ドンッ、と
東方仗助が拳で地面を叩いた。
あまりの威力により、彼の拳からは血が滴り落ちる。
しかし、それでも感情は収まりつかないのか、仗助は更にもう一度地面を殴りつけた。
許せないのだ。東方仗助は自分のことが何より許せなかったのだ。
広瀬康一と
河城にとりの悲劇的な結末を回避させる手段は幾らでもあった。
河城にとりを詰問しなければ、
吉良吉影と行動を共にしていれば、
もっとそれ以前に吉良吉影を叩きのめしていれば、と
過去において取るべきだった選択肢が無数に湧き出ては、仗助を責め苛む。
苦しかった。辛かった。嫌だった。
結局は、自らの至らなさが招いた結果なのだ。自分のせいで二人は死んだのだ。
その否応なしの事実が仗助の心に重く圧し掛かる。後悔なんて軽い言葉では言い表せない。
心臓そのものを実際に締め付け、潰してしまうような、そんな確かな質量が彼に降りかかる。
そして仗助は思ってしまった。あまりの重さに耐えかねた仗助は思ってしまったのだ。
荒木達に頼めば、康一達が無事に蘇るのではないか、と。
優勝して、最後の一人になれば、何でも願いを叶える。
そんな荒木達の言に縋ってしまうのは、つまり殺し合いに乗るということ。
そしてそれはあの憎むべき殺人鬼である吉良と同じ行動を取るということになる。
それを果たして、許せるだろうか。答えは決まっている。許せるはずがない。
だけど、仗助はそんな下衆な考えを僅か一瞬にしろ、思い浮かべてしまった。
他の皆の命よりも、自分が持つべき責任の重さから解放されて楽になりたい。
自分勝手な思いが、何よりも重要だと思ってしまった。
吉良のような吐き気を催す邪悪さだ。だからこそ、仗助は何よりも自分を許せなかった。
「天子さん!! おれを殴ってください!!」
仗助は姿勢を正すと、一切の説明を投げ捨て、前を行く天子に向かって大声で頼んだ。
あまりに素っ頓狂な物言いのせいか、天子に怪訝な表情が浮かぶ。
しかし、仗助はそれを無視し「お願いします!!」と深々と頭を下げた。
それが仗助なりのケジメの付け方、と天子が解釈できたかは知らないが、
彼女は疑問にまみれた顔を直すと、遠慮なく仗助の元へ歩みを寄せていった。
「貴方の身長だと、殴りにくいわね。ちょっとしゃがみなさい、仗助」
「……はい」
「うん。それじゃあ、目をつむって、歯を食いしばりなさい」
「はい」
次の瞬間にやってくる衝撃に備えて、仗助は天子の言うとおり目を閉じて、強く歯を噛んだ。
だが、いつまでも経っても予想されたパンチはやって来ず、
その代わりに、と仗助を迎えたのは鼻腔を刺激する桃のような甘い香りであった。
不思議に思った仗助が目を開けてみると、何と天子の胸元で抱きしめられているではないか。
それに気がついた仗助は恥ずかしさからか、慌ててそこから抜け出そうとする。
だけど、そうしようとした仗助の身体は、より一層強い力で天子に抱き寄せられることとなるのであった。
「あの、どうしたんすか、天子さん?」
天子の馬鹿力に抗えないことを悟った仗助は肩から力を抜き、諦め顔で訊ねてみた。
この状況は、どう考えても仗助の意にそぐわぬことである。
ひょっとして、また天子の訳の分からない我儘が、ここで発動してしまったのだろうか。
空気をぶち壊してやまない天子の突飛な行動に、仗助は心中溜息を漏らす。
しかし、そんな仗助にかかってきたのは、身勝手とは無縁のような優しい響きを持った天子の穏やかな言葉であった。
