第二回放送が終わった。今度はちゃんと聴いていた。
死者18人。これで前回と合わせ36人の参加者が散った事となる。
一応はマトモに応答がこなせる状態となったリンゴォから
第一回放送の内容をやっと、ようやっと訊きだして輝夜はふむむと考える。
永遠亭の誰か。自分と親しい者の死亡は無かったにせよ、この人数は良くない。異変解決の道を歩まんとする彼女にとって、とても良くない。
(うぅ~……参ったわねぇ。妹紅のこともあるし、実際どう動けばいいのか……不慣れなこと、よねぇ)
いつだって永琳の言う事に従っていた彼女だ。永琳が敷いてくれる茣蓙でのんびり茶を飲み、たまに命令を出すだけだった人生。
永琳居てこその輝夜。永琳居てこその永遠亭。彼女の言うことは常に間違いは無く、本来なら今回のような荒事は彼女が指揮棒を振る役目の筈。
向いていないのだろう。少なくとも自分は異変が始まってからの12時間、殆ど何も出来てない。その内半分は本当に何もしてないのが余計に悲壮感を感じさせる。
「ねえリンゴォ。永琳はレストラン・トラサルディで待つって言ってたのよね?」
草原を割るような砂利道の上を、愛用のマジックミラー号にてトロトロゆっくり走る。
操縦者は輝夜で、リンゴォは後方から文句一つ無く付いて来ていた。暑苦しいので同乗はお断りだ。
「…………」
無言は肯定の証。雨に濡れることさえ厭わず、彼は何だかんだで勝者との約束を反故にするような男では無いらしい。
リンゴォにはキチンとした役目を与えてある。
それは輝夜にとって絶対に必要なことであり、それまでは彼が死ぬことも手元から離すわけにもいかない。
輝夜にとって目下の悩みとなるのは、その役割を全うさせる為に必要なのは正確にはリンゴォでなく、彼のスタンド。
時間を6秒戻す稀有なる能力が、現状“発揮できない”という事にあった。
(やり過ぎた……? いえいえ、道は険しきものであるほど、対価はより絶対的な褒美として完走者に齎す。この程度、ワケないわ)
時折車から顔をちょこんと覗かせ、我が協力者の顔色を窺う。情けない喚き顔を見せていたさっきまでと変わり、どこか吹っ切れているようだ。
ならまあ、何とかなる。楽観的にも見える輝夜の考えがこのゲームでどこまで通じるか。難題を解く側に回るのもたまには悪くない。
まずは永琳だろう。彼女と合流できるなら、取り敢えず妹紅は後回しでいい。
とはいえ、今から輝夜がリンゴォに“やらせようと”している事柄は、永琳が聞けば間違いなく卒倒モノだ。
簡単に話がつくとも思えないし、今度という今度はリンゴォも粛清される可能性すらある。
ひとまず“この件”は胸に秘めておこう。土台、今回の異変で永琳にハイハイ従うつもりだって輝夜には無い。
あくまで家族の無事なる顔を一目見ておきたい。トラサルディに向かう理由など、言ってしまえばその程度の茶飯事だった。
無欠の永琳は当然として、鈴仙もあれで結構頼りになるし簡単に死にはしないと思う。てゐは……案外、あーいう娘が不死者の自分や永琳を出し抜いて、ちゃっかり最後まで生き残ったりするのだ。
(私は私にしか出来ない事を、やるだけ)
ハッキリ言えるのは、いま自分が為すべきことは頭で理解していること。
いま自分が何を為しているのか、それすら分かっていない馬鹿を一発殴る……いや、丸焦げにされた仕返し含めて百倍返しだ。
「リンゴォ。私のことは置いといて、貴方自身はこれから何がしたいの?」
「……お前のように、同じステージに居座り続ける者にはわからんだろうな。
常に高みに挑む者にとって、“生きる”ということはそれだけで更なる危機に遭遇し続ける永遠の修羅場だ」
やれやれと、輝夜は首を軽く振った。
結局、彼の持つ根源は以前と劇的な変化を遂げることはないらしい。
早い話が、己の生き方を変えることはない。基本は今まで通りだ、と。
それでもいいと輝夜は思う。それでこそ彼らしい。
所詮、自分のやったことは些細なものだ。這い上がれただけ、面白いものが見れた。
口元を綻ばせながら、再度運転に集中しようとした時である。
「よぉ……久しぶりじゃねえか」
雨の音が変わった。空気の変貌が、肌に張り付く。
さて、これで『三人目』だ。妹紅、リンゴォに続いてようやく三人目。
輝夜は来訪者の気配に動じることなく、非常にのんびりと腰をゆっくり上げて車内から降り立った。
馬である。
当然、語りかけて来たのはその背に跨る、カウボーイハットとマントを羽織った粋な風貌の男だ。
真っ先に応答するは、背後のリンゴォ。
燻っていた彼の瞳に、バチバチと火花が上がっているようにも輝夜には見えた。
(ははあ……成る程、因縁のお相手みたいね)
把握は出来たしこれからどういうことが起こるかも、何となく予想はつく。
だが私闘など以ての外。リンゴォは輝夜の目的への協力者であり、ボディーガードではないのだ。
「ご機嫌よう。私は
蓬莱山輝夜。連れのこっちは……紹介の必要はなさそうね。それで、貴方はどちら様かしら?」
車から降り立つ輝夜を倣ったか。ジャイロと名乗る男もマントを翻し、馬から降りて自己紹介を交わした。
出で立ちや物腰を見れば危険な人物ではなさそうだが、その瞳に添えるは最上の敵意。
恐らくリンゴォを警戒しての姿勢。旧知の友、ではないらしく、やや面倒なことになりそうだ。
「そう、ツェペリ。それで貴方は、私たち一行に何の御用? こっちも少し急いでるのよ、知り合いと待ち合わせしてて」
「安心してくれ、人捜しだ」
決して視界からリンゴォを外さずにジャイロは、次に言い放った。
「
八意永琳、っつー女を捜してる。銀髪で、赤青の看護服着た妙な女だ」
本当に、面倒事というのはある日突然降ってくる。
センスを疑う変な服というのは概ね同意だが、この男が永琳を捜す理由とは如何に。
「……知ってる」
答えを誤れば彼女に危険が及ぶか、逆に彼へと危険が及ぶ。
それでも輝夜はこの場を偽らず、誤魔化さず。
「本当か!? こっちの方向へ来た筈なんだが、見失っちまったんだ。何処へ行った!?」
「教えてあげない」
慎重に量らなければなるまい。
この男の、拠所ない“事情”をば。
この男の、人間たる“資質”をば。
リスクと対価が釣り合えば、齎されるはきっと──光明だ。
「なに? 何でだよ、オレは別に危害を加えようってんじゃ……」
「ジャイロ」
丁度、手元にはイレギュラーが居る。
元より自分は蚊帳の外に徹するべきだろう。輝夜は“彼ら”の因縁に、直感的にそう思った。
「貴様が何をしたいとか、何の目的だとか、そんな事はオレにとって関係ないこと。以前、お前がオレに言った台詞だったな」
鳴かぬなら鳴くまで待てばよい。
かつて変化を拒んだ自分らしい呑気さ。そう考えていた輝夜だったが、思いの外、早くに“機”が現れた。
対価はあるだろう。果実が実れば、目的に一歩、二歩と近づける。
リスクも当然ある。しくじれば、鼓動を止めた刻の針は二度と巻き戻らないのだから。
「一匹狼のテメーが誰かと行動してるってのは、ちと驚いたが……人間、そう簡単に根元からは変えられねーなァ」
「生憎とオレはオレだ。少し、今の自分にも戸惑っているが……それでもオレは自分の器を量る者で在りたい。
そういえば『あの時』の決着もまだだったな」
ならば鳴かせてみせよう。
相手を量る為にも、我が相方を謀る為にも、我が目的を図る為にも、彼ら二人の因縁を利用させてもらおう。
「なら丁度いいじゃない。リンゴォ、『決闘』を許可するわ」
さも平然と、輝夜から鳴いてみせた。
物騒な二文字が口から飛び出たことにジャイロは意表を衝かれ、リンゴォも似た反応を返す。
「は!? 決闘、って……何でそーなンだよ! 嬢ちゃんもそこの顎ヒゲと同じ、異常者の類か?」
「あら、私が“異常”に見えて? だったら私は“正常”ね。非日常の中では、そういった主観と客観は簡単に反転する」
「謎掛けはいーんだよ! こちとら急いでんだ! とっととあの女の居場所を教え……」
「貴方がこのリンゴォに勝てば教えてやらないでもない。永琳に危害を加えないって条件と、加えられないって自信がある前提、での話だけど」
「だからなァ~~~!」
人を見る観察眼が異様に鋭いリンゴォ。彼はジャイロの内に澱んだ、ある種の焦燥を見た。
「まあ、大方の見当は付くがな。もっとも“あの時”と“今回”では、絶望的な違いがあるようだが」
「……! てめぇ、それ以上口を開いてみろよ」
「愚弄するつもりなど無い。オレも“その件”について、残念には思っているからな。だが、今のままの貴様では近い内に死ぬだろう」
挑発ではない。リンゴォはただ、事実を述べただけ。
忠告といってもよいその口ぶりが、かえってジャイロの癪に障った。
「……“あの時の決着”、とかぬかしたな。いいだろう。そこの女の言うとおり、ケリはつけなきゃあな」
ジャイロは永遠亭にて泣く泣く作成した鋼球を、生きている方の右腕で握る。
名簿にあるように、この世界でリンゴォが生きていることにジャイロは驚くが、それでも充分勝算はあった。
一回目での闘いの記憶。ジャイロにあってリンゴォに無いそれは、根拠たる自信となる。
あの時は、辛くも勝てた。だとすればサシでの決闘、もはや負ける道理はない。
どっちにしろリンゴォは、ジャイロの認識では危険な人物だ。遅かれ早かれ、ぶつかる相手だろうと踏んでいた。
「───やるか? 今、ここで」
「待っていたぞ、その言葉をな」
明らかに空気が異質となる。ジャイロの闘気に、リンゴォが応える形で殺意を放った。
今にも撃ち合いが開始されようとする、その刹那。
「待ちなさいリンゴォ。……別のお客さんみたい」
離れて様子を見ていた輝夜が、新たなる襲来を伝えた。
視線の奥には、またしても馬である。
その背に跨るは、烏の濡れ羽色と形容するにこれほど相応しい存在はいないであろう、黒髪の少女。
そして彼女の横に立つ男は、これまたジャイロのようなカウボーイハットを被った風貌。
計算されたタイミングとしか思えない。それほどに奇なる偶然を読んだ邂逅であった。
「ジャイロ、さん……あの方が、ジョニィさんの…………」
文の視線の中心。そこには、自分を残して死した男がかつて話していた情報と一致していた。
紛れない、ジョニィを導いた男ジャイロその人が、目の前に立っていた。
「こいつぁツイてる。トントン拍子で無駄が無ェ。……そういう時は決まって、簡単にァ越えられねえ壁が立ち塞がってるもんだが」
帽子のつばを押さえながら
ホル・ホースは、微妙な表情を形作った。
早くもジャイロを見付けられたのは良いが、聞こえてきたやり取りによれば修羅場の最中である。
構うものかと文は、馬から飛び降りジャイロの元に駆け寄ろうとする。
そこを
ホル・ホースが押し留めた。現状を眺めるに、今はジャイロから話を聞く場合ではなさそうだ。
「へいへい落ち着きなよ嬢ちゃん。……迂闊に近寄れば火傷じゃ済まなさそうだぜ、こりゃあよ」
闘志という名の『火』が、余所者の乱入を拒む。
ジャイロとリンゴォの瞳に映る闘志は、然う然うな事では消えそうにない。
下手をすれば、こちらにまで燃え移りかねない。いや、事実───
「そこの貴方たち。片方は確か、新聞屋さんだったわね」
輝夜がおっとりした声色で、闖入組に語り掛ける。
彼女からすれば知り合いと呼べる者が、どうやら面白そうな人材を連れてやって来た。
奇なる偶然。この邂逅もついでに利用してやろうか。
「……って、あら? 貴方、どこかで会った?」
文の横に立つ男を一目見て、輝夜は元から丸っこい目を更にパチクリ丸くさせた。
「ン? ……おお、こいつは何とも、よく見りゃあ……いや、100メートル先の濃霧の中からだって一目で分かるぜ。
なんと美しいお嬢さんだ。いやいや大和撫子とはキミの様な楚々とした女性を言うんだろうなぁ~。
オレと以前に会ったかを訊いたかい? キミがそう感じるのならそれは前世の世界ってヤツさぁ。オレも感じるぜ、この胸の鼓動が……」
「いやいや、そういうのではなくって」
何の勘違いか。男は、美しい女性への義務とでも言わんばかりに、輝夜の目を引く美貌に対して反射的に色目を使った。
あらぬ受け取り方をこのまま広げられては話がズレだす。彼に対して既視感を感じた輝夜だったが、とりあえずこの奇妙な気持ちは置いておく事にした。
「コホン……悪いのだけど此方の殿方は先約が入ってますわ。用が無いのなら立ち去るべし。それでも入用なら……どうぞ、輪の中にお入りよ」
水も滴る美女の振袖より現れし手招きに、
ホル・ホースらが馬鹿正直に応じるのも考え物だ。
迦陵頻伽をも連想させる美しい声で招くあの大輪には毒がある。
うっかり花弁に近づき、バクリと喰われてはたまったものじゃない。
ホル・ホースも未知なる女の扱いには、第一印象を大事とする。
ではどうする? ビビッて帰路につき、土産話の一つも持ち帰れない。それは男が廃るというものだ。
無論、プライドがどうのという話ではない。命の危機を秤に掛けるなら、いつもならここは「よし帰ろう」と迷わずUターンする場面だ。
チラリと、文を横目で眺める。
腕を伸ばせばすぐ届く場所に、あと半歩が足りない。そんなあからさまなるイラつきが目に見えた。
自分らはただジャイロと会話をしたい“だけ”。その“だけ”が、こんなにも近くで、遠い。
(くぅ~~~……! いつの世も男ってのは損な役回りよのォ……)
飛び出しかねない文を片手で制しながら、
ホル・ホースは大輪の中に入っていった。さながら初陣を切る武将のように。
腹を決める場面だと、
ホル・ホースお得意の勘が囁いたのだ。
男たちの闘志が、火の粉のように撒かれ燃え移ってしまった。
火傷で済むかどうかなど、結局は己の器次第である。
大輪の毒など花弁ごと焼き払ってしまえばいい。己の闘志で以て。
「……ナニモンだい、おたくさんはよォー」
警戒の構えは解かず、陣に侵入してきた
ホル・ホースへとジャイロが問う。
「あー……オレはホル・ホースっつーしがない殺し屋よ。あんさんらの因縁なんて知ったこっちゃねーが、オレ達はジャイロ……お前に用があるのよ」
ビシリと指を突きつけ、
ホル・ホースはジャイロこそが意中の人物だと宣言した。
「オレはお前らなんか知らねーぜ。後にしてくれ」
邪険に扱われるのも当然だと思う。一旦盛りだした闘志の火は、こんな雨じゃあ消えてくれない。
ならばどうする、
ホル・ホース。男が一度陣に入れた足を、また怖ず怖ずと引くのか。
「───決闘、だとか言ってたな。その死合、オレも混ぜちゃくれねーかい」
宣言に宣言を重ねた、開戦宣言。
いつもの仕事とは違い報奨金だって得られない、見返りの無い闘い。それでも
ホル・ホースが戦火に身を投じたのは、彼なりの考えあってのことだ。
しかしその宣言も、文にとっては意味の分からぬ自棄っぱちにしか映らない。
「面白い」
文の言葉に被せるように、リンゴォは不敵に呟いた。
声色に、表情に張り付くは───この上ない興趣。
新たに現れた、ジャイロと見比べても決して遜色ないガンマンらしき風情の男。
「───“壱”対“壱”対“壱”。お前が望む形式は、それでいいのだな?
ホル・ホースとやら」
「なんならオレ対あんさんら二人でもいいぜぇ?」
面白い……!
