―――人間は考えに没する時、きっとどこまでも過去を見ている。
私は、見ていないけど。だけどそれだと、私は何も考えていないのと同じことになる。それは少々不本意だ。まるで私がマヌケみたいじゃない?
でも、否定はしないでおこう。マヌケではないけど。
事実として私はさほど思い悩むことはないし、考えることはしない。これは怠惰ではない。
考える、という行為そのものに、過去が付き纏うからだろう。
思考には自分自身の集積、蓄えがどうしても必要になる。
それらが一切ない者は考えることなどできはしない。
できるとしたらそれはただのヒトとしての本能、あるいは反射でしかない。
ならば、その逆ならどうだろうか。
ありすぎるとしたら、膨張し続ける宇宙のように、果てを知らない過去。どこまでも折り重なり積み重なっていくとしたらどうなのか。
億も兆も超えた頁数を誇るたった一人の歴史書は、白紙の知識とどう違うのか。
一緒だ。
そんなバカ重い本など誰が好き好んで見るのだろう、真っ新な方がまだ使い道があるというもの。
そう、多すぎるのだ。考えるには、過去を見るには、私のそれは余りにも夥しい。
それらを俯瞰しようものなら、全ての頁をこの地上に畳のように敷き詰めなければならない。
そして私自身、空の果ての果てまで昇って見下ろさなければならない。あるいは宙の彼方、いや月まで戻らないといけないかも。
だけど当然そんな遠くまで行ったら、紙きれなんて見えやしない。
要は不可能なのだ。
私の過去を紐解き、考えをしたためるのに、どれほどの労力が必要なのか。それこそ考えたくないと言うもの。
永く生きる者も、生まれたばかりの者と何も変わらない。考える事を放棄した者、考える術を知らない者、ただそれだけだ。
そうなっていかざるを得なかったのかもしれないけど、私は日々を反射だけで過ごしてきた。食べたり、遊んだり、そして考えたりすることさえも全て。
繰り返す毎日、圧倒的な時間ゆえ自然とそうなっていったのか。
人は考える葦である、と地上の誰かは言うらしいが私には少々、いやかなり怪しい。
まあ、そもそもの話、私は人間とは言い難いか。ヒトではあるけど。
私は永遠の民。月の民であるがそうでもなく、かと言って地上の民でもないのだ。
蓬莱の薬を飲んだその時から。
今更そのことを後悔してはいない。
なんせ過去は無限にやってくるのだ、しかも彼奴らは完全無欠モードを搭載している。殺すことなどできはしない。
ならば昔のことを悔んでしまう必要などどこにある。
永琳だって言っていた。
過去を省みることはあっても悔むことは何一つない、と。
私はそんな彼女の教え通りに過去に関して掘り起こした試しがない。一体いつ頃からだろう。
うーん、省みるぐらいすべきだったかも。
まあそれに、左脳の酷使はストレスの原因になるらしくて、決着の付かない過去の葛藤や頭脳労働は身体に悪いとも言っていた。
そしてストレスは万病の元。左脳は理屈を司るとかそうでないとかで。彼女にしては随分と分かりやすく教えてくれた。
ああ、閑話休題。
そんなワケで私は今まで、今この瞬間を、その連続を楽しんできた。一秒でも前のこと過去にして、過去を見ることなく前に進んできた。
当然これからもそれは変わることなどない。私は永遠に住まう者。永遠に滅びないこの魂がある限りは。
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「貴方が妹紅を殺したって言うの!?」
否定しなければいけない。
永遠の魔法を解いたあの瞬間、私の歴史は既に動き出している。
それは私が存在してきた中でかなりセンセーショナルな出来事だ。
だけど、永い時に浸りすぎたせいか、意識しないと時折忘れてしまうことがある。
私が『地上』の永遠の民になったということを。
それは穢れた地に足を付けるようになったということだ。
爛々と降り注ぐ陽光の下、草草が風に靡かれ一陣一波となる様を眺めるのは何故か嬉しくなる。
私ともう一人はそれらを見下ろすだけだった、それこそ太陽のように遥か彼方から。
だが今は違う。
そんな彼らと同じ目線に立つことにしたのだ、孤高を気取らず孤独を蹴散らし我々は地上に収まった。
生暖かい変化の風を感じ、命の始まりと終わりを知る大地に根差した。
新たな景色が視界に映る。ざわざわと周りが揺れれば私も同じく揺らされる。
そう、私は考える葦となった。地上の一部となったのだ。
やるべきことは見付かった。私の手でなんとかしなければいけない。今、絶賛考え中だ。
地上人を憂慮している私は今、身も心も穢れが行き渡っていくのだろう。
別に不安ではない。むしろ楽しみだ。全てを果たして帰る時、我が家の優曇華は煌びやかな花を咲かせているのだから。
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「呆けていないでさっさと答えなさい。」
人生の浪費者、
蓬莱山輝夜は両腕を組み彼を見下ろす。それが勝者の特権だと言わんばかりに相手を見下していた。
「話を聞いているの?アンタが手に掛けたっていう妹紅の話を私は聞きたいの!」
その顔には珍しく怒りの表情が浮き出ている。本来彼女は怒ることがさほどないと言っていいか。
それは生来の穏やかな性格もあるのだが、今までそんな機会に出くわさなかったといった方が正しい。
「早くなさいよ!私とそいつは知り合いなの!私には知る権利があるのよ!」
彼女の身の周りはイナバ達が、永琳が常に引き受けている。故に彼女自身に起こることがなく、怒ることも起きない。
