まず…『彼』との出会いは“静止した時間の中”という極めて稀な空間の中での出来事だった。
ふわり、と傷付いた身体を持ち上げられる感覚。俗に言う“お姫様抱っこ”という奴だ。
少なくとも自分の記憶にはこんなことをされた経験などない。恐らく、幼少の頃からも。
だから実際の所、かなり戸惑った。ましてや相手は見知らぬ『男性』だ。
これが日常ならば、情けなくも多少の赤面と共に必死の抵抗ぐらいしていたのかもしれない。
だが、今は
博麗霊夢との『殺し合い』の真っ最中。しかもあわや死ぬ所だった。
間違いないのは、彼は私を助けてくれたという事実であり、そのことにお礼をしなければならないということである。
「あ、貴方は一体……」
「黙ってろ、傷に障る。しかし、状況がさっぱり掴めねえ、だが……
そうだ、やることはハッキリしている……!」
たったそれだけの言葉を交わし、彼は妖刀携える霊夢と再び激突した。
あの男は何者なのか? 彼の背後に立つように現れた守護霊のような像は何なのか?
静止した時間の中を動ける人間と出会ったのは初めてだ。
私は男に礼を言うのも忘れ、しばし彼と霊夢の戦いを離れて見ていた。
援護したい気持ちもあったけど、とても動けるような状態ではない。見ることしか出来なかった。
その内、男と霊夢が互いに吹き飛ばされて倒れた。ダブル・ノックアウトという奴だ。
倒れたまま動けない彼に私は必死で這い寄った。霊夢はきっとまだ、戦う気だ。
見れば彼の右手には霊夢の札が貼られていた。アレを剥がさなければ。
「少々痛みますが……我慢して下さい」
自慢のナイフで彼の右手を呪う札を、皮膚ごと引っぺがした。
滅多に触ることのない男性特有のゴツゴツした手に驚く暇もなく、荒療治な『治療』は終わった。
彼に礼を言われると、私はすぐに意識が遠のいてきた。
少々、力を使いすぎた。
「おい……あんた、名前は」
「自己紹介は……後にしましょう。彼女は……霊夢は、まだ、戦う気です」
「何?」
「そして、ごめんなさい……私、貴方の言う通り……無茶、し過ぎた。
……後、お願いします。……そのあと名前、必ず…………おしえ……」
ああ、情けない。
紅魔館のメイド長を冠する十六夜咲夜ともあろう者が、助けられた相手に礼も出来ず、名を伺う事も出来ないなんて。
助けられっぱなしって言うのも癪だし、礼だけは必ずしないと……!
紅魔館に属する私が借りを作るということは、お嬢様自身が借りを作らされることと同義。
礼も…名前すら聞かないというのはお嬢様の『恥』になる。それだけは、駄目……!
……瞼が重くなってきた。
お嬢様は……レミリア様は今頃何処に居られるのか。その実力からいって死ぬことはないだろうけども。
美鈴は無事なのだろうか。彼女は強いけど、あの性格がそのうち身を滅ぼしそうで少し怖い。
パチュリー様は私などよりも圧倒的に博識なお方だが、戦いには向かない身体。やはり心配だ。
そうね……やはり、私がここで倒れちゃ駄目。
紅魔館のメイド長が、真っ先に死ぬようなことがあってはならない。
少し……少しだけ休もう。その後に彼の名前をお聞きしなければ。
―――ほんの少し、だけ……眠、って……………………。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
まず、初めに脳内に奔流のように入り込んできた記憶は『名前』だった。
脳内、というのもおかしな話だ。
私は元々プランクトンであり、物事を考える脳など持ち合わせていなかったのだから。
DISCによって『知性』を手に入れ、新生物へと進化した『フー・ファイターズ』でも脳という神経の中枢は存在しない。
神経組織が脳と同等の働きをしているだけ。その細胞に記憶を刻み込まれているのだ。
しかし、この『十六夜咲夜』という人間の遺体を墓から掘り起こし、その肉体に寄生した今……感覚で分かるのだ。
私の体には確かに脳は存在し、血液が流れ、この者の記憶がこのフー・ファイターズの意識と合致したことが。
とはいえ、他人の肉体を乗っ取ったことは別に初めてではない。何度か経験したことのある行為だ。
だから生まれて初めて手に入れた人間の肉体や思考に戸惑いを覚えるとか、興奮するとか、そんな感動はない。
最初に生まれた意識――『十六夜咲夜』の記憶から『フー・ファイターズ』の記憶へと流れ着いた意識――は、名前。
私は『十六夜咲夜』という、確かにひとりの人間として、ふたつと無い『一個』として、今ここに立っている。
『私』は『わたし』。
『オレ』でもなく、『あたし』でもなく、十六夜咲夜としての『私』。
『フー・ファイターズ』でもあり、『十六夜咲夜』でもあり、そのふたつの存在が一個として成り立っている矛盾。
かつて生きた『十六夜咲夜』という名前を手にし、今の私は在る。
フー・ファイターズとしてDISCを守っていた頃は名前など気にしていなかった。
名前とはその個人個人を明確に指す為の『識別番号』であり、常に独りであった私には必要なかったからだ。
今は違う。
形式的に行動しているだけの関係ではあるが、仲間は居る。独りではない。
故に名前は必要であり、『F・F』という呼称を既に貰っている。最初にそんな呼称を付けたのは……確か霊夢だったか。
ならば私は……一体『何者』なのだろうな?
私は『F・F』として彼らと行動するべきか、『咲夜』として行動するべきか。
その両の存在として行動する『私』とは、果たして誰なのか?