リンゴォは
ホル・ホースへの評価を、興趣に支配された己の高揚心を手繰って点数付けた。
後半の自信は明らかなるハッタリだが、そこから導き出される彼という男の性格は大方把握した。
「輝夜。ひとつ、頼みごとが出来た」
「はいはい。これ以上、私に借りを作っても返済する時が大変よ?」
「元より借りなど作った覚えはない。が、ほんの少し時間を頂こう。なに、精々『10秒』も掛からない」
「強気ねえ。言ってみなさいな」
「此度の決闘を見届ける『立会人』。お前にはその座に着いてほしい」
「あらら、その程度でよろしいの?」
「古来から決闘とはその様なしきたりだ。闘いの提案を出したお前には、それを見届ける義務がある」
「采配は私が決めたりしても?」
「穢れを厭うお前にはこれ以上ない役割だろう」
「私を穢したのは貴方でもあるのよリンゴォ?」
「よく言う」
彼と彼女にしか分からぬ、理解の難しい交流があったのだろう。
傍目には怪しい、けれども本人達の納得を経た会話。事は実にスムーズに進んだ。
「それじゃあ、公平な立会いを務めさせてもらうわ。私、
蓬莱山輝夜が責任を以て三人の戦いを取り仕切ります。
皆、悔いはないようにね。出すもの出して、後に控えましょう。うんうん」
決闘とは殺し合いの事。
本来なら輝夜と妹紅が普段より行うような、死を前提としない“遊び”とは違う。
ヒトの、毛嫌うべき愚行だ。それへの立会いを受諾した輝夜に、思う所はあるのか。
愚問である。無ければこのような粋狂、認めない。
「お互い、10メートルは離れて頂戴ね。そうそう、その位置がいいわ。
あ、新聞屋さん。貴方は馬と一緒に離れてなきゃ危ないわよ。私も離れるけど」
「ホ、
ホル・ホースさん! 決闘って……せっかく見付けたジャイロさんを殺す気ですか!? なに考えてんですか!」
文の言い分は全く正論で、
ホル・ホースの行動こそが納得できるものではなかった。
しかし、いまや彼の耳に文の声など聞こえてないといった様子で、精神のスイッチはオンとなっている。
これがオスの闘争本能とかいう奴であるなら、何とも面倒臭く、厄介で、大馬鹿だ。
「オレからひとつ、対等となる話をしよう。特に
ホル・ホースに向けてだが、オレのスタンド能力は『マンダム』。
時間を6秒、巻き戻すことが可能──だが、未熟ゆえ、今のオレではロクにスタンドも発現できない。
色々あってな。生憎武器となるのは、この『一八七四年製コルト』の拳銃のみ。ウソはない」
定位置についたリンゴォは、いつものように己の全てを開示する。
卑劣さを排した正当性こそが、いつだって彼の道を照らしてくれるのだと信じ。
「───よろしくお願い申し上げます」
対峙する者からしたら、慇懃無礼とも。敗北を通じた生を得ても、彼の本質は変わらない。
リンゴォと出会ったならこうなることは分かりきっていた。ジャイロは落ち着かない自分の心を宥めるかのように、鋼球を擦る。
流されるがままでなく、軽率ではあったが、それでも受けた決闘に『納得』は優先される。
納得が何よりも優先されるべき信念だというのなら。
ジャイロがこの決闘を受けた理由とは。
「相ッ変わらず、ムカツクぐれー丁寧な挨拶する奴だなオメーは。新顔も居るし、癪だがこっちもお前のスタイルに敢えて乗ってやる。
オレはこの鉄球……もとい『鋼球』を回して戦う。ただの球遊びだと思わねーこった。
銃は使わねーが、この鋼球は変幻自在の銃弾だと思え。ツェペリの歴史を見せてやるぜ、死に際にな」
隻腕というハンデはあるが、勝ち筋が見えないわけではない。
問題はこの
ホル・ホースなる男の腕だが……
「成る程な。敢えて自分の能力をバラし、公正な場で相手を叩き伏せる……そーいうベタなのも嫌いじゃねえ。
オレのスタンド『皇帝』はイッツァ・シンプルよ。銃型のスタンド、ただそれだけだ。精々が弾丸を操作出来るって事ぐらいで、それ以外の特筆できる点はねえ」
ほお、と小さく息を漏らしたのはリンゴォ。
弾丸操作、という一点においてすぐに連想したのは、ここに来て最初に出会った強敵『
グイード・ミスタ』。
彼との闘いもまた興趣に打ちひしがれた決闘であったが故に、その結末は実に残念で許し難いものでもあった。
屈辱の過去。輝夜に立会人を任せたのも、無意識的にそんな失敗が頭を掠めたからかもしれない。彼女の采配なら横槍などという無礼は二度と起きないだろう、という妙な信頼感のような物がある。
「じゃあ、まっ! ヨロシク頼むぜ。やるからには勝たねえとな」
軽く言う
ホル・ホースの態度に嫌味は感じない。そこには汗も震えも見当たらない。
自分とは違う、とリンゴォは彼を再度評価する。闘いを終える度に手が震えるような、自分とは。
「準備はいいわね? ツェペリが勝てば、永琳の居場所を教えてあげるわ。
リンゴォが勝つなら、それは貴方の言うところの『道』へとまた一歩、引いた分だけ倍歩ける寸法よ。
ホル・ホースが勝っちゃうと……ま、貴方なりに得る結果はあるんでしょ? 悪くない対価じゃないかしら」
三人の男は、それぞれ正三角の陣に広がった。
互いが互い共を間合いに置く、古来の殺陣。
輝夜は己の職を全うする。その奥に眠る目的など、本当にあるかも怪しい。
それでも今はただ、立会人として。女として。
男たちの意義を貫かせなくてはならない。
遥か昔、永琳がイイ女の条件として教授してきたことをぼんやりと覚えている。
「性に率う之を『道』と謂う。貴方たちの辿る道……しかと見せてもらう」
ピョ~ンと、人の身とは思えない跳躍力を見せて輝夜は陣から離れた。
今よりこの陣は、常人の精神ではもたない『死』の結界と化すのだから。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
遅れて辿り着いた女二人もまた、理解届かぬ光景に釘付けとなった。
あのひと悶着の後、図らずも阿求の顔面をボコボコにしてしまった責任として僅かばかりの介抱を施し、「大丈夫ですから」と涙を見せんばかりの強がりで阿求は立ち上がった。
歩けぬ負傷ではない。何より、今はジャイロのことが心配だった。幽々子に起きた悲劇を思えば、“それは”ありえる未来だ。
「ジャイロ、さんに、早く合流しないと……私、心配で……寝てなんていられないです……!」
「阿求……」
健気なその姿に、流石の幽々子も茶化したりは出来ない。彼女に苦労を掛けさせたのは、いや周囲の善き人たちに苦労を掛けさせているのは、他ならぬ自分なのだから。
聞くによれば、自分の誠勝手な行動のせいで皆は散り散りとなったらしい。
豊聡耳神子は邪仙に殺され、メリーは連れ去られ、ポルナレフは消えた幽々子を捜し求め、阿求には大変な苦労をさせ、緑が似合うあの男女はお留守番。
その全ての責が幽々子にあるわけでないにしろ、起こってしまった出来事の情報量に彼女は顔を真っ青にするばかり。
これ以上、自分のせいで誰かを失うのはごめんだ。
幽々子は多少無茶でも、まずは阿求と共にジャイロとの合流を急ぐことにした。
阿求と同じに、幽々子もやはり彼のことが心配だったのだから。
“前回”、妖夢の死の真相を知った幽々子は実に不修多羅で、恥ずかしい醜態を晒した。
ならば“今回”、ジャイロもがそうならない、なんて保証は無い。少なくとも、精神に影響が出るのは当然だ。
足早に二人が、草原地帯を急いでいたその途中での光景。
悪い予感が当たったというべきか、そこには理解の届かぬ光景が、三人の男たちの形をとっていた。
ジャイロはすぐに見付かった。
だが……もう二人の顔は知らない。友達同士といった風でもない。
何が、始まろうとしているのか。
「じゃ、ジャイロさ───!」
張り上げようとしたその声は、空より降って来た絢爛の姫君によって遮られる。
「よっ、と。……あら? またもお客さん? 何だかいきなり多いわねぇ」
見て呉れに似合わぬ機敏さに阿求が思わず声をあげ、そんな彼女を幽々子が背に回した。
手には阿求から借り受けた『白楼剣』。元より、それは西行寺家に代々伝わる刀。
斬るも斬らぬも、使い手の意思により自在。妖夢ほどではないが幽々子とてそれなりの格好にはできる。
しかし相手が相手だ。何しろ幽々子の苦手とする、死の概念の無い『蓬莱人』。彼女の従者である永琳が先ほど自分に何をしたか、忘れたりはしない。
「貴女、永遠亭のお姫様ね」
「そういう貴女は白玉楼のお姫様」
幽々子は警戒する。輝夜の物腰に殺意といった害的な空気は全くといって感じられないが、どうにも月の連中はキナ臭い。
「刀を下ろして。私は敵ではない」
「……信じて、いいのね?」
「うん。それどころじゃない催しが今から始まろうとしているもの。目なんてとても離してる場合じゃない」
武器を構える自分を意にも介していない。その態度は己の力量に自信がある輩か、何も考えてない愚か者のどちらか。どちらかと言えば、たぶん後者。
「分かったわ。取り敢えずは貴方を信じましょう」
「か、輝夜さん……あの、向こうの光景は一体、何が」
恐る恐るといった様子で、阿求が幽々子の背後から顔だけを覗かせる。
「えっと……どちら様?」
「阿求です~! 稗田家の阿求!」
「あー……すっごい顔してたもんだから気付かなかったわ、ごめんなさい。でも、どうしたのそれ? 蜂の巣でも突いた?」
「うぅ~……」
こればかりは幽々子のせいだと、阿求はポカリと幽々子の背中を一発叩いた。
「ま、決闘って奴かしら? 貴方たちは彼(ジャイロ)の付添い人?」
「は、はい……! あの、決闘なんてすぐに辞めさせてください! ただでさえジャイロさんは今……」
「不可能ね」
凜と、ハッキリした声で輝夜は正面切って断言した。
「私はただ選択肢を───『道』を差し出しただけ。後は彼ら男たちの世界。たとえ津波に襲われたって、あの三人を止める事は出来ないでしょう」
「な……む、無責任でしょうそんなのって! 殺し合わずに済む道があるなら、どう考えたってそれを選ぶべきです!」
「子供なのね、アナタって。いえ、それ以前に女としてもまだ未熟?」
「な……な……!」
こうも容赦なく子ども扱いを受け、ついでに女としての品性を疑われた。
全くもって納得できない。確かに年齢を言うなら精々10代半ばだが、転生を繰り返した身体である以上はそれなりに経験もある。
いえ、経験といってもそれは男性経験とかそーいうのではなくいやいや今はそんな話ではなくでも第一輝夜の方が経験あって当たり前で自分は女として少なくとも小鈴とかよりは全然上
「阿求」
「───ハイ!?」
いけない、理不尽な罵倒を受けて余計な煩悩が湧き出てきた。
幽々子の短い名呼びに、阿求は肩をビクリと揺らして反応する。
「いい機会じゃない。貴方はもっと『男』を知る時期かもしれないわね」
「え……ええっ!」
先とは打って変わって幽々子の表情が和らいだ。何か悪巧みを考えているニコニコ顔だ。悪い女の時の表情だ。しかも何気に馬鹿にされた気がする。
「男の世界……その末端が見られそうよ。───貴女も、こっちに来て見ておきましょう? 新聞屋さん」
いつの間にかだ。馬の手綱を引いた
射命丸文が、暗い顔して近くに佇んでいた。
輝夜の呼び掛けにも特に反応はしなかったが、ゆっくりと彼女は傍まで近寄ってきた。
何がどうなってこうなったのか、全然理解できない。そんな顔をしている。
種族も年齢も違う女が四人。
彼女たちの出る幕は、ここには無いだろう。
傍観に徹する事こそが、せめて出来得る唯一の祈り。
佇まうのみが、男たちの道を邪魔せぬ方法であった。
少なくとも、輝夜と幽々子だけはそれを理解している。
三匹の獣がいた。
撃ち合いを制す。守備に割く労力は極力削り、攻速と精度に心血を注ぐ。
幾重もの年月を掛けて磨いた、それぞれの巧みなる技量で以て。
(なんつーか、分かるんだよな。勘で。……ここらがハジケ時だっつー、『機』がよォ)
荒野の旅ガラス。縁の下の皇帝。
ホル・ホース。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、ズバリ『得物』である。
各々の射程距離内に、獲物は二匹。全員が全員、敵を射止められる間合いに既に立ち会っている。
その中でも
ホル・ホースのスタンド『皇帝(エンペラー)』は、この決闘においては比較的優位に立てる武器であった。
彼は日頃より皇帝を「タイマン向けではない」と、もはや口癖のようにこぼしている。
結局は実銃並みでしかない火力や、皆無に等しい防御性能を考慮すれば、それは皮肉にも的を射た説明ではあった。
自分の能力の頭から爪先の隅々を把握している
ホル・ホースは、自ずと理解していくのだ。
『オレには強者相手にサシでやり合う能力はねえ』、と。
過小評価では断じてなく、己の物差しで客観的に格付けができる。
そんな、ある意味スタンド使いの中では異端ともいえる
ホル・ホースが、この決闘において己の得物が“優位”だと、見定めた。
単純にそれは、相手の男二人の得物を秤に置き、僅かではあるが自分の『皇帝』が勝っていると判断しただけ。
そも、彼が不得手としている戦いの多くの場合が『スタンド戦』であり、そして『近距離パワー型』と大別されるタイプが相手であれば、軒並み正面から叩き落されるのがオチだ。
そういった相手に勝つには、これはもう不意、隙を突くしかない。そして初撃の急襲をしくじれば、近寄ってくるパワー型の相手に成す術はない。
では相手が『遠隔操作型』のスタンドであれば有利かというと、そもそもその手の輩は馬鹿正直に真正面から立ち会ったりはしない。
大抵の場合は間違いなく本体が隠れて、あるいは既に自分に有利な土壌を作っておいて、向こうから不意を打ってくる。まずこちらに先手など打たせてくれよう筈がない。
結局の所、
ホル・ホースのスタンドが真正面から打ち勝つには、非常に稀有な、限定的な状況が必須である。
だからこそ普段より彼は常に誰かと組み、暗殺を主とした卑劣な手段で戦う。
ルール無用のスタンド戦。それが
ホル・ホースの理解する殺しの世界。
(だがこの決闘……利は“オレ”にあると見たぜ!)