そのせいか、怒り方もどこか稚拙で直接的、ある意味で本当に怒っている状態と言えた。
「……フーッ……ハァッ………ハァ……」
だが、当のリンゴォは依然震え続け、荒く呼吸を繰り返している。時折、口元から血が筋となって滴らせながら。
輝夜の要求に彼は一向に答えようとする気配がない、いや答えることができる状況ではないのか。
一旦は落ち着いていたのだ。
リンゴォの精神がいくらあの日に戻ったと言っても、涙を流すのには体力も精神も消耗する。
結局あれから半時間もすると涙が枯れたか泣き止んでいた。むしろそれだけの間延々と泣いていた、とも言えるだろうが。
その間、輝夜は意外にも待つことを選択した。強引に引き込んだ仲間が心配だった、というのもあるが、その他の理由に在るところが大きい。
第一回放送を聞き逃し、かつジャンプ一年分を読破した彼女にとって、どんな些細な情報も欲しいのは当然のことだ。
更に言えば、彼女は今とても凄くダルかった。だから待った。
ただただ怠惰であった。
彼女の名誉のために言及しておくと、休まなければならない理由がある。
3~4時間という時間。これは彼女の行動した時間でもあり、全身に過剰な大火傷を負ってから今に至るまでも時間だ。
常人ならとっくに死んでいたはずの重傷中の重傷が、今では健常者のそれにまで戻っている。おあつらえ向きに服まで元通りの鉄壁ぶりだ。
知っての通り、その間彼女は安静になどしていない。竹林の行軍、一方的な決闘を果たしている。
単純な話、再生の代償としてのリバウンドに体力のメーターが奈落の底まで落っこちてしまったのだ。
これだけで済んだのだから、蓬莱人とは恐ろしいものである。
そうして一人は泣き、一人はダラけ、半時間が経過した時のことだった。
ちなみに輝夜は外でゴロゴロしていた。狭い空間でメソメソしている中年と一緒に居てもうっとうしいし、
自分が占拠してしまうと逃げ出すかもしれないし、気を利かせて譲ってやったのかもしれない。
そんな彼女も柄になく考え事を終え、暢気にも食糧を漁ろうと戻ったついでリンゴォに情報の提供の催促をした。
もう十回は超えているそれは棒に振るかと思われたが、犬も歩けば棒に当たる。負け犬に振った棒はようやく当たったのだった。
リンゴォはこれまでのことをゆっくりとだが語り始めた。
そこに深い意図はなく、聞かれたから答えたという、あまりにも短慮な思考と、諦観から成る情けないものであった。
そう、あまりにも短慮だった。それが故に本来の彼なら見えていた地雷をあっさりと踏み抜くことになる。だがそれも仕方ない話だ。
彼の精神が幼心に戻ってしまった今、それを責めるのは酷というものだった。
風が吹いている。
おそらく本人は気付かないだろうが、か細い隙間風がリンゴォの頬を撫でた。
「ハァ―…………フー…ッ………ハァッ……」
ちょうどリンゴォの頬のすぐ隣、人差し指ほどの太さの貫通した穴がある。
不自然な場所に車の欠陥の正体はあった。
だがそれは損傷したわけでもなく、もっと分かりやすい、意図的な瑕疵であった。
「…………」
輝夜は依然腕を組んで待っていた。それ以外の選択肢を取るつもりはなく、他の選択肢は既に実行してしまったからだ。
何も特別なことが起きたわけじゃない。リンゴォが妹紅を殺したことを口走り、輝夜はそれに反応し思わず手を挙げた、ただそれだけのことだ。
輝夜の指先から放ったレーザーはそのままアラビア・ファッツ号のカーテンに命中、迷彩能力がわずかに落ちてしまった。
当然、そんなことは些細な問題で両者の頭の中にはカスりもしないだろう。
だがリンゴォに弾幕がカスッたのは輝夜にとって大きな問題だ。
「ハァ、ハァ………フッハァッ……ハァ―」
呼吸を荒げ見ての通り、黙りこくってしまっている。
このままでは欲しい情報が手に入らない。またも時間が解決するかもしれないが、もはやこれ以上待てないのが彼女の本音だ。
ならば取る手段は自ずと見えてくるというもので。
「リンゴォ、話をしてもらえないかしら。最後から二番目。同じ催促は後二回しかしないわ」
「フー…ハァッ…ハァ……ゴホッ………フッ、ハァ…」
リンゴォやはり動かず。
「仕方ない、わね!」
輝夜は組んでいた腕を解き、腕を掴む。
その腕は自分ではない。
リンゴォの腕。
「延滞料ぐらい払ってもらうわよ!」
鈍い風切り音と共に舞うのはリンゴォの腕、と諸々。
輝夜は無理やり見た目以上の膂力を以て引っ張り上げた。
その瞬間リンゴォの身体は彼女を中心に宙を踊る。
そう、彼の身体は一瞬だけ地面に頭を、足を天に向け、垂直となるよう投げられた。
「うごぇッ!?」
リンゴォは勢いのまま強かに地面に放られ何度も転がる。
巻き込まれたアラビア・ファッツ号のカーテンと多量の竹の葉のおかげで、呻く程度で済んだのは幸いである。
フゥオン
ぐぐもった風の音。
不穏な何かが足を忍ばせやって来た。
だがリンゴォは単純なことにそれに反応し、思わず顔を上げる。
「気を付けてね。すぐ撃つから。」
後光の指した輝夜の姿が映った。
それを目撃した瞬間、リンゴォの視界はどこまでも光に満ち満ちる。
彼が歩んだ道もまた、こんなにも絢爛だったのだろうか。
輝夜の後方で瞬く何かは出来損ないの蝉の如く狂い鳴き出す。
それらは弓の弦を引絞る音にしては余りにもけたたましい。
だが、これらは弓の弦だ。
凛とした射出音こそが、射殺すであろう負け犬に送る凶兆を報せるサイン。
