奇禍居くべし

ドーン! と大きく音が鳴り響いた。
レミリアが地上へ続く道を塞いでいた蓋とも言える扉を叩き壊したのだ。
そしてその威力の余波でか、ガラガラと何かが崩れる音が立て続けに聞こえてきた。
目を向けてみると、幾つもの樽が倒れ、そこから何かの液体がドボドボと勢いよく飛び出してきている。
途端にレミリアの鼻腔に酒の香りが充満してきた。


「……ここは酒蔵?」


と、辿り着いた場所の答えを思い浮かべて、彼女は嘆息を吐いた。
広い地下空間でサンタナ達を再び探すのは面倒だと思い、回復を兼ねて、
出入り口で待ち伏せをしてやろうと考えて、彼女は上へ向かったのだ。
しかし、酒を想起させるような所は、レミリアが地下へと侵入を果たした場所の近くにはなかった。
またそれと地下空間の広大さとを鑑みるに、地下と地上を繋ぐ道は複数あると思った方が良いのかもしれない。


だとしたら、待ち伏せは詮無きこと。
元々、皆が皆、正規の出入り口などを利用せずに地下へやってきたことを思い返せば、
その考えには否応なしに拍車がかかるというものだ。
レミリアは当て所の無くなった未来に、再び重く溜息を吐いた。


「そこに誰かいるのか? 私達は殺し合いに乗っていない。隠れていないで出てきてくれないか?」


さて、これからどうしようかしら、と顎に手を当て、レミリアが頭を悩ましていると、
突然と酒蔵の戸の向こうから声が聞こえてきた。どうやら、先程の物音が誰かの要らぬ注意を引き付けてしまったらしい。
レミリアは一旦考えるのは止めて、声の主の方へ向き直った。


「隠れる? 私が? 面白い冗談ねぇ。日の下に隠れているのは、貴方達の方でしょう? そっちこそ、姿を見せてみなさい」


胸を張り、毅然と声を放つレミリア。それは怪我や疲労による気後れなど、微塵も感じさせない威厳に満ちた姿だ。
だけど、そこに返ってきた声は、敵意や殺意は勿論のこと、媚や恭順とも縁遠い、感激の混じったものであった。


「おお! その声に、その言い回し。ひょっとしてレミリアか? 実はな、先程、パチュリーに会ったぞ」

「えっ!? パチェと!?」


久方ぶりに聞いた親友の名前に、レミリアの顔は途端に険の取れた柔らかなものへ変貌する。
そしてそれは思わず発してしまった声にもトーンとして表れ出ていたのか、
次の瞬間、ガラガラと遠慮なしに戸が開けられ、声の主が何とも無防備な姿で現れた。


「やはりレミリアだったか。って、酒くさぁッ!」

「なーんだ、貴方だったのね。ワーハクタクの上何とかけーね」

上白沢慧音だ。それはともかく、こんな時まで、お前は酒を飲んでいるのか? 全く、お前というやつは」

「ふん、相変わらず偉そうね。私が時間を無駄にしていると思ったか? 安心しろ、ちゃんと酒は楽しんでいるよ」

「お前の方も相変わらずようだな」


そう言って苦笑する慧音を、レミリアは上から下まで満遍なく見つめた。
慧音の身体には怪我や汚れもない。どうやら彼女は戦闘とは無縁で、バトルロワイヤルを過ごしてきたと見える。
となると、慧音と一緒にいたというパチュリーの身も、そう切羽詰ったものではないのだろう。
レミリアは、そんな風に当たりをつけ、人知れず安堵する。


そしてそれを理解したのなら、取り乱したかのように慌てて親友の消息を問いただすという醜態をさらけ出す必要もない。
レミリアは自らのカリスマが損なわれないように、優雅に、艶麗に、そして鷹揚に、
その小さく、無垢な唇を動かし、パチュリーのことを静かに、凛と訊ねた。
しかしその矢先、慧音の横から真っ赤な髪に、これまた真っ赤な服を着飾った女が、
矢のようにいきなり飛び出してきて、質問の答えを得られる機会は、残念ながら奪われてしまうことになった。


「へぇ~、貴方がレミリアちゃんね~。パチェから、話は聞いているわ」

「……何だ、お前は?」


親友の愛称を気軽に口にする不躾な赤女に、レミリアは不愉快さを隠すことなく誰何した。
パチェという名は、自らの口にのみに許された呼称だ。そう自負するレミリアの目は一際鋭くなる。
だが、赤をこれでもかと身に纏った女性は、レミリアの怒りに萎縮するどころか、
逆に浮かべていた笑みに、更なる笑みを加えて、勝ち誇ったように答えた。


「自己紹介が、まだだったわね。私はパチェの一番の親友の岡崎夢美よ。よろしくね、レミリアちゃん♪」

「は?」


夢美の言葉の内容に、レミリアの頭の中は一瞬にして疑問が埋め尽くされた。
あの引きこもりに友達なんかいたのか、あの本の虫に人付き合いの甲斐性なんかあったのか、と
レミリアの胸中には、次々に夢美とやらの台詞を否定する考えが浮かんでくる。
実際問題、パチュリー・ノーレッジが、自分以外の友達と遊んでいるのを、レミリアは見たことがない。


そこで「ああ」とレミリアは気がついた。
パチュリーに友達がいるか、いないかは、少し考えれば判ることだ。
それに誰がパチュリーの一番の親友かは、レミリアが自らの記憶を思い返すだけで、簡単に答えに至るが出来る。
無駄に頭を悩ます必要はない。つまり岡崎夢美の発言は、こういうことなのだろう。


「ふーん、人間も冗談を言うものなのねぇ。でも、それ、つまらないわよ。
何を隠そう、この私がパチェの一番の大親友のレミリア・スカーレットだから、フフン」

「あらあら」と、夢美は残念そうに首を振りながら言葉を続ける。「吸血鬼といっても、所詮はお子様ね。
理解力が低くて嘆かわしいわ。私がパチェの一番の大大だ~~~い親友なのよ!!」


ビキビキッとレミリアの額に青筋が浮き立った。
要はコイツは喧嘩を売っているのだ。自分の方がパチュリー・ノーレッジに相応しいと岡崎夢美は言っているのだ。
そのことに気がついたレミリアは、喧嘩を買ってやることにした。
何故なら、自分こそがパチュリーの一番に相応しい、とレミリアもまた強く思っていたのだから。


「言葉の意味が理解できない愚かさを、ここまで誇られると、滑稽を通り越して、最早呆れてくるわね。
いい!!? 私がパチェの一ばーーーーーーーーーーーーーんの超ウルトラスーパー大親友なのよ!!!」


レミリアはかつてないほどの威風を纏い、傲然と言い放つ。
その言葉はまるで王が奴隷に命令するかのように、厳然とあり、それでいて重々しくもあった。
だが夢美は、それで僅かに膝を屈することもなく、かつて反乱を起こした勇猛な剣闘士のように、負けじと高らかに叫びだした。


「いーや!! 私がパチェの一番の超ウルトラスーパーハイパーギガンティック大大大大だ~~~~い親友なのよ!!!!」

「はぁ!? 何よ、それッ!!! 私が一番って言っているでしょ!!!」

「そっちこそ何ッ!! 私が一番ってのは、もー決まっているの!! はい、残念ッッ!!!」


「イーッ」と歯を剥き出しにし、角を突き合わせたように、二人はお互いにいがみ合う。
その光景を目の当たりにした慧音は、頭を抱え込んでしまった。そんな下らないケンカなどに興じている暇も余裕もないだろうに。
「二人ともパチュリーにとって大切な友達なんじゃないか」という当たり障りない言葉が当然慧音には思いつくが、
それで二人が矛を収めてくれるとは到底思えない。さて、これからどうしたものか。


思案を重ねる慧音の脳裏に、ふと一人の男の姿が映った。
ここはもう一人の連れそいに助け舟でも求めてみるのも、アリなのかもしれない。
そう思った慧音は、早速岸辺露伴に目を向けてみたが、そこで何故か彼女は再び頭を抱え込むこととなってしまった。


「露伴先生! こんな時も、マンガを描いているのか!?」


と、思わず慧音のツッコミが入る。
岸辺露伴がレミリアを凝視しながら、熱心にペンを走らせている姿が、慧音の視界に飛び込んできたのだ。
しかも、彼は慧音の声が耳に届いても、いまだにその作業を止めない。
それでも、そこで彼が口を開いてくれたのは、せめてもの礼儀か、はたまた情けか。


「これはマンガじゃありませんよ。単なるスケッチです。いえ、ね。吸血鬼なんていうのは、初めて見ますからね。
それに吸血鬼はモチーフとしても、良く使われる題材だ。ここで、しっかりと観察しとかなきゃ、それこそ漫画家の名折れってやつですよ」


