは少しやり過ぎました。すみません、お燐さん。
なにぶんこんな状況ですので、ついカッとなって……
また、『一緒に』頑張っていきましょう!」
「うん! 『一緒に』頑張ろう、お姉さん!
それとおじさん! あたいはお燐! 『火焔猫燐』! こっちのお姉さんは鴉天狗の『射命丸文』お姉さんっていうんだ!
誰か探してるのならこっちのお姉さんに聞けばわかるかも。ものしりだからね」
やや強引に話を進められたホル・ホースは困惑しながらも、この場は武器を収めることにした。
やはりさっきの光景はオレの早とちりだったか…?
そんな疑問もあるにはあったが、女性を傷付けるのはやはり己の主義に反する。
このまま戦うことも無く、目的の情報を手に入れることが出来れば万々歳。
戦力増強という点でも、見たところ妖怪である彼女らをうまく相棒と出来たならば良い事尽くめだ。
だが……
(猫耳のお嬢ちゃんの方はともかく……あっちの文とかいう黒髪娘の方はどうも“クセー”んだよなあ。
さっきの一場面を考慮するとか以前に、オレの長年の『勘』が疼いてやがる)
長い間汚い仕事に手を染め、その都度にベストパートナーを選んできたおかげで、人を見る目は抜群に培われてきた。
その自慢の鑑識眼を信じるのならば、この黒髪とは行動を共にしたくはない、というのが本音だった。
しかし聖白蓮の捜索に行き詰まりを感じているのもまた事実、というよりこの広い会場でたった一人の人物を当てなく探すというのがそもそも無謀だ。
どうも彼女たち『幻想郷』に住まう者は横の広がりが大きいらしい。
ならばここは人脈を武器として確かな情報を確実に拾っていった方が有益かもしれない。
なにより聖捜索中に例の2人組と出会ってしまったら能力の相性ゆえ、今度は逃げ切れない。やはり相棒は必要なのである。
「……オーケイ。まずはお前さんたちの話を聞こうじゃねえか。
オレはホル・ホース。女には世界一優しいナイスガイだぜ」
彼女らのどこか嘘くさい態度に不安はあるが、ここはホル・ホースが目先の利を取る形となった。
(やれやれ……女の嘘は許すのが男ってもんだ、が……このホル・ホースにどこまでの器量があるかねェ……)
願わくばかつての無様を晒しださぬよう、男は自分だけの指針をもう一度噛み締める。
そして互いの喉笛を狙う鴉と猫は、それぞれの思惑を胸に秘めながら男についてゆくと決めた。
文は黒い感情を静かに燃やし続ける。
(例え卑怯と罵られようと、私は最後まで生き残る…! そしてこの遺体だけは、誰にも渡すつもりはないわ!)
体内から僅かに感じる確かな力は、文がかつて光を見出した人間の残滓。
今となっては意味のないそれを守り通す気持ちの正体は、未だ掴めない。
無意味で余計なだけのその感情を捨て去る勇気は無かった。
非道なる殺し合いに身を投じ、心を任せるだけの機械となりつつある自分にとっての唯一のアイデンティティーと成り得るものが、この遺体な気がした。
それはかつて無気力に生きていた
ジョニィ・ジョースターが感じた希望を、自分も同じようにこの遺体に感じているのかもしれない。
故に射命丸文は戦う。この『希望』を陥れようとする火焔猫燐は、完膚なきまで叩き潰さなければいけない。
そして、家族を守るために戦うことを決心したお燐はその『希望』を集めることに徹する。
お燐はかつてなく、燃えていた。
(この人…『こいし様を殺す』つもりだ…! そんなこと、あたいが絶対にさせないッ!
戦うことが家族を守ることに繋がる……大統領さんはそう言ってくれた。ここであたいが戦わなきゃ、家族みんなバラバラだ!
絶対に遺体を奪ってみせるッ! ……そしてっ!)
待ち受ける結果は分からない。
だが文がこのままこいしを始末しようというのであれば……手を染めることも、厭わない。
このホル・ホースと行動を共にする手前、文も強行手段に出るわけにはいかないだろう。そのための同行の提案なのだから。
いずれにせよ、文だけは逃がさない。逃がしてはならない。
こうして3人が一堂に集まり、表向きは平穏を保つ同盟のように見えた。
だが3人の指針は全て違う方向を向いている。
籠に隠れながら狡猾に息を潜めようとする鴉天狗。
籠の中の鳥を狙うため、小さな爪を磨く黒猫。
男の信念を守り通すため、先の見えぬ荒野を歩き続けるカウボーイ。
針の先に何があるか。
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【E-4 命蓮寺 本堂/朝】
【射命丸文@東方風神録】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷
[装備]:拳銃(6/6)、聖人の遺体・脊髄、胴体@ジョジョ第7部(体内に入り込んでいます)
[道具]:不明支給品(0~1)、基本支給品×3、予備弾6発、壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[思考・状況]
基本行動方針:どんな手を使っても殺し合いに勝ち、生き残る
1:ホル・ホースと行動を共にしたい
2:火焔猫燐は隙を見て殺害したい。古明地こいしもいずれ始末したい
3:この遺体は守り通す
4:DIOは要警戒
5:露伴にはもう会いたくない
6:ここに希望はない
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※火焔猫燐と情報を交換しました。
※古明地こいしが肉の芽の洗脳を受けていると考えています。
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実、聖人の遺体・両脚@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品、リヤカー@現実
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、
古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:家族を守る為に、遺体を探しだし大統領に渡す。
2:射命丸文が持つ遺体の奪取、及び殺害…?
3:ホル・ホースと行動を共にしたい。
4:地霊殿のメンバーと合流する。
5:ディエゴとの接触は避ける。
6:DIOとの接触は控える…?
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
※古明地こいしが肉の芽の洗脳を受けていると考えています。
【ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー(エニグマの紙に戻してある)
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:響子を死なせたことを後悔。 最期の望みを叶えることでケリをつける。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して寅丸星を正気に戻す。
3:火焔猫燐、射命丸文と話をする。
4:あのイカレたターミネーターみてーな軍人(シュトロハイム)とは二度と会いたくねー。
5:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
6:使えるものは何でも利用するが、女を傷つけるのは主義に反する。とはいえ、場合によってはやむを得ない…か?
7:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
8:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※響子から支給品を預かっていました。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
最終更新:2015年11月13日 02:46