だがしかし、それにしては少々多すぎる上、騒々しいこと間違いない。
やがて、幾重にも煌めく流星は軌跡を描くべく走った。
燃え尽きる運命に蒼褪めた光の矢はどこまでも鋭く、速く、細く棚引く。
ジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイジュイギュイーン
「ああぁああ!!うぁ、うわぁっ、ぁあああぁああああああああああ!!」
リンゴォはカーテンに包まり頭を抱えむと、亀のように縮こまった。それは余りにも情けなく無様な姿だ。
先刻披露したスタンドのことなど、完全に頭の中から無くなったかのようにしか見えない。
自ら視界を遮ったリンゴォに出来ることなど、自分に当たらないことを祈ること、ただそれだけだ。
だが、当たらない。
リンゴォは自分の周囲を高速で過ぎ去っていく熱だけを感じ取っていた。
やがてそれさえも収まるのを感じそれでも待つ。そうしてようやく彼は恐る恐る顔を上げた。
「動かにゃ当たらん奇数弾~♪避け方色々偶数弾~♪っと」
両袖を口元で隠しながら、即興で歌い踊る輝夜の姿があった。リンゴォはグルリと見渡す。
自分の背後にあった竹の数々が折り重なって倒れていた。
「あぁっ……あぁぁあぁあ」
「さて、リンゴォ。今のが奇数弾よ。そ・れ・で!次は偶数弾を撃つわ。動かないと当たるけど、動いたって当たるわね、今の貴方じゃ。
さ~てどう避けるのか、楽しみだわ~」
輝夜のふざけた台詞に合わせて、背後に隠れていた何かが飛び出る。
弾幕を吐き出す使い魔だ。優に30は超える使い魔は規則的なフォーメーションを組み、再び輝き出す。
脅しだ。
暴力による強制的な要請、いや屈服。輝夜は選んだ手段はどこまでも単純で、だからこそ効果も期待できるそれをチョイスした。
輝夜は涼しい顔で警告する。
「リンゴォ、私に話をしてもらえないかしら。同じ催促は後1回しかしないし、『もう』できないでしょうからね」
弱者に成り果てたリンゴォはこれに抗う術などありはしない。
その誘いに大人しく、いや、みっともなく縋る他なかった。
顔には汗と涙を垂らし、懇願の弁を述べる口からは勢いよく口角を飛ばすついでに血反吐もブチ撒ける。
醜悪と呼ぶよりどこまでも深い憐憫を誘うその様に、輝夜はただほくそ笑んだ。
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俺は一体何をしている?
何故こんな女の言いなりになっている?
負けたからか?
そうかもしれない。
敗者は死に勝者は生を掴む、公正な果し合い。俺はそれに負けた。
そうだ。そのルールに乗っ取って、俺は死んだ。今、死んでいるのだ。
ならば何故俺は先ほど、生き延びようとしたのか。
あんなにもみすぼらしく、どこまでも惨めな様を晒してまで。
分からない。俺は、死を受け入れるべきだった。
向こう側では随分と話し込んでいるようだ。
あそこにいるのは俺じゃあない。俺の抜け殻だ。俺はもう死んでいる。
死にたがりの不老不死、詰まらない相手だった。どこまでも後ろめたい思いをひた隠そうとしながら俺と対峙していた。
高々と積み重ねた馬齢だけを振りかざし、俺に戦いを挑んだひとでなし。
死を憧憬する望み通り、その現実を叩き込み、そしてあっさりと壊れた。
本当に本当に下らないと思った。時間の浪費でしかない、そう思うしかなかった。
今、目の前にいる奴だって同じ、いやそれ以上にタチの悪いひとでなしだ。
死にたがりでない、その点だけはマシなのかもしれない。だが、それ以上にその眼には何も映っていなかった。
光が入っていない、どこにも焦点が合っていない人形の様な瞳だ
目の前の光景を映してきた、機能的に役割を果たさない瞳。
何も考えていない奴の眼だと一発でそう断定できた。どこまでも取るに足らない相手だとも。
だが下されたのは俺の方だった。不条理だ。こんなもの、俺は認められない。
認めたら、今までの俺はどうなる?数十年、自らの命を賭け続けてきた俺の生き方は、価値観は一体何だったと言うのだ?
ただの幻想だと、思い込みだということになるのか?そうなれば俺は塵になる。認めるわけにはいかない、断じて…!
今からでも俺は、この女と戦わなければいけない。今度こそ公平さを持った果し合いを通して。
だと言うのに、身体は動かない。口だけは勝手に饒舌に客観的に事実の軒を連ねている。
女の顔が見える。相も変わらずその表情は緩み切って、俺の話を面白そうに聞いては尋ねてを繰り返している。
知り合いの妹紅とやらを壊した俺が憎いのではないのか?あの時の反応は俺を弄ぶ嘘だったのか?
あるいは本気で俺を仲間に引き込む気か?助かったと思わせた後に殺すつもりなのか?
こいつはこの状況を何だと思っているのか、俺にはまるで分からない。
思いつく答えはどれも正解でいて、どれも不正解のような気がしてならない。
何とも言えない。身体が宙に浮き上がらせられた感覚だけが何故か胸中に確かに残る。
得てして言えば、自信がないのだろう。
当たり前のことだ。俺はこの女を何も考えていない愚か者と軽んじたせいで、全てを失いつつある。
奴を測るだけの物差しが、俺の価値観が、壊された。
だから奴の考えが分からない。
だが、それでいいのか…?
いや、まだだ。まだ残っている。バラバラになっても、俺の足元に転がっているはずだ。拾い集めろ。
でなければ、今ここにいる俺は誰だ?掻き集めねば、俺は消えてなくなってしまう。それだけは避けろ、俺はまだ道半ばなのだ。
もし再び、砕かれてしまっても?