「別に、いいのよ」
「はぁ? 何がっすか?」
「……貴方の心の中がどうなっているか、正確な所は分からない。だけど、何となく察することはできる。
きっと後悔や怒り、憎しみ、悲しみが沸々と湧き出ているでしょう。そしてそれらがない交ぜとなった苦しみで、
自分を許せなくなり、罰を求めてしまう。でも、仗助、それは罪ではないわ。人間として、当然持つべき感情なの。
だから、痛みなど求めなくていい。罰を受けて、貴方の中にある気持ちを否定しなくていい。
我慢しなくたっていいのよ」
「……あの、さっきから何を?」
「泣いていいの。貴方は泣いていいのよ、仗助」
心に染み入るような温かな天子の声であった。思わず彼女に身を寄せたくなるほどに。
だけど、仗助の内に上がったのは、そんな甘えとは程遠い抗議の弁だった。
ここで弱味をさらけ出してなどいられない。そんなことをしたら、きっと自分は立てなくなってしまう。
そう思った仗助は今度こそ天子から離れようと、腕に力を込める。
しかし、仗助を抱きしめていた天子の腕はそれに呼応するかのようにきつく、
そして仗助の我儘をあやすように何よりも優しいものに変わっていくのであった。
――
――――
――――――――
どれほどの時間が経っただろうか。
天子の愛情に包まれた仗助は何となく……何となく昔を思い出していた。まだ自分が幼く、無邪気に母親に抱かれていた頃を。
不思議と落ち着いた気分になれた。葛藤やわだかまりも全て遠くにやっていいような静謐。
この人になら、甘えてもいいのかもしれない。この人になら、本当の自分を見せてもいいのかもしれない。
そう思った仗助は心に浮かんだことを、天子の懐に顔をうずめながら、素直に吐き出してみることにした。
「天子さんの胸……」
「ん?」
「……何か硬いっすね、ごりごりして」
ぶっちゃけ過ぎである。
そしてその瞬間、万力のように握り締められた天子の拳が、轟音と共に仗助の顔面を貫いた。
天人の驚異的な身体能力。それを示すかのように仗助の180センチを超える巨体は軽々と空を飛び、
それでも収まらない運動エネルギーは仗助の身体が地面について尚、何メートルも転がしていく。
幸か不幸か、意識を繋ぎ止めることに成功した仗助は、あまりの激痛に涙と共に堪らず吼えた。
「イッッ…………ッッテエエエェェェェーーー!!! いきなり何すんだ、クソババア!!
ああッ!! クソッッ!! ちょっと、マジで痛いんすけど、コレ!!?」
「うるさいわね。貴方が失礼なことを言うからでしょ。大体、殴ってくれって言ったのは貴方じゃない、仗助」
「いや、そーっすけど、こういうのって、やっぱり手加減とか手心を加えるのが普通でしょ!!
何で全力で、思いっきり、死ぬほど力を込めて殴ってるんすか!! あんた、ここでおれを再起不能にでもするつもりですか!!?」
「はあ? 貴方、まさか私が悪いって言っているの? 鼻血を吹き出してる奴が何様のつもり? いやらしい!
大方、私の胸を触って欲情でもしたんでしょ!!? 下心が丸見えなのよ!! この変態!! ド変態!!!」
その情け容赦ない言い草に仗助の傷心や自責の念といったものは、いよいよ怒りへと塗り替えられていく。
「こ、このクサレアマァ……ッ!! 何が下心だ~~!!? これはあんたが殴ったから出た鼻血でしょうが~~!!
大体、あんたのどこに欲情しろっていうんすか!!? あんたがそう言うなら、言わせて貰いますけどね、天子さん!!