曲がりなりにも凄腕の殺し屋を自負する
ホル・ホースは、その上で此度の決闘に勝機を見た。
決闘。決闘なのだ、これは。
普段のスタンド戦とは趣を異にする、男と男と男の、正面切っての果たし合い。
そこに卑劣さや悪意はない。三人が一斉に我が技量を披露する、原始の撃ち合いなのだ。
ひとりは実銃。ひとりは鉄球。そして己が得物は、この場で唯一、銃の形を取った『異能力』……スタンドであった。
となれば、ここで僅かなり厄介なのは
ジャイロ・ツェペリの方だろうか。
いや、きっとそうなのだろう。リンゴォとやらの得物は所詮、実銃に過ぎない。単純な撃ち合いなら、優位なのは自分だ。
対してジャイロの鉄球とは、
ホル・ホースからすればまだまだ未知の得物。どう出てくるか予想できないというのは、心体にも悪影響を及ぼす。
早撃ちではこちらの有利に立てるリンゴォを先に撃つべきか。その逆をあえて突くというのも戦略としてはアリだ。
冷静に、冷徹に考える。己の勝利の道を。
悪天候やリロードに邪魔されない、磨いた技術を超能力のビジョンでそのままブチ込めるスタイルは、『決闘』などという古来の戦いにおいて有利に働く。
更に相手の男二人は、己の得物、その性能を馬鹿丁寧に説明しているときた。普段、
ホル・ホースがやっていることと同じように。
それは裏返せば『自信』の顕れだが、相手の能力が知れたものだという前提の上ならば、これはもはや『スタンド戦』ではない。
『積み重ね』の、実演場だ。
(……いい風だ。渇きを訴えるような、砂塵を運ぶ懐かしい風。それに、誂え向きに“オレ”には有利の霊雨。どうやらツキはあるらしい)
こんな感覚も久しぶりだな。
ホル・ホースはピリピリ疼く肌の心地良さを感じ取りながら、澄み渡る思考の中でそんな事を考えていた。
三つ路の交叉する男同士の決闘。この闘いは、その一瞬の狭間での擦れ違いなのだ。
積み重ね。修羅場を経験した数がモノを言う、言い訳無用のぶつけ合い。
であるならば、
ホル・ホースといえどここは背を見せるわけにもいかない。
邪道の世界で王道を刻み込む。そんな覇道が今、男たちには求められていた。
ホル・ホースの学んだ哲学は“生き残ればそれでいい”と言う類の邪道ではあったが、彼は決して身の丈を超える仕事を選んできたわけではない。
普段より相方を持ち上げ、自分は舞台の下でやれるだけを行う役割を好む。影のような性質を抱える彼は、実のところ自分の培った技量には人一倍自信があった。
生半可な世界では生きてない。凡庸なる星の下に生まれ、大して優れた性能でもないスタンドを得、それ故に彼は一心に技術を磨いた。
時代遅れになりつつある古臭いスタイルを捨てず、コツコツと、しかし確実に、
ホル・ホースは積み上げるべきを積み上げ、殺しを繰り返してきた。
慢心した者は遅かれ早かれ死ぬ。増長する者は自身の限界すら見極めきれずに朽ちる。
何よりそれを理解している
ホル・ホースだった故に、逃げ時は見失わず、ヘコヘコと情けなく生き恥を晒してでも、此処まで生きてこられた。
死んだら何もかもオシマイだ。プライドを優先するあまり、馬鹿げた末路を迎える馬鹿を何人だって見てきた。
傍目には卑怯者と蔑まれた男の人生。しかしそれも裏返せば、立派な経験量となって一層の切れ味を発揮する。
卑劣な邪道を歩んだ
ホル・ホースの、卓越された殺しの千手を魅せ付ける。
皮肉なことに『正々堂々』という名の舞台上は、彼の真価を披露するに相応しいステージであったことを男は理解していた。
だから受けた。
この決闘を『勝てる』と判じ、受諾した。
技術なら積み重ねてきた。これは勝てる勝負だ。勝算のある、受けるべき果たし状だ。
どの道このバトルロワイヤル、どこかの場面で死線を潜らねば生存など夢のまた夢。恵まれし勘が、頭の中で口酸っぱく囁いているのだ。
(ここだ。オレの勘がそう言ってやがる。踏み越えなきゃならねえ死線〝デッドライン〟は、今この瞬間だってよォ)
パタパタと、幾年を共にしたカウボーイハットに雨雫が降り掛かる。
褪せたスパーブーツを、感触を確かめるように地に擦り付ける。
大きく、大袈裟とも言えるほどに両の足を肩幅以上に広げて立つ。
重心を地球そのものに根差すように、ガッシリとブレずに立たせる。
両腕を体の外側に軽く広げるその様は、威嚇する昆虫の翅が如し。
ホル・ホースという一匹のオスは今まさしく、敵を威嚇しているのだ。
コンマ一秒も掛けず、瞬速でスタンドを顕現させるイメージを脳内で静かに描く。
求める映像は、己の勝利する姿のみ。
いつもやってきた事と同じだ。リラックスされた100%のコンディションで、敵の真芯を撃ち抜く。
汗はかいていない。呼吸も乱れていない。
いつでも───ブチ抜ける。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
(……少し、ぬるま湯にダラダラ浸かりすぎた。ゆえに、この決闘は今のオレにとっては刺激の強い熱湯だな)
孤高のガンマン。崩された男の路を、再び。──On The Road Again。
リンゴォ・ロードアゲイン。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、すなわち『業前』である。
吹き立つ風に揺らぐ草の原。三匹の獣は互いに敵を値踏みする。
ジャイロ・ツェペリに関してはこの『ゲーム』に呼ばれる直前、既に組み討っている。よってこの場で改めて推し量る優先順位は後回しだ。
ホル・ホース。リンゴォの興味の大部分は今、この男に向いていた。
一見しては飄々で軽率な態度が目立つ、リンゴォの好かないタイプの人間。
だがその色惚けた瞳の奥に覗く、石柱のように揺るがぬ意志……信念や自信に類する『可能性』をリンゴォは目撃した。
間違いない。この男もまた、あのミスタのように手段を選ばぬ歴戦の兵(つわもの)。
(自分を弱く見せておきながら、死合の際には翅を広げて獲物を喰わんとする。……その冷徹な姿、まるで『昆虫』だ)
凡庸だろうが非凡だろうが関係ない。確固たる事実は、この男は当に体得していること。
『信念を貫く術』を、長い年月を掛けて。その術を知っていれば、『強さ』とは後から自ずと付随してくる物だ。
そこのみを取り上げるのなら、あのジャイロよりも更に一段、年季が入っている。
ホル・ホースという男の真実は九割がた、視えた。リンゴォの眼は誤魔化せない。
それらを踏まえて尚、リンゴォは己の技量に分があるという直感を信じた。
ホル・ホースの得意とするスタンドの説明を受けてリンゴォはまず、即座に初動の不利を感じ取ったのだ。
彼のスタンドはそのものズバリ“銃”。顕すも消すも、念じるという行為それ一つで完了する。
つまり、せーので撃ち合う古来の決闘法において、得物を取り出すという過程を丸ごとスキップできるのだ。
刹那を競う決闘においてはコンマ一秒の隙ですら命取り。その過程を必要としないのであれば、奴のスタンドは脅威に他ならない。
一方、リンゴォやジャイロの得物はどうしたって『構え』に入るまでの姿勢にタイムラグが生じてしまう。
先の機を譲るリンゴォと、投擲武器であるジャイロのスタイルを考慮すれば尚更初速に差が発生する。
が、構わない。元々リンゴォのスタイルも『相手を先に撃たせる』ものであるからして、そのハンデは全く憂慮に値しないのだ。
初動は譲らざるを得ない。撃たせた上で勝利することが前提である程に、リンゴォのガンマンとしての能力は純粋に高水準だからだ。
その自信の根源はひとえに、リンゴォが積んできた並々ならぬ修練が導く意思。
反社会的な人生を歩み、尋常でない手段を遂げ、何年も何年も狂気に近い感情に身を委ねたと言っていい。
とても合理的な道筋など辿ってはいない。しかし刻んだ己の足跡は、絶対に嘘を吐いたりしない。
そこを否定してしまえば、または否定されてしまえば。
それは
リンゴォ・ロードアゲインではなくなってしまう。
在るのだ。
自惚れではない、確かな修練の末に掴んだ『業前』が、自分の手の中に。
リンゴォが此度の決闘に勝機を見出すとしたら、純粋なる己の業(わざ)を信じるしかない。
どこまでも、不器用な男の生き方だった。
(……だが)
周囲に気付かれないほどに僅か、リンゴォは眉をしかめる。
無視するにはあまりに極大な憂心が渦巻いている。その男の平素からは通常考え難い、甘ったれた精神であった。
一生癒えぬ『傷』、と言い換えられるだろうか。払拭しようのない事実があった。
リンゴォには既に大敗している過去がある。それもたかだか同じ小娘相手に、二度も土を付けられた。これは堪え難き屈辱である。
と同時に、別の『ナニカ』を得られた闘いであったようにもリンゴォは思う。
だが今の場合にお為ごかしは必要ない。あの完膚なきまでの敗北は、事実としてリンゴォの精神を殺いだ。
どうしようもなく、深く、大きく、削ぎ取った。
致命的な憂心として挙げるに、己の持つ今のコンディションはお世辞にも100%とは言えない。言えるわけがない。
ましてこれはスタンドを交えた精神的な殺し合いでもあるのだ。あの敗北が後を引き摺って、リンゴォのポテンシャルに負の影響を与えかねない。
更に言えば目の前の
ホル・ホースの精神的コンディションは、リンゴォの抜群なる観察眼では、ほぼ万全だろうと嗅ぎ分けた。
この差は簡単には埋まらない。卓越した『業前』を差し引いても、この勝負……相当不利。
だが逆境の中にこそ、かつて彼が信じていた『光の道』が悠然と輝く。
(……いい土だ。渇いた土地は、かつての荒野の味をオレに思い出させてくれる。思い出せ……昔のオレを)
ここに土はない。背の低い草原が、漢たちが生やす鉄の脚を蔑むように撫でるだけだ。
だがリンゴォには。そして恐らく
ホル・ホースやジャイロにも。目の前の光景を緑の風とは捉えていないだろう。
不思議な錯覚であった。ここに立つ三人が見る光景。その全員が全員とも、この世界を西部の荒廃した砂の地と見ていたのだ。
サラサラと、細かい砂の粒子が肌を通り過ぎてゆく。
踏み鳴らせばジャリジャリ音響く固い地面は、此処が東方の清き幻想國だと夢にも思わせない乾燥味があった。
遠い遠い地平の彼方を望めば、砂煙に紛れて見通せない現実感のない空。灰色のカーテンだ。
己が三匹だけだ。
この退廃する飢えきった砂漠に、
この世から切り崩された領域に、
この神聖なる───男の世界に、
獣が、三匹だけだ。
(どうする。オレにとって僅かに厄介な相手は恐らく
ホル・ホース。先に倒すべくは、奴か……? いや……!)
リンゴォの瞳には力が再び漲っていた。皮膚にも赤みがさしている。
どれだけの堕落を味わおうと、この男は結局───闘いの中でしか生きられない性なのだ。
彼が変化を受け入れたとするのなら、それは。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
(……オレは、勝てるか? この闘いに)
受け継いだ者。受け渡す者。この世の最高の敬意と尊厳を与える死刑執行人。
ジャイロ・ツェペリ。彼にとってのアドバンテージ足る要素は、言わば『祖先』である。
彼の一族『ツェペリ家』には、他の歴史に類を見ない宿命が暗雲となって覆われていた。
380年に渡って伝えられた『回転』の技術をジャイロは父から学び、その父も、そのまた父も同じようにしてずっと教えられてきた。
ツェペリに生まれた長男のみに伝授される技術。回転とは、ジャイロにとっての『男の道』そのものなのかもしれない。
決して戦闘の為の技術ではない。だが与えられた特異なる秘伝と責任は、彼をその若齢で達人の域にまで到らせた。
人間の急所はどこなのか? 骨などに邪魔されずどこを切ればよいのか?
死刑執行人であるジャイロは人の肉体を知り尽くしている。代々に渡って発展されてきたそれは、間違いなくジャイロにとっての長所。
そしてぶつかる敵にしてみれば、その技術はどこまでも未知なる技だ。
その『未知』という部分が、ジャイロの『道』へと僅かに光明を齎してくれるだろう。
鉄球は──今となっては縮小サイズの鋼球だが──あらゆる側面において万能である。
いつ何時、どのような難事が訪れようが、大抵の苦境は回転で乗り越えられる。此度の決闘においても例外ではない。
事実、かの凶敵ノトーリアス・B・I・Gも最終的には回転の力で消滅を為せた。
これより相対するリンゴォ、そして
ホル・ホースとかいう風来坊も、鉄球の力の半分だって理解できていない。
それは『勝機』だ。スタンド戦と同じに、人間は未知がある故にそれを壁と見做し、本能的に足踏みしてしまう。
(脅威はやはりリンゴォの奴だ。たとえスタンドが使えなかろうが、奴のガンマンとしての業前は超一流。どう倒すか……)
過去に苦戦した経験がある以上、ジャイロがリンゴォに対し警戒を敷くのは当然。ましてや一度は“殺されている”のだ。
時間逆行の末に無かった事とされてはいたが、死の体験はジャイロの記憶より永遠と消えることはないだろう。
払拭しようもない脅威。
ホル・ホースの方も一癖ある人物像だと見極めてはいるが、より自分を知る者としてリンゴォの危険性がそれを上回っている。
これは三人での闘い。ならば先に仕留めるべくは強敵リンゴォか。はたまた僅かなりにも組み伏し易い
ホル・ホースか。
順番を誤れば……即座に『死の際』へと追い込まれる。
それが決闘。それが死闘。
脳内でシミュレーションを幾度も行い、最善の道を模索する。
勝利への感覚。自分にはそれがまだ、見えてこない。
ジャイロは常に『祖先』へと感謝している。それは自分をここまで育ててくれた一族への限りない『恩』であり、同時に『誇り』だからだ。
祖先から受け継がれた鉄球の回転は、自分にとって、そしてこの闘いにとって最上の武器。これは絶対だ。
だが物事とは、ひっくり返った裏面にこそ思いもよらない落とし穴が隠れている。
ジャイロの至高の武器である祖先への、祖国への感謝は、裏を返せばそのまま弱点にもなりえる。
いつかある男が自分に向けてハッキリ言った言葉がある。
『君は国家や親たちから教えられ受け継いだ……“技術”と“精神力”でこのレースに参加している。
そして自分が死刑にしなければならない無実の少年を救わなければという、追いつめられた状況もわかる。
でもそれらは全て君が誰かから“受け継いだ”事柄だ』
『君は“受け継いだ人間”だ!』
『Dioは“飢えた者”! 君は“受け継いだ者”!』
『その差は君の勝利を奪い、君を食いつぶすぞッ!』
『“飢えなきゃ”勝てない。ただしあんなDioなんかより、ずっとずっともっと気高く“飢え”なくては!』
未だに心へ深く刻み込まれている、親友の言葉。
思えばこの言葉をきっかけにして、ジャイロは更なる『生長』を臨んだのだ。
自分の“背後にあるもののせいで負けた”……臆面もなく、友人は偉そうにそんな意見を垂れてきたのだ。
Dioは飢えた者。そしてリンゴォもその類の人間。ここにはジャイロとの歴然とした差がある。
あの時は勝てた。しかし今回は? 同じようにいくか? この決闘にはもう一人、イレギュラーが立っているのだ。
いつになく自信が薄れゆく感覚。その“原因”たる根源は、自分の中で当に分かりきっていることだ。
しかしいつまでも引き摺っていては、余計に闘いへと影響が出る。一旦は、“そのこと”は忘れよう。
(リンゴォ……奴の瞳に以前までの尖りきったセンスは見られないように思える。スタンドも使えないらしいが、“何か”あったんだろうな)
オレには関係のねえことだ。ジャイロはすぐに思考を切り替え、チラと自分の両手を見た。
左手は消失しており、右手の中指と人差し指も見る影がない。
ノトーリアス・B・I・G相手に無傷で生還しようなど、最初から考えていなかった。
それでもあの激闘を生き残った代償は小さくない。この無様な手で、果たしてどこまで闘える?
思わず小さく舌打ちを鳴らしてしまう。現状のコンディションを考えれば、肉体的にも精神的にも万全とはとても言えない。
鉄球の技術には自信があるが、相手の得物は二頭とも銃。物理的に、鉄球の到達速度より銃弾の方が速いのは自明。
必然、相手より『先』に撃たねば絶命するのはこちらとなる。
リンゴォなら一先ずは撃たせてくれるだろう。だがもう一方の獣はどうか。
鋼球は『二つ』。左手の行使は不可能だが、片手のみでそれぞれを同時に狙う技程度なら難しくない。射出速度で劣る自分に必要なのは、そういった捻り技だ。
……だが、無傷ではいられないだろう。
サシの撃ち合いならともかく、達人二人との同発勝負。
手元から離れれば回収にラグが発生する鉄球では、どうしても複数相手では不利なのだ。
じゃあ何故、この決闘を受けたのか。
きっとそれは、いつになくイラついていたからかもしれない。
もしくは、ガラになく悔しかったからかもしれない。
モヤモヤしたこの気持ちをどうにかして発散させる為にも、早い内からどこかの場面で苦難にブチ当たるべきだったのだ。
(……いい空だ。丁度、少し涼みたかったオレには出来合いの、薄ら冷てえ気温。まるで砂漠に降る雨、だな)
この現実感のない空のどっかに、お前はいンのかよ。
なあ、オイ。お前は今、“どっち”に向かって進んでんだ?
ちゃんと自分の信じられる道へと歩んだんだろう? そういう奴だったよ、お前さんは。
たまにこっちがドン引きするような意志を見せてたけどよォ……お前はやっぱ、正しい方向を目指してたんだと思うよ。
今にして思えば、だけどな。
……あー、でもなんだったっけ? 虫刺されフェチか?