……くだらない。
少し前までなら、こんなくだらないことで悩むなど決してなかったろう。
『私』の中で何かが変わってきているのか? 生まれ始めているのか?
ならばその『正体』を、私は知りたい。
「あーー…………『F・F』? いや『咲夜』? それとも『咲夜・ファイターズ』とでも呼べばいいのかしらね?」
「……混ぜるな。器は咲夜でも私は『フー・ファイターズ』という確かな意識の集合体だ。お前の言う『咲夜』は既に居ない」
―――それは霊夢、お前自身が一番良く知っているはずだ。と続くはずだった言葉は喉を出てこなかった。
「……そう、よね。咲夜は、もう…………」
私の言葉に霊夢はまたも暗い表情を見せた。
少し、気遣いの無い言葉だっただろうか。
胸の奥がチクリと痛みを覚えたような感覚。
これは……『悲しみ』か? 泣きそうな顔の霊夢を見て私は、心を痛めているとでも言うのだろうか。
ヒトの肉体を手に入れた私だが、この『心』という概念はどうにも理解し難い。
だがこの胸の痛みを感ずるに、この咲夜という少女にも人並みの心が在ったのだろうな。
泣き足りないというのならば私の胸でも借りるか? と、提案しようとしたが、横には承太郎もいる。
汚名返上。今度こそ気を遣うところだ。
よって私は言葉ではなく、行為で霊夢を慰めた。
頭を撫でるという行為。
これには相手の高揚や動揺した気持ちをおさめるという役割があるらしい。
俯く霊夢の頭にそっと手を乗せ、優しく擦ってやった。
この咲夜という人間は霊夢よりも身長が高いのでやりやすかった。
「ちょ……! な、なに子供扱いしてんのよっ! やめなさい!」
「む? はて……何か私の行動が間違っていたか?」
「咲夜がそんなことするか! わかったわかったから! その手をどけなさいっ!」
……怒られてしまった。
やはり『心』というものを知識で知ってはいても、理解することは難しいようだ。
「……やれやれだぜ」
横の承太郎も口癖らしきものを零して首を振る。
そうだ……彼には言いたいことがあったのだ。
私がこの咲夜の肉体に這入って、名前の次に浮かんで来た強烈な『記憶』はこの承太郎であった。
だから私は『F・F』ではなく『咲夜』としての言葉を彼に伝えなければならない。
さっきまでの男のような低い響きの声ではなく、十六夜咲夜本人の上品で美しい声を以って伝えなければ。
「承太郎……私――咲夜は貴方にひとつを伝え、ひとつを聞かねばなりません」
「うおっ……いきなり女の声と口調になるんじゃねえよ、驚いた……」
「咲夜が意識を失う直前までに心に強く想っていた事柄なのです。
故にこれはF・Fではなく咲夜として貴方に語りかけていますわ。
まずはひとつ……さっきは危ない所を助けていただき、本当にありがとう」
「何だか変な気分だが……しかし俺は結局お前の命は助けられなかった。
お前は……十六夜咲夜という人物は俺を恨む権利はあるんだぜ」
「それでも、この咲夜の肉体に残った記憶は確かに貴方への感謝の念が熱く御座います。
紅魔館のメイド長としての……ひとりの人間としての『在って当然』な心、なのだと思っております」
そのまま咲夜としての『私』は、丁寧な45度の最敬礼を承太郎に向けた。
この肉体に深くこびり付いている『マナー』が、一寸の失礼もなく流動のように動いた。
咲夜という少女はよほど礼儀正しく教育されたのだろうことが分かる。
「そしてもうひとつ。貴方に聞きたいことがありました。
是非……『お名前』を聞かせてくれませんか?」
「……確かに、F・Fとしてのお前は俺の名前を知っているが、咲夜としてのお前にはまだ自己紹介もしてなかった。
空条承太郎、だ。奇妙な感覚だが……あんたの名前も聞いておきたい」
「十六夜咲夜と申します。……不束者ですが、これより正午までお供させていただきたく思います」
これで、F・Fとしての私が果たすべき義務は伝え終わった。
お互い変な顔をしているのかもしれない。このやりとりが、少し可笑しく思えてきたのだ。
「ほお……なんだ、てめえも人並みに笑えるんじゃあねえか」
「…………え?」
笑っている……? 私が……?
承太郎の言葉に驚き、自分の手でペタペタと頬を触ったりしてみる。
……よくわからない。わからないが……なんとも不思議な気持ちだ。
いかな知性を与えられた私でも、今まで一度だって『笑う』という感情を持ったことはない。
つまりこれは『咲夜』という人間が元々持っていた行動の残滓に過ぎず、F・Fである私がそれを真似ただけだ。
……なので、この胸に込み上げてくる形容し難く不可思議な気持ちに何の意味も無い。
「―――ぃと、……てた」
………?