あんた、女としての魅力ゼロでしょうが~~~~!!!!」
「はあ~~!!!? 何がゼロよ!!! 百点満点でしょうがーーー!!! ほらッッ!!」
そう言って天子は胸を反らし、手を頭にやり、腰にやり、さながらグラビアアイドルのようなポーズを取ってみせる。
しかし、アイドルにあるような丸みが全くない天子の直線的な身体に、仗助の口から思わず「プッ」と笑い声を出てしまう。
それを耳にした天子はすかさず額に青筋を浮かべ、それこそ鬼のように猛然と仗助に迫ってきた。
「アンタッッ!! 私に喧嘩売っているの!!!?」
「はあ!!? どっちがっすか!!?」
「何よッッ!!!」
「何すかッッ!!?」
そのまま二人は突っかかり、引っ掴みあい、罵詈雑言を腹から出した大声でぶつけ合っていく。
いつまで続くのだろうか。その永遠とも思える争いを終わりにしたのは、突然と二人の口から漏れ出た笑い声であった。
二人は気づいてしまったのだ。さっきまで確かにあった湿っぽい雰囲気が、いつの間にか綺麗さっぱり無くなっていることに。
「殴ってください」だの「泣いていいのよ」とか、二人して殊勝な顔してのたまっていたのに、
今はもうそれとは正反対の顔で、相手のことなど知らんと罵りまくっている。
その急な落差と変化が、あまりにおかしくて、おかしくて、二人は盛大に笑い声を上げながら、地面に倒れこんだ。
肺に貯まった空気を笑いとして、ようやく出し尽くすと、仗助と天子はゴロリと寝返りを打ち、空を見上げた。
澄み切った綺麗な青空だった。遠くには厚く、どんよりとした雲が見えていたけれど、
そんなものは関係ない、と二人には温かな日差しが暢気に届けられていた。
「…………ありがとうございます、天子さん」
風の囁き声だけが、二人の耳に木霊する静寂の中で、仗助をおもむろにそんなことを呟いた。
対する天子は、そしらぬ顔で返答する。
「……何がよ?」
「いや、何でもないっす。ただの独り言です」
気がつけば、仗助の心は軽くなっていた。
吉良にまつわる感情は、天子によって彼女への怒りに変えられ、
その怒りも大声で散々と怒鳴っていたら、嫌でもボルテージは下がってしまう。
さすがにそれで全ての重石を取り払うことができたわけではないが、少なくとも仗助の足を止めてしまうような重さは、もうない。
一体どこからどこまでが、天子が計算してやったことなのかは分からない。
いや、彼女のことだから、ひょっとしたら何も考えずに行動していただけなのかもしれない。
だけど、こうして吹っ切れた気持ちになれたのは、間違いなく彼女のおかげだ。
「ありがとうございます」
だから仗助は、もう一度だけ呟いた。
それを耳にした天子は小さくクスッと笑うと、勢いよく身を起こして叫んだ。
「よし! それじゃあ、行くわよ、仗助! 天網恢恢疎にして漏らさず!
吉良のことを、まだ知らない人達に伝える! そして今度こそアイツをぶっ飛ばすわよ!!」
「……あの、吉良はそーゆーのはするなって……」
易々と悲劇や凶行を許してしまった仗助としては、自分の取るべき行動に自信が持てず、どうしても逡巡を覚えてしまう。
だけど、天子は「そんな心配は必要ない」と、子供ような無邪気な笑顔で、実にあっけらかんと言い放った。
「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ♪」
そう言って、天子は仗助の腕を掴み、無理矢理立ち上がらせた。
その強引な姿勢に、堪らず仗助の顔から苦笑が漏れる。
しかし、目の前の天子の笑顔を見たら、仗助の心からは不安や動揺は自然と消えて無くなっていた。
天真爛漫、天衣無縫、そして自由奔放。ともすれば、馬鹿とも取れる性格だ。
だけど、そんな彼女を見て、救われた人間が、確かにそこにはいたのである。
【E-1 サンモリッツ廃ホテル付近/朝】
【東方仗助@ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:頭に切り傷、鼻血ダラダラ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ゲーム用ノートパソコン@現実 、不明支給品×2(ジョジョ・東方の物品・確認済み。康一の物含む)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いの打破
1:天子さんの舎弟っす!
2:霊夢と紫を探す・第一ルートでジョースター邸へ行く。
3:吉良のヤローのことを会場の皆に伝えて、警戒を促す。
4:承太郎や杜王町の仲間たちとも出来れば早く合流したい。
[備考]
※幻想郷についての知識を得ました。
※時間のズレ、平行世界、記憶の消失の可能性について気付きました。
※
比那名居天子に対して信頼の気持ちが芽生えました。
【比那名居天子@東方緋想天】
[状態]:健康
[装備]:木刀@現実、LUCK&PLUCKの剣@ジョジョ第1部、龍魚の羽衣@東方緋想天、百点満点の女としての魅力
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに反抗し、主催者を完膚なきまでに叩きのめす。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第一ルートでジョースター邸へ行く。
2:これから出会う人全員に吉良の悪行や正体を言いふらす。
3:主催者だけではなく、殺し合いに乗ってる参加者も容赦なく叩きのめす。
4:自分の邪魔をするのなら乗っていようが乗っていなかろうが関係なくこてんぱんにする。
5:吉良のことは認めてない。調子こいたら、即ぶちのめす。
6:紫の奴が人殺し? 信じられないわね。
[備考]
※この殺し合いのゲームを『異変』と認識しています。
※第一ルートはE-1からD-1へ進み、そのまま結界沿いを行くコースです
最終更新:2015年08月30日 22:49