アレだけはよォ、やっぱり今でもドン引きなんだわ、オレ。
ま、『約束』だったから誰にも言ってねえし、言わねえよ。
これからも、ずっとな。
じゃあ、死んだ人間に言うのもなんだが───元気でな……相棒。
オレはまだ、そっちに行くつもりはねえよ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「走馬灯ってあるじゃない? 死の間際、時間が超スローに感じ、自分の過去の様々な体験が映像として脳裏に過ぎる、ってアレ」
ジャイロさんたちが動き出すのを、私は固唾を飲んで見守っていました。
そんな、誰しもが言葉を発するべきでないような緊迫の場面。輝夜さんはあっけらかんとその空気を壊しにいきます。
「阿求。貴方は体験したことがあるかしら? 確か何度も死んで転生して、を繰り返してるんでしょ? 貴方って」
ある意味それも不老不死よねー、と輝夜さんは実に朗らかな笑顔を携えながら、何故か同胞を見るような目で私の肩をポンポン叩いてきます。
仰るとおり、私は昔ながらに寿命が約三十年と短く、かつ『今』の
稗田阿求(わたし)は初代御阿礼の子である稗田阿一から数えて『第九代目』の転生体。
つまり、かれこれ八回もの死を優に体験しているわけです。言い換えればそれは、走馬灯を見る機会が私には最低八回は存在していたのだと輝夜さんは言いたいのでしょう。
ですが……
「輝夜さんの期待を裏切るようで申し訳ないですが、アレって確か突発的な死の場合に多く見られる症状じゃありませんでしたか?
私の過去は毎回『寿命』によるもので幕を閉じております。走馬灯なんて生まれてこの方、見たこともないですよ」
そもそも私は『一度見た光景は決して忘れない』。過去の集積を紐解くのに、わざわざ臨死体験を経る必要なんてないんだから。
そういう輝夜さんの方こそどうなんでしょうか? 風の噂によれば、輝夜さんは竹林に住む蓬莱人と時折二人だけの殺し合いを行っていると聞きます。
私のような弾幕も撃てない一般人からしたらゾッとする話ですが、その御友人とのタイマンの過程で走馬灯を目撃することは考えられることです。
「無いわよそんなの」
一蹴されてしまいました。
「あのねー、走馬灯ってのは『死』の隣に追い込まれるからこそ起こる現象なのよ。
私は蓬莱人。この世で最も『死』から遠い最果てに立つ種類の存在なんだから、走馬灯なんて見れるわけない」
───私に過去の集約が記録されてるというのなら、是非見てみたいものだけどね。……“アイツ”と。
最後にそんな意味深な台詞を添えて、本当に本当に小さな呟き声で輝夜さんは言いました。
その瞳がどこを向いているか。輝夜さんの事情を真に推し量ることの出来ない私には、理解の届かない世界に居たようにも思います。
「……まっ! 私や貴方のことなんて今はどうだっていいのよ。
脳死における人体のメカニズム、なんて摩訶不思議は永琳の分野。私が考えることじゃない」
勝手言ってます。最初に振ったのはそちらなのに。
「つまりね、阿求。輝夜が言いたい『考えの洪水』という現象は、稀に起こり得る毅然とした事例なのよ」
ふらりと、まさに亡霊のように希薄な存在感で幽々子さんが説明の補足を挟んで来ました。
「飛び降り自殺する瞬間を想像してみて、阿求。空も飛べない貴方なら、高所における恐怖は人並みにあるでしょ?」
え~~……、もっと平穏な喩えは無かったんでしょうか? 亡霊の姫から促されたのでは、説得力も一際です。
私は嫌々ながらも難しい表情で、絶対に訪れて欲しくない人生の終幕を一生懸命想像しました。
「そーいうの、たまに夢で見ますけど……なんか、こう……『ギュ!』って全身が一瞬で引き絞られる感覚、でしょうか」
「0点ね」
れいてん。
「落下してる間の5秒間に何を考えていたか、その10倍の時間を掛けても貴方は説明することは出来ないと思うの。
そのたった5秒の時間が何百倍にも引き伸ばされたように感じ、かつ明晰な思考力で人生の早送り体験は完了する。
これがまさにギュッ!っと詰まった『考えの洪水』。永遠にも思える、一瞬の出来事。つまり───」
そこで言葉を遮った幽々子さんは、わざとらしくグッと溜めた間を置いて、輝夜さんへと「さあさあ決めて頂戴な!」と言わんばかりにバチバチのウィンクを送ります。
「───『須臾』よ。生死の狭間に陥った人間は極稀に、ほんの僅かな時間の中を途方もない速度で思考することもある」
幽々子さんのナイスパスから見事シュートを決めた輝夜さんは、ヒラヒラしたその袖の下に隠した口元でドヤ顔の唇を形作ったのだと私は確信を持ちました。
須臾とは、認識出来ない程の僅かな時間の事。その針先のように小さい時間の中を自在に動けるという輝夜さんが述べるなら、確かに説得力もあります。
ついでに幽霊である幽々子さんが自殺がどうこう口走るのも、何だか嫌な説得力があります。彼女は生前の記憶が、つまり“死ぬ前”の記憶が無いそうなので、深い意味は無いのでしょうけど。
「『世界(ザ・ワールド)』みたいなものね。あれってたった5秒間の時止めでも、当人達の頭では尋常でないスピードで思考が渦巻いている。
だから本人の主観から見れば、それはとても5秒どころじゃない時間に見えてしまう。実際はゼロ秒に限りなく近い時間なのにね」
「ざわーるど、ですか……?」
輝夜さんの言うそれが何なのかはよく分かりませんが、脳の引き起こす現象でもそういった超常は存在する、というのは分かりました。
「あ、ちなみに走馬灯って自殺みたいな故意による遂行では起きにくいっぽいけどね。さっきのは単なる喩え。補足補足~」
と、ここで幽々子さんはお茶目な口調で説明を添えました。こんな事態なのにやはり掴めない御方です……。
「で、何が言いたいかというとね。私は単なる個の能力で『須臾』の中を動き回れるけど、この世には別の手段を用いてそれを行える人種もいるみたい。
それが……彼らのような者たちよ」
まとめに差し掛かる輝夜さんは、長い振袖をふわりと舞わせながら一点を───ジャイロさん達を指差したのです。
互い同士を睨みつけ合うあの方達に、もはや私達女性の姿なんて一片も視界に入らないようで……
私は少し、彼らのことが『怖い』って思ってしまいました。
「今から始まる『決闘』をよ~~く見ておきなさいな、阿求。
私たち第三者から見ればそれはたった『数秒』での出来事でも……彼ら当事者が感じる体感時間は、それこそ『永遠』のように長く感じる筈だから」
少しだけ、輝夜さんの瞳が普段よりも真面目なそれへと変化したように思えました。
大らかな雰囲気の中に流れる、月の住民特有の達観した視界には、一体何が見えるのでしょうか。
「『須臾』と『永遠』。対極に位置する二つの概念は、突き詰めれば限りなく一枚に重なってしまうもの。
彼らが行う決闘とは───『男の世界』とは、その二つを重ねた領域を何処までも何処までも突き詰め、好き好んで潜っていく儀式」
「好きで、潜っていくんですか?」
「好きで、潜っていくのよ」
「…………理解不能、です。私みたいな『女』には」
「あははは。実は私にもよく分かんない。『女』だもん」
実に朗らかに笑い飛ばせる輝夜さんほど、私の精神は熟していません。
女である前に、やっぱり子供(みじゅく)、なのでしょうか……私は。
「うふふ♪ その自覚が見えたなら、阿求も一人前の女性へとまた一歩、ってところね~」
私の肩に顎を乗せながら、幽々子さんも大人の風格でふふふと笑んでいます。
生憎と、私にはとても笑えません。だってジャイロさん達は今から……殺し合いをするんですよ?
あの人が死ぬかもしれないのに……笑えるわけ、ないじゃないですか。
「私、やっぱりジャイロさんを止めて───」
「ダメよ」
意を決して振り絞った言葉は、私の肩の上で微笑む幽々子さんにあっさりと遮られました。
彼女にしては重く、キッパリと伝わった否定の言葉。私からすれば到底、納得できるモノではありません。
「お子ちゃまの阿求に私から良いアドバイスをしてあげるわ。
男が女に対してやっちゃいけないことはモチロン暴力と、台所に立つ女性を怒らせることよね。
逆に女が男に対してやっちゃいけないこと。それはね、彼らの価値観を揺すぶることよ」
只管に転生を繰り返すだけの私とは違い、幽々子さんは大人の風格を煌びやかに含ませながら言います。
男女の価値観。それは決して同調したりしない、と。
子供の誤りを諭すように、とても優しい口調で。
「男の人って女性が思ってる以上に繊細で、誇り高い自尊心を掲げてるものなの。
ジャイロたちは今、決闘という名の儀式を通して自己を確立させようとしているわ。
私たち女がそれらを邪魔するというのは……彼らに対する最大級の冒涜にもなる。例えそれが慮っての気持ちでも、ね」
自己……ですか。それは果たして、命よりも価値があるモノなのでしょうか。やっぱり私には、理解の及ばない世界です。
心の奥がどよどよとムズ痒い気持ちになって幽々子さんの言葉を噛み締めていると、輝夜さんが微笑みを崩さずに割って入ってきました。
「フフ。貴方も随分ジャイロって人を信頼してるのねぇ。今から死ぬかもしれないってのに、よくまあそうも穏やかでいられること」
「あらら。今の台詞、そのまま貴方にも返せちゃうわよ? あの素敵なおヒゲの殿方……リンゴォさんかしら? 貴方のお連れでしょう?」
「まあね、確かに責任は感じちゃってるわ、一応。私はリンゴォの誇る『男の世界(価値観)』を、一度は叩き壊しちゃったもの。
それは彼が今まで斃してきた相手や、信じて突き進んだ人生を冒涜することと同義。穢しちゃったわけよ」
冒涜。それはつまり、輝夜さんは女性として、リンゴォさんの侵してはならない領域に踏み込んでしまったということでしょうか。
何を考えているのか。何も考えていないのか。量り難い御方ですが、彼女なりに理由があってリンゴォさんと行動を共にしているのでしょう。
「でも先に言っておくと、私は誰の味方でもありません。この決闘を采配する立会人なの。……あくまで今は、だけど」
「あっそ~。つまんないわね~……。ねえ新聞屋さん? 貴方もそっちで見てないで、こっちにおいでなさい。
あの素敵なハットを被ったカウボーイさんも貴方のお連れなんでしょ? 応援してやんないと、本当に死ぬんじゃないかしら?」
なにやら物騒な事を含ませながら幽々子さんは、少し離れて彼らを見守っていた射命丸さんを呼びます。
「……別に、あの方は勝手に私へと付いて来てるだけです。連れなんかじゃないです
ジャイロさんも見つかった以上、
ホル・ホースさんが私を助ける義理立てはないと思います。……死んだら死んだで、私とは関係ないです」
いつも元気に、元気すぎるくらいに新聞を届けていた射命丸さんとはまるで別人のようでした。
その姿は卑屈とも言えるほどに、幽々子さんの誘いを暗い心中で蹴ってしまいました。
しかしとはいえ、やっぱり彼女も決闘には興味があるらしく、馬の手綱を握りながら生気の感じられない瞳で彼らを見守っています。
「───『老いたる馬は道を忘れず』……そのお馬さんと同じに、長寿で経験豊かな鴉天狗のアナタには適切な判断が備わっている筈よ」
「…………何が言いたいのでしょう、輝夜さん」
「いえいえ。ちょーっとした警告、のようなアレよ。
……さあ。そろそろ始まりそうね。恐らくこの闘い、あっという間に終わるわ。結着は止まる時よりも早く着くでしょうね」
そそと、私たちの前に足を一歩踏み込んだ輝夜さんは、いたって落ち着き払った様子で見守ります。
始まってしまうのでしょうか。この決闘に、いったい如何なる意味があるのか。
……私なんかには、見出すことが出来ません。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ホル・ホースがこの決闘に勝機を見出した理由の一つに、『得物』でのアドバンテージという要素があることは先述した通りだ。
相手二人は、それぞれ実銃と投擲武器。未知の武器である鉄球はともかく、リンゴォなる男の得物それ自体にさほど脅威性はない。
これが早撃ちに準ずる決闘であるなら、敵への攻撃が到達するまでの初速、その圧倒的な可動速度を持つのはこの場では間違いなく
ホル・ホースだ。
武器を『抜き取り』、『構え』に至るまでの所作。その前半の過程が、
ホル・ホースには丸ごと必要ない。
言うまでもない。
ホル・ホースのスタンドは、『念じる』という瞬間的な行為それのみで、そのまま『構え』の動作に至れる。
早撃ちの決闘という舞台において、それはどれほどのアドバンテージを得られるか。
彼だけが半歩抜きん出た地点からのスタートダッシュを許される。そのメリットを
ホル・ホースは遠慮なく受け入れる事とした。
(“奴”への一発目はオレがブチ込む。確実に、絶対にオレじゃねえと、ちとマズイかもしれねー)
不気味に静まりかえった空間に会する三匹。彼らの耳には、もはや雨の音すら聴こえていない。
聴こえるは、己の鼓動のみ。之をも見失うことは、敗北の証明。
死だ。
世に、理屈では理解できぬ事柄は無数に在る。
その“域”に達した者たちだけが共感できる、不思議な幻覚。
悟りの境地とも言い換えられる広大な土地は、今や男たちの足元から蝕むように視界の変貌を訴えかけてきた。
そこは暑い暑い砂漠の真ん中だった。
ある極東の国では『三途の川』と。
また別の地方では『天国の扉』と。
いわゆる“死後の世界”と呼ばれる、無限の虚空。幻想の宇宙。
そういった場所は実在する。少なくとも、幻想郷の住民たちは日常的に知っていた。
此処は、それら終焉の土地とは少し違う、路の交わる世界の中心であった。
偶然か。必然か。
三人の男たちが掲げる世界観において、視えた景色は一致する。
男たちにとって、英雄たちにとって、『死』の視える領域とは三途の川などではなく、此処では乾いた砂の世界であった。
渇きを訴える喉を、すぐにでも鎮めなければ朽ち果てるだろう。
必要なのは血だ。水分だ。目の前に転がっている二頭の獣が、自らを昂める血の容器だ。
理由など、それで充分。大志を掲げるのに、人道は邪魔だ。
張り詰め合う五感を研ぎ澄ませ。
絶対零度の温度を纏った緊張の糸。それらが切れる瞬間を、察知しろ。
その音を聴ける者こそが、五感の更なる昇華次元───『第六感』を得る資格ある強者。
もはや交差する地は、一点だ。
遥か昔。
最初に其の地から生還した者が、震えの治まらぬその青い唇で、彼の場所をこう呼んだ。
───“死域”、と。
メギャン───!
舞台に立つ者。決闘に立ち会う者。成り行きを見届ける者。
本人も含め、ここに居る全員がそんな奇怪な擬音を耳にした。
いや、“錯覚”した。
図らずとも、それは決闘開始のゴング。数十秒にも満たぬ、刹那の果たし合い。
これが始まりの音色となった。
前兆は、あった。
だが籠の外から覗く第三者たちには、それを感じ取ることなど不可能。
当人たちのみが、
殺気を撃ち放ち、弾き合う男たちのみが、
死域に立ちながらも、己が第六感を研ぎ澄ます決闘者たちのみが、
兆しを───緊張が途切れるその瞬間を、鋭い嗅覚で嗅ぎ取れたのだ。
理屈では到底説明のつかない感覚。
メギャンと鳴る
ホル・ホースの『皇帝』。その顕現を象徴する音が、遠くの輝夜らに届く前に。
既に『一歩』先んじていた男がいた。
ジャイロ・ツェペリ。
この場の誰よりも早く、疾き技術を体現させた男。
ホル・ホースはジャイロの腕の動きに一手を許し、遅れて──本当に僅かな差だが──スタンドを発現させたに過ぎない。
前兆の音色を真っ先に嗅ぎ取った男は、ここではジャイロ。
既に男の右手には鋼球が掴まれ、隙を極限まで削った下手投げの態勢を半分まで経過させていた所だ。
彼の第六感が、二人の達人を置き去りにして初動を勝ち獲った。
しかし、否。
ここまではジャイロが獲らなければならない絶対条件。勝利の地点には程遠い、スタートラインに過ぎない第一手。
元よりスタートの線から半歩、前に出た状態での初動を許された男がいた筈だ。
ホル・ホース。
男の『皇帝』は、ジャイロが気付いた時には既にその腕の中に収められ、こちらに砲口を向けていた。
───疾ぇ! 撃たれる!