両手で頬の肉を引っ張っていた私の耳に辛うじて届いた小さな呟きは、霊夢のもの。
見れば彼女は俯いたまま、ピクリとも動かない。
承太郎には情けない姿を見せたくないと強がっていた彼女だ。ここで泣いたりはしないだろう。
「その余裕しゃくしゃくな声……二度と聞けないと思っていた……」
二度目の台詞はよく聞こえた。
そして痛感した。彼女が何を思っているのかを。
やはり私を……『咲夜』を間接的にとはいえ殺してしまった事実が効いているのか。
本来なら泣きたい気持ちで一杯なのだろうが……先ほどあれだけ泣いたのなら湧き出る涙も枯れてしまったのだろう。
仮初めではあるが咲夜そのものの声に懐かしさを感じ、感情がまたも昂ぶったということか。
正直、そんな霊夢を見ていて私もどこか心苦しさはある。
ならばと、私はひとつの『提案』をしてみることにした。
「霊夢……お前が―――いや、貴方が良ければ私はこのまま『十六夜咲夜』として行動してもいいのよ?」
「………え?」
「気休めだとは分かっているわ。十六夜咲夜は確かにこの世には既に居ないし、私はその抜け殻と記憶を本人の許可も得ずに動かしているだけに過ぎない。
それでも貴方の心に圧し掛かる重みが少しでも軽減されるのなら私は尽くしたいとも思っている。
『フー・ファイターズ』としての性格や個性自体、ホワイトスネイクから与えられただけでそこまでこだわりがあったわけでもないし……。
今はこの女に残った『記憶』にも興味は……あるしね」
無論、DISCへの執着は未だ健在だ。
しかし、人としての新たな個性を得た私はもう少し、この『心』というモノを理解したい。
この寄生主……『十六夜咲夜』に残った想いは、あまりにも無念だ。
彼女には慕う者がいた。
『
レミリア・スカーレット』という吸血鬼だ。
それは主従という関係だが、フー・ファイターズとホワイトスネイクというような一方的な服従でもないらしい。
何と言えばいいのか……そう、一言で言えば彼女たちの間には『信頼』があった。
私のようにただ命令され、漠然とDISCを守っていたような空っぽの関係ではない。
咲夜という人間は好きでレミリアに従っていた女であり、そこには何としても主を守り通すという強い信念があった。
……そして、主人に会えることなく死した。
「私の中に眠る無念の残留。その根源であるレミリア・スカーレット……お嬢様との『絆』、かしら、これは?
そう……その気持ちを私は知りたくなってきた。好奇心って奴よ。
この宿主は『主従』という関係に縛られながらも、『自由』に生きているという矛盾した人間だった。
全くもって私の理解の範疇に無い気持ち。私はそれを知りたい。だから私は『十六夜咲夜』としてこのまま貴方にしばらく付いていきたい」
「………好きに、しなさいよ。
その代わり……アンタのことは今まで通り『F・F』って呼ばせてもらうわよ。
アンタ……咲夜じゃあないんだし」
「ええ。心得たわ。……宜しく、霊夢」
「なーんか、変な感じだわね……。
それと、ね? これはF・Fではなく咲夜に言いたかったこと、なんだけど……」
「……?」
「その……………………ゴメンなさいっ!!
わた、私……! アンタに酷いことしちゃって……本当にごめん!!」
今度は霊夢が私に対して頭を下げてきた。
彼女はずっと、謝りたかったのかも知れない。その言葉にはそれほどに誠意がこもっていた。
もしも咲夜だったら、彼女に何と言っただろうか?
何も言わずに、この真珠のように白くしなやかな細腕で抱きしめてやるのだろうか。
……どうも違う気がする。ならば、うん。
「博霊の巫女ともあろうアナタが、ずいぶん丸くなっちゃってるじゃない。
ホラ、いつもの無駄に生意気な勢いは何処行っちゃったのよ。そのみすぼらしい頭上げて」
「なっ!? こ、こっちは真面目に謝ってんのに何その物言い! そんなとこまで咲夜の真似しなくてもいいでしょーが!」
「ウフフ……まあまあ。怒ると福が逃げちゃうわよ?
私が……咲夜がいいって言ってるんだから、その謝罪はレミリアお嬢様と会うまでとっときなさいな」
「嬢ちゃんがた……と言ってもいいのか知らねえが、戯れもいいがそろそろここを離れようぜ。
どうも周りの雰囲気が怪しくなってきやがった」
何処へ行っていたのか、承太郎が茂みの方から数本のナイフを持って歩いてきた。
あのナイフは確か、本来の私が霊夢と戦った時に使用したままその辺りに落としたナイフ。
私たちが今こうやって話している隙に抜け目無く拾ってきたのだろう。ちゃっかり5本ある。
私の『墓』に目印として刺していたナイフと合わせてこれで6本。
元々私はナイフ投げという、およそメイドには相応しくない特技を持っていたらしい。
武器として少しは心強くなるだろう。そんな得物を承太郎から受け取りながら、私は南の森を眺めた。
「煙……が上がっているわね。火事かしら?」
「誰かが交戦したってとこかしらね。どうするの? 承太郎」
「……俺たちは全員結構な負傷なり消耗なりしている。
今あの場に近づくのは正直言って危険がデカ過ぎるぜ」
「気になるところだけど……その通りね。
これから少しずつ休息をとりながら移動して、とりあえずは『紅魔館』を目指すとしますか。
ついでに朝食もどこかでとりましょう。お腹ペコペコよ」
「ええ。私も……あの場所には赴いておきたいもの。
もしかしたら……お嬢様が居るのかもしれない」
「少なくとも『ディエゴ』とかいう恐竜ヤローと『星のアザ』を持った奴はいる。
あるいはそのディエゴがアザの所持者なのかもしれねーがな」
「館に着くまでには万全の体調にしておけってことね。
……F・F。その、首の怪我は大丈夫なの?」
「私にとって肉体の負傷はそれほどの負荷にはならないわ。
継ぎ目はどうしても残るけど、それよりも水の補給の方が大事よ」
そう言って私は首に残った『継ぎ目』を擦った。
アヌビス神の切れ味は相当に鋭く、しかしこの場合鋭すぎた故に切断面を繋げるのには苦労はなかった。
「じゃあ行ってみるか、紅魔館に。
こんな目立つ場所でグズグズしてたら誰か来ちまうぜ」
「うん。…………あ、そういえば咲や…じゃなくてF・F。
アンタまたさっき笑ってたでしょ。人を小馬鹿にしたような意地悪さで」
「……そう? きっと気のせいですわ」
「いーや! あの笑みは私を馬鹿にしてた笑みよ!