目線を全くこちらに向けず、悪びれずにいまだペンを動かしている露伴。
他者を省みることなく、我が道を突き進むばかりの同行者達の姿に、流石の慧音も目眩を覚えてきた。
これでは荒木や太田を打倒するというのは、一体いつになることやら。
そしてそんな彼女の心配は、そこで終わるはずもなく、言をまたずにレミリアが露伴の前に現れた。


「へーぇ、貴方、マンガを描くの?」


夢美とのやり取りに飽きたのか、マンガという言葉を聞きつけたレミリアが、露伴に話しかけてきた。
スケッチが終わったのだろう、露伴も手を止め、レミリアの方に向き直る。


「そっちこそ、マンガも読むのかい? 意外だね。幻想郷というのは、聞く限りでは、大分いな……閉鎖的な空間だ。
しかも、かなりの昔からときている。そんなとこでマンガが親しまれているというのは、興味深い話だね。
やはりこれはマンガの偉大さを証明しているというわけかな。
おっと、質問の答えがまだだったね。 答えは、当たり前ってやつさ。僕は漫画家だ。岸辺露伴だ。マンガを描いて当然さ」

「岸辺露伴? ふーん、どこかで聞いた名前ねぇ」

「へー、僕の名前は幻想郷にまで届いているのかい。そいつは光栄だね」


マンガを読む者なら、自分の名前を知っていて当然のこと。寧ろ、知らなければ、おかしい。
岸辺露伴は、そういった態度で、すぐに「答え」に辿り着かないレミリアを鼻で笑いながら、対応する。
だけど、その傲慢さのおかげか……は知らないが、
次の瞬間、レミリアは浮かべていた訝しげな顔を消すことに成功していた。


「あっ、思い出した!」と、唐突にレミリアはパンッと手を叩く。「貴方、このマンガの作者じゃないかしら?」


レミリアはイソイソとデイパックから「ピンクダークの少年」を取り出した。
それと同時に、実に見慣れた表紙とタイトルが、露伴の目に入る。
力強い描線と、それよって緻密に描かれたキャラのカッコいいポーズ。
そして露伴自らが名づけたマンガの名前。見間違えるはずもない。


「ああ。それは僕が描いたマンガさ」


自信満々とはこういうのではないか。露伴は自らを誇示するようにふんぞり返って肯定した。
既に人間以上の長寿を迎えている吸血鬼を前にして、随分とおこがましい態度である。
しかし意外なことに、彼のセリフを聞いたレミリアは怒るどころか、
逆に喜色満面といった風に口元を綻ばせた。


「やっぱり! 私、貴方のファンよ。良かったら、サインを貰えないかしら?」

「断る、と言いたいところだが、まぁいいだろう。特別サービスだ。
僕としても、幻想郷の住人や吸血鬼のお姫様が、僕のマンガが読んでいるというのは嬉しい限りだからね」


カリカリ! ドシュッ! と、差し出されたマンガに一瞬で露伴はサインを書き上げる。
だが、それを合図かのように、いきなり彼の手元からペンとコミックがドサッと地面に落ちた。
見てみれば、露伴の顔は生気が消失したかのように蒼くなり、その至る所には汗がびっしょりと張り付いている。
手足も、まるで老人のように頼りなく震え、そしてとうとう自らの身体を支えることができなくなったのか、
露伴は両手両膝を地面に情けなく付けることとなってしまった。


すわ、何者かの襲撃か。露伴の急変に、そこにいた者達は慌てて周囲を見渡す。
しかし、辺りに人の気配はないし、何かしらの攻撃の予兆もない。
はてな、ひょっとして、何かの病気の発作なのだろうか。露伴の容態を確認しようと、皆が慌てて彼の顔を覗きこむ。


「ぼ、僕のマンガが幻想郷にあるだとォォォッッ!!?」露伴は皆の心配をよそに、いきなり叫びだした。
「そ、そんなわけがぁぁない!! 僕のマンガが!! 幻想郷にあるはずがないんだ!!
ふざけるなよ!!! 僕のマンガだぞ!! この岸辺露伴のッッ!!!
それなのに、何でそんな掃き溜めみたいなクソ田舎に、僕のマンガがあるというんだ!!!!!
ウソだ!! そんなのはウソに決まっている!!!! 断じて!! そんなことが、あるわけがない!! 
これは何かの間違いだ!! ……いや!! そう!! これは夢だ!! 夢に決まっている!!!
大体、人間や妖怪を集めて、殺し合いをするというのが、ハナからおかしいんだ!!
現実的に考えて、そんなことがあるわけがないだろう!! そう、これは夢!! ハハハ、何ておかしい夢なんだ!!
全く笑いが止まらないじゃないか!! アハハハハハハハハハハーーーーーーーーーッッ!!!!!! 
………………クソッッ!!!! 頼む!! 誰か、これは夢だと言ってくれ!!!!」


幻想郷とは、人々に忘れ去られたものが辿り着く場所。
そんなところに、自分のマンガあるとなっては、最早岸辺露伴という全存在の否定でしかない。
週刊誌にマンガを連載しておきながら、人々の記憶にすら残らずに幻想郷へ送られるというのだ。
漫画家にとって、それはどれだけ耐え難い苦痛であろうか。いや、それはもう死そのものといっても過言ではない。
事実、狂騒のように高らかに響く声とは裏腹に、露伴の顔は死体のように土気色となり、その命脈は今にも尽き果てんとしていた。


「……勘違いしているみたいだから言うけど、貴方のマンガは別に幻想郷から持ってきたわけじゃないわよ。
これは支給品。荒木達に渡された紙に入っていたやつよ」


露伴の狂乱振りを興味深く見つめていたレミリアだが、いつまでも騒がれては耳障りと判断したのだろう、
彼女は「ピンクダークの少年」を手に入れた経緯を、淡々とだが話してあげた。すると、どうだろう。
それを耳にした露伴はバサッと勢いよく立ち上がり、膝と手についた汚れを余裕を持って優雅に叩き落し始めた。


「ま、それくらい知っていたさ。今のは、ちょっとしたジョークだよ。フフ、驚いたかい?」


小気味よく言葉を放る露伴の姿からは、もう先程の憔悴は感じられない。
それどころか、「冗談」だと気づかなかった皆を馬鹿にするように、露伴は鼻を鳴らし、盛大に胸を反らし始めた。
そういった我が身を省みず、恥じ入ることのない露伴の俺様野郎な姿は、慧音や夢美にはもう見慣れたものだが、
それを知らないレミリアは目を見開き、開いた口を塞ぐことさえ出来ずに唖然としている。
彼女の長く歩んだ人生の中でも、やはり岸辺露伴という人間は、余ほど奇異なものとして映ったのであろう。


そしてレミリアの丸くなった目は、彼の人柄の説明を求めてか、慧音の方へ自然と向く。
慧音としては、愚痴の一つでも零しながら、岸辺露伴のこと話してやりたいのは山々だ。
お酒も、ちょうどあることだし、色々と吐き出すには、もってこいと言っていい。


しかし、彼がどういった人間かを、他人が理解出来るようなちゃんとした言葉で説明すれば、どうなるか。
慧音には、機嫌を損ねた露伴が、みみっちく皮肉やら文句を延々と並べ立てるのを、ありありと想像することが出来た。
そうなっては、いよいよこの出会いが頭痛を振りまくだけの無意味なものとなってしまう。
それを危惧した慧音はレミリアを無視することに決め、そしてそれに代わるかのようにパンッ! と
勢いよく手を叩き、皆の注目を集めた。


「よし! もう無駄話は、そこらへんでいいだろう。こうしている間にも、状況は悪い方へ転がっていっているかもしれないのだ。
私達には、時間を浪費している暇はない。そうだろう? レミリア、お前もその調子だと、どうせ殺し合いには乗っていないんだろう?
なら早速、情報交換に移ろうじゃないか」


心機一転。閑話休題。慧音は目的地に向かおうと、勇んで舵を取る。
だが、そこに待ってましたとばかりに露伴が突然と現れて、慧音の舵をさも当然のように奪い取っていった。



「ええ、そうですね。情報交換しましょう」


露伴は溌剌たる声が響かせ、レミリアの前へ力強く一歩を踏み出す。
そして彼は新しいオモチャを手にする子供のように、生き生きと自らの右手をかざしてみせた。
露伴がレミリアに何をしようとしているか、ここまでくれば火を見るより明らかである。
それに気がついた慧音は顔を蒼くし、慌てて二人の間に飛び込んだ。