ジャイロの思考は数歩先の未来を予測し、そして以後全ての思考を一旦は遮断させる。
撃たれるのは分かりきっていたこと。鉄球技術では、端から銃の弾速に及ぶべくもない。
だから、まずはそれでいい。
ホル・ホースの最初の狙いが自分であるなら、それでもいい。
肝心なのは『先』に鋼球を放つことであり、それすら阻止される事こそが真に恐れる事態なのだから。
初動を“勝ち獲る”ことには成功。勝負の一手目はジャイロに旗が上がった。
しかし初動を“制する”ことは、また別の勝負。二手目にて優劣が覆れば、それは真に制したことに非ず。
ジャイロの手元から鋼球が離れたとほぼ同時。完全に顕現された
ホル・ホースの『皇帝』の銃口から火が噴かれた。
恐ろしい早業だ。軽い男に見えてその実体は、高速の最中でも平然と獲物に飛びつき喰らう、昆虫。
その翅の広げ様と速度はトンボの如し。間違いなく、ガンマンとしては高次元の強敵。
既に鋼球は一発放った。離れた鋼球の操作は不可能。
武器を投擲した時点でジャイロは、身体を横に跳ばすことに全神経を注いだ。
自分目掛けて飛んでくる弾丸など、近距離パワー型スタンドでもない限り避けようがない。目視してからでは遅いのだ。
何も考えず、考えるまでもなく、ジャイロは跳んだ。
急所への命中を逸らす為だ。
ホル・ホースから攻撃が放たれる一瞬前、初手を獲ったジャイロには回避への専念が可能となる。
───ダァァン!
リンゴォ・ロードアゲイン。
此度の決闘、その第一手となる初動の闘いにおいて大きく遅れた男。
しかしそれは敗北の意ではない。
先の先を制するスタイルを主眼に置いた彼のやり方が、結果的に三人の中で最下位を獲ってしまっただけだ。
(構わない。初動は譲る以外にない。だが、この『一手』はしくじる訳にいかない)
無心の境地で、リンゴォの脳裏を勝負の予測が掠め、すぐに消失した。
此処より先に魅せる二手目こそが、彼の培った『業前』の本領発揮。
───“ひとりずつ”などと、日和った狙いは毛頭ないッ!
驚愕した。
ジャイロも、
ホル・ホースも、目を見開いた。
籠の外にて見届ける輝夜もが、思わず舌を巻いたほどだ。
音は、単発であった。
確かにリンゴォの放った銃の轟きは、一つであったように聴こえた。
だがジャイロも
ホル・ホースも、死と隣り合う領にて向き合っていたからこそ“聴こえた違和感”もある。
『永遠と須臾を操る程度の能力』を持つ
蓬莱山輝夜だからこそ“視えた違和感”もある。
音の影にほんの少し、須臾ほどの時間差で“再び”銃声が放たれていた。
高速滑空する弾丸のほんの少し後方から“再び”銃弾の影が視えていた。
死域の中心で闘う男たちには前者の違和感を聴き取ることができ、
人外の能力を持つ月の姫には後者の違和感を目撃することができた。
銃声は『一つ』。
弾丸は『二つ』。
リンゴォが磨き上げた『業前』は、一つの銃声に隠された矛盾を可能とした。
(に……『二発』ッ!)
皇帝の射撃に備え、横に跳んだ姿勢のままでジャイロは声を呑んだ。
(あのヒゲ男……なんつー連射速度だよ!?)
ジャイロへと速攻を仕掛けた
ホル・ホースも、卓越なる業に度肝を抜かれた。
銃声の重なり、その違和感に気付いた時にはもう遅い。
機を譲るスタイルのリンゴォだからこそ、神速の射撃を可能にしたのだ。
限界の先にあるもう一つの限界。
死域に立てたリンゴォの、冷たく研ぎ澄んだ、ある種常軌を逸した集中力。
二兎を追う者、一兎も得ず。ならばこそ必要なのは、二頭を同時に狩る早業。
限界の限界まで己を追い込んで、最後に魅せるは男の世界。その生き様。
リンゴォの狙いは、端から二匹共々。
決闘の『二手目』は、彼の強欲な殺意が勝ち獲った。
此処までに経た刻など、一秒にすら満たない。
(に……二発、か!)
ジャイロの思考は猛然であり、同時に冷徹でもあった。
己に迫り来る災厄に対し、超速回転する思考に意識がピタリと追いついているのだ。
彼が浮かべた「二発か」という言葉は、リンゴォの同時撃ちへの言及ではない。
我が身に迫る弾丸、その数を冷静に自覚したのだ。
二発。
ホル・ホースが初手に撃ち込んできた一発と、今しがたリンゴォが遅れて撃ち込んだ同時二発の内、一発が己に。
時間が止まったような、それほどに短い須臾の中。
己に飛んで来る二つの死弾を見据えながら、ジャイロの思念だけがゆっくりと次の一手を、二手を、予測する。
三手先を、四手先を、その先に伸びる勝利への道を、予測する。
そしてすぐにも、これ以上の予測それ自体が『悪手』だと、脳内に浮かべたプランを悉く破棄した。
今、自分は。
そして恐らく相手たちも。
死域の渦中にて、懸命にもがいている。
弾丸の到達速度よりも素早く思考を進められているのは、その恩恵だろう。
まるで走馬灯のように次々と、脳裏に二手先、三手先の『道』が枝分かれし、選択肢となって現れてくる。
だがこれは走馬灯とは決して違う。考えの洪水、という奴だろうか。
『生』を視る、男たちの世界そのもの。
これは個々にとって大切な『ナニカ』を掴み取る為への闘い。
視るのは『過去』ではない。
勝利への『未来』。それだけだ。
故にこれは、走馬灯とは別次元の幻覚。
(『二手先』を考えてる時間はねえ! 『一手』だ! 次への最良となる選択肢だけを考えろッ!)
たとえ考えの洪水に及ぶ時間が、体感では永遠に思えようとも。
それはあくまで『思考』止まり。『実行』に移せる時間など、そう残されてはいないのだ。
ジャイロは無数に現れ出でる『二手先』への選択肢へと、一つ残らず唾を吐き蹴った。
邪推だ。それらは全て、歪な勝利の幻影へ誘う悪魔の囁き。
そんなものは『近道』だ。易しを追い求め、楽を講じようと『最短の道』などという幻想に誘われる。
ジャイロ・ツェペリがSBRレースで学んだことは、そんな凡学ではなかった筈だ。
遠きに腕を伸ばせ!
得難きを得ろ!
『最短の道』とは、遠回りのことだ!
必要なのは『一手』! 『次』への対処こそが、己に求められている絶対的な行動ッ!
それ以外の思考など、邪魔だッ!
(今! オレに対し『二発』!
ホル・ホースへと『一発』! そして───!)
ジャイロが一番手に放った鋼球。
その矛先は現在───リンゴォの心臓に向かっていた。
彼という男の脅威性を理解しているジャイロだったがこそ、その選択は『正解』に限りなく近い。
もしも今、ジャイロが
ホル・ホースに向けて攻撃を放っていたならば、リンゴォを攻撃する者が誰一人として居ない状態であった所だ。
ホル・ホースはジャイロへと。リンゴォは
ホル・ホースとジャイロの両者へと。
そして自分がリンゴォに攻撃したことにより、全体のバランスは程よく釣り合った。
攻撃を受けなかった者だけの一人勝ち。ジャイロの持つ天性の勘が、その状態に陥る事を防いだ。
───決闘の二手目が、終わる。
「ゥ、が……ハ……っ!」
朱が飛沫いた。緩く開いた蛇口から捻り出した様な嗄れ声が、肺の奥から喚かれる。
かすれた声の主はジャイロ。死の凶弾は、まずジャイロへと届いた。
それは
ホル・ホースの投げ遣った、三途の川の渡し賃。
ジャイロの希望的観測は真中から大きく外れた。
末恐ろしい操作術だ。事前に思い切り横回避を行ったにもかかわらず、
ホル・ホースの銃弾はジャイロの身体を弾道ミサイルのように追従して来たのだから。
急所への命中こそ外したものの、相手の動きに合わせて追撃してくる精密動作性は並大抵の腕前ではない。
只の、たかだか銃型スタンド。だがそれ以上でも以下でもないシンプルさが、そのまま
ホル・ホースの射的屋としての腕を底上げしているのだ。
腹部に銃撃を喰らったジャイロは、身体を横に跳ばした態勢のまま更に後方へ吹き飛ぶ。
間髪入れず、そこを今度はリンゴォの弾丸が襲った。
続けざまに凶弾を貰ったジャイロの身体は、紙くずの様にブッ飛ぶ……
(っと思ったがよォー……! 流石に奴さん、“芸”の数はオレなんかとは比べモンにならんわな……!)
───異様な光景を見て、
ホル・ホースは当てが外れたと同時に驚愕する。いやこの場合、実を言えば半分は“当たっていた”と述べるべきか。
とにかく、ジャイロが連続して受けた銃弾はその命を狩るどころか、当の本人はなんと───
「い……痛でェェェェェ!! テメエら、よくもやりやがったな……ッ! あークソ痛ェ!!」
ピンピンとまでは言わずとも、腹部・左肩へとほぼ同時に着弾した銃弾を殆ど物ともしていない。
身体を転ばせながら蛮声を迸らせるその容態に、
ホル・ホースはギョッとした。
ホル・ホースとリンゴォが撃ち込んだ銃弾が、皮膚を突き破って“いない”。
銃弾のてっぺんはジャイロの皮膚一枚のみを貫き、射撃者を嘲笑うようにブレットの尻がこちらに向いていた。
肉体を支配するジャイロの鉄球技。
その数多の技の一つ……『皮膚の硬質化』による効果であった。
鋼球を『二つ』所持しながらも、初手にて『一投』しか行わなかったのはこの為である。
一つは攻撃に。もう一つは手の中で回転させておき、己の皮膚の防御特化として役割を与えた。
静かに回転された鋼球はジャイロの皮膚の表面へと即座に波を生み、支配し、鉄鋼の如き防御力を齎した。
(ヒュー! 大した手並みだぜ、ジャイロあんちゃんはよォ……!)
ホル・ホースは心中で、素直に敵を賞賛した。
二つしかない投擲武器。それら二つとも無思慮に攻撃へと回していたら、確実に今ジャイロは敗北していたろう。
これもまた、彼の持つ天性の勘とでも言うべきか。
冴え渡る砂漠模様の思考の中、
ホル・ホースは闘いの成り行きを冷静に見定め、対処を急かない。
ジャイロがのた打ち回るのを視界に入れつつ、すぐさま自分も防御の姿勢を構えながら跳んだ。
いや、既に跳んでいた。
初めにリンゴォの撃ち放った熟練されし射撃が、こちらへと飛んで来ている。
順で言うならリンゴォよりもジャイロの放った鋼球が初めに撃たれた物だが、雷を思わせる弾速がそれを優に追い抜いたのだ。
だが、精度はやや甘い。リンゴォの射撃は達人級であることは間違いない。その評価を踏まえても、この悪天候での射撃だ。
雨は狙いを狂わせる。ほんの少しの風雨でも、切迫の中での死闘においては精度を大いに殺してしまうもの。
スタンドである
ホル・ホースの皇帝とは違って、実弾も鉄球も周囲の環境に大きく影響されてしまう代物。
ホル・ホースの得物、その優位性とはこの環境を含んでの見立てだった。
「~~~~……がッッ!! やり、やがったな……てめ、リンゴォォオ……!」
それでも、
ホル・ホースの表情は苦渋に歪む。
狙いがズレたとはいえ、リンゴォの攻撃はしっかりと
ホル・ホースの左肩の肉を抉り取って彼方へと消えていく。
激痛だ。掠っただけにしろ、肩への蓄積は狙撃者にとって致命的な不利を呼ぶ。
思わず恨み言を吐かずにはいられない。死域の中心であろうが、痛覚は麻痺してくれやしないようだ。
だがこのダメージも、痛み分けだ。
それを思うと
ホル・ホースはいつもの下卑た顔へ元通りとなって、無理やりにリンゴォを睨みつける。
「ぶ……、ぐ…がァ……ッ!!」
鈍い衝撃が、リンゴォにも伝っていた。
ジャイロの第一投目がここにきてようやくリンゴォの左腕に到達し、勢いのままに肘から“捻じ切った”。
黄金の回転。
彼の子孫らが代々に磨きをかけ、伝えを絶やさなかった至上の恩赦が形を浴びて今、ジャイロの技術へと昇華されている。
必要なのは『感謝』。
伝統に感謝するその貴い心が、
ジャイロ・ツェペリの強さの秘密。
必要なのは『黄金のスケール』。
自然界に存在する黄金の比率。四辺を完璧なる美に囲われたそれらのスケールを視界に入れる必要がある。
ジャイロの目に映るは、二匹の獣。互いが互いの首を狩らんと燃える、飢えた獣。
そして『砂漠の世界』。実際の周囲は草原の地であったが、もはや決闘者たちの目にそんな生易しい光景など広がっていない。
彼らにとっての“死域”と呼ばれたこの荒廃した砂の地に、自然が作る完璧なスケールなど無かった。
それでも天から降る無数の『雨雫』は、ジャイロにとって勝利の女神が落とす涙。
限りなく凝縮された須臾の時間は、重力に引かれ落ちる雨粒の一つ一つを、まるで止まった時のように静止されて視えた。
水には本来、決められた形など無い。故にそこには『黄金のスケール』も存在しない。
しかし天から地に引かれ合う瞬間を、一枚の写真のように切り取った彼らの儚い姿は。
例えば───固形化されて『雪の結晶』と化した水の黄金長方形。それらの“奇跡”と何が違うのだろう。
死域は、血に彩られた砂漠の世界にも『黄金のスケール』を降らせる呼び水となった。
(み……見える! 『見える』ぞッ! 雨の一粒一粒が宙で止まった水晶みてーに、ハッキリと『黄金長方形』の形に見えるッ!)
決闘が始まってから何秒経っただろうか。
身体を走る鈍痛も忘れ、ジャイロはとてつもないスピードで走り抜けゆく脳内の光景一つ一つを、ハッキリ認識出来ていた。
流れるフィルムの最後の一枚。それはリンゴォの左腕が肘から千切れ、ボウリングのピンか何かのように吹き飛んでゆく光景。
黄金長方形が完璧に炸裂したのだ。赤いシャワーかと見紛う腕の血飛沫を意にも介さぬリンゴォだったが、その顔を伝う汗は動揺の印。
応急の処置を施さなければ、確実に失血で死ぬ。それだけのダメージを、手応えとして確信する。
時間など、巻き戻しようがない。
リンゴォのスタンド『マンダム』は左手首の腕時計のスイッチを捻ることにより発動する。
ただでさえスタンド使用不可となるまでの、本体精神の変容。加えてジャイロは能力使用のスイッチになる左腕を狙って吹き飛ばした。
吹っ飛んだ手首を拾ってマンダムを発動させるまでの大きな隙は、この決闘においてはあまりに無防備。それこそ致命傷となる。
「オラァァ!!」
見えてきた。勝利への道、そこに到れる感覚が。
皮膚の硬質化を解き、ジャイロは大きく咆えながら右手の中で回っていた残りの鋼球を力の限りブン投げた。
リンゴォの牙は半分奪った。
もう片方の獣、
ホル・ホースの牙はまだ折れていない。
仕留めるのはどっちからだ。
片腕を失ってなお、漆黒の意思を絶やさないリンゴォか。
苦しそうに笑みながら、今にも次の弾丸を放たんと引き金に指を掛ける
ホル・ホースか。
違うッ!
どっちからじゃねえッ!
『両方』一度に、仕留めるッ!
鋼球は、表面に纏わりつく雨雫──〝黄金長方形〟を回転振動によってブチ撒きながら
(ゥガ……ッ!? ~~~っの、球投げ野郎ォーーー……ッ!)