アンタ本当は人間の感情とか普通にあるんじゃないの? そのうえで私をからかってたとか!」
「なんだ、アナタも意外と元気じゃない。
……にしても、この『スカート』という服飾はどうにもスースーして落ち着かないわね。
私の知っている知識では『メイドさん』という職種の制服は例外なくロングスカートであったように思えるのだけど」
「……やれやれ。本当にウルセー女どもだ」
こうして承太郎と霊夢と、咲夜の抜け殻を被ったF・Fはこの場を後にした。
そんな彼らには与り知らぬことだが、この場をすぐに去ったのはひとつの『幸運』だったのかもしれない。
この廃洋館には強大な超生物である柱の男がひとり、『
ワムウ』が既に居座っていた。
一度訪れた施設だという理由として、彼らが館の内部に入らなかったのは間違いなく幸運であったと言えよう。
そして彼らが去った直後には、燃え始める南の森からひとりの少女がまたこの廃洋館を目指して足を踏み入れることになる。
心を完全に磨り減らした『
古明地こいし』が、重い足取りでこの地へと辿るのだ。
双方がもし出会っていればという仮定を考えることに、意味などない。
彼らの全く別々の運命はこの時、既に決定されているのだから。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
パチパチと柔和な音をたてて燃える焚き火で濡れた服を乾かしながら、姫海棠はたては考えていた。
あの憎たらしい人間の男、岸辺露伴はハッキリと言った。
自分の書いた新聞は『最低』だと。
ひとつのコンテンツとして『つまらない低俗なもの』だと。
他者に全く読んでもらえるものになっていないのだとまで。
いつどこで案山子念報を読んだのかは知らないが、自分の新聞をここまで直接的に貶されたのは初めての経験だった。
湧き上がる感情は怒りと悔しさと、燃え上がるような敵対心。
射命丸文の発行する『文々。新聞』に加えて新たなライバルが現れた、といった所か。
何故あんなぽっと出の、記者ですらない人間にああも見下されなくてはならないのか。
無名マンガ家の心得なんて知ったこっちゃないが、奴は生意気にも自分にアドバイスのようなものまで勝手に授けていった。
曰く、作品に必要なモノは『リアリティ』だと。
どんな奇妙なことも、現実味を帯びた正確な描写で描かれることで読者は感情を動かされる、とかなんとか。
ハァ~~~? リアリティ~~~~~?
青い……! 青い青いッ!
あのヘンテコヘアーなクソマンガ家は新聞を書くって難しさが全くわかってないッ!
リアリティを追求して正確な記事を書いて、それがウケたらだ~~れも苦労はしないっての!
鴉天狗の新聞は元々競争率も高い。現実味を帯びただけの新聞なんてそれこそ上っ面で固めた低級な作品よ。
私の新聞はそんなんじゃあない。読者に楽しんでもらうため、常にエンターテイメントを求めた強烈な娯楽作品だ。
アイツはその辺を根本から履き違えている。人間と妖怪では所詮、嗜好ひとつ取っても分かり合えたり出来ない。
「そもそも新聞とマンガを比べるってのがおかしな話よね」
気付いてはいけない真理に気付いてしまったはたては乾いた服を着ながら一人ごちる。
あの岸辺露伴という人間のマンガ家、何を考えてあの提案をしたのか。
アイツは恐らく、かなり自分本位な性格をしているとみた。
そして、そんな自信家な男がこの自分に勝負を申し込んできた理由は?
アイツが本当に自分の方が優れたクリエイターだと言うのなら、そもそも勝負など申し込まないだろう。
分からない。あの人間が考えていることがさっぱり分からない。
分からないが、申し込まれた勝負なら逃げ出したりはしない。
勝てる自信は勿論ある。
奴はさも自分の新聞がひとつの作品として落第点みたいに言及したが、そんなのはアイツが勝手に言っているだけだ。
少なくともこっちには『面白い』と言ってくれた読者がちゃんと存在する。
このゲームの主催者、荒木と太田という特大なスポンサーが判を押しているのだ。
(大丈夫……私のやり方は間違っていない。このスタイルは、このまま貫く)
半ば自分自身で気持ちを後押しするように、はたては心の中で呟いた。
もっと自信を付けていいと。
もっとネタを集めろと。
しかしその呟きこそが、はたての心のどこかで不安の芽が芽吹き始めているという証拠に彼女はまだハッキリと気付いていない。
漠然と澱む不安は気の迷いだと一蹴し、再び翼を広げて大地を蹴る。
露伴に見せ付ける初めの作品は、今までよりも更に『強い』ネタが欲しい。
誰もが目を引くような……それでいて永劫、記憶に残るような。
さて、どこへ飛ぶべきか……?