「って、何をするつもりだァァァァ、露伴先生!!? いや、待て!! 答えは判る。判るから、やめてくれ!!
私の時は、なあなあで済んだが、レミリアはそうはいかない。彼女はプライドが高い妖怪だ。
もし私と同じようなことをすれば、露伴先生はタダでは済まないぞ!! だから、やめてくれ!! お願いだから!!」


鬼気迫る表情で、必死に懇願する慧音。その様子からは、如何に相手が剣呑であるかを露伴に教えてくれている。
そういった気遣いは、露伴としても嬉しく思う。ここが殺し合いを旨とする場所であることを考えれば、それは尚更だ。
だけど、実際の露伴はというと、心外とばかりに傷ついた表情を作り、慧音の非を責めるように自らの潔白を主張した。


「何って、情報交換ですよ。慧音先生、貴方が言ったことじゃないですか。
慧音先生は、僕を一体何だと思っているんですか? 全く、失礼な人だ。
まぁ、慧音先生が何を危惧しているかは、大体判るつもりですよ。
ですが、そんなことはしませんって。常識でものを考えて下さいよ、慧音先生、常識で。
それに言いませんでしたっけ? 荒木たちを倒すには、僕達人間と幻想郷の妖怪との信頼関係が大切だ、と。
その信頼を損なうようなことを、僕からはするつもりありませんよ」


それを受けた慧音は多少申し分けなさそうな顔を見せるが、
やはり露伴への不信感を拭えなかったのだろう、彼女は己のを曲げずに何度も念を押す。


「誤解があったのなら、謝る。しかし、本当か? その話は本当なんだな!?」

「ええ、本当です」

「信じて……信じていいんだな、露伴先生?」

「しつこいなぁ。信じてくれてかまいませんよ」


可哀相なくらい情けない顔で、何度も確認を取る慧音の手を、露伴はうっとうしそうに払いのけながら、しれっと答える。
露伴の態度からはあまり誠意の感じられないが、一応の言質は取った。
そのことに、ようやく慧音はホッと胸を撫で下ろし、レミリアへの道をあける。
そしてそんな彼女を横目に、露伴はニヤリと笑みを浮かべて、意気揚々とレミリアの前に進み出た。



「それじゃあ、ヘブンズ・ドアー!」


露伴は何の躊躇いもなく自らのスタンドを発動させた。
その効果を受けたレミリアは瞬く間に「本」へと変わっていく。
それに伴ってレミリアの目が驚きと敵意に染まるが、次の瞬間にはもう「意識を失う」という文字がレミリアに書き込まれていた。
慧音が、わざわざ危険だと言う相手だ。万が一にも、後手に回ることがあってはならない。
露伴は余裕綽々の笑みを浮かべて、倒れたレミリアに近づいていった。


「なっ! 何をするだァーッ、岸辺露伴ンンン!!! 何でスタンドを使っているんだ!!? 
お前の常識はどうした!!? お前の常識は一体にどこに行ったというんだーー!!!!?
さっき人間と妖怪との信頼関係が大切だと言っていたじゃないか!! あれは嘘だったというかァァァ!!」


慧音はもう涙目になりながら、露伴の襟首を掴んできた。
ここでレミリアとの敵対関係を築いては、ほんの僅かに見えてきた打倒荒木・太田の光が消えて無くなってしまう。
それもキレイさっぱりに。吸血鬼レミリア・スカーレットとは、それくらい強く、恐ろしい妖怪なのだ。


だけど、露伴も露伴とて、自分のスタンドには絶対の自信を持っている。
如何な相手でも、優位に立ち回ってみせる、と。ましてや、ヘブンズ・ドアーが完璧にきまったこの状況。
場をひっくり返す材料は、どこにもない。露伴は慌てふためく慧音を落ち着かせようと、ゆっくりと口を開いた。





不意に、凍てつくような冷たい風が、刃となって露伴の身体を突き抜けていった。
途端に彼の顔からは余裕は消え、能面のように硬直する。
何かを喋ろうにも、舌が上顎にくっついてしまったかのように離れない。
その場を動こうにも、膝が震えだし、全く言うことを聞かない。
まるで全身の血が凍りついてしまったかのような寒々とした心地だ。
そしてこの感覚は、かつて露伴はマンガの中で描写したことがある。


そう――絶対的な恐怖だ。


死神が、その鎌の切っ先でゆっくりと背中を撫でるような悪寒。
勿論、鎌はおろか、ナイフも拳銃もない。だけど、自らの死が明確に想像できてしまう。
それほどまでに現実感のある絶望――戦慄。死は、間違いなく露伴の目の前にあった。


「おい、人間。今……私に何をした?」


「本」になり、意識を失ったはずのレミリア・スカーレットが平然と佇み、
温かさの無い氷のような瞳で、ただ冷たく、露伴に語りかけた。


「ま、待ってくれ、レミリア! こ、これは誤解なんだ! 露伴先生も決して悪気があったわけではないんだ!」


露伴がレミリアの殺気に呑まれて動けないのを見て取ると、
慧音はすぐさま壁となって露伴の前に立ち塞がり、彼の代わりに弁明を始めた。
岸辺露伴にはレミリアを傷つける気がなかったこと、また同時に彼の性格やスタンド能力の仔細を説明し、
その真意はこの殺し合いにおける単なる情報共有にあったことを、重ねて説く。
しかし、それらの内容はレミリアの怒りを削ぐどころか、かえって火に油を注ぎこむような行為であった。


「邪魔よッ! ワーハクタク!」


レミリアが慧音をその身体ごと払いのける。勿論、それは腕を横に振るだけのものだ。
だが、レミリアが抱いた激情を示すかのように、慧音は木っ端のように吹っ飛び、横で突っ立ってた夢美に勢いよくぶつかった。
そしてそのまま二人は一緒になって床をゴロゴロ転がり、盛大な音を立てて壁へと激突する。
レミリアは、それらを見届けると、改めて露伴に向き直った。


「それで人間、お前は私に何をした? 私はお前に訊いているんだ」


レミリアの目に見えるような殺意は相変わらずだ。
露伴がこれからの行動を間違えれば、レミリアの手によって即座に死がもたらされるだろう。
しかし、そんな破滅的な未来を見せられた露伴だが
今度の彼はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべることが出来た。


「……ミス……スカーレットだったかな? まさか僕のサインがタダで受け取れるとでも思っていたのかな?」


慧音が時間を稼いでくれたおかげか、はたまた慧音と夢美のマヌケな姿を目にしたからか、
露伴の身体から震えは消え失せ、自分の意志で自分の身体を動かせるようになっていた。
それを見たレミリアは「へぇー」などと感心してみせるが、
勿論それで寛恕(かんじょ)するわけもなく、殺意を刃のようにギラつかせながら、再び問う。


「サイン? お前はそれをサービスだと言っていなかったか?」

「『する』というのはサービスさ。だが、『した』というのはタダじゃない」

「下らない詭弁ねぇ。心と行動が、それぞれ別個のものだと? ふん、それがお前の命乞いというわけか。
どんな作品にも言えることだけど、やはり作者の言動は見るべきではないわね。失望しか生まない。もういいわ。お前は、ここで死ね」


レミリアは、凶器のような爪が伸びた手を、露伴を殺すために、いよいよ振りかぶってみせる。



「だがッッ!! 僕はもう『した』!! ミス・スカーレットはタダで人からモノを受け取るほど厚かましく、プライドがないのか!!?」


レミリアの手を振り下ろさせまいと、露伴は一息に吼えた。
果たして、それが功を奏し、無事に彼女は手を止める。だが、それで彼女の平静さを買うことは出来なかったようだ。
レミリアは殺気に怒気を混ぜ込み、露伴の襟首を掴んで、より苛烈に迫った。


「お前のような人間が、私の誇りを問うか!!? 面白いッ!! 全く笑えないがな!!
それにお前のサインなど、ドブにでも捨てれば、私の矜持は保たれる!! 違うか!!?」

「いいや、違うね!!」間髪入れずに露伴は言い切ってみせる。「君が望んだのは、僕がサインを書くことだ。
そして僕がそれを『した』以上、君は僕に相応の対価を払うべき義務がある! どこかのマンガのセリフになるが、等価交換というやつさ!
それを成し遂げてこそ、君の『卑しい物乞い』という汚名は返上できる!! ここまで言えば、分かるかい!? ええ、ミス・スカーレット!!?」


レミリアは、露伴の首を掴んでいた手を離す。
そして突然と大口を開けて、笑い出した。それは露伴の勇気と機知を褒めてのものか。
いや、それは単なる露伴の滑稽さを嘲笑うものだということを、彼女の次の言葉が教えてくれた。