ジャイロの攻撃は
ホル・ホースの利き腕──皇帝を構えた右腕に命中。
直前にリンゴォを襲った悲劇が
ホル・ホースの脳裏に蘇った。黄金の回転とやらの爆発力が、次に自分の右腕を吹き飛ばすだろう。
そのような光景を予測していた
ホル・ホースは次なる瞬間、疑念に囚われてしまう。
右腕は無事だ。それどころか大した痛みもなかった。
当たり所が良かったのだろうか。なんたるラッキーと脳内に喜色が湧いた途端、都合の良い妄想はすぐに散らされる事となった。
ぐるん。
それほどの擬音が聞こえてきそうなほど、己の右腕が歯車か何かのように大袈裟に捻られ。
皇帝の銃口が“自身”の首元に向いた。
自分の意思とは無関係に、銃を握った腕が勝手に攻撃対象を『自分』へと変えてきたのだ。
一瞬にして表情が蒼白に変えられる
ホル・ホース。
肉体を支配する鉄球の技術。ジャイロの操る回転が
ホル・ホースの皮膚をそっと、しかし具に刺激し渡っていく。
皮膚から神経へ。神経から関節へ。
ホル・ホースの腕関節を一瞬だけ我が物としたジャイロは、一石にて二鳥を撃ち落とす策に出た。
(や、ヤベェ撃たれる……! 自分の意思じゃ、腕が動かねえ───!)
このまま皇帝から銃弾が飛び出せば、その凶弾は自身の首を貫通し死に至らせる。
それだけでなく、そのまま貫通して飛び出した銃弾は、その軌道上に立つリンゴォの肉体をも貫くだろう。
全てが計算された一手。既に
ホル・ホースの右腕は、今や完全に鎖から解かれた猛獣と化した。
喰わ、れ──────
またしても、時が静止した感覚に襲われる。
それは一計を案じたジャイロの視点で見ても、仰天の刹那を映した映像であった。
打ッ魂消る、とはこういう状況を指すのだろう。
確実に、少なくとも
ホル・ホースはジャイロの術中に嵌まった。相手の狼狽する表情を見てそれは確信できた。
だが、皇帝の裁きが自らを避雷針とすることは無い。
ジャイロに支配された右腕の人差し指が皇帝のトリガーを押し込むその瞬間。
極めて達人的なタイミングで、
ホル・ホースはその皇帝を右腕から『消し』、
更なる瞬間、肉体支配の外側に居る左腕へと再顕現し『持ち替え』、
瞬時に発砲せしめた。
利き手とは逆の腕で、一寸の躊躇いも無く。
皇帝とは我が意の下であるからこそ、絶対的な権を誇示する『皇帝』なのだと。
そう明示するかのように。
ジャイロを狙い絞り、ただ一発だけ撃ち放った。
(───あ、あぶ、危ねェ~~~! 死ぬかと思ったぜバッキャロー……ッ!)
見る者全てを残さず驚愕の色に染めるほどの業を披露した彼の心中はといえば、実に三下を思わせる焦り。
今しがたジャイロを魅せ付けた巧みなる演技とは反比例する、彼らしいといえば彼らしい思考である。
強者は、心とは裏腹に動ける。
ホル・ホースは強気の時は強気だが、劣勢に陥るとそれ以上に逃げ腰となる、まるで小者のような考えを持つ男だ。
その根っこにある人間性は決闘の最中であろうとさほど変貌したりはしない。
ジャイロやリンゴォのように、本当にタフで優れた精神性を掲げられるわけでもない。
しかしその上で彼は、動くべき事態に“動ける”。
撃つべき事態で“撃てる”。
肉体に蓄積された経験が、
ホル・ホースという男の強さを土壇場で、火事場の馬鹿力のように発揮させる。
それこそが彼の持つ『本当の強さ』だ。
だからこそ彼は、かつてあのDIOをも唸らせたほどの実力があった。
そして、そのDIOの忠実なる参謀──『エンヤ婆』と僅かな対峙を行った経験があるからこそ、今の窮地を凌げたとも言える。
日頃の行いが良かったのか。
ホル・ホースには今の状況と酷似した場面に遭遇した経験があった。
DIOに命じられたジョースター一行討伐。その二度目となる単身出撃でのこと。
傷を付けた相手の肉体の部位を自在に操作するエンヤ婆のスタンド『正義(ジャスティス)』の罠に掛かった
ホル・ホース。
老婆の凶悪なる歯牙に呑まれ、自身の肉体を操られて皇帝を己の口内にブチ込まれた、あの経験。
先の攻防はアレとほぼ同じである。あの時は皇帝の『弾丸』のみを寸での所で消し、死を免れることは出来た。
ジャイロの能力に嵌められた時、あの経験が
ホル・ホースの脳裏に瞬時に過ぎり、更なる対策を捻ることに成功した。
それが───
「今の“逆撃ち”ッ! カウンターというわけか! 面白い、面白い男だ
ホル・ホース!」
本当に、本当に嬉しそうな表情でリンゴォが叫んだ。
左腕を失い、朦朧とする筈の半死人が、残った『右腕』で銃を構え、
そして……既に“撃ち終わった”構えのまま、
ホル・ホースに向けて喝采を上げた。
リンゴォ・ロードアゲイン。
たかが牙の半分が折れた程度で、その男が膝を突く訳もなかった。
以前に増して轟然と燃え盛る瞳の中の炎が、彼に反撃の狼煙を上げさせた。
ホル・ホースの射出した皇帝の発砲音と完全に重なった破裂音があった事を、ジャイロの鼓膜だけが僅かに捉えていた。
今の攻防戦で一瞬──それは僅かゼロコンマ以下の隙であったにもかかわらず、リンゴォはそれを絶好の『機』だと見た。
ジャイロと
ホル・ホース。二匹の獣が本当に一瞬だけ、リンゴォの存在を視界から外したのだ。
ホル・ホースはジャイロの『肉体支配』の技術に心底驚き。
ジャイロは
ホル・ホースの『カウンター』を目撃し、同様に驚いた。
リンゴォが致命的な損傷を受けていたことも理由の一因だろう。それらの理由により、刹那の間際リンゴォは好機を得た。
看護師が患者の静脈にゆっくりと注射を施すように、リンゴォはここに来て一際集中された精神で、動じることなく狙撃の構えを取った。
それは
ホル・ホースが、『利き手』から『逆の腕』へと皇帝を入れ替えた瞬間と一致するタイミング。
ドクドクと漏れ出る左腕の失血状態など意識の外。
リンゴォは、
ホル・ホースの発射と同時に右腕で構えた拳銃を発射した。
消失した左腕では照準の固定など出来よう筈もない。そんな絶大なハンデなど物ともしない、実に鮮やかな片手撃ち。
ホル・ホースは自身の撃った発砲音に掻き消され、リンゴォの『カウンター返し』に後れを取ってしまった。
見る者が見れば、それは二人がこちらを見ていない隙に攻撃したのだという『漁夫の利』だと捉えかねない。
リンゴォの最も嫌悪する『卑怯さ』に通ずる、姑息な手段だとも言えた。
だが撃った本人も、相手の獣二匹も、そんな言い訳じみた物言いは露にも思ったりしないだろう。
強者同士の勝負の中、相手を視界から外すなどという愚行は命取り。ゆえにそれは卑劣さでなく、相手側に落ち度がある。
「しくじってなお、獰猛な牙を向けてくるか。素晴らしい『業前』だったぞ、
ホル・ホース」
確固とした瞳で、リンゴォは
ホル・ホースを讃えた。
その眼には以前、月の姫相手に晒した弱々しさは欠片も見当たらない。
やはり彼は勝負を惑溺し、勝負に生きる人間。その路の中で生長することしか出来ない男だった。
リンゴォが真に称するべきは
ホル・ホースの集中力。
彼は最後の攻防。
確かにジャイロへカウンターを仕掛けたように見えたが。
リンゴォが自分に向けて撃った事を勘付くと。
その一発の弾丸はガクッと、不自然なほどのカーブを描いて。
ジャイロからリンゴォへと対象を変更してきたのだ。
彼のスタンドだから為せる曲芸。これにリンゴォは「ほう」と感嘆するも、決してそれ以上の動揺を漏らしたりはしない。
利き腕ではない逆の、しかも肉片ごと抉られた左肩でのカウンター撃ち。
通常、そんな状態で放り込んだ弾丸が都合よく命中するわけがない。
だがこの場合、
ホル・ホースにとっての“通常”が当て嵌まることはないということも、彼らは当に熟知していた。
弾丸を正確に操作出来るスタンド。
そもそも射撃時の姿勢や安定感、悪天候など彼にとっては整える必要すらない。
ひとまずは撃てさえすれば、その後の軌道調整(フォロー)など実に容易なことなのだから。
しかしそれでも、劣ってしまったのは
ホル・ホースの判断だったのか。
一旦はジャイロに定めていた照準を、撃った直後に慌てるような形でリンゴォへと変更させたのだから。
九十度もの歪な急転カーブを行ったツケは相当に大きい。そのツケは返済でき得ぬ巨大な時間差と化け、リンゴォの弾丸より大きく遅れた。
その大脳組織の過半数を破壊した。
「──────っ」
世界が揺れた。
衝撃的な地響きが起こり、
ホル・ホースの視界は一瞬にて暗闇に堕とされる。
(──────あ、ヤベ……これは…………死ん、)
悠長にも、死する間際となって彼が浮かべた台詞は、最期まで平凡たるモノだった。
リンゴォに向かって飛んでいた皇帝の弾丸も、本体の瀬戸際によって消滅。
(──────駄目、だ───完全に、逝っち、まう──前、に──────“あの弾丸”──だけ、は──死ん、でも───)
彼の最期の意思は、果たして相対者へ噛み付く執念の牙となるか。
答えは直ぐに、知らされることになる。
───この決闘の汽笛が上がり、たかが『4秒』が経過した地点で、
ホル・ホースの命は虚しき砂漠の地へと還った。
【ホル・ホース@ジョジョの奇妙な冒険 第3部】 死亡
【残り 54/90】
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ジャイロさァァアアアーーーーーーーーーーんッ!!!!」
一際離れて決闘を臨んでいた者たちに、この死合の真髄を測ることなど困難だ。
所詮、流れ弾の当たらぬ死域の外側。安息の立場から眺めていたに過ぎない者たち。
輝夜も、幽々子も、阿求も。
そして……今しがた大声を張り叫びながら跳んだ
射命丸文も。
彼女は柄になく動転した。
決闘が始まり、たったの4秒経過時点で協力者の
ホル・ホースが殺された───からではない。
無論、こんな腑抜けた自分にも優しく声を掛けてくれた彼が、ああもあっさり死んだことによる動揺は多少なりともあっただろう。
だが死んだ者は死んだ者。その事実を嘆くより、文はすぐさま次の危惧へ対処しようと突発的に跳んだのだ。
ジャイロ・ツェペリ。彼だけは今、ここで殺される事を防がなければならない。
自分の歩むべき『道』。その方向性もマトモに決まらぬままジャイロまで失っては、いよいよ文の存在意義、その土台から崩壊しかねない。
少なくともジャイロには伝えるべき『言葉』があるのだ。それすら達成できぬまま、彼が死ぬのをおめおめと指を咥えて見てられるものか。
いや、既に充分、4秒といえど充分過ぎるほどに指は咥えていた。
この決闘が始まって精々4秒。だがこの4秒は彼女にとって、針の筵に転がるような息苦しさを意味する『無意味』な時間。
遠くでただ見ているだけの自分自身という、苛立ちが頂点に達する4秒時点。
そのボルテージが針を吹っ切れるかどうか、という瞬間に───
ホル・ホースが斃れる光景がちょうど重なった。
我慢の限界だ。これ以上……
(堪えられるわけがないッ! すぐにあのリンゴォとかいう人間は始末する!)
決闘? 関係あるもんか。
男の世界? 知らない。私は女だ。
文の思考は既に限界が来ていた。横槍を入れてでも、この決闘は中止だ。
大体にして、どういう理屈でこんな馬鹿げた催しなど始めているのか。そこがそもそも理解不能。
ホル・ホースも
ホル・ホースだ。早くも見付けた捜し人を、何故わざわざ殺すようなポジションに飛び込む?
そんなだから死んだのだ。男のプライドだか何だかが高揚してこの決闘を受けたというのなら、男とはどこまで単純馬鹿なのか。
理解に苦しむ彼らの闘いに唾を吐き、更に闘い自体を辞めさせようと泥をかける様な真似を文は躊躇なく選ぶ。
片翼が消滅した。自慢のスピードも半分以下にまで落ちた。
それでも文がジャイロを救おうと飛び出した決死の瞬間速度は、まさにライフリングから回転発射された弾丸の如き超速度を叩き出した。
「はい駄目~! この決闘に野次入れは無粋よ、新聞屋さん?」
背筋が凍りついた。
他の何者にも追い付かれてはならない鴉天狗のスピードに、余裕綽々で背後から追い付くフザけた存在が居たことに。
蓬莱山輝夜。此度の決闘の『立会人』を仰せつかった威風堂々の姫様である。
実に軽々しい態度で輝夜は、飛び出す文の後頭部を片手で鷲掴みとし、そのまま問答無用で地面に叩き付けた。
文とは違い、超スピードのようでその本質はスピードではない。時間隔という点と点の間をひとっ跳びに移動する、もはやワープ航法に近いデタラメ技だ。
容赦が無いというよりかは、目の前を飛ぶ蚊を叩き落すような反射運動。
まるで文がこのような暴挙に出ることを予期していたかのような、あまりに平然とした表情で輝夜は上から言った。
「『老いたる馬は道を忘れず』……警告はした筈ですけど? 貴方は“適切な判断”が出来る人だって。
それでも貴方が『道』を誤るのは勝手だけど、彼らの『路』を邪魔することだけは、せめて私が邪魔させてもらうわね」
その瞳に映る真意は掴めない。
文は輝夜の制裁に対し、屈辱や怒りが浮かぶよりも、嫉妬の感情が第一に出た。
何故コイツは何も考えてなさそうなクセして、全て自分の思い通りに進んでるような隔てない笑みを浮かべられるのだろう。
何故コイツは大した苦労も葛藤も経験せず、それでいて見当違いな、無意味な正論の“ようなもの”を振り回せるのだろう。
ズルい。
この女が、ヘラヘラ笑っていられることそれ自体が、どうしようもなく疎ましく、ズルい。
どうしても、全て失った今の自分と比べてしまって……余計に惨めになる。
「見てなさい、ブン屋さん。この決闘に勝つのは、誰なのか?
それはきっと、『未来』の為の『覚悟』を抱く者。最後に勝者となるのは、より未来を視る者よ」
偉そうに上から降り掛けてくるその言葉に従うのも癪だったが、地に伏せられた文に出来ることがそれ以外に無いのもまた事実。
今の文に出来ることは最早、この決闘で最後に立つ者がジャイロである事を祈るしかない。
後ろでそのやり取りを見ていた幽々子も阿求も、各々の顔色は違えど見据える景色は同じであった。
───ダァァン……!───
そして、決闘の終息を伝える最後の銃声が響いた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
最近、多いなぁ。こうして一人で走ることが……
ジャイロは再び、ぼんやりと思う。
二度目、だったろうか。こんな風に『一人』で馬を駆けることも、こんな風に哀愁の気持ちを焦がすことも。
確かそう……一度目はあのノトーリアス・B・I・Gを討伐せんと単騎で大地を走っていた時だ。
あの時も、隣に居ない男を想起し、らしくない感情にしばらく身を傾けていたのだった。
隣に居ない男。
ジャイロの隣から、居なくなってしまった男。
あの時と今では、どうしようもなく深い溝という“違い”が、その二つを隔てていた。
今、自分は独りだ。
おかしくなってしまった幽々子を阿求に任せ、逃げた永琳を己が身一つで追っている最中。
道半ばで突如として鳴り響いたその『放送』は、ジャイロの脳を大きく揺るがした。
電撃が走ったように身体は硬直し、思考の一切を担う脳組織が電源ごと引き抜かれてしまったように感じた。
ほんの少しだけ、頭を項垂らせる。
愛馬の生む蹄鉄音が、今だけはありがたい。馬に乗ると心が落ち着く。
ひとしきり瞼を閉じる間にも、相棒のヴァルキリーは主の気持ちを汲んでくれるかのように優しい歩幅で走っていてくれた。
降ってきた事実は、男の感情を沸々と煮え滾らせる激情の火となり、しかし燃え様は実に静かであった。
グッと、手綱を強く握り締める。
ただの一度だけ鳴った、雨音に隠れてしまうほどの小さな舌打ちを、彼の愛馬だけが耳に入れた。
弱かった。
未熟だった精神は他人から攻撃されることに慣れておらず、生命の危機が危ぶまれた時、ジョニィは決まって涙を流していた。
そして、逆境に晒されたその『弱さ』を、レース中、常に隣に居たジャイロが正面から認めた時。
ジョニィは決まって、生長を遂げた。
(誰だ……? アイツをやったのは)
再び頭を上げた時、ジャイロの瞳は静かに燃えていた。
スイッチを切り替えたように素早く、反転的に事を考える。
ジョニィは確かに弱い。だが、その弱さが“反転”した時、アイツは急激に容赦がなくなる。
前を“見過ぎて”しまうのだ。目的達成の為なら、人間性までも捨ててしまえる人間。
だがそれもジョニィ自身が『正しい』と信じられる道を、ひたむきに見据える結果が生む変容。
───オレは思うんだ。ジョニィの奴は、言うほどひん曲がってねえ。
───オレからすりゃあアイツは、いつまでも純真な良い子ちゃん。
───立派な、人間なんだ。良くも悪くも、『正しい道』を歩んでる男ってわけだ。
そして、そんなアイツだからこそ信じられる事柄もある。
アイツは最期まで……『正しい道』を歩もうとした。
そして、ジョニィのその強さ/弱さを狙った卑怯者が……アイツを殺した『犯人』だ。
誰だ。そんなことが平気で出来る奴。
そいつは恐らく、『悪』のタガが外れた奴。
ストッパーの無い、ある意味ではジョニィと似たタイプの、『前』しか向けねえ人間。あるいは妖怪、か。
ジャイロは
第二回放送の内容を、騎乗しながら器用にメモに取り、決して最後まで狼狽えることなく全てを受け止めた。
胸中に燻るは怒り。苛立ち。
そのような負の感情がない交ぜになり、とうとう何処にも発散できぬまま……
───彼はリンゴォと輝夜の二人組に出遭ってしまった。
─────────
──────
───
─
(───何を考えてんだオレは、こんな時に……!)