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
宇佐見蓮子の表情はいたって平静に見えたが、その内心では目の前の光景に少なからず動揺していた。
DIOの下した命令は予定通り滞りなく、目的のメリーを攫うことに無事成功。
作戦通り、ノトーリアス・B・I・Gとやらのスタンドは追跡者を虐殺してくれているだろう。
追っ手はいない。後はこの『お使い』を完遂するために紅魔館へと真っ直ぐ帰るだけだった。
しかし……全ての計画が逐一ミスも無く成功したわけでもない。
アヌビス神を装備した蓮子はおかげさまで殆ど無傷。ポルナレフとの戦いはノーダメージで潜り抜けられた。
問題は……青娥の状態だった。
脇腹の肉を抉り取られ、右手にいたっては丸々吹き飛ばされている。
普通に考えて重傷だ。ここまで歩いてくるだけでも相当の血を流していた(一応、血を辿られて追われることも考えて服の切れ端を包帯としているが)。
生憎と治療道具も無い。最悪、彼女を切り捨てても紅魔館へと戻ろうかと決心し始めていたところだ。
元々蓮子もこの青娥という人物が好きではない。嫌悪すら抱いているくらいだ。
なので彼女が顔中に汗を垂らしながら苦しそうな表情で歩いているのを見て、内心「ザマミロ&スカッとサワヤカ」の笑いを抑えるのに精一杯だった。
とはいえこの青娥もDIOの忠実なる僕として有用な戦力なのも間違いない。
彼女曰く、死体を使って治療は可能とのことらしいので、帰り際に死体のひとつも探す手伝いぐらいはしてやった。
その努力が報われたのか、魔法の森を少し入ったところで死体は見付かった。
全く強運の女だ。同行者の命がひとまず助かりそうだというのにまるで嬉しそうにしない蓮子が、見つけた死体の報告を青娥にしようとした
―――その時だった。
「芳香ァ!!! あなた、どうして……っ!?」
自身の大怪我の状態も顧みず、青ざめた顔の青娥が『芳香』と呼ばれた少女のバラバラ死体に駆け寄ったのだ。
その少女はまず、『首』が無かった。
『右腕』も『左脚』も吹き飛ばされていた。
本来ならその有り様に吐き気のひとつも催すところだが、そんな気分も霧消した。
(こ、こいつ……まさかとは思うけど………………泣いてない?)
自分は世にも珍しいものでも見ているのだろうか。
あの傍若無人で自分勝手で冷徹で意地悪で穢れた底無しの邪な、あの邪仙“
霍青娥”ともあろう女が。
死した知人に必死に声を掛け、あまつさえ涙まで流しているなどと。
「芳香! 芳香ぁ……っ! あぁ、どうしちゃったの……?
誰にやられたの……! あなたをこんなカワイソーな姿に変えたのは誰!?」
……なんとまぁ。
鬼の目にも涙とは言うが、コイツにも大切な人は居たということだろうか。
なんせ今まで崇めていた
豊聡耳神子とやらも躊躇なく殺害したばかりか、その肉体を使って『化け物』を生み出したばかりなのだ。
血も涙も無い奴と思っていた人物が目の前で……恐らく本気で嘆き、悲しみ、涙を流している。
蓮子としては動揺する他ない。彼女の新しい側面が見えたということか。
後ろでメリーを背負っていたヨーヨーマッですらそのマヌケそうな面を唖然とさせていた。
やがて落ち着いた青娥がゆらりと立ち上がり、近くに吹き飛んでいた『芳香』の右腕を手に取った。
その一挙手一動にビクつく蓮子も、黙って成り行きを見ていることしか出来ない。
死体の右手を左手で持ち、ジッと見つめる青娥の表情は髪に隠れて窺えないが……
次の瞬間、青娥は持った死体の右腕にいきなり噛み付いた!
「ちょ……っ!? 何やってんですか青娥さんッ!?」
突然の奇行に思わず叫ぶ蓮子を無視し、青娥はガブガブリと死体の腕を喰いちぎり始める。
仙人ならではの強靭な肉体を使ってか、そして青娥は噛り付いたまま右腕の手首から先までもブチブチと筋肉の繊維ごともぎ取った。
何をするのかと思えば、失った右手の代替品が欲しかったらしい。
が、今度は手に入れたその右手首を何故かポイと地面に投げ捨て、手首の無くなった右腕の方を頭上まで持ち上げた。
そして次にその切り口に大口を開けて構えた。まさかとは思うが……。
蓮子の想像したとおり、右腕の切り口から噴き出す赤黒い血を青娥はまるでジュースでも飲むかのように、天を仰ぎながらゴクゴクと自分の喉に流し込んでいく。
俗に言う『イッキ飲み』という技だ。
なんとも強引でストレートな栄養補給方法である。
死体の血で失った血液を補給しているつもりなのだろうが、見た目にも気分が良いものではない。
そういうことをやるならせめて一声かけて欲しかった。この女の辞書に気遣いという単語が存在するのなら。
「ング……ング……ング…………プハァ!! ……あら、少々下品でしたわね、ごめんなさい」
そういう問題ではない。
「まあ、これで失血死なんてことにはならないでしょう。
蓮子ちゃん、針と糸なんて持ってたりしない?」
「針と糸、ですか? 一応、持ってますが」
青娥の口の端に血が垂れているのを出来るだけ見ないよう、蓮子はデイパックをごそごそと漁りだした。
前にGDS刑務所でジョニィと物資捜索していた時に偶然見つけた物だ。
蓮子はそれを手渡し、青娥も地面に落とした手首を拾って口に咥えなおした。
やはりというかなんというか、手首の接合は糸による縫合という実に原始的な方法を行うらしい。
もう少しオカルト的だの魔法的だのを期待していた蓮子からすれば少々肩透かしだ。
「……そんなんでくっ付くんですか? 青娥さん、医者じゃないですよね?」
「ん! はいほーふほ~♪(大丈夫よ~♪)
ほひはほ ふーひほ ほへへはっへはんふぁはは~(芳香の修理もこれでやってたんだから~)」
「……全然わかりません」
手首を咥えながら左手のみでスイスイと肉に糸を通していく彼女の手つきは慣れたものだった。
そのシュールな光景を眺めること数分。青娥の失った右手首から先は、芳香の手首にいとも簡単に繋がった。
だがいくらなんでもそれだけで神経やら筋肉繊維やらは繋がったりしないだろう。
蓮子がその疑問を口に出す前に青娥はいつもの朗らかな調子で答えた。
「よ~し! 後はキョンシーを作る時と同様に蘇生術を使って……
あ! 蓮子ちゃんは見ちゃダメ! この術は企業秘密なんだから! あっち向いてて!」
この人はさっきからおままごとでもしているつもりなんだろうか。
何度目になるか分からない呆れ顔と共に蓮子とヨーヨーマッは文句ひとつ言わず、くるりと後ろを向く。
(ご主人様も苦労しますね……)
(お互い様よヨーヨーマッ。……それよりもメリーはどう? まだグッスリ?)