「無様ねぇ、岸辺露伴。ピエロよりも、笑えるわ。まぁ、ワーハクタクがいなかったら、あるいはお前の屁理屈も通ったかもしれない。
だけどさぁ、アイツはお前の能力を、私に教えてくれたのよ。ヘブンズ・ドアーのことを。お前も、聞いていただろう?
さて、それを確認をした上で、改めて問うわよ、岸辺露伴」


スーッと気温が下がっていくような感じがした。
いや、実際そうなのであろう。死を明確に予感させるレミリアの殺気が、辺りに立ち込めてきたのだから。
そしてその氷点下の寒さの中で、彼女は薄く笑い、艶かしく唇を動かした。


「お前のサインと私の全て、天秤で釣り合っていると思うか?」


シーン、と静寂が広がる。それと同時に高くなっていた露伴の肩が一気に下がった。
それは諦念の表れだったのだろうか。少なくとも、それを目にしたレミリアには、そう思えた。
嬉しいような、どこかガッカリしたような、そんな名状し難い気持ちで、彼女は露伴の命を刈り取らんと、手を振り上げる。
だが、そこで彼女の手はまた止まる。死を目前にして、なぜか露伴が勝ち誇ったように笑みを浮かべたのだ。
まるで、先のレミリアの台詞を待ち望んでいたといわんばかりに。


「……何がおかしい? 気でも触れたか?」


たまらずレミリアは疑問を口にした。
それに対して、露伴は不敵な笑みを絶やさず、心底おかしそうに答える。


「いや、ね。どうにもレミリア女史と僕との間には、ひどい誤解があると思ってね」

「誤解だと?」

「君は僕がヘブンズ・ドアーで君の情報を勝手に盗み見ようとしていたと思っているんだろう?
それが誤解というやつさ。僕は、そんなことをしようなんて、これっぽっちも思っちゃいなかった」

「へー、それじゃあ、どうして私にスタンドを使ったというの?」

「それさ」と、露伴はレミリアを指差しながら答えた。

「……私?」と、レミリアの顔に不可解という表情が生まれる。

「君の、その怪我さ」


露伴がそう指摘しても、レミリアの顔は変わらず、理解の色が浮かばない。
露伴は「やれやれ、仕方がない」と、これ見よがしに溜息を吐くと、
これから相手のために説明をしてやる「優しい」自分をとくと見せ付けるかのように胸を反らし、
偉そうに言葉を放っていった。


「その怪我は、徐々にだが回復していっているだろう? まるで吸血鬼のお手本みたいに。
そこで僕は気になった。果たして、再生能力を持つ吸血鬼に、僕のスタンドが通用するのかってね。
ここには、まだ僕の知らない妖怪がたくさんいる。それこそ吸血鬼の他にも、再生能力を持つ輩がいたって、何ら不思議はない。
それならば、彼らに対して僕のスタンドの効果の程を早い内に知っておくべきだろう? ここぞって時に、僕のスタンドが効かないなんてことを
初めて知ったとなっちゃ、お話にならないからね。まぁ、そのことを勝手に確認させてもらったことは、謝るがね」

「それで、それを教えるのが、私が払うべきサインの対価ってわけね」

「ズバリさ。そしてここにきて君は、やっと対価を払ったことを理解した。天秤が、釣り合っているということもだ。
履行が確認されていない債務など、不渡りもいい所だが、今ここで無事に決済されたはず。僕達には、殺し合う理由がない。
それともレミリア女史は、まだ下らない言いがかりをつけて、自らの狭量を示すのかい?」


出来るだけ説得力を持つように、露伴は一音一音はっきりと発音し、力強く話を展開する。
人間同士なら、それも傾聴に値するのだろう。だが、果たして、それは人間以上の長命な吸血鬼にも通用するものなのか。
露伴は固唾を呑んで、レミリアも見つめた。



「ふーん…………まぁ、ギリギリ合格点ってとこね」


彼女はそう言うと、クスクスと小さく笑った。
気がつけば、さっきまで溢れていた殺気や怒気は嘘のように鳴りを潜めている。
相手にやり込められたという不機嫌さも、彼女のどこにもない。
まるで全てのことは夢だったようにすら思える変貌だ。それほど今の彼女は無邪気に笑みを零している。
そこで露伴の脳裏にフッとある考えが浮かんだ。


「ミス・スカーレット……ひょっとして君は僕を殺すつもりなんか、最初から無かったのか?」

「あら岸辺露伴、その答えを知るには、対価が必要なんじゃないかしら?」


レミリアは首を傾け、チェシャ猫のように笑う。
そしてそれに呼応するかのように、思わず露伴の身体はゾクッと震えた。
今回は恐怖が、それをもたらしたのではない。彼に訪れたのは、その真逆の歓喜だ。


殺気だけで相手を死の淵に立たせてしまう圧倒的な恐ろしさと、それを用いた「可愛い」イタズラ。
そういったレミリア・スカーレットの魅力を、露伴が自らの身を以って『体験』できたからだ。
『体験』があればこそ、作品に『リアリティー』が生まれる。そしてその『リアリティ』こそが、作品に生命を吹き込む。
これで『東方幻想賛歌』における吸血鬼レミリア・スカーレットのパートは、最高のものとなるだろう。
ペンを握る露伴の手には、俄然と力が入ってきた。


「……何だ、話は無事に終わったのか?」


床に転がっていた慧音が今更ながらに現れて、そんなことを訊ねてきた。
間がいいのか、悪いのか、実に狙ってきたようなタイミングである。
そのあまりの御都合ぶりに反感を抱いた露伴は「ええ、おかげさまでね」と皮肉っぽく感謝を述べる有様だ。


それを耳にした慧音は、幾分か罰の悪そうな顔を見せた。
自分でも事の成り行きを、全て他人任せにしてしまったことに、罪悪感があったのだろう。
と言っても、この事態が全部岸辺露伴の自業自得なのだから、そう思い悩むものでもない。
彼女は内心で露伴に文句を言い終えると、今度こそレミリアとの出会いを実りあるものにしようと動き出す。



「よし、では情報交換に……」

「……ちょっと待ってください、慧音先生」

「何だ、露伴先生? まだ何かあるのか?」


慧音の声に苛立ちが含まれ始めた。
何度目になるか分からない横槍に、温厚な彼女も辟易してきたのだ。
だが、当然の如く、そんな慧音を露伴は無視して、レミリアに顔を向ける。


「ミス・スカーレット、少しいいかな?」

「何? 別にいいわよ。あと、私の呼び名だけど、そっちも普通にレミリアでいいわよ」

「そうかい? 僕より年上みたいだから、一応は敬意を払っていたつもりだが、
君がそう言うなら、レミリアと呼ばせてもらうことにしよう」

「え? 敬意?」


そんなものをいつ払っていたのよ、とレミリアは思わず疑問をぶつけててしまうが、
露伴はそれが聞こえなかったように、平然と言葉を続けていく。


「それで、レミリア、君の怪我だが、人間の血を吸えば治りは早まるのかい?
吸血鬼のマンガなんかじゃ、そんな風な描写がよく見られるが?」

「血とは生命の源。それが失われる人間にもたらされるのは、死と恐怖。
闇の住人である私にとって、それが何よりの甘美。そしてそれこそが吸血鬼の心と身体を満たすものと思いねぇ」


レミリアは居住まいを正すと、なるべく威厳たっぷりに言い放った。
露伴は真顔で「ふ~ん」と、興味なさそうに頷いてから、自らの解釈を告げる。


「つまり怪我は治るってことか。なら、ソイツは丁度いい。レミリア、僕の血を吸ってくれ!」

「はあ? 何で、そんなことをしなくっちゃなのよ?」

「別にいいだろう、理由なんかは。それよりも早く僕の血を……ッッ!!?」


その瞬間、レミリアの殺気が再び吹き荒れた。重く、暗く、激しく、実際に酒蔵を揺らすほどの凄まじさ。
先のそれとは全く比較にならない獰猛なレミリアの殺意が、何の遠慮もなく露伴にぶつけられる。


「おい、岸辺露伴。それは同情のつもりか? ふざけるなよッ!!!
この夜の王たる私が、人間の憐れみによって餌を貪る……そんな畜生だと思っているのかァーッ!!!」 


轟然とレミリアの怒りが襲い掛かった。
露伴のヘブンズ・ドアーはレミリアにとって子猫がじゃれついてきた程度のものだったが、今回は違う。
彼の発言はレミリアの顔に唾を吐きかけ、それをそのまま足の裏で踏みにじるかのような侮辱行為だ。
それはまさしくレミリアの逆鱗に触れるものと言っていい。
だが奇しくも、そのレミリアもまた、今ので露伴の逆鱗に触れることとなる。