ハッとしながら、ジャイロは呆けから瞬時に覚醒した。
ホル・ホースが殺された。リンゴォに、敗北した。
そんな有様を目撃し、『次に自分が殺される』───と、一瞬でありながらもジャイロは“思ってしまった”のだ。
それは相棒ジョニィが逝ってしまった事実による、無意識の弱さが表に出てしまったのか。
リンゴォが
ホル・ホースを撃ち抜き、ゆっくりとこちらの方へ銃口を向け直した瞬間。
どういうわけかジャイロの瞼の裏に、これまでのありとあらゆる『過去』が次々に到来し、消えていったのだ。
12時の放送からジョニィの死を知った、あのぶつけどころのない感情から始まり。
初めてジョニィと出逢った、運命の日。
SBRレースの開催日。
ジョニィと共に遺体を集めることを決心した日。
しとしと雪の降る街で、ジョニィと乾杯を交わした日。
大統領との決戦前、ジョニィと互いの秘密を言い合った日。
まるで去来する『走馬灯』のように。
ジャイロは須臾の狭間に、かけがえのない無数の記憶と。
己を撃ち抜かんとする明確な『漆黒の殺意』を垣間見た。
瞬きの中、本当に短い一瞬の出来事であった。
だがこれは走馬灯などではない。
死を隣に置いた、“死域”の魔力が放った幻想の罠(ゆめ)。
真の強者同士の闘いにおいてよく起こる、理屈ではない体験。
強者達にとっては極上で至高の体験を得られる地だが、その場所に留まることは『死』を意味する。
ゆえに『死域』。
ジャイロは自らの視界に映る、この広大なる蜂蜜色の砂漠の上で……夢を見た。
永く浸かれば、二度とは出られぬ『死の夢』。
甘い記憶。縋りたい過去。失った筈の友。
其処に立つ、かつての相棒の姿に手を伸ばしかけ……
すぐにも、それは虚像だと気付き……払拭した。
ゆえにこの『夢』は、ジャイロにとっては死を象徴する走馬灯ですらない!
この記憶は、この過去は、この姿は、
最早ジャイロからすれば、かつて見習おうとした『生きる意思』そのもの!
己をもう一度、在るべき地点に立たせる鋼球の意思!
視たのは『過去』。しかしほんの一瞬、縋ったのみ。
目指すは『未来』。どこまでもどこまでも、遠くへ。
走り抜けるは、鋼球が如き意思の硬さで!
路駆ける鋼球の意思(スティール・ボール・ラン)を生きたジョニィの姿は!
ジャイロ・ツェペリが駆ける『路』そのものッ!
(───3キュー4ever〝サンキューフォーエヴァー〟……ジョニィ。オレはこっちへ……進むぜ)
両者の視線が交叉する。
相手は既に銃を構え、ジャイロを撃ち殺せる態勢を完了している。
対してこちらには既に鋼球は無い。皮膚硬化に使用していた残りの一球も、
ホル・ホースへの投球に使ったばかりだ。
絶体絶命だった。
それでも、ジャイロの心から鋼球の意思(スティール・ボール)が消える未来は、もう来ない。
死域が。
死が。
ジャイロの
進むべき道に……こんな『砂漠の世界』にも、『光』をもたらしてくれた。
光はジャイロのとてもよく知る男の形をとり、次第に次第に霧散していき、やがて光の矢となって道を照らした。
前を向く。自分の信じられる路を迷わず走れるように。
太陽のようだった。あの赤い石が生んだ、魔を灼き尽くす灼熱の太陽。
それと比べても遜色ないほどの、大地を照らす太陽。死の砂漠にはうってつけの道標だ。
無意識に、懐の『太陽の花』を握った。左手で、無い腕ではあったが、ジャイロは確かに握ったのだ。
ジャイロは“ふたつ”の太陽の祝福を受け、砂漠を抜け出すことができた。
ジョニィが照らした方向へ。もしかすれば、人をナメた態度で笑うあの似非聖人少女の恩恵もあったかもしれない。
己は今、光の道を進んでいる。
自分だけの道。自分だけの場所。
この場所はもう、『死域』などではない。
“生”を駆けた友と、“聖”なる為政者の少女が標となった───生域/聖域。
ならば此処こそ、ジャイロが目指した生長点。
ならば死ぬのは、己では有り得ない。
(ネットに弾かれたテニスボール……起こるべくして起こる『奇跡』。
オレが願うのは、もはやそれだけだ。なあリンゴォ……アンタにも『礼』を言っとくぜ……先にな)
───ダァァン!
◆
銃声が轟いた。
音は一つ。
リンゴォは
ホル・ホースを死に追いやった直後、すぐさまジャイロへと連撃を仕掛けるため、彼の方向に銃を構えなおした。
銃口を向けられたジャイロの表情はほんの一瞬だけ───死相を交えて。
次なる瞬間、ざわめいたのは己の方だった。
“変わった”のだ。
走馬灯でも見ていたのか。ジャイロは僅かな時間、その顔を項垂らせ……次に顔を上げた時にはもう、変わっていた。
瞳が。精神が。見据える方向が。
ついぞさっきまでの彼はというと、どこか心が浮き足立っていたように見えた。焦っているようにも。
大方の見当は付く。放送で呼ばれた、あの
ジョニィ・ジョースターの死について、といったところだろう。
心のスキマに巣食った焦燥は、内殻を食い破りかねない寄生虫へと変貌を遂げる。
傍目には目立たないその弱みも、リンゴォの目から見れば一発で悟ることが出来た。故にリンゴォは、この決闘の一番の強敵を
ホル・ホースへと見定めていたのだ。
それもさっきまでの話。
今は違った。決定的に、ジャイロは変わっていた。
奴は一足早く、この“死域”から抜け出していたのだ。
死の流砂に足を飲み込まれ始めていたのは、オレの方だった。
振動が轟いた。
銃声は『一つ』。
弾丸は『二つ』。
「…………カ…、……く゛、はァ……ッ!?」
喉の奥が、異様に熱い。
空気の管から、ドス黒い血液と呼吸がドロドロに漏れ出す嫌な感覚。
喉を撃たれた。
そして同時に、ジャイロの身体もくたりと斃れた。
“相討ち”だ。
オレは奴の心臓を貫き、奴はオレの喉を貫いた、という事か。
だが、解せん。奴の鋼球は、二つとも手元から離れていた。
奴には武器が無かった筈だ。懐に隠し銃を所持していた?
いや、銃声も一つだった。オレの撃った銃の音のみが、響いた筈だ……!
(ば、かな…………奴は一体、“どこから”オレを……“どのようにして”、撃った……の、だ…………っ!)
ジャイロが血を吐いて、地面に傾くのが見える。
即死。心臓をまともに撃たれたのだ。今度こそ、走馬灯など見る間もなく、死んだ……!
あの
ホル・ホースと同じように!
(──────ホル、ホ……ス、だと……?)
ホル・ホース。奴も即死だった。それは確か。
ならば奴のスタンド『皇帝』も、本体が死したのであれば同時に消滅するのが道理。
だがスタンドとは時に、道理の外なる現象を齎す。
ほんの一秒。
ホル・ホースが死んでほんの一秒足らずで起こった“相討ち”。
このたった一秒の間、もし
ホル・ホースが最期の気力を振り絞って『皇帝』を顕現させ続けていたとしたら。
いや皇帝までいかずとも良い。
必要なのは皇帝の『弾丸』なのだ。
たった一発の弾丸を、たった一秒の間。
ホル・ホースが“ジャイロ”に撃ち込み、それを“皮膚硬化”の技で防がれた、あの一発の弾丸を。
ジャイロの皮一枚に埋め込まれた“まま”だった、あの弾丸を。
もしジャイロが手に取り、それを“黄金の回転”でオレに撃ち込んだのだとしたら。
黄金の回転。ジャイロは
ホル・ホースが自分に撃ち込んだ弾丸が、まだ“生きていた”ことに気付いたのだ。
オレがジャイロに撃ち込んだ弾丸も皮膚硬化で防がれ奴の皮一枚で止まっていたが、それは弾頭が潰れていた。十全の効果は発揮できないだろう。
スタンドの弾丸だったからこそ、それを咄嗟にツェペリの技術でオレへと返し得た『執念の弾丸』。
ジャイロの『祖先』と、
ホル・ホースの『得物』。
オレが長年磨いてきた『業前』は、それらに敗北した。
だが、しかし……!
しかし、この『現状』は……ッ!
ジャイロの心臓が破壊され、今またオレも『死域』の最果て───『死』へと落ちようとしている、この現状はッ!
ジャイロの肉体から、完全に生命の焔が消えたのが感覚で理解できた。
そして同じように、オレの肉体からも生命が消えようとしているのが分かる!
(それだけは……駄目だ! 勝者の居ない決闘など、何も生まない闘いなど……それは闘った相手への『侮辱』だッ!)
オレが敗北することも、相手に路を譲ることも、認めよう!
だが誇りを懸けて闘った相手の生命を冒涜するような、そんな惨たらしい結果を生むことだけは、オレの歩んできた路をも否定することと同義!
勝者はジャイロだ!
勝ったのは
ホル・ホースなのだ!
最後に立つ者が誰も居なくなる……それこそが、我々が絶対に辿ってはならない『無色の生き様』なのだ!
「ガ…………ハ、……く、ふぅ…………」
視界が急激に暗くなった。
『死』だ。これこそが、死。
死ぬのが怖くない、といえば嘘になるだろう。
それはあの生意気ばかりを口走る月の姫にも晒してしまった本心。今や隠しようもない。
だが死よりも、オレはオレ自身の信じられる路を否定されるのが何よりも恐ろしいのだ。
(腕時計……『左手首』は、どこに落ちている……!)
初めの、ジャイロの一投目によって吹き飛ばされたオレの左腕。
そこにこそ、オレが求めるモノが身に付いている。
6秒戻すスタンド『マンダム』のスイッチを捻らねば、全員が死んで、そこで終わり。
捻ったとして、しかしマンダムは果たして発動するのか。オレの精神状態は、今なお巻き戻せる地点に居ないというのに。
とうとう身体が崩れた。闇の視界の中で、氷のような痛覚がオレに最後の土の味を伝えてきた。
ダメだ。もう手首は探せない。スイッチを捻る体力さえ、オレには無かった。
戻さなければ。なんとしてでも、おれは───を、……どして、……───。
しょ…り、───か、れ……ら───、…………──────。
スイッ、チ…………を──────
「ちょっとリンゴォ~~! 貴方の顔、入り口全開よ?」
暗闇の中に、輝夜の危機感のない声だけが木霊した。
オレは、もう何度目になるかも分からんコイツの奇行に、今度という今度は堪忍袋の緒もはちキレた。
「ふざけるなキサマ輝夜! どこまでオレを虚仮にする!? 決闘はまだ終わってはいないッ!」
「目ン玉瞑ったままで誰に怒ってるのよ。決闘はもう終わったわよ。いえ、始まってすらいないのかしらね?」
迷わず眼を開けた。
輝夜が映った。
「──────なに?」
これはデジャヴかはたまた走馬灯か。
オレは地面に立っていた。銃も腰に収め、負傷などまるで“無かったように”、何事もなく突っ立っていた。
メギャン───!
次に、聞いたような擬音が入り口全開となっていたオレの耳に入り込んだ。
眼前にちょこりと立つ輝夜の頭の向こう側、死んだ筈の
ホル・ホースがこちらに向けてスタンドを発動させた音だった。
───オレがジャイロに撃たれて斃れる、ちょうど『6秒前』でのシーンが、そこに再現されていた。
「いや~~、すっごく長ったるい『6秒間』だったわねー! 貴方たちにとっては更に長苦しく感じたんじゃないの、リンゴォ?