考えるな、そんなことを…!今度こそ…!今度こそだ!
能力も闘う手段もお互いが理解できた!
これで公正さを以て闘うことができる!
先の闘いは確かに俺の負け、それでいい…!それでも構わない!
後腐れの一切ない完璧な果し合い、それさえできれば!俺はもうどうなろうと知ったことではない!
「…と言うわけで、リンゴォ。一緒に来てもらうわ。ほっといたままだと死んじゃうでしょうし、それは嫌でしょ?」
向こう側も、ようやく話が終わったようだ。
覚悟してもらうぞ、蓬莱山輝夜…
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――
「よーしよしよし、素直でよろしい。それに貴方には用がある。一仕事してもらうわよ。」
「不安そうな顔しなくたって平気よ。荒事を任せようなんて期待してなんかいないから。」
「あー?何よその顔は?……ああ、何をするか教えてほしいの?
まあ、いいわ教えてあげる。この言葉が貴方と私を公正にしてくれるでしょうし。」
「●●●●●●●●●。単純でしょ?」
「『ふざけるな』」
「誰もふざけてなんか―――ってアレ、しゃべった?」
「撤回しろ…!奴ですらそれを口にすることはなかった……!俺はお前の心象を毛筋一本分も理解できるとは思っていない。
だが…!少なくとも…お前の目的にそれは必要ないはずだ!」
「それは必要なのよ、リンゴォ。分かち合うのにそれは必要、欠けてはならない。」
悠然と厳かに輝夜は言い切る。それは彼女の確信であり、そうでなければならない真実。
「ふざけるなと俺は言っているだろうが!そんなものを認めるな!!
そう―――「『今』の貴方でも、それを認めたら困るっていうのかしら?」―――」
本当に意外そうに、驚いた風な表情をしている。だがその割に、どこかワザとらしい声色が耳に障る。
「どういう、意味だ……?」
「いいえ。分からないのなら、構わないの。それよりも、リンゴォ……始めましょうか?お望み通り先ほどの言葉は撤回しましょう。
折角貴方から話しかけてくれたものね。」
「何が折角だ…?俺はさっきから話していただろう」
「丁度良かったのよー。地上人を引率するのは慣れてなくてねぇ。これで少しは楽できるわ」
「話を聞け」
「もう外耳道八分目。私は従順な僕さんからお話を沢山伺いましたの。だから大変満足していますわ」
「……」
「俺さんは一体何を話してくれるのかしら?大変興味があるのだけれど」
リンゴォは何かを言いかけたが溜息をつき、それを揉み消す。
「公正な果し合いを申し出る。俺ともう一度闘ってほしい」
「そうそう、そーやってシンプルに頼めばいいの」
「…思っていたよりは意欲的だな。話が早くて済む」
「早く済ませたいのは私よ。遅くに済ませた方がいいのは間違いなく貴方だけど」
輝夜はその言葉を背にリンゴォの顔を見ずに外へ出る。リンゴォは訝しがるも、彼女に倣って外へ出た。
結局今の彼に選べる道などあるはずもない。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
森と竹林の境が二人を隔てる。
北側の森にリンゴォが、南側の竹林に輝夜がそれぞれ立っている。
近くもなく遠くもなく、声を張らなくても十分聞こえる程度の距離で向かい合っていた。
大小形が様々な木々、対照的に一律して細長い竹藪が、それぞれの視界と進路をこれまたほどほどに邪魔している状況だ。
二人は特に言葉を交わすこともなく、それぞれ適当な位置について睨み合っていた。
睨み合うと言っても、ガンを飛ばすような因縁あるものではない。かと言って、既に戦いの火蓋が切られた膠着状態、でもなかった。
むしろ、お互いがお互いを待っている様子で、早くしろと暗に口にしていた。
痺れを切らした輝夜が、これは警告なんだけど、と枕詞を置く。
「本当にこのまま始めてしまっていいのね?」
「俺はいつでも始められる。それと先刻から含んでいる言葉、覚えがあるなら口にしておけ」
「嫌。私だって意地悪したくなる時があるの」
「なら勝手にしていろ。その代わり、気が済んだのならお前が合図を出せ」
「いいのかしら?貴方がそれをしなくても」
「必要ない。譲ってやる」
「リンゴォ、それは本当に譲ってくれたのかしら?」
「何が言いたい」
「…いいのいいの。ならお言葉に甘えるわ。」
輝夜は息を一つ大きく吐き出すと、一切の気負いも見せず宣言する。
「ささ、やりましょ」
「始めるとしよう」
一人は静かに揺れるまま、一人は呪われるままに、動いた。
その決闘に交わされるべきモノ、それは、そんなモノはここになかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
射程距離内だ。
お互い初期位置から既にお互いの十八番を差し込める間合い。
俺は銃弾を、奴は弾幕をそれぞれ撃っていい。
だがそれは残念ながら、必殺足り得ない。それでは意味がない。
双方の陣取る地形がそれを許さない。
奴の居座る竹藪の竹は細く、銃弾から身を完全に守る盾にはできないが、数が多い。急所を狙い撃つ邪魔になる危険が高い。
一撃必殺か、最低でも初撃で再起不能に追い込み、二撃目でのトドメが必要。極めて高い生命力と急加速の能力を持つ以上、俺は一発撃つごとに大きいリスクを背負う。
勝ち筋がこれしかない俺に、迂闊な攻めはできない。
逆に俺は巨木に隠れさえすれば、安直で木端な弾幕は防げる。だが曲射や貫通を伴うそれには対応できない。
撃ち込まれたら振り切るか、時を戻すかの二択。基本的にマンダムで対処。その際、決して奴の射線に出るわけにはいかない。
カウンターで時間を加速されたら、無抵抗のまま超加速した弾幕か拳が刺さる。必然的に負けだ。
攻めるも守るも、奴に身体を晒すのは最低限にしなければならない。
向こうは俺を安全圏から燻し出すことも出来る上、マンダムの使用後の一瞬さえも加速で巻き返せる規格外。
能力を含めた差し合いでは勝利は不可能。
だが、それ抜きならば俺の土俵に立てる。
かつて
藤原妹紅に見せたような早撃ち、そして
八意永琳では仕損じた必殺を成功させれば。
それには俺の腕、そして奴の隙の二つが必要。
結局やることはいつもと変わらない。
奴の大きな隙と言えば、スペルカードの宣言と弾幕を展開する瞬間。
その間隙を撃ち抜く、それしかない…!