「この岸辺露伴が、そんな安っぽい感情で動いていると思っていたのかァーーーーッ!!!!」
露伴はレミリア以上の怒りを身に纏い、天を衝くような勢いで吼えた。
「そっちこそ、ふざけるなよ!! この僕が動くのはマンガのためだ!! 吸血鬼に血を吸われる!! 
そんな『体験』がなくて、どうして『リアリティー』のある吸血鬼をマンガで描けるというんだ!!?
悪いが、僕にとって、君の命なんて価値はないね!! 君が死のうが、くたばろうが、ブタになろうが、知ったこっちゃないッッ!!
僕にとって価値があるのは、マンガだ!! それを描き、多くの読者に届けることこそが意義のあることだ!!
それを同情なんていう、ちっぽけな言葉で貶すことは、『妖怪』だろうが『神サマ』だろうが許しゃしない!!!
この僕が全員を叩き潰してやるッ!!!」

「え……ご、ごめんなさい」


露伴の鬼気に圧倒されたレミリアは、思わず謝ってしまった。
あっれ~、とレミリアは、この事態に首を傾げる。
自分が怒っていたはずなのに、何故か今は自分が怒られているのだ。
その急転直下な場面の移り変わりに、レミリアの理解が追いつかない。


「早くしてくれないか、レミリア。僕達には、あんまり時間がないんだ」


挙げ句、レミリアから謝罪の言葉を引き出した露伴はフンッと鼻を鳴らし、さっさと血を吸えなどと命令してくる始末。
どうにも腑に落ちない状況であった。とはいえ、ここでのんびりしていたら、また露伴にこっぴどく怒られてしまう。
レミリアは渋々と露伴の方に歩みを進めていった。


露伴の前に辿り着くと、彼女は「はぁーーーー」と盛大に溜息を吐いた。
彼女には自分を恐れる人間の血しか吸わないというポリシーがある。
それとは別に、血を吸う時に相手が抱く恐怖は、彼女にとって「料理」の味を良くしてくれるスパイスだ。
心情的にも肉体的にも、こんな不遜な輩の血は吸いたくない。


しかし、彼がもうテコでも動かないというのは、レミリアも遅まきながら理解できていた。
岸辺露伴に構うべきではなかったという後悔の念が止むことなく湧いて出てくるが、それも今更だろう。
尤も、こういった結果は、彼女にとって僥倖であったと言うことも出来る。
何故なら、血を吸って回復を早めたいというのは、レミリアとしても偽らざる本音だったのだから。


レミリアには既に背負っているものがある。
咲夜、美鈴、億泰、ブチャラティ。ここでレミリアが果てれば、彼らの命や誇りは無意味なものになってしまう。
そしてサンタナを始め、荒木、太田といった多くの敵を倒す為にも、身体は万全な状態にしておくのが必須。
ここは泥を啜る覚悟が必要なのだろう。この先、自らの背中にあるものを放り投げてしまうことになっては、
それこそレミリア・スカーレットの誇りは地に堕ちるのだから。


「それじゃあ、いただきます」


彼女は意を決すると、露伴の肩を掴み、大きく口を開いた。


「いや、ちょっと、待ってくれ」


レミリアの小さな牙が首に突き刺さる寸前、露伴は彼女の顎を掴み、勢いよく引き離した。


「しひょっ、にゃにすふんのよぅ?」


先程抱いた覚悟を台無しにするようなレミリアのマヌケ面である。
声を発した後に、それにようやく気づいた彼女は、急いで露伴の手を振り払い、改めて何事かと問う。
露伴も真剣だったのだろう、彼女を笑うことなく神妙に答えた。



「吸血鬼に噛まれたら、やっぱりゾンビとか吸血鬼になるのかい? さすがに、それは僕も遠慮しておきたいんだが」

「リアリティーは、どうしたのよ? 吸血鬼になる体験は必要ないの?」

「吸血鬼の『リアリティー』は、君から頂戴するさ。血を吸われるというのは、あくまでその補完作業だ。
聞くところによれば、君は幻想郷の人間や妖怪からは、血を吸っていないんだろう?
なら、取材は無意味。僕が直接、ここで『体験』して吸血鬼の恐さを知っておく必要がある。それで、どうなんだ?」

「逆に訊くけどさぁ、貴方は、私が自らの眷属に加えたいと思うほど、自分の好感度が高いと思っているの?」

「おいおい、それは僕を吸血鬼にするってことかい? モてる男は辛いなぁ」

「……あー、ごめん。貴方の場合、冗談か本気で言っているか分からないから、
どこまで付き合ってあげればいいか、判断に困る」

「勿論、冗談だ。日中に動けない身体となってしまったら、
それこそろくに取材もできなくなる。そいつはごめんだね」

「じゃあ、私も真面目に答えるけど、吸血鬼やゾンビにはならないわよ。というか、したくない。どう、安心した?」

「オーケー。なら、さっさとやってくれ」


そう言うと、露伴は上着を脱ぎ、その場に座りだした。
さっきはレミリアが一生懸命背伸びをし、露伴は露伴で上体を曲げながら必死に屈み込んでいたので、
見ている人達の方が不安になる態勢であったが、これなら一安心といったところだろう。
レミリアも心なしか、笑顔で口を開く。


「それじゃあ、いただきます」



かぷっ!!


        ちゅ~!!



「ごちそうさまでした」



元々、レミリアは血を吸うのが上手くなく、その時に飛び散った血で自らの服を真っ赤に染め上げることから
「スカーレット・デビル」の異名を持つに至った。
しかし、今回は露伴が全く抵抗せず、それどころか逆にレミリアが血を吸いやすいように
色々と身体を動かし、配慮してくれたおかげか、血を無駄に、無残に飛ばすことなく、
彼女は綺麗にその「食事」を終えることができていた。



「思ってたより、恐怖や喪失感は覚えなかったなぁ。
マンガなんかじゃ、一種のハイライトみたいな扱いだが、実際にはこんなものなのか」


露伴は拍子抜けといった感じで感想を述べた。
首筋にチクリと針が刺さったかと思えば、もう吸血は終わっていたのである。
レミリアが少食とはいえ、あまりに呆気ない。これならば、まだ街中でやっている献血の方が恐しく感じるというものだ。
だが、これも一つの『体験』。露伴にとっては、実りある収穫と言っていい。


「それで、レミリア、僕の血の味はどうだった?」


露伴は服を着なおしながら、何気なく訊ねた。
レミリアは舌を口の中で回し、そこに残った微かな血から、その味を思い出し、ゆっくりと答える。


「そうね。何かサラダみたい。瑞々しく、スッキリしているんだけど、後味に少しの苦味を残す。
これだけで、貴方が健康に気を遣っているというのが分かるわ。余ほど、摂生に努めているんでしょうね。
でも私としては、もうちょっとコクが欲しいところ。もっと油を取りなさいな、露伴」

「また血を吸われることがあれば考えとこう。尤も、そんな機会が来ないことを切に願うがね」

「あら、残念。味については酷評したけれど、香りの方はいいわよ。淀みがなく、素直に鼻を突き抜けてくれる。
紅茶に入れて、飲んでみたいわね。味がしつこく主張してこないから、フレーバーティーとして合いそう」

「ふーん」と、露伴は頷いてから、首に付いた血を指で拭き取り、それを鼻で嗅いでから舌で舐めてみる。
「僕には何の臭いもしないし、味に至っては単なる鉄という感じだな」

「子供にはワインの味は分からないものよ」


ふふっ、とレミリアは優雅に笑みを零した。
まるで貴族の令嬢がレッドカーペットの上をしゃなりしゃなりと歩くような気品に満ちた姿だ。
今といい、前といい、彼女は実に色々な表情を見せてくれる。
その多彩な魅力を作品に生かすためには、やはり彼女の様々な顔をちゃんとスケッチしておくべきだろう。
そう思った露伴が再びスケッチブックを手にするが、その彼の目がクワッと、いきなり見開かれた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、レミリア! 本物の吸血鬼というのは、羽があるものなのか!?
クソッ! これじゃあ、全体像からスケッチを、しなおさないとじゃないか!!」


思わず、露伴の口から文句が漏れる。
露伴の血を吸って全快したレミリアの背中には、さっきまでなかった翼が生えていたのだ。
翼のない吸血鬼を元に『東方幻想賛歌』を描いてしまっは、それこそ『リアリティー』に欠けてしまう。
露伴は最高の作品を描くため、急いでペンを走らせ始めた。