(ええ。まるで童話にでも出てきそうなプリンセスのようです。目覚めるまで、まだかかるかと思われます)
(ならいいわ。紅魔館まで無事にしっかり運んで頂戴ね)
(御意、でございますゥ)
青娥が呪文のような何かを唱える姿を背に、蓮子とヨーヨーマッはひそひそと短い会話を終える。
メリーはあの時、蓮子の肉の芽をその視界に入れ、蓮子の囁きをその耳に入れた瞬間に眠りについた。
恐らく、メリーの『能力』が関係しているのだろう。その副次的作用で彼女は今も寝息ひとつ立てずに眠っている。
その寝姿はまさしくプリンセスのようだと、蓮子は少しの羨望と嫉妬を覚え、メリーの髪を撫でた。
「お待たせ二人とも♪ 痛みは残るけど、とりあえず応急の処置は施したわ」
青娥がこれ以上なくニッコリと笑み、繋がった自身の右腕を見せ付けてきた。
多少の青白さは残るが成る程、既に神経は修復しつつあるらしい。
ぎこちなく五本の指をグイグイと曲げてアピールしている。
もっとも、人間と同じ構造の左手と比べて今度の新しい右手は異様に長く鋭い爪がこれ以上なく不気味だ。
「芳香はキョンシーだから見た目に反して怪力っていうのと、この鋭い爪が特徴なの。
私としては不恰好であまり気に入らないのですけども……ま! これで芳香と一緒の肉体になったと考えれば愛着も湧くというものですわ」
新たな腕に喜んでいるのか、青娥はその爪を握ったり開いたり触ったりして遊んでいる。
新品のおもちゃを手に入れて興奮する男の子みたいねと、蓮子はどうでもいい感想を浮かべた。
さっきまで泣いていた彼女はどこにいったのだろうと考えるも、常に風のように吹き荒れる感情こそが青娥の本質なのだろう。
その姿もまさしく『無邪気』とも言える。まったく彼女の性格が掴めない。
「治ったのならそろそろ戻りましょう。DIO様もきっと待ちくたびれてますよ」
「あ! 待って待ってまだお腹の傷が治ってないわ! こっちも芳香の肉をくっ付けないと死んじゃうもの」
「……急いでください。その芳香さんを殺した奴が近くに居ないとも限りません」
「もし居たら私がそいつをブチ殺してキョンシーにしてやりたいわ。芳香の仇を討たないと可哀想だしね。
あ、それと芳香のお墓も作ってあげないと。……その時はキョンシーじゃなくって、ゾンビ? になるのかしら」
「……どうでもいいですから、早くしてください」
「わかってるわよ~蓮子ちゃんも随分可愛げがなくなっちゃったわね! ビクビク怯えてた頃のアナタの方が好きだったわ」
不満げに文句を言いながら青娥は次に芳香の胴を貰うため、死体の傍にしゃがみ込んだ。
「―――ごめんなさいね、芳香。あなたの仇は、私が必ず取ります。なのでもう……ゆっくりとお休みなさいな」
確かに聞こえた青娥の呟きは、とても儚げで憂いを帯びているようにも感じた。
母性溢れる、聖女の姿がそこにあった。
分からない。やっぱりこの女が、全然分からない。
蓮子は複雑な表情を作り、しばし彼女の祈りを見届けた。
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ひどく薄暗く、かび臭い空間。
周りには膨大な書物の数々が並びたてられた巨大な本棚が無尽蔵に取り囲んでおり、圧巻ともいえる風景だった。
後期ゴシック様式で建造されたリオの幻想図書館は、その教会のような様式美と古い本の中に醸し出される荘厳さがまさに『幻想的』であるが……。
ここ『幻想郷』に存在する大図書館は、それとも一線を画する存在感を遺憾なく発揮している。
こんな場所が外の世界にあれば確実に世界遺産として登録されているだろう。それほどに人間の心を突き動かすような広大さがある。
しかし、広大さはあっても開放感はあまり感じられない。
地下ゆえに窓の一切が無く、むしろ心を締め付けられるほどに周りを取り囲む本の数々。
幻想郷の人口の少なさから考えれば、この図書館の巨大さはあまりにも世界観に不釣合いだった。
図書館の主はこれほどの膨大な蔵書に全て目を通しているのだろうか? だとすればよほどの勉強家か、暇人なのだろう。