リンゴォは警戒を緩めことなく、即興の作戦をシミュレーションしていた。
彼は先の先を制するという、どこまでも己の技量に比重が求められる手段を選んだ。
それは作戦上唯一、彼が輝夜を上回れる可能性があるから、という理由だけではない。
状況に応じて使い分ける事こそするが、本当のところは、彼の闘い方はそれ一筋だった、というのが最も大きなウェイトを占めている。
何故リンゴォは、先の先ないしは後の先を制する闘い方を主眼に置いているのか。
彼の闘いの目的は、ただ一重に己の生長だけを求めていた。
故に、その過程であえて苦しいところに身を置く、という考えを持つのは当然と言えば当然のことだ。
人間、一つのミスに対し苦しみを伴えば伴うほど、必死に己を矯正しようという力が働く。
その過程で、肉体的にも精神的にも凄まじいストレスを受けるが、正のベクトルを向く力があれば辿り着ける地点がある。
リンゴォは己の命が奪われる危険を『どんな』戦闘でも味わってきた。
生きるか死ぬかの闘いで常に先の先、後の先で闘うというのは、そういうことになる。
自分が死ぬ可能性、それも決して低くない確率の中に一旦は放り込む。
彼の技術も精神も極致にまで行き付いてしまっているのは、数十年間その身一つを『殺気』に晒し続け生きてきたからと言えるだろう。
奴はまだ動かないのか…
巨木を背にリンゴォは音を立てず、それでいて肺の隅々に空気が行き渡るように流し込む。
ならばこちらも待てばいい。10分でも1時間でも、たとえ1日、10日経とうが俺は待ち、そして狙うだけ。
そう考えていた、その時であった。
ザッ ザッ
無造作に竹の葉を踏み鳴らし歩く音がリンゴォの耳に届けられた。
ザッ ザッ
それは真っ直ぐ彼の元へと近づいて行く。その正体など言わずもがなだろう。
直接来るつもりか!奴も俺の考えはお見通しというワケだ…!
リンゴォの作戦の大きな弱点、それは彼自身既に理解していた。
彼は輝夜が先に手を出すまで何も出来ないことにある。
彼の気嫌う言葉を借りれば、この作戦は『受け身』の『対応』とも取れなくもない。
尤も彼にとっては、それら全てを先んじて制する闘い方、少なくともそう考えている。
さて、初太刀を譲ってしまっている以上、輝夜がその間、何をしても彼は仕掛けられない。
端的に言えば、加速したら叩ける射程内に入り込まれようとも、ゼロ距離にまで近づかれようとも、だ。
マズいのは加速した時の中で俺が無抵抗のままやられること、それだけは、避ける…!
ザッザッ
だが加速した後、先の闘いではこちらが反応する余地があった。奴も意味不明な言葉をほざいていたのを覚えている。差し込む隙は存在していた…!
サ ゙ッザッ
ここで焦っては奴の思う壺。俺は依然、待ちを選ぶ…!
サ ゙ッ ザッ
まだ、来るか…!
ザッ サ ゙ ッ
躊躇がない。こいつ、まさか……
サ ゙ッザッ
何もせずに俺の元へ来る…!牽制も…言葉もなしの一発勝負…!
ザッ ザッ
足音は彼と巨木を挟んだすぐそこ、正反対側から聞こえる。
命のボーダーラインを越えているというのに、尚も変わらず不遜さを漂わせ、緩やかに迫る。
リンゴォは右手で愛銃を掴み取る。
ザッサ ゙ッ
ここに来て……ここに来て…!完全な早撃ち勝負、か!面白い…!面白いぞ…!!
流れるようにトリガーに人差し指をかける。既に引き金は引いた。
ザッザッ
そして目にする……!
撃ち抜く敵の姿、その横顔…!
それは超えるべき殺意の標的!
ザッザッ
受けて立つ他ない…!いいや受けて立とう、蓬莱山輝夜!
男は挑んだ。そして―――
いない…?
―――銃声は響かない。輝夜は突如として消えた。
バカな!消えた…!?俺の視界から?いや、これは加速か!!
リンゴォは荒い呼吸を繰り返しつつも脳を回転させる。
確かに俺は姿を見ていた。奴の狙いは知らんが、一旦俺から姿を隠したのは事実…!
逃げた、とリンゴォは一旦決めつける。今、深い思考に身を任せては一瞬のタイミングを見落とす恐れがあった。
ならば恐れる必要などない。俺はどこまでも待つぞ…!お前が仕掛けてくる瞬間まで……
落ち着きを取り戻した男は元の精悍な顔つきで、見えない敵に探りを入れる。
ザッザッ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
やはり、いた!奴は潜んでいる。それも俺のち―――
ザッザッ
―――か…?
ザッザッ
ち、か…近すぎる……
ザッザッ
バカな!在り得ない!!しかもこの音の方角は―――
ザッザッ
―――俺の、しょう、面……じゃあ、ないか……!