その様子を端で見ていた慧音はホッと一安心した。
露伴とレミリアの長々とした会話が、ようやく終わりを迎えたからだ。
勿論、それで彼らが静かになったというわけではない。
レミリアは自らの羽をひけらかすように、その場をクルリと回ったり、
また露伴の要望に応えて、色々なポーズを取ったり、と未だ場をうるさくしている。
だが、先程の会話以上の喧騒はなく、平穏を感じ取れる状況だ。
これなら、情報交換に移って問題ないだろう。慧音は、ようやく笑顔で口を開くことが出来た。


「よし! それじゃあ皆、そろそろ情報交換に……」

「……あ、ちょっと待って!!」


慧音は、もう言葉で注意するのに疲れたのだろう。
彼女は無言で、台詞を差し込んできた夢美をギロッと睨みつけた。
慧音の目は据わり、里の子供達が見たら裸足で逃げ出しそうな、もの凄まじい視線だ。
だが生憎と、慧音は夢美の興味の対象外。夢美は慧音の変化に気づくことなく、揚々とレミリアに話しかけた。


「ねえ、レミリアちゃん、ちょっといい?」


夢美の声が聞こえると、途端にレミリアの顔から表情が消え失せた。
そしてレミリアは全員に聞こえるように深く溜息を吐き、面倒くさそうに応え始める。


「何だ、まだいたのか、お前は。もう家に帰っていいぞ」

「いや、いたわよ! っていうか、帰れるなら、もうパチェを連れて、家に帰っているわよ!」

「パチェ……ねぇ」親友の愛称を耳にしたレミリアは訝しげな顔を作り、夢美へ向き直る。「お前は本当にパチェの友達なの?」

「友達じゃないわよ! 親友よ!」

「そうは言うけどさぁ、私、パチェからお前の話を聞いたことなんか、一度もないんだけど」

「まぁ、そうでしょうね。私がパチェと知り合ったのは、この殺し合いが始まってからのことだから」


不機嫌さを隠せずにいたレミリアだが、それを聞いた途端、彼女の顔はパァーッと明るくなった。


「なーんだ、じゃあ、単に友達ごっこに興じていただけってことね。そうならそうと早く言いなさいよ!」


まるで花が咲いたかのような満面の笑顔である。レミリアに訪れたのは安堵だ。
あの社交性の低いパチュリー・ノーレッジと、易々と親友になれるわけがない。
パチュリーとの積み重ねた時間があるからこそ、レミリアは夢美の親友発言を遠慮なく嘘と判じることができた。


勿論、パチュリーに友人ができることは喜ばしいことだ。それはレミリアだって、受け入れることはできる。
寧ろ、幻想郷の皆を紅魔館に呼び寄せて、パーティーを開くぐらいのことをして、祝ってやりたい。
だけど、大魔法使いが選んだ唯一の『親友』に代わりが効くようになっては許せることではない。
それも、ぽっと出の馬の骨ともなれば尚更だ。そんな簡単に自らの居場所が取って代われるようでは、
二人で一緒に過ごしてきた全ての時間が、まるで意味のないものだった、と
パチュリーに言外に言われているような気が、レミリアにはしてくるのだ。


そういった不安は、知らず知らずの内に、レミリアの中で怒りに変わっていった。
そしてそれは棘となり、言葉や態度で夢美を突き刺していく。
今回、レミリアが殊更見せた安堵と笑顔も、それである。自分以外にパチュリーの親友はいない。
その思いを確固とするための、その思いが事実であると夢美に分からせるための、レミリアの幼い攻撃――小さな癇癪。


だが、それだって、人を傷つけるには十分な「凶器」である。夢美の額にビキビキッと青筋が浮かんだ。
確かにパチュリーと出会って間もないが、それでも「ごっこ」と揶揄されるような、つまらない絆を築いたつもりはない。
それを確信している夢美は、だからこそ、怒る。自分がパチュリーを想う気持ちは、偽物ではないのだから、と。


「ふざけないで! 私はパチェと遊びで付き合っているわけじゃないわ! この気持ちは本物よ!」

「そっちこそ、ふざけるな! たった数時間の出会いで、何が生まれる!? 私とパチェは、その何万倍もの時間を一緒に過ごしてきたんだぞ!」

「ハッ、付き合いの長さでしか友情を量れないっていうのは哀れね。どれだけ貴方とパチェが薄っぺらな時間を過ごしてきたかが分かるわ」

「時間の積み重ねが何を意味しているかも知らずに、今だけを見て作り上げた妄想に縋りつくのは賢いのか?
お前は、パチェの何を知っている? お前はパチェのことを、何にも分かっていない!」

「へー、じゃあ、貴方はパチェの全部を知っているっていうの? 知っているから、親友だっていうの?
馬鹿馬鹿しい! 友情は、そんな知識の量を競って作るものじゃないでしょッ! もっと相手を想う気持ちが大切なはずよ!」



「それを形作るのが、同じ時間を過ごすことによって得た知識と体験だと言っているんだ! 莫迦!」

「それを形作るのに、膨大な時間は要らないって言っているのよ! 莫迦!
その証拠に教えてあげましょうか、私とパチェの濃密な時間のことを、レミリアちゃんの知らないパチェのことを?」

「ななななな、な、何よ? そ、そそんなものあるわけが……」

「フフフ、パチェって、あんな華奢な身体をしているのに、かなりアクティヴなのよ」

「ハハ、何だ、それくらい知っているさ。パチェが一人で外に出かけるのを見たことがあるし、
分身の術を使って、一人で弾幕ごっこをしているのも見たことあるもの!」

「……あら、じゃあパチェがいきなり人の顔面に右ストレートをかましてくるぐらい活発なのも知っている?
彼女、おしとやかに見えて、かなりのじゃじゃ馬なのよ!」

「それくらい常識でしょ! 私なんかパチェの魔法で身体を燃やされたこともあるんだぞ!」


そのまま二人は、「私はパチェとこんなことをしたんだぞ」、「私はパチェにこんなことをされたんだぞ」と、激しく主張し合っていく。
その内容はどれも凄まじく、傍から聞いているだけだと、パチュリー・ノーレッジは、とんだクズの危険人物である。
しかし、延々と続くかと思われるほど怒鳴り合っていた二人だが、ようやく終わりを迎えることになった。
夢美が息切れを起こすほどの酸欠状態の中で、どうにか本来の目的を思い出すことに成功したのだ。


「ぜぇぜぇ、ぜぇぜぇ……ち、違うのよ」

「はぁはぁ、はぁはぁ……な、何がよ?」

「わ、私は、貴方とこんなことをしたかったわけじゃないのよ」

「何、やっと負けを認める気になった?」

「違うって。勝負は一旦、お預けってこと。私はレミリアちゃんに訊きたいことあるのよ」

「お前になんか絶対に教えない!」

「この殺し合いに関わることよ」


何となく意地を張ってみたレミリアだが、そう言われたら、答えざるを得ない。
レミリアだって、何も自分の我儘を突き通して、
荒木と太田が立てる木に花を咲かせてやろうなどとは思っていないのだから。


「それで私に訊きたいことって、何?」


ぶっきらぼうにレミリアは言葉を放った。
夢美はそれとは正反対にウキウキと喜びで顔を綻ばせていく。



「ありがと。それでレミリアちゃんの身体の怪我って、何で血を吸うと治るの?」

「『栄養』を補給したから」

「その『栄養』って、何?」

「……魔力」

「魔力って、魔法を使うのに必要なエネルギーよね?」

「そうだけど?」

「人間にも、魔力があるってこと?」

「ある人もいる」

「露伴先生は?」

「ない」

「じゃあ、何でレミリアちゃんは、それが補給できたの?」

「さあ、知らないわよ。タンパク質がアミバさんに変わるみたいに、なんかの消化酵素が働いたんじゃないの?」

「ふーん、じゃあ、その魔力は今どこにあるの?」

「私の血にあるのさ。肉になっていたら、お前より身長は高くなっていたかもな」

「ところで、レミリアちゃんて、魔法を使えるの?」

「当然」

「あら、やっぱり吸血鬼も素敵♪」夢美はにこやかに呟くと、次の瞬間、大声で吼えた。「レミリアちゃん!! お手ッ!!」


元来のノリの良さのせいだろうか、レミリアは首を傾げつつも、素直に手を差し出された夢美の掌の上に乗せる。
そしてそれが致命的なミスだと気づかさせてくれたのは、目の前に浮かんだ夢美の笑顔であった。


「ハイプリエステスッ!!!」


夢美は、そのままレミリアの手をガッチリと掴んで、高らかにスタンドの名前を呼び上げた。
すると、彼女の背後から変な顔をした物体が飛び出し、それは瞬く間に注射器に変化。
そしてそれを空いた方の手で夢美が掴むと、再びレミリアに向かってニッコリと微笑んだ。



「は~い。痛くありませんよ~。イチゴ味ですよ~」



ぶすっ!!