ま、撃ち合いでの決闘なんてそんなモノかもしれないわね。いえ、とてもイイ体験が出来たわこっちとしても」
うんうん、と輝夜は全知を得たように一人で勝手に納得し、首を縦に揺らしている。
何が何だか分からなかった。6秒前をなぞって思わずスタンドを出した
ホル・ホースも、呆気に取られるといった顔を隠せていない。
だが“ジャイロ”は、何故だか全て理解したように気障な格好を立てて腕を組んでいた。
まるでこうなる事が分かっていたように。
まるで端からオレが『6秒』戻すのだと信じていたように、だ。
「では不肖、此度の決闘の『立会人』を務めさせて頂きました、わたくし
蓬莱山輝夜が高らかに宣言いたします。
勝者…………『全員(ぜんい~ん)』! 以上! 皆、本当にお疲れ様~!」
ペコリと、むしろ虫唾が走る勢いで綺麗なお辞儀を終えた輝夜は、閉会宣言をとって労いの言葉を掛けたのだった。
ポカンと口を開けたままのオレの棒立ち姿は、実に滑稽であったことは言うまでもないだろう。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
刹那にて、永遠の果てを知った。
須臾に短い一瞬の狭間にて、永久にも長き思考の洪水に埋もれた男たち三匹の体感した感想を述べるなら、そんな矛盾が成立するような一言に尽きる。
ジャイロも、リンゴォも、
ホル・ホースも、今まさに刹那の中から果てを見た。
その道程は数字にしてみれば、たかだか6秒間という、一句を詠み終えられるかも怪しい時間。
しかし清き聖人の言葉よりも信じられる事柄が、そこにはあった。
彼らは6秒の道を歩み終え、それぞれがそれぞれに、得た物があったのだろう。
たとえ刻んだ時が巻き戻されようとも。
彼らの中には確かに、歩みを終えたという事実が残っているのだ。
千年や万年よりも今の一瞬。それで良いではないかと、立会いを司った
蓬莱山輝夜は自分ごとのように言ってのけた。
彼女は全てを見届けた後、つぶさに説明で補ってくれた。
リンゴォは、失われた己のスタンド『マンダム』を無事に引き戻す事に成功したのだと。
そもそも彼の能力に、腕時計のスイッチを捻る作業が必ずしも必須とはしない。
あくまでそれは精神的なスイッチであり、リンゴォが『その気』になれば──例えば死を忌避する意思に呼応すれば、能力の発動は不可ではない。
かくしてリンゴォは死の瀬戸際、奇跡的に6秒という時間を巻き戻して『スタート地点』に戻る事が出来た。
『続き』が行われることはなかった。立会人を任せた輝夜がその時点で間に立った以上、ゴネることは不毛だろう。
それは以前のままでのリンゴォであれば、絶対に納得できる裁定ではない。
勝って生きる、負けて死ぬの二択しか知らない頃のリンゴォであったなら、決闘を侮辱する愚か者として輝夜までを撃ち抜いていたに違いない。
それをせず、どこか消化不良の気持ちがあったにせよ、リンゴォが再び銃を抜くことはなかった。
男は闘いを通じて、己の能力を再び取り戻した。
その事実一点のみで、得たモノはあったのだ。
立会人は決闘の勝者を『全員』と宣言した。
闘いの過程を顧みれば、それは少し違うように思う。
(この闘い、精神的な敗者はオレ一人。そして勝ったのは奴らの方だろう)
自らへの過小評価でなく、相手への買いかぶりでもない。
リンゴォは純粋に、今回の決闘をそう評す。不思議なことに悔しさよりも、清々しさが湧いてきた。
「勝ったのは全員って言ったでしょ。負けてナニカを失った者が敗者。それでもナニカを得た者が勝者。
『本当の強さ』とは、己を変容させる者の事。変化を受け入れられる者が、真の強さを得る。
私から見ていて、全員が持つ覚悟の物量に大差なんてなかった。皆、ナニカを得たのよ、この決闘で。
それとも私の立会いに文句がおありかしら? 私にそこを任せたのは確かリンゴォ、貴方だったと思うけどそれって……」
「わかったわかった……! 文句は無い、最初からな……」
リンゴォの冴えない表情を不満と落胆の表れだと受け取ったのか、輝夜は心を読んだようにフォローを入れた。
「リンゴォ、なんかオメー……前よりも随分丸くなったっつーか……さっきは『人間そう簡単に変わらねー』っつったけど、どっか牙が抜けてねえか?」
意外な物を見たとでも言わんばかりのジャイロのきょとんとした表情。
以前のリンゴォを知り、今の彼と輝夜の関係を知る由も無い彼がリンゴォの変容に驚くのも無理ないこと。
ジャイロとて、6秒戻った時点で当然の如くリンゴォが再度拳銃を抜くだろうと身構えていたのだから、この光景には拍子抜けである。
いつの世も男の心を惑わすのは女の純真。禍(わざわい)を呼ぶのも女だ。
良くも悪くも一癖あったリンゴォは、この輝夜という少女によって変えられたのだろうか。
どうしようもない程に無頼漢。一途だった男が久しぶりに会ってみれば、随分とまあ険が取れたというか、あのガツガツした感じが減ったように思う。
以前よりも迷っているように見えた。選択肢を与えられた、迷い道迷いし一匹狼。されど彼の瞳に不安の色は薄い。
きっと、新たな道を見付けてしまったのだ。光り輝く道の果てに枝分かれした、求めた男の世界と少し違う冒険譚。
「少し、別の価値観を探してみようと……思っただけだ」
それもまた、男にとっては浪漫に相違ない。
「別の価値観、ね」
共感は、得られる。一族の業を背負ってきたこの男もまた、レースによって己の変化を受け入れたのだから。
「そうとも。笑うがいい」
闘い終わって夢のあと。走馬灯が魅せた夢は、男たちを躊躇させる道端の小石ですらない。
「そうかい。でもま、笑われて歩こうぜ。そいつが男の路───『ロマン』だろ」
ゆえに彼らは、笑うのだ。
ひとりはニヒルに。もうひとりは黄金の輝きをその心と歯に添え。
「……『路男』、か。なるほど……いい言葉だ」
二人の路が再び交叉する未来はもう無いだろう。
互いは充分に見た。決闘とは、擦れ違う男たちの内奥までを究極にまで覗き合う儀礼の事。
死とは、その結果の一つに過ぎない。
そしてまた、掴んだ生も結果の一つに過ぎなかった。
6秒が戻り全てが無かった事実とされても、彼らの心に残った“モノのカタチ”は朧気ながらも確固であった。
それはこの男───
ホル・ホースにとっても例外はない。彼は彼で、結果には満足していた。
闘いの空気にアツく流されてはいたが、すっかり頭が冷えていつもの彼らしい平静に戻ったところで、この決闘を続ける意味は無い。
元々、
ホル・ホース自身に決闘を受ける意味も得られる恩恵も無かった筈だ。皆無に等しい。
自分の為に動く男ではあるが、しかし彼にしては珍しく、この決闘は“他人”の為に受けたものである。
(一時はどうなるかと思ったがよォ……ま、ひとまずこれにてお嬢ちゃんへの体裁は整ったかねえ)
決して口には出さず、心中のみで安堵する。
ひいては涙を流した女の為。
ホル・ホースはただ、
射命丸文をジャイロに“逢わせる”、ただそれだけの為に命を張った。
ジャイロとリンゴォの因縁に割り込んだのも、ジャイロが殺されては困るから。
闘いの中でリンゴォだけでも始末し邪魔が消えたところで、後は上手い口車にでも乗せてジャイロと文に何とか会話の場を設けさせたかった。
つまり
ホル・ホースには最初からジャイロだけは殺すつもりなど毛頭無かったのだ。
だが決闘の熱気に中てられたのか、随分と自分らしくない無茶をしてしまった。
格闘の技に『寸止め』という、相手の眼前皮一枚で拳を止める技がある。
ホル・ホースがジャイロに撃ち込んだ最初の弾丸。あれはジャイロの皮膚硬化が無くとも、元より寸止めで弾丸を止めるつもりであった。
高速で放たれる弾丸を相手の皮膚一枚の所で止める。超高等技術だが、
ホル・ホースからすれば朝飯前だ。
初めに狙う相手をジャイロに絞ったのも、彼がリンゴォに殺されぬように。寸止めとはいえ、暫く戦闘不能程度にはするつもりだった。
それでも自分が死ぬ所までは予定に無い。あくまで勝つつもりで決闘を受けたのだ。
ジャイロと違い時間を巻き戻させることを計算に入れてなかった
ホル・ホースは、あの『死』の体験を思い返すだけで寒気がする。
だが
ホル・ホースの負けじと足掻いた執念が、結果的にはジャイロと共にリンゴォを追い詰め、時間を戻させた。
女の為にナニカをしてやれる。もしも
ホル・ホースが得たモノがあるなら、たったそれだけの自己満足。
もしくは、ある少女への『贖罪』。
その過程で己が死ぬような事があっても、裏の世界を生きる者としてその程度の覚悟はあった。
命を拾えたことに安堵の溜息を漏らし、煙草でもふかそうとポケットを弄るも目当てのブツは無いことを思い出し、また溜息。
ズレたハットを深く被りなおした所で、視界の奥からようやく我が相方含む傍観者達が、それぞれの表情を作りながらやって来た。
「じゃ、ジャイロさん! だ、だだ大丈夫なんですか!? あのあの、私にはジャイロさんがその、“死んでしまった”ように一瞬見えて、その……でも、良かったぁ……っ」
少女性の強く残るその瞳が半泣きとなっていることに気付いているのかいないのか、阿求が駆け寄る形でジャイロに声を掛ける。
時間が巻き戻る体験など初である彼女に、事の詳細は知りようもない。心臓を撃ち抜かれたジャイロの姿を目撃した阿求の動転など推して知るべしである。
安堵に痺れ、糸を緩め、一先ずは胸を撫で下ろす。
阿求も幽々子も、文も、そして輝夜でさえもそのような素振りを見せた。
「では……ツェペリ、だったかしら?」
一呼吸を置いて、輝夜はずいとジャイロの名を呼ぶ。
「私とリンゴォはこれより永琳との待ち合わせ場所へ赴くわ。貴方も彼女に用があるのでしょう?
どうぞ御一緒に……って言いたいとこだけど、貴方にはまだ先約があるみたいだし……先に行ってるわね」
「ああ? 先約?」
ジャイロの疑問に応えることなく、輝夜は一歩ごとに鈴を鳴り歩かせるような雅やかをもってこの場を後にする。
彼女は結局、何の目的があってこの決闘を采配したのだろう。
リンゴォの『生長』の為? それとも巡り巡った自分への恩恵の為?
それも含め、どうにも全ては輝夜の好計通りとなっている気がしてならない。何も考えてなさそうな顔して。
無言でそれに続くリンゴォの背を見送った所で、既知の声が降りかかってきた。
「お疲れ様、ジャイロ。素晴らしい御手前だったわよ」
「幽々子か。お前の方はもう大丈夫なのか?」
「お蔭様で醜態を見せてしまったわね。でも、阿求が頑張ってくれたから」
ひょいと顔を覗かせた幽々子の様子に、ジャイロの荷が取り除かれた。
最後に見た幽々子の様子は酷く常軌を逸した口ぶりだったが、そこは阿求の活躍があったのだろう。今の幽々子は以前のように朗らかだ。
「おう、阿求。よく頑張ったじゃねえか。人間、死ぬ気でやりゃ何でも出来るモンだな」
「うぅ~~……本当に死ぬ気でやりましたよ……」
涙目で、ついでに酷い顔だった。……物理的な絵面で。
阿求の顔の腫れを撫でながら幽々子はごめんごめんと一言だけ慰め、ジャイロに向き直って言う。
「じゃあ……私と阿求はひとまず輝夜に付いて行くわ。貴方も用が終わったら来なさいな」
輝夜とは違う趣で幽々子は、フワフワと音も無い幽霊のような優麗さで阿求と共にこの場を後にする。
曲がりなりにも幽々子が憑いて…付いているのだし、すぐに追わずともしばらく危険は無いだろう。
「さて、と……」
身を整え、自分に用があるらしい“彼女”に向けてジャイロは尋ねた。
最早ここに残る者は自分を含め、気を遣っているのか少し遠くで腰を落としている
ホル・ホースと……
今なお明確な路を見出せずにいる、片翼の鴉天狗。
「……誰だい、お前さんは」
「申し遅れました。私、ルポライターの
射命丸文という者です。色々と積もるお話はありますが……。
まずはジャイロさんにお伝えしなければならない事が御座いまして。……お時間を頂きます」
それでも一歩一歩、歩んでこそ。
生きてこそ。
【D-5 草原/真昼】
【
ジャイロ・ツェペリ@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(小)、身体の数箇所に酸による火傷、右手人差し指と中指の欠損、左手欠損
[装備]:
ナズーリンのペンデュラム@東方星蓮船、ヴァルキリー@ジョジョ第7部、月の鋼球×2
[道具]:太陽の花、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:主催者を倒す。
1:文の話を聞き、幽々子らと合流。
2:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
3:メリーの救出。
4:青娥をブッ飛ばし神子の仇はとる。バックにDioか大統領?
5:博麗の巫女らを探し出す。
6:ディエゴ、ヴァレンタイン、
八坂神奈子は警戒。
7:あれが……の回転?
8:遺体を使うことになる、か………
[備考]
※参戦時期はSBR19巻、ジョニィと秘密を共有した直後です。
※
豊聡耳神子と博麗霊夢、
八坂神奈子、
聖白蓮、
霍青娥の情報を共有しました。
※はたての新聞を読みました。
※未完成ながら『騎兵の回転』に成功しました。
【
射命丸文@東方風神録】
[状態]:漆黒の意思、疲労(中)、胸に銃痕(浅い)、服と前進に浅い切り傷、片翼、濡れている、牙(タスク)Act.1に覚醒?
[装備]:スローダンサー@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:ゼロに向かって“生きたい”。マイナスを帳消しにしたい。
1:記者として、ジャイロに“彼”のメッセージを伝え、話を聞く。
2:遺体を奪い返して揃え、失った『誇り』を取り戻したい。
3:
ホル・ホースをもっと観察して『人間』を見極める。
4:幽々子に会ったら、参加者の魂の状態について訊いてみたい。
5:DIO、柱の男は要警戒。ヴァレンタインは殺す。
6:露伴にはもう会いたくない。
[備考]
※参戦時期は東方神霊廟以降です。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ジョニィから大統領の能力の概要、SBRレースでやってきた行いについて断片的に聞いています。
※右の翼を失いました。現在は左の翼だけなので、思うように飛行も出来ません。しかし、腐っても鴉天狗。慣れればそれなりに使い物にはなるかもしれません。
【
ホル・ホース@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:鼻骨折、顔面骨折、濡れている
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(確認済み)、基本支給品×2(一つは響子のもの)、スレッジハンマー@ジョジョ2部
[思考・状況]
基本行動方針:とにかく生き残る。
1:出来る範囲で文の手伝い。
2:響子の望み通り白蓮を探して謝る。協力して
寅丸星を正気に戻す。
3:誰かを殺すとしても直接戦闘は極力避ける。漁父の利か暗殺を狙う。
4:DIOとの接触は出来れば避けたいが、確実な勝機があれば隙を突いて殺したい。
5:あのガキ(ドッピオ)は使えそうだったが……ま、縁がなかったな。
6:大統領は敵らしい。遺体のことも気になる。教えてもらいたい。
[備考]
※参戦時期はDIOの暗殺を目論み背後から引き金を引いた直後です。
※白蓮の容姿に関して、響子から聞いた程度の知識しかありません。
※
空条承太郎とは正直あまり会いたくないが、何とかして取り入ろうと考えています。
【
西行寺幽々子@東方妖々夢】
[状態]:スッキリ爽やか
[装備]:白楼剣@東方妖々夢
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:妖夢が誇れる主である為に異変を解決する。
1:私は紫を信じるわ。
2:輝夜らと共に永琳に会う。
3:永琳に阿求の治療をさせる。
4:花京院や早苗、ポルナレフと合流。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※『死を操る程度の能力』について彼女なりに調べていました。
※波紋の力が継承されたかどうかは後の書き手の方に任せます。
※左腕に負った傷は治りましたが、何らかの後遺症が残るかもしれません。
※
稗田阿求が自らの友達であることを認めました。
※友達を信じることに、微塵の迷いもありません。
※
八意永琳への信用はイマイチです。
【
稗田阿求@東方求聞史紀】
[状態]:疲労(大)、全身打撲、顔がパンパン、ずぶ濡れ、泥塗れ、血塗れ
[装備]:なし
[道具]:スマートフォン、生命探知機、エイジャの残りカス@ジョジョ第2部、
稗田阿求の手記、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いはしたくない。
1:自分を信じる。それが私の新しい生き方です。
2:輝夜さんと共に永琳さんに会う。
3:メリーを追わなきゃ…!
4:主催に抗えるかは解らないが、それでも自分が出来る限りやれることを頑張りたい。
5:手記に名前を付けたい。
6:花京院さんや早苗さん、ポルナレフさんと合流。
[備考]
※参戦時期は『東方求聞口授』の三者会談以降です。
※はたての新聞を読みました。
※今の自分の在り方に自信を持ちました。
※
西行寺幽々子の攻撃のタイミングを掴みました。
【
リンゴォ・ロードアゲイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:精神疲労(小)、左腕に銃創(処置済み)、胴体に打撲
[装備]:一八七四年製コルト(5/6)@ジョジョ第7部
[道具]:コルトの予備弾薬(13発)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:『生長』するために生きる。
1:自身の生長の範囲内で輝夜に協力する。
2:てゐと出会ったら、永琳の伝言を伝える。
[備考]
※幻想郷について大まかに知りました。
※永琳から『
第二回放送前後にレストラン・トラサルディーで待つ』という輝夜、鈴仙、てゐに向けた伝言を託されました。
※男の世界の呪いから脱しました。それに応じてスタンドや銃の扱いにマイナスを受けるかもしれません。
【
蓬莱山輝夜@東方永夜抄】
[状態]:身体の所々に軽度の火傷
[装備]:なし
[道具]:A.FのM.M号@ジョジョ第3部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:皆と協力して異変を解決する。妹紅を救う。
1:妹紅と同じ『死』を体験する。
2:レストラン・トラサルディーに行き、永琳と話す。
3:勝者の権限一回分余ったけど、どうしよう?
4:
ホル・ホースって、“あの漫画”のキャラだったような……
[備考]
※
第一回放送及びリンゴォからの情報を入手しました。
※A.FのM.M号にあった食料の1/3は輝夜が消費しました。
※A.FのM.M号の鏡の部分にヒビが入っています。
※支給された少年ジャンプは全て読破しました。
※黄金期の少年ジャンプ一年分はC-5 竹林に山積みとなっています。
※干渉できる時間は、現実時間に換算して5秒前後です。
最終更新:2018年03月05日 23:47