ザッザッ
い、いないぞ……!!何故……………見えない…
ザッザッ
「ちょっとリンゴォ~~!貴方の顔、入り口全開よ?」
そして声が、輝夜の声までもが聞こえた。何とも危機感のない声だ。
バカな!バカな!!何がどうなっている!?
愛銃を構え、腕を突き出せば触れられる位置から。
これは加速の能力ではない!!俺の知らない能力か…!!
リンゴォは思わず眼を瞑る。眼が痛む、口もカラカラに乾き切っている。
いつの間にか閉じることを忘れていたのだろう、相当な焦りだ。
大丈夫だ…!まだ…!!奴は仕掛けちゃあいない!!殺気はない!!まだ『待てる』!!
そう、嘗められているのかリンゴォは依然無傷。状況は悪化した訳ではないのだ。
しかもバカ丁寧にも声で…!自分の位置を!間抜けにも知らせてきた…!
リンゴォはそこまで頭を働かせると一つ大きく息を吐く。
たとえ見えなくとも、お前を撃ち殺すことなど!容易いことに変わりないのだ…!
焦りを振り払い、彼は一人の男として戻って来る。
迷わず眼を開けた。
輝夜が映った。
さっきまでの逡巡は何だったのか、余りにもバカらしくなる。
だが、リンゴォにとって何故見えるようになったのかより先に、相手の様子に怒りが湧いた。
『構え』がなかった。足先から毛先の一本まで、何一つそんな素振りを見せていないのだ。
それは武道における構えがどうとかと言うより、目の前の自分を意に介していない、そんな意味で彼女は身構えていなかった。
嘗め切っている!!俺を…!この闘いを…!こいつは…!!
リンゴォは半ば激昂に駆られ、銃を構えた。
だが、撃たない。いや撃てない。
ただ先に撃ってしまっては、先手を取るだけでは『勝利』を掴めない。
先の先を、相手の『殺意』を受け止め制さなければ、敢えて一手譲り乗り越えなければ『男の世界』に届かない。
それはリンゴォの意地であり『今』の彼でも変わらない、変われない精神。
まして決定的に負かされた相手への再戦だ。完全な勝利をモノにしなければならない。
「ハァ、ハァ……フー、ハッ…」
いつの間にか肩で息をしていた。極度の緊張がリンゴォを襲っているのだろう。
銃を輝夜に向けた今、砲口は彼女の心臓を破壊できる位置で止まっている。
彼はいつでも相手の命を奪える状態にあるのだ。
だが、それは輝夜に言えることだ。いつ時を加速させ、この状況をひっくり返してくるのか。
彼女とて死にたがりではない。命を奪われる側に立たされた今、このまま死を享受するわけがない。黙っているわけがないのだ。
「ハァハァ…ッ…ハァフー、ハッ…」
黙っているわけがない……
「フー、ハァッ…ハァフー、ハッ…ハァハッ…ぐっ…フー…!」
黙っているわけがないのだ…!
「どうしたの、リン―――「何故だッ!!何故、何にもしない…!
いや、違う……!貴様は何故…!!俺を殺そうとしない、その気がないのだ!!!」―――」
永遠に撃てない。それがリンゴォの直感が下した無慈悲な答えだ。
「理由はもう教えているわ。それが答えよ」
「ふざけるな、と…!何度言わせる!!俺はそんなこと
認め―――「やっぱり『今』の貴方でも、それを認めたら困るっていうのかしら?」―――」
「―――ッ!!当たり前だ!!死にたがりを殺して何になる!!意味がない…!そこに意味が無くなる!
闘え、輝夜!!俺に殺意を向けて見せろ!!」
男は即座に妄言を撃ち返す。
そう、輝夜に殺意などなかった。あるとすればむしろその逆。
「一仕事、最低でもしてもらわないと困る。それに貴方は既に負けているのよ?それも、もう……3回、ね。それを反故にするつもり?」
「…………ッ!」
リンゴォは返す言葉も忘れ、表情を歪ませる。負けながらにして生き永らえた彼の唯一の道。
勝者の意向に沿うことで、落ち延びた己の卑劣さを清算するという行為。
それは当然、目の前の輝夜という勝者にも該当する。
その瞬間、僅かに照準がズレた。確固とした生き方がまたも彼を縛り付ける。
「ふふふ、まあでもここで私を殺してしまえば、そんな必要もないわよねぇ。難題を無かったことにしたあの時みたいに。」
輝夜の命令を聞く、という難題を解かずして、ゼロ距離の弾丸を避けろ、という難題を押し返す。
どこまでも簡単だ。しかも今、その状況を満たしてしまっているなら猶更。
だがそれは、どこまでも―――
「―――卑劣だ!公正でなければならない!!己を高めるために正しさが必要だ!!
『できるわけがな――― 「じゃあ!!私の勝ちね!!」 ―――!?」
―――卑劣だった。
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しまった…!!これが狙い!
完全に虚を突かれた。言葉巧みにリンゴォの芯を動かし隙を晒させる、という狙い。
身体が動くよりも先に、頭が回転し出すよりも先に、リンゴォの脳裏にそんな文字が浮かび上がってしまう。
相手の言に揺らされた何よりの証である。
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―――――
「お前は既に死んでいる―――
俺は終わったのか……。路半ばで終わってしまう、の………か?
「………ハッ!?」
ドヤァとした顔が映っていた。
―――だったわよね?こう、血がドバシャァアア!って吹き出る奴!!」
嬉々とした表情で、またも良く分からないことを抜かしていた。
俺を殺すでもなく、再起不能にするでもなく、銃を取り上げるでもなく、銃口から逃れることさえもせずに…!こいつは…!!