        ちゅ~!!



「いっった~~~~い!!!」


涙目になってレミリアは悲鳴を上げた。
いきなりの注射に、痛みと疑問が、彼女の自制心を押し退け、頭の中で吹き荒れる。
だが、それも一瞬のことで、次いでレミリアの中に込み上げてきたのは、純然たる怒りであった。


「お前ェッ!! 勝手に何をしてるッ!!!」


耳をつんざくような怒号である。憤怒によって涙を吹き飛ばした彼女の姿は、まさしく鬼と言っていい。
しかし、夢美はというと、そんなレミリアには目もくれず、テキパキと己の仕事を進めていく。


「えーと、血はどこに保存しようかな。スタンドに入れたままだと、何かと不便だし……
……まぁ、ペットボトルでいいか。少し不衛生だけど、吸血鬼の再生力を考えれば、劣化は少ないわよね」


そう言うと、デイパックからボトルを取り出し、水をバシャバシャッと捨てる。
そしてそれが空になると、採取した血を悪びれることなく注入。
それが終わると、ようやく夢美はレミリアに向き直った。


「どーどー、レミリアちゃん」

「どーどー、じゃない!! 一体、どういうつもりだ!!」

「実験に使うのよ」

「何の!!!!???」

「え? えーと、その、ほら、あれよ、あれ! 
聞いた話だとレミリアちゃんって、血の一滴でもあれば、そこから復活できるんでしょ?
だから、この血に対して、私達に施されている能力制限の解除を、色々と試みてみようと思ってね。
ほら、いきなり人体に対して、そんなことをしたら危険でしょ? 単なる血に対してなら、別に遠慮する必要はないしさ。
それに上手くいけば、新しいレミリアちゃんが、生まれてくる。これなら戦力も拡充できて、ウィンウィンよ」

「私はアメーバか!! 血が流れたところで、私がゾロゾロと増えるわけないでしょ!! 気持ち悪い!!
私の魂は一つしかないんだ!! 例え制限が無くなったところで、私は増殖なんかしないわよ!!
っていうか、それが理由だと、さっきの問答がまるで意味を成さないじゃない!!!!」

「へー、そうなのー、知らなかったわー」


棒もビックリするくらいの棒読みである。
その適当さに激怒したレミリアは、牙と爪を剥き出しにし、いよいよ夢美に襲い掛かる。


「さっさと私の血を返せ!!」


空気を切り裂くような素早さと鋭さを兼ね備えたレミリアの攻撃が、立て続けに繰り出される。
しかし、腐っても岡崎夢美。彼女は博麗靈夢と霧雨魔理沙を相手取ったことのある兵(つわもの)である。
ヒラリヒラリ、とレミリアの襲撃をかわしつつ、高らかに吼える。


「嫌よ!! これはもう私のものよ!!」

「私がお前のものになるわけがないだろう!!」

「えー……あっ、じゃあ、こうしましょう。私の血を代わりにあげるわ。これで、おあいこ。等価交換ってやつよ」

「どこが等価だ!! ダイヤモンドと生ゴミの価値が、釣り合っているわけがないだろうッ!!」

「む、誰が生ゴミよ! 玉石を見分けられないレミリアちゃんの穴だらけの目の方が、よっぽどゴミでしょ!」

「ちゃんを、つけるな、ちゃんを! 私の威厳が無くなるだろう!!」

「え、今更そこに反応するの? まぁ、いいわ。ところで、私達ってかなり濃密な時間を過ごしていない?」

「してない!! 大体、時間が濃密なんじゃない!! お前が濃いだけだ!!」

「これはもう私達は友達ってことで、いいわよね?」

「死ね!!」

「私のことは教授って呼んでね、レミリアちゃん」

「嫌!! 死んでも嫌!! 大体、何でそうなるのよ!!?」

「私の愛称だからよ。パチェも、私のことは教授って呼んでくれるわ」

「絶ッ~~~~~~~~~~~~~~~対に呼ばない!!!」


イーッと歯を剥き出しして、ノーを突きつけるレミリア。
その姿がおかしかったのか、スケッチが終わり、側で見ていた露伴は、笑ってしまった。
その声を聞きつけたレミリアは、今度は露伴に食って掛かる。



「何がおかしいの!!?」

「ん~~~、いや……別にレミリアを笑ったわけじゃないさ。
ただ殺し合いの場で、そんなことを言い争っているのが、何とも不思議でね。
だが、それでいながら、そこに不自然さがない。その光景が実に奇妙で、面白いのさ」

「当たり前じゃない。荒木と太田のせいで、私の普通を変えるのは変だもの」


レミリアは息を整えて、したり顔で露伴に答える。
そして夢美もレミリアを倣って、ニンマリと得意顔で呟いた。


「つまり、レミリアちゃんは、私に本当の自分を見せてくれたってわけね。
自分をさらけ出せるなんて、やっぱり私達は友達なんじゃない」


勝手な友達発言にカチンときたレミリアは「誰がお前の友達だ!!?」と、すかさす夢美に噛み付く。
さあ、夢美は、それに対して、どう反応する。レミリアは夢美の「攻撃」に備えて、万全の構えを取る。
しかし意外にも、そこで夢美がではなく、露伴が言葉を返してきた。


「おいおい、レミリアが普通をみせてくれたのは、僕を友達と思っているからじゃなかったのか?
レミリアとは話が合いそうだから、僕も是非にと思っていたんだが……そうか、友達じゃないのか。残念だなーーー」


途端に、レミリアの顔に渋面が広がり、彼女は頭を抱え込むことになった。
岸辺露伴は、レミリアにとっても興味深い人物なのだ。
大好きなマンガの作家ということもあるし、なるべく近くに置いておきたい。
しかし、ここで岸部露伴の発言を肯定してしまっては、夢美も友達として認めることになってしまう。
そんな絶望的なことは何としても避けたい。


「うー」


と、レミリアがしゃがみ込み、苦悩しだした。
レミリア本人としては、それは真剣に悩んでいるポーズなのかもしれないが、
傍から見た感想は一つしかない。夢美は笑みと共に、それを告げる。



「あら、可愛い」


それを耳にしたレミリアはハッと気がつき、急いで顔を上げた。


「二人とも、私をからかっていたのね!!?」


その答えを示すかのように露伴は頬杖をつきながら、ニヤニヤとし、
夢美も幼子をあやす母親のように柔らかにほほ笑んだ。
たまらず、レミリアはプイッと顔を横に向ける。
恥ずかしかったのか、惨めだったのか、とにかく自分の顔に浮かんだ表情を彼女は見せたくなかったのだろう。


それはそれで、愛玩する対象に成り得るが、
レミリアをこのまま不貞腐れたままにしておくのは、やはり問題だ。
それこそ、人間と妖怪の関係にヒビを入れる遠因とも成りかねない。
露伴は、肩をすくめながらも、すぐさま謝罪を入れることにした。


「いや、悪かったよ、レミリア。僕としたことが、冗談が過ぎたようだ」

「私も悪かったわ、レミリアちゃん。あ、でも、私は冗談じゃないわ。ちゃんと友達だと思っているから」


夢美も続けて謝るが、それに対するレミリアの反応はにべもない。


「それこそ冗談でしょ? 気持ち悪い」

「ちょっと何で私だけ、そんなに冷たいのよ?」

「いや、今のは夢美先生が悪いですよ」

「え、露伴先生まで? え、冗談よね?」

「冗談ですよ?」

「冗談なわけないでしょ?」

「え、どっち?」

「冗談が冗談」

「つまり冗談」

「あー、冗談ってことね。って、意味分からないわよ!」







ワイワイ ガヤガヤ


  ワイワイ ガヤガヤ








    ブチリッ!!!!!!!