そして、その“暇”を持て余す男――DIOは、この薄暗く巨大な空間の中心に居た。
(『博霊大結界』……『命名決闘法』……こっちの比較的新しい本には『吸血鬼異変』とやらの概要も……)
吸血鬼DIOは青娥と蓮子への『お使い』を命令した後、ずっとこの図書館に篭っていた。
元々、勉強家で好奇心の強いDIOという男であったが、彼はこの幻想郷という世界にひどく惹かれていた。
神や妖怪……そして吸血鬼が人間と共存し、危ういバランスながらもその関係が成立している。
この一点のみをとってもDIOが興味をそそられることはなんら当然の事象であり、ならばこの世界をもっとよく知りたいと彼が行動に出るのはそれがDIOたる所以。
とにもかくにも、まずは彼らのことをよく知り、深く理解していかねば何もままならないとDIOは思う。
古明地こいしや
チルノからは軽く話を聞いてはいたが、やはり自らの目で見て体験しなければ知識とは真に理解できるものではない。
例えば……先ほど相対した『
八雲紫』の力の片鱗。あれは凄まじいものだった。
あれでも本来の実力の半分も無いのかもしれない。それは主催から彼女の力が大きく制限されているのかも、といった理由が半々。
それだけでなく、彼女はひどく憔悴していたようにも思う。恐らくここに来るまでに『何か』を体験し、精神力が大きく削られるほどに。
勉強した所によれば『妖怪』とは人間に比べて、その存在定義は『肉体』よりも『精神』への比重が大きいらしい。
つまり奴らを殺すなら銃などの武器では本来効率が悪く、ならばその精神を畳み掛けろ、ということだ。
『幻想』に対抗するなら『現実』。
それもこの上なく酷く、醜く、惨く、厳しく、えげつなく、残酷なエグさを以って現実を突きつける。
命名決闘法などという女の子遊びではなく、本気で殺し合う世界。
そんな世界だからこそ奴ら幻想郷の住民は、その精神をじわりじわり削られ、最後には滅する。
故にあの大妖怪、八雲紫は情けない醜態を晒し、このDIOに微塵の傷ひとつ付けること叶わずに堕ちた。
もし奴が万全の状態で敵対してきたのなら……このDIOといえどただでは済まされなかっただろう。
対して我らがスタンド使い――そうでない者もいるが――はどうだろう。
スタンドとは『精神の象徴』。
この精神が強ければ強いほど、スタンドも比例して強力になるパターンが多い。
だが、殆どのスタンド使いは一般人と変わらぬ一個の『人間』であり、その肉体は脆く弱い。
幻想の民と比較して見れば、あまりにも脆弱な肉体。
人間と妖怪が普通に戦っては、成す術なく人間は喰われる側に追い込まれるだろう。
だからこそDIOは肉体の限界を感じ、人間をやめたのだ。
つまり……人間の弱点は『肉体』であり、妖怪の弱点は『精神』ということになる。長所はその逆だ。
まるで対極に位置するような力関係……偶然ではないだろう。
(荒木と太田とやらは、オレ達を呼んで最強決定戦でもやりたかったのか……?)
名簿ひとつとってもある程度の推測が出来る。
この90人の名が載った名簿。半分は幻想郷の住民として、もう半分は恐らく……DIOやジョースターとの因縁を起因とした関係者達。
ジョースター一族に何らかの関係を持つ者達が名簿の残り半分を占めているものだと見る。
そいつらをまとめて呼び出し、互いに戦わせることにどれほどの意味があるのか?
主催の目的が未だ見えない……が、その影に包まれた片鱗だけは少し見えてきた。
(このゲーム……大別すればオレやジョジョの一族との因縁を根に持つ者、そして幻想郷の民という二つの集団が混ざっている)
何故この二つの世界が選ばれたのか?
戦いの舞台を幻想郷にした理由は?
荒木と太田の正体は何だ?
まだまだゲームの全貌は闇に包まれている。
だが……最後に帝王として勝利するのはこのDIOだ。
『過程』や『方法』なぞ、どうでもよい。
最後にたった一つ。あるのは『勝利して支配する』というシンプルな思想だ……ッ!