「どういう、つもりだ…!!!」
「ちょっと弄んだだけ」
「ッ…!き、さまぁ…!!」
「でも死んでいるのは本当」
リンゴォは一瞬まさか、と考えてしまうがすぐに振り払う。
「殺してしまえば道は無く、生かしてしまっても道は無い。踏み場を無くした貴方だけの世界。
宙に投げ出され行き付く先はすぐ、底。」
「何が……言いたい…!」
「何も言いたくないわ。誰かに生き方を教唆できるほど、私は出来てないもの。
私はただからかっただけ。あまりにも面白いからねぇ。貴方だってもう気付いているはずよ。」
「そんなもの……俺は、知らない…!俺はこのままでは終われない!!譲るわけにはいかないのだ!」
「そう、ならば選択の時よ、リンゴォ。」
輝夜は一人だけ全てを知った風に、ゆったりと仕草で、
「妄執の凶弾、その行方、しかと見せてもらう!」
声を木霊させる。その色は晴雲秋月。空気が張り詰め冴えていく。ここが決闘の地であるという記憶をもう一度呼び覚ました。
「ハァッ……ハァ―ッハァ、フー……」
戦場は隠せぬ呼吸音一つだけが響く環境音。ただただ静かに鳴いていた。
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―――『勝利』し続けてきた。
男は勝ち続けることで価値を見出せる生き物だ。
肉体的にも精神的にも相手の生を越えることで、男は生長できる。
勝利には殺意を持った相手が必要。それがどれほど下賤なモノでも構わない。
闘いとは修行であり、崇高さが必要。公正さを以てそれは儀式へと昇華される。
この二つを備えし決闘、それが『男の世界』、俺の生きた世界。
ならば今の、この状況は何だ?
最初から殺す気のない者に決闘を申し込み、殺意がないせいで撃てないでいるこの状況。
あの時、俺の眼に映らなかったのもアイツの殺意の無さゆえだ。
認識できなかった。初めて闘う、殺気のない相手。それは決闘に対する余りにもイレギュラーな存在。
挫かれた俺の精神が、身体が、脳がこいつを映すことを許容できなかった。
そして勝者に従うことすらせず、殺して覆そうとする公正さの無さ。
指摘されるまで気付かなかった、という事実が恐ろしい。何を思い過ごしたのか、眼が眩んだのか。
その先にある勝利にどれほどの意味がある、何もない。そこにあるのは空っぽで何もありはしない。
俺はもう穢れてしまったのか……?
俺は本当に『俺』なのか?
相手の殺意すら読めないほど、この眼は濁っているのか。
卑劣さを身に纏ったあの時から、心まで腐り果てたというのか。
今の俺は誰だというのだ…?
男の世界に殉じることの出来ない俺に何がある?……そんなもの何もない。あるはずがない。
己の中にある世界、それを信じることでしか生きることが出来ない定め。
ならば今、男を全うできない俺に意味など、ない……
勝てば公正さを失い、負ければ更なる卑劣さに潰される。
しかもアイツには俺への殺意すらなく、勝利の選択肢は選べない。
俺にこのまま朽ちてゆけと、負けて死ねということなのか……
いや、俺はあの時死ぬべきだったのだろう。
勝って生を拾い、負けて生を捨てる。
そんな在り方だったというのに、俺は未だに落ち延び続けている。
そう、俺はスデにおかしくなっていたのだ。狂ってしまっていたのだ。
とっくの昔に終わるべきだった、なのに俺は逃げた。
矛盾してしまった俺に、男の世界に、幕を引く時だ。
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何故、銃を下ろさない?
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何故なのか。
一つの事実を、惨めな自分を、掘り起こせば起こすほど、身体から熱が湧き上がってくるのは。
突き付けられて、刻まれて、心身に染みるは深き闇。
逃げ出したくて、抗って、行き付く果ては袋小路。
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―――初めての『敗北』だった。
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勝って生きるか、負けて死ぬか、俺は常に究極の二択を挑み、ここまで来た。
そして、『勝利』し続けてきた。男の世界において、どんな形でも。
今までの道程において、負けの二文字はなかった。あるはずもない。負けた瞬間死ぬ、いや死んだ時こそが負けなのだから。
だからこそ俺は永遠に知ることはなかっただろう。死んだ瞬間、俺は一抹の決闘の余韻に包まれて逝くはずだった。
だと言うのに、初めての『敗北』を喫してしまった。
だが、ここに来て究極の二択に、あってはならない選択を寄越された。
そう、負けて生きる、という選択。あまりに陳腐で、俺の全てを否定する、唾棄すべき道。
寄越された、というのは違うか。なぜなら俺は、その選択を選んでしまったからだ。
俺の人生で在り得ることのない敗北をその身に背負ってまで。
初敗北で生き方を嘲笑われても、
更なる敗北で己の存在を失いかけても、
更なる敗北に敗北を重ねようとする今この時さえも、
俺は何かを夢想し落ち延びようとする。
ここで俺が自ら死を選び、男の世界に殉じてしまわなかったのは何故なのか?
敗北者として、歪な男の世界を全うしようとしたのは何故なのか?
簡単だ。俺は死にたくなかった。
命を賭けた決闘、男の世界、どこまでも刹那主義に生きた俺は、その実、死にたくなどなかったのだ。
死んだらそこまで、そう考え自分の命に無頓着なはずだったのに、これでは笑い種だ。
だが、それも当然であり妥当な答え。
俺は何の為に闘ってきた?死ぬためか?いやむしろその逆、真逆も良いところだ。
己を失った、あの瞬間ですら俺の心にあった、俺の中の確かな指針。
『生長』。それだけは、あったのだ。
だからこそ、死にたくはなかった。まさしく、死んだらそこまで、なのだから。
あんな惨めな思いのまま、姿のまま、終わりたくなかった。
たとえ、侮蔑の元に敗者として生き永らえたとしても―――
たとえ、どうしようもない餓鬼だった自分を曝け出されても―――
たとえ、歩む道が光り輝く道でなくても―――
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―――撃つしかない…!!死ぬわけには…!俺はまだ生長せねばならない…!