いつまでも続く三人の意味のない会話に、とうとう慧音の堪忍袋の緒が切れた。


「い い か げ ん に し な い か ー ー ー ー !!!!!!!!!!」




 ――

   ――――

     ――――――――





一体、慧音の説教は、いつまで続くのだろうか。
三人とも、行儀よく正座して聞いていたが、いい加減足の痺れが我慢できなくなったのだろう、
夢美が申し訳なさそうに、慧音に言葉をかける。


「あ、あのう、慧音先生? 貴方の言いたいことは分かったから。ね?
もうそろそろ、お説教はいいんじゃない? これ以上は本当に時間の無駄になっちゃうしね?」

「時間の無駄だとォーーーッ!!?」その台詞に慧音の怒りは再び頂点に達した。
「それを私は一体何回言ったと思っているんだァーッ? えー、言ってみろ!! 私は何回言った!!?
それを悉く無視して、下らないお喋りをペラペラペラペラペラペラペラペラペラァッ!!!!!!
それを今更になって時間が勿体無いだとォ!!? ええッ!? 一体どの口が、言っているというんだァー!!?」


慧音は夢美の両頬を片手で掴み「さあ、言ってみろ!!」と、そのまま上下に激しく揺さぶっていく。
その異様な迫力と怒りにビビってしまった夢美の口からは、堪らず陳謝の言葉が飛び出た。


「ご、ごめぇんなしゃぁ~い」

「ん~、聞こえんな~!!」

「ごめぇんなしゃぁ~い!!!」


「ハァー」と、その馬鹿げたやり取りに露伴は嘆息した。
慧音を無視してきたことに多少の申し訳なさがあったから、少しは真面目に説教を聞いていたが、
さすがにこれ以上は付き合いきれないと思ったのだ。レミリアも同じくそう判断したのだろうか、
露伴が足を崩すと同時に、彼女も正座を解き、露伴へ顔を向けた。
そしてそのまま二人は慧音を無視して、今までの情報交換に移っていく。


それを間近で目撃してしまった慧音は、夢美から手を離すと同時に、両膝を地面につけ、項垂れてしまった。
自分という存在が全く必要とされていない。それを慧音は心で理解してしまったのだ。
彼女の身体からは力どころか、魂まで抜けて、空っぽになろうとしている。
そしてその代わりに、慧音の目からは涙が止め処なく溢れて、その身体を哀しみで満たし始めた。


「げ、元気出して、慧音先生! 今度、何か奢るから!」


あまりに悲壮な慧音の様子に、我が道を勇往邁進するばかりの夢美も罪悪感を覚え、優しく声をかけた。
それと同時に夢美はばちこん、ばちこん、何回もウインクをして、露伴に必死にメッセージを送る。
それに気がついた露伴は大きく肩を竦めてから、しょうがない、と慧音に話しかける。


「そうですよ。僕もお酒を奢りますよ。一緒に呑み明かしましょう」

「あら、それなら紅魔館でパーティーなんて、どうかしら? 盛大にご馳走するわよ」と、レミリアも、露伴に言葉を続ける。

「…………私なんかが、行っていいのか?」


度重なる仕打ちに自信を喪失したのか、慧音の声はひどく頼りなく、か細い。
その内容も、いかにも卑屈に満ちている。ハッキリいって、こんな奴の相手は面倒くさい。
だけど、レミリアは微笑を携えて、満月が暗闇を照らすように明るく言ってあげた。


「主役が来なきゃ、パーティーは始められないでしょ?」


ホロリ、と慧音の頬に涙が落ちた。だが、それは先ほどと同じような冷たいものではない。
空っぽになった心を満たしてくれる温かいものだ。



「あっ、勿論、私も行くわ! 紅魔館って、パチェが住んでるとこでもあるんでしょ?」

「お前は来なくていいから」

「僕はいいんだろう、レミリア?」

「当たり前でしょ」

「ズルイ! っていうか、何で私にはそんな冷たいの!?」


また三人は取り留めの無い会話を続けていく。
だが、今回は慧音にも疎外感はなく、邪険な扱いにも思えない。
無意味とも思える話の内容だが、その輪の中に入ってみれば、それらは信頼関係を築くための
一つの大切な方法だと気づかされる。慧音はようやく皆と同じような笑顔で、言葉を発することができた。


「良かった。これで、私は皆と友達になれたというわけだな」

「え?」

「え?」

「え?」

「え?」





…………………………。







「うわ~ん!!」

「うそ、うそ、冗談!!」

「そうよ、真に受けないで!!」

「あー、もー、単なる悪ふざけですって!!」






こうして皆で仲良く情報交換に移れましたとさ。


ちゃんちゃん。


【D-2 猫の隠れ里 酒蔵/午前】

【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:「ピンクダークの少年」1部~3部全巻(サイン入り)@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、マカロフ(4/8)@現実、予備弾倉×3、妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達、
    聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、
    香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資(ブチャラティのものも回収)、基本支給品×4
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:サンタナを倒す。エシディシにも借りは返す。
4:ジョルノに会い、ブチャラティの死を伝える。
5:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
6:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
7:億泰との誓いを果たす。
8:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
9:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。


【岸辺露伴@第4部 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:背中に唾液での溶解痕あり
[装備]:マジックポーション×2、高性能タブレットPC、マンガ道具一式、モバイルスキャナー
[道具]:基本支給品、東方幻想賛歌@現地調達(第1話ネーム)
[思考・状況]
基本行動方針:色々な参加者を見てマンガを完成させ、ついでに主催者を打倒する。
1:まずは『東方幻想賛歌』第1話の原稿を完成させる。
2:慧音、夢美らと共に目的を果たしながらジョースター邸へ。仗助は一発殴ってやる。
3:主催者(特に荒木)に警戒。
4:霍青娥を探しだして倒し、蓮子を救出する。
5:射命丸に奇妙な共感。
6:ウェス・ブルーマリンを警戒。
[備考]
※参戦時期は吉良吉影を一度取り逃がした後です。
※ヘブンズ・ドアーは相手を本にしている時の持続力が低下し、命令の書き込みにより多くのスタンドパワーを使用するようになっています。
※文、ジョニィから呼び出された場所と時代、および参加者の情報を得ています。
※支給品(現実)の有無は後にお任せします。
射命丸文の洗脳が解けている事にはまだ気付いていません。しかしいつ違和感を覚えてもおかしくない状況ではあります。
※参加者は幻想郷の者とジョースター家に縁のある者で構成されていると考えています。
※ヘブンズ・ドアーでゲーム開始後のはたての記憶や、幻想郷にまつわる歴史、幻想郷の住民の容姿と特徴を読みました。
※主催者によってマンガをメールで発信出来る支給品を与えられました。操作は簡単に聞いています。
※ヘブンズ・ドアーは再生能力者相手には、数秒しか効果が持続しません。

【上白沢慧音@東方永夜抄】
[状態]:健康、ワーハクタク
[装備]:なし
[道具]:ハンドメガホン、不明支給品(ジョジョor東方)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:悲しき歴史を紡がせぬ為、殺し合いを止める。
1:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
2:殺し合いに乗っている人物は止める。
3:出来れば早く妹紅と合流したい。
4:姫海棠はたての『教育』は露伴に任せる。
[備考]
※参戦時期は未定ですが、少なくとも命蓮寺のことは知っているようです。
※ワーハクタク化しています。
※能力の制限に関しては不明です。


【岡崎夢美@東方夢時空】
[状態]:健康、パチェが不安
[装備]:スタンドDISC『女教皇(ハイプリエステス)』、火炎放射器@現実
[道具]:基本支給品、河童の工具@現地調達、レミリアの血が入ったペットボトル、不明支給品0~1(現実出典・確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:『素敵』ではないバトルロワイヤルを打破し、自分の世界に帰ったらミミちゃんによる鉄槌を下す。
パチュリーを自分の世界へお持ち帰りする。
1:パチェが不安! 超不安!! 大丈夫かしら…
2:霊夢と紫を探す・周辺の魔力をチェックしながら、第二ルートでジョースター邸へ行く。
3:能力制限と爆弾の解除方法、会場からの脱出の方法、外部と連絡を取る方法を探す。
4:パチュリーが困った時は私がフォローしたげる♪ はたてや紫にも一応警戒しとこう。
5:パチュリーから魔法を教わり、魔法を習得したい。
6:霧雨魔理沙に会ってみたいわね。
[備考]
※PCで見た霧雨魔理沙の姿に少し興味はありますが、違和感を持っています。
宇佐見蓮子マエリベリー・ハーンとの面識はあるかもしれません。
※「東方心綺楼」の魔理沙ルートをクリアしました。
※「東方心綺楼」における魔理沙の箒攻撃を覚えました(実際に出来るかは不明)。


133:刹那にて永遠の果てを知れ 投下順 135:亡我郷 -自尽-
132:ギャン鬼 時系列順 135:亡我郷 -自尽-
122:岸辺露伴は動かない ~エピソード『東方幻想賛歌』 上白沢慧音 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ
122:岸辺露伴は動かない ~エピソード『東方幻想賛歌』 岡崎夢美 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ
122:岸辺露伴は動かない ~エピソード『東方幻想賛歌』 岸辺露伴 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ
128:四柱、死中にて レミリア・スカーレット 150:或いは暢気なアームチェア・ディテクティブに捧ぐ

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最終更新:2016年10月20日 22:23