「ギーー ギーー!」
小さな獣の鳴くような引っ掻いた声がDIOの背後から聞こえた。
DIOはそれを聞くとぱたん、と本を閉じた。彼からの『合図』である。
「……君も読書はどうだ? 本は良い。著者の思考、人生観、本性……あらゆる性質を浮き彫りにしてくれる。
ましてやここにある本はどれもが全く常識に縛られない、実に幻想的な物ばかりだ」
言いながらゆっくりと振り返り、DIOは口の端を持ち上げながら背後のディエゴへと語りかける。
彼の周りには数匹の翼竜が取り巻き、図書館の静寂をギーギーと打ち破っている。
そしてその隣……翼竜よりも一際大きいサイズの恐竜が唸り声を立てながらディエゴへと寄り添っていた。
今は見る影も無くなってしまった大妖怪、八雲紫の変わり果てた姿だった。
「オレならさっき読んださ……少しだけどな。それよりも、だ。幾つか報告がある。
『
ジョニィ・ジョースター』が死んだ。殺ったのはアンタのところのチルノ、そして古明地こいしだ」
それを聞いたDIOは更に大きくニタリと笑い、白い牙が薄暗い空間で不気味に光る。
「だがそのチルノも鴉天狗の『射命丸文』に殺された。50:50(フィフティー・フィフティー)の戦績って奴だ。
古明地こいしの方は逃れ、現在廃洋館にいるという報告を受けている。それが一つ目の報告だ」
肉の芽を埋め込んだチルノが早くも殺された。
その報はDIOにとってマイナスの結果ではある。しかし元々そこまで大きな期待をしていたわけでも無い。
いや、どころか彼女は因縁の相手である『ジョースター家』らしきひとりを早くも消し去ったのだ。
それは嬉しい結果だ。チルノを駒のひとつに加えておいて正解だった。
こいしの状態は……時が経てばいずれ結果は見えるだろう。
「次だ。青娥と蓮子がメリーを捕獲し、現在こちらへと帰ってきている。
その青娥は結構なダメージを負ったらしい。ま、死んだら死んだでその程度の奴だった、ってことだな」
上々だ。敵は多数と聞いていたが問題にはならなかったらしい。
青娥……あの女は使える。奴には善なるタガがない。素晴らしい悪への『素質』がある。
奴は極めて忠実な下僕となり、これからもこのDIOへと服従してくれるだろう。
しかし……優秀ではあるが、自由奔放過ぎるその性格ゆえに扱いにくい。完全に御することは難しいだろう。
ならばいっそ、ある程度は自由にさせておいた方が良いのかも知れない。
常に手元に置いておくより、放し飼いにした方が窮屈にはならないだろう。首輪は付けさせてもらうがな……。
「最後の報告だ。アンタのお気に入りの空条承太郎。それと博麗の巫女、博麗霊夢がこの紅魔館に近づいてきている。
アンタが一番消し去りたかった奴が早速ノコノコと現れたってワケだ、喜べよ」
「来たか、承太郎……!」
星のアザは先ほどからジョースターの接近を否応に伝えてきていた。
だがまさかいきなり承太郎とは……。それに博麗霊夢、この幻想郷にてトップクラスの力を持つと聞く。
面白くなってきた……ッ!
「それと他にも一人、妙なのが仲間にいるようだ。
人間ではない新種の生き物……奴らは『フー・ファイターズ』と呼んでいたみたいだが、そいつが一緒にいる。
おまけにそいつは死体に寄生できる能力を持っているらしく、現在は銀髪の女の死体を操っている。
放送で呼ばれた参加者の誰かなんだろうが……この幻想郷縁起にもそれらしい特徴の人物は載っていない。神とか妖怪じゃないのかもな」
フー・ファイターズ……確かプッチから聞いていた参加者の一人。
DISCによる『知性』を与え、プランクトンから進化した新生物だとか。
成るほど、興味はある。霊夢とそのフー・ファイターズとは会ってみたいが……
「ディエゴ。君は承太郎のみ、ここへと連れて来て欲しい。
やつは私が――必ず潰す。他の二人は……まあ好きにしてくれ」
「簡単に言ってくれるな? 聞けば霊夢とやらは、相当に手練らしいぜ。おまけにもうひとりオレが相手にしろって?」
「人数を言うのなら納得の采配だと思うがね。
私は1対1。君の方も……2対2で丁度良いだろう?」
そう言ってDIOはその指先をディエゴの隣……八雲紫へと向けた。
もはや意思なき肉食獣をチラリと横目に入れ、ディエゴはやれやれと言わんばかりに首を振る。
「勘違いしないでくれディエゴ。キミが人に使われることが嫌いなのは知っている。
だからこれは私からの『頼み』さ。それにキミが強いことも知っているよ。
能力の話ではない。そのどこまでも勝利に固執する貪欲さ……その気持ちひとつで大概の相手には勝てるだろう」
何を根拠に言ってやがる、とディエゴは内心DIOを軽蔑した。
DIOのその全てを見通すような瞳が嫌いだった。
頼みだとは言いつつも、結局は人を使い魔にするその傲慢さが嫌いだった。
人を上から見るようなその余裕が嫌いだった。
だが、的を射ている。
これから三人もの相手を迎撃するのに敵の戦力を分散させるのは基本の戦法だし、時を止めるとかいう厄介な相手をDIOが担ってくれるのなら大喜びで受け入れよう。
それにディエゴ自身、これまでの戦い全てを生き延びてきたのにはひとえに『勝利への貪欲さ』があったからなのだ。
『スティール・ボール・ラン』レース序盤で最初の遺体を奪って以来、幾度も戦いはあった。
それは決して楽なものではなかったが、ディエゴは知恵と経験を駆使し時には運にも助けられ、その全てを生き延びた。
次も同じだ。オレは絶対に負けない。どんな手を使ってでも勝利してやる。
ドス黒い執念を胸に秘め、ディエゴはDIOの『頼み』に頷いた。
「オーケー! お互い殺る気はマンマンというわけだな。
私もこの肉体にはまだ完全に馴染めているわけではないが……しかし何故かな。
“全く負ける気がしない”のだよ……ッ! フッフッフッフッフッフ……!」
段々とDIOの機嫌が上り坂へと変化してきたのを境に、ディエゴは何も言わずにくるりと向きを変えた。
ディエゴは奇しくも……DIOと同調していた。
何故かな、今の自分も誰かに負ける気はしない。悪くない気分なのだ。
それは決してDIOにそう言われたからだとか、彼に期待されているからだとかではない。
理由はわからないがしかし、この男と一緒だと誰にも負ける気はしない。
着々だ。『帝王』への座は着々と築かれている。
他の全てを踏み台にして、『奪う者』であるディエゴは少しずつ『上』へと這い寄っていく。
まずは客を迎えるために、その足をエントランスホールへと向けた。
背後では、未だに人外の吸血鬼が気分よく笑っている。
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最終更新:2015年06月07日 22:05