たとえ『男の世界』を違えることになっても、その道に光が当たらずとも。
死ねるものか…!こんな、こんなにも…!惨めな姿でなど!終われものか、絶対だ!!
見開いていた瞳が狭まり、焦点が定まる。震えはない。脈打つ自分を得物を、引き締め握り締め。
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおぉぉおおぉおおぉおおおおおおおおおおお!!!」
鬨の声だけ威勢を纏い、虚勢の意匠に包まれて、
男は挑む。
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いや、違う。
それは男であることさえ捨てた、一糸纏わぬ全裸体。
その身を纏うは人間の、生を謳う覚悟の装束。
ヒトが挑むのだ。
ガ ァア ア ァ ァア ァ ァ ァ ァア アァ ン ! !
同調そして共鳴。
遡ることもなく、瞬くこともなく、二つの咆哮はこの世界、この時に深く刻み付けた。
どこまでも浅薄なこの決闘に、微かな彩を添えて。
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ふふ、地上人はやっぱり面白いわね。
自分の生き方一つにここまで拘泥するなんて。
私なんて何年経っても変わることなんかなかったのに。
それは当然のことかもだけど。
私の改めるきっかけはあの日殴り込みに来た人妖たちだ。私自身ではない。
彼女らが尋ねることがなければ、どれほどの時が流れようと私は何も変わることなどなかったはず。考えることすらなく。
ならば、目の前の地上人の方が限られた時間の分、余程『生きること』を考えているだろう。
それを私が壊したのだ。そこに在るだけで、大して考えもしない私が。
まあ、流石にちょっとだけ可哀想じゃない?
とはいっても、殺し合いに乗るような輩だし、馬齢を喰っただけの私が教えることなんてないしねぇ。
でも、貴方は勝手に自分で解決して這い上がって来た。
スゴいって思うわ、うん。それでこそ地上人よね。
リンゴォ・ロードアゲイン。
貴方の起源は人殺しへの御為ごかしなのかもしれないけど。
生長する、砕けぬ意志はちゃんと胸に内にあったんだから。
時を逆巻くスタンドも、何度でも繰り返し生長しようとする精神の具現なのかもしれない。
たとえ道を見失ったとしても、ね。
そうやって思い悩み変わっていく姿を見ていると、私もそうならなくちゃって思うのよ。
そして何より、変わってしまったアイツも地上人だから、猶更そう思う。
良い勉強になるわ、だってアイツも私も違う。どんなにも。まあ言い出せば全てが違うのだけど。
私の手で、私だから出来る方法で。
私がちゃんとアイツに近づいてやれば、きっと分かるはずだって考えている。
そのためにも貴方が必要なのよ。嫌とは言わせないわ。
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「お疲れさま」
「……ああ」
にべもない様子で、リンゴォは応じる。極めて短く、それでいて二つ返事当然の言葉に、表面的な愛想は見受けられない。
「私の勝ちってことでいいかしら?」
「そうなるな」
輝夜の手にはリンゴォの愛銃が収まっている。
彼が放った渾身の一撃はされど彼女を制するには至らなかった。
叫びながら撃ったせいか無駄な力が働き、輝夜の胸の位置にあった銃口は上がり過ぎていた。
弾丸は彼女の首元を通り過ぎ、か細い一本の竹の枝に命中し、そこで終わってしまう。
輝夜は一歩踏み込だ後、矢の如く両手を伸ばす。リンゴォの手に自分の手を添え指を固定させ、もう片手で銃身を回転させるように、ふんだくる。
リンゴォが弾丸を放ってほんの一瞬の交錯。一秒に満たすこともないまま決着は付いたのだった。
輝夜は満足そうに微笑むと、さもありなんと拳銃を彼へ返した。
「ねぇねぇ、リンゴォ」
「何だ」
「外した」
「…知るか」
「ふふ、そういうことにしとくわ」
「次は当たる」
決闘の果てを教えられた俺には、次が許されるのだからな。
決して悟られぬよう心中で、そう一人ごちた。
「そうそう、リンゴォ」
「今度は何だ」
「ありがとうね」
「俺はお前の心象を毛筋一本分も理解できているとは思わん。だから訊いておく、何がだ?」
「少し気が楽になったので」
「だから何でだ?」
「一人は狂ってしまったわ」
「……」
「もう一人もそうなるかと思って」
「……」
「でも違ったのよ」
「……」
「…勝手に這い上がってくれてありがとう」
「俺の勝手であり、お前らのせいだ」
もう一人は割りと素直に口にした。
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青天の空に月は無く、日影差して暗がり失せる。されどヒト暗中模索の獣道。
道なき路にも光在り、寄りて見るに、月に付き纏われし者、そこに在り。
月明りにて未知の途、仄かに照る。道程の果ては未ださやかに見えねども、慄くこと、佇むことも無し。
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「まだまだ、リンゴォ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ちゃんと私を殺してよね」
「…分かっている」
近づくためにも、私の出来る事。
それは―――私がアイツと同じ死を体験する、ということ。
【C-5南部 迷いの竹林/昼】
【リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:微かな恐怖、精神疲労(大)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲 、スタンドの一時的な使用不能
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
2:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『
第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。
【蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:肉体疲労(大)身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:リンゴォと一緒に妹紅を探す or レストラン・トラサルディーに行く
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
[備考]
※第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています
※支給された少年ジャンプは全て読破しました
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です
最終更新:2021年08月26